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はい、今日のテーマは、永遠に終わらない放課後。大人になった今、私たちはどんな放課後を生きているんだろう、そんなことを考えていました。
学校が終わると、みんなそれぞれの時間を過ごしていた。 習い事、友達と遊ぶ、宿題をする、おやつを食べる。
学生にはちゃんと放課後があった。 じゃあ大人はどうだろう。
今の僕たちは、もしかしたら、永遠に終わることのない放課後を生きているのかもしれない。 本当は、何をしてもいいはずなのに、自分の好きなように生きていいはずなのに。
学生の頃と何が違うんだろう。 ルール、家族、生活、社会、お金。
あの頃は心配しなくてよかったことを、今はたくさん考えて、いろんなものを背負って生きている。 大人の夢って何だろう。
この終わらない放課後で、僕たちは本当に今、やりたいことをやっているんだろうか。
宿題のノートなのに、お絵かきをしたり、想像した世界を描いていたりしたはずなのに。 もっとノートは自由に使ってよかったはずなのに。
いつから数字だけを書く場所になってしまったんだろう。 あんなに自由だった放課後は、どこへ行ってしまったんだろう。
少し寄り道したくなる、あの帰り道。 今はそんな余白を許してもらえない気がする。
それでも僕らは、あの日のままなのかもしれない。 だから今日は少しだけ寄り道をして帰ろう。
その寄り道にはきっと、一番星が輝いているから。 はい、少し補足していきます。
その、やっぱ大人になるにつれてというか、その子供からだんだんだんだんと大人になるにつれてっていうか、
そうなってくると、どうしてもその、 ちゃんとしなきゃいけない時っていうのがどうしても増えてしまうなって思うんですよね。
その、まあ宿題を出さなきゃいけない。 時間を守らないといけない。
成果を出さないといけない。 役に立たないといけない。
もちろんそれってすごいその大切なことだと思うんですよ。 あの、人が人としてね、
生きていくにあたってもちろん大切だなって思うんです。 ですですです。はい。
でも、 なんか、放課後ってその本来、
なんていうか、何者でもなくていい時間だったんじゃないかなって思うんですよね。 その学校が、はい、終わりでーす。金婚、冠婚ってあの鐘が鳴った瞬間に、
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その、なんていうか、 教会がいる意味じゃないですけど、その、もう、小学生としてとか中学生とかもちろん高校生、大学生
っていうのはあると思うんですけど、 その、放課後になった瞬間になんか、一人の人間に戻るっていう感じがあるのかなって思うんですよ。
だからこそその、何者でもない時間だからこそ、 その、上手じゃなくてもいいし、その意味とか価値とか、
その、なんていうか、生産性とかそういうのじゃなくて、 なんかただ、ただ単に、その自分の時間を過ごす、
っていうことなのかなって思ったんですよ。 なんか、
大人になった今その放課後っていうのが、僕たちは終わらなくなったのかなって思ったんですよ。 その、区切りがなくなったっていうか、
なんていうか、 それってずっと自由なはずなんですよ、時間的には。
本当は、本当はね、だけどなんか、 自分でその狭くしてしまっているような気がしたというか、
その、なんか自分で自分を閉じてしまっているような気がしたというか、 その、なんかね、寄り道をしない
帰り道ってすごい効率いいんですよ。まあこの道でこう帰ったら一番早い。 もちろん、
あの、はい、その通りだと思うんですけど、 ただなんていうか、
あの、趣がないっていうか、そのなんていうのかな、心が、 そこにないような気がしちゃうんですよね、それだと。
あんなに、寄り道するのが好きだったはずなのにっていうか、 なんかだからこそ、まあなんでもいいと思うんですけど、
なんか遠回りでもいいし寄り道でもいいし、 なんかそういう意味のないことっていうか、
その、 なんかそういうことから一歩外れたことっていうか、
その空を見上げるとか、その、なんか何も買わないけどコンビニに行くとかね、 お金がなかった頃の僕たちからしたらコンビニでものを買うなんて一大事だったんですよね。
僕もそうでした。はい。 だからこそなんかぼーっと歩くとか、
なんかそれだけで、 そのなんていうか、ああ放課後だなっていうか、
その、何者でもない僕たちでいられるんだなっていうか、 まあそういうなんていうか、永遠に続く放課後を生きていく僕たち、
っていうのは、その放課後っていうのをどう過ごすかっていうのを本当は、 自分で選べる時間なのかなっていうのを、
思ったという、はい。今日この頃でした。 じゃあ最後に一言言って終わろうと思います。
今日くらいは少し寄り道して帰りましょう。 終わらない放課後にはまだ一番星が残っています。
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今日もここまで聞いてくださりありがとうございます。 それじゃあ、またね。