1. レイ・イナモト「世界のクリエイティブ思考」
  2. #140「意味から生まれるオリジ..
2025-09-09 35:20

#140「意味から生まれるオリジナリティー」

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第140回は、ゲストにLady Gagaのシューズのデザインも担当されたアーティストの串野 真也さんをお招きした「世界のクリエイティブ思考」の公開収録のもようをお届けします。イタリアでファッションを学んだ串野さんは、なぜ靴を追求しようと決めたのか?作品がLady Gagaの目に止まったきっかけは?など、詳しくお話を伺いました。


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サマリー

このエピソードでは、I&CO共同創業パートナーのレイ・イナモトがシューデザイナーの串野雅也さんと対談し、クリエイティブ思考やデザインに対する情熱を探ります。串野さんは広島県の院の島から世界に羽ばたく中での体験や、靴のデザインに至ったターニングポイントを語ります。また、レディー・ガガが履いた靴についてや、靴をデザインする理由が語られ、デザインの背景や靴の持つ表現力についても触れられています。独自のオリジナリティーを追求する過程が描かれ、素材として使用される人間の髪の毛や日本の伝統的な技術を駆使した作品への取り組みも紹介されます。さらに、クリエイティブな発想の背景にある哲学や自然からのインスピレーションについても掘り下げられています。レディ・ガガの事例を通じて、自ら機会をつかむことの重要性や、作品に込められた意味やプロセスが価値を生むことについて考察されます。

クリエイティブ思考の探求
世界のクリエイティブ思考
みなさんこんにちは、ニューヨーク、東京、シンガポールを拠点にするグローバルインベーションファーム、I&CO共同創業パートナーのレイ・イナモトです。
この番組では、世界で活躍するトップランナーのクリエイティブ思考に迫り、21世紀を生き抜くヒントを探ります。
さて今回は、この夏開催した世界のクリエイティブ思考の公開収録イベントの模様をお送りします。
レイさん、イベント盛り上がりましたね。
そして、レディーガガの舞台シューズのデザインを担当されたシューデザイナーの串野雅也さんも、すごい気さくな方でしたね。
そうですね。彼の故郷っていうのが、瀬戸内海に浮いているちっちゃい町、院の島のご出身で、僕も勝手に思っていたんですが、
平高山という、逆に陸の孤島と言われるぐらいの山の中の育ちなんですけども、なんかそういうすごい小さい故郷からそこを飛び出して、
彼の場合はイタリア、僕の場合はアメリカに、もともとスイスに行って、そしてアメリカに行ったんですけども、
そこから、そこのこのちっちゃい故郷を越えて、日本だけではなくて世界を舞台に活躍しているっていう人はなかなかいないので、そういうところもすごく印象的でしたし、
もちろん彼の作っている作品は見かけ自体もすごく独自性があるんですけども、その裏側にあるストーリーだったりとか意味っていうのがすごく僕は深くて、すごく感銘を受けたっていうのが今回の話の印象です。
では早速お聞きいただきましょう。
院の島の魅力と成長
So, let's get started.
Creative Voice
薬師野さん、改めましてよろしくお願いします。
どうも、よろしくお願いいたします。
事前にいろいろオンラインで調べさせていただいて、まずはじめのところからなんですけども、
インノシマというところの出身で、僕はちょっと恥ずかしながら知らなかったんですけども、
それちょっと皆さんどこかということを。
インノシマというのは広島県にありまして、ちょうど愛媛と広島の境にある、いわゆる島並海道という場所があるんですけれども、そこに浮かぶ小さな島なんですね。
今は現在尾道市インノシマというふうに尾道と合併をしたんですけれども、それまではインノシマ市としてありまして、昔は北地造船という造船業がありまして、それがすごく盛んで、
なので造船がすごく広がっているときにいろんな方が移住してくださって、それでインノシマという町がとても活性化したという感じですね。
なぜこの話を一番最初に持ち上げたかというと、勝手に親近感というか、僕はですね、日田孝山というものすごい田舎で、またそこのさらに山奥の清見村というところで育った人間で、
なかなかそういう田舎から海外に出て、海外で仕事だったりとか、その海外で使われるものを作る人だったりとかっていうのがなかなか正直少ないんですね。
で、そういうちっちゃい田舎、僕は山の中、藤野さんは海の中、海に浮かぶ島で、大分市だったりとか藤野さんのプロフィールとかを読ませていただいていて、
靴デザインへの道
まずそもそもこの靴のデザインの話だったりとか、今やってらっしゃること、そしてここに至るまでの話もちょっと今日聞きたいんですが、
中学生、高校生だった頃にみんなが同じ格好をしてるのがちょっと気に食わないと。
そこから服だったりとかファッションデザインに興味をお持ちになったっていうことなんですけども、なぜそういう気持ちになったのかとか、その辺からちょっとお伺いしてもいいですか。
もちろんです。ありがとうございます。基本的に多分自分自身がファッションに大きく自覚し始めたっていうのは小学校の高学年ぐらいからなんですよ。
両親の都合で一度広島市に引っ越した、市内に引っ越したことがあって、そこでいろんなものを自分なりに吸収したりとかして戻ったときに、
やっぱりその犬島の友達たち、同級生たちっていうのは基本的にスポーツをよくやっていて、野球かサッカーかみたいなものがとても多くて、
みんなウィンドブレーカーとジャージを着てずっと学校通ってるんですよ。僕はもう全然スポーツとか全く興味がなければやってなくて、
ただみんなが同じ制服を着てずっと往復してるのがすごく違和感を感じて、なんで同じ服を着て行かないといけないのかなっていうのと、
単純に多分自分が美的感覚としてそれがいいと思えなかったっていうのがあると思うんですよ。小学校の5年生ぐらいのときに、
自分は一生ジャージを着ないっていうふうに小学生なりに決めまして、ジーンズ1本で行ってやるっていうので、そこからジーンズだけを履いて学校に通ってたんですけど、
雑巾掛けとかするじゃないですか、小学生なんで。そうすると膝が破れてくるんですよね。僕はそれでも同じジーンズをひたすら履き続けて、
親はすごく嫌がるんですよ。だらしがないとか、みっともないとかって言って、その破れたジーンズを履いてる僕をすごく見るのが嫌だったと思うんですけど、
言われれば言われるほど、いこじになるというか、それでずっとジーンズで1本で通すみたいな感じの小学生でしたね。
そういうときって、小学生とか中学生のときって、例えば制服を着なきゃいけないとか、そういう決まりがだんだん厳しくなってきたりとか、僕も田舎で育って、すごい古い話なんですけども、髪の毛は短く着らなきゃいけないとか、そういう縛りがあったんですね。
そうなると、例えばジーンズ履いてると目立ったりするじゃないですか、それは逆に目立つのが気持ちよかったというか、自分にとっては。
そうですね。思い返すと今の記憶が曖昧になるかもしれないんですけれども、気持ちがいいっていうよりかは反発心みたいなものの方が強かったかもしれないですね。
誰かとよりも目立ちたいっていう気持ちも少なからず、その当時はあったとは思うんですけれども、
例えば中学に入るとみんなこう、僕ら学乱だったんですよ。で、その爪入りとかあるじゃないですか、なんかああいうのに工夫したりとか、あとは裏ボタンがどうこうとか、とにかく魔改造みたいなのをしたくなるんですよ。
で、ここのボタンを外して、その当時の中学生ができることなんて限られるし、犬の下まで買えるものなんて知れてるので、安全ピンをわざわざクロスにして連続でつけるとか、なんかそういう感じで、あとは学乱なのにシャツにネクタイ、お父さんとかおじいちゃんのネクタイをつけていくとか、
そういう工夫っていうんですかね。何か主張してたのかもしれないですね。今思い返すと。
で、ちょっとそこから早送りをして、イタリアに行かれたことだったりとか、服のデザインを勉強されたりとか、あと靴のデザインで今彫刻をやってらっしゃるということなんですけども、
この番組で皆さんにお聞きするのは、ご自分のターニングポイントが何だったのかっていうのを共通して聞いているんですね。
で、そこをちょっと話の起点にしたいんですけども、で、ちょっと事前にチャットをお話し聞いたときには、いくつかそういうのが追われていることなんですけども、
自分の中でそのプロフェッショナルとして一番な、個人的なこともいいんですけども、その大きなターニングポイントは何だか。
たぶん先ほどちょっとお話しさせていただいたものもあるんですけど、もっとグーッと遡ったときに、
僕はたぶん小学校2年生か3年生のときに、いとこがアメリカに住んでまして、カリフォルニア州に。
で、そこに1ヶ月滞在させてもらったことがあるんですよ。
犬の島から。
はい、犬の島から。
で、しかもそれがいとこと子供だけで、4人だけで飛行機に乗って行くっていう経験をさせてもらったんですね。
で、そのときにいろんな、たとえばユニバーサルスタジオとか、そういうディズニーランドだったりとか、
なんかそういう圧倒的スケールなものを多分体感したっていう経験があって、
で、帰国したときに、これちょっと僕も覚えてないんですけれども、
母がどうだったかって僕に聞いたときに、僕自身が、日本ってちっちゃいねって言ったみたいなんですよ。
たぶんそれは単純にスーパーとかももう桁が違う大きさじゃないですか。
あとは土地も含めてとか、なんかそういうものが特に自分にとっては全くない世界観、
特に島っていうところから出たときに、その圧倒的なスケールみたいなものを体感したのは、
思い返すとすごくいい経験だったんじゃないかなっていうのは思いますね。
じゃあそれが最初の、自分の中に残っているイメージ、印象としてのターニングポイント。
はい。
他にその後。
たぶんこれまでには、僕自身就職したこともなくて、留学をしてずっとファッションをやってたんですけど、
途中洋服から靴の方に変更する機会があったんですよ。ある日それもターニングポイントといえばターニングポイントなんですけど、
イタリアに留学をして、そのときはずっと洋服の勉強をしてたんですけれども、
帰国した後になかなかいい結果が出なくて、
たぶんデザイナーになって自立していくためには、一つは就職するっていう方法と、あるいはコンペティション、
ファッションのコンペティションに出して結果を出すっていうところと、
あとは自分の資本で何かしていくっていうものが多分大きくあると思うんですけれども、
その中で僕はそのコンペティションにいろいろ挑戦するっていうことで応募してたんですけど、
それが一つも引っかからなくて、自分がいいって思うものが世の中の価値に対して受け入れられないっていうことは、
まず自分の美意識っていうものがそもそも違うんじゃないかみたいな考えがあって、
ちょっと1回就職してそれを修正し直すっていう方法ともあるなーって中で、
一番最後に挑戦したのがジャパンレザーバードっていう経済産業省がやってる川のコンペだったんですけど、
そこで応募をして、うよ曲折あったんですけど、
グランプリをたまたまいただくことになりまして、
でもそれがやっぱり川のコンペだったので、いくつか部門が分かれてて、
それで僕は靴を選んだんですよ。
ただその後、靴でやっていくっていうことは実は自分の中ですごく腑に落ちていなくて、
なぜかというとファッションの中で靴っていわゆる文字通りとは違うんですけど、
ファッション小物と言われるもので、
特にその当時とかは今みたいなルブタンとか、
そういういわゆるラクジュアリーの靴のブランドっていうものが、
そんなにファッションとして表に出てない、走ってない時だったんですよ。
なので自分が洋服から逃げてというか、負けた感じで靴に行くみたいな感覚が、
どうしてもその当時自分の中であったので、そこの葛藤は結構ありました。
あと今ちょっとこれ、音声で聞いてる皆さんへの解説なんですけども、
ここにいくつか串野さんがデザインされた靴のスライド写真があるんですけども。
レディー・ガガとの関わり
僕の過去の作品が一番認識していただいたのが、今回のプロフィールの方にも書いていただいてたと思うんですけど、
レディーガガさんに履いていただいたっていうところは、
一つとても大きなターニングポイントだったとは思います。
今回持ってきてる作品のティーブなんですけれども、
これですね、この黒いタイプ持ってきてるものなんですけど、ちょっと面白いなと思うエピソードがありまして、
一応このショートバージョンとロングバージョン、これは今白なんですけど、一応これの黒もありまして、
両方ニューヨークの方に送ったんですよ。
その結果彼女が履いてる映像を見たら、片足がショートで片足がロングだったんですよ。
なるほど。
なるほどなと思って。
そういう履き方があるのかと。
そういう組み合わせでされるんだっていうのがあって。
この靴結構重たいんですよ。
ヒールが真鍮でできてるので。
結構ですね。僕もさっき持ってみたんですけど。
たぶん4、5キロぐらいあると思うんですけど、それでめちゃめちゃ踊ってたんで。
へー。
それはすごく驚きでしたね。
これ、つま先のところにすごい5センチ以上ぐらいある厚い底があって、
そしてヒールのところに彫刻のような装飾の銅色のかかとがあって、
そして後ろのところに尻尾のように。
フォクステールですね。
テールがあってという靴ですけども。
これをそもそもどうやってレディー・ガガみたいな人から連絡が来たのか、
その辺の経緯だったりとか、なぜそこに引っかかったのかっていうのは。
その当時、たぶんレディー・ガガさん初めて日本に来日した時って、
まだそんなに日本ではすごく話題になってなかったと思うんですよ。
一部の敏感な方は彼女のことは知ってたと思うんですけれど。
僕もそこまで彼女のことは全然詳しくなくて、その当時。
ただ来日する際に彼女のスタイリストをやってる方が、
前でいうツイッターでそういう日本のアーティスト、ファッションデザイナーとかで
こういうアーティストが来るから、誰か彼女に着せたい、着てもらいたいとかっていう人いますか?
みたいな感じの募集をされてたんですよ。
そこに対して直接コンタクトを取ったのが最初ですね。
じゃあご自分からコンタクトを取って、そういうツイッターでその当時応募があったからということで。
そうですね。僕の周りも、その後レディー・ガガさんに着用していただいたデザイナーはたくさんいると思うんですけど、
結構そこがきっかけだとは思いますね。
なるほどね。でもその前にはもう既にシューズのデザインっていうのはされてたんでしょうね。
靴のデザインと表現
そうですね。その一つ前で言うと、サマルタというファッションブランドが東京でありまして、
東京コレクションとかに出してて、僕自身とても好きなブランドだったんですよ。
で、そのジャパンレザーバードでさっきの靴を作ったのが最初で、
そこからちょっとずつ靴の方が自分としては表現しやすいかなって思い始めたことがあって、
あとは多分なぜ僕は靴をデザインするのか、靴じゃないといけないのかっていう理由をちょっとお話しすると、
洋服っていわゆる人が着た状態じゃないと形って維持できないことが多いじゃないですか。
でも靴は必要で履かないといけないのに、人が履かなくても形ってほぼ変わんないんですよね。
そうですよね。今ここにあるみたいに。
なので、態度として人に依存をしてないっていうものがとてもより彫刻的だなっていうのがあって、
それで自分自身がどんどん靴っていうものの魅力に惹かれたっていうのはありますね。
最初は小物だったっていうちょっと脇役ですよね。見え方というか言い方としては。
でもそういうところから靴にしかない、装飾のものでも靴にしかない魅力っていうのが自分の中でもしっくりときたというか。
そうですね。それは結構ありますね。
あとデザインするにあたって、レイさんもいろいろデザインされてらっしゃると思うんですけど、洋服の場合だといわゆるコーディネートっていうものが前提として組まれて、
例えばこのジャケットにはこのパンツとか、このスカートにはこのシャツとかっていうものを組み合わせながらして、
例えばコレクションやってるブランドだと30ルックっていわゆる30体分とかっていうのを考えてるとかすると思うんですけど、
僕は多分今までずっと過去デザインのことを考えた時に結構一点集中型だったんですよ。
ジャケットだったらジャケットのディティールに対してはめちゃめちゃこだわるけれども、このジャケットに何を合わせたいかって結構どうでもいいみたいなところがあって、
そうなるとやっぱり靴の方が自分としては表現しやすかったんですよ。
常に、例えば植物とか動物のフォルムに僕はとてもインスピレーションを受けたりとか感動するんですけど、
それは常に最終形態、今この状態がベストであるっていうもので、かつ人間がコントロールし得ない、
全ての節律の流れにおいてこの形にならざるを得ない状況、かつ見えないスピードで進化もし続けてるっていうものを僕は勝手にファイナルデザインっていう風に名付けてというか、自分では呼んでるんですけれども。
その時点でのファイナルってことですよね。
はい、常に更新し続けてるっていう。
そこに対して人が感動するっていう、僕自身が感動するっていうことは、ある種、僕らが幼少期とか誰からも教えてもらってないのに朝日見たりとか星空見た時に綺麗って思う感覚ってあるじゃないですか。
なんかそれと同じで、僕たちの細胞の記憶みたいなものがあって、それがあるそういうものを触れた時にシンパシーというか、にじみ出るようなものなんじゃないかなと思っていて。
それが僕にとってのデザインインスピレーションっていうところがあるんですね。
あとはそれをわざわざ何でデザインに起こす必要があるかってことですよね。
なんかやっぱり人間って愚かだなって思うんですけれども、そういうものをどうしても自分っていうフィルターを通して咀嚼をして表現したいっていう風に思ったっていうのがありまして。
洋服もそうなんですけれど、例えばとある部族でもいいと思うんですけど、何かこの表意するとか板子的なものだったりとか、なんかそういうことでパワーを得るみたいなことってあるじゃないですか。
なんかある種ファッションも本来の自分よりもより素敵に見てもらえるとか、ちょっとなんか今日しんどいなって思う時にこの靴履いたら今日は頑張れるかもとか、なんかそういう要素があると思っていて。
なので、例えばそのファイナルデザイン的なものが日常に入ると、よりその人の力になるんじゃないかなみたいなのは考えたかもしれないですね。
実用的に使えるっていう、例えば舞台に上がって履くっていうところと、あとその表現だったりとか、こういうふうに見せたいとかっていう、そういうところがあるじゃないですか。
そこの区別というか。
境界線ですか。
はいはい。境界線っていうのは、それは意識されてたりするんですか。
正直気にはしてないんですけれども、でもあえてそれを言語化するならば、やっぱり靴って用途があるので、足が入るとか立てるとか、一歩でも前に出たらいいみたいな感覚はあるんですよ。
で、そういう意味で言うと、僕からすると竹山も靴って言っていいんちゃうとか、あのカンカンで歩くやつも靴って言っていいんちゃうとか。
なんかそういうものがあるので、結構割と漠然とはしてますね。
ただ、一番自分がポリシーとして残してるっていうか、大切にしてるのは、やっぱり美しいっていうことと、自分にしかできない表現を追求するっていうことは大切にしてます。
オリジナリティーの追求
じゃあそこちょっと深掘りすると、自分にしかできない表現って、今すごくさらっとおっしゃられたんですけども、それって結構これからの、
例えばこういう創造的なクリエイティブなことじゃなくても、自分にしかできないことをやるって言って、今後もっともっと大事になっていくと思うんですね。
それってどうやって引き出してるのか、ご自分でその自分にしかできないことっていうのはどこにあると思われます?
そうですね、多分ちょっと僕も昔と考えがちょっとずつ変わってきていて、前はやっぱりまずは勉強する圧倒的な知識量と、
あとは他の多様性というか、いろんなとにかく多面的なものを吸収するっていうのが僕はとても必要だと思ってたんですよ。
いわゆる他ジャンルだったりとか、自分と関係ないようなことでも自分が好きなものであれば、いろんなものを吸収し続けるっていうのがあって、
その結果、何か発想するときに、僕の前の場合というか感覚だと、引き出しみたいな知識のストックみたいなものがバーってあって、
その引き出しと引き出しが勝手に開くみたいな感覚があったんですよ。
それが他の人にはない組み合わせであろうっていうものが、
例えばこれとこれは絶対合わないよねっていう素材だったりとか、形っていうものを何か組み合わせるっていうのがおそらく自分の特徴だったんじゃないかなとは思いますね。
なるほど、なるほど。じゃあそういうところちょっと今ここにせっかく絵も見せてますし、いろいろな作品のスライドもご用意していただいているので、
少しじゃあちょっと絵も見ながら、これも音で声で解説するんですが、3つかピックアップをして、特にご自分の中でターニングポイントになったものをいくつか。
ありがとうございます。これも結構自分の中では大きなというかもので、
これはニューヨークにあるFITっていうFashion Institute Technologyっていうファッションの学校とミュージアムがあるんですけど、
そこに保存していただいている作品で特に左側が。
これの自分の中での特徴何かって2つあって、1つはまず日本の技術っていうものをどうファッションに落とし込むかっていうことを特に真剣に考えてた時だったんですよ。
それはやっぱり海外で自分が戦うってなった時に、まず自分の国のアイデンティティっていうものを作品にどう落とし込むかみたいなところがあって、
下の木のパーツとかは、いわゆる物資さんって仏を彫刻される方にこのパーツをお願いしたりとか、
あとは漆塗りを使うっていうことをやったのがこれが2013年とかそれぐらいだったと思うんですけど、それが1つ。
あともう1つはこれ両方髪の毛を使ってるんですけれども、
素材としての髪の毛の使用
素材を使う上で僕ら動物とか木とかいろんな命をもらってるのに、自分たちだけかやの外っていうか守って何もしてないなと思って、
だったら人の髪の毛を使うっていう、いわゆる人間自体も材料の1つとして組み込むべきなんじゃないかなっていう。
これあえて人間の髪の毛でしかも。
例えば馬とかでもなく、その人の毛を使うっていうことをやりたかったっていうのはありますね。
で、こっち側は髪の毛パーマ当てたりとか、なんかそういう表現と力強さだったりとかっていうのを表現するためにこういうのをやりましたね。
じゃあこれはあえてその日本の伝統的な技術を使って日本でしかできないことをやるっていうのと、
あえてその人間のパーツである髪の毛を素材にして、なるほど。
はい、この辺とかはさっきファイナルデザインとかっていうところもあって、
いろんな動物のフォルムからインスピレーションを受けてっていうのもあったんですけれど、
あとはこのテーマの時はブンダーカンマーっていう脅威の部屋っていう文化がありまして、
中世ヨーロッパの時に富裕層の方が新品貴品とかを集めて、
でゲストをお招きして驚かせるっていう文化があったんですよ。
それが例えば妖精とか一角獣の角とか、なんかそういった日本で言うとカッパとかなんかあるじゃないですか、
そういう架空の動物で実際存在しないものを、その当時多分今みたいに情報ってないから本当にいるのかいないのかみたいな、
なんかそういうのを集めて驚かせるっていう文化があったんですよ。
それヨーロッパの文化で。
ヨーロッパですね、はい。
でその中の一つがキメラっていう多分皆さんもご存知かもしれないですけど、
いろんな動物が混ざったキマイラとも言うし、っていうのがあって、
ヘビがあって、ライオンの足があって、で牛顔を使ってて鳥の羽があってとかっていう、
自分なりにいろんな動物が組み合わされてて、
で最後に人が吐くことによって新しいキメラが生まれるみたいなテーマで作ってた感じですね。
なのでこの辺は結構動物の素材、特に羽、思い返すと羽が結構多いんですけど。
そうですよね、はい。
はい、っていうものをずっと作ってた時ですね。
で、この辺はちょっと日本の文化っていうのをすごく意識してたところで、
本物の盆栽をぶっ刺したりとか。
盆栽を。
文化と作品のテーマ
はい、盆栽を、はい。
これはそうですね、すごく長いブーツのかかったところから木が出ているような。
そうですね、このベース自体はお祭りで履く旅みたいなものがあって、
それをベースにしていて、金箔を貼ってたりとか、
これは西陣織で作ってますね。
細さんっていう西陣織をされてらっしゃる方がありまして、
そこの素材を使用させていただいたりとか、
あとこっち側もまた武士さんとか、
あとは焼き羽っていって着物の帯とかに使う羽を使用したりとか、
で、中が暗洞になってて、歩くと光って見えるみたいな、
なんかそういう感じで結構日本を意識してた時ですね。
これはちょっとまた思考が随分変わるんですけれども、
ちょっと福島の時の震災というか、
の時に制作したチャリティー用の作品なんですけど、
リボンっていうのをタイトルにしてまして、
これは人の歩みをイメージしていて、
ちょっとずついろんな文化が芽吹いてきて、
どんどん発達、発展していって、海岸して、
そこまで行くと一回また文化が崩壊してというか、
それは天才なのか何かいろんなことが起こって、
一回燃え上がって何もなくなるんですけど、
また一から同じサイクルっていうのが生まれるっていうのをテーマにしていて、
自然からのインスピレーション
なんでちょっと応援したい気持ちっていうものと、
なんていうんですかね、その儚さというか、
なんかそういうものもあって、これは一個一個生け花のように、
本当のお花をずっと生けて作品として紹介したものですね。
じゃあこれ一つの、今こう見えてるのはハイヒールで、
最初苔のようなものが装飾されていて、
そこから自然に植物が育っていって、
なるほど。
実際に靴を燃やしたりとか、
っていう感じの。
で、もう一回最後にこうやって。
で、また最初に戻るんですよ。
戻る。
っていう人の歩みみたいな。
これちなみに作るのは一足だけなんですか?
そうですね。これはもう完全に一つにずっと装飾をしていったので、
そうですね。片足だけで完結していきましたね。
ちなみにちょっとごめんなさい、これ全部ハイヒールじゃないですか。
そこにこだわってる理由とかってあったりするんですか?
一つ単純に装飾する空間が生まれるっていうことは大きくありまして、
例えばスニーカーにそういう装飾したりとかっていうものもあると思うんですけど、
表現に限界があるなっていうのがあって、
よりハイヒールっていうものの方が、
装飾としてもそうですし、見栄えもそうですし、
表現がいろんな可能性があるっていう意味で、
レディースの靴を使ってて。
で、そうですね。今思うと、
メンズだとどうしても自分が履くことを前提として考えちゃうので、
多分いろんな制限が出ちゃうんですよ。
だけどレディースってある種ちょっと失礼な言い方になっちゃうんですけど、
無責任に表現としてデザインができるっていうのがあって、
そういう意味でハイヒールっていうものの方が、
より自由な気がしますね。
自由な装飾が、はい。なるほど。
この辺とか結構いろんな素材、
これも割と日本の技術とかもイメージしてて、
映画を使ってたりとか、
刀に使われてたりとかしてるので、
あとこれ焼き剥くだったりとか、
こっちも焼き剥くですね。
この辺とかもそうですね、
これも人の髪の毛とか、
これも映画を使ってたりとか、
ちょっと割と素材の組み合わせみたいなものが多くて、
こっち側になると別のシリーズになるんですけれども、
これはカラスの羽を実際に使用してまして、
京都に白瀬のすごい老舗のところがあって、
多分その方、白瀬教会の会長さんで、
その方のお父様かおじい様が、
中堅八高を標本にされたっていう方がいらっしゃって、
その人と出会って、
相談したときに、
ちょっとこれカラスの羽なんですけど、
外獣駆除の対象としてカラスってなってるみたいで、
それでいわゆる駆除になってるものを、
譲っていただいたっていう感じですね。
なのでこういう表現になってますね。
こっちはブリーチしたりとか。
結構僕自身が今まで作品を作るにあたって、
具象化というか、
割とリアリティがあるものを組み合わせるっていうことが多かったんですよ。
鳥の作品とかも含めて。
ここには僕の中でコンプレックスみたいなものがあって、
どうしてもこの仕掛け的要素がやっぱり、
すごく明確というか見えると、
そこに対する多分、見ていただいた方の思考っていうものが、
どうしても制限されるっていうか、
そこにロックされる側面があるなと思っていて、
本来多分、アートっていうか表現っていうものは、
受け止める側の余白を残して、
見てもらうっていうものが、
僕にとってはアートとしてすごく、
必要な力というか表現なんじゃないかなと思ってるので、
今、僕としてはここからまたちょっと脱というか、
抜け出したいなっていうのがあって、
それで、偶発性な表現みたいなところって、
多分作家の人ってみんな、
ここ結構課題に思ってる人多いと思うんですよ。
いわゆる意思と離れたところで、
潜在的に滲み出るものって、
多分できそうでできないっていうか、
それをやって意識の中なのか外なのかって、
すごく曖昧じゃないですか。
それをコントロールした時点で、
それはまた意識になってしまうしとか、
っていうちょうど曖昧な状態での表現っていうのは、
多分僕としてはすごく課題に思っているので、
ある種フレッシュというか、
自分と意識を切り離した状態のものを、
今後作っていきたいなっていうのはありますね。
なるほど。
今回はこの夏開催した世界のクリエイティブ思考の
公開収録イベントの模様をお送りしました。
串野雅也さんのお話の中で、
私が特に印象的だったのは、
もともと靴をやろうと決めていたわけではなくて、
いろいろ考えた末に、
たどり着いたのが靴だったというところなんですけれども、
レイさんはどんなところが印象に残りましたか?
その見かけの独自性だけではなくて、
裏側にあるインスピレーションだったりとか、
なぜ作っているのか、
そしてどうやって作っているのかっていう過程自体も
すごくこだわっているっていうのが、
僕としては印象をプラス学びになりましたね。
なるほど。
なんだかが哲学的に考えている学者さんみたいな感じだな
なんていう印象も私は受けました。
そうそう。
話を聞いている時に、
彼から出た言葉で、
足っていうのは人間が持っている体の部分の
唯一地についたところなんだっていうのを
おっしゃられていて、
確かにそれってそうなんだけど、
今まで考えてこなかったことだったりするんですよね。
そういうところから作品作りに入られて、
なおかつ自然に
インスピレーションを受けているっていうのは、
彼の言葉でファイナルデザインという言い方をしていたんですけれども、
自然が到達したデザインっていうのは、
何百年、何千年、何万年、
下手したら何十万年もかけて
できてきた形であって、
彼のそこに対する思い入れだったりとか、
信念っていうのがすごく伝わってきて、
それはただ見ているだけでは伝わってこないところでもあるんですけれども、
逆にそうやって聞くことによって、
見たことの裏付けがされるというか、
なおさら意味が深くなるっていうことは、
すごく大事なんだなっていうふうに感じましたね。
チャンスをつかむ力
意味を考え続けるからオリジナリティに繋がるっていうのは、
本当にすごいですよね。
彼が共有してくれた
ターニングポイントのいくつかの中で、
僕も一つ印象的だったのが、
世界的にすごく有名な、
それこそ音楽という世界の中でのトップランナーの
レディ・ガガさんなんですけれども、
僕が勝手に最初に思っていたのは、
彼がああやって素晴らしい、非常に奇抜な
シューデザインをされているので、
向こうから依頼されて作ったのかなっていうふうに勝手に思ったんですけれども、
聞いてみると、実は
Twitterでレディ・ガガが日本に来るから、
その時のデザインをする人を集めているっていう工房を見たらしくて、
そこにTwitterでDMをしたかでコンタクトをして、
彼の作品が向こうの人たちの目に止まって
選ばれたっていうのを聞いた時に、
やっぱりすごい人だったりとか、
世界で認められている人っていうのは、
自分でチャンスを待っているだけじゃなくて、
自分からつかみに行っているんだなっていうのをここでまた
気づいたんですけれども、
そういうのって、やっぱり待ってちゃ何もできないっていうのは
誰でもあるんだなっていうことかなとは思いましたね。
チャンスをもぎ取りに行く力、
それが世界に羽ばたくことに繋がったということですよね。
そうですね。
なおかつ、さっき言ったみたいに、
裏っかわにストーリーがあるから、
なんでこれを作っているのって、
もしかしたらレディ・ガガは聞いていないかもしれないですけれども、
聞かれたときにちゃんとその説明ができるっていうのもすごく大事で、
やっぱりその作っているものに意味があったりとか、
そして彼の場合は、その意味だけじゃなくて、
その作り方のプロセスごとにもすごくこだわっていらっしゃるじゃないですか。
話の中に上がってきたんですけれども、
彼が京都で活動をしているっていう理由の一つに、
やっぱり京都っていうところにいろんな職人さんが、
昔からの技術を使っている職人さんがたくさんいて、
そしてその技術を使って、
革の技術だったりとか、
靴を作る技術だっていうことを持っている職人さんのもとに行って、
そしてあえて日本の作り方で手間暇をかけて、
珍しいものを作るっていう、
そのプロセスっていうのも大事なんだなっていうところなので、
見かけだけじゃなくて、
その裏側にある意味、
そしてそのプロセスから出てくる希少性っていうのも、
ものの価値になっているっていうのが、
やっぱり他ではできない良いものを作っているんだなっていうのは、
そういうところで来ているかなって思います。
もしこの番組を気に入っていただけましたら、
Apple Podcast や Spotify で五つ星の評価をいただけると嬉しいです。
次回も引き続き、岸野さんとのイベントの模様をお届けします。
どうぞお楽しみに。
世界のクリエイティシュコー、お相手は李奈本と竹村由紀子でした。
デジタルガレージは危険な海に最初に飛び込む
ファーストペンギンスピリッツ、
創業以来大事にし続けています。
これからくる Web 3 オープンソース時代を見据えた
テクノロジーで新たなビジネスを生み出す仲間を募集しています。
番組詳細欄にあるリンクよりぜひご覧ください。
ご視聴ありがとうございました。
35:20

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