今回エイリアンという作品を扱っていく上で、このエイリアンという言葉について確認をしておきたいんですけど、
これ以前ね、アドアストラでも話したんですけどね、エイリアンという言葉は元々他者っていう言葉が語源になってるので、
英語の本来的な意味は外国人、違法人、よそ者っていうイメージですね。
これ僕も調べてみたら、1924年に制定された移民法の中で、移民っていう言葉をエイリアンっていうふうに表記されてるらしいですね。
エイリアンズっていうのは移民を指した言葉だったっていう。
それはですね、その後クソ三文小説ですね、SFのパルプ雑誌に載ってるような、
あのやつでエイリアンっていうのは宇宙SFものが流行ったときに、宇宙人を指してエイリアンっていう言葉が多用されるようになって、
そのあたりからエイリアンイコール宇宙人を指す固有名詞みたいな形で扱われるようになっていたと。
そういった中で、70年代に入ってこの映画エイリアンが出てきて、ここでもう決定付けられたわけですね。
この異形の恐ろしい外来の生命体、異星人、これがエイリアンであるみたいな。
エイリアンの固定的なイメージみたいなものがバチッとはまったのが、この79年でしたっけ。
このエイリアンに当たるんじゃないかなというふうに思います。
日本においては余計にそうだよね。日本では宇宙人という言葉が一般的で、後々異星人という言葉を使うようになってきましたけど、
僕らだって宇宙人じゃないかみたいなくだらない言葉遊びがあります。
だから異星人みたいな言葉になりましたけど、やっぱりこのエイリアンがドカーンと爆発するときにヒットして、
エイリアンはもう恐怖の宇宙生命体みたいな、そんなイメージがバチッとはまったというふうなところがあるのかなというふうに思います。
だからやっぱりこのエイリアンっていう作品は、言葉のイメージっていうものを本当に大きく書き換えたと言ってもいいんじゃないのかなというふうに思います。
そんな記念すべき作品、およびそのシリーズについて語っていくっていうのがワクワクしつつもですね、それなりにちょっと緊張もしますよね。
そうね。今回1,2を見て、僕の記憶の混同がまた起こってたなってことに気づきまして、
例の車椅子の人が、はしごにつかまってるシーン、あれ3ですね。
3ですらないです。
マジですか?
4でした。
4!?
70年代末っていうのは結構いろいろ起きてる時代ではあって、
まあ石油危機ですね、オイルショックが起きた時期でもあります。
中東戦争を勃発しました。
で、中東が石油の金融、
イスラエル諸国からの諸国への石油の金融決定とか、
そういうのを受けて、石油価格が4倍にいきなりになるみたいな。
それを受けて消費者物価指数も当然上がるし、
日本ではなぜかトイレとペーパー騒動が起きるという伝説の回がありましたけれども。
しょうしょうもないやつだ。
この上がり幅ってほんとすごくて、原価格ってこの第一次オイルショックの時点で、
バレルあたり3ドルだったのが12ドルに上がったと。
そして79年になって第二次石油危機がまた起きるんですけれども、
78年の時点では第一次石油危機を受けて13ドルぐらいあったんですよ、バレル13ドル。
それが1980年には34ドル超に上がるっていう。
だからわずかそれこそ10年の間に3ドルだったのが10倍以上になってですね。
それはショックだわ。
本当とんでもないガソリン不足になるわけですよね。
カリフォルニア州なんかもうガソリン購入とかじゃなくて、
もう配給みたいな、配給制度を導入しなきゃいけないようなぐらいの状況になってしまったと。
当然そんなことになると本当にインフラがガタガタになるわけですから、
景気は停滞する、物価は上昇するっていう状況で、
もう深刻なスタグフレーションになってしまうっていうところで、
経済的なやばさっていうものを、
それこそ消費者層がもう自らの生活でもってめちゃくちゃに実感する時期であったわけですよ。
しかもその原点が一体どこにあるかって言ったら国内で起きたことじゃなくて、
完全に国の外側で起きてることなんだよね。
だから目の前に見えている何かしらの怖いものじゃなくて、
全く実態のつかめない、
予想で起きている出来事っていうのが、
自分たちの生活をめちゃくちゃ脅かしてくるっていう、
先行きの見えない不安っていうものを、
アメリカの全国民がですね、
大いに感じた時期っていうのがこの1970年代末だったんじゃないのかと。
これが一応まず大前提として感じておきたいところなんですね。
要するに見えない敵によって脅かされる生活っていうところが、
エイリアン全体に漂う空気感と密接に関わっているんじゃないかなというふうに思っています。
もとよりですね、冷戦下においては、
アメリカにおいてはですね、
赤狩りみたいなものが出てくるわけじゃないですか。
身近な人も信頼できないというか、
どこに共産主義の連中がいるかもわからないみたいな、
そういう描写っていうのは結構いろんな映画作品も出てきたりするんですけれども、
ある種ですね、この時期のアメリカ以外の根本的なところに、
やっぱり自分たちのそばにいる人間に信用ができるかどうかっていうところの、
自信が持てないねっていう恐怖もそこにはやっぱり込められてると思うんだよね。
それでいうと、エイリアンってフェイスハガーっていう形態が一番初めに出てくるんですけれども、
そいつが人間に卵を植えつけて、それによって侵食されてしまう。
そしてそれが最終的には体内を食い破って出てくるっていうふうな描写も、
ある意味では検疫っていう発言もたくさん出てくることから、
病原菌なんかのメタファーのようにも見ることができるんだけれど、
ただ、見えないものによって侵食される恐怖っていうところで言うと、
外部からの思想侵略みたいなね、
外から入ってきた思想が国の根幹を揺るがしてくる。
そしてそれが最終的には自分たちを破壊していくんじゃないのかっていうふうな恐怖感ともリンクしてるんじゃないかなっていう気がするんです。
もとより有名な話ですけれども、エイリアンのゼノモーフっていうね、
生体の一番大きい形態のキャラデザーは男性機をモチーフにしてる。
長い頭の部分が。
リプリーが第一作でぐっすりねんねしてるゼノモーフに最後会うじゃないですか。
キラキラキラキラって言いながらこっそり一緒に伸び寄っていって、
そしたらゼノモーフが起きて、頭を下に下げて持ち上げていくときも、
本当にそそり立つ頭がですね、そそり立つアレに見えるようになってですね。
確かに。しかもこう、尿道口のあたりから口がパカッてなるわけだからね。
あとはフェイスハーガーですね。卵から出てきて卵を産みつけるフェイスハーガーの裏側。
カブトガニの裏側みたいな感じのやつ。
第一作では完全にぐじゅぐじゅ腐敗したカブトガニの裏側みたいな感じだったんですけど、
2になると完全に女性機に変わってるんですよね。
それって何?有名な話なの?
有名な話ですね。
あれはもう完全に女性機ですっていう。
ゼノモーフが男性機でフェイスハーガーが女性機のメタファーになってますよねっていう。
そういうところも、ある種生命的なものによって侵食されていく恐怖みたいなところがあるのかなというふうに思っています。
なんか大まか複雑な顔をしていますけれども、続けていきたいと思います。
そこはあえて僕はこれ以上触れないようにしておきますけどね。
身近な人が信用できないっていうふうに考えた時に、そういう恐怖をアメリカがはらんでいたっていうお話をしていくと、
途端にここで焦点化したくなってくるのが第一作におけるアッシュなんだよね。
アッシュは合成人間なんだけれども、それが取得されていたわけです。
しかもその取得されていた理由っていうものが、ただ一人ですね、乗組員の中で別途特別な任務っていうものを実は与えられていて、
それが乗組員の生命に関しては全て別に維持する必要はないと。
必要なのは軍事利用が可能そうな生物を持ち帰ることであるっていうことが後々発覚するっていうふうなところがあったんだけれども、
ここで象徴的なのが1974年のモーターゲート事件なんです。
これはニクソン政権が盗聴器を仕掛けようとしたっていう。
モーターゲートビルっていうところにある民主党の本部に共和党勢力が盗聴器を仕掛けようとして発覚して逮捕されるっていう事件が起きたと。
実はそれに思いっきりニクソン政権がゴリゴリに関わっているということがわかって、その後どんどん調査が進んでいくわけですね。
そうすると、大統領再選委員会っていうものを使って不正工作を行っていたという事実が発覚し、しかもそれに大統領が直接関与してるという証言が出てきて、
最終的にニクソン大統領が不正隠蔽を支持する声が録音されたテープっていうものが出てきてしまうわけですよ。
ニクソン大統領は辞任するっていう、そういうモーターゲート事件っていう一連の流れがあったんだけれども、
これってもう完全に国民が政権を全く信用できないという。
一番上に立っている人間が平気で自分たちに隠し事をして、全然自分たちの利益にならないことをしているんだ。
システムそのものが全く信頼できないっていう恐怖感。
これってまさしく第一作で描かれている出来事と合致していて、リプリーたちはウェイランドユタニ社っていうものに勤めているんだけれども、
ユタニ社は完全に彼らを使い捨てのコマとしてしか見ていなくて、
全く自分たちに否得したところで、自分たちの利益とは全然違うところで動いてしまっているっていうところの恐怖だよね。
いつ自分たちが切り捨てられてもおかしくないという。
この辺って、ある意味では資本主義社会そのものに対する皮肉でもあったりすると思うんだよ。
それとは別のところで経済的な理由もあって、円高にもかかわらず日本製品っていうものがアメリカ市場で支持されるような基盤っていうものができてしまったわけだ。
オイルショック後のアメリカでは日本車がもう爆発的に売れていく。
家電に関してももう続々と日本製品っていうものがゴリゴリ入ってくる。
それこそ79年っていうのはソニーのウォークマンが発売された年なんだけれども、
だからバックトゥーザフューチャーでも触れたかもしれないけれども、
日本製ってクールだぜっていうイメージがもうしっかりと確立されつつある時代で、
日本製品によってアメリカの市場っていうものが侵略されていくっていうことの不安っていうものがめちゃくちゃ高まってた時代ではあるんだよ。
っていうふうに考えると、わざわざ企業名にユタニっていうものをつけることによって一体何を狙ったかっていうと、
これは完全にただの偶然じゃなくて、日本の経済的な台頭っていうものがアメリカ社会を明らかに不安の底に落とし入れている。
それがこれからどんどん加速していった場合にどうなるか。
それは日本の企業によってアメリカ人っていうものが消費される。
日本の企業の利益のためにアメリカの国民が消費されるっていうふうな構図に他ならない。
それこそまさに恐ろしいことなんじゃないのかと。
だからユタニの存在っていうのはある意味では資本主義の怪物っていうものを、ただのぼやっとした資本主義っていう社会システムではなくて、
しかもそれが外からやってきた異文化の者たちが支えている資本主義によって、アメリカが食い物にされてしまうっていうことの恐怖だったんじゃないのかというふうに語ることができるんじゃないのかっていうふうに思うわけ。
ある意味ではエイリアンはモンスターパニック映画ではなくて、ある種社会に対する警鐘を鳴らすような映画。
だから外敵によって直接的なダメージを与えられるっていうふうな恐怖を描いているかのように見せて、実際はアメリカ社会が抱えている内なるリスクっていうものに対してもっと気づけよっていうふうな。
そんな警鐘を鳴らすような作品だったんじゃないのかなっていうふうな、そんな視点が見えてくるんじゃないのかなっていうふうに思うんだよね。
その視点でリドリー・スコットが描いたんだとしたら、ジェームズ・キャメロンも当然それをちょっと受けて、じゃあどうしようかっていうふうになったと思うんだけれども、
タイトルが複数形になったって話はさっき言ったと思うんだけれども、だとしたらやっぱりこの本作においてエイリアンズにした以上は国家が抱えているそのリスクっていうものがより増えたっていうふうな表現にもなるんじゃないのかという気がするんですね。
だとすると、第一作で日本をあえて標的にしたわけなんだけれども、それ以外にこの時期、80年代入ってくると中国の製品も当然入ってくるだろうし、