2025-08-04 1:37:04

真夏のホラー映画特集その2 夏休み映画の傑作『#学校の怪談』シリーズ~怪談は誰のためのものなのか Summer Horror Special Vol.2: The “Haunted School” Series – Who Are Ghost Stories Really For?

“うひひひひひひひひひひ”


ーーーーー


どうも、パーソナリティのまこです。

真夏のホラー企画の第2回目ということで、映画『#学校の怪談』を取り上げました。

ノスタルジィ的にはすごく刺激されました。


ただね、それだけなのよね。

まああの頃の気持に戻って心霊現象について熱く語ったりとか

気になるあの子の話で盛り上がったりとか


そんな甘酸っぱい思い出が思い起こさせられるような起爆剤にはなるかもしれない。

ただ子供向けなんでね・・・・


とはいっても見たからには全力で語るのが本番組。

この作品は一体誰に何を訴えかけたものなのか!?


全力で語り尽くしてご覧に入れましょう。



ーーーーー


podcasterの まこ(@_macobana)が、メインチャンネル『ポケットに沼を』(⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#ポケ沼⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ )では語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組、『#よもやまこばなし 』(#まこばな )にて展開された映画談義がついに専門チャンネルに。

語りたい映画なんて尽きることない!

エピソードの公開は毎週or隔週となります。


ご感想は是非 ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#リルパル #ReelPalツイートをお願いします。

いただいたツイートは番組の中で取り上げることがあります。

テーマトーク投稿フォームはこちら↓

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直接のメッセージを送る場合はこちらまで↓

⁠⁠yomoyamakobanashi@gmail.com⁠⁠


これからも番組をよろしくお願いします。




“Hee hee hee hee hee hee hee hee…”

Hey there, it’s your host Mako.
Welcome to our Midsummer Horror Special Vol.2 — and this time, we’re diving into the nostalgic classic: Haunted School (1995).

If you were a kid in the '90s, this one probably lit a fire in your imagination.
Yeah, it’s more nostalgia fuel than nightmare fuel these days... but isn’t that kind of the point?

It brings you back —
To the sweaty classrooms.
To ghost stories whispered behind your notebook.
To the crush you couldn’t stop talking about with your friends.

Sure, it’s a kids’ movie. But that doesn’t mean we’re pulling punches.
This podcast goes all in.
So we’re asking — just who were these ghost stories really for?

Let’s tear it open and find out.

🎙️ Hosted by Mako (@_macobana), from the main channel “Pocket ni Numa wo” (#ポケ沼),
this spin-off podcast “Yomoyama Kobanashi” (#まこばな) is where we go deep on the movies we just can’t stop thinking about.

📅 New episodes drop weekly or biweekly.

💬 Got thoughts? Tweet with #リルパル or #ReelPal — we might feature your message on the show.
📮 Suggest a topic here: https://forms.gle/4PT2GBA7TY8vAoCx7
📨 Or send us a direct message: yomoyamakobanashi@gmail.com

Thanks for tuning in — and keep the lights on. You never know what’s hiding in the school corridors...


00:16
Reel Friends in TOKYOにようこそ。この番組は話題の新作、往年の名作、謎を聞き作からぶっ飛びD級映画まで、あらゆるフィルムを倫理、宗教、歴史に陰謀を多様な視点から切りまくる映画専門チャンネルです。お相手はパーソナリティのマコと
肉まんはホンズハ、オーマです。よろしくお願いいたします。
ちょっとね、その前に一ついいですか。
はいはい。
体調が最悪です。
本当につい一昨日か。
昨日だね。
昨日か。ポケ沼の収録あったんですけど、メインチャンネルの。休みまして、本当に泥のように眠ってましたんで。
そこから今日ちょっと、なぜこうまでしてやらなきゃいけなくなったのかっていうところはちょっとオープニング終わってからにしたいと思います。
とりあえず一つ言えるのは、竜角さんの喉すっきりタブレットをちょっと舐めながらやらせていただくということだけ、
リスナーの皆さんにはご承知をお聞きくださいということで、
肉まんはポンズハ。
ポンズハですね。
これなんかさ、びっくりしちゃったんだけど、
結局は、家のルールって社会では通用しないこともあるよねって話なんだけど、
僕んち肉まん食べるとき絶対ポンズが出てきたんですよ。
ちょっと大きくなってからポンズに柚子胡椒とかして食べてたんですけど、
僕そうやって食べるもんだと思ってたんですよ。
一人暮らしを始めて、コンビニで肉まん買って帰ってきてみんなで食べようぜって話したときにポンズをおもむろに出したとき、
すっごいバッシングというか、お前頭おかしいよみたいな話をされて、
そこで初めて僕がマイノリティということに気づいたという。
なるほど。でもなんか、シュウマイはポンズで食うな。
そうよね。でもシュウマイは何もつけずに食べることなくない?
肉まんは特に食べ方に差異が生まれる気はするよね。
こっちは基本的に誰も何もつけないんじゃないかな、基本的には。
ただやっぱ大阪行くとやっぱカラシ塗って食うみたいな。
豚まんは。高麗の豚まんなんかカラシ塗って食うわな。
03:03
上にカラシ塗ったくって食うんで、上唇がすげえ痛くなるんですけど。
でもうまいんですよ。
僕そんなにピンとこなかったんですけど、ポンズつけて食った記憶は複数回ありますね。
どういう文脈で俺がポンズつけて食ったか全然覚えてないですけど。
一つあるとしたら、もしかしてうちで肉まん食ったときじゃない?
可能性は否定できないけどね。
まあこんなことだから、たぶん違和感を覚えつつも、そんなもんかと思って飲み込んで食べてくれた可能性もあるよね。
基本的に俺ってそんなにこだわりっていうほどのこだわりがないのよね。
うまければそれでいいみたいな。こうでなくてはならないがないから。
いわゆる酢豚に入ってるパイナップル許せない派みたいなお話とかも、俺は全くピンとこないし。
犬派猫派の話も全くピンとこないし、別に可愛ければいいじゃんっていう。
ありのまま受け入れがちというか。
ポンズも絶対うまいし、別に違和感はないですよね。
あれか?モンハン合宿のときか?
可能性はあるよね。
モンハン合宿ね。まだ大学生のころに一人暮らしの大間の家に行って、みんなでモンハンやるみたいな会がありましたけど。
懐かしいですね。
懐かしいですね。あのときコンビニまで徒歩2分ぐらいだったし。
今でも鮮明に覚えてますよ。お前ん家のマドリー。
本当に夜通しやりましたけど、以前話したかもしれないけど、
スパゲッティを麺茹でてくれたんです。
で、その茹で加減を見るときに、ラーメン屋の茹で加減の確かめ方って言って、
お前が麺を口に加えて、手で筒を作って麺をジュッと。
それをやってくれて、クソ笑いましたね。
それがめっちゃ覚えてるのと。
あともう一個はね、当時大間が喫煙していたので、
たびたびですね、ベランダに行ってタバコ吹かすんです。
さらに途中でコンビニに行きたいみたいな話になって。
コンビニにも行ったんですけど、そのときに緑のトレンチコート着てたんですよ。
冬だったんですげえ寒いんですけど、
冬の北風をコートの襟元を掴んで、風を避けながらタバコに火をつける。
この仕草がクソかっけえんだよって言いながら自分でやってたっていう。
それも昨日のことのように覚えてますね。
06:00
俺そんなこと言ったんだっけな。
今客観的に話聞くとただのダサいやつだよね。
でもね、わかりますよ。あの仕草はかっこいいんですよね。
それ、たぶんジョン・トラボルタとかそういうイケオジがやるからこそかっこよく見えるあれよね。
そうね。若蔵がやっててもなんかピンとこないのよ。
軽く無消費で始めてるぐらいのおっさんがやるのが一番かっこいいですからね。
そうね。完全に大学生の若蔵が行き来てやることじゃない。
行き来てやったところで、みたいなところありますけど。
いやー懐かしいですね。急にノスタルジックなお話になっちゃいましたけど。
ポン酢、ぜひリスナーのみなさんも肉まんにポン酢試してください。
てか餃子だってポン酢で食べますしね。
中華とポン酢の相性はいいと思うんですよ。
そんな話を以前ね、まこべランチでしたんですけど。
中華って酸味の使い方うまくないですか?
確かにね。中華街に通い始めて、お酢ってこんな種類あるんだっていうの初めて知ったもん。
飲む酢とかじゃなくて、食べる酢の通り。
本当に酸味を上手に生かした。酸味が主役になる料理っていうのは結構たくさんあって、いずれもおいしいんでね。
その辺は中華料理ってすげえなって思います。
みなさんもぜひ鎮庫酵素を買いに来てください、中華街。
僕の一押しのクロスでございます。
なるほどね。
じゃあそんなところでいいですか?
いきましょうか。
というわけで、すみません、ちょっとお聞き苦しい感じの声になってますけれども、本日も参りましょう。
はい、ということで本日のテーマは、真夏のホラー映画特集その2。
夏休み映画の傑作、学校の階段シリーズ。階段は誰のためのものなのか。でございます。
上に上がる人のため。
上に上がる人?
階段と階段を。
ステアウェイね。ステアウェイトゥヘブンね。
普通にステップ。
階段ね。
もういいよ、だから。
ええやないか、もうステアウェイで。
とにかく今回、ちょっと1つ、2つ言わせてください。
まず1つ目。スクリームシリーズ、スクリーム3部作取り上げたんですけど、
真夏のホラー映画特集その1って言い忘れてましたっていう。
あ、確かに。
普通にホラー映画として語っちゃったんですけど、
せっかく夏なんでね、ホラー映画について語り明かすような、そんな企画をねっていきたいねみたいな、そんな文脈でやってるんで。
09:00
一応今回もその流れを組んで、学校の階段シリーズを取り上げましたというのが1つ。
で、2つ目。なんでメインチャンネル休んで、体調もめちゃくちゃ悪いのに、今日無理やりやり始めたのかというと、
まあ、今週やらないと何もかも消え失せるんじゃないのかっていうぐらい、僕の中に今得られている考えというものが非常に薄いということです。
もうね。
まあ、そうよね。
そこなんよ。
まあ、その辺もちょっとコメント、とりあえず一旦あらすじ紹介をした上で、
大間になんでこれを選択したのかというのも今回の大間のセレクトなんで、その辺のちょっとプレゼンをしていただきたいなというふうに思いますんで、一旦あらすじ紹介挟みますよ。
え、あれってタイトルも言いましたっけ?
言いましたよ。
あ、言ったっけ?
階段は誰のためのものなのかって。
かっていう、まあそういうことね。
あ、そうです。
OKです。はいはい。
じゃあいきますよー。
はい。
よーいどん。
はい、ということで今回は90年代日本を代表するジュブナイルホラー映画、学校の階段シリーズについて見させていただきました。
全4作となるこのシリーズは小学生たちが主役となり、学校舞台に次々現れる怪異であったりお化けに立ち向かっていく姿を描いた、いわゆるですね、日本版グーニーズみたいな、そんなね、作品でございます。
第1作ではですね、取り壊し予定の小学校の救護車に迷い込んでしまった妹を助けに行く主人公、そしてその仲間たち。
大人たちは全く頼りにならない中ですね、子供たちが知恵と勇気、そして助け合いの精神で怪異に立ち向かっていくストーリーが展開されます。
またね、危機を乗り越えていく中で、個々に成長が見られたり、あるいは絆が深まっていくみたいな、そんなね、小学生たちの成長が鮮明に描かれた作品となっています。
続く第2作、舞台を地方の小学校に移して、都会と田舎の子供たちが合宿で集結していきます。
時計塔やカラクリ人形など、地方の伝承と都市伝説みたいなもの、いろんなエッセンスをミックスして、新たな怪異が登場してくるような作品になります。
そして3作目、監督が切り替わって作風も一変しました。
学校に伝わる1人の少年の亡霊と、そしてですね、家庭になんとなく居場所を感じられないというような、そんな小学生たちの友情が描かれるというふうな作品に一歩変わってね、展開となっていきました。
人気に限りが出てきた第4作では、大きなテコ入れがされて、学校というよりも街全体が記憶する過去との対峙が描かれていきます。
時にコメディ的な要素も交えながら、子供たち自身が道に挑んでいくという作品を一貫するテーマの中、中ではですね、ちょっと人間とはみたいな、生きるとはみたいな、そんなところね、深く入り込むような作品となっております。
日常に潜む怪異と、そして大人になりきれない子ども、そして大人になりたい子ども、そんな姿がたくさん描かれているジュブナイル作品です。ぜひご覧ください。
12:04
はい。
はい、ということで。
あれ?4言ったっけ?
言ったじゃん。
え、ちょっと待って。
言った?
何、さっきから。怪異に飲み込まれてんの、君。
飲み込まれてるかもしれない。
大丈夫?
記憶の連続性がマジなんか今日、なんかやばいかもしれない。
やばいですね。なんかちょっと怖いですね。
恐ろしいな。
ちゃんと全部言いましたからね。
4作品ということで、一応ですね、背景を説明しておくと、ポプラ社さんとかから、他にも多分2社ぐらいから出してるんですね、学校の怪談っていうシリーズって。
同じタイトルで。
あれだよね。小学生のときによく図書館にあったハードカバーのゾロリとかさ、スプーンおばさんとか困ったさんとかわかったさんシリーズみたいな感じで置いてあるんですよね。
業界村とかおばけのホーリーシリーズみたいなのとかと同じように学校の怪談シリーズっていうのがあったんですけど、ちょうどこの90年代っていうのがいわゆる怪異ブームみたいなものがもうぐわっときていて、テレビをつければスピリチュアル系のなんかね、占い師とか預言師みたいなのが出てきたり、あるいは心霊特集が組まれたり、奇跡体験アンビリバボーとかね、記憶に新しいところでございますけれども。
2000Xとか。
2000Xとか。
USOとかなんかいろいろやってましたよね。
あったね。
そんな中で、子どもたち向けの番組として、例えば地獄先生ヌーベーなんかもそれにあたるかもしれませんし、学校の怪談は文庫として図書館に並んでいると。
で、花子さんが来たみたいなアニメとかもね、テンサイテレビくんの1コーナーみたいな感じで放送されてたんだっけ、違ったっけ。
え、ポンキッキじゃなかった。
ポンキッキだっけ、もう忘れましたけど。
ほわほわほわほわ花子さーん。
もうね、全く意味がわからないんですけど。
僕の中でですね、ルミネのCMに出てくるルミネーっていうキャラクターが花子さんに見えてしょうがない。
似てる。
似てるよね。似てるよね、あれ。
似てる。
あれデザイナー一緒じゃないかなって勝手に思ってるんですけど、とにかくですね、花子さんがね、トイレ3番目のトイレをね、女子トイレ。
コンコン、花子さんって言ったら、あーいいみたいな。
そんな怪談が、有名な怪談があるんですけれども、その花子さんが主人公となったアニメーションも展開されるみたいな。
そんな感じでですね、とにかく怪談移植みたいな時代がかつてはあったわけですよね。
そういった流れを受けてですね、怪談ブームに乗じて、これを実写映画で夏休みジブナイル映画を撮ろうということで作られたのがこの学校の怪談シリーズなんですけれども。
1でスマッシュヒット、そして2でさらにそれを超えるヒットを記録したと。
3から若干工業収入が下がり始めて、4作目でテコ入れしたんだけれども、やっぱり客は戻らずというところで、続編の制作はその後はされなかったというような形で、東宝さんの一応看板になった映画シリーズにはなるんですけれども。
15:11
それを今回4作見た結論ですね、私の一番初めに言いたい感想としては、きつかったです。
僕が見たかったって言って見たんですけど、僕もきつかったです。
いやあのね、ノスタルチーで乗り切れるのは2時間までです。
そうですね。1作目まではまだ見れたんだよ。
ただもう2作目に行く気力がその時点で残ってなかったんだよね。
そうね。僕多分10年前ぐらいに同じことやってんすよ、自分勝手に一人で。
Amazonプライムで見つけたときに、えー学校の階段見えるみたいな感じで1作目から見始めて。
正直4作目の途中でもう疲れちゃったんですよね。
今回は一応約束だったんで最後まで握ったんですけど、やっぱり同じく2,3あたりでだいぶしんどくなってきたんですけど。
そういう中でも一応この作品は当時の小学生たちには強く受け入れられてヒットしていたわけですから、
一体何がそんなに刺さったのかみたいなことを考えていくのも大事かなというふうに思うんですよね。
前回、次回に向けてのというところで軽く触れたんですけど、
一応看板となったキャラクターとしてテケテケがいますよね。
いましたね。
あれは、
何ですか?
今見ると、何がそんなにっていう。
しかもさ、ちょっとなんかあの、ごめん、あの、なんだ、その、もう1作目見終わったあたりからさ、
もうこれちょっとやめたいなって半ば思いながらもう僕も見てたんだけどさ、
テケテケのさ、おふざけワンシーンみたいなのがさ、ちょいちょい挟まれるじゃないですか。
あのたんびに地味にイラッとするっていうね。
いやわかる。わかるのよ。
あのね、でもね、小学生ぐらいの感性だったらアハハハってなるのかもしれないんだけど、
早く次行けよってなっちゃうんだよね。
それがね、たぶん大人の残念なところなんだと僕は思うんですけど、
でもそれにしてもですね、あのちょっともう3で、
まあテケテケのなんか友達みたいなやつ出てきたじゃないですか。
なんだっけ、シャカシャカみたいな。
シャカシャカみたいなね、なんか変な名前のやつ出てきましたけど、
あれもね、なんか露骨ですよね。
露骨ですね。
とりあえず看板キャラもう1匹増やしてみようみたいな。
もうあの、ターボジジイとかさジェットババアみたいな。
そうそうそうそう、ついになるキャラ出してみましたみたいな。
でももともとのテケテケのさ、知り、あのその、
18:00
都市伝説的には、階段の都市伝説的にはなんだっけ。
上半身しかないんだっけ。
えっと、夜教室行くと、1人子供が机の上に突っ伏して寝てるんですよ。
はいはいはいはい。
どうしたの?みたいな風に声かけると、下半身はないんですよ。
あ、そうか、上半身だけなんだ。
そう、上半身だけで、まあ遠くから見ると座ってるように見えるから。
で、上半身だけで追いかけてくる。
何がどうテケテケなのか、歩く音なの。
テケテケテケって歩くの。
ちょっとかわいいじゃん。
ね。
っていうまあそんな感じの階段だった気がしますけど、テケテケので。
まあ、全然関係ないですよね。
普通になんか謎の妖怪みたいな感じ。
ただのクリーチャー、しかもちょっとゴーストバスターズっぽかったよね。
そうね。映像技術的にはもう完全にそれそのものだったけど、スライミーと同じですね。
完全に同じだったよね。
あとちょっとね、スクリームを見て、今回のやつを見てね。
僕らを一つね、学んだんですよ。
なんすか。
今回の映画で、誰一人として子供たちが死ぬことはありえないと。
いうことを僕らはもう事前に分かっちゃったんですよ。
ルールナンバーワンに定食しないんですよ。
ルールナンバーツーにも定食しない。
そうですね。
もうやるとしたら、ルールナンバーワンが絶対にセックスをしてはいけない。
ルールナンバーツー、酒やドラッグをやってはいけない。
ルールナンバースリー、すぐ戻ると行ってはいけない。
その辺はちょっと危険ですね。
危険ですね。
けども、ワン、ツーを定食してないから、こいつらは生き残るであろうと。
もう見始めた段階から分かるという、ちょっと安心して見れるホラーですよ。
そうですね。
夏休みの小学生向けの映画で、小学生死んだらちょっとさすがに大人的に笑いますけどね。
嘘だろってなるよ、それは。
何やっちゃってるのってなるけどね。
いやー、なんかね、とりあえずだから、正直だからもう本当に見ていて、後半はかなりきつかったんで。
オウマのことを軽く恨み始めてた節があるんですよ。
一体何を持ってね、そんなに見せたがってたのかなっていうのが、改めて分からなかったんで。
改めてもう一回言ってもらっていいですか。何でこれにしたんですか。
なんかホラーって聞いてさ、アマプラでホラーかーって言って見てたときに、学校の階段あると思って、うわ懐かしい以上です。
やっぱそこだよね。本当にノスタルジーって人の目を曇らせるよね。
それ以上でもそれ以下でもなかったよね。
本当に。本当に。
どんだけスクリームを見てさ、やっぱり考察するとかって楽しいよねとかって言っておきながらよ。
言って、そうだよね、やっぱりこういうのやんなきゃこのポッドキャスト面白くないよねとかって言っておきながらよ。
21:06
真逆の映画を選ぶっていうこのね、恐ろしいよね。
いや本当ね、ちょっとね、きついですね。
でもそんな中でですね、このような条件のもとですね、それなりに深いことを言っていくというのが一応うちの番組の肝なので、しっかりやっていきましょうね。
やっていきましょう。
あと一個さ、すげえこれ見て思い出したことがあって。
なんですか。
うちの小学校、急行車まだあったんですよ。
そうなんですか。
そうそうそうそう。今の、それこそ、ネギ市線の一駅の丘の上にある学校だったんですけど。
行きました行きました。
昔はね、プールの隣あたりにでっかい急行車、木造の急行車が建ってて。
小学3年生、4年生ぐらいまであったんですよね。
3年か4年生の夏休みぐらいに、忽然と姿を消したんですけど。
たぶん普通に取り壊しになって。
だからね、小学1,2年生ぐらいまで生活の時間で、何するってなったときに、急行車発見って言って、みんなで行ってましたね。
あのね、それちょっと俺触れようと思ってたのよ。
取り壊し予定の急行車なんて見たことねえっていう。
おるやん、見たことあるやつ。
全然ありましたよ。
俺全然なかったもん、俺のとこは。
だから同じ小学校から中学校上がった連中は、たぶん僕と一緒にみんな急行車探検やってましたよ。
そうなんですね。
あったんだ、やっぱり。
それこそね、ウィキペディアが取り壊し木造、建て直しによって取り壊されていく木造校舎の記録映像として、価値があるみたいなことを言ってる内容がありましたけど。
いや何もピンとこねえなと思って聞いてました。
そうなんですね、やっぱあったんですね。
すごい懐かしい感じでしたね。
確かにこんな感じだったみたいな。
ただもう電気とか水道とか全く通ってないんで、昼間とはいえ結構薄暗い感じで、本当に肝試し的な感じで先生と一緒にぐるぐる回って、楽しいね楽しいねって言って。
そうなんだ。
中身もまだ空っぽじゃなかったんですよ、探検してるときは。
ピアノも置いてあるし、人体模型も置いてあるし、椅子とかも全然あるし、みたいな感じだったんで、すごい楽しく探検させてもらってたなって。
なるほどね。
中学校のやつはもう中学校の校舎が旧校舎みたいなもんじゃん。
そうなんだよ。我々の中学はもう重要文化財なんだよ。
戦前に建てられてる防空壕付きっていうね。
そんなもので生活をしていたものですから、逆に何がいつ出てきてもおかしくないだろうなと思いながら日々生活してました。
24:09
しかにクマいましたからね。
クマ!?
え、クマの白星あったじゃん。
あったっけ?
あるよ。
全然覚えてねえな。
理科室から下がっていく階段の奥のところにね、クマの白星があるんですよ。
あ、ほんと?
そうそうそうそう。
やべえ知らんかったな、そこまで行ったことないかもしれない。
無断で行ったんですけどね。
無断ですか、はい。
とにかくですね、結局中学在校中大の例的なものにはあったことはないので、
あんまり休校者だからどうとかいうお話ではないのかなというふうに思っているんですけど、
でもやっぱり子供の目から見るとそういうのってね、すごく驚々しく感じたらきっと何か違うものがいるんじゃないかっていうのは、
ちょっと冒険心に火がつくみたいなことはありますよね。
というふうに考えると、第1作から2作、3作と通していく中でですね、
1作目と4作目か、休校者が出てきたのは。
あ、でも2作目も一応木造校舎か?
木造校舎ではあるね。木造校舎だね、一応ね。
2作目は地方の学校だからまた木造校舎みたいな。
3作目は普通に学校だったね。
普通の学校だね。
木造校舎は出てこない。
木造の。
4作目でまたゴリゴリの木造校舎が出てくるっていうふうな感じだったんですけれども、
だから一応ですね、その辺りから僕はちょっとね、論を紐解いていきたいなというふうに実は思っていたんですよ。
おー。
はい。
今日どっちからいきますかっていう。
喉が潰れる前にあなた喋ったほうがいいでしょ。
そうですね。
ちょっと僕、しかもそんなに深められてないので、一応言わせていただきましょう。
はい、お願いします。
学校の階段。
はい。
90年代日本の子供向け映画を装った大人のセラピー説です。
ほう。
はい、ということでやらせていただきます。
はい。
はい。
学校の階段シリーズを見ていく中で、その起点はやっぱね、今のところだったんですけど、
言ってですね、その木造校舎というものに対してですよ。
当時の小学生もオウマみたいに探検したことはあるかもしれないけれども、
やっぱあくまでね、それは探検する、つまり自分にとって関わりがないというところですよね。
関わりがないからこそ探検っていうのは成立するわけですよ。
誰も家のキッチンを探検なんてするわけないじゃないですか。
そう。
っていうふうに考えると、全く対照化されるような自分たちの世界とはまた別の世界として設定されるような舞台なわけですよね。
この舞台が一応こすりにこすられ続けていることを考えると、
これ実は子供向け階段っていう形を借りながら、
その実、実社会の中で進行していた大人たちの精神的な閉塞感みたいなもの。
27:06
それをですね、まだ自由だった頃の若かりし時代を思い起こさせることによって慰めていたんじゃないのかという、
そういう説をですね、提唱したいなというふうに思いまして、今回ちょっとまた読み解いていきたいと思います。
作品としては95年から6年、7年、そして99年というふうに進んでいくんですけれども、
公開された95年の頃といえばですね、
95年って聞いて何かピンときませんか?
95年?
はい。
なんかあったっけ?
僕も忘れちゃった。
え、ちょっと待って、95年って言ったら、地下鉄サリン事件?
そうですね、地下鉄サリン事件でございます。
はいはいはい。
阪神淡路大震災も起きてるんですね、1月にね。
ああ、そっかそっかそっか、はいはいはい。
非常にですね、僕らの場合はですね、生まれてこの方ずっと失われた30年というものを生き続けているんですけれども、
バブルが崩壊してですね、しばらく経って、それが社会の中で波及していってですね、
全体が不況っていうものにだんだんと慣らされていくというか、不況が当たり前、
その社会的な閉塞感の中で起きる震災、そして重大な事件っていうところで、
いわゆるですね、日本の安全神話みたいなものが崩壊していくような時代でもあったのかなと。
いわゆる社会不安っていうものが常に世の中を取り巻いているような時代の中で作られた映画がこれなんですよね。
っていうふうに考えたときにですね、もちろんですね、企画としては子どもたちを取り込むということは当たり前にあるんだけれども、
ただ子どもは一人じゃ映画見に来ないんですよ、基本的には。
もちろんね、友達と行ってくれるっていう友達と行く子もいるかもしれないけれども、やっぱりそこには親の許可が必要だし、
大体の場合はその誰かしらの親が随行したりみたいな形になるわけだ。
っていうふうに考えたときにやっぱりね、親世代の目っていうものも一定程度は意識するはずなんだよね。
っていうふうに考えたときに、この作品を読み解いていくとだね、
親の目で見ても、あの頃はこうだったなっていうふうな、いわゆるですね、まさに大間がこの映画を選んでしまったときに働いたのと同じノスタルジーというものを刺激するのに、
非常に木造工舎みたいなものとかがうまく働いたんじゃないのかな。
で、変な話ですね、この時代っていうのは5年6年7年9年、投資で大体そうなんですけれども、
大人と子供との間にですね、線が引かれた時代みたいなふうに言えるのかなっていうふうに僕はなんとなく思っていて、
30:00
これ一体何のことかっていうと、いわゆる校内の学校の諸問題っていうものに結構フォーカスが当てられた時代でもあるんですよ。
で、言うならば校内暴力だったり、あるいはいじめの増加みたいなものが、結構メディアによって取り上げられ始めたような時代なんですよね。
ちなみにですね、2年後、1997年ですから学校の階段3が公開されたあたりでは、坂木原生徒事件もありましたよね。
いわゆるですね、学校内でいろんな問題諸問題が起きていく。で、大人が子供を管理するみたいなものが当たり前にできてきたというふうに思っていた大人たちにとって、
それがですね、そうもいかなくなってきたぞっていうことに気づき始めた時代。
これも変な話で、正直昔はむしろ学校が子供なんてほぼ管理してないんですよ。みんな自由にやってきてるんですから。
それが総管理、もう全部管理するような抑圧的なね、暴力と暴言によって抑圧されるような学校環境っていうものがですね、
問題が大きくなるほどどんどんエスカレートしていって、どんどん抑圧的な空間に学校が変わっていったような時代でもあるんですけれども、
その辺考えるとですね、やっぱりどこに行っても閉塞感っていうものがものすごくあるわけですよ。
そんな中でですね、子供たちがわからない、大人から見たときに子供たちが別の生き物に見えるみたいな、
今の子供たちが何考えてるかわからない、若者の考えることなんてわからないみたいなふうに思い始めてしまった時期もここなんじゃないのかなっていうふうに思ってるんですね。
っていうふうに考えると、この作品って結構素敵なことをやっていて、それは一体何かっていうと、
大人たちにとって自分たちの心のふるさとである学校像としての木造校舎に、今の子供たちを迷い込ませるっていう。
これはその舞台の中で今の子供たちが冒険することによって、大人たちは今の子供たちに感情移入するわけですよ。
なぜなら、なぜそれができるかっていうと、舞台が木造校舎なわけですよ。
ああそうそう、こうなってた、こうなってたみたいなところで、いつの間にか童子に帰ると。
その童子に帰った時にそこで活躍している子供たちに自分を重ねてしまうわけだ。
っていうふうになると、あら不思議って感じですよね。
その大人と子供との間に引かれていた線っていうものが、いつの間にかポーンとこう超えられてしまって、
なんかこう同じ目線で会談を楽しんでいくみたいな、そんな構図が生まれるんじゃないのかと。
さらにそこで展開されるのは、本当に純真な子供たちのですね、等身大のしょうもない喧嘩とか、
あるいはちょっと甘酸っぱい恋とか、そういうさ、
あの頃の子供なりの真剣さみたいなものが、一応展開として描かれていくわけですよね。
33:01
それに触れることによって、一つですね、その閉塞した社会の中で、
まあ世の中どんどん良くなくなっているんじゃないのかっていう社会不安の中に自分身を置いている大人たち、
そして自分一人の力じゃそんなことに何も変えられるわけないっていう無力感みたいなものに、
ずっとこう、なんていうかな、晒され続けている大人たちが、
まあこのジュブナイル映画の中でですね、木造校舎を入り口にして子供たちと目線を揃えることによって、
まあなんかちょっとしたカタルシスというか、カタルシスじゃないな、ちょっとしたこう開放感みたいなものを抱いてですね、
ちょっと心現れたんじゃないのかな、みたいな、そんな思いを抱いたんですよね。
なんかそういうふうに考えていくとですね、結構じゃあ大人たちが子供の中にこうさ入っていくんだとしたら、
じゃあ作品の中の大人たちはどう描かれているのかっていうのがやっぱり気になってくるわけですよ。
そうですね。
そうするとね、やっぱりね、大人ってね、掃除でね、かやの外なんですよね。
確かにね。
そう、本当にいないって言ってもいいぐらい、第1作においても大人たち一応いるんだけど、
あくまで子供たちが主役で、大人たちっていうのは本当にこう、まあ言うなれば無力ですよね。
で、第1作の中で一応頼りになったのは、担任の先生みたいな人なんだけれども、
彼は学校の先生は別にもう辞めるみたいな、別になんかこう、やる気がないわけでもないんだけれども、
別にそこにものすごい情熱を持っているわけでもなく、なんかフラリフラリとしているような、
そんな担任教師みたいな感じで、まあ頼りない存在として描かれているわけだけれども、
彼が子供たちと一緒に冒険していく中でですね、徐々に頼れる男へと成長していくわけだ。
あれはもうなんてことなくですね、子供として描かれてるんですよ。
そうですよね。
そう、あれはもう大人じゃない、つまり大人になりきれてない、あくまでね、子供のような大人、
いわゆるアダルトチルドレン的な感じで描かれていて、
だからそういう視点で言うと、あの作品にはやっぱり大人ってほぼいないんですよね。
で、その展開というか、その傾向が2になったらものすごい強まって、
マジで大人いないって感じになってくるんですよね。
で、唯一頼れるのが、あの泥棒っていう存在なわけですよ。
1と2の役者さん一緒だよね。
一緒です。一緒だけど、一緒だけど関係ないです。
関係ない。
関係ないです、はい。
で、その泥棒、なんで泥棒なのかなっていうふうに僕もいろいろ考えたんですけど、
やっぱりこう、いわゆる大人っていうものを持ち込みたくなかったんだろうなと思って。
だから本当にこうさ、発言力があって子供たちをまとめ上げてみたいな存在を入れてしまうと、
36:01
結局本当に自由な子供の気持ちで見ることができなくなってしまう。
大人ってやっぱり大人の世界で生きてるから、大人を見たくないんだよね。
そうっていうふうに考えると、第2作目においてその泥棒っていうものが一応キーパーソンとしてね、
唯一の物語にちゃんと影響を与える大人として扱われたのは、
その社会から妻弾かれていて、何の責任も持たない、
いわゆるなんていうのかな、大人の世界で生きられない大人なわけだから、
そこに大人を見なくて済むんですよ。
なるほど。
っていうふうに考えると、やっぱり第2作目においても大人は不在なんだなっていうふうに感じるわけですよね。
第3作はやっぱり監督が違うので、ちょっとやっぱり描き方が違ったなっていうふうには思いました。
いわゆる就職氷河期が本格化するような時代でですね、
証券会社が倒産したりだとか、そういったことが起きたような時代らしいです。
何より坂木原生徒の事件みたいなものも起きたりして、
非常にですね、人間が人間として生育していくことって、
つまりどういうことなのかみたいなものにみんなが不安を抱き始めたようなところだったりするのかもしれないですね。
若年層の暴力化みたいなものがものすごく言われた時代でもあって、
その辺も結局印象に過ぎないんだけれども、実際のところ犯罪率は下がってるからね。
でも一方で、そういう象徴的な事件が多発したことによって、
みんなが若者って怖いみたいなふうな気持ちをより強化していった時代に出されたこの第3作目なんですけれども。
3作目はですね、大人が結構活躍するんですよね。
そうだね。先生が戦う。
谷野先生がすごい頑張るんですけど、
しかも谷野先生が結構、運命に身を任せるなみたいなことを言い始めるんですね。
ちゃんと教師やってるんだよね。
運命じゃなくて、自分で切り開いていくんだよみたいなことを言い始めるんですけど、
これが結構すごい、大きくやっぱり描かれ方が変わったなっていう。
監督が変わったから当たり前なんだけど、そういう感じたところで。
1も2もどっちかっていうと、いわゆる運命の中で抗えないからこそ創作の中で自由になりたい大人っていうものが描かれてた気がするね。
そういう大人のために描かれた作品だと思ったんだけど。
3作目ではむしろ、社会、世の中の変容ってどうしようもないからもう傍観するしかないよねっていうふうな、
いわゆる社会に対する無力感みたいなものに対して、通列に批判してくるんだよね、担任教師が。
耳が痛いんですけど。
でもそれをやって何がしたかったのかなっていうふうに思ったときに、
3作目においてはものすごく強調されて描かれる怪異がいて、のっぺら坊なんですよね。
39:01
のっぺら坊なんか別にそんなに怖い怪異でもないなっていうふうに思ってるんだけど、やたらと登場回数が多くて。
これ一体何なんだろうなと思いながら見てたら、顔をよこせみたいなことを言いながら襲ってくるという。
あの辺はすごく多分監督はどうしてもやりたくてあれを入れたんだろうなって僕はなんとなく思いまして、
いずれも出てくるのっぺら坊が全員大人なんですよ。
子供ののっぺら坊出てこないですよね。全員大人なんです。
子供たちから見たときに自分たちを庇護してくれるはずの保護者である両親。
そして世の中の秩序を守るおまわりさんっていう、いずれも社会を管理する者たちなんですね。
子供たちによっての社会という家庭というのは子供たちにとっての社会なんですよ。
その管轄、その統括者である両親、そして社会全体の統括者というか監視者あるいは統治というか、
秩序を守るおまわりっていうものが両方とものっぺら坊になって顔をよこせって言ってくるっていうのは、
非常にメタファーが効いてるんじゃないのかなというふうに思うんですね。
じゃあ一体どんなメタファーなのかって言ったら、やっぱり確立化された大人像っていうものを僕はそこに感じるわけですよ。
いわゆるそこに孤難というものがなくて、ただやっぱりこうでなくてはならない、こうあるべきだみたいな、
いわゆるその社会の中での通説みたいなもの、あるいは規律規則みたいなものに縛られて、
全くもって本質を見ようとしなくなってしまった大人っていうものをそこに描いたんじゃないのかと。
だとすると、この3の中で子供たちが抱いている居場所の無さみたいなものも、
言うならば本当に自分を見てくれていないんじゃないのかみたいな、あくまでいろんなものに照らし合わせて自分を見てるだけなんじゃないのか、
みたいなそういう落ち着かなさっていうものがあそこに現れてるんじゃないのかなみたいなことも感じまして。
って考えると3はどっちかっていうと、やっぱり監督が変わったこともあって、むしろ大人たちに対して結構強いメッセージを送ってる気がして、
このままじゃあかんよねと、もう君たちがちゃんと世の中変えていかないと子供たちに示しはつかないよと。
運命は自分たちで切り開きなさいっていうのは、担任教師から子供に言われる言葉なんだけれども、それはそのまま大人に返ってくる言葉でもあるんだよね。
今まさに社会を支えてるのは自分たちなんだから、自分たちがこの社会変えていかないと子供たちに示しはつかないでしょと。
あんたらこのままただ言われたことをやり続けてんのと、それじゃあなたたちのっぺら棒になるだけじゃんじゃないのっていう。
個性も失って、顔を失っていくわけだよと。
それじゃ子供たち、あなたのところにいたいなんて思わないよねっていうふうな、そんな強いメッセージを3においては大人たちにぶつけてるんじゃないかと。
共通しているのはいずれもやっぱり大人たちをしっかりターゲットにしているっていうことなんじゃないかなっていうふうに思うんですね。
42:00
そして4作目なんですよ。
ここなんですけど、難しいですね。
あのね、4作目を今回ね、入れるべきか入れないべきかをね、僕かなり迷ってて。
それはね、すっごい思うの。
同じ名前の別のシリーズ作品です、これは。
そうですね、それは本当にそう思いました。
でもまあ、1,2,3は、いわゆる学校の階段シリーズ、文庫の学校の階段シリーズのヒットを受けて作られたものなんですけれども。
4に関しては、まあちょっとこう3で工業収入が落ちたっていうものもあって、
まあ、なんかしなきゃいけない、てこ入れしなきゃいけないっていう意識を働いての制作だったことは確かだと思うんですね。
で、その上でまあ、第4作目が公開されていく、制作公開されていくんだけれども、
やっぱり明らかにガラリと変わっていて、
ここまでですね、一応こう結構コンスタントに出てきたですね、花子さんとテケテケが出てこないですね。
そうなんだよね。
ここはめちゃくちゃ大きく転換したところで、1,2,3では全くストーリーに本質的に何の関わりも持たない、
ただのマスコットキャラクターとしての花子さんとテケテケっていうのが出てくるんですよ。
で、こいつらはマジでストーリーに対して重要な役割を一切持っていなくて、
花子さんはなんとなく微笑んでる感じの笑い声とカットが出てくるぐらいで、
でって言うみたいな。
しかもラストの方にワンカット挟んで、こいつが全てを握っていると匂わせて、次も何も出てこなくて、
で、最後にまた匂わされて、次こそと思ったら何も出てこなくて、
みたいな。
4になって、ついに出てこなくなったという。
出てこなくなったという。
だからもう4に関してはいよいよですね、本当にコンテンツで物を語ろうというふうにしてるんですよね。
いわゆる側の部分はもうどうでもいいと、真剣に作品を作ろうと。
学校の階段とは言いますけれども、単純にですね、一つの作品を作ったのが4なんですよね。
ただの階段です。
そうです。
ただこれが思った以上にしっかりしていて、それ故に夏休みジブライル映画としてはあまり機能しなかったのかもしれない。
いやそうなんだよね。
そう。だからもう4はいよいよ大人向けになっちゃってるんだよ、本当に。
唯一ガチ目のホラー。
ガチ目のホラーで、しかもガチ目に普通に楽しかったのよ。
だから4のおかげで僕は救われたんですね。
1,2,3は結構しんどかったんですけど、4で変わったなと、これは。
45:02
っていうふうに思って見ていくと、しっかり怖いけど、しっかり楽しめるというか。
本当にですね、亡くなった者たちと残された者たちの思いっていうものが、どういうふうに人と人との絆を支えるのか、
あるいはそれを通してどのような痛みだったり苦しみがあるのかみたいなことをですね、
結構真正面から描いた作品で、割としっかり楽しいんですよね。
ただ、ただですね、この作品は地上波放送ができないですね。
え、そうなの?
オープニングで大津波が襲ってくるので。
あー、そう。
ちょっともう東日本大震災以降の日本では、地上波放送がちょっと厳しい作品になってしまっているので、
というふうに考えるとですね、本当に作品シリーズを通してね、大人目線で言ったら一番出来のいいやつが放送できないという残念な状況ではありますけれども。
あれ、スズメの涙ってさ、地上波で出たっけ?
一応流しましたけどね。
スズメの涙できるんだったらさ。
ちなみにスズメのとじまりね。
あ、とじまり。
スズメの涙は俺の給料袋ね。
やめてください、ほんとに。
スズメのとじまりもね、一応手紙をしたそうですよね。
残されたものたちみたいな災害。
でもね、全然そこらへんは捉え方次第なところがあるかもしれないので。
ただ少なくともサブスクではね、自分で選んだ人しか見れないわけですから全然見れますし。
ぜひちょっとフォーは見ていただきたいなと思いますけど。
フォーに関しては、ちょっと難しいんですけど、
もう単純にですね、ドラマなんで、大人と子どもがどうこうじゃなくて、
もう真剣に大人向けに作っちゃったから。
メタファーがどうとかっていうか、もうほんとに土直球で、
人と人みたいなものを描いたんじゃないのかなっていう気がしますね。
なんかね、あれを当時見に行った小学生たちはね、がっかりしたんじゃないかなと思うんだよね。
そうね。
1,2,3なんて結構さ、毎年夏休みの時期になるとさ、
毎年毎年金曜ローショーとかってやったじゃないですか。
で、あのテンションを想像して、フォー出るんだって!マジかよ!って言って、
行こうぜ!俺も行く!みたいな感じで行って、
あれ出されたら、もうはぁーってなりますよ。
そうね。
てか普通に今までより怖いしね。
48:03
多分マジで、このシーンがすげえ怖かった。
あれダメだね。
あれはね。
写真の女の子が、ちょっと目離したときにこっちを指さしてるっていう。
あとあの階段を降りて行ったときの、「だれだれちゃん見ーけ!」ってやつもクソ怖かったですね。
怖かった怖かった。
超笑顔なのにクソ怖い。
いや恐ろしいよ。
あれはダメですよ。
うん。
真剣に怖い。
ただね、あこまで真剣に怖い映画作るんだったら、
1個マジでね、本当にいらないと思ってるのが、謎の海の神様。
謎の海の神様?
なんかさ、クリオネみたいなさ、クラゲみたいなフラフラフラの。
あーなんかフワフワ飛んでたね。
あれいらなくない?
確かに。
そこまでさ、ガチ路線でずっと行ってんのにさ、あれだけちょっとファンタジー入れちゃってんだよ。
そうね、急に出てきたね。急に出てきたし何にも関係なかったね。
そう。あれね、本当にいらない。
あれはね、なんだろうな、そういう撮影技術見せたかったのかな。
あー。
ね。
なんならその、見つけにくくて困っちゃった?だったら、あの人形が動いて助けてくれるや、それでよかったな。
そうね、そうね、本当にそう思う。あの人形をキーとしてしっかり使えばよかったね。
全然、そこまでにも散々活躍してるわけですから。
あの人形に手伝ってもらえばいいじゃないですかっていう。
技、技。
技挟み込んだけど。
あれは、海の神様だよ。
なんでお前知ってんねんみたいなさ。
おっさんね。
おっさん。
文房屋さんね。
でも文房屋さん、あれですからね。
アカシア三馬の師匠ですからね。
え、そうなんすか?
そうですよ。
小福亭松之助ですよ、あれ。
名前聞かれても絶対わかんないんだけど。
芸人さんですよ。
芸人さんなんじゃない?
芸人さんなんですよね。
アカシア三馬の師匠って言っても、三馬は途中で女と逃げてるんで、なんとも言えないんですけれども。
三馬の師匠に対してはさ、あんまり喋んないね。
まあ、講座では喋るんじゃないですか。
なるほどね。
ちゃんとオンオフがはっきりしてるタイプの人なのかもしれないですね。
俺あの好きでしたよ、指がほどけてっちゃう時のこの。
お手でこうやってうねうねする。
俺ね、あのシーンもマジでいらないと思った。
あれちょっと芸人魂がちょっと。
芸人魂さんのたうち回ってるけどさ、そこ長尺のやるところじゃないっていう。
最初にふわーって聞いてうわーってなって、そこで終わりでよかったのに。
やたら驚いてオーバーリアクションする芸人さんを出したいっていうその気持ちだけどね。
そうね。ところどころそういうのはありますけど。
51:03
まあやっぱ小学生向けなんでちょっとオーバーなリアクションで子供を笑わせようと思ったのかもしれないんだけれども、
恐怖描写がどうすぎてるのであの程度じゃかまわされません。
そうですね。
僕もね、この1,2,3,4で4が僕が一番好きなんですけど、
いくつか差したい点がちょっとあって。
いいですね。
ちょっと文句言っていいですか。
どうぞどうぞ。
1,2,3において妖怪とか幽霊とかその手の連中が理不尽なことをするのは納得できるんですよ。
だってやつら理不尽な世界っていうところで存在してる妖怪だから。
そうね。
4においてはさ、まだまだ遊び足りない子供たちのちょっとしたいたずらっていう話だったじゃない。
電車使ってさらうとかさ。
子供のいたずらじゃないのよ、レベルが。
まあ言い出したのも1人目も海に引きずり込むだったね。
そうそうそうそう。
ガチめに。
ガチめにさ、なんかもうさ、ガチめのホラーだから1人目の落ち方みたいなのを、
おーやるやんみたいな感じでちょっと怖かったなと思うんだけど、
2人目の電車で、電車が通った瞬間いなくなった。
えーなんだこれは。
だったら、で、パッて見たら電車がいなかった。
もう消えてるみたいな。
でもそこには自転車だけが倒れてるみたいな。
カラカラカラみたいな感じでね、ちょっとね、タイヤが空回りしたりとか。
そこで終わりでよかったんだけど、あの後の無駄な電車の一番後部座席の、しかも車掌室の中に、
幽霊と2人でこういて、3人か、3人でいて。
2人の幽霊が、あのさらわれた男の子とカタグラマをして、
あの満面の笑みでバイバーイつって手を振ってるみたいな。
そして海の中に聞いて、あのカットいらん。
あそこまでガチでずっとホラー路線ホラー路線って言ってたから、
ちょっとその、なんだろう、脱却するならちゃんと脱却しろよみたいな。
まあそうね。ちょっとネタに走ったところあるのかもわかんないですけど。
いやでもね、4はいいですよ、それもまた。
それもまたよかった。
それもまたいいですよ。
そういうところちょっと気に抜いてくれないと大人でもわりと怖いんで。
僕はね、草したいのは3ですね。
3ですか?
3のポスター知ってますか?
ちょっと調べてください。
ウヒヒヒヒヒのやつ?
それはもう第一作ですよね。
第一作か。
煽りがね、書いてあるんですよ。
ウヒヒヒヒの右ですね。
はい。
えっとどれのことだ?
3番目が一番怖い。
一番怖くねえよっていう。
54:02
3番目そうだね。
まあね、3番目のトイレっていうことさ、はなこさんのお話にかけてですね。
3番目が一番怖いっていうキャッチコピーがついてるんですけど。
一番怖くなかったね。
3番目。
ただ一番殺意は高かった。
殺意は高かったか。
だってガチモンの刃物だったってさ。
そうだね。のっぺら棒がガチモンの刃物で襲ってくるもんね。
そうそう。今まではこうさ、うーって。
熊ひげさん以外はさ。
熊ひげさんはね、ちょっとガチだったけど。
ガチだったけど、それ以外はそんなガチじゃないじゃん。
言うて。
だけど3はことごとく結構殺しに来てるじゃん。
それはそうだ。
そうすると、まあそういう意味で怖いかもしれない。
殺意は一番ある。
でもちょっとね、3番目はね、ちょっとなんかやっぱりね、違ったなーっていうふうに思っちゃうんだよね。
なんだろうな。
なんか意外に迷い込んでしまうみたいな。
そういういわゆる都市伝説にありがちな舞台説で、上手にやってるんだけど、
1,2で見てきたものとはやっぱり完全に異質なものだったなというふうに。
そうね。やっぱり金子さんだったじゃん。
やっぱり特撮集がするんだよね。
そうね。
特にすごいなんかもうね、冷めた小道具が、鏡。
鏡ね。もうね。
どう見てもショッカーの家に置いてあるだろうみたいなさ。
あれはね、ちょっとね、いやショッカーの家じゃなくてサービスエリアに置いてあるよ。
サービスエリアのお土産に置いてあるって。
あるねー。絶対あるねー。あのチェーンでついてるやつだ。
チェーンついてるやつ。ドラゴンのね、鏡ね。
いらんのよ。
普通の鏡でよかったな。
いらんのよ。もうほんとにもうなんでもなんてことない普通の鏡が一番いいのよ。
そう。
だって小学校にあるもん、そういうの。
うん。
あの鏡もひょっとしてって思えないと。
あんなもんねーから。
なんなら、その、何年寄贈みたいなの書いてあるじゃん。
いいね。
で、その何年が。
大地の年だみたいな。
大地の年なんだよ。
それでいいだよ。
そうだ、それでいいだよ。
そういうのなのよ結局。
そういうのなんかもうかすれて見えなくなってるんだよ。ほこりとかかぶってね。
そうそうそうそう。
で、拭いていくとさ、寄贈なんだよ。え?まさか?みたいな。
それでいいよね。
てかそれがいいの。
そういうのがいいね。
そういうのがね、やっぱちょっと余計な装飾でしたね、あれはね。
余計だったねー。
余計で言ったら、オープニングの美術教師とのワンショットも全然いらなかったしね。
本当にいらなかったね。
あれだから、ワン・ツーで出てきたあの俳優さんをどうしても入れたかったんじゃないでしょうかね。
57:04
そう、確かにね。
ただそれもカメオ出演としてのワンシーンでしかないみたいな感じでしたけど。
まさかの大人がちょっと嬉しいっていうだけですね。
そうですね。やっぱスリーはちょっとなんかピンとこなかったんだよなー。
スリーが一番面白くなかったなー。
うん、正直ね。正直そう思ってしまった。
え、じゃあちなみにですけど、
僕はもう言いたいこと終わっちゃったんで、この後大間の論に入ってくるんですけど、その前に。
はいはい。
もう忌憚なくですね、この4作に順位つけるとしたら、どの順番になりますか。
えー、4、1、2、3かな。
あーなるほど。
僕は4、1、3、2です。
それでも2がやっぱ一番つまんなかったんじゃないかなって俺ちょっと思っちゃって。
なんか、なんだろうな。
ちょっとワンが当たったから、ふざけてんなっていう。
もうなんか、あのー、北郎の…
北郎の…
北郎の…
北郎の…
北郎の…
北郎の…
北郎の…
北郎の…
北郎の…
北郎の…
あのー、北郎…北郎ってあの俳優さんのね。
北郎の人面剣とかさ。
うんうんうんうん。
あと校長先生あのロクロクビもそうだけどさ。
うん。
まあちょっと、ふざけてるよねっていう。
まあなんかこのー、川を楽しく作ろうぜっていうのに傾倒したよね。
そうだね。
なんかこう、とりあえず大物俳優で遊ぼうみたいな。
そんな感じのテンションもあり。
校長先生はね、マジでロクロクビじゃない方が良かったと。
良かったねー。
普通に時計返してってずっと追いかけてくる方がよっぽど良かった。
あとね、その都会と地方っていう2つを対比的に描こうとしてるんだけど、それがただの設定で最後まで終わった気がして。
確かにね。
で、都会の子供たちと地方の子供たちっていうこの2つの子供たちっていうものが、一体どう作品の中で価格反応を起こしていくのかみたいな。
あれはそれを通して、まあいわゆる加速化していく地方とですね、都会の中で遊び場も少ないような子供たちとの背景っていうものがうまく機能してですね、何かしらちょっと絆が深まっていくようなイベントがあったりとか。
なんかあるんかなと思ったんやけど、別にこの地方とか都会の設定いらなくね?みたいな気持ちにどうしてもなっちゃって。
1:00:07
最終場面の電車のシーンのためだけにそれやったのちゃうかみたいな気持ちにどうしてもなってしまうっていう。
そうねー。でも僕2でちょっと好きなところが。
木に登っちゃうぞ。嫌いになっちゃうぞ。餃子焼いちゃうぞ。
千と千尋の某にしか聞こえなくてね。
こっちが詐欺だから。
あの子はたぶんもうイラッとして僕だったらたぶんはたいてるなと思うけど。
かわいいじゃん。
僕はそれよりもね、爺と婆がすごい好きなんですよ。
爺と婆はね。
僕、学校の階段シリーズで唯一覚えてたセリフが2のラストなんですよ。
なんでお前行かないんだよ。あれがあんたの孫だよ。
このセリフがすっごいなんか印象に残ってて。
そうなんだ。
なんでか知らないけどね。だからそれですごく印象深かったっていうのと、
改めて見直したときに、いやー、こういうパートナーとの余生過ごしたいよねって思った。
いや、余生もない。もう死んでんねんって。死んでんのよ。
いやでも、死んでまでもあんなにこう仲良しじゃん。
まあそうね。
いいなーって単純にほっこりしちゃうんだよね。
まあまあいい感じでしたね、確かにね。いい感じではあったと思いますけど。
そこのプラス点がでかいからね、3よりちょっと超えてくるって感じですね。
じゃあ、僕が改めて見直して一番心に残ったのは、
第1作、学校の階段で、実は死んでたっていうヒロインを演じた岡本彩さんがすごい可愛いっていう。
あれ有名な人なんですか?
めちゃくちゃ有名っすよ。
その後ですね、連続テレビドラマ小説のオードリーっていうのに出てて。
で、あとは、今会いに行きますとかにも出てますね。
あとメトロに乗ってとかも出てましたけど。
ただですね、2007年に芸能活動をやめちゃって、
もう今や連絡が取れないらしいですね、全く。
そうなんですね。
1:03:00
2014年から映像コンテンツ権利処理機構に連絡の取れない権利者として掲載されているということで。
だからもう本当に連絡取れないから再放送とかできないですね、岡本彩さん出てるやつ。
あ、そうなんだ。
もう女優として引き出すものがなくなってしまったみたいな感じですね。
あんまり知ってる作品ないっすもんね。
そうですか。
はい。学校の会談ぐらいですね。
いやー、お綺麗な方でしたよ。結構好きでしたね、彼女の笑顔が。
金髪先生も出てるんですね。
まあやっぱ子役として売れてたんじゃないですか?
なるほどね。
でもうちをNHKの連続ドラマに主演するっていうのは一応デカいですから、キャリアとしては。
だってめちゃめちゃドラマの数出てますよ。
スタートリング、アドベンチャーズ、空想3、大冒険、教皇役。
よくわかんない。
じゃあ僕のほういいですか?
お願いします、じゃあ。
これね、ちょっとびっくりしたんですけど、まこちゃんがとうとうと語ってくれたコマたち。
すべて僕も同じものを取り上げて、全く別の説を備えてたんですよ。
いいですね。
まこちゃんはたぶんこれを見る大人の視点で、学校の階段を紐解いていったと思うんですけど、
僕はもう子供の視点に戻りまして、この映画をちょっと読み解きました。
ただ4は省きます。
4は別作品なので。
別作品ですからね。
あくまで学校の1,2,3のほうですね。
1,2,3。真相真理のAV説。
1,2,3。真相真理の…
AV説。
AV。
オーディオビジュアルですか?
アダルトビデオです。
どういうことやねん、まじで。
ちょっとここ切り取られるとすごく怖いので、
経験のあるリスナーの方はまた大間の変なことを言い始めたぞっていうところから聞いてくれると思うんですけども、
ここから僕のことを知ってくれた人に関しては、
今回でこういうAVっていうのを僕は何が言いたかったかっていうのは、
僕らが普段いつも見てるAV、いわゆるアダルトビデオっていう性描写があったとか、
1:06:04
児童を性的に見ているとか、そういうことではないです。
大事なことですか?
そこの目線で言われると大変なことになるんですよ。
あくまで小学生の真相真理としての性の意識であるということであって、
大人目線の大人が見るアダルトビデオとはまた全く別物のことを話そうっていうことを、
強く強く先に言ってから。
そうですね。これ大事なことですから。
大事なことです。なのでちょっと言っておこうと。
うち健全な番組ですから。
健全な番組なので。
私が性を取り上げるときは、社会学的な視点や心理学的な視点から語ることが多いので、
あくまでそういう切り口だということを確認した上でお願いします。
これを聞いておおっと思ったロリコンとかペドフィリアンの方に関しては、
ブラウザーバックしていただいて構いません。
このホラー映画は95年から99年の学校の怪談シリーズなんですけども、
1、2まではかなりヒットしたっていう、さっきまこちゃんの話があって、
3からちょっと下がっていったっていうところもあるんですけども、
このホラーっていうものが、その怖さとして描かれている者たちっていうのが、
子どもにとって何だったんだろうって、何のメタファーとして捉えられたのかなっていうところが、
僕すごくちょっと気になったところだったんですね。
で、結論から言ってしまうと、その正体っていうのがこの性、
この性っていうのは、いわゆる性交渉としての性っていうよりかは、
性別の性であったりとか、差がという意味での性だったりとかっていう意味での性ですね。
その性の予感だったりとか、身体とか心の変化っていうことに対する、
違和感のスタートっていうことがあって、
そういう身体的心理的変化っていうのが、しばしば子どもたちの間では、
この快不快が区別できない、もやもや感として捉えられることが結構多いんですね。
だから、今回のホラーで怖いなっていう感情として見てた者たちっていうのが、
自分の身体、心理におけるそのもやもや感のメタファーになってたんではないかと、
いうところが今回の僕の説です。
ホラーと性っていうのが、いろんなところでね、
心理学的にも結構結びつくっていうものがあって、
フロイトなんかは、リビドーの欲圧と快とか不快の転倒、恐怖みたいなところが、
欲望の欲圧されたものとか、真相心理の奥に深まっているものっていうものが
裏がった形っていうことで、リビドーとしての欲望が出てくるっていうような。
1:09:03
あとは、見ちゃいけないものとかいうところっていうのが、
この近畿を犯すことっていうことが、
怖いけれどもそれと同時な快感みたいなふうに言われていると。
で、そういうふうに見てみると、やっぱりこの、
まこちゃんもちょっと前に言ってたけども、
ホラー映画にセックスって欠かせないよねみたいなことを多分言ってたじゃない。
そうですね。
そう。っていうのも多分大人向けに作られたのですら、
生と死みたいなところの循環みたいなところを描くと同時に、
多分このフロイト的な思想みたいなところから、
生をちょっと描いているのかなと思ったんですよね。
で、子どもの心理と発達っていうところを事前知識として入れておくと、
エリクソンっていうと小学校高学年とか、あるいは中学年から高学年、
で、中学校に入ってのすぐぐらいっていうのがこの性別がどうなるかとか、
身体の変化があるとか、あるいは他者との違いみたいなところを意識し始める時期で、
でもそれっていうのは男性女性とかあるいはセックスっていう意味の性とかではなくて、
なんか違うぞ、なんか変だぞみたいな形の本当にちょっとした違和感みたいな形で
少しずつ出てくるよというところ。で、そういうのっていうのがどこで出てくるかっていうと、
やっぱり学校という公的な場。で、今回、学校は公的な場であるとともに、
夜っていう自分たちが行かない時間で、トイレとか保健室とか鏡とかっていうような、
自分が行かない時の学校の側面みたいなところが、ある意味、
自分の知らない自分の性の感情だったりとか心理だったりっていうところが、
舞台装置となっていくんじゃないかなっていうところ。
だから男女の身体的心理的揺らぎみたいな直面した少年少女たちの不安だったりとか、
その揺らぎみたいなところっていうところが、この無意識に揺さぶりをかけていったんじゃないかなと。
で、じゃあ、どの作品でどういうふうに描かれているのかっていうと、
まずトイレの花子さん。
はい。
結局、何としてもあんまりストーリーには全然絡んでこないんですけれども、
非常にこれが一番象徴的だなと思ったんですけれども、
排泄と周知が行われる場所っていうところがトイレじゃないですか。
だからやっぱり身体的な感覚の場所っていうところっていうのもメタファーになっているから、
そのトイレっていうのは、普通に排泄でいつも行く場所、不条な場としても捉えられるし、
1:12:02
あるいはその正気を出す場所だったりとか、あるいは男女で別れる場所みたいなところっていうところに、
花子さんっていう存在がいて、男子トイレでも女子トイレでも出てきちゃうぞみたいなところになると、
境界線があやふやになっていくみたいなことであったりとか、
あるいは理科室の人体模型ですね。これも完全に身体のメタファーですよね。
だから、体の中ってどうなってるんだっていうところの教育がなされ始めて、
その好奇心と、ある意味この嫌悪感的なところっていうのが同時に存在するっていうのが人体模型だし、
あと一例、これはやっぱすごいなと思ったのが、
主人公たちがすごい、誰もがちょっと良性的なんですよね。
男女というものをしっかり意識しないところからスタートしている。
物語が進んでいって後半になると、途端になんか色気づくんですよ。
好きって言っとけばよかったんだよなーみたいな。
言ってたじゃん。
でも、あの感覚って物語がスタートしたときに絶対なかった感覚だったんだけれども、
あの大冒険滑撃を繰り広げていく中で、自己同一がある意味なされていって、
自覚が出てきたからこそ、好きだとか異性っていう自分の性と違うものを見つけたぞ。
で、そこに近づいていきたいなっていう気持ちが生まれるみたいなことっていうのを、
すごい丁寧に描いてるなっていうところ。
で、2作目3作目でも、例えばその夫婦像だったりとか、
理想の夫婦像、おじいちゃんおばあちゃんたちっていうところが、
その性としての存在であるし、
あれは2作目で、鼻くすつけちゃいぞみたいなやつ。
うん、いたね。
混ざってる。混ざってる。
かわいい女の子と混ざっちゃってるからさ。
違う。読み間違えた。
あれは本当に初恋と性の目覚めみたいなところをどちょっくりと描いてるなっていう。
あとは正体不明の人形みたいなのが学校の中にいて、シャカシャカ様みたいな。
あれは3か。
3だね、シャカシャカ。
2と3でちょっとメモする場所が間違えたけれども、
そういう初恋とか夫婦像みたいなのを、結構どちょっくりと描いてきたなっていうところもある。
で、3作目になると、もはやどちょっくりどころか、
あからさまになった初恋っていうものに対する描写であったりとか、
先生までも人間に振られたり妖怪に告白されたりっていうような、
性の意識みたいなのがすごいヒューみたいな形で見せられるわけですよね。
で、真相真理に訴えるものとしては、
1:15:02
裸体だったりとか水だったりとかっていうような、
性のメタファーとなり得るものがいっぱい出てくるし、
で、先ほど言ったノッペラボーなんですけども、
先ほどマコちゃんが言ってたノッペラボー。
これが大人がつまんない大人になって顔を失ってないかっていう話だと思うんですけども、
これ子供から見ると、この性に目覚めている大人たちがノッペラボーっていうことは、
性と顔っていうもの、性を得るとともに顔を失う。
だからその愛人危機の関係っていうものなんか喪失する不安みたいな、
そういうものが描かれてたんじゃないかなっていうように、
この各作品でちょっとこういう、
確かに小学校ぐらいの時のそのあやふやな、
男って何だろう、女って何だろうとかっていうところであったりとか、
自分と違う人がいるんだっていうところの発見みたいなところが、
少しずつ丁寧に描かれているなと。
で、全シリーズで出てくる赤い服の少女、
たぶん花子さんだと思うんですけども、
あれはもう言葉を発さずに、ただただポンって出てきて、
言葉を発さずっていうか、ぼやいではいますけど、
うふふとかなんとかかんとかだったねみたいなことはちょっとちらっと言ってはいるけれども、
あんまり他の幽霊と全然違って、
侵害することを絶対しない、ただの傍観者であるっていうところ。
だからあれが、メタ思考としての自分の役割になってるんじゃないかなと。
だからこういう冒険活劇でわちゃわちゃ動いているのを見ている自分を、
あっここに描かれているのかもしれない、何度も。
だからその見ている存在と見られている存在っていうことをはっきり分かれることで、
自分の中の意識している性っていうものと、
まだまだ真相真理の中に留まっている性っていうところが、
あっこれはっきり対極で描かれているなっていう気がしたんですね。
だから、学校と会談シリーズって、
結局、これ今まで僕がここまで語ってきた内容って、
監督がそういうふうな描き方をしたくてしたっていうわけでは絶対にないと思うんですよ。
多分、空港は絶対言えると思うんだけども、監督は全然意識してないと思うんだけど、
ただ小学生たちにこれを見たときに、
もしかしたらこういう真相真理に働きかける可能性はあるよねっていうところの可能性の一端なんですね。
だから90年代の後半の子どもたちっていうところが、
小学生から中学生にだんだん年を重ねていくときに、
1:18:01
まだ言葉にできなかったもごやもや感だったりとか、
身体とか生段とか、アイデンティティの揺らぎみたいなところっていうのが、
いろんなホラーとして体験させていって、
こういうように統合していくんだね。
最後には結局大団円だったりとか、
違いが見つけられたその性としての存在っていうところにたどり着いていく。
そういうところを見せられたことで、
すごくホラーとして怖かった面白かったっていうところ以上に、
そういう真相真理に働きかけていったからこそ、
もしかしたら僕ら成人した今でも、
心に残った作品の一つになってるんじゃないかなと思っていて、
だからこそこのシリーズっていうのが何となく怖いとかだけじゃなくて、
何か記憶残ってんだよねっていうような、
深いところに突き刺さっていったからこそ、
この映画っていうのが今の僕らに刺さってたんじゃないかな。
見直したらすげえつまんなかったんだけどね、正直。
でも少なくともね、記憶には残ってる。
少なくとも残るし、
なんで僕らがつまんないかっていうと、
もう僕らは既に目覚めてしまってるから、
ここで動かされることがないから、
ただの冒険活劇に見えてしまうと。
いうのが僕の暴論です。
なるほど。いや面白いですね。
でもまあ、少なからずあるんでしょうね。
そういう。
ジブラル映画はだいたいそうかもしれない。
なんか、ひと夏の冒険って必ずそういう、
何かしらの芽生えを意味する部分はあるよね。
うんうんうん。
だから子供が大人になるっていう。
そこで絶対さ、初恋とかさ、
あとなんか振られることみたいなところが絶対に描かれるじゃない。
菊次郎の夏だったか、なんかでもそんな感じのこともちらっと描かれるしさ、
近所のお姉ちゃんみたいなのにこうさ、はーってなったりとかさ。
結局それってそういう、
そのアイデンティティの統合だったりとか、
その精査の意識みたいなところから生まれてくる、
心理的な発達の一段階を越えていったよっていう話になってくるから、
学校の階段もやっぱり、
そういうような要素が非常にふんだんに入っていたんじゃないかなと思うんすよ。
なるほどねー。
うん。
4作目は?
4作目は、あのジジイのにっこり笑顔が怖かったねっていう映画です。
一番怖かったのは松之助のまんべんな笑みっていう。
これもう、僕とまこちゃんが共有した内容なんですけど。
ほんとやめてほしい。
そのコメントのせいで、俺あのシーン、笑いが止まらなくなっちゃったから。
文房具屋さんの笑顔が一番怖いですからね。
1:21:00
怖かったね。
まあ、やっぱりね、単純にシリーズでまとめたいけどまとめられないね、4作目はね。
4作目はたぶんね、無理ですね。
シスターズとワン・ツーを全部同じ目線で語っちゃいけないのと同じぐらいな感じだと思います。
ただ、本当に今回当初で言いたいのは、そうして見るのは、僕ら世代が限界な気がしますね、正直ね。
そうですね。
小学生時代とか、昔にチラリと見た記憶があるというか、
テケテケの下敷きを見たことがあるとか、そういうレベルの人たちが見る分にはいいのかもしれないけど、
全くの何も前知識も何もない状態で見て楽しめるかっていうと、ちょっと怪しい部分はあるかもしれないです。
そうですね。
4作目はいいかもしれないけど。
うん。4作目はアリかもしれないけど、逆にでも今、今、旧校舎が作られてる段階だと思うから、今、学校の階段作ったら面白いんじゃないですか。
今?
いや、だからその、いわゆる小学校の校舎っていうのもさ、どんどん今、新しくどんどんなってるじゃない。
だからコンクリートのタイル張りの廊下で、みたいな校舎っていうのが、だんだんなくなりつつあって、また空調が効いてたりとかっていうようなものがあると、
今、僕らが木造校舎からコンクリ校舎に移り変わったように、今の本当に小学生たち、もうちょっと後になるのかな、あと5年後ぐらいの小学生たちっていうのが、
昔こんな古いトイレだったんだよ、みたいな。和式便所なんか存在するのかよ、学校に、みたいな。
そういうのに移り変わってるとすると、今、学校の階段シリーズ1,2,3のテイストでやったら、なんか面白いんじゃない?
そうね。リブートできるかもしれないね。令和最新版。学校の階段。
たぶんそうであります。ただその場合、僕の論に照らし合わせると、慰められるのはやっぱり我々なんで。
やっぱりそこだと思うんですよね。たぶん世代間のギャップみたいなものをつきながら、むしろそこを飛び越えるような工夫をしていくというのが、
夏休み以外には必要なのかなという気がしますけど、もう1時間を優位に越えておりますので、今日のテーマに一応立ち戻りまして、
階段は誰のためのものなのかということで、怖い話とかね、怖い創作って一体誰のためにあるのかなっていうのを最後に一言でまとめて終わっていきたいなと思ってるんですけど、どうお考えですかね。
まあでも基本は僕は、ホラーとか階段っていうのは己のためだと思ってるんですよね。
1:24:00
僕はホラー全般的に今でもまだ苦手ではあるんですけれども、ホラーを見る人たちの気持ちはすごくわかって、たぶんね、自分が安全であるってことを再確認したいんですよ。
だからこの画面の向こう側の人たちはどんちゃんどんちゃん頑張ってやってるけど、私は今安全なところでポテチ食いながら見てるっていう、そのギャップ感を楽しみたいんじゃないかなと思うと、怖い話、ホラー映画、階段みたいなところはあくまで自分が今安全だという、そこの再確認。だから己のためですね。
僕もですね、そういう考えだったときは僕にもありました。
ほう。今は。
僕はしょっちゅうその話はしていて、ホラーって基本的には驚いた瞬間は心拍数がグワッと上がるんだけど、そのあと一気に安心するわけで、リラックスムードに落ち着くんですね、一瞬で。
その心拍数が落ち着いていく感じっていうのが、リラックスするときの気持ちよさと実は結構似ていて、そこに快感を実は得ているんじゃないかみたいなのは結構言われることなんですよ。
だから僕もそうだなっていうふうにすごい納得していたんですけど、今回学校の階段を見てみて思ったのは、いやそれ以外にも理由あるんじゃないかなみたいなことを考えまして。
僕らって結局いろんな鎧を纏うんですね、社会に出ていると。こうあらねばならないとかこうすべきみたいなものをいっぱい身につけるわけじゃないですか。
だからそういう何がしか身に纏っている理論武装みたいなものが邪魔をして、本質的に自分の感情に素直にリアクションをするだとか、本当に自分の欲求に忠実な回答を出すみたいなことってなかなかできないですよね。
ただやっぱりホラーって散々脅かしてくるし、散々怖がらせてくるわけじゃないですか。そのプロセスを通じて鎧を1枚ずつ剥がしてるんじゃないのかっていう気がして。
だからホラーで最後の方に展開される話ってどんなにチープでも何度だって心打たれてるような気がしちゃうんだよね。
それってやっぱり鎧が剥がされてるからなんじゃないかなっていうふうに思うんですよ。
だから実はホラー、怪談っていうものは誰のためのものかって言ったら、日頃社会の中で何か行き詰まったり、息苦しく感じているような大人のためにこそ怪談は機能するんじゃないのかという気がしました。
1:27:00
たぶんホラーを通して一番純粋に無邪気な心で最終的には見る形になるんじゃないのかという気がしております。
一個文句言っていいですか。
どうぞ。
この話さ、今のこの5分ぐらいの話。怪談シリーズの最後にやるべき話なんだよ。
真夏のホラー特集の最後にやるべき話。
最後に。
それはそう。それはそうですね。
今しゃべりながら、いやこれ今する話じゃねえなってすごい思っちゃう。
わかんないじゃん、学校の怪談って言っちゃってるんだからさ。そういうタイトルになっちゃうでしょやっぱり。すいませんね、なんか。
そんなわけでね、綺麗に終わった感じになりましたけど、いやまだまだね、一応真夏のホラー特集は続きますんで、ぜひお待ちくださいということで、よろしいですかね。
何か言い残したこととか、もしもあればお願いします。
僕この学校の怪談シリーズを見て、さらに今でもちょっと疑問に思ってることがあって、それちょっとリスナーさんと共有していきたいんですけど。
花子さんなんですけど、3番目のトイレって言うじゃないですか。
それって手前から?奥から?
趣味について語る。1時間ポケットに沼を。このポッドキャットでは、メインパースナックという箱べらがあるいる趣味にはまってしまう。
沼にぶることしまう。沼をゲストにメディアのスポーツからマイナーな食品に寄せるまでゆっくり語る。
だから僕は真ん中のトイレしか使いませんでした。
はい。
なるほどね。
これもう徹底してますから。3つの時は必ず真ん中。4つの時は必ず端っこって決めてました。
絶対に当たらない。
これいまだに解決できない遊びなんですよね。
正直ね、女の子だから男のトイレには出ねえだろうと思ったら、タローさんみたいなこと言い出しませんでしたか?
知らねえそうです。
知らないタローさん。
知らない知らない。
花子さんとは別に男子トイレに出ると言われているタローさん。
と調べれば出ると思いますけどね。
そんなわけでね、楽しくお話しさせていただきましてですね。
次回またホラーでっていうことを言いたいんですけど、
一応我々がやってる番組のリスナー投稿フォームがありまして、
その度1つ届きましたんで、紹介させていただいてもよろしいですかね。
はいはいお願いします。
ぷんちゃんさんから来てますね。
それはぷんちゃんまこさんじゃないよね。
1:30:01
違います。僕じゃないですよ。
本当にリスナーの人?
本当にリスナーの方から来ましたんで、ぷんちゃんさん。
ぷんちゃんさんありがとうございます。
テーマトークお題を選んでいただきまして、メッセージ本文です。
大間さん、まこさんこんにちは。
こんにちは。
たまたまXで流れてきたスラムダンクのノートが面白くて、
そこからポッドキャストにたどり着き、毎週聞くようになりました。
いつも楽しいコンテンツをありがとうございます。
どういたしまして。
リクエストしたい映画がありすぎるのですが、
ぜひ王道中の王道、バック・トゥ・ザ・フューチャーについてお二人の語りは聞きたいです。
お笑てんな。
いえいえ、怒んなよ。
楽しみにしてますということで。
ありがとうございます。
お笑みかもしってんじゃん。
笑いみたいなのってね、どういう笑いなのかつかめないっていうのは怖いですね。
端緒ばつけるなみたいな。
バック・トゥ・ザ・フューチャーは確かに語ってないですよね。
王道中も王道ですね。
まあ王道ですよね。
詳しく見てないな。
王道SFで言ったらターミネーターやらせていただいたんで。
そうですね。
ですよね。
ちょっと待って。
今ね、バック・トゥ・ザ・フューチャーって全部カタカナでつなげて調べたんですよ。
そしたら画像のとこにバック・トゥ・ザ・フューチャーのポスターが1,2,3,4って並んで、
その真ん中に岡田斗司夫の写真がなんか乗っかってね。
写真送るよこれ。
送ってくれよ。
もうクソみたいにおもしろいんだけど、この映画。
なんでやねん。
ちょっと待ってね。今映るね。
こっちで見せてよ、画面を。
俺だって今曲流してるからさ。見れないから。
画面共有。見れました?
これはひどいな。
これはちょっと笑っちゃうよね。
それはダメですね。僕のところにはそんなん出ないですよね。
とりあえずバック・トゥ・ザ・フューチャー語りますか、次回は。何で見れるんですか、今。
アマプラでもApple TVでも見れるらしいんだけど、今ちょっとアマプラ調べてみてますね。
課金ですかね。
課金システムなのか、Prime Windowsが開かないからもう一回再起動。
ただね、バック・トゥ・ザ・フューチャーは僕は語りたいことが多すぎますね。
まあでも楽しく語らせていただきましょうか。
1:33:01
ちゃんと腐すからね。
腐すと同時に僕はオカルトスとしても語っておかなきゃいけない側面があるんですよ。
楽しみですね。
これは陰謀論でよく言われる映画なんですよね。
そうなんですか?
そうなんですよ。バック・トゥ・ザ・フューチャーといえば陰謀論ですよ。
最高ですね。ようやくオープニングで陰謀を触れてますんで、
いよいよ陰謀がとうごの中に差し挟まれてくるということで。
ちなみに僕はバック・トゥ・ザ・フューチャーフリークの一人なので、
2015年にはちゃんとポケットの内側を外に垂らして歩いてましたから。
1、2はすぐに見れますね。3は課金です。
本当ですか。全然いいでしょう。
2、3はもう一気に見ないといけない作品なので、楽しみにしておきましょうということで。
ちなみにその後また真夏のホラー特集もう一回挟んでいきたいので、
ホラーは何を見るか一応決めておきますか。
あ、よかったよかった。びっくりした。
3がね、ぱっと見ちょっと吹き替え版しかなかったように見えたので、
ちょっと焦りましたっていう。
大丈夫でしたか?
大丈夫でした。ありました、ちゃんと。
なるほどです。
いやーでも楽しみだね。久しぶりに見るわ、これ。
本当に大学生のとき以来くらいかもしれない。
えーちょっと何見よっか、次回。ホラー。
ジジイ会か。
ジジイ会。ジジイ会次はまこちゃんの番よね。
そうですね。じゃあ、ハロウィン見たいです。
ハロウィン。
はい。もう一作だけでいいです。
78年の。
これですね、毎日ロット出てきた話のやつですね。
はい。
じゃあ、コナン。劇場版コナン。ハロウィンの花嫁。
違います。違います。
違いますか?
ちょっと待ってください。78年のハロウィンです。
ハロウィンとザ・ハロウィンってあるってこと?
ハロウィンのほうですね。
見れないんかな、ひょっとして。ちょっとなんか見れなさそう。ひょっとして。
2008年じゃないよね。
見れなさそうかな。
2018年じゃないですか?
違いますって。78年ですって。
じゃないですね。プライムビデオには少なくともないです。
ないんですか。じゃあちょっとね、お楽しみにということで。
1:36:01
ここで決められないんで。
とりあえず次回バックというフィーチャーが出てくると。
そうですね。そこだけ確定になりますので。
ぷんちゃんさん含めですね、リスナーの皆さんお楽しみにお待ちくださいということで。
じゃあもうちょっとエンディングテーマも終わっちゃうんで。終わりましょうか。
はい。
はい。ということでお聞きいただきましたのは、
リール・フレンズ・イン・東京真夏のホラー映画特集その2。
夏休み映画の傑作、学校の怪談シリーズ。
怪談は誰のためのものなのか?でした。
番組では皆様からのご感想をお待ちしております。
Xにてハッシュタグリルパルをつけてポストしてください。
なお、公式Xアカウントは頑張って探してください。
ひとつひとつフォローしてください。
簡単な投稿フォームを用意しておりますので、そちらにもご感想いただけると幸いです。
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本日のお相手は、まこと
ボーマでした。
それじゃ、またね。
またねー。
リール・フレンズ・イン・東京。
Movie lovers from around the world come together.
01:37:04

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