2025-04-26 1:39:32

映画 『#エクスペリメント』 責任なんて誰もとりたくねえよ!#TheExperiment — “Nobody wants to take responsibility!”

अहिंसा


ーーーーー


映画談義ポッドキャストパーソナリティまこです。

ついに始動しました。新番組です。


#よもやまこばなし (#まこばな)で幾度となく繰り広げられた映画談義を専門チャンネルとして切り離しての再スタート!


様々なバックグラウンドをもつ二人が展開する解釈にあなたも魅了されること請け合い。(……だったらいいなぁ)


というわけで#ReelFriendsInTokyoをよろしくお願いします。


さて記念すべき初回は #エクスペリメント です。

「実験」……まんまやないかい。


いや、でもね。それでいいんです。

というのも「あの実験」といえば誰しもがピンとくる実験があるから。


#スタンフォード監獄実験 をモデルにした一作。

ドイツ映画のリメイクではありますが、うーんしみじみ面白いねえ。


監獄実験そのものやBBCによって行われた監獄実験、ミルグラムのアイヒマン実験……実際に行われた社会心理学実験をベースに作品を紐解いていこう。


今、日本社会で、あるいは世界で、僕らの行動を制限しているものってなんだろう。


一度立ち止まって考えたくなる一作でございます。


それはさておきホタテ食べたい。


ーーーーー


podcasterの まこ(@_macobana)が、メインチャンネル『ポケットに沼を』(⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#ポケ沼⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ )では語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組、『#よもやまこばなし 』(#まこばな )にて展開された映画談義がついに専門チャンネルに。

語りたい映画なんて尽きることない!

エピソードの公開は毎週or隔週となります。


ご感想は是非 ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#リルフレツイートをお願いします。

いただいたツイートは番組の中で取り上げることがあります。

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直接のメッセージを送る場合はこちらまで↓

⁠⁠yomoyamakobanashi@gmail.com⁠⁠


これからも番組をよろしくお願いします。




“Ahimsa”

ーーー

Hey, I’m Mako, your movie-chatting podcaster — and guess what?
A brand-new show has finally launched!

After countless deep dives on films over on #YomoyamakoBanashi  (#Makobana), we’ve spun off those movie convos into a dedicated channel.
Say hello to #ReelFriendsInTokyo!

Two hosts from totally different backgrounds dive into films from all sorts of angles. You will get hooked on our takes. (…At least, that’s the dream.)

And for our very first episode? We’re talking #TheExperiment.
Yep, just like the title says — it’s all about that experiment.

Because when you hear "the experiment," there’s one infamous one that pops into everyone's head, right?

Based on the Stanford Prison Experiment, this one’s actually a remake of a German film — and wow, it really hits different.

We unpack the real-life psychology behind it all: the original Stanford study, the BBC prison experiment, Milgram’s obedience test…
What do these say about us? About power? About the systems that shape our behavior?

In today’s Japan — or really, anywhere in the world — what is it that keeps us in line?

This movie makes you pause and really think.

…Anyway, I kinda want scallops right now.

ーーー

I'm Mako (@_macobana), the voice behind “Swamp in Your Pocket” (⁠#ポケ沼), and this is the new spinoff podcast that focuses purely on movies — born out of all the film rants I just couldn’t squeeze into #YomoyamakoBanashi (aka #Makobana).
There’s always another movie worth talking about.

New episodes drop weekly or biweekly.

Send us your thoughts using #ReelFriendsInTokyo — we might even read your tweet on the show!

Want to suggest a topic? Use the form here ↓
http://form.run/@makobana

Or message us directly:
yomoyamakobanashi@gmail.com

Thanks for tuning in — and stick around for more!

00:01
This is The Reel Friends! The Reel Friends! Sit back, relax and come enjoy the The Reel Friends!
Reel Friends in TOKYOへようこそ。この番組は話題の新作、黄年の名作、謎大きき作からぶっ飛びB級映画まで、あらゆるフィルムを倫理、宗教、歴史、陰謀、多様な視点から切りまくる映画専門チャンネルです。お相手はパーソナリティのマコと
今夜の夜食はホタテ、オーモです。
曲に合わせてノリよく言ってくれた感じですかね。
初っ端だからね。
初っ端じゃないのか?
どうしようかなって正直思ってて、遅らにするにはもったいないんですけど、すでに収録したものがあって、それがちょっとね、このReel Friends in TOKYOの音声があまり準備できてなかったのもあってね、まだ編集できてないという状況なんで、事実上こっちの方が楽チンなんで、先にもうローンチしちゃおうかなという気持ちでいます。
そうなの?
一応初回のトークをしたいんで、ホタテ一旦置いといてもらっていいですか?
はい、わかりました。
とりあえず今回が初回ということになりますので、一応お話をしておこうかなと思うんですけど。
なんの話が出てくるんだ?
だから番組概要だろうがよ。他に何があるんだよ。
ようこそ、初めましてというところでしょう。
新番組の立ち上げですから。
一応流れを説明しておきますと、ポケットに沼をっていう趣味について語る1時間。
沼にハマった人たちがやってきて、1時間以上喋っていく番組があるんですけれども。
もともとそこのサブパーソナリティを務めていた私が、語り残したことを語るプラットフォームが欲しいなということで始めた、
『よもやま小話』っていう裏番組があるんです。
ただですね、僕は結構ポケ沼の方で一通り喋りきっちゃってる節もあって、
一人語りちょっと飽き飽きとしていたところにですね、大間がやってきて。
ちょっと映画好きということでお互いに映画談議してたら、気づいたら映画チャンネルになってたんで。
これはダメだなと。もう映画チャンネルなら映画チャンネルをちゃんとやろうっていうことで立ち上げに至ったような形になりますね。
まあ気づくのがちょっと遅かったよね。
本当ね、ちょっとね、『よもやま小話』の方に上げてるね、映画談議の数々。
あれを置き去りにしてですね、新しい番組を立ち上げていくっていうのは非常にもったいないんですよ。財産ですから、あれ我々。
編集してこっちの番組に映してもいいかもしれないけど、それすらめんどくさいから。それすらめんどくさくてあんまりやりたくないんだよね。
03:07
あの説明文だけ変えればいいんじゃない?
まあそうね。
これはマコバナ時代に撮ったやつですよって。
そうだね。そんな感じで新エピソード、旧エピソードみたいな感じでちょっと半々に入れていけばいいかなっていう。
ただあのゴジラ編に関してはまとめてあげますけど。あれはちょっとね、いじりたくないですね。
え?まとめてあげるってことは何?5、6時間のやつになるってこと?
あのね、編集したくないって言ってるの。なんでそれ1個にまとめようとしてんのよ。まとめてあげるってことは1個ずつ、1エピソードずつですけど、それらを一気にまとめてアップロードしようかなみたいな感じの気持ちですよ。
ちょっとね、あれは本当に苦行のマラソンだったんで。
いやあれは精神やられたね。立ち入ったよ。
ちょっとね、きつかったですね。
でも今ちょっと気づいたんだけどさ、これたぶんロンチが明日か明後日ぐらいになる?
そうですね、はい。
早ければって感じでね。
早ければ。
これね、タイミングとして完璧かもしんない。
何が?
去年の4月26日に第1回いじめはなくならない効果なんですよ、確か。
マジで?
マジ、確か。え、違ったっけ?5月?
でもそのぐらいかもしれないね。
うん。
そう考えるとすごいね、ちょうど丸1年明けての新番組立ち上げということで、ここでまた改めてね、ゼロから我々やり直していくような形にはなるんですけど。
うん。
一応ね、二人とも映画大好きマンなんですが、軸足がちょっと違うんだね、お互いね。
そうだね。
そのあたり、結構オカルト関係だったりとかね、心理学関係とかね、もろもろそういう得意分野があるオーマン。
そして特に何が得意なのかよくわからない孫っていう、この組み合わせですね。やってきますね。
いや本当にそうなんだよね。よくわからないんだけれども、すべての話に噛みつくことができるっていう謎の人物なんですよ。
そう、背景がわからない人っていうことでね、孫はダークサイド側の人間なんで、裏側に何が潜んでるかわからないんでね。
この番組にお付き合いいただく中でですね、こいつ誰なんだっていう実像を掴んでいただくしかない。
ハンター×ハンターでいうキルア的な存在ですね。
クセになってんな。みたいなね。
ちょっと殺しすぎたかな?
的な感じでやっていこうかなというところですけれども。
じゃあここらでようやく聞けますけども、ホタテですか?
ホタテです。
ホタテ?生?
06:02
なんかボイルはしてあるけど生食用って書いてあったから。
すごいうまそうなのがわかるけどね。でもカメラ越しに見るとなんか嫌だな、ヌラヌラしてて。
ちょっとグロいね、カメラ越しに見ると。
貝ってね、絶妙なんだよね。正直。
すごいよね。フォルムとかさ、改めてじっくり観察するとさ、海の生物ってそこそこヤバいフォルムしてるよね。
だいぶ前ね、僕は中学生ぐらいかな、忘れましたけど、ところジョージさんがですね、テレビ番組で言ってたことがあって、
いやイセエビとか海の生き物だからなんかキレイっぽくて美味しく食べてるけど、朝起きてカーテン開けて窓にくっついてたら嫌だよあの形っていう。
言われてみればね、陸上で生活してたら普通に虫なんですよね、なんか見た目が。
いやそうだよ、だってサソリとかとそんな変わんないじゃん。
実際だってヤシガニとかさ、画像検索とかで出てくるけどさ、しんどいよねあれ。
だってあれ沖縄じゃないだろうけどさ、外国のどっかはオーストラリアかな、普通にその辺にカップしてるらしいじゃん。
沖縄にもいるみたいですよ、なんかゴミ捨て場のポリブバケツの裏にくっついてるとかさ。
やっぱ。
あれきついよね。
あれって食えるのかな。
いや食えるでしょ。
食えるのか。
食える食える食える。
ヤシガニはカニ?ヤドカニ?
ザリガニじゃない?わかんないけど。
ザリガニ?
ちょっと調べようか。
調べよう。
ザリガニはね、ヤドカニだ。
ヤドカニ、やっぱヤドカニなんだ。
すごいね。
でもたしかにフォルム的にはヤドカニのフォルムだよね。
うんうん。
カニ系の、しっぽがあるタイプ?
そうだね、なんかね。
いやーきついな。
そうか。
これもちょっとお伝えしとかなきゃね。我々ポッドキャスト中に色々調べて、ちょっと調べてみようかっていう間があるタイミングがちょこちょこ挟まれますので。
ちょっとね、お互いに注意散漫なところがあるんでね。興味が湧くとすぐ知りたくなっちゃうっていう。
ちょっとね、何なんだろうね、この感じね。
だから洗練されたものはあまり期待しないでくださいっていう。
そのあたりはちょっとね、言っておきますね。我々のこの慣れ合いの中でじゃないですけれども。退屈させるつもりはないんですけれども。
楽しくやっていこうとは思っているんですが、そういう行ったり来たりだとか、あっち行ったりこっち行ったりみたいな、そういうところはある程度あるかもしれませんね。
そうですね。
あともう一個ね、この新番組立ち上げに際して、どうしても今日言っておきたいことがあって。外国人に聞いてほしいのね。
いや。
外国人。なんでかって言ったら、最近さ、男子校とか女子校なくなっていってんのね。
09:09
あは?
無理しなくていいんだよ。無理はしなくていいんだけど、男子校女子校がなくなっていっても、これ要するに少子化していく中で、半分を選択肢から捨てるっていうのは厳しいのよねっていう話なんですよ。
僕たち日本からこうやって発信するわけなんですけれども、対象日本に絞るっていうのは、これね男子女子で切るよりもはるかに部の悪い選択なんじゃないのかっていう気がしてるんですね。
まあそうだね。
そう、全世界の人口と比べたときにね、日本人に絞るのはちょっともったいないぜっていうことで、英語話者の皆さんにですね、ぜひ聞いていただきたいんですけど。
ただここで一言言っておく。英語でポッドキャストをやる実力はない。
ないよ。
それでいて、やっぱり全世界で英語は喋れられてて、英語は本当に紅葉語として使われている現代なんですけれども、だからといって我々が日本語を捨てる理由はねえよっていう。
そうなんだね。
まあそこなんですね。だからこの番組はですね、全世界にいる日本語話者というか、日本語を勉強してる方々に聞いていただこうかなというつもりでいます。
生きた日本語を聞いてと。結局なんかあるじゃない、英語のリスニングとかでさ、いわゆるリスニング用に作られた英語の話とか、すっごい聞き取りやすいみたいな。
そなたのネイティブの会話聞くと何言ってかわかんねえみたいなさ。あのギャップって多分日本語を勉強してる方々も同じようなことを感じてると思うんだよね。
はいはいはい。
多分日本語の方がよっぽどひどいんじゃないかな。教科書とかに書かれてるのなんてね、あんな喋り方してる人もはやいないしねっていう。
だってあれは昭和以前の喋り方でしょ。それこそゴジラの世界観。
そうそうそう。そのあたりを考えると、やっぱり生きた日本語を聞くっていうのはすごく大事なことだなというふうに思いますし、ただだからといってね、いわゆる雑談系のポッドキャストを聞くのは結構厳しいと思うんですよ。何話してるかわかんなくなっちゃうから。
だから映画、しかもその単品に絞ることで、その映画知ってればなんとなく何の話してるのかわかるかもしれないということで、そういう効果を狙ってですね、広く全国に全世界に散らばる日本語学習者の皆さんにこのポッドキャストを届けようという。
ちょっとリスナー増えちゃうんじゃない?
増えるかな?どうかな?しかもそれただ言ってるだけだからね。ただ言ってるだけなのに増えるわけないから。そこにアジャストして何かしらのPRを行っていくならまだしも、今ここでただ言ってるだけなんで。
だって今までのリスナーさんたちでもさ、再生回数何億回だったっけ?
12:03
3億9000万ぐらいだったかな?
でしょ?これ世界に発信しちゃったらさ、これはすごいことになっちゃうよ。
銀河の向こうからね、リアクションが返ってくるかもしれないですし、期待大ということで。じゃあね、嘘800ついたところでいきますか。
いきましょう。
そんなわけでね、東京のことTOKIOって言っちゃうみたいな。
TOKIO?
TOKIOみたいなね。そんなところでもちょっと海外に発信をしていきたいなと。そんなわけで本日のテーマは、映画エクスペリメントの責任なんて誰も取りたくねえよ!っていう感じでいきたいと思います。
これ待たせるとまたよくわかんない。なんだよそれ。
サブタイトルに関してはですね、勝手に僕が毎回ぶっつけてつけるんで、大間はそれをここで初めて聞くっていうスタイルでやらせてもらいます。
いや本当にね、これね意外ときっちりだな。
これさ、1回ぐらい逆やりたくない?
やりたいね。
やりたいよね。
ちゃんとオチやるんだよ。
やりますよ。そしたら俺もれなくお前はあらすじ紹介やれよ。
ああ、やっぱいいや。
ということでですね、僕は毎回あらすじを2分間にまとめてお話をするというところでやっていきますので、じゃあ今回もいきますか。
はい。ちょっと1秒過ぎちゃったけどごめんね。
そう、はい。
よーい、ドン!
はい、ということで今回はですね、実話をもとにした心理スリラー映画エクスペリメントについてご紹介いたします。
この物語はですね、社会心理学実験がベースになっていて、謎の研究機関がですね、被験者を募って模擬刑務所で監視と囚人の役割に分かれて21日間ルールを守って過ごしてくれと。
それができれば報酬は1日1000ドルという破格の募集をかけます。
主人公トラビスは世の中にちょっと不満を抱えたような男なんですが、興味本位を、いわゆる、あるいはお金目的で実験に参加することになります。
最初はですね、ただのロールプレイとして進んでいくんですけれども、徐々にですね、囚人に対する看守の行動が支配的な方向に転がり始めます。
また特にキーになってくるのが、トラビスと仲良くなったですね、募集の段階で仲良くなった黒人男性がいるんですけれども、すごく気のいい感じの人だったんですが、ここから見てのお楽しみという感じですね。
だんだんと囚人役と看守役との間の均衡が崩れ、少しずつね、恐怖政治のような環境へと変容していきます。
15:08
モデルになったのは実際に行われた1971年のスタンフォード監獄実験です。
名前を聞いたことがある人は数多くいるのではないでしょうか。
人が環境によってどのように残酷になっていくのか、あるいはですね、人間が行動を起こすときに物差しになるはずの正義感や倫理感、道徳というものは、一体権力の前にどこまで耐えることができるのか。
この映画エクスペリメントはもちろんですね、スタンフォード監獄実験よりも脚色された部分がたくさんあるんですけれども、
そういったドラマ性を楽しみながらも、実際にスタンフォード監獄実験で試された倫理感が、私たち見ている側にもまた試されていくのではないでしょうか。
でも初回だからピッタリだったね。
初回だからじゃない、毎回だよ。毎回です。毎回頑張ってんのよ。
うん、そっかそっかそっか。
はい、そんなわけでね。これはね、楽しかったね。
でも正直ね、僕Sの方が好き。
僕ね、S見てないのよ。
あ、そうなんだ。
これSっていうドイツ映画ですよね。
ドイツ映画。
ドイツ映画で、ドイツ映画Sって呼んでるのは日本だけでしょ。
あ、そうなの?
そうそうそう。あれは本国で出すエクスペリメントなんですよ。
じゃあちょっと似てるんだ。
てかもう、普通にドイツ語出すってザーですからね。
おお。
だから実験っていうタイトルです。
マンバか。
マンバです。で、Sっていうのは、あれですね、一頭指す言葉ですね。
それ、これ、それとか。
あ、これ。
そうそうそう。みたいな、そんな意味の言葉なんですけれども。
とかく有名な映画作品で、スタンフォード監獄実験もめっちゃ有名だし、Sもめっちゃ有名で、そのSをハリウッドリメイクしたのが今回のエクスペリメントっていうものになっているわけです。
僕は残念ながらS見てないんで、そことの比較は全くできないんですけど、スタンフォード監獄実験は好きですねっていう。
好きですね。リスナーの皆さんどこまで知ってます?っていう感じなんで、ちょっとスタンフォード監獄実験について一旦まずは整理しておきましょうか。
そうですね。
はい。これじゃあちょっと、どこまで知ってるかお互い分かんないからどうやって詰めていく?
えーと。
じゃあちょっと待ってちょっと待って。俺の方が知ってるって思う人手を挙げて。せーの。
じゃあどうぞ。
じゃあ僕が説明して、抜けてるところをちょっと説明してくれればいいかなって気がするんですけど。
18:01
了解です。
っていうのもね、僕好きすぎてスタンフォード監獄実験のドキュメンタリーとか見たんですよ。
フィリップ・ジンバルドっていう、当時のスタンフォード大学で社会進学の研究をしていた心理学者がいて、ちなみに昨年亡くなったんですよ。
もう亡くなったんだ。
昨年亡くなりました。スタンフォード監獄実験が伝説化してるせいで、とっくの昔に死んでるんじゃないかって思ってる人も結構いると思うんですけど、
全然そんなことなくて、本当にずっと第一線で活躍されてきた心理学者の方なんですけれども。
彼が行ったスタンフォード監獄実験っていうのは、スタンフォード大学で学生たちに向けて行われた心理学実験ですよ。
募集をかけて、募集に募って参加してくれた学生に対して、監守と囚人となるべく意味を持たないような形で振り分けるんですね。
振り分けた後、何するかっていうと、ちょっと詳しく説明をしておくと、まず監守は1日前に集めてるんです。
実験開始の1日前に集めて、軽いオリエンテーションを行いました。そこで囚人の管理を徹底しなければならない。
その際にある程度の恐怖は必要みたいな話も実はしてるんですね、ジンバルドは。
そのレクチャーが終わって、翌日からスタートしていくんですけれども、警察の協力も取り付けたのかな。
囚人役の学生は、街中歩いてたらパトカーで変更されて、スタンフォード大学の地下に実験のために作られたスタンフォードカウンティーに押し込められるというような形になります。
囚人たちは3つの官房が与えられて、その他に懲罰房が1個だけあるような簡素な作りのところなんですけれども、
洋服も布切れ1枚のような服で番号が振られている。
時間になったら転校が行われる。
足には常に鎖が巻かれている。
そして牢獄には当然鍵がかけられるみたいな、そんな感じの生活を行っていくことになります。
対して監守の方は3交代制をとっていて、2人ペアだったかな、6人が3交代で回していくみたいな形で、
これで2週間過ごした場合に、一体どのような行動の変化があるのかを見守るような実験でした。
ところが、この実験はわずか6日で中止されて、当時の新聞を大きく賑わせたりもしました。
実際一体何が起きたのかというと、初日の夜中あたりから異変が起きて、
21:03
監守役の子たちが決められた時間外の深夜に囚人を叩き起こして転校を行ったりする。
さらに後半になってくると、小学期の煙をかけたりだとか、嫌がって出てこない官房の囚人に対して、
全く関係のない他の官房の囚人の学生の洋服をすべて脱がして、ベッドも全部取り上げてしまったりだとか、
あるいは性行為の真似をさせたりだとか、明確な虐待行為に発展をしていき、
ジンバルトも中止せざるを得ないというような形になった。
これを基にして、役割みたいなものが人間の行動を左右してしまうということを、
ジンバルトは一旦ここで結論付けたと。
ここに至る前に、実はミルグラムの愛肥満実験というものがあって、
ミルグラムっていう人はフィリップ・ジンバルトの高校の同級生だったかなと思うんですけれども、
これが一応前身にあって、
今日はちょっと説明省きますけれども、ミルグラム実験があったから、
ジンバルトもそれを補強するためのようなところもありますけれども、
スタンフォード観光実験を行い、その後ですね、
ルシファー・エフェクト環境や危険位によって倫理が崩壊していく、
みたいなね、そんな説みたいなものをですね、学説を彼は提示しているというような形です。
とりあえずそんなところですけれども。
ちょっと補足すると、この実験をやろうとした背景の部分なんですけども、
大体1960年から70年ぐらい、ちょうどベトナム戦争であったりとか、
公民権運動とか学生運動みたいなのがすごく激化して、
普段穏やかだとか、すごく普通の人みたいなのが、
もし行動が激化しなきゃいけないとき、
学生運動とか公民権運動とかっていうような枠にはまったときに、
すごく非常に暴力的になるっていうことが何であるんだろう。
人間が何で権力に服従したりとか、
型にはめられたときに暴力性を発揮するのかっていう問いが
社会心理学ですごく注目されてた時期がありまして、
そこで枠にはまったときに善悪がどうなるのかっていうところで
ミルグラムの実験があって、
このジンバルドの実験の場合、状況っていうのが人の行動に
どれほど影響を与えるのかっていうのと、
何でいい人が非道徳的な行動っていうのに移ってしまうのか、
あるいは権力と服従っていう関係はどういうふうにして生まれるのか
っていうところの実証実験をするために、
今回のスタンフォード監獄実験っていうのをやったっていうところですね。
24:04
監獄における囚人の暴動みたいなものっていうのも
結構当時のアメリカでは繰り返されてきたみたいで、
ジンバルドは明らかに環境によって人間が変容するっていうふうな立場の人間なので、
おそらく批判的な姿勢でこういう実験を行ってるんですよね。
つまり何に対する批判的な思想なのかっていうと、
つまりは囚人っていうのはそもそも法を犯した人間たちなんだから、
もともとルールを破る傾向にある人間なのである。
対してそれを制圧するために監視たちは暴虐的にならざるを得ないみたいな、
そういう見方がそこにはあったんだけれども、
いや違うよねっていうそういう役割だったり、
そういう権威的なものにさらされていく中で人間はどうしようもなくなる。
囚人だって別に暴動を起こしたいわけでは本当はなくて、
そういう抑圧される環境の中で精神的に病んでしまうから、
暴動に発展するのではないか。
またあるいはそのミルグラムの実験なんかもアイヒマン実験と呼ばれているように、
要するにナチスドイツの中でユダヤ人に対する大量虐殺であったりだとか、
ユダヤ人だけに限った話ではなくて、
障害を持った方々に対する非人権的な行為、
命を奪うような行為も当然のようにされてきたのが、
当時のナチスドイツの政権下なんですけれども、
それを行っていた人たちっていうのが、果たしてなぜそんなことができたのか。
中でもアイヒマンなんかは特にそういうことをやってた人なんだけれども、
亡命してたんだよね。
最終的には見つかって先般として裁かれるわけなんだけれども、
彼を知る人間っていうものが非常に真面目で勤勉な人間であるみたいな、
そういう評価をしている。
真面目で勤勉な人間っていうのは社会生活の中においてはむしろ高く評価される人間で、
そんな彼が一体なぜそんな人間を軽く飛び越えるようなというか、
本当に倫理の外側の行為を簡単とできたのかっていうところに疑問が生じて、
それに対する実証実験っていうものがミルグラムのアイヒマン実験だったり、
今回のスタンフォール観光実験だったりすると。
ジンバルドは明らかに言いたいことははっきり決まってるんだよねっていうところはあるんですよね。
そうね。どっちかっていうと実証実験に近い形だったのかなっていう感じなんだよね。
補強するためのっていうところがあったのかなというふうに思います。
ちなみになんですけど、観光実験がものすごい、
聞いてる方々もなんとなくピンとくるというか、なんとなくそうなんじゃないかと思うかもしれないですけど、
こんなこと今やったら大問題なんで。
注意書き書いて済むことじゃないんですよ。
27:01
この2週間であなたは人権を脅かされるような精神的苦痛あるいは肉体的な苦痛を伴いますがいいですか。
はいとかそういう話じゃないです。そんなことしちゃいけないから本当は。
実際このスタンフォール観光実験が新聞とかで取り上げられる中で、
ガイドラインがすごく発達することになったっていうこともあったそうなので、
実際でもそれってすごい大事なところなんですけど、
でもそれを積極的に踏み越えた実験ができたっていうところが、
時代だなっていうふうに思います。
あとはこの研究の時代って研究計画書が結構はっきりしてなかったりとか、
そもそも倫理的な問題っていうところをピックアップするっていう工程はあまり挟まなかった時代だから、
実験自体にジンバルド自身も結構監修役に演技指導をしたりとか介入をかなりしてるから、
実際の状況とはやっぱり異なってくるんじゃないかなっていうのと、
あとこれがちょっと面白いところで、
ジンバルド自身もこの実験に飲まれた被害者の一人でもあったんだよね。
言ってますよね、確か著作の中で。
そうなんですよ。
何がジンバルドが被害者だっていうと、自分でやった実験なんだけど、
結局彼も自分の立場が監修長みたいな立ち位置になって、
その監修たちが行う行動たちのよしよしを判断する。
もうちょっとやっていいよとか、そこまではセーフだろうっていうふうな判断をする立場になってしまったから、
その権力性に溺れて、結局なんでこれ6日目で実験が中止されたかっていうと、
妻がチラッと見に来て、これちょっとこいつやべえぞってなって、
弁護士団を連れて即時中止させないとやばいっていうぐらいの状況に、
彼自身もなってしまっていた。
だから彼自身は止めるつもりは全くないし、
買ったんだけれども妻に、元妻、この後離婚するんだけどによって止められたっていう感じですね。
さらに面白いことに囚人たちはもうやっと終わったみたいな感じになってたんですけれども、
監修役に回っていた学生は話が違う、もっと続けさせろっていう風に騒いでたらしいっていうのも、
やっぱりこの役に飲まれる怖さみたいなのも、この実験が物語ってるなっていう感じですね。
ジムワルドはそもそも一度は引くチャンスがあったはずなんですよね。
30:02
囚人のうちの一人は早めに離脱してるんですよ。早めに精神に入ってられたらもうちょっと病んでしまって。
そこで普通中止するんですけれども、
当人も後々語っているように、それをずっと見つめていたくなってしまっていたわけですよね。
当人の中では一応これは心理学実験だからその容態を観察する必要があるっていう風な名目がおそらくはあったんだろうけれども、
でもその奥の奥の方では、だからこれは許されるのだっていう風な感覚に陥ってしまっていたのかもしれない。
まさに監視者たちの行為を黙認する監視庁の立場と同じだったんじゃないのかみたいなね、そんなのがあったりするんですけれども。
とにかくそのガイドラインも充実してですね、被験者を精神的、身体的に危機を招くようなことはできなくなった昨今なんですけれども。
僕がですね、ダークサイドミステリーっていう、今終わっちゃったんですけれども、愛すべき番組を見てたらですね。
スタンフォード監獄実験の特集をやっていまして、そこで衝撃的なことを知ったんですけど、監獄実験、もう一回やられたって知ってます?
え、知らない。それは知らない。
2001年とか2000年初頭にですね、BBC監獄実験っていうのがあるんですよ。
これ僕全く知らなかったんですけど、当時そのリアリティ番組っていうものの第1次ムーブメントがありまして、
本当にセレブの生活を追っかけるような、パリス・ヒルトンみたいなさ、そういうのを追っかけるようなリアリティ番組とかがいっぱいあったときに、
監獄実験をリアルそのままに流すっていうのをBBCが企画に組んだんですよ。
へえ、よくやったね。
これも監修したのが2人の心理学者ですね、社会心理学者で、その2人はジンバルドの実験に対して一部批判的な立場を取っていた。
それがまさにさっき大間が触れていたように、監修に対するあらかじめのレクリエーションだったりだとか、演技指導だったりっていうところが誘導してしまっているから、
その誘導が完全にない状態で実験をしないと意味がないんじゃないのかみたいな形でテレビ企画ではあるんだけれども、
もしも危険なことがあったら即時中止できるように、さまざまな職種の方々、弁護士しかりですよ。
その中止の決定権を持つ人を自分たち以外にも複数人用意した上で監獄実験をスタートさせる。
しかも事前の監修に対するオリエンティションなしっていう形でやったんですけど、これも8日で破綻したんですよ。
33:02
ただ破綻の仕方が全然違うんですね。監修が囚人の行動の自由を制限しきれないんですよ。
タバコ吸わせろって言った囚人に対してタバコをあげちゃう。
そっちにシフトするんだ。
あれは良くなかったよねっていうのをその日の夜に監修たちがみんなでミーティングで話してるんだけど、
もっと厳しくしようよっていう奴もいるんだけど、いや俺はそう思わないみたいな感じで、背景がみんな違うから全然話は止まらないわけ。
その後結局囚人たちの強い要求に対して結局ですね、みんなで平等に共同生活を送ろうってなっちゃう。
もう牢屋は空きっぱなし。監修も囚人も一緒のテーブルで飯食ってるみたいな。そんな感じに陥っちゃう。
ここからがさらに面白くて、ここで終わらないんですよ。
そしたらですね、いやこんなのはダメだと。これはもう筋が通らないと。
もっとしっかりとその秩序だった空間を作ってそれを運営していかないといけないんじゃないのかって言い出す人が出てくるんですよ。
それが囚人の一人なんですよ。
そしてその囚人の一人が最終的に自分と関係の結びつきの強い他の囚人二人を任命して、自分たちが監修役をやるってなった段階で、これは破綻しましたねっていうところで終わっていくんですけれども。
これもなかなかですね、面白いというか読みやすいような天末なんですけれども。
ある意味ではですね、その番組の中ではですね、民主主義が立ち行かなくなった時に人間は強いリーダーを求めると。
その強いリーダーが一体その正義なのかそれとも正義でないのかっていうところは、その時点では判断基準にはなくてもいい。
つまりは何か強いものに引っ張られて、この状況を打開したいっていうふうに願ってしまう。
まさにナチスドイツの対等と重なる部分があるんじゃないのかみたいな。そんなお話がありまして。
勧告実験は2回行われて2回とも失敗していると。しかも条件を変えたのにっていうところがですね、一応面白かったんで紹介しておきます。
面白かったね、でも実験自体は面白かったし。
あとこの映画ですぐSよりも良かったのが、Sよりも心理描写が丁寧だった。
そうなんですね。S見てないから何も言えないってだからそれ俺。
じゃあちょっとね、エクスペリメントの映画そのものの方にね、ちょっとシフトしていこうかなと思いますけど。
なんかジャブ的な軽い話あります?
36:01
2個だけあるんですけど。
ちょっと聞いていいですか?
2人ちょっとピックアップしたくて。まずエイドリアンブロディですね。
エイドリアンブロディ。
主人公の俳優さんです。
ああはいはい。
あの人戦場のピアニストだよね。
え、だよね。
だよね。
違うかな。だよね。
合ってるよね。戦場のピアニストの人じゃない?
戦場か。
なんかさ、ピアニストものあの辺さ、時期的にさ、船の上のピアニストもいいですよ。
海の上か。
海の上の方じゃない。
じゃないか。
戦場のピアニストの方だよ、絶対。
エイドリアンが戦場のピアニストですね。
ああやっぱそうだよね。
やってますね。
あんな繊細な人がさ、今度なんかボコボコにしてウェーとかやってるからさ。
あの楽さやべえなって。
ボコボコに握ってるじゃん。
いやでもね、この人セクシーだね、本当にね。
セクシーマシーンだね。
びっくりしちゃった。
本当鼻が立派じゃない?ギャーッつって。
でもなんか線が細い感じでみたいな、ちょっとミステリアスな感じがあるなっていうふうに思ってたんだけど。
この映画だけでどんだけ色んな表情を見せてくれるのかっていうね。
すげえなって思いましたね。
立ちかと思ったらちょっと猫っぽいところもあってさ。
すごい言葉を掘り込んできたね。
いやでも本当すごいですよ、なんか。なかなかに見せられましたね。
しかも肩幅広いからさ、裸もいいよねっていう。
いいよね。最後なんか脱いだところ、脱いでボコボコにするシーンとかさ。
かっけえってなるんだけど、インドに行った瞬間さ、ちょっと猫っぽくなってさ、なんかこう、ちょっと繊細な感じになるし。
ちょっと母性本能をくすぐるタイプになってますからね。
そうそうそう。
さっきまで超武闘派みたいな感じになってたのに。全然違いますからな。
この楽さすげえ。しかも戦場のピアニストではあんなに涙を流しながらピアノを弾いているっていう。
このギャップ感やべえなっていうところが一人、このブロディーさんですね。
あともう一人楽さがやばいといえば、フォレスト・ウィテカーって言ったらいいのかな?この人。
この人、僕何回も見てる人なんですよ。
何かというとロビン・ウィリアムス主演のグッドモーニングベトナムですね。
見てるんですか?
見てますか?
いやないです。
あ、ないんですかね。
グッドモーニングベトナムでロビン・ウィリアムス様の相棒役として、
ロビン・ウィリアムス様の補佐をする、ちょっと一応部下、役割的には部下なんだけれども、
39:06
補佐をする的なすごい高青年なんですよ。
ウィルが行うラジオの内容がすごく大好きでケタケタ笑いながらも、
当時の世界観とのギャップにちょっと苦しむみたいなところのすごい高青年なんですよ。
最初はさ、「ああ、ここの人じゃん!」って言っても出てきたんだけど、
まさかさ、なんかちょっとね、トイレでさ、ちょっとエレクトそしてニャーってする。
あんな狂気を見てしまったら、
グッドモーニングベトナムなんか、ピュアな心で見れないよ。
この人本当になんだろうな、有名なバイプレイヤーで、いろんなものに出てますよね、本当に。
いやでもなんかね、すごかったよ、やっぱり。
なんか、なんだろうね。
ハマリ役なのは確かにね、ちょっと気弱そうに見えるね、第一印象は。
でも、演技でいくらでもクレイジーに見えるっていう凄みがあるよね。
しかもそのさ、なんていうの、この徐々に染まっていく感じがさ、絶妙に上手くない?
最初の方ちょっとタドタドしく頑張って威圧的になろうとしてるんだけど、
だんだんだんだんそこの一川二川を向けていった時の最後と、
あと最後からその権力のこの梯子みたいなのをボーンって外された時に、一気に情けなくなる姿みたいな。
この人天才かなってなった。
だからその辺もちんちんだよね。この、あの、梯子外されてフェネフェネフェネフェネフェネってなっちゃう。
ちょっと何言ってんだよ。
だから俺そういう感じのメタファーなのかなってちょっと思ってましたよ。
初めての暴力に目覚めて股間を厚くたぎらせるシーンがあるんですけど、
結局そういう、全ての自分の権力を支えていたものがなくなると、一気にやっぱヘニョヘニョになっちゃうっていう。
そこに何かしらのメタファーを感じるんですね。
そうですね。そこに関しては後で僕も話していきます。
でもこの人はどんなにイカれた役やっててもちょっと目が寂しげなんですよね。
そこもすごいなっていうふうに僕は思いました。
これいつもハコベラっていう、ポケ沼っていう番組で一緒にやらせてもらってるハコベラとも話をしてるんですけど、
大げさな演技なんて誰にもできるんですよね。
だからイカれた役っていうのは、イカれた演技は誰でもできるかもしれないんだけど、
42:00
イカれてるんだけど目がすげー孤独そうに見えるっていうのはこれはなかなかできないですよとは言っておきたいんですよ。
だからこそ余計にその狂気の裏付けを感じて怖くなるんですよね。
やりすぎたイカれた演技なんてのは正直滑稽なだけですよね。
彼がやってる演技ってのは多分その多層構造で、そのイカれてる部分の奥にですね、そのイカれを生んだ何か穴ぼこみたいなものが見えてくるっていう。
だからそこに説得力が生まれるんじゃないのかなっていうふうに思いました。
いやいい俳優さんですね。
素晴らしい。
しょうちゃんなんかないの?
そうですね、一個残念だったのは、主人公トラビスがジョーカノにですね、もらったブレスレットに書かれてる、あの言葉が何かわからなかったっていう。
確かに。なんかね、女の子にもらったやつだよね。
そうそうそうそう。あれ絶対何か意味あるんだろうなって思って。
確かに。これなんかGBTに来たらわかるかな。
いやーわかんのかな。
結構序盤にですね、インドに行って自分見つけてくるっていう頭空っぽな子という女の子が出てくるんですけど、その子にですね、主人公がブレスレットをもらうんですね。
そのブレスレットにですね、なんかちょっとどうもサンスクリット語っぽい文字が彫られてるんですけど、あれが何て書いてあるのか全くわからなくて、すごい気になってるんですよ。
わかりますか?
なんでしょうね、今GBTさんに聞いてみてもらいますけど、応答がないですね。
ネギを検索してます。
時間かかってますね。
なぜかAmazonまで探し始めましたよ。
すごいね。
でもね、トラビスのブレスレットっていうの、僕英語で検索したらトラビスのブレスレットがなんかECサイトで売られてたんですよ。
うん。
でもそこには何も彫られてなくて、なんだこれってなりました。
あ、僕のGPT回答しましたよ。
ほう。
アヒムサって書いてあるんですね。
僕のね、GPTと違う答え出しましたね。
ほんと?
うちはオウムマニパドメフウムを表している可能性が高いです。
残念ながら僕の方が正しいですね、絶対これ。
そんな曖昧な回答じゃないですよ。
映画エクスペリメントに登場する主人公トラビス、かっこエンジャーエイドリアンブロディのブレスレットにはサンスクリットでアヒムサと書かれています。
直訳すると、非暴力、無害という意味ですね。
これも完全に映画のテーマとつながってくるんで、多分こっちが正しいんじゃないですか?
そっちでしょうね。
45:01
やっぱりね、女の子が一番初めに私インドに行くわっていう話をした時点で、このエクスペリメントが、しかも監獄実験の内容であるということからも、
ここでインドを出してくるのは完全にインドの指導者であったガンディですね。
非暴力、不服従という言葉を掲げてですね、当時のイギリスに立ち向かった男っていうものを思い出すわけですよ。
まあやっぱりその手の言葉だなというところで、やっぱりピントはきますけど。
いやー、でもね、あなたは暴力振るわなかったわね、みたいなさ、言葉があったんですけど。
結局彼は最後、痛めた拳でね、彼女に会いに行くわけですよ。
やるせないねっていうね。
いやでもね、あのシーンは僕の話からすると、めちゃめちゃ意味のあるシーンだったと思う、あれは。
聞きたいね。
じゃあちょっと僕からいいですか?
いいですよ。
いいですか?
3構成で作ってきたんだけど、1個飛ばします。
はい。
1個目がね、スタンフォード監獄実験って何だったの?っていう話をしようと思ったから、そこは飛ばして。
次に言いたいところが、正義の正当性って誰が保障するの?っていうところなんですよね。
監守たちっての秩序を保てっていう、その曖昧なルールっていうところに従いながら、冷水かけたり罵倒したりとか、
抑圧的な処罰っていうのを日常化していくっていうところで。
ここで注目しなきゃいけないのが、監守役の人たちがこれが正義ですよっていうところを信じて行動している。
盲信的に、ほら大丈夫じゃないか、俺らが正しかったんだよっていうのを繰り返し繰り返しやっていく。
だからこれが、さっきちらっと話も出てきたけど、ミルグラムの腹中実験っていうところの内容とすごく一致して、
権威に責任を預けていくことで、自分の行動の倫理的判断っていうのを停止するよねっていうような状況。
これがミルグラムが提唱した説なんだけれども、さらに言うとミシェル風光ってわかります?
風光の振り子しか知らねえな。
ちょっとジャンルが違う。
たぶん2Pキャラの風光だね。
ミシェル風光。ランスの哲学者って出てきましたよ。
そうですね。監視されることで人は自らを制御するようになるっていうのは、パノプティコン効果っていうような。
48:01
だから学校とか病院とか工場とか、いろんな現代の場所で監視される側と監視する側っていうような状況があったときに、
人は監視をされていかないと、自らを制御することなく無知事になってしまうんじゃないかみたいなことを言ってるところね。
ここのところで監視カメラの存在っていうところにちょっと注目したんだけれども、
やっぱりこの風光が言ってるような神の目っていうような、自分の正当性を象徴する、あるいは自分の正当性を正してくれる存在がこの監視カメラっていうところで、
正義になるような行動っていうのが外的要因によって自動化されていってるんだけれども、
それが本当にこれって正義なのっていう、自分自身に問いかける基準っていうのは、だんだんだんだん彼らも失っていくっていうところがあって、
そこからやっぱりこの正義の正当性っていうのが枠組みによって保証されるもんじゃなくて、
自分の中で問いかけたりとか、他者との関わりの中で承認されるかどうかで関係性で形成されていくもの。
特に監視たちがやろうとしていた行動の中でも、バリスのことを正当化してお互いにエスカレートしていく組。
バリスに異を唱えてボコボコにされる人とか、最終的にバリスに付き従うことが、
嫌々ながらやってたけど最後の最後で、いやもうこれはもうどうしようもねえよやべえよって言って離れるものみたいな感じで、
そのバリスの中、本人の中自体だけで正義っていうものだったりとか、その行動っていうものっていうのが
制御できてないよねっていうところがあったと思うんですね。
で、このバリスにも注目してみると、
そのお母さんの介護をしながら生活をしていて、お母さんから常に罵倒されながら生活していた。
さらに言うと、このちょっとした楽しみであるテレビのお笑い番組見てメモを取るような、
根暗な趣味を持っているバリスなんですけど、その趣味すら満足に立ち行くことができないみたいな。
お母さんが呼び出ししてこのろくでなしみたいなことをずっと言われちゃうみたいな。
40年かね。
40年か。
酷いよ。だからバリスも秩序を守るっていうことの役割を与えられて、
初めて正義の立ち位置に自分が強い側だったりとか、自分の正当性を思いっきり表に出せるようなところに初めて入れたみたいなところがここ。
51:15
結局その囚人側も監修側も何が正義なのっていうところがお互いすごくすごくバラバラなところで存在していて、
一応神の目としてのカメラとランプっていうところがあるんだけれども、
それが各々信じるカメラとランプであって統一はされてなかったよねっていうところにまずちょっと注目してて欲しく。
で、そこでラストのキスのシーンですよ。
ケース。
ケース。ケースケースケースなんですけど、
最初さっきマコちゃんが言ってくれたようにこの手は暴力をしなかった手だって言ってやってくれるのね。
で、最後のシーンだとそこにプラスアルファの要素が加えられてるんだよ。
なんすか。
なにかというと、えっとなんだっけ主人公、えっとトラビスだ。
トラビスはバリスにさせれようとした時、左手でナイフを止める。
で、右手で殴るっていう行動してるんだよ。
だから最初の状況の恋人が言ってる状況は非暴力、不服従っていうところを表す手は左手なんだよ。
あ、そうなんですね。
だってナイフを止めて、左手は暴力を振ってないもん。
なるほど。
だけども暴力の方を取った。で最後にキスをする手も暴力の方の手なんだよね。
へー。右手をチューしてるの?
右手チューしてるんだよ。
だから結局映画の表面層を見ていくと、
虐げられたトラビスが反抗を起こして、いろんな暴力行為になってしまったけれども、
結局彼の両親はすごくずっと続いてたんだよ。
正義のまま彼はこの韓国実験を終了したんだみたいなところにも見えるんだけど、
立場は180度回転してるんだよね。
暴力を承認する立場にそこで変わっていってるっていうのと、
あとトラビス自身もカメラとちゃんと語り合ってるんですよ。
閉じ込められた時にカメラを目の前にして、
こんなことどうすんだよ、見てろよ、俺がやってやるわみたいな感じで、
54:00
うわーって発狂してから行動を起こす。
だからトラビスも正気じゃないんだよね。
結局は、ちょっとさっきもちらっと言ったけども、
正義はこの制度とか箱の状況だったりとかっていうところから生まれるんじゃなくて、
他者との関係性で生まれるんだよね。
っていうところがこの映画で描かれていたところなんじゃないのかなと思って、
これをね、またちょっと別の人の名前あげちゃうんですけど、
今回ちょっと3人ぐらいあげたくてさ、
エマニュエル・レビナスっていう人ですね。
エマニュエル夫人じゃなくて?
この人ね、バリバリのおじさんです。
エマニュエル何?
レビナスです。
レビナス。
レビナスですね。
夫人じゃねえのかよ。
夫人、次は夫人見るかい。
次見てみるか。
レビナス。
その人がね、正義とは制度による判断じゃなくて、
他者の顔との出会いから始まるっていう風に著書に書いてあったんですね。
で、この顔っていうのはフェイスっていう意味でもあるんだけれども、
ただの身体的な顔っていうわけじゃなくて、
あなたにいる目の前の人、存在そのものっていうのが、
どういう応答をしますかっていうことで、
あなたが正義かどうかっていうことが判断できるようになるんだよみたいな。
だからここまでの話をね、
いろいろちょっとバラバラとトピックス出していったんですけれども、
最後にこの暴力の手をキスするっていうところまでの流れで言うと、
正義っていうのが常に非暴力であるとは限らないよねっていうところ。
あとは結局制度に従ったバリスよりも、
制度に逆らってでも他者を守るような暴力的な行動に至ったトラビスっていうのが、
なんか支持される場面もあるよねみたいな。
だから結局その正義って何だろうって考えたときに、
関係性の中でしか言えないよね、絶対的なものはないよねっていうところを、
なんかすごくうまく表した映画になってる構造なんだなっていうところが、
この映画を見た僕の初見で。
それがものすごく心理描写が良かったよねっていうところがここなんだよね、僕。
右手にキスをするということです。
右手にチューなんだよ。
たぶんさ、トラビスよりも先にインドに行ってたから、
もうインドの観衆に慣れちゃって、
やっぱり左手はちょっと不条の手だからチューできないなって思った可能性もあるよね。
ちょっとうんちついていくかもしれないけど。
うんちついていくかもしれないけど。
そういう基準で動いてた可能性も否定できないよね。
仮にそこまで染まってるとしたら、あの服装はねえ。
57:03
完全に観光客だとしたら。
まあそうね。
インドに行く彼女はすごい非暴力の象徴として描かれているのかなっていうふうに僕はすごい思っていたんですけど。
でも実際のところのインドって一体どういう場所かって言ったら、
女性が一人で行ったら大変なことになるようなエリアがたくさんありますんで。
ある種彼女が思い描いている、ヒッピーの彼女が思い描いているインドっていうのは彼女の中にしかない幻想としての環境の可能性もある気がするんですよね。
ただ彼女は彼女であそこに行ってしっかりと自分を見つけました感のある顔をしてるわけですよ。
でもそう考えると、僕はもうあそこはある種列挫な環境であろうが、
自らが考えている理想だったり倫理っていうものを投影することができるんだったら、
割とそこから脱することも可能なんじゃないのかなっていうのをちょっと期待しちゃったんですけど。
なんかもうだって彼女いなくても話はできるじゃない?この話って別に。
なんでわざわざ話の始まりで二手に分かれるんじゃない?
インドに行く彼女と囚人事件に参加するトラビストで、作品始まって早々に二つに分岐してさ、
ずっとトラビストを掛けてるからインドにいる間の彼女の行動なんていうのは一切わかんないわけよ。
ごめんなさい、今分岐の話をするために指使ってたらハンドサインのせいで風船飛んじゃいました。
だから彼女は別にいなくても話は通じるようにわざわざ送っているのは、
彼女の存在によってこういう道もあるよね的なものを示したいのかなっていう気はしたんですけど、
ちょっとその辺はその程度しか僕は読めなかったですね。
でもさっきオウマが言ってた中でね、僕がすごいわかるわというか、その通りだよねって思ったのはバリスだっけ。
まさに虐待の再生産ですよね。
僕はすごい作品見てて印象に残った瞬間っていうのは、
バリスが作品のクライマックスあたりにトラビスを閉じ込める謎のパイプの空間を見つけた時のリアクションなんですけど、
あの瞬間彼は明らかに人を言えるイメージをしたはずなんですよ。
そういう面をしてるんです。
でもその時点でまだ彼はそんなに死虐的な精神にはなりきってないはずなのに、明らかに彼の表情はそこに人間を入れるイメージを持ってるんですよね。
1:00:06
それっておそらくは彼自身がそういう形で懲罰を受けたことがあるからとしか思えないわけですよ。
そう読ませようとしてるんですね。やっぱり作品作った人たちも。
だからそれはやっぱりまさに彼の行動だったり、彼がどうしてそういう行為に至ったのかっていうところに、
彼自身のこの40年間一緒に過ごしてきたこの過程に何かしらの問題があったっていうのがあるんじゃないのかっていうのを、
たぶん提起したかったのかなっていうふうには思いました。
すごく大事なシーンだったなと思っています。
僕からもですね、ちょっと言っていいですか?
お願いします。
人類総赤ランプ時代っていう話をしたくて。
ほう。
今回この作品において赤いランプがすごく重要な役割を果たしていて、
被験者たちには赤いランプがついたら違反行為が行われたという判断で、
実験は即中止になり報酬は支払われないっていう話がされるんですね。
みんなが報酬が欲しいからっていうことでみんなで協力して実験を終わらせないとねっていうふうな形で始めは進んでいくんだけれども、
いつの間にか監修側は赤ランプさえつかなければどこまでもやっていいんだっていう思考にどんどん陥っていってしまうと。
これこそまさに判断のもの差しですね。倫理のもの差しっていうものを全て赤ランプに転化しちゃってるわけですよ。
これがまさしくですね、ミルグラムの実験にもあるような権威に全て委ねてしまうような真理。
今回そのサブタイトルにもつけましたけどね、責任なんて誰もやっぱり取りたくないわけですよ。
自分よりも大きな力の何かが責任能力を持っているのであれば、そこに全て丸投げして自分はただ行動を起こすことができるっていうのって、
おそらく人間が一番自由でというか、一番無責任でというか、一番何も考えないでいられる瞬間なわけですよね。
責任からの解放ってすごく気持ちがいいことなんですよ。
今回でいうとそれが赤ランプがその役割を示していたと思うんですけど。
僕は当初ですね、人類総赤ランプ時代じゃなくて、学校の教師事実上の赤ランプ説っていうのを唱えたかったんですね。
本来的に人間が従うべきは倫理だし、あるいは社会生活を送る上では法だし、みたいな。
あるいは常識という名の古文センスだったりとか諸々あるわけじゃないですか。
それらに従って生きることを悟すのが教師だと思うんだけれども、結局学校において子どもたちは教師のことを結局赤ランプとしか思ってないんですよね。
1:03:07
本来的には全ての教師があったわけじゃないし、全ての子どもがあったわけじゃないとは思うんだけれども、
本来的にはいろんな物差しによって、これこういうことがあるからこうだよねっていうのを悟していくのがおそらく導くためのアドバイスだと思うんだけれども、
やることもいっぱいある中で、指示がどんどん簡略化されていく。
これはダメじゃないかみたいな話になってくると、何によってダメなのかっていうところが、先生がダメって言ったからダメになるわけだよね。
これって結局、何が良いのか何が悪いのかっていうその倫理の物差しを全部権威に委ねてるわけなんだよ。
っていうふうに考えると、スタンフォード監獄実験っていうのは何も禁止されて封印された社会心理学実験ではなくて、
現在進行形で学校現場で常に行われてる社会心理学実験であると言っても過言ではないわけ。
やがて生まれていくわけなんだよ。先生が良い悪いっていうその理由はとにかくとして、
単純に先生という存在を高く理解することによって、そのラインをうまく見極め始める連中が出てくる。
その連中は徐々にその権威である先生に認められていくよね。認められていくと立場が強くなっていくわけだ。
そうするとそこの読み取りが甘い連中っていうのはどんどん立場が下がっていく。
結果的に何が生まれるかって言ったら、ちょっと男子声出しないようになるわけですよ。
ああ覚えが悪い。
っていうことなんだと思うんですね。だからある意味では、
本当にいろんな場所でいろんな現在進行形で起きてるようなものだよねっていうお話をしようと思ったんだけど、
いや待てよと、学校だけかっていう話になってくるんですよ。
今まさしく大間がいろいろ言ってくれてるんですけど、他人にどう反応されるかっていうことによって、
自分のやってることは正しいのか否かっていうのを判断するみたいな学説があるというお話があったんですけれども、
それが結局今何が起きてるかというと、みんながみんなそればかり気にしてるんですよね。
これは何かっていうと、まずはコミュニケーションっていうものが、ネットワークの力を使ってものすごく広がるようになった。
自分の本当は顔も名前も知らないような人間からの意見をもらうことができるようになってしまう。
そうなってくると結局一挙手一投足、全てにおいて誰かに判断されてるんじゃないかっていうことが、
つきまとうようになってくるわけなんですよね。結局SNSの炎上なんてまさにいい例じゃないですか。
あれって結局地球上の全ての赤ランプが点いたようなもんで、いろんな人たちに常に自分の行動っていうものを見られていて、
1:06:07
常にそれを判断されて、正しく生きなければならないのだとみんなが思い始めている。
それは道徳や倫理だとか、根源的にこうあらねばならないっていう物差しを自分の中に持って決めてることではなくて、
きっと誰かに嫌に思われたら大変なことになるからやめておこうっていう極めて消極的な、内発的とは言えないような、そういう動機でみんな動いていくことになってきている。
で、びっくりすることにですね、結局そんなみんながみんな誰かを見てるわけじゃないんですね、別に。
SNSなんて誰かしらから認められたように100人フォロワーついたら、やったーとか思ったりする人がいる中でですよ。
何万人もフォロワーがいる人もいたりするんですけど、結局その何万人もいる人が一般的なわけじゃないじゃない。
どんなに何かやらかしても、別にそんなみんなからどうか言われるような立場でもない人の方が圧倒的多数なんですよ。
でも今は結局、著名人に何かあるたんびにボコスコにやられているわけだから、そういったところを自分にも投影して、
誰かにどうか思われたらどうしようってみんなビクビクし始めてる気がするんですよね。
しかもその自称正義マンによってさ、リポストという名の晒し上げがあるからさ。
だから今まさに、我々は人類総赤ランプ時代に来ているんだけれども、ここで面白いのは、僕はこの映画を見たときに、カメラの向こうには誰もいないんじゃないかって思ったんですね。
赤ランプが光らないっていうのは認められているんじゃなくて、そもそも赤ランプをつけようっていう意思もなかったというか、そもそも誰も見てなかったんじゃないのかと。
例えばの話、実験始めたはいいけど、そういえばうちの研究所で慰安旅行行くの忘れてたねって言って、慰安旅行にみんなで出かけて、帰ってきたらなんかやべえことになってたから赤ランプを押したみたいな。
そんな可能性すら全然あるんだけれども、結局中にいる人たちからするとそんなことはどうでもいいというか、気に気づいてないんですよ、自分たちを誰も見てないなんてこと。
これもまさに今生きてる私たちにつながるところがあって、別に自分の行動に興味があって見てる人なんて誰もいないのにも関わらず、誰かにどうか思われたらどうしようって思って、結局何もできなくなってるんですよ。
アホくさくてしょうがないよねって。でもそれが人類、そう赤ランプ時代の生き方なんですよ。
誰かが見てるかもしれないから控えておく。誰かにどうか思われたら怖いから何もできないみたいな。
結局自分の中で強い物差しを持ってない人ほど、その真理に陥って何も行動が起こさなくなっていく時代になっていくんじゃないのかと。
それ怖くね?っていう。
1:09:01
確かにね、監督はその辺は結構意識してそうだなっていうのを今話聞いてて思って。
実験の管理者側の役のおじさんいたじゃないですか。
いましたね。
ちょっと散らかった人。
あの人最初に出てきた以降は全く出てこないじゃない?
そう、全く出てこないよね。
しかもカメラを監視する人みたいなさ、普通だったら何かが起こったぞとかっていうタイミングで、
その研究者側の描写を入れてみたりとかさ。
そうだね。
どうしようみたいな、そっち側の描写も入れてもいいんだけど、
カメラはただ無機質にキュイーンキュイーンって動くだけで何も起こらないとかっていう風に描写をしているから、
結局これって被害妄想的なさ、見られているんじゃないかっていうところの被害妄想と古代妄想かなっていうところで、
がんじがらめにされている自分がいるよねっていう。
だからまさしくそういうのって結局、本当に相手のリアクションを見て行動しているわけじゃなくて、
ある意味では結局ただもう本当に主観的な解釈に過ぎないんだよね。
だから結局そのさ、赤ランプがつかないという事実に対して、
自分の行動が認められているんだっていう風に解釈をしたバリスだっけ。
バリス。
はやっぱり肯定感を強めて歯止めが効かない行動にどんどん陥っていくし、
逆に囚人たちは見られてないんじゃないかとすら思い始めてはいるんだけれども、
でもきっと見ているはずだっていう思いも捨てきれないっていう理性半端な状況に陥っていったりする。
結局なんだかんだで自分の都合のいいように解釈をしたいんですねみんなね。
自分にとって都合のいい解釈を相手にしているはずなんだけれども、
でも結局万に一つでも嫌なことになってほしくないからみんな臆病になるんですよ。
できることなら自分の行動に誰かが責任を持ってほしいんですよね。
そしたらだって責められるのは自分じゃないんだからそこで初めて行動ができるってことになってくるんですよね。
だからみんな責任は取りたくないんですよっていう。そういうことなんですね。
いやでもね本当に今回はね僕はその辺が一番楽しくて、
スタンフォード監獄実験そのものも楽しいっちゃ楽しいけれども、
解釈する上でね興味深いという意味で楽しいんですけれども、
それを映画化する上ではやっぱりエンタメにしたっていかないといけないので、
1:12:01
非常にバランスの良い深みの持たせ方だったんじゃないのかなっていうふうには思っています。
ただ僕はですね、ここでスタンフォード監獄実験に対してどうしても言っておきたいことなんですよ。
ジンバルド間違ってるなって。
なんだったらPBCも企画もミスってるなって思ったんですよ。
これね何が言いたいかっていうと、
ジンバルドは監修役の生徒を集めてオリエンテーションを行って、こういうふうに演技しましょうねってお話をしましたよね。
それに対してそれは良くないよね、それは条件的におかしいよねって言って、そういうことを行わなかったのがPBCなんですけど、
これね、2つとも間違ってます。
だってそんなことあります?
バイトのオープニングスタッフですか?
みんながみんな初めてとある役割を与えられて、その日結成してやります?そんなことないよね。
だから本来的にやるべきは、あらかじめ私逆的な監修がいる環境に、2名程度の監修役に任命された学生を送り込んで、彼らが虐待行為を行うかどうかを見ないといけないんです。
これこそ本当に社会の中で暴力が再生産されていく構図なんじゃないの?って思うんですよ。
ジンバイドがやりたかったのは、全く無垢な人間っていうものたちが集まってそういう行為が生まれるのかどうかってことをやりたかったのかもしれないけど、それは演技指導を行っている時点で破綻しているし、
また裏を返せばBBCも、それは演技指導が邪魔だったんだって言ってやらせてみたら、暴力行為こそ起きなかったけれども、そもそも役割を果たすことができてないわけだ。だから結局どちらにしても破綻はしてるんだよね。
社会の中に本当に根差したような実験をしたいのであれば、あらかじめそういうフードが作られているコミュニティの中に入っていった時に、それを覆すことができるほどの物差しを持つことが人間はできるのかっていうことなんですよ。
それができないから何年経ってもなかなか変わっていかない組織っていうのが山ほどあるわけですよ。
本当に必要なのはその部分で、結局大きな力に対して立ち向かっていくっていうことは人間は本当にできないんだよねっていう、そのあたりがすごく大事な話なんだよなって思うんで。
僕はスタンフォード勧告実験もBBC勧告実験もとりあえずどちらも非常に価値のある実験であるんですけど、僕がやるならそういうことをやりたいですっていうこと。
1:15:01
あともう一個、アブグレイブ捕虜虐待事件ですね。
聞いたことないぞ。
これもダークサイドミステリーの中で取り上げてくださっていた事件なんですけれども、イラク戦争で行われたアメリカ軍の兵士によるイラク兵捕虜に対する虐待事件ですね。
これもうすごいセンセーショナルな記事になってですね、世界中に画像がもうばら撒かれてしまったんですけれども、本当にこんなことが行われてたの?っていう。
もうあれですよ、完全に武装解除されてる捕虜に対して犬を蹴しかけたりとか、何人ものイラク人捕虜を裸にしてピラミッド積み上げて、その上でピースする女性兵士とか、オーラルセックスみたいな性行為を強要させるとか、すごい様態なんですよね。
やばっ。画像検索してみてるんですけど、なかなか来ますね。
いやすごいことになってるんですよ。それこそですね、スタンフォード監獄実験の中で、そういう方向性に行き添いになって、実際そういうことが起きて、もうやめましょうってなったっていうのと、同じものを本当に行き着くところまで行き切ったようなことが現実に起きたのが、アブグレイブ捕虜虐待事件なんですね。
こんなことが本当に起きちゃったんですよ。この原因究明ということで当てがわれたのが、他でもないジンバルドだったんですね。聞き取り調査とかも行ったそうです、ジンバルド自身が。
彼が言うことにはですね、やっぱり自分の立った仮説っていうものが非常に合致するような環境だったと。兵士たちは訓練もあまりされていないような状況でそういう環境に身を置いて、権威を持った人間からの黙認あるいは公認みたいな環境が、彼らを歯止めの効かない暴力だったりっていう方向に結びつけたんじゃないのかと。
結局言いたかったのは、環境経緯によって倫理が崩壊していくと。
その人間なんていうのかな、元来凶悪な人間がいるわけではなくて、そういった人による影響ではなくて、環境による影響がめちゃくちゃ大きい。つまり樽の中の腐ったリンゴではなく、腐った樽っていうものがリンゴを腐らせてるんじゃないのかと。
1:18:08
このアブグレーブの捕虜収容所に関しては、その建物、その環境ですね。建物っていうと無機質な意味合いになっちゃいますけど、その環境、そこにいたアメリカ兵たちが持っていたその環境っていうものが、まさに彼らを腐らせていったんじゃないのかっていうふうな言及がされていたんですけれども。
しかも当時のイラク戦争っていうのは、アメリカ側からするとテロ行為をされて本土を傷つけられた、それの報復だから、正義である正当性があるんだっていうのをずっとブッシュ大統領が言って、スタートした戦争だったんだよね。これは正義の戦争だみたいな。
だから軍人っていうのは国家に準ずるっていう意味ではさ、そういうものに対する忠誠心って言ったらなんかちょっと違うんだけどさ、そういうものがやっぱり強い傾向になってくると思うと、
その正義を、ちょっとミックスしたような話になるけれども、この責任の所在っていうところが、国がいいって言ってるんだから、何してもいいよね、の思考に陥りやすくなるっていうのはすごく納得できるなと思った。
その辺も青い目実験的な要素もあったろうね。実際のところテロを行ったのはアルカイダなわけだから、全然関係ないんだけれども、結局イラク戦争に赴いて自分たちとは異なる人種の人たち。
でもその時点で彼らに対してそのテロ行為に対する憎悪っていうものが向けられてしまっている。転化されてしまっている。その辺りっていうのは非常に、かなりバイアスが働いているというか、差別そのものですよね、差別意識。
彼らは自分たちよりも何かしら劣った存在であるから何をしてもいいんだっていうふうな意識もおそらく働いていたかもしれない。もろもろそういうことを考えると、人間ってやっぱり複雑な生き物のようで、行動は結局条件が揃えば、いとも簡単に転がるべき方向に転がっていってしまうんだなっていうことがわかってしまうんで。
本当人事じゃないですねっていうふうに思うんですよ。結局その内側にいる間は気づかないですからね。だからこそ歯止めが効かなくなっていくわけで。結局我々がこういうことを言えるのも、まったくの外側で、しかも時間も空間も違うところで見てるからそういうことを言えるのであって、その瞬間、同じ瞬間に同じ空間で自分が同じ状況に置かれたときに、果たして自分の中の倫理っていうものを持ち続けることができるのかって言われると、正直自信なくなりますよね。
1:21:16
本当にあの人さん、黒人さんで一人、これ以上やるんだったら俺は絶対実験を中止するぜって言った人いるじゃない。
若い町の囚人を落ちした子ね。
絶対反抗できただろってちょっと思ったけどさ。
あの時点で実験止まらない時点でおかしいからね。
ボコボコにしてるやんみたいな。血入れとるやないかって。
あれで止まらないのかいってね。
でも彼がああやって口に出すってすげえなって思ったんだよね。
おそらく卑怯に聞こえるかもしれないけど、僕が同じような立ち位置になった時に僕は絶対声を上げないと思うんだよね。
なぜなら僕は自分の身が一番大事だし、過去のいじめの経験からその時に声を出した方が余計ひどくなる。
今見捨てている人よりもひどい状況が自分に襲いかかるってことを誰よりも多分僕は知ってるから、絶対に声を上げないって僕は多分思うんだけど。
だからこそ彼の行動自体がすごいなって。純粋にすごいなって思う。
できたものじゃないですよね、あれはね。そう簡単には。
でも結局そうやったところで抗えないわけですから、集団の力には。
それがやっぱり集団の持つ怖さなんでしょうね。
正しさを正しいままにできないっていう怖さ。
誰しもがなんとなく掴んでたはずなんですね。それこそコモンセンスとして正義っていうものはあると思って生きてるんだけど、実はそれってすごく脆いものですよねっていうのが分かってしまう。
一番初めのインタビューの中で自分のその倫理の根源はどこにあるんだっていうのが聞かれるんですけれども。
宗教だったりだとか、自然に自分の中から発生するものだとか、諸々みんな言ったりするんですけれども。
結局、監獄実験でみんなそれがバラバラに崩れ去っちゃう中で、黒人マッチョの青年、彼はちゃんと自分のものさしで考えてましたからね。
確かに。でも確かにそう考えると最初のさ、最終的に暴力に準じた人たちのインタビューっていうのもすごく象徴的だなと思ってさ。
1:24:06
今思い出す限りだと、外発的動機づけで自分の倫理観を言った人たちっていうのが最終的にずっと暴力を続けて、倫理観が内発的な動機づけだよって言った人が最終的に囚人側に回ってたっていうところの振り分けっていうのも
なかなかだったな。今気づいた。
あのインタビューってすごく大事なところだったのかなっていう気がしますよね。
特にやっぱりバリスなんかは、ある意味では初めから何も変わっちゃないのかなって気がするんですよ。
彼は信仰心が強いみたいな感じで、インタビューを初め聞いたときはすごい思うんですよ、みんなというか。
僕もそう思って、信仰心の強い人なのかなっていう、だから宗教的な部分での何かしらの批判的な意見が出てくるのかなって思ったんですけど、
あれは単純にバリスがですね、自分より強いものに認められるっていうことへの安心感を強く持ってたからに過ぎなくて、
信仰そのものが果たして正しい形であったのかっていうとちょっと微妙なんですよね。
だから結局その自分よりもハイヤーレベルの存在がいるんだとしたら、その人に認められたいという思いがあるだけであって、
それでいうと結局あの監獄において彼の中の主は赤ランプになっちゃってるわけですよ。
だから結局その赤ランプが何も言わないっていうことは自分を認めてくれてるんだっていうふうな思考に陥っていくのも、
結局彼の中にある彼が信仰だと思っているものっていうのは、
ただ単純に責任を転化したい、何がしかの上位存在っていうものを作り出したいだけだったんじゃないのかっていう。
そういうところにもつながってくるのかなって気がしますよね。
いやー、語りましたね。
語りましたね。
初っ端で1時間超え?
僕もないですよ、もうすごい言えた感があります。
そうね。
でも本当はね、ミルグラムのアイヒマン実験、電磁石実験も、本当は詳しくしゃべりたいぐらいすっげえ面白い実験なんですよ。
面白いんですよね。
これはね、すごいんですけど。
人間ってすげえなって思うよ。
人間ってすごいなっていう。
多分誰しも、実験結果聞く前にですね、予想立ててくれって言われたらみんな外しますね、これはね。
100外すと思うし。
100外しますよね。
自分だったらって思うと、何もやんない状況で自分だったらって思うと、いやそこまでしねえよって思うけど。
でもそんなことはなさそうなんですよね。っていうふうに考えると本当怖いなっていうふうに思いますので。
1:27:00
ちょっと気になった方はぜひね調べていただいて、こんなことをこんな風に実験していた時代があったんだなということで。
ちょっといろいろと感じていただければなというふうに思います。
じゃあそんなところでよろしいでしょうかね。
今日のアレギュラーの誰も取りたくない。語ったか。
責任なんて誰も取りたくないように感じては。
そうそうそう。だから語りましたよ。責任みんな取りたくないんですよ。みんな責任なんて取りたくないんだから。
だから結局みんなどこかに責任を取ってくれる何かを求めるんですよ。
でも結局仕事をやってると、だんだん責任っていうものを負わされる立場にどんどんなっていくわけじゃない?
確かに。
だからおじさんになるとママに甘えたくなって対抗しちゃうというか、そういう男性を発揮したくなるっていう男性が増えていくんじゃないのかなっていう気がしますね。
その点でいうと結局責任をどんどんある立場に進んでいく女性の方々は一体どこにその欲求を生み出してるのかっていうのがすごい気になりますね。
やっぱ強いんですかね女性はストレス耐性が。
ストレス耐性はこれ医学的にも生理学的にも心理学的にも女性の方が圧倒的に強いですね。
強いんですね。
強いですね。
子供産むね。
鼻からスイカって言いますけど、これに関してはどこからどういうふうに出てきた言葉なんか全くよくわかんないから。
そうですね。
別に同じ痛みだとは僕は1ミリも思ってないんですけど。
僕も思ってないですそれに関してはね。僕がそれを初めて聞いたのは小6の時の担任の女の先生からなんですけど、その人まだ産んでませんでしたから、一体どうやって知ったんだろうなっていうのがすごい気になったんですけれども。
でもやっぱり強いんでしょうねって気がしますね。男は結局、男は女はっていう話を今するのは微妙みたいな話ありますけど、
でもやっぱりどうしてもバブみを発揮したくなる瞬間っていうのが、やっぱりおじさんになるとあるんだなっていうのは単純にストレス体制が弱いからなのかもしれないという話ですね。
何の話やねんこれ。こんなことが言いたかったわけじゃないんですけど、でもまあ責任から逃れることはみんなできないんで。
だから赤ランプとかに頼っちゃだめよ。頼ってるようでご支配されてるだけだから。
というわけで皆さんね、赤ランプ化してるような実感があるのであればSNSを消して、現実世界を生きてくださいということで、僕からは以上ですけど。
言いそびれたこととか話足りないことありますか。
1:30:04
ちょっとロンチの順番が心配だからこれを言うのすごい心配なんだけども、この映画見て一番きつかったな。
そりゃ主人怒るよって思ったところが一個だけあって、やっぱフルオープントイレはきついって。
趣味について語る一時間ポケットに沼を。このポッドキャットでは、メインパースナリティを運べられる趣味に余ってしまう。
つまりビルコットスマンプマンを月間にメディアのスポーツからマイナーな食品にしているまでゆっくり語り直します。
まずフルオープントイレって何っていう話なんですね。本当に。
そんでね。
本当に思う。何なんだろうなっていう。でも本当に結構きつかったね、トイレの画面押し付けシーンは。
しかもあれ監修側のトイレじゃん。
で、囚人側はベッドの脇にフルオープントイレがポーンって置いてあるじゃない。
やっぱりこう、正義を行うにしても何にしても、必要なのはトイレの壁っていうことかなみたいなね。
でもあれですよ。スタンフォード監獄実験においても、バケツを与えるっていう精神的な虐待がありましたよ。
トイレにね。
そうそう。トイレ休憩があったんですけど、もともとの実験の仕組みの中では監獄の中にないから、トイレに行きたい囚人をトイレに連れて行くっていうのがあったんですけど。
虐待行為が始まってからは各監獄にバケツが配られて、そこで拝説をするように言われるみたいな。そんなこともあったそうです。
それで言ったらやっぱ囚人、刑務所の官房に関しては、しっかりと最低限の人権が守れるような環境が必要という話になってくるんですけど。
それがどうすぎると、今度は囚人じゃない人たちからの反発も出てきたりしますから、この辺が世の中の運営の難しさですよね。政策というか。
どうでしたっけ?北欧のほうですごい遊戯児的に過ごせるみたいですね。
フィンランドとかスイスとかですごい良い生活を送らせるみたいな。それを作った人とか運営してる人たちが言うには、
劣圧な環境で反省させるんではなくて、安心した環境でこそ人っていうのは倫理観の再構成みたいなのができるんじゃないかっていうところを元にやってるらしいんだけど。
でもそれはそうだなって思う反面、もし被害者だったらなんでだねんってちょっと思っちゃうなっていう。自分の中でも結論がつけられない。
1:33:08
それが本当にやっぱり難しいところだとは思うんだよね。刑務所が何のためにあるのかっていうときにやっぱり二側面あって、一つはやっぱり社会生活の中に復帰をさせなければならないというか。
もしも人間的に何かしら破綻してるものがあるのであれば、そこを補って社会生活を送れるようにしなきゃいけないっていう。そういう意義と。
あともう一つは単純に懲罰としての収容なわけじゃないですか。その二側面がやっぱりそこに存在しているからこそ議論が混乱すると思うんですよね。
国防の例で言ったら完全に前者のことを最優先しているわけなんだけれども、被害者とかの立場から言ったらやっぱり後者ですよね。懲罰の意味でもってずっと入ってろというふうに思うわけですから。
そのあたりの感覚的な違い、あるいは論点の違いっていうところが大きく影響してるのかなって気がしますね。
そこで僕がお勧めしたい監獄のスタイルは、猫スタイルですね。
猫スタイル。
これ確かアメリカだったと思うんだけど、囚人一人一人に猫を与えて猫の世話をさせるっていう監獄があるらしくて。
もう構成率が半端ない上がったっていう。
すごいね。やっぱりニャンコは世界を救うね。
猫は世界を救うんですよ。
それはあるかもしれないな。
フィリピンだかどっかの監獄で、囚人たちのレクリエーションとしてスリラーを踊るみたいなのが昔。
なんかあったね。
そう、なったよね。
すごい人数のやつだよね。
そうそう、すごい人数で踊ってるのがテレビでバズった気がしますね、だいぶ前に。
でも実際その囚人に対する慰安的なライブを行うアーティストがいたりだとか、囚人とはいえ人間なわけだし、
結局彼らに精神を病むような、あるいはとてつもない怒りを抱くような懲罰と称した虐待を行っても、
結局彼らが飛行から足を洗わない限りは、いずれは社会にまた戻さないといけないわけだし、
そのあたりの感覚を養うために入れてるっていうふうな考え方を常に持っておかないと、世の中立ち行かなくなるよねっていうことを考えておかなきゃいけないよね。
ほんとにね。
いやでもまあ、楽しかったですね。今回は。
え、でも次どうする?マニュエルマジでやる?マニュエルやるとしたらさ、通勤中に見れないから困るんだよね。
そうなんだよなー。ちょっとなー。
1:36:01
さすがにマイインデジタルの中で俺見れねえって。
ちょっとやめよう。お互いに候補策を決めてくるようにしましょうかね。
あれ見たい、あれ。これもう絶対やろう。ヘルレイザー。
ヘルレイザー?ヘルボーイじゃなくて?
ヘルレイザーです。アマゾンプライムで見つけちゃったんですよ、ヘルレイザーを。
ほう。またホラーじゃないだろうね。
うーん、ホラーじゃない。スプラッタですね。
ベッドね。
これめっちゃ有名なんですけど。
写真だけ見たことある?
特定の界隈ですごい有名なというか、カルトホラーというかわかんないですけど、ものすごい好きな人は好きというか、特定のジャンルにおいて興味がある人だけがめちゃくちゃ好きな人がいるっていう、そんな作品ですね。
これスイックン、これのフィギュア集めてそう。
思っててもおかしくないかもしれない。これすごいので、見ましょうこれ。
じゃあ次これにしますか。ワン、ツー、スリーあるみたいですけど。
いやいや、ワンだけでいい。こういうのは全部ワンだけでいいんだけど。一応先に言っておくけど、食前、食中、食後見ないでください。
おっと?
お腹空いてもないし減ってもいない絶妙なタイミングの時に見て、見終わった後は2時間ぐらい時間置いてあげれば、生活に支障なく見ることができるかなって気がします。
その辺の産地ってマコちゃんは割と低めじゃん。
いやー、俺結構高くなった方だよ。
俺結構その辺の産地めっちゃ高いからさ。
いやー。
猫触った後に直後に俺全然サンドイッチ食えるしさ。
うーんとね、でもね、超えてくるかもしれない。それも含めて楽しもう。
マジか。OKOK。
いやー、ヘルレーザーを語れる日が来るとは思いませんでしたので、ちょっと楽しみにいきたいと思いますよ。
じゃあ次回ヘルレーザーでいいですか?本当に。
全然いいですよ。見てみたい。
じゃあ、そんなわけでリスナーの皆さんもぜひ次回に向けてヘルレーザーを見終わっておいてください。
宿題ですね。
あーぶっ飛び設定の連続なんでね。これはもう楽しめるように待ち伏せられないと思いますのでよろしくお願いします。
じゃあそんなところでちょうどエンディングテーマも終わろうかというところなので締めていってよろしいでしょうか。
お願いします。
はい、ということでお聞きいただきましたのは、リールフレンズイン東京映画エクスペリメント責任なんて誰も取りたくねーよでした。
この番組では皆様からのご感想をお待ちしております。エクスにてハッシュタグリルフレですか?リフレですか?リフレはダメだね。リルフレでいきましょうね。リルフレをつけてポストしてください。
1:39:02
なお公式エクスアカウントはリールフレンズで検索。どしどしフォローしてください。
簡単な投稿フォームを用意しておりますのでそちらにもご感想いただけると幸いです。
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大間でした。それじゃまたねー。
01:39:32

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