2025-12-27 1:30:19

#クリスマス 映画の定番?『#ジングルオールザウェイ』 失われた父性と新たな家族の形 A Christmas Movie Staple? Jingle All the Way: Lost Fatherhood and the Emergence of a New Family Model

“Put that cookie down. NOW!!”


ーーーーー


毎度どうも。映画談義パーソナリティのまこです。


今回取り上げるのは#クリスマス 企画ということで『#ジングルオールザウェイ』です。


あの筋肉もりもりマッチョマンの#アーノルドシュワルツェネッガー 主演というだけでドンピシャ世代にはたまらないホリデー映画。


おもちゃ争奪戦に飲み込まれる父親の行く末は!


また、そこから見えてくる90年台の家族像の実態とは!


お楽しみください。


ーーーーー


podcasterの まこ(@_macobana)が、メインチャンネル『ポケットに沼を』(⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#ポケ沼⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ )では語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組、『#よもやまこばなし 』(#まこばな )にて展開された映画談義がついに専門チャンネルに。

語りたい映画なんて尽きることない!

エピソードの公開は毎週or隔週となります。


ご感想は是非 ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#リルパル #ReelPalツイートをお願いします。

いただいたツイートは番組の中で取り上げることがあります。


公式noteもやってます。

https://note.com/mako_reel_pal/n/n17867575e9f5


テーマトーク投稿フォームはこちら↓

https://forms.gle/4PT2GBA7TY8vAoCx7


直接のメッセージを送る場合はこちらまで↓

⁠⁠yomoyamakobanashi@gmail.com⁠⁠


これからも番組をよろしくお願いします。


“Put that cookie down. NOW!!”

ーーーーー

Hello again. This is Mako, your film-discussion podcast host.

This time, as part of our Christmas special, we’re talking about Jingle All the Way.

Just the fact that it stars the muscle-bound macho man Arnold Schwarzenegger makes this a perfect holiday movie for anyone who grew up in that era.

What fate awaits a father who gets swept up in an all-out toy-buying war?

And what does this chaos reveal about the reality of family life in the 1990s?

Sit back and enjoy.

ーーーーー

Podcaster Mako (@_macobana) also runs the main channel “Pocket ni Numa wo” (#ポケ沼).
This program is a film-focused spinoff where movie discussions originally featured on “Yomoyama Kobanashi” (#まこばな)—a solo podcast where I talk about all the things I couldn’t quite cover on the main channel—are finally given their own dedicated space.

There’s no shortage of films I want to talk about.
New episodes are released weekly or biweekly.

Please share your thoughts on social media using
#リルパル #ReelPal
Some listener tweets may be featured on the show.

I also run an official note page:
https://note.com/mako_reel_pal/n/n17867575e9f5

You can submit topic requests here:
https://forms.gle/4PT2GBA7TY8vAoCx7

For direct messages, contact:
yomoyamakobanashi@gmail.com

Thank you for listening, and I look forward to having you with me again next time.

00:16
この番組は、話題の新作、放題の有名作、謎を聞き作から、グッドビーディー級映画まで、あるいるフィルムを倫理、宗教、歴史に運用、対応を出してみから切り曲げる映画専門チャンネルです。お相手は、パーソナリティーのマコとオキハイドロボーの劇対動画好き、オーマです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
オキハイドロボーの劇対動画。
最近ショート見てるとさ。見たことある?
ありますよ。ただなんか、最近結局AIが発展してきて、AIのフェイク系もありますけど、ガチな方ですか?
ガチな方ですね。
どんなのありますか?
僕が好きなやつは、ペイントボールか何か仕込んで、それを爆発させて、インクまみれになるっていうやつ。
なるほどね。
俺、特に車に入った瞬間爆発するやつが好きですね。
素晴らしいですね。
あれで一番面白いのが、オキハイドロボーをしてるの自分なのに、よく音声聞いてると、「お前こんなことして許さねえからな!今から警察呼ぶぞ!」みたいなことを、すげえ叫んでるんだよ。
そもそもお前っていう。
オキハイっていう文化が、コロナかポストコロナにかけて出来上がってきたわけじゃないですか。
でもあれって正直、治安がいいから成立する文化であって、大予想アメリカで大丈夫なわけないよねって正直思ってしまうね。
しかもすごく、申し訳ないけど動きの鈍そうな方々がさ、深くは言わないけれども、機敏な動きが難しそうな方々がよっこいしょって思っててさ、
車に乗り込もうとした瞬間パーンって言って、
警察呼ぶからだ!
そうね。
面白すぎんだろって。
でもね、アメリカのそういうのって背景は根深いみたいで。
そうなの?
貧困層ほど、安くカロリーをとれるものしか買えないから。
あーなるほどね。
炭水化物だったりスナックだったりっていうものが中心になっちゃうみたいで、結果として不健康になっていく。
03:07
不健康になったとって向こうは保険が国民解保険とかじゃないから、個々に入るわけじゃないですか。
しかも向こうはシステムが結構シビアで、病院によって使える保険の種類が違うから。
そうなの?
そうなのよ。
保険持ってるからといって、自分の家の近くの病院に行っても、
この保険はうち対象じゃないですって言われて全額請求されるっていう。
つら。
恐ろしい世界なんですよね。
だから虫歯になったら100万円以上飛ぶみたいな、そんな環境でサバイバルしてる人たちですから。
日本だとインプラントできんぞ。
そうなんだ。日本はね、本当にいい国です。
いい国ですね。
海外に夢を見るユートピア症候群のみなさん急げ目覚ませよと。
お前らの考える理想郷なんてねえよと。
少なくとも健康に生きたいんだったら、日本にいるべきだと思う。
そうなんですよね。
話をお気配に戻しますけど、
そんなわけで日本っていいねって話をしつつも、
日本でもお気配泥棒のニュースがあって、
こないだ見たのすごく面白かったのが、女子中学生かな?が報道されたみたいな。
報道じゃねえか。
捕まったというかね。
お気配泥棒だったんですけど、
何かいいものが入ってないかと思って盗んだと。
開けたら韓国の入れ、ハズレだと思ったので友達に配ったっていう。
教授として。
どこから突っ込めばいいんだこいつって。
人様のものを盗んで、ハズレだと思ったっていう発言も腹立つし。
それを平気で友達に配って別に何とも思ってないっていうこの怖さ。
すごいね。
恐ろしいですね。
やっぱ日本いい国じゃないかもしれない。
ちょっと怖くなってきましたね。
僕が子供の頃って、まだ地方コミュニティみたいなというか、
地域コミュニティがまだ機能してた節があって、
自宅が留守のときに荷物届いたら、隣の人に代わりに受け取ってもらうっていう文化なかった?
あった。
あったよね。
僕が幼少期におばあちゃんの家に行ったときに、
あ、醤油隣からもらってきてってあった?
あったよね、まだね。
あったあったあった。
どこから聞きつけてきたのか僕らが規制すると、
近所中の農家から差し入れが届くっていう謎のシステムがあったけどさ。
ちょうど僕の家の裏手がいちご農場だったんですよ。
いちご屋のおばちゃんって呼んでて、本名僕全く知らないんだけど、
06:03
いちご屋のおばちゃんが毎回毎回売り物に出せない、
大きくなりすぎちゃってるやつとか、形が悪いやつとかを、
いちご屋のおばちゃんが3箱ぐらい持ってきてくれるんだよ。
それを兄弟でバクバク食って、風呂で全部戻したことある?
クイーズ張ってる体でかいから緊張あるあるね。
食べすぎて吐くっていう。俺もしょっちゅうやりましたから。
俺それで一時期明太子食えなくなったもん。
生まれて初めて明太子食って、あまりの旨さにご飯6杯ぐらいおかわりして、
止まんねーって、おいしいってこんな牛も初めて食ったって夜中に全部吐き戻して。
そっからそれトラウマになって10年以上明太子食えなかったです。
地域コミュニティとかもそうだけど、親戚付き合いとかもすごい機能してて。
俺静岡帰ると、確かひぃばーちゃんが9人姉妹なんだよね。
それぞれの9人の姉妹のつながりがあるから、親戚回りってさ、
親戚の家を規制するために一軒一軒回っていくわけ。
一軒一軒ごとにお年玉とかもらえるわけよ。すごく嬉しいじゃん。
一つ一つのおばちゃんたちに会いに行くときにさ、
今日はどこどこのおばちゃんに会いに行くよみたいな。
なんとかのおばちゃんっていう名前なんだよ。
野口だと思ってたら町名だったんだよ。
野口のおばちゃんに会いに行くよって言われたから、俺野口さんだと思ってたの。
そしたら野口さんでもなんでもないわけ。
ずーっと野口さんだと思ってたら、町の名前が野口っていう。
結局俺いまだに親戚の名前一つも知らないんだよ。
うちもさ、荒小屋のおばちゃんっていうのがいたのよ。
町名でもなんでもなくてさ、昔の豪農の親戚数字なのよ。
だから本県の隣に荒小屋っていう農家の農具を置く小屋があったわけさ。
それを荒小屋と呼んでたらしくて。
それが苗字っぽくなって、荒小屋のおばちゃんになった。
いよいよどこかわかんないじゃん。
よく昔の武将の話とかでも、「なんとかの神」みたいなさ。
はいはい。
貴族とかでなんとか姫みたいな。
肩書きで呼ぶみたいな文化あるじゃん。
あれピンとこない人多いと思うんだけど、逆にピンとくるんだよね。
わかるー。
っていうのはすごいあるなって思いました。
09:01
あるねー。
話が脱線し続けてますけど、戻しますね。
どこまで戻す?
ハマってる動画まで戻そうか。
あーオッケーオッケー。
最近俺好きなのはこのセイセイアイなんですけど、
セイセイアイで作った玄関先に来た動物のリアクション動画っていうのが好きで。
何それ?
ハロウィンの飾りとかアメリカに置いてるじゃないですか。
それが、
イヒトとかにセンサーで反応してビャーって脅かす仕組みになってるみたいな。
それに迷い込んだクマとかアライウマがビビリ散らかすみたいな。
そんな動画をAIで作ったりする。
あるねーあるねー。
それがたまに流れてくるとすごく幸せな気持ちになりますね。
いいよね。
動物の動画っていいよね。
いいよ。
何なんだろうね。
前にも話した気がするけどさ、
なんとかとかいうネズミがいてさ、
それが農家の野菜たちを監視カメラの前でもっちゃもっちゃ食べるっていう動画が一時期ものすごいハマりすぎて。
マーモットじゃなくて?
マーモットマーモットマーモット。
みんな見てほしい。
純粋無垢なものには罪を感じないみたいなところがあると思います。
ちょっと今回映画につなげられないですね。
無垢なる肉体には、
いや無理だわ。
無理かな。
というわけで、
今回はクリスマス企画ということで、
クリスマスにまつわる映画をピックアップしてお話していきたいと思います。
そんなわけで本日も参りましょう。
ということでね、本日のテーマは、
ここもエフェクトかけたほうがいいんですか?
いや、かけましょうよ。
じゃあ本日のテーマは、
クリスマス映画の定番。
ジングル・オール・ザ・ウェイ
失われた不正と新たな家族の形
ということでやっていきたいなと思います。
一個疑問があるんだけどさ、
言うほど定番か?
クリスマス映画の定番?になってますタイトル。
良かった良かった良かった。
12:01
別にそんなに収益的にも大成功の映画ではないんじゃない?知らないけど。
いや、少なくとも僕の人生の中でジングル・オール・ザ・ウェイを知ってるのはまこちゃんぐらいか。
でもやっぱり当時は本当に、
シュワルツェネガーのキャリア杯ぐらいの時期なんじゃないですか?
本当にもうハリウッドトップスターでしたから間違いなく。
シュワルツェネガーの時代とかあの辺の時代でもね。
コメディにも出始めて、しっかり数字稼げます、みたいな。
そんな感じのところに、
ホリデーシーズンの映画ということで出たのがジングル・オール・ザ・ウェイということなんですけれども。
一応クリスマス企画なのでクリスマス映画を扱うことにいたしました。
じゃあ早速あらすじ紹介からいきたいと思います。
おすすめさん、ちょっと待ってね。
2ミニッツ、レディ、ゴー!
はい、ということで今回はですね、アーノルド・シュワルツェネガー主演のジングル・オール・ザ・ウェイ。
1996年の映画を扱っていきたいと思います。
クリスマスシーズンちょうど終わったぐらいかと思いますけれども、
皆さんはですね、クリスマスプレゼントを必死に探した、みたいな、そんな経験ございますか?
僕はついこの間それを経験しました。
ということでですね、本作は主人公、仕事一徹のサラリーマン、ハワード。
演じるのは筋肉俳優のアーノルド・シュワルツェネガーです。
仕事にかまけるあまりですね、息子のジェイミーとの約束を何度も破ってきたハワード。
そんな彼がですね、息子にクリスマスプレゼントとして何が欲しいか聞いて、
帰ってきた答えが大人気ヒーローガングのターボマンです。
ただですね、毎度のことながらすっかり約束を忘れていたハワードはですね、
クリスマスの前日にそれに気づき、当日大慌てでターボマン人形を探しに放送をいたします。
そんな中でですね、ターボマン人形はとんでもない人気で、
どこに行っても失わせてなかなか手に入らない。
様々なルートを駆使してですね、ターボマン人形を得るために、
はちゃめちゃ大騒動を起こしながらですね、
時に郵便局員と協力したり、すぐに仲違いしたり、爆弾騒ぎに巻き込まれたり、
裏ルートの工場の一斉摘発に巻き込まれたりと、もろもろやりながら、
最終的に舞台はクリスマスパレードへ。
クリスマスパレードですね、まさかのターボマンの着ぐるみを着ることになったハワード。
一体ですね、このドザバ打撃はどこに進んでしまうのか。
そしてハワードは失ってしまった息子からの信頼をもう一度得ることができるのか。
そして家になかなかいない夫に対する不満を爆発させそうな妻との関係は一体どうなるのか。
15:02
そして妻をコシタンタンと狙う隣人は一体どうなるのかということで、
皆さんもぜひご覧ください。
ちょっとおかしだね。
いやもうなんかちょっと映像乱れててさ、いきなり10秒から6秒に飛んだりとかしててちょっと良くないですね。
はい。
謝らないっていう。
もうね、もうその手は利くわないように。
それが様式美になってきてるからね。
いやー、見たの何年ぶりかなこれ。
いやー、少なくとも30年ぐらい見てなかった気がするけど。
俺25年ぶりぐらいかもしれないね。
でもリアルな数字そんなもんだろうね。
25、26年、30いかないぐらいぶりになりますけど。
いやもうね、序盤こそちょっと展開遅いなって思いましたね。
今の感覚で見ると。
ただやっぱ後半の畳み掛けがね、素晴らしかったですねやっぱりね。
何やってんだこいつ。
これでも勝ってるよ。
いやほんとね、いくつかジャブから始めていきたいと思いますけど。
何かあります?
じゃあまず、僕からいいですか。
おもちゃ屋の店員、俺でも殴るかもしれない問題。
どれ?
すっごい序盤のさ、
おいおいこいつターボマン今探しに来たんだってよ!
あれね。
あれはさー。
ダメですね。
もうちょっと親民になりなよって。
もうね、バカにするためにしかないセリフですから。
いやー、なんかね。
僕は本当にこれを見ていて、一つね、たどり着いた答えがあって。
筋肉もりもりのマッチョマンってずるいよねっていう。
っていうこと?
やっぱりさ、マッチョマンってずるくない?
いや結局ね、このコメディとしてすごく面白いんですよ。すごく面白いんですけど、
ただやっぱシュワルツェネガーがやると、面白さが増えちゃうじゃん。
確かにね。
何やってんのこいつになるよね、やっぱね。
あの肉体を使って、何をバカやってんだっていう笑いが乗っかってきちゃうじゃん。
18:01
だからね、ずるいんよ。
なんかさー、マッスルってさ、キュートさと真逆の位置にいるわけじゃん。
それがすごいキュートに見えちゃうからさ、ずるいよね。
たぶんこれ、主役がドウェイン・ジョンソンとも同じ現象を引けると思うよ。
だからまさにドウェイン・ジョンソンがシュワルツェネガーのポストを引き継いだような形になってると思うんですよ。
なってますね。
だって彼自身のキャリアも、結局ターミネーターで出てきたシュワルツェネガー。
後派なキャラクターだったじゃないですか。
はいはいはいはい。
すごい背景として無表情でみたいな。
実際、ドウェイン・ジョンソンのキャリアも、もともとはプロレスですね。
WWEから始まり、ハムナプトラ2の敵役として、わずか数分間の出演ですから。
でもそれで人気を博して、スピンオフのスコーピオンキングが作られ。
スコーピオンキングもか。
そこからどんどん作品を重ねていく中で、だんだんとコメディとかにも出始め、筋肉を駆使して笑いを取っていくという。
これもう完全にシュワルツェネガーのキャリアと重なりますよね。
重なりますね。第二世代シュワルツェネガーですね。
そうですよ。
そういう風に考えると、そういうモデルケースを開拓したという点において、シュワルツェネガーって偉大だったなって感じましたね。
確かにね。そのうちドウェイン・ジョンソンも子供を産むかもしれないね。
そうですね。ドウェイン・ジョンソンが妊娠つってね。やかましいわ。
傑作だからあれ。
行き別れの双子の弟とか出てきたりとか。
出てきたりとかね。似ても似つかないみたいな。
そこまで真似したらもう終わりだよ。
いやー、よかったな。
よかったねー。
あとジャブある?
えー、マコちゃん今日ないの?
今日はね、マッチョマンってずるいよねっていう。
あ、もう一個あって。
はいはいはい。
なんだろうな。
コビトショーの方々がいっぱい出てきたじゃないですか。
出てきましたね。
すごく僕はいいなって思った。
そういう身体的な特徴があることっていうのを、
このコメディーの中で全力で活かして演じ切っているっていうのは、
やっぱり素晴らしいことだよねって思って。
同時に、やっぱり白雪姫のこの間の実写版では、
コビトたちが完全にフルCGになってて。
これは配慮って呼んでいいのかっていう。
21:04
本当の意味でのポリコレってそういうことだよね。
そういうことって白雪姫スタイルじゃなくて、
今回みたいに、そういう配役で、
そういうところが活かせるような職業で活躍していくっていうところ。
別に僕らが性高いからこういうふうなものを選びましたとかっていうのがあるように。
僕らにはもうやっぱりできないところだし、
そこで活躍していくんだったらすごいいいんじゃないの?っていうふうに思うし、
コビトプロレスとかもかつては盛んにやられていて、
でもそれが人権問題みたいな形でなくなっていったときに、
まさに当事者である出演していた人たちから、
すごく残念な声が上がるみたいな。
自分たちの声を奪わないでくれみたいなお話が出てきたりとか、
もろもろそういうのを思い起こすと、
やっぱりああいうコメディシーンで全力で小さい体でポカスカやるとか、
そういう笑いの作りを思いっきり全身を使って表現していて、
僕はすごく素敵だなというふうに思ってみたシーンでしたね、あそこは。
やっぱりね、ジャッカスにもウィーンワンがいないとダメなんですよ。
ジャッカスとか懐かしい言葉出てきましたね。
懐かしすぎないか、それ。
大好きなのよ、あれ。
これはね、いずれやりますか。
やりましょう、これはやりたい。
でもたぶん1時間半。
いやこれがマジバラクサーっていう話にしかなんないのはわかってるんだけど。
ある意味インターミッションでもいいかもしれないけどね。
そうですね。
でもたぶん30分じゃ終わらなくなっちゃう。
いやー懐かしいですね。
いやーたぶん僕ら世代はみんな誘ってるはず。
ジャッカス。
じゃあなんか他にジャブあれば。
いいですか。
闇サンタなんですけど、
コスプレを工場でしなくてもいいんじゃね?
何の意味もないっていうね。
何の意味もない。
表に出てるショッピングモールのサンタが工場に行くまでサンタの格好してるのはまだわかる。
工場で、
ビッグマンサンタも、小人称サンタも、普通に人形やってるサンタも、
サンタじゃなくてよくね。
踏み込まれた時に、
いやここサンタの工場ですって言えるような環境でやってるんだったらまだわかんない。
24:01
もう完全に裏影をやってますっていう。
もう隠し立てもしないし踏み込まれたら普通に慌てるみたいな状況で、
なぜコスプレしてるのかですよね。
何の意味ないですか。
ビッグマンサンタに至ってはさ、コスプレする気分すらないもんね。
そうね。
普通にプロレスラーみたいな感じの。
そこはもう本当に素敵なコメディシーンでしたね。
あとね、一個だけなんだけど、
これはちょっと一番しょうもない話なんだけど、
なんかハン・ヘルのヒーローってさ、ライダーマン思い出すよね。
そうね。
てかね、どう考えてもカッコ悪いよ。
口が出てる必要ないよねって。
ないんだよね。
でも、時代背景考えるとさ、
フラッシュ、バットマン、前世紀自体じゃん。
どっちも顔出てるんだよ半分。
向こうはそうよ。
逆にライダーマンが珍しいよ。
ライダーマンは、
フラッシュ、バットマン、前世紀自体じゃん。
フラッシュ、バットマン、前世紀自体じゃん。
フラッシュ、バットマンが珍しいよ。
ライダーマンが珍しいのは日本でもそうなんだけどさ。
日本でライダーマンがいることが珍しいのよ。
アメリカ人は目を隠すのよ。
日本人は口を隠すのよ。
ロビンもそうだもんね。
アメリカ人は目を隠す。
でもアメリカ人にとって目がめっちゃ重要なんじゃない?
日本人はそもそもそんな表情を出さないで話すから。
人格が読めないっていうのはやっぱり口が見えないことなんだろうね。
だから忍者とかも口だけつけてるみたいな忍者いたりするじゃん。
何の意味があんねんとは思います。キャシャーンとかもそうじゃん。
みんなカカキ先生じゃないとおかしいってことだよね。
カカキ先生的な感じですね。
そう考えるとアメリカのヒーローとしてターボマンが出てるのは普通なんですけど、
逆に日本で目だけ隠してるライダーマンって何なん?
今の話の流れだとちょっと納得したんだけど、
他のライダーって全員改造人間なんですよ。昭和のライダー。
ライダーマンは改造人間じゃないんですよ。
あれ普通の人間なんですよ。
左手失っただけの。
左手クソダサフックですからね。
クソダサフックになっただけのただの人間なので、
だから人間味を残したんじゃない?
27:00
改造人間じゃないんだよ。
死んだんだよっていうことが伝わるようにしてる。
そういう意味でほらタックルもそうじゃん。
タックル?
タックルってあの点灯虫のやつ。
あー、いたね。
ボディコンみたいなの来てさ。
ストロンガーのバディみたいなやつだっけ?
そうそうそうそう。
ストロンガーだっけ?うん、確かストロンガー。
あいつも口で出てるじゃん。
そうだね。
だから人間は口出す。
でもタックルって改造人間だっけ?
あのさ、仮面ライダーの日じゃないのよ。
違う違った?さっきのインターミッションでちょっと火ついちゃってさ。
しかもリリースされるのインターミッションの方が後だから。
ここでなんでオウマが仮面ライダーの日がついてるのかって分かるのは水曜日になってからなんで。
皆さんすいませんが水曜日までお待ちくださいっていう感じになります。
お待ちくださいですね。
収録の順序上そういうことになってしまうんですが。
これちょっと問題だな。
なんか火ついた時にどうしようもなくなっちゃうね。
そうなりますね。
やっぱ収録した順序でリリースするべきだなっていうのをちょっと深く思いました。
じゃあ僕もしょうもないやつ最後に一個ジャブ入れて。
お願いします。
ハワード、主人公ハワード。
ジェットパックに慣れるの早すぎっていう。
慣れてきた?そっちはねえよっていう。
慣れねえしみたいな。
現代でも高等技術ぞ。
だよねあれはね。
確実にビルに頭からぶつかるシーンでもうね死んでますからね。
あれ別に超強化スーツとかじゃなんでもないからね。
でもねあそこでゲラゲラ笑った若かいちころの記憶が蘇ってすごく幸せな気持ちになりました。
このシーンで姉貴とゲラゲラ笑ってたなってちょっと思いましたんで。
ぜひですねホリデーシーズンはこの作品と一緒にね過ごしていただきたいなというふうに思いますということで。
じゃあ早速ですが各々それぞれに行きたいと思いますが。
今回はじゃあ大間からいきましょうかね。
いいですか?
はい前回いただきましたんで。
じゃあ僕からなんですけれども。
ジングルウォールザウェイ。
はい。
ターボマンたちのブルース説。
何も見えない。
何も見えないですね。
何も見えないですか。
まあ今回ちょっとジングルウォールザウェイのこの映画なんですけれども。
まあパッと見はこのクリスマスでおもちゃ育つへのトトバコメディっていうところなんですけども。
僕これ改めて見終わったとなんかどっかスッキリしなかったんですよね。
なんかこうちょっと感動したはずなのになんかこうもやっとするみたいなこの違和感は何なのかっていうところをちょっと突き詰めて考えてたんですけど。
30:04
結論先に言うとこの映画がこの父親像っていうものが更新された後の世界で取り残されていった父親たちを描いているもうレクイエムのようなブルースなんじゃないかというところなんですね。
なのでこのじゃあこの父親像のレクイエムとは何なのかっていうところちょっと話していきたいんですけれども。
父親たちのレクイエム。
そうなんです。
ターボマンたちのブルース。
ターボマンたちのブルースと書いて父親たちのレクイエムと読む。
それが一番正しいわ。
わけわかんないから。どっちにしても。
まずターボマンからちょっと触れていきたいんですけど、ターボマンっていわゆるトキシックマスキュリニティの完成形じゃないですか。
筋肉、正義、単独行動、勝利、善悪、二元論みたいな感じで、現代的に言ったらトキシックマスキュリニティ。
重要なのが、これっていうのは間違った男像みたいなところではなく、かつての正解ど真ん中だった男性像だったっていうところ。
80年代90年代っていうのは、家庭は守る対象で、感情の機微みたいなのは女性の役割。
男の価値っていうのとか父親の価値っていうのは、仕事だったりっていうところの外の成果っていうところが求められてくる時代。
だからこの構造の中ではターボマンっていうのは、理想的な不正だったり男だったりっていうところの記号になってた。
だからこそこの人形っていうのが単なる商品じゃなくて、この父親像で良かったよねっていうような標本みたいな。
そんな感じになってると。
で、ハワードに移ると、でもハワードって結構現代的な目で見たらクソ親父なんですよね。
クソ親父というかしょうもない親父なんですけど。
でもなんかちょっと悪者に見えないっていう点があって、何なのかなっていうと、
ハワードは息子との約束を破るわ、行事は忘れるわ、家庭を後回しにするわ。
先も言ったけどダメ親父枠なんだけれども、不思議と言うと嫌いにはなれないと。
なんでか。
それが彼が父親としてサボっているわけじゃなくて、父親として古い役割とか古い仕事っていうのを非常に真面目にやっている人だからかなって思ったのね。
彼っていうのは、稼ぐとか会社に忠誠を尽くしていくとか、家族を経済的に支えるっていう役割を疑わずに一本でしっかり頑張ってる。
33:03
だけども問題はその役割っていうのが評価されなくなった。
あるいは評価対象から基準が低くなった。
だから彼が関係を築けないとかでも理由がわかんない。
だからカラバリン生化物を探すっていうのがこのターボマン人形になったっていうことだったと思うね。
で、謎の男テッドなんですけれども、これが新時代の理想の父親像の体現なのかなと。
はいはいはい。
で、テッドの背景も考えてみるとなるほどなと思うんですけども、この人離婚されてるんですよね。
そうですね。
で、離婚をしてから家族行事に解禁症になって、子供に距離が近くて感情表現が非常に豊かでみたいな。
で、家族参加型とか家庭の参加型の父親っていうのをフル実装してできてる男。
でも映画の中でこの理想像としては描かれずに、すごく境界線が曖昧だったりとか、
この善悪がちょっと侵入的だったりとか、優しさがちょっと暴力的なところもあるみたいな。
だけも時代には合ってるみたいな。
だからこの映画っていうのは、父親像の生態って今も変わってきたとか、あるいは変わりつつあるんだよっていうのを宣言をしてるんじゃないかなと。
だからここで悲しいのが、ハワードっていうのがどんなに今の自分のハワードの中の世界をやり続けたところで、
戦うときにそのものがもう消えちゃってるっていうところがあった。
で、クライマックスのところのハワードがターボマンになるところ。
これ冷静に見ると、偶然の連続からの仮想をして、非日常的なことを繰り広げて、観衆がターボマン、ターボマン、イエーイ!みたいな感じになる。
しかもこれが再現不可能だっていうところ。
これが旧世代の父親像の成功っていうわけではなく、いわゆるノスタルジーと偶然の一致のご褒美みたいになっていて。
だからハワード自身は何もぶっちゃけ変わってない。
何が良くなかったのかっていうことも学んでない。
しかも日常に戻ったときにどういうふうに父はなっていくかっていうところも準備もしてない。
ただ、昔のルールで一瞬だけ褒められた。一瞬だけ輝けるときがあった。それだけなんですよね。
だからこのすごいこのシーン、悲しいシーンだなって僕すごく感じたんですけども、
この瞬間が美しく描かれてイエーイ!みたいな感じになればなるほど、
36:03
その後、ハワードってでもね、みたいなところがすごい増す構造になってるなと。
しかもこのエンディング後の一番最後のショートカットみたいなシーンが、結局妻へのプレゼントを買ってないみたいなところで、
一気にこうひっくり返してきて、ヒーロー体験でイエーイ!ってなったけども、
父親像みたいなことは更新されてないし、日常的な家族へのケアみたいなことを相変わらず見落としてるしみたいな。
だからこのハワード自身の成長モード語っていうのはここで拒否しちゃってる。
だからヒーローになっても家族参加型みたいな感じの父親にはなれなかったみたいなことが描かれてて、
これ結局誰も救われないような映画になってるなと。
で、ターボマンのブルースっていう説を言ったんですけれども、
強さだったりとか、あるいは稼ぎだったりとか、仕事への成果みたいなのが評価軸だった時代、
あるいは父親が家にいないっていうことが全然いいよ、外でちゃんと成果を出してくれれば、
背中を見せればいいんだっていう良かった時代に、その父親として適応してしまった男たちの、
もうあの時代は戻ってこれないんだよねっていう、そういうブルースだったんじゃないか。
だからこの映画っていうのは、彼らがもう古いよねとか、あるいはもう役に立たないよねっていうことを裁かない代わりに、
時代は進んだからもうそれだけじゃどうしようもないよねっていうところを、
静かに映し出すような映画で、非常に残酷な映画だなっていうところが見えたなっていうのがあって、
すごいざっくり言っちゃったな、なんかすげー短くなっちゃった。
もう終わりかよ。
思った以上に短かった。
もうちょいだから郵便配達員とかもそういう視点で見たらこうですよみたいな話があるのかなと。
あー、郵便配達員なんも考えてなかったな。
あいつもさりげなく自分の家庭環境の話もしてたじゃないですか。
そうね、あの人も結局その郵便配達員は昔はこうだった、ああだったっていうのをダイナーみたいなところで語ってるし、
だからその、やっぱりハワードだけじゃなく取り残された親父たちっていうのはいっぱいいるわけで、
ある意味そのおもちゃ屋さんに群がっていた人たち、母親もいたけども、
多分旧時代の母親像とか旧時代の父親像っていうところに取り残されていた人たちが、
ターボマン人形っていう昔のその輝かしいものみたいなのに群がるみたいな。
39:01
で、なんか定員がウザいっていうのをちょっとジャブで言ったけれども、
お前今更ハワード人形じゃねえや。ターボマン人形欲しがってんのかよ。
俺はハワード人形が欲しいけどね。
まあ俺もちょっと欲しいかもしれない。
ターボマン人形欲しいのかよ、わはははってなってるけれども、
あれをお前まだマスキュリニティの父親像欲しがってんだかよ、わはははに変えると、
すげえ残酷な映画だなってなったっていう。
面白い読みですね。
でもすごい短かったけど以上です。
いやすごい面白かったです。なるほどね。
僕はですね、ラストシーンはコメディオチとして置いておいて、
このエンディングはですね、悪くないエンディングだなっていうふうに思えるような説を持ってきましたんで、
救いを求めるオウマにこんな読みをプレゼントしようということで。
お願いします。
失われた不正みたいなお話は僕もすごく感じ取ったので、
でもオウマが喋るだろうから他の読みはないかなというふうに思ったら、
これはドンピシャでここだろうなっていうのを見つけました。
というわけで今回私が持ってきたのはこちらでございます。
ジングルウォールサバイ、事実上の消費社会通列皮肉風刺映画説でございます。
結構ずるいな。
それだけですげえ説みたいな感じになるじゃん。
ジングルウォールサバイ、事実上の。
これじゃ何というかわかんないしね。
それは犯罪犯した人のやつだから。
あとは闇金とかの人のやつ。
というわけで、これを消費社会への風刺映画であるというふうに読んでしまえば、
一気にすっきり肩がついてくるんじゃないのかなというふうに思うんですね。
読んでいく上で実は見えてくるのがやっぱり、我らが日本だったりするんですよ。
東芝とか言ってたもんね。
というわけでね、今回キーワードはまず一つ目はターボマンですね。
ターボマン。
二つ目はですね、おもちゃ屋さんとでも言いましょうかね。
おもちゃ業界とでも言いましょうかね。
おもちゃ業界。
三つ目は父親像というか、TEDというか、その辺にしておきましょうかね。
本作は1996年の作品ということで、
まずはですね、文化的な背景から見ていくと、
90年代も半ばということで、
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アメリカが要はウェイっていう時期ではありますよねっていう。
冷戦も終わりまして、世界のマーケットが一つになっていくと。
物だったり文化だったりっていうのも今まで以上にギューっと流入していって、
いろんな文化も入ってくる、混ざっていくっていうのが当たり前になっていくような時代。
そういった中で、また資本主義的にもすごい成功して、
どんどんどんどん成長していく、市場が成長していく中で、
その消費の在り方っていうものが少しずつですね、加速していった時代でもあるのかなと。
それは一体何かっていうと、家庭の中でもそういった消費のスピードっていうものがどんどん加速していった時期。
本来的にはね、家族の中で分かち合う幸福っていうのは、
共にすごく実す時間だったり、あるいは交わす言葉であったりだとか、
あるいは親体的なスキンシップであったりだとか、
そういったところに本来的には依存している、要するにプライスレスなものですよね。
時代と共に薄れゆく価値ではなく、その場に確かにある人としての関わり合いっていうものが
家族の価値だったんだけれども、90年代の空気的にはそういった価値っていうものが
どの外部から与えられる金額という形に切り替わっていった時代でもあるんじゃないか。
例えばそれは子どもに何を与えたか。
どんな習い事を習わせているか。
私立の学校に通わせているか。
どんなに高いものを買い与えたか。
あるいはどんな体験を買ったか。
小さいうちからいろんな国に連れて行きました、いろんな文化に触れさせましたとかね。
あるいは子どもの身につけるものであったりだとか。
そういったところにどんどんシフトしていった時代で、
それだけ裕福になっていった中流階級っていうものがより持てるようになってきたんだけれども、
結果として結局子どもに何ができるのかっていうのが金額で押し量られる時代になっていってしまっていた時期なのかな。
実際ハワイでも空手を習わせてるわけで。
家の作りとしてもある程度裕福な家庭なわけじゃないですか。
そういった中で子どもにしてやれることっていうのは、
お金をどれだけ使ってきたのかっていうところに変換されていってしまって。
そしてその影響が一番露骨に出てるのが、このクリスマスなんじゃないのかと。
本作がクリスマスを扱ってるのは何よりここで、
日本ではクリスマスといえばクリスマスの日になると、
高級ホテルのツイーンとかがどんどん回っていって、
恋人たちがせっせと勤しむ日みたいな感じになってますけど、
アメリカではクリスマスっていうのは家族で過ごす日なんですね。
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アメリカではというか基本的にキリスト教圏では家族で過ごす日なんですよね。
そうですね。
10月生まれの人はごめんなさいって感じだけどね。
そもそもそこなんですよ。やかましいです。
10月生まれなんで私がね。
だから本来的には家族の絆っていうものを確かめあって、
感謝をする日っていうのがクリスマスなわけなんだけれども、
その一方でクリスマスっていうこの宗教的な行事が、
この資本主義社会においては国家規模の消費意識に変わってやしないかと。
それがいわゆるクリスマス商戦というものなんじゃないのか。
親が引き受ける役割っていうのは子供たちを笑顔にするっていうサンタの役割ではなくて、
子供たちが欲するものを買い与えるための購買担当者になってしまっている。
はいはいはい。
それがどんどん加速して親たちは焦って買い求めていく。
子供たちは欲しいものを親にねだる。
果たしてこれはクリスマスのあるべきものなんだろうか。
家族が共に分かち合える価値を確かめ合う日になってなくないかっていうのが、
多分これスタート地点にあったんじゃないのかっていうふうに思うんですね。
はいはいはい。
そう考えると本作は徹底的にクリスマス商戦の真っ盛りな舞台ばかりなんですよ。
ショッピングモールに行けばそこら中でクリスマスということで、
みんながショッピングバッグを持って買って買って買いまくっている。
当然店の人たちもものすごい勢いで売るわけじゃないですか。
今更ターボマン人形欲しいとか言ってるやつを鼻で笑うぐらいに、
もうみんなが欲しがっているものを我々が売ってやってるんだぞと言わんばかりの、
要するに誇張して描いているんですけれども、
そういった社会の構造が気づいたら子供に買い与える買い与えないっていうところに、
価値を見出すようになってしまった人々の虚しさみたいなものを浮き彫りにしているんじゃないのかっていうのが、
まずこのスタート地点として言いたいですね。
ここでターボマンを深掘りしていくんですけど、
ターボマンを見て、何かどこか身近に感じませんでしたか?
ターボマンにアメリカを感じたか?っていう話ですね。
俺フラッシュっぽいなと思ったけどね。
そもそも実写で子供向けに撮られる、いわゆる特撮みたいな文化って、
アメリカにはそもそもなかったんですよ。
子供が見るのはアニメです。
そういう意味か。コミックだもんね。そりゃそうだ。
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一応ね、特撮じゃないけど、クソダサースーツのバットマンとかの実写が放映された時期はあるんだけれども。
フラッシュも一番最初は実写だもんね。
フラッシュがそうだったかは知りませんけれども、
それはフラッシュゴードンであって、アメ子持ちフラッシュじゃないです。
そうそうですね。
でね、特撮が結局アメリカに入ってきたのは日本からなんですけれども、ここで出てくるのがパワーレンジャーなんですよね。
パワーレンジャーは日本で放映されていたスーパー戦隊ものの映像の放映権をアメリカのエンタメ業界のとある小さな会社だったと思いますけれども、買い取ってですね。
で、ほぼそのまま放映したものなんですよ。
これほぼそのままってどういうことかっていうと、つまりは戦隊の変身前のシーンをアメリカの俳優を使って撮って、変身した後はそのまま日本で放映されたものを流してるんですよ。
変身してしまえば顔が映らないから。
で、日本は結局特撮のノウハウがあるから、毎週毎週新しい怪獣のスーツを作って、火薬盛り盛りで爆破とかもしながら戦うっていうシーンを撮って放映できるけど、
アメリカで同じことやろうもんなら、ノウハウもなければ物価も違うし、そんなコストかけて作ることなんて100%できないんですよ。
でも、そのシーンを全部日本で買い取った映像を使わせてもらえるのであれば、
あとは変身する前の整合性をとるためのね、ちょっとしたこのドタバタ劇みたいなものを向こうの俳優を使ってチャキチャキっと撮っちゃえば、もう全然それで済むわけじゃないですか。
そのほうがむしろちまちまアジア人が出てる映像を翻訳つけて流すよりもよっぽど視聴率が取れるわけですよね。
そういった形で放映されたのがパワーレンジャーで、そしてパワーレンジャーのおもちゃは爆発的なヒットをするんですね。
とんでもない旋風を巻き起こしてですね、マジで入手困難。
転売によって価格が吊り上がるという。
そういった現象がちょうど起き始めてたのがこの時期なんですよね。
だからターボマンの一番初めの映像を見て、もう日本やんけっていう。
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相棒の犬みたいなキャラクターも完全に日本の戦隊モノとかに出てきそうな感じしません?
ロボコン的なアジア空気を感じますよね。
何より重要なのはこのスーパー戦隊モノっていうのが、ただの子供向け特撮映像作品ではないということなんですよ。
これ僕が一番ね、スーパー戦隊モノとかに抵抗がある原因になってるんですけど。
スーパー戦隊モノだったり、今だとウルトラマンもですね、あるいは仮面ライダーもそうなってしまってるんですけれども。
あれらは結局、グッズ商戦を前提としたメディアミックスの完成形になってるということなんですね。
そうですね。壮大なプロモーションビデオですからね。
そういうことなんですよ。
まずテレビ番組がある。そしてそのテレビ番組で使用されるものを玩具として販売する。
さらにその玩具を使うときに遊び方が増えるような周辺アイテムを作ると。
そうすると子供たちがそれを欲しがる。で、親がそれを買うと。
もうこの親にグッズを買わせるために映像作品があるというような、一連の購買意欲を煽り立てるための映像作品であるという。
ここらへんのシステムがアメリカにも入ってきたわけですよ。
なるほどね。
ここなんですよね。だからこれって結局ヒーローの物語では何でもなくて、
単純に人間の欲望っていうものが掻き立てられて、生産されていって、それに踊らされるっていうことの、
いかに虚しいことかっていうのを、最もそれがシステム化されていて分かりやすい、
日本由来の特撮ヒーローものっていうものを扱ってですね、バシッと出してるわけですよ。
だからこそのターボマンなんですよねっていう感じがするんですよね。
グッズ展開していってっていうところの、僕が一番嫌いなところではあるんですけれども、
やっぱりそういう形で、外部から輸入してきた様々な商売の資本のシステムみたいなものが、
アメリカにおいても猛威を振って、気がつけばみんな消費に踊らされ始めていくっていうことの、
舞台装置を作るために、ターボマンっていうものが設定されていたんじゃないのか。
っていうふうに考えると、このターボマンっていう存在は、社会の理想とかじゃなくて、
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単純におもちゃ業界が作った市場のアイコンとして、この作品の中で君臨していると。
家族同士で分かち合っていた絆みたいなものが、気がついたら外部から輸入してきたヒーロー消費っていうものに書き換えられていってしまう。
父親は絆を確かめるじゃなくて、子供に好かれるためにおもちゃを買うっていうことに必死になるっていう恐ろしい世界ですよね。
そしてそれは今、現代における日本でも当たり前にある構図なわけじゃないですか。
そうだね。
それをもう思いっきり描いてるんですよ。
本当にやっぱりこういう流れっていうのは、当時のアメリカでは本当にたくさんあったみたいで、
僕もちょっと調べてみたらですね、ティックルミーエルモっていう。
ティックルミーエルモ?
そう。ティックを覆ってくすぐるね。コチョコチョエルモみたいな意味。
コチョコチョして、コチョコチョしてエルモみたいな。
くすぐると笑うエルモの人形っていう。
そうそうそうそう。さらにくすぐるともっと笑うみたい。
ちょっと上手いのやめて。
ヘッド、ショート、ニーズン、タオルス。ニーズン、タオルス!
で、今年のマストハブトイみたいな感じで、番組とかに取り上げられ、さらに店頭で奪い合いが起きて、
転売価格がどんどん跳ね上がっていって、店に入荷するトラックを追いかける人が出てくるみたいな、完全な混乱状態になり、っていう風な。
だったら逮捕者も出たみたいな噂も聞きましたけど。
そこまで!?
そこまで。
すごいね。
だから、貴重性みたいなものに人間ってやっぱり食いついてしまうから、気がついたらもう形のないものを追いかけてるんだよね。
はいはいはい。
別に冷静に考えれば、そんなおもちゃがなくても子供との信頼は勝ち取れるだろうし、
よっぽど子供が本当に欲してるものは別にあるはずだし、なんだったらおもちゃそのものではない。
僕のために何かを送ってくれたんだという事実にこそ本当は価値があるのかもしれないのに、
エルモを必死に探す。で、さらにそれがシナウンスになるともっと欲しくなるっていう。
別に貴重性というものに聞かれてるのだって、もはやエルモそのものにはあまり価値がなかったりはするんだよね。
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それってすごいアホくさいよね。でも自分主義社会ではそれが当たり前だよねっていう。
だからそこがすごく怖いところですよね。資本主義社会においていい親でいるためには、
結局、物を買えるということが最も重要な条件になってしまうんじゃないのか。
っていうのがこのジングルウォール・ザ・ウェイが一番言いたいことなんじゃないのかなっていうふうに思って見てました。
なるほどね。
日本でもその手っくるみエルモと同じような現象が僕らの幼少期にあったなと思って。
タマゴッチですか?
おしまいです。
ありましたね。タマゴッチも爆発的に売れてね。シナウンス、シナウンスっつって。
白いタマゴッチなんてすごいことになってたじゃん。
別に白かろうがなんだろうが別に中身変わんねえよって思ってたけどさ。
だけどリバイバルしてアップルウォッチみたいにつけてる人いっぱいいますけど、びっくりした。この間電車で見て。
なんかわりとまだ生きしてますね。タマゴッチ。
生きしてますね。
面白いですよね。
じゃあ次に郵便局員のマイロンにも触れておこうかなと思うんだけど。
そんなに深い話はしないんですけどね。マイロンは一体なんだったのかなっていう。
単純な話。ハワードとの決定的な違いは何かって言ったら、
社会における階層で言うと、ハワードよりもはるかに収入が低い貧困層に位置する人間であるっていうことじゃないかなっていうふうに思うんだよね。
ここで面白いのは結局、収入に余裕があるハワードと生活にもちょっと余裕がないこのマイロンっていうのが、
共に同じものを必死に欲しがっているっていう構造なんじゃないのかなっていう。
本来的には収入も違えば求めるものも違うじゃないですか。
安定した生活のために本当はもっと必要なものがあるはずだろうし。
けれど、別に何の役にも立たないおもちゃを必死に買い求める。
お金はいくらでもあって余裕があるはずなのにも関わらず、何にも必要ないはずの希少性のあるおもちゃに必死になっているっていう。
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他にもっといろいろいいものを買えるのに、ただの押したら喋る人形を必死に欲しがるっていう。
これどっちの立場においてもすごく虚しくないですかっていうところのために、このマイロンっていうものがいるんじゃないのかなっていうふうに思います。
いずれも結局彼らに共通して言えることは、ただ同じ人形を欲しがってるだけではなくて、
かつその人形を買うことがいい父親であるための証であると信じ込んでいるということなんですよ。
そこが本当に残念なところで、マイロンに至ってはダイナーのシーンでも言っていたけれども、
子供の頃に欲しいものを買ってもらえなかったら、から自分は今こうなってるんだみたいなことを言い始めるわけじゃないですか。
きっとお前の息子もそうなるぜみたいな。安崎隠らってうち自由になるんだぜみたいなこと言われてね。
ハワードはマジかよみたいな感じでリアルに妄想しちゃったりするわけですけれども。
消費そのものに価値があるかのようにいつの間にか錯覚してしまって、
お互いにいい父親であるためには子供の欲するものを買わなければならないと思っているっていうのが、
富裕層にも貧困層にも同様にその幻想が蔓延しているっていうのが、
今のアメリカが抱えている病理なんじゃないのかみたいなことを提示しているんじゃないのかなというふうに思いました。
隣人テッドに関しては大間と同じですよ。
テッドは結局理想像として描かれているんだよね。本作も言ったらその時代が求めた理想として描かれている。
いつも笑顔で、近所からも評判が良くて、子供とは自然に遊んでいて、家族のために全ての時間を割いていて。
要素の一つ一つを見ていくと、いわゆる完璧な家庭的な夫みたいな、夫としてもシングルですけれども、っていうふうに描かれている。
それがですね、結局なんていうのかな。
テッドがいることによって、結局ハワードは競争を強いられるわけですよね。家庭の中でも。
本来的には別のところで彼は家族のために尽くしているんだけれども、
結局テッドがいることによって、テッドとは全然違う生活をしているにもかかわらず、テッドと同じことをしなければならないかのように求められてしまう。
どっちにしても悲しい感じにはなるんですけれども、なんて言えばいいんだろうな。
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まとまってないわ。ダメだわ。
でもさ、このテッドもさ、さっきちょっと言い忘れたことが一個あってさ、
求められた父親像なんだけれども、テッド自身はそこにコミットしてないっていうのがすごい皮肉だなと思ってさ、
結局子供にすごくコミットしているようにするとか、子供と自然に遊ぶとか、母親との行事に参加するとか、
家の飾り付けするっていうのも、結局離婚した後の女漁りのための手段でしかなかったんだってことが後に明らかになるじゃない。
なんかそこもやっぱり皮肉だよなってすごい思ったよね。
あるしテッドがやってることっていうのは、時代が求めた理想としては描かれているんだけれども、
その実っていうところは確かに最後終的には描かれるし、結局なんだろうな、
そういう表層的なところが家族の絆じゃないんじゃないのみたいなことも言いたいのかもしれないよね。
こういうことをするのがいい夫だっていうのはいろいろあるけれども、でもそこじゃないよねっていう。
本質的な心のつながりは。だからこそ彼の中にある心っていうものは単純なスケベ心ってしかないわけだから。
っていうふうに考えると、あれも理想の父親像ではないよねっていうところに落としたいのかなっていう気は確かにするかな。
もろもろとして見ていくと、最後終盤ですね。ハワードがターボマンになるわけじゃないですか。
ここはなんだろうね、彼自身がターボマンになることでどうこうっていう、ターボマンが正規社会の象徴としてね、
アイコンとして描かれていたとするならば、ハワードがそのフレームに入り込んでいったみたいなふうに読むこともできるかもしれないけれども、
もういっそですね、ここは最後のシーンをもっと好意的に解釈しようと。もう彼がターボマンになったくだりはコメディカットだからどうでもいいと。
そこは無視しましょうと。あそこはもうみんなを笑かせるためだけにやるシーンだから。
で、最後に結局息子ですね、ジェイミーがターボマンを手放すということにやっぱり最も意味があるということだと思うんですよ。
それはすなわち、結局そのものによって親子の絆が確かめられるわけではないですよねと。
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結局我々はもう散々クリスマス商戦という宗教的な行事を利用した消費行動をひたすら仰い立ててですね、ひたすらものを買わせようとするこの流れの中で錯覚してしまっているんだけれども、
本質的なその親子の関係における最も重要な絆っていうのは、もので証明できるものじゃないんじゃないのと。
で、そう考えた時にハワードの生き方っていうものも決して間違いとは言えないよねっていうことも言いたかったんじゃないのっていう。
だからオーマンは時代の中で失われた不正っていうものに対するブルースとかレクイエムだとか、そういう悲しみを携えてっていう感じで読んでたけれども、
これはむしろあのラストシーンにおいて、いやそういう父親相もやっぱりありじゃないのって、むしろ前向きに提示してくれてる気がするんだよね。
つまり結局ハワードの良くなかったことは、物を買うことで自分がジェイミーのためにしてやれなかったことを帳消しにしようとした、その姿勢にこそ間違いがあるのであって、
本当はジェイミーと話をすればよかったじゃないと。もっと。ただ家にいればよかったじゃないと。
あの日ターボマンのために家を留守にする必要なかったじゃないってことなんですよ。
もっとジェイミーとただ一緒に話す時間を作る、ただそれだけでよかったんだけれども、いつの間にかそのターボマン人形を買い与えることによって全てを帳消しにしようできるはずだ、
いやしなければならないっていうふうに考えていたことに間違いがあるんだって。
彼が一生懸命日々家族のために仕事をしているのも事実だし、それによって裕福な生活ができているわけだから、そこに関してはやっぱり息子と対話をしていくことで理解られるんじゃないのみたいなことを言いたいんじゃないのかと。
そう考えることで、テッドがエッグのグマビーになって退場していくことに意味が生まれるんだよな。
要するに時代が求める良い夫みたいなものっていうのが、果たして本当に良い夫とは限らないじゃないかと。
ハワードみたいな生き方でも子供に夢を与えることができるんじゃないのかと。
いうことを言いたいんじゃないのっていう気はしてくるんですよね。だからいい加減消費行動によって家族の絆を確かめるのはやめようよ。
つまり高級なプレゼントを渡したからいいの?子供が欲しがるものを買ってあげたからいいの?そうじゃないよね?
クリスマスで一番大事なのってただその場で一緒にいることなんじゃないの?みたいな。そんなことを言いたくてのエンディングのシーンだったんだろうなっていうふうに思うんですね。
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ただそれは非常に難しいんですよ。なぜなら我々が過ごしているのは超巨大な資本主義社会ですから。
だから最後のうちでまたやっぱり妻のプレゼントっていうところでまた消費の荒波に飲み込まれていく主人公が焼かれて終わっていくという。
そんな物語だったんじゃないのかなっていうふうに思っております。
なるほどね。
多分両方がこの作品のテーマなんだろうなって気がするんだよね。父親とは何かと同時にこの消費社会はこれで合ってるのかっていうことだったんじゃないのかなっていうふうに思うと
なかなか興味深くてクリスマスって慌てる必要なくね?っていう。
クリスマスプレゼント買うのやめようよ。
そうなんだよね。クリスマスプレゼントって何?って思っちゃうけどね。
ある意味古典的なエッチな漫画が正解だったのかもしれない。
どゆこと?
リボンつけて私がプレゼントってあるじゃないですか。あれはちょっと肉体っていうところに寄りすぎてるけれども。
そうね。共に過ごす時間としてね。
そうそう。共に過ごす時間として私が家にいること自体とか家族で過ごせるこの時間こそがプレゼントなんだよっていう意味で、全国のお父さん自分にリボンつけましょう。
そうですね。それが一番かもしれないです。で、プレゼントは送りたいから送るのであって、送らなければならないにはなってはいけないなということですよね。本質的にもやっぱり。
そうっすね。
結局それは媒介物に過ぎないから。そのプレゼントを通じてどんな思いを伝えるのかっていうことにこそ意味があるんだって。
物の価値、その金銭的な価値で決まるわけではないんだよねっていう。そういう当たり前がいつの間にか薄れていってしまうのが超巨大消費社会なんだろうなっていうふうに思うと。
やっぱりクリスマスで慌てるのは間違ってるねっていう結論に至りますね。
そうですね。
なんか今日すっきりですね。
今日なんかもう後に続く言葉がないわ。
それはなぜかって言ったら、そういう作品だからじゃない。そんな深く折り込むような作品ではないから。
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まあそうね。確かにね。
たぶんこれでいいんだろうねにしかならない。
そうね。
いやもっと読めそうなんだよなーみたいな感じにならないっていう。
ならないね。
でもやっぱり大人になって見たからそういう読みになったなっていうのはすごい感じていて。
そうだねー。
子供の時に見た時はこれっぽっちも思わんかったもんやっぱり。
思わんかった。ギラギラ笑ってさ。
ギラギラ笑って終わったもんね。
シュワちゃん楽しいって終わったもんね。
それ以上でもそれ以下でもなかった。
また来週か来月ぐらいにシュワちゃんの映画来ないかなーみたいな。そんな感じでしか見てなかったけれども。
まあこうして改めて見てみるとやっぱりその当時の風潮だったりね。
社会的な現象だったり。
まあそういったところがやっぱり切り取られて、
刺激されてるんだなってすぐに見えてきましたんで。
やっぱねちょっと僕らもねそのこれ本当に96年の映画ということですけれども。
今現在はね全然ある構図ですから。
ちょっと今一度ですね本当に皆さん。
あなたが欲しいもの本当に欲しいですかと。
それはメディアによって生産された欲望じゃないですかと。
あるいは希少性によって欲しいと思わされてないかと。
群衆心理に惑わされていつの間にか自分も欲しいものだと錯覚してないかと。
そういったことですね。
今一度考えてみると断捨離が楽にできるんじゃないかなと。
思いますので是非ね年末なんでね。
ここからの断捨離はそういったところにもちょっと意識を傾けてあげるといいのかなと思います。
はい。
いやー。
じゃあなんか僕はもうこれでお腹いっぱいなんで、
大間からなんか語り残したこととか仮になれば。
いかがですか。
そうですね。
まあでもそれでもサンタさん。
来年こそいい子にするんで。
来年は電子サックスが欲しいです。
あのジャック・ブラックが吹いてるやつね。
いやあのもうちょっとまともなやつ。
ちゃんとしたやつ。
あれじゃなくて。
あれではない。
実は僕は働いてた頃ね、ガチサックス一回買ってね、一時期やってたんですよ。
でちょっと栃木に引っ越さなきゃいけないっていうときに、
引っ越し屋さんに楽器は持っていけませんって言われて、持っていく手段がなくて、
なくなく手放したんですけど。
1:15:00
そうなんですね。
最近ちょっとフツフツとね、またやりたいなって思って。
ただ金管を買ったとて家でできないから。
まあそうですよね。
だから電子サックスいいじゃんって思って。
なんか1万2万とかでさ、ぐらいのやつでいいのよ。
なんかちょっと欲しいなって思って、今。
まあでも金管楽器はあれじゃないですか、
高架下とかで吹くっていうロマンがあふれません?
いやそこなんだよ。
川沿いの、川の高架下で金管楽器を練習するっていう、
まさにロマンのあれじゃない?
でも今ちょっと間違えたんだけどあれ、サックス木管でした。
え?
サックスって木管なんすか?
木管だってリードついてんじゃん。
リードついてたら木管なんすか?
口んとこが木だったら、サックス木管だよね。
そうなの?
でも金のくだだろあれ。
あってるあってる。
そうですね、木管楽器です。
音の出し方が木製のものを使ってたら木管楽器。
拡張する分はどうでもいいって。
そうそうそうそう。
俺もサックスを始めたときに、いつかすげー上手くなって、
赤レンガ倉庫の端っこの波打ち際の街灯がポツポツあるところあるじゃん?
木下サーカスがよく来てたところのすぐそばのあたり。
あのあたりで吹きたいなって思ってたの。
そんなに上手くならなかったね。
もうあの辺開発されていろいろ建物建っちゃってるからないと思うよ。
マジで?
残念だよ。
マジか。
どうせなら僕ちょっと大間に演習してほしい楽器があって。
元々どういうんですか?
ベノーバですね。
ベノーバ?
ヤマハが作った新しい楽器みたいな。
ベノーバ?何これ?
ちょっと待って別のサイト開いちゃった。
ベノーバ。
ヤマハベノーバ。カジュアル楽器?
カジュアルらしいですから。
あ、でも電子サックスっぽい感じかな?
そういう感じですけど、別に電子じゃないっぽいです。
プラスチック製なんだ。
そうなんですよ。カジュアルに楽しめる感覚ということで。
リードをちゃんと使うんだね。
形が不思議なんですよね。
なんかちょっとこう構えたくなるね。
見えない見えない見えない。
アルトになればなるほど少女みたいな。
1:18:09
そうですね。
アサルトライフルっぽい感じの。
若干造物感もしますけどね。
あるね。
ブリッとした謎の管って感じがする。
これはでも安いんじゃないですか?
プラスチック製なんですよね。
2万6千円ですね。
オープン価格。
アルトで1万7千円。
いけるじゃないですか。
いけるか。でも俺やりたいのはサックスなんだよな。
別にこれがやりたいわけじゃないからね。
全く新しいものをやりたいというわけでもないからね。
ないの。
俺、ウェイン・ショーターっていうジャズサックスプレイヤーがいて、
すごい好きなんですよ。
ファクトリストみたいになりたいなっていう無謀な夢を持ってるんだけど。
ウェイン・ショーターさん。
たぶん萌えさんあたりは知ってるんじゃない?
ファクトリストジャズレジェンド、ウェイン・ショーター。
いいんすよ。
ジュジュはウェイン・ショーターのアルバムから撮ってるんじゃないかな、あの人の名前って。
ウェイン・ショーターっていうアルバムあるんすよ。
たぶんそこから撮ったんじゃないかって僕は勝手に思ってる。
まあ、そうなんじゃないですか。
俺でもなんかジャズ…
ジョン・コルトレインのレコードは持ってます。
うらやま。
純粋にうらやましい。
やっぱね、ジャズ聴くときはプツプツっていう音が入っててほしいんだよね。
いいんですよ、なんかあったかくて。
真空管アンプで負担させて聴いてます。
いいなあ。夢あるなあ。
夢ありますね。マイルス・デイビスもあるからね。
いいなあ。
そう、ワッと聴きながら。
ちょっと仕事とかすると無駄にはかどる気がしますけど。
ただ僕が買ったジョン・コルのレコードね。
結構たくさん入ってるなと思って、LP版で。
ちょっと嬉しいなと思って聴いてたら、途中なんか全然曲流れなくなって、
壊れてんのかな、針滑ってんのかなと思って、
よくよく聴いてみたらなんかボソボソ聞こえるわけ。
曲名のところにジョン・コルトレインインタビューって書いてあって、
1:21:02
インタビューが入っててすげえ金返せって思った。
曲を聴かせてくれよっていう。まさかインタビューが入ってるんですよ。
昔はそれ普通だったのかなってちょっと不思議な気持ちになりましたけど。
確かに昔のCDとか、インタビューとか喋ってる動画ちょいちょい入るよね。
昔はお馴染みだったんでしょうけど。
あとCDで言ったら、CD?カセット分かんないけど、
カラオケ版が入ってるみたいなのも定番でしたよね。
シングル版とかか。
昔のちっこいCD、絶対カラオケ版入ってたよね。
何ミリCDね。
ありましたありました。
あれはね。
今ちょっと何の話してるか。
あ、そうだ。こんな話してる場合じゃないじゃない。
お便り紹介しないと。
お便りお願いしますお願いします。
あと54秒でBGM終わっちゃいますけどね。
ちょっとね、お便り来てますんで。
これ読んでない?
読んだっけ?読んでないっけ?
読んでないよね?
読んでないよね?
知らない。僕はお便り一切見てないんだから。
あれ?読んでない?
読んでないよね?読んだっけこれ。
あのベッチさんからのって読んだ?俺。
ベッチさんからのエイリアンシリーズ?
エイリアンシリーズはやったじゃない?
いや違う、しばらくロームリマスってなったじゃないですか。
はいはいはい。
そっから新たに来たやつ読んだ?
新たに来たやつは読んでない。
本当ですか?じゃあベッチさんからお便り再度届きました。
ありがとうございます。
じゃあ読みますね。
じゃあこれで読みますね。
マグさん。
あ、違うわ。
マグさん。
お久しぶりです。
以前エイリアンシリーズをリクエストしたベッチです。
ありがとうございます。
コールドスリープ中も毎週楽しく車の中で番組を聞いていました。
コールドスリープしながら運転してるな。
コールドスリープ中にね。ありがとうございます。
学習更新なのに毎週配信があって本当に嬉しいかき。
最近はそれでも待ちきれず、逆輸入的にポケ沼やマコベランチも聞いています。
マコベランチまで?
マコベランチ聞いてるのはね、希少種ですね。
希少種ですね。ミラボレアスの白いのぐらい希少種ですよ。
ミラルーツ。
リプレイ配信のポップスが最高に輝いた夜。ポップスは本当に死んだのか?
映画の枠を越えてカルチャーそのものを深掘りし、今後のカルチャーの行く末を厚く語った内容でとても面白かったです。
1:24:04
ありがたいですね。
ありがとうございます。
あれもね、語ってて僕らも楽しかったんでね。
でも、訴求力が全然ないっていう問題がありましたよね。
新企画のインターミッションもとっても楽しいです。
平成ガメラはもちろん世代ですし、前田愛さんは子供の頃初めて好きになった芸能人なので話題に出てきて勝手にテンションが上がりました。
今や中村屋の利縁の妻として時折中村屋のドキュメンタリーでしかお姿を見られませんが、幸せそうで何よりという気持ちになります。
やっぱ前田愛さんにね、心射抜かれた方はね、一体すいますね。
好きな女性ですな。
本当ですよ。
反発が似合うんですよね。
そうですね。
話題に出てきたクリスティーナ・アギレラも好きなアーティストの一人です。
映画ムーラン・ルージュの主題歌、レディ・マーマレードの歌唱を務めた当時をときめく4人の歌姫。
マイヤ・ピンク・リズキム・アギレラの中でもメインの扱いで、ゴージャスさとパワフルな歌声がめちゃかっこいいです。
このMVはポップシーンに残る名MVだと思います。
クリスティーナ・アギレラまで伝わるっていう。
別になかなかマコちゃんと話が合いそうな理由がしますよね。
びっくりするほどね、本当に。
ムーラン・ルージュもね、最高なんですよね。
ストライクゾーンが近そうね。
ミュージカルとコメディの丁度いい塩梅って感じでね、僕結構好きですね。
じゃあまだ続きますよ。
長々と感想を述べてしまいましたが、リクエストもさせてください。
最近はオーロンの名作やメジャーな作品が続いている気がするので、少し毛色を変えて、
2023年公開、ロルカン・フィネガン監督のノセボをリクエストします。
ロルカン監督のビバリウムが割と面白かったので、監督の新作という情報のみで劇場で見た作品ですが、
個人的に自分のルーツにも関わる舞台設定だったので、とても印象に残っている作品です。
この作品を見て感じたスピリチュアルと科学が思っていたより近い関係性にあるのかも、
というふわっとした印象をぜひお二人にバシッと原稿化していただきたいです。
久しどころもありそうですし、内容的にも二人の映画談義と相性がいい気がするので、ぜひご検討ください。
毎度毎度長文で失礼しました。次の配信も楽しみにしております。
ということで、
残念でした。
何?
残念です。
何?
やりません。
なんで?
ホラーだもん。
やります。やります。
やるの?
だって書いてあるもん。単なるホラー映画ではないって書いてあるもん。
1:27:05
はい。
じゃあ大丈夫じゃん。
はい。
じゃあ大丈夫じゃん。単なるホラー映画じゃないって書いてあるもん。
ちょっと待って、今見たらプライムにしかないっぽいんだよな。
プライムにありますね。
いいじゃん。
しかも監督権じゃん。
いや本当にベッチさんありがとう。ちょうど今うちの番組に何か足りないと思ってたんですよね。
ホラー映画ですね。
しばらくホラー禁止にしようよ。
最近多いってホラー。
そうかな。
多いよ。
しばらく空いてるなって思ってましたけど。
そろそろホラーやりたい。
やっとジングルオーザウェイとかでほっこりしていいねっていう感じになったのにさ、またトイレに行くのが辛いよ。またおもち履いて寝なきゃいけないよ。
いいじゃないこのぐらい。
もう一度一旦ホラーで揺らしておいて、また仮面ライダーとかやりたいやつやればいいじゃない。
あなたがやりたいやつやればいいじゃない。
じゃあのせぼの後はジャッカスシリーズだ。
振りますね割とね。大きくちょっと違うジャンルを行き来しながら進めていけたらいいかな。
はいじゃあのせぼ次回やりましょうということで。いいですか閉めちゃって。
はい今ダウンロード始めました。
ちょっと最後気になるんだけどさ、のせぼ?のせぼ?
のせぼがタグらしいんじゃないですか。でもやっぱり日本人的にはのせぼーって言いたいよね。
ちょべりばーとかさ。
そういう。
のせぼーなるきゅーみたいな感じでちょっと言いたくなっちゃうね。我々世代としてはね。
さくらぎちょー。
もういいですか。
はいはいはいすいません。
はいということでお聞きいただきましたのはリーフレンズイントーキョーなんだっけ。
クリスマス映画の定番。ジングルオールザウェイ。失われた不正と新たな家族の形でした。
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1:30:01
本日のお相手はまこと大間でした。
それじゃあまたね。
REAL FRIENDS IN TOKYO
01:30:19

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