2025-08-13 1:13:07

【Replay】サイコホラー映画?『#ボーは恐れている』……何を? [Replay] Psychological Horror? "#BeauIsAfraid" … of What Exactly?

WHAT!?

ーーーーー

映画談義ポッドキャストパーソナリティまこです。

今回は #ポケ沼 よりオーマを迎えての収録です。

#ボーはおそれている について。

コメディだからとオーマにおすすめしてみてみましたがまあ違いますね。

珍しくアート系の作品。

解釈も人それぞれのなか、我々はそこに何をみたのか。

本当の恐怖ってどこからくるのかな?

生まれてから死ぬまで、僕らは何を求めて生きていくのか。

胎内回帰願望の行末は。

お楽しみください。

#Beauisafraid

#JoaquinPhoenix

#ボーはおそれている

#サイコホラー

#ブラックコメディ

#対人恐怖症

#虐待

#代理性ミュンヒハウゼン症候群

#不安症

ーーーーー

podcasterの まこ(@_macobana)が、メインチャンネル『ポケットに沼を』(⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#ポケ沼⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ )では語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組、『よもやまこばなし』の公式アカウント。

ゲストを招いてのトーク回もあります。

エピソードの公開は毎週or隔週となります。

ご感想は是非 ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#まこばな⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ でツイートをお願いします。

いただいたツイートは番組の中で取り上げることがあります。

テーマトーク投稿フォームはこちら↓

 ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠http://form.run/@makobana⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠

直接のメッセージを送る場合はこちらまで↓

⁠yomoyamakobanashi@gmail.com⁠

これからも番組をよろしくお願いします。




WHAT!?

Hey there, it’s your host Mako.
This time on the show, I’m joined by Oma from our main channel, #PokeNuma, to discuss Ari Aster’s mind-bending odyssey: Beau Is Afraid.

I originally recommended it to Oma thinking it was a dark comedy.
Well… I was wrong.

This one’s more arthouse than laughs, that’s for sure.
It’s the kind of film where ten people see it and walk away with ten different interpretations.
So what did we see in it?

Where does true fear come from?
What are we really seeking, from birth to death?
And what lies at the end of our longing to return to the womb?

Get ready for a bizarre, uncomfortable, and surprisingly tender journey through one man’s psyche.

🎙️ Hosted by Mako (@_macobana),
this episode comes from our spin-off podcast “Yomoyama Kobanashi”, born from all the things we couldn’t fit into the main show “Pocket ni Numa wo” (#ポケ沼).

Expect weekly or biweekly drops of deep dives, film rants, and the occasional existential crisis.

💬 Share your thoughts using #まこばな or #ReelPal — we might read your tweet on the show!
📮 Got a topic suggestion? Submit it here: form.run/@makobana
📨 Or drop us a line directly: yomoyamakobanashi@gmail.com

Thanks for listening — and remember, your mom is always watching.


00:04
Reel Friends in TOKYO 〜バックナンバー! 過去のエピソードをプレイバック!
はい、ということで本日のテーマは、「ボーは恐れている……何を?」です。
こういう不思議なやつ来たね、今回はね。逆にやりにくいわ。
そんな感じでやっていきましょう。ということでね、「ボーは恐れている……」という奇妙なタイトルの……
やっぱり奇妙ですよね、なんかね。
あ、もういきなりタイマーが準備されているので、すいません。今回は、「ボーは恐れている……」という作品を見たんですけど、早速ですが、2分間で簡単にプレゼンしたいと思います。
いくよー。
お願いします。
よーい、ドン!
はい、ということでね、今回見たのは、「ボーは恐れている……」という作品でございます。
一応ですね、ミッドサマー等で知られるホラー作家であるアリアスター監督の話題作ということなんですけれども、
この絵がとにかくですね、普通じゃない作品だなというふうに多分見たほとんどの人が思うんじゃないでしょうか。
主人公のボー、ボーという名前の主人公なんですが、彼は極度の不安症を抱えていて、ハゲ散らかした中年男性です。
表情はいつも浮かないんですけれども、作品を通して旅に出るんだけれども、道中で次々に奇妙な人々と出会い、そして別れていくんですね。
その中で彼の不安症というのがどんどん加速していき、作品全体を絵もいえぬような不気味さが支配しているような作品となっています。
ひょんなことからですね、母親の葬儀に出席するために家に帰ろうとするんですけれども、とにかく出会う人出会う人とのやりとりの中で悲惨な目に遭っていく。
一体どこからが幻想でどこまでが現実なのか、ボーが見ているのは果たしてこれは事実なのか、それとも虚構なのか。
見ているこっちもですね、含めて理解がどんどんできなくなっていくような作品になっています。
タイトルにボーは恐れているという風になっていますが、主人公のボーが恐れているのは一体何なのか。
私たちは常にですね、その疑問あるいは問いを常に見ている間、作家から問いかけられているようなそんな感覚になります。
とにかく最後の最後までですね、画面全体を不安や不安定さ、そういったものが支配しているので、
主人公だけでなく見ているこちら側もですね、とにかく不安な気持ちにさせてくれるような作品になっています。
もしもあなたがボーだったら、一体どんな行動に出るでしょうか。
そして色々と解釈の分かれそうな奇妙なラスト、あなたはどう思いますか?
うん、まあいいんじゃない。
03:01
いやあのね、これね、まとめにくいよ。
そう、いや俺思ったのよ。今回どうまとめるかなと思ったら、一切ストーリーのあらすじが当たらないつもりだなっていう。
いやだってね、これ無理だよ。
すり滅裂だから正直、すり滅裂なの。だから一個ずつピックアップしたところで前後関係がわけわかんなくなるからね。
一応そのリスナーのために簡単にあらすじを、ストーリーラインを説明しておくんですけど。
まああの、前知識なしで見たい人はね、ここでもうバックボタンを押して早速プライムビデオで見てもらえればいいんですが、
とりあえずボーがカウンセリングを受けているところからスタートしますよね。
ですよね。
そうそうそう。
どうも母親との関係に幼少体験において何かしら問題があり、そんな中で母親に会おうとするのはどうなんだみたいなカウンセラーからちょっと後ろ向きなアドバイスを受けるわけですよね。
ボーは母親に会うことをためらってないけれども、母に会うっていうのはあなた自分の心の問題を抱える原因になったものに会いに行くわけだからみたいなことを言われているところからスタートする。
だから見ているこっちも、なるほどね、親子関係に何かしら問題があるのねっていうところから始まっていきます。
その後ですね、いろいろとあって、どうも母が死んでいるという事実が発覚し、葬式に行かないといけない。
でもボーはとにかくお外が怖い。
お外が怖くてしょうがない人だからどうしようってなるんだけど、母のために言い訳して向かうんだが、
交通事故にあって気づいたら、やけに明るい家庭の養子になってるんだよね。
本人は養子になってるとは思ってないんだけど、どうも養子にされていて、早く葬式に行かなきゃって言ってるのに、なかなか行かせてもらえないみたいな奇妙なことが起きる。
さらにその家庭の娘が発狂して、ペンキ飲んで死ぬ。
その娘が死んだことに発狂したステップマザーが、ボーを殺してくれみたいなことを同居していた。
戦争で心に傷を負った、PTSDか何か抱えているようなマッチョマンに殺人の依頼をしたがために、ボーはそいつに追われて急いで森に逃げる。
そこで今度は謎のキャラバンみたいな旅立座のところに行って、謎の人生を追体験するんですね。
それが終わったら今度はようやくヒッチハイクで実家に帰れるんだけど、実家に帰ったら葬式が終わっていて、
06:03
その後なぜか死んだはずの母が全部嘘よんみたいなことを言いながら、あんたを試したんだよ的な感じで現れる。
その後何度も何度も繰り返し彼が見てきたトラウマチックな映像の中に屋根裏部屋っていうものがあるんですけど、
母が屋根裏に何か隠している映像をよく見るんですよね。
その屋根裏についに突入すると超巨大な断製機がいて、その巨大な断製機に一度は銃で死んだかと思われた先ほどのPTSDを抱えた戦士が突っ込んで行って玉砕するという。
最終的に坊は全てから逃げ出すために船に乗るんだけど、
その前にお母さんを首絞めて殺してしまって、そんな事実実から逃げるために船に乗って逃げてったら、謎のドームに閉じ込められ、坊は船に乗ったまま。
遠径に水があって、坊がどんなにエンジンを噴火しても船が進んでるっぽいんだけど、全然何も進んでないんです。
その遠径のドームの周りにはたくさんの監修がいて、
さっき殺したはずの母親が検察官の横にいて、裁判官みたいな判事もそこにいて、
対岸に弁護士がいるんだけど、弁護士の声めっちゃちっちゃくて聞こえないし、
あげくなぜか突き落とされて弁護士が死ぬんです。
もう助けてみたいな、僕は悪くないんだみたいなことを言って、最終的にいきなり船がひっくり返って、坊の姿は消え、
終わるんですよ作品が。
爆発爆発。
爆発しますね。爆発してそうだよね、エンジンが爆発するんだっけ?
エンジンが爆発して船がひっくり返って坊の姿が消えて、
で、お母さんと坊の泣き声でエンディング。
終わっていくという感じの話です。
なんじゃこりゃっていう。
ファイトクラブ以上にあらすじが語れないやつだよね。
一応今言ったけど、何言ってるのこいつになるから正直。
本当に本当にすいませんリスナーの皆さん、僕の説明の能力が低いっていうのもあるかもしれないけど、
作品が何回過ぎてそれ以上の説明ができないというね。
とりあえず一回整理しておくと、いわゆるこれはアート系の作品に入ると思うんです。
以前大間がエンタメとアートって一体どういう線引きで箱平と真子が語ってるんだみたいなことを
オフの時に聞いてきた気がするんですけど。
オフじゃなくてオンだね。
オンの時か。
09:00
箱平がどう理解してるかっていうのと真子がね、僕がどう理解してるかのところが
多分全く重なってるわけじゃないと思うんでね。
だから少なくとも僕がどう解釈しているかなんだけど、
エンタメもアートもどちらもですね、作品がそこにあり、それを見る人がいる以上は
必ずそこには作家が意図した表現と、見る側が解釈して成り立つ表現とっていう
その2つが常に介在していると思うんだけれども、
アート系の作品っていうのは、もう作家が作ったものを観客が解釈することによって
初めて意味が生まれる作品っていうふうに僕は理解している。
エンタメ全振りみたいな作品っていうものは僕は単純に
意図した通りの楽しませ方っていうのをこちら側に投げかけてくる作品のことを言ってる。
それで言うと某は恐れているに関しては明らかにこう見てくださいよではなくて
どうあなたは見ますかっていうような作品にしていると思うので
僕はこれはアート系であるっていうふうに判断しているっていう感じです。
ものによって当然その割合が違うから
ここからここまでがエンタメでここからここまでがアートみたいな
そんな戦飛機はどこにもないと思うんだけれども
要はその割合がどっちに振ってるかっていうところだと思うんだよね。
それで言うともうこれはもう完全に解釈ありきで作られている作品だから
おそらく全てのシーンっていうのが何かしらのメタファーになっていると思う。
ただそのメタファーをある種作家も
完全に自分が意図した通りに読み取ってほしいとも思ってないんじゃないのか
みたいなところも感じるんですよ。
特に今回の作品に関しては
たぶん一番大きなテーマになるのが
どこが虚構でどこが現実かみたいな
そこの解釈の仕方によって
たぶんラストの解釈の仕方が全然変わってくるだろうし
どこからどうまでなんだっていうのは
困ったもんだよね。
でもね僕は少なくとも
妄想が主なんですよ正直
とりあえず某が一番初めはとにかく外っていうものを非常に恐れてるんですよね
そのとき某が住んでる腐れやすアパートがあるんですけれども
そのアパートの外を見ると
殺人鬼が人を殺してたり
死体が普通に道路に転がってたり
なぜかずっとラテン系のミュージックを半裸で踊り続ける男がいたり
12:02
意思疎通ができなさそうなやばい人たちがいっぱいいる
なぜかタトゥーの男を追っかけてくるし
そういう状況なんですけど
あれなんか完全に妄想ですよねっていう風に僕は思ってるんですね
これ本当にどこから手つけていいかわかんないのよ
話の本題をいく前に
これを聞いてる全国津々浦々やおよろずのリスナーに
ちょっと僕一個ねこれちょっと
説教臭いことを話したいんですけど
まず逆転についてお話ししたいんですよ
このお母さんなんですけど
この書かれ方で言うと完全に大理性ミューヒーハウゼン症候群なんですよね
結構こういうタイプの親っていうのは一定数で
ミューヒーハウゼン症候群っていうのが
ミューヒーハウゼン症候群単品だと
簡単に言うと
例えばリス化して
リス化して私死んじゃうから私のことかわいそうだと思って見て
その自傷行為で病気を作ったりとかパニック疾患を
殺傷して自分に注目を集めるっていうようなやつが
ミューヒーハウゼン症候群っていうんだけど
大理性ミューヒーハウゼン症候群っていうのは
例えば自分の子供だったりとか
その被護する対象に対して
そのわざと自分で怪我させたりとか病気にさせたりして
でも私は献身的にそれを介護してますよっていうのを
他の人に承認してもらうことで
自己承認欲求を満たすっていうような状況で
多分このお母さんも完全にそういう感じなんだよねっていうことがあって
これってかなり間別が難しいっていうところではあるけれども
やっぱり他の人の口だったり目だったりっていうのがないと
すごい見つけにくい虐待の一つでもあったりもしてね
外面はすごく買い返し親っていう感じになっちゃうから
だからすごくそういう目っていうところもあるんだよっていうところを
ちょっと覚えておいてほしいなっていうところと
あとこれ結構な世間のいわゆる親っていう人たちがやりがちなんだけど
やりがちの虐待なんですけど
子供の前でもう片方の親の悪口を繰り返し言うことっていうのも虐待なんですよ
心理的に非常に負荷をかかる行為なので
だからお父さんはいつもダメねっていうところを
15:02
お父さんがいないところでお話しするとか
あるいはママは本当にいろんなことをやってくれない
っていうのをママがいないところでお話しする子供に対して
これ非常に子供の心理的な悪い部分につながっていくので
これは皆さんやめましょうねっていうのと
あとこれ最後にね
なんだ
189っていうのをちょっと皆さんに覚えてほしいんです
189って何ですよ
110とか119みたいな感じで
簡易ダイヤルになってまして
これいち早くって覚えてほしいんですけども
虐待の通報ダイヤルでございます
なるほど
それをみんなに覚えてほしいなっていうところから
今日の話をスタートします
いやでもね
結局そこは本当に今回の作品の中心に据えられているので
なんていうのかな
避けては通れないというか
単純にもうまず支配的な親であるということは
はっきりと描かれているんだけれども
ところどころでね
それが全体像が見えてくるというか
どんな母だったのかっていうのが
先ほど説明した一番初めのカウンセリングの段階では
はっきりとわからないんですけれども
やりとりの中で少しずつそれが見えてくる
特に冒頭においては母親を親族に敬愛しているような
感じなんですよね
言葉の上では
ただそれがどうもやっぱり見ていく中で
ある意味某が自分自身を守るために
そういう感情を作り上げているかのような感じですね
要するに完全に自衛の本能として
自分は母親を愛している
自分は母親を愛している
敬愛している
大切にしているんだっていうふうに思い込むことによって
自分のアイデンティティを守るみたいな
そんな様子が見て取れるんだけれども
今回のトークの主題である
某は恐れている何を?のところが
いくつもの答えが入ってくるとは思うんだけれども
まずやっぱり自分自身のアイデンティティに直接つながる母親を恐れている
そこから全ての恐れっていうものが始まっていくのかな
っていうふうに思うんだけれども
僕はですね
確信ついちゃうとですね
この人はですね
外との関わりそのものをずっと恐れ続けていると思うんですね
18:01
これ作品の中で繰り返し中と外っていうのがすごい強調されるんですよ
しかもその中と外っていうのが
その作品がスタートした段階では
部屋の中と部屋の外っていう形で描かれるんだけれども
物語が展開していく中で
結局性的な繋がりも中と外がつかれる
なんやかんやみたいな
中に入っていいっていうのが
部屋の中に入るっていうのと
女性の中に入るみたいな
男性機が女性機の中に入るっていうのは
それのメタファーになってるんだけれども
そういう人との繋がりっていうものを
彼は中と外っていうもので判断している節がある
さらに言うと物語の冒頭
カウンセリングから始まるって言ったんですけど
その前にイメージカットがあって
ボコボコボコっていう水の中から
生まれるところか
妙な叫めが明るく見えてきて
ボコボコボコっていうのは
その向こう側で水の中くぐもった
お医者さんと母親のやりとりが聞こえてくる
みたいなところからスタートするんです
要するに洋水の中にいる胎児の記憶みたいな感じなんですね
これもあそこからスタートするっていうのは
ある種母体から外界へ生み出される
要するに中から外へと生み出される
っていうような部分が描かれていると思うので
要するにあの瞬間から彼は外側に出されたんだけれども
その外の世界に恐怖を抱いているから
結局最終的に彼は中に戻りたいんですよ
根源的な部分だよね
根源的な部分で中に戻りたい
体内回帰願望みたいなのもあるのかな
というふうに思うんですけれども
中に入ることで安心をしたい
だから母親に執着をする
しかし母親はそれを受け入れてくれない
だからそれを一体人間はどこに向けていくのか
それが結局言うならば
恋愛におけるパートナーだったりするのかな
というふうに思うんですけど
ところが彼は母親に呪いをかけられてるんですよね
すなわち女性と交わったら死ぬという呪いです
心臓病
父親のことを
あなたを見ごもったときに
私の上で死んだ
私の中で死んだのよ
みたいなことを言うんですよ
心臓の病を抱えていて
あなたの父親も
そしてその祖父もですね
同じ死に方をしていると
いうふうな話を坊にするわけですね
坊はそれを何度も繰り返し聞かされて育ってるから
自分は異性と交わったら死ぬって思ってるんですよ
ただね
冷静に考えて
親子3代腹上死するってある?
親子3代にわたって相当数経験を重ねてらっしゃる方だったら
21:05
それも尋常じゃないレベルでね
なおかつ心臓病の家系であったら
ありえなくはないかもしれないけど
でも母親が言ってるのは
両方とも初回で死んでるんですよ
同じ死に方をしてるって言ってるから
初めて
お父さんもお母さんもお互い初めてだった
初めて性行為をして
あなたを見守り父親は死んだという話をされて
つまり坊からしたら何度もとかいう
そんなチャンスなんてどこにもないです
1回でも女性と交わったら死ぬって思い込んでるんです
この時点で見てるこっち側からすると
母親とんでもない嘘つくなって思うんですよ
僕はあれは嘘だと思っている
要するにそれが子供に向けた呪いだと思うんですよ
あの母は大理性ミミヒハイオゼンをおそらく持ってるので
結局子供が自分から離れていったら困るんですよ
それは自分自身を承認するための道具がなくなってしまうから
それで言うとどうしても母からしたら
坊をそばに置かなければならない
そうすると坊が他の異性に心を奪われるっていうことは
やっぱり避けないといけないっていうふうに思うわけですね
そう考えると坊の初恋があのような謎の形で終わっていくのも
あれがどこまで本当のことかわからないですが
頷けるのかなっていうふうに思うわけですよね
だから坊は結局どこにも行けないんですよ
中に戻りたいんだけど母親は受け入れてくれないし
異性と交わったら死ぬっていう死への恐怖も常に付きまとっているから
結局彼は自分の内側にある安心に向けての欲求っていうものを
どう頑張ったって得ることができないという
そういう状況に陥っているが故に
とにかく不安でしょうがないようなところなのかなって思うと
その視点で一番初めの外の人たちを見ると
あの人たちに共通しているのは
コミュニケーションが取れないという部分なんじゃないかな
そこが本質というかとにかくこの人コミュニケーションが取れないというか
自分の意図が伝わらないことへの恐怖っていうものが
ものすごい強いのかなっていう気がするんですよね
確かにそうだね
その時点でああいう
あとこの映画のね
まずちょっとここ抑えてこないで
この映画本当に意味わかんねえで終わっちゃうところなんだけど
この映画で我々に見せてくれているものっていうのは
某が見えている世界観であって
我々がそれを第三者が共感できるものではないっていうところが
某の主観を第三者カメラで見ているだけだから
24:05
我々が見ている現実と共有できるものではないよと
現実の社会で起こっていることかどうかっていうものは
度外視して現実の世界で起こっているものを
某の世界観で主観で見てみるとこういう風に見えてますよっていう世界
っていうのがあの世界なんだよね
だからもしかしたら路上の人たちっていうのは
全然別の行動をしている可能性もあるんだけれども
某にはそう見えちゃう
だからコミュニケーションが取れない
わけわからない人
某にとっては某は普通な人
だから至極真っ当な普通の善良な人間っていうところなんだけども
他の人はそういう風に見えちゃうから
変な人だったりとか恐ろしい人恐怖の対象
貴婦の対象になっちゃうと
ある意味それと同じような象徴的な人がジープス
誰?
PTSD
あのキリングマシンよ
あのキリングマシンは自分の妄想の世界の中に生きてたじゃない
そうだね
だからもしかしたら某を
第三者の本当に我々の視点と同じように見てみるとジープスなんだよ
でもジープスの中に入り込むと
ジープスの世界だけがあるからもしかしたらあそこは戦場なのかもしれない
彼らの世界の中ではちゃんと理屈は通っているというか
自分自身は理屈を通しているつもりなんだよね
そうそうそうそう
だけどそれが第三者になると見えないよっていうのを
上手くこういうことだからねっていうのの説明に使ったのがジープスなのかなって
なるほどね
だからそこの内と外っていう
まこちゃんが話してくれた内容で言うと
我々が見る側っていう内と外っていうところも
ちゃんと抑えておいてこの映画見ないと
ただの尻滅裂のような映画になっちゃうんだよね
結局その何だろうなこの訳のわからない映像の中に
どうやって規則性だったり共通性っていうものを見出していくのかみたいな面白さは僕は感じたね
つまり何を伝えようとしてるんだみたいなものを
やっぱり僕らは作品を見た時にはどうしても考えてしまうし考えざるを得ないし
考えるものとして作家はものを作るわけじゃない
だから多分やっぱりこのアリアスターもですね
この尻滅裂の中に何がしかの共通性を見出せるようには作ってるんじゃないのかなっていうふうに思ったんですよね
27:02
だからそうすると出てくる人たちの訳のわからなさっていうものの本質が多分見えるんじゃないのかなっていうふうに思って
最終的に僕はそのコミュニケーションに当たる部分なのかなっていうふうに思ったんですよ
どうしたって僕らはもう見落とされた瞬間に外と関わらざるを得ない存在として背を受けるんだけれども
結局その外との繋がりっていうものの最終的なゴールって
やっぱり安心できる中を見つけることでもあるのかなと思うと僕は思い始めていて
外と関われるのってやっぱり安心できる中があるからなんじゃないのかと
でもその安心できる中っていうのは結局当初はやっぱり母親だったり父親の被護のもとに作られるんだけれども
それは最終的には自分で作り上げていかなければならないと人生のキャリアステージに応じて
ただそもそもじゃあその一番初めに得られるはずであった中の安心っていうものを
親の被護のもと得られなかった人は一体どうやってその自分が安心できる中を見つけていくのか
それって難しくないかいみたいな部分になるのかななんてことをちょっと思いましたね
そうだね、前のグッドウィルハンティングでもちょっと出てきたんだけど
ジョン・ボルビーのアタッチメントっていうのが出てきたんだけど
今まこちゃんがずっとトトトと話してくれたようにちょっと近いんだけど
これは母親が恐れているのは自身が有罪になりたくない、罪をかぶりたくない
あるいは汚れだったり恐れだったりっていうのをかぶりたくないっていうのが
基本原理で恐れていることなのかな
それっていうのが結局は他者との関わりの中で出てくる話であって
お母さんによってずっとこの人は監視されていたから
監視されている中で最適解を見つけることを対処行動として得てきた人だから
その最適解じゃない行動を自分が取ってしまうこと
あるいは選択してしまうことをすごく恐れているのかなっていう感じがあるんだと思うんだよね
っていうのは結局自分の中の価値基準っていうのが自分にはないっていうような
アイデンティティを持っている人なんだよね
これがすごくわかりやすく表現されているのが
男性気のモチーフっていうのがたびたび出てくるんですよね
だからそれがたぶんモチーフというかメタファーというか
30:01
こういうことだよねっていうのを監督が説明しようとしているのかなと思っていて
いろんなところで出てくるのがまずはアパートの落書きに
なんとかペニスみたいな感じで落書きがいつかある
書かれているっていうのがまず一つ
あとは某自身が清掃状態炎っていう病気を持ってますよっていうのが一つ
あとお父さんが男性気モンスターになっているっていうところ
またちょっと別の人の名前出したんだけど
フロイトっていう心理学者がいて
フロイトっていうのは小さい頃からの成長期に合わせた
心理的な発達を時期によって分けていて
だいたい3歳
甲子園期、男婚期とか
その男婚期が今回キーになるやつなんだけど
3歳から6歳ぐらいの時期っていうのが男婚期って言われる時期で
自分の性気とかに関心を持って精査を
私ってこういう性がある
この人は見た目は同じ人間だけれども
別の性なのかもしれない
同じ性なのかもしれないっていうところを
自分の持っているものと他人が持っているものっていうものを比べて
同じだとか違うねっていうところを繰り返しながら
自分への自己愛っていうのが発達する時期っていう風に言われてるんだよね
だとするとこの某が男性のモチーフの中で
いろんなものに恐怖したりとかするっていうところを見ていると
かなりエディプスコンプレックスみたいなのが
形成されなかった人のパターンにすごくよく似ていて
エディプスコンプレックスっていうのが
ある程度のちっちゃい頃の時期に
お母さんを独占したり
だからお父さんを排除する
あるいはお父さんを独占したりお母さんを
オイリプス王のやつですよね
そうそうそうオイリプス王の
良知ってんだよ
大好きですからそういう話
父親から奪っちゃうんですね
実の母親をっていう
そういう昔の話から取ってるんですよ確かにエディプスコンプレックスが
そうなんですよ
そういう真理っていうのは必ず働くという
そうそうこれは誰しもが持っている
大なり性なりあるよね
誰しもがむしろ逆にそういうものを経験して
身体とか心の成長っていうものがあって
その葛藤を克服する時期に
お父さんがいなかったり
33:01
その葛藤みたいなのが
克服できていないと
母子の一体化が解消できないわけ
だから母子のつながりがある意味強くなりすぎて
ガチガチになって
強依存みたいな関係性になっちゃう
そうなるとお母さん由来の価値基準っていう風なものが
押し付けられる
押し付けられすぎちゃう結果
自分自身が自分自身のことを需要できなかったりとか
自分自身で行動を起こしたりとか
考えをもたらしたりっていうことが
全然できなくなっちゃったりするっていう
そういう心理特性があったりするのね
最近俺たちは心理学的なことしか話していなかった気がするな
作品がそういうのばっかりだから
まあそうよね
アプローチの仕方にもよるとは思うけど
やっぱり人がどう行動するのかっていうものを
ある程度見ていく上では
そういう背景をその辺から探った方が
見えてくるものも深くなるんじゃないかなと思うので
ありです
ありがとう
今回でいうとフロイトっていうところの
発達段階でいう断根期の部分の発達がすごく
入っていっちゃったら申し訳ないんだけど
うまくいかなかったっていう状況を考えると
この有罪になりたくないとか
最適解を選べないことへの恐怖
っていうところが某のすごい
一番の恐れなんじゃないかな
まあそうね
しかも行動の最適解なんて本来存在しないんだけれども
子供が考えている最適解って結局それは
母親の物差しにおける最適解っていうところに
いびつさがあるよね
だからこそ余計に
いろいろなものが歪んでいってしまうっていうところがあるのかなって気がします
僕ね、今日言いたいこと1個しかないんで
それ言ったらもう終わっちゃうぐらいの勢いでいいんですけど
本当?
あと1個だけいい?
さっきの中と外っていう
中と外の話してください
中と外に絡めて
今回の作品でもう1つ結構
断成期と同じぐらいのモチーフがいっぱい出てきたんだけども
それが水なんだよね
ですね
そう
これ
最初のその一番の冒頭のシーンが
おそらく用水からスタートして
あとその水が飲めなくなったら大変になるっていうところからスタートして
今度は水の中には
お風呂に入れたんだけれども
お母さんという状況が解決できないままお風呂に入っちゃったもんだから
その水の中が安心できない状況
つまりお風呂に入ったら変なおっさんがやにふらに張り付いてた
36:04
状況が出てきて
その後何の水が出てきた?
あとペンキか
ペンキが出てきて
そのペンキも体内に取り込むっていうことで毒になったりとか
するよっていう話にもなってきたし
あとは
最後のシーンだね
湖に入っていって
巨大なホールに入っていくと
そこはその
水に囲まれたホールだったみたいな
だからこの
ある意味この水から始まって水に終わってるから
この水っていうモチーフは
もしかしたらこれ母親っていうモチーフに重ねてるのかな
母が絡むシーンに水を登場させてるのかなって思ったのね
だからこの
それで
セルトのその中と外っていうところで考えると
その外に出たその生まれたっていうところから恐怖がスタートしているんで
あのホールって
地球に戻るっていうことだったのかな
地球に戻って本来だったら安心できる状況になるはずなんだけれども
弾劾裁判が始まって
結局その
安心できる環境にいるはずなんだけど
そもそも恐れの部分しかなかった
じゃあもう体内に帰ってきたとて
俺はもう
安心できるような場所がなかったよ
ってすると
その
地球の中でもお母さんとの折り合いがつけられなかったってことが
その自分の中で
分かっちゃったから
その
生まれてきた意味そのものみたいなところが
意味を失ってしまったからこの起死燃料が出たっていうようなところで
その爆発っていうところにつながっていったのかなと思うんだよね
なるほどね
なんとなく知りめせれずに俺
ホールが地球のメタファーっていうのはちょっと面白いなって思いましたけど
確かに
しかも円形でドーム状だったじゃん
水に包まれている
ドーム
確かにっていう気がしましたね今聞いてて
だからそのラストをさ
どう読み解くかみたいなところが非常に難しいですよね
結局絶望しかない終わり方ではあるのかなって気がするんですけど
だからなんだろうな
39:01
じゃあ僕が言いたいこと言っちゃいますけど
さっきの話につながる水につながるんですけどね
水にはい
某は死んでいる説っていう
これ
ただでさえ現実と幻想との区別がつかない映画だから
別にどこから死んでたのみたいな話って
死んでる説って言ったら多分誰でも思いつくところだと思うんですけど
クリオンしんちゃん叱り
そうそうそうそう
アットドロ叱りみたいな
死んでる説
でもね僕ねこれね結構マジで死んでる説あるんじゃないのかなって思ってて
タイミングは人によってばらけるかもしれないんですけども
僕はですねバスタ文に使った時点でちょうど死んでるんじゃないのかと思ったんですよ
なんでそう感じたかなんですけれども
誕生の瞬間も水で始まり
そして最後某が爆死するんですけど
地面が面白いんですけど爆死するんですけど
爆死するシーンも水とともに描かれているんですよ
それ以外で某が水に浸かってるシーンっていうのは
バスタ文とあと記憶の中に出てくる
なんかよくわかんないけど湯船に浸かったまま架空のもう一人の自分を見てるみたいな
某一人っ子のはずなのにもう一人の某みたいなのがいて
そいつと語られている母親をバスタ文の中から見てるみたいな
そんな謎の記憶が結構差し込まれたりするんですけど
結局その水と生命っていうのはすごく色濃く描かれていく中で
バスタ文に浸かるシーンっていうのも絶対にそこは関係あるんじゃないかなって思うと
某が完全に水に浸かったあの湯船のシーンが死の瞬間だったんじゃないかとか思ったりするわけ
そこにねそう考えてそこまでの出来事を色々見ていくと
冒頭から某はとにかく安心する場所っていうのを空間の確実によって得てるわけじゃないですか
部屋っていう某の自宅と外っていうのは明らかに明確に対比して描かれていて
外と中っていうような線引きがあるわけじゃないですか
外にいる人たちっていうのは某が抱えてる恐怖の対象で
さっきそのコミュニケーションができない取れない相手をとにかく怖がってるんじゃないかって僕はさっき言ったんだけれども
殺人鬼はある意味母親に売りつけられてる死への不安っていう風にも見れるし
踊ってる人とかもわかんないですけど
そういう陽気な陽のエネルギーっていうものを彼は理解できないから怖がってるんじゃないかっていう気もするんですよ
彼らの人生っていうのはとにかく負の感情で支配されてるから
陽のエネルギーを抱えてる人間って怖くないみたいな
要するに陽キャって怖いよねみたいなそういう部分もあるんじゃないかっていう気はしたんですよ
42:00
あとは社会的な弱者もいっぱい出てきて
あれは結局某ってなんだかんだで母親が大富豪だから
割とあんな状態でも一応飯食って生きてこれてるんだけれども
結局彼って自立は一切できていないわけだから
自分もある意味では本当に首の皮一枚でつながっていて
いつ自分がそういう生活がままならない存在になるかもわからないっていうような
自分の生活の不安定さっていうものを彼らに照らしているんじゃないのかみたいな
そういうふうに考えるとやっぱり外側にいるものっていうものが
某が怖いもののメタファーになってるのかなっていうふうに思うんだけど
そうすると外にいた人間の中に一つだけ異質なものがいるんですよ
それが助けてってめっちゃ言ってくる人なんですよ
某が水買いに行った時に助けて助けてってめっちゃついてくるおじさんいたじゃないですか
最終的には家の中に入ってくるんですけど
あれだけ恐怖の対象というかあっちが恐怖してるんですよ
それがとにかく明らかに異質だなというふうに
こいつは一体何なんだっていうふうに誰もが気になるように描かれていたと思うんですよね
終始某は外に行くことっていうのを恐怖して
部屋に鍵をかけることによって安心してるんだけども
その外と中を隔絶することで自分が安定するっていうふうに某は思ってるわけじゃないですか
ただ思い出したはずの助けておじさんが家の中に残ってるんですよ
これが多分あれですよね
お母さんが死んでたっていうのを発覚した後ですよね
そうだね風呂入った
それまで某はお母さんを愛してる自分っていうものを頼りに生きてきた部分があるじゃないですか
カウンセラーには止められているにもかかわらず
母親に会いに行くであるとは一切思ってませんというふうにはっきりと明確に言うし
母親と電話をして談笑している自分みたいなものを持ってたんだけれども
ひょんなことから母親は実はもう死んでたっていう連絡が入って
どういうことってなってものすごくぐちゃぐちゃするんですよね
その後お風呂に結局行って湯船に浸かった時に上を見たら助けておじさんがいるんですけど
あれもだから言うならば某は自分を納得させるために
助けてほしいこの状況を何とかしたいっていう自分を外に追い出してたんじゃないのかと
本当は助けてって言いたい自分はこんな生き方をしたいわけじゃないから
45:05
その恐れている自分っていうものを外に追い出して生きてきた
助けてほしい本当は助けてほしいこんな状況から
でもそんな助けてほしいって思いを無視して母親を愛している自分を演じ続けてきた
おそらく母親との関係はそんな状況じゃなかったから
電話口の母親も結局幻聴でしかないと思うんですよ
愛を語りかけてくる母親っていうのはね
そこと向きそういう幻想の中で自分を保ってたんだけれども
母親の死っていうものを初めて事実としてポンと突きつけられた時に
彼は自分の心底を抱いていた助けてほしいっていう思いがそこで
初めて自分の中にいたことに気付く
それまでは外に追い出していたものが実は自分の中にいたんだってことに気付いてしまう
だからバスタブの水に浸かった瞬間にその助けてほしいっていう
とにかく自分自身の抱えている超巨大な不安っていうものが
上から降ってきてもみくちゃになるんですけど
しかもその不安のモチーフであるおっさんが
かなりの巨漢ですからね
で結局ジャバジャバするわけですね
一応映画の中ではその後過労死でバスタブから出てきて
ことなきを得て逃げていくんですけど某は
でもあの時点で某は多分現実ではたった一人でバスタブに浸かって
そのまま水の中に浸かって死んだんじゃないかと僕は思ってるんですよ
っていうのもこの段階までだったらある程度幻想で
なんとかなる話なんですよ
カウンセラーとの会話っていうものはある程度
ちゃんと成立している
母親との電話も本当はつながってないんだけれども
優しい母親の現状を聞いてただ一人で
某が話してるっていう風に見れば納得ができる
外にいる人たちっていうのも結局彼の妄想で
であるとすれば向かいのお店でお水買った時の店主の対応も納得がいく
店主は終始某と普通に会話をしていて
某は外の人たちがどんどんマンションに吸い込まれていくのを
大慌てて見てるんだけど店主は全く動じてない
なぜならそんな人たちはいないからというふうに納得ができる
ところがこのバスタブ以降からとにかく知り滅裂で
これじゃあ現実でどうなってるの説明がつかないんですよ
某は外に出て車に引かれて殺人鬼に滅多殺しにされる
で謎の家族に引き取られてそこで生活をし
娘はペンキを飲んで死ぬっていうのを
48:02
これ某の妄想だったとしてじゃあ某は実際何やってるの説明がつかないんですよ
それまではロケーションは同じででも某は何かをしていて
でも某が見えてる世界はこれの説明がつくんだけど
こっから後はどう頑張っても説明つかないんですよ
某は実際殺し傷を受けてるし
ってことはじゃあ殺人鬼いたのって話になるわけじゃないですか
でペンキ飲んで死ぬ女
あれは一体何なのっていう話もなるし
しかもそこから謎のその夫婦は監視をしている
隠しカメラで監視しているだとか
いろんなものが出てくるんだけれども
これって全部説明つかないんですよね
ただもしもバスタブで某がもうそこで死んでたとしたら
こっから後の出来事っていうのは全て某の空想というか
死後の某の自分自身の内面への旅だっていう風に説明がつくんじゃないのかなっていう風に思うんですね
だとするとこの後の出来事は全部某が自分自身の内面にある不安との対話をしていく
例えばそのステップファザーステップマザー
謎のステップファザーステップマザーに引き取られた後の話なんかは
ある種父親もいて母親もいて兄弟もいるっていうような空間に自分が生まれていれば
自分がいればひょっとしたら自分はこんな自分にならなくて済んだんじゃないのかっていう
一流の望みが彼にあったからそういうものを投影したのかもしれない
でも結局自分は完璧じゃないから
その両親が抱いている完璧な兄貴像というものには到底似ても似つかないし
いろんなところでほころびが出て
しかも結局信じようとしたところで二人とは会話ができないし
やっぱり監視されてるしみたいなところで彼のその一流の望みは崩れていく
じゃあ今度は森の中に行ってまったくその
寄せ人みたいな人たちの中で生活してみたらどうかみたいな模索になるんだけれども
結局その中で満たされた人生の追体験を演劇の中でするんだけれども
結局自分はセックスに対して父の恐怖と結びついているがゆえに
幸せな未来を作り上げることがそもそもできないという事実をそこで突きつけられるわけだ
息子たちに囲まれてどうやって僕たち作ったのっていう風に聞かれるみたいな
あのシーンまさにそうだよねって言うから結局
性っていうものに自分自身関心が本当はあるにもかかわらず
それを死の恐怖によって上書きされて
拍算ができないっていうような状況になると彼はもう結局自分の幸せを掴むことができない
じゃあそもそも自分が性に対して正直に行動したらどうなんだっていうところで
過去の恋人との出会いっていうものも自分の空想の中で捉えするんだけれども
結局母親からの呪縛には逆らえないから
すごいパワーを持った母親によって
51:00
昔の恋人がお腹の上で死ぬというね
あれも完全にコメディとして描かれてますけど
っていう風にその後に起きる出来事っていうのは全部
某がいろんな自分の不安を解消するためにどんな条件があったらいいんだみたいなものを
模索していった結果っていう風に見ることができるかな
でも結局それじゃ全て取り除くことはできない
で最後のシーンに通じていく
結局環境じゃないんだと
結局自分の恐怖だったり自分の不安っていうものは
自分の中にあるから周りがどうあれ絶対に解決はできないんだと
不安は全て自分の中から生まれるからみたいな
そこで僕はタイトルにもう一度戻ってきて
某は恐れているっていう風にあるんですけど
某ってbeautifulの語源のフランス語なんですよ
beautiful
要するにbeなんですよ
だから某は恐れている
某の名前はbeなんですよね
某は結局さっきのオウマの話につながってくるとは思うんだけれども
要するにbeつまり完全であることっていうものを求められて生まれてきて
だから完全でない自分っていうものをとにかく恐れているんだなっていうのは最終的に
変えてくるんじゃないかなって気がするんですよ
結局こう通して自分が理想の母親たろうとした
歪な母親
そしてその母の要求に応えようとしても
応えられないっていうところに限界を迎えていく
結局彼の不安っていうものは彼自身が
be
完全な自分であろうとする限り
取り除くことはできないっていう
そんなところなのかなっていう風に思って
なるほどね
それはすごいねちょっと納得した部分はある
多分そういう見方もすごいできるなっていうのね
ものすごい今納得したのと
若干ね見方として僕
別の説唱えたいんですけど
某は恐れている
アート版シャッターイランド説
シャッターイランドはあれはエンタメでいいんだよね
エンタメですね
ちゃんと種明かしみたいな感じでね最後
説明パート始まりますから
ですよねあれはエンタメでいい
エンタメですね
あれをアートの視点で見せたら
某は恐れてになるんだよ
これセラピーなんですか
全て精神病院の中で起こったことって考えると
全部のシーンに辻褄が全部合うんだよ
54:00
そこで思い出してほしいのが
僕が最初の方で言った
これは某の主観の世界観であって
現実の世界との折り合いは全くついてないよ
っていうところを大前提にしてるんだけれども
まずね
なんで某が一人暮らしするかって疑問だったのよ
僕は
あんだけ束縛的な母親がいるのに
飛行機でしか帰れないところに某を一人で置くか
しかもあんな安アパートにって考えたら
絶対あの母親だったらあり得るはずがないんですよ
だとすると
某が精神病院に入院しているって考えたら
全然納得できる状況なんだよね
でその視点でね
最初のシーンとかを見てみると
某としては
おそらく統合出張症みたいな状況なんだとするんだと思うんだけど
前提的に
だとすると某が住んでいるところがマンションには見えてるんだけど
実際は精神病院だと
で周りの人たちは精神病院のおそらく
閉鎖病棟みたいなところにいらっしゃる人たちだから
当然
なんか殺人鬼みたいなムーブをしてみたりとか
会話が通じない人たちだったりとか
変な人たちだったりとかっていう風に
僕らが見えてしまうような人たちが
そこらへんにずらずらいて当然なんですよ
で例えば水を買うシーンっていうところも
もしかしたらその妄想なんじゃないかっていうところが
あるっていうのもすごく納得できるし
あの人が病院の
交配部の人だった
職員としての人だったとしたら
それは精神科の患者さんたちが
どっかに入っていったりとか出ていったりっていうのを見ても
何も動じないし
精神病棟って大学結構交配部とかにあったりもするので
っていうところがあるとすると
お金をどうしたみたいなところの会話も
全然不自然じゃなくなるわけね
っていうのが一つ
で二つ目の理由としては
たびたび失神するっていうところなんだよね
そうでたびたび失神するときにも必ず条件があって
棒が極度の興奮状態にあるときに必ず失神するんですよ
そう考えると
棒が極度の興奮状態にあって
鎮静剤を打たれたからポンって失神するんじゃないかなっていうのが
57:00
これは仮説
なるほどね
だけど棒は打たれたっていう事実を認識できてないから
いきなりポンって頭走ってたら木にボンってぶつかっちゃった
って感じているとか
あとは失神したシーンで
車にボンって引かれたと感じている
その全力疾走でわーって逃げてたんだけれども
いきなりよくわかんない状況になって
吸って打たれちゃって死んでるみたいな
で失神したみたいなのを感じているみたいなところ
っていうところがもしかしたらあるのかもしれないし
あと演劇の人たちのところも見てみると
グループセラピーの状況に非常によく似ているなっていうところがあって
例えば精神疾患だけじゃないんだけれども
演劇の鑑賞だったりとか映画の鑑賞だったりとかっていうものを通じて
リラックスをしたりとかあるいは事故との対話をしてみたりとかっていうことって
よくある話なんですよ
女の人すごく棒に優しくしてくれた女の人
いろんなところで点々として回っているんですよ
みたいなことを棒に説明するんだけれども
確かに各施設だったりとか病院とかを
巡っている劇団の一つであると全然
辻褄が合うなっていうのがあって
女の人もしっかりなんだけれども
棒に好意的あるいは支持的サポート的に
接してくれてる人っていうのをピックアップしてみると
こういう病院の職員だよねっていうのが
全て当てはまっちゃうんだよね
例えば後輩部の人だったりとかカウンセラーだったりとか
あとは何とか療法をやろうとしている人みたいな感じで
当てはまっていくっていうのが一つと
あとその夫婦の存在のところなんだけれども
夫婦自体はカウンセラーで特に
棒に関しては家族との関係性っていうところに
非常にトラブルを抱えていた
非常に妄想の強い症状
陽性症状が非常に強く出ていると考えると
あれはロールプレイのセッションをしているって考えたら
非常に分かりやすい
しかもそのロールプレイのセッションの中で
妹の存在とか
よく分からないPTSDの人たちがいるみたいな状況があるっていうのは
それは精神病棟だからそれはそうだよねっていうところも
理解できるかなと
あとそのカウンセラーとのところなんだけども
最初はあんなに棒にサポーティブに接しているようだったのに
1:00:02
最後のほうすっごいニヤニヤニヤニヤって
嫌な顔をしてこっちを見てくるじゃないですか
あれっていうのも多分
どっかのタイミングでこいつ敵じゃないかって棒が思い始めてから
あの顔をするようになったんだよね
だから本当だったらそのカウンセラーの人っていうのは
棒をカウンセリングするために
いろんなお話をしたりとかをしているはずなんだけれども
こいつ僕の味方じゃないって思った瞬間
全ての行動が自分を害するためにあるんじゃないかっていう
妄想に切り替わっていくみたいな
あとは裁判とか爆心のところなんだけど
もし最初の電話が本当に母親からの電話だとして
お母さんが死んだとかっていうのが
あれは死じゃなくて面会に来ないとか
あるいは離縁されたみたいな話を棒が解釈したのだとして
最後の弾劾裁判っていうのはある意味
ドクターと母親と棒の三者面談の状況になるのかな
だからその棒がこういうような行動がありましたよね
ドクターが言って
いやでもそれはお母さんはこうだからこうなんだみたいなことを言う
その棒は違うんだみたいなことを言ったとしても
ドクターは淡々とどういう状況でどういうことが起こったから
どうだったんだろうっていうところを淡々と淡々と進めていく
した時に棒の心情の中では
今お母さんも裁判官であるドクターも敵にしか見えてないから
ただの攻め立てられているような
あるいは自分を否定されているような状況っていうところが
ずっと続いているから裁判みたいに見える
だから最後のところで攻めて攻めて攻めてってなっていった時に
棒の心の中としては
もう最初から生まれてこなければよかったんだっていう状況に陥って
起死年齢が生まれたってセラピー失敗で爆死をしたっていう
セラピー失敗で爆死がパワーワードすぎるやろ
考えるとね
すべて病院の
しかもアメリカとかさ
あっちの方の精神病院ってバカでかいんですよ
もう森1個とかのレベルで建物も何個か建ってて
しかもそのちっちゃい家で自立支援が行けるように
何人か少人数で住んでみましょうっていう建物もありの
1:03:01
本当に閉鎖病棟って言われるような
日本の精神病棟って言われるようなものもありの
そのお庭があったりとかプールがあったりとか
いろんな施設があったりっていうのも
そのバカでかい精神病棟っていうのが大体多いから
だから
あの中ですべて完結してた
すると
あの中ですべて完結してたってすると
すげえ納得できるし
あとあれだよ
サポーティブにしてたあの夫婦が棒を引いたとき
あの車フードトラックじゃん
なんで医者の乗り物がフードトラックなのっていう
謎だよね
あっこも辻褄が合わないんだとすると
そういう施設にフードトラックが来る
レイワリーだったりとか
荷物運んだりとかっていう
精神のでかいバカでかい病院に
そういうフィリックスだったりとか
フードトラックだったりとかっていうのが来て
走ってるっていうのは全然考えられる状況だし
そこに
あの夫婦が乗ってたかどうかっていう事実は
わかんないけれども
映画の中では乗ってたって書かれてるけれども
棒の主幹では乗ってたけれども
実際には多分引いた人と
対応した人っていうところが違うっていう状況
だけなんじゃないかなとか
あるいはその妹がペンキ飲んで死んだっていう
ところも
精神病棟でなんか変な色んなものを強引して
子供の状況になったとかっていうのはよくあることだし
あるいはそのなんだ
恋人かっこかりんの女の人が
いきなり抱いてみたいな感じになって
セックスし始めるシーンもあるじゃないですか
あれもかなりよくあることの一つで
その精神疾患を抱えている人同士が
急速に仲を深めていって
強依存的になってセックスをして妊娠する
みたいなことも結構あったりもするんですよね
それは職員に見つかっていきなり鎮静剤打たれたから
謎のフリーズ現象が起こったり
みたいなことなのかなって思うと
なんとなく精神病院っていうところが
動いてないんじゃないかって思うと
これってそういう意味になるのかなみたいなところが
ちょこちょこ説明できちゃうなと思って
そういう見方もできるかもしれないっていう説ですね
だとしたらなんかこう
謎の夫婦の家で彼が見た
隠しカメラで撮られている自分の映像みたいなのも
自分の病棟のモニター映像だったっていう風に
考えることもできるかもしれないね
なるほど
そもそも精神疾患で脅迫症だったり
1:06:02
統合失調だったりっていう人に
監視されているっていう恐怖っていうのが
そもそも結構病態としてあったりするんだから
最初から最後までは誰かに見られてるんじゃないかっていう
恐怖感を非常に抱えてるけども
それの一つの症状としても考えられるし
単純に防犯カメラがポンってあっただけなんだけれども
それは私を監視するためのものだって認識しちゃったりとかね
彼の場合は完全に支配的な母親からの影響で
人から見られるイコール人に評価される
不当な評価をされるっていうところが
全部イコールで繋がっているからこそ
見られることそのものが恐怖に繋がるっていうところもあるだろうね
でも真子ちゃんの言ってるやつにも
すげえ納得しちゃったんだよね
自分のもしこうだったらっていう
ロールプレイを重ねているって考えると
なるほどってすごく思えるし
お兄ちゃん
戦死したお兄ちゃんいたじゃないですか
ステップマザーのところの
あれなんかは一層某の理想なのかなとか
自分の意志で自らの役目を全うして死んでいくみたいな
確かに安直な発想だけど
軍人さんだったじゃない
軍人さんって精神的肉体的タフネスの象徴じゃん
余計にもうみたいに精神的な年齢がまだ低い頃に
何かトラブルを経て大人になっているから
そこらへんの生計の年が成長していない可能性もあるかな
幼い子供がそういう軍人さんの
いわゆるステレオタイプのタフネスに憧れるみたいなものを
結局そのまま持ち越しているっていうふうに考えると
だからそんな兄がいないところに自分が
今の自分っていうものが入ってくるっていう風に
その無謀さというか
それを自分で実感しているのかもしれないなと
そうはなれない自分っていうものを感じてしまうみたいな
だからどちらにしても結局最後まで絶望の作品だったので
希望みたいなものを見せられることが一切ない作品ですから
どういう気持ちの時に見るのが正解かわからないですけど
結局考察して楽しむっていう
1:09:01
ただそれだけの作品で正解も絶対に与えられることはないので
だからそういう見方したらこう見えてくるよね
っていう楽しみ方が正解なんでしょうね
だから今回こうして
ディスカッションしてる
こう思ったよとかこう見えて考えたよっていうのが正解なんだろうね
今まさに我々正解な時間を過ごしていたということになりますけれども
有意義だね
少なくともこのフェーズを挟まないと
下手したら楽しくない
楽しくないし
僕ねこの映画ある一定の人たちには絶対に見ないでくださいって
はっきり言えるんだけど
精神的にちょっと欲打つが強い方
あるいは統合失調の感慨期にある方
あるいは引き込まれ体質
共感感情が非常に強い方
これを見ると統合失調症に陥る可能性
欲打つに陥る可能性非常に高い映画なので
精神的健康感が強いと思われる方のみ視聴してください
そうですね
とにかくね不安になるし
僕みたいに趣旨払ってみれる人もいますけど
これは単純なコメディなのでかなりブラックなコメディだし
いや僕さこれ
コメディか
あれさジャンルコメディって書いてあったじゃん
そうなんですよジャンルコメディですよ
ふざけんなよどこがコメディだよ
何がジャンルコメディ
ホラー監督が撮ってますから
普通なコメディなはずはないんですけど
案の定というかこの作品
特に何かしらの賞に選ばれたりということは
今のところされてない作品ですから
こういう楽しみ方を皆さんにしてください
っていうような作品なんでしょうね
でしょうね
十分僕は楽しめたんで
これでいいのかなというふうに思いますが
とにかくですね難解な作品ですから
今回この我々のこの放送を聞いてですね
なるほどそんな作品だったなって思える人がいたとしたら
IQが500突破してますね
それは無理です
人類ではないというふうに言えるので
とにかくですね一度見ていただいて
その上であなたなりの答えっていうものを
見つけていただければ
本望かなというふうに思います
そしたらこちらまで
こちらまでお願いします
さて何か言い残したことというか
ありますか
今回の映画で一番すごいなって思ったのが
1:12:01
某の表情の演技がすごい良かったんだよね
だからそのいろんな部分でも
不安だったりとか焦燥感とか
いろんなネガティブな感情に対して
すごい良い表情っていうか
いい表情ってグッドスマイルっていうことじゃなくて
その演技として
その顔の作りっていうのすごくいいなって思ったんだよ
でなんかね
どっかでなんかこういうの見たことあるな
と思ってずっと過ごしてたの
先週の金曜日
今週の金曜日か
今週の金曜日
金曜日じゃなくて月曜日だ
気づいたんだよ
朝起きてね
歯磨きしてる時のね
某の顔だって見えちゃった
01:13:07

コメント

スクロール