アイデアの出し方
こんばんは、シゴクリラジオの大橋です。今回もシゴクリラジオを始めていきたいと思います。今回のテーマはですね、アイデアを平場ですね、日常ですかね、平時に出すことが大事と。
日日常というかですね、普段じゃない時に出すことももちろん大事なんですが、どちらも大事なんだけど、その日日常のところでのみ出すということはまずないんじゃないかなと。
そんなアイデアの出し方、考え方ですかね、ちょっと面白いかわかりませんが、そんな話を少ししていきたいと思います。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
はい、シゴクリラジオの大橋です。今回のテーマはですね、アイデアは平常時、日常時ですね、出していくものだと。
もちろんそうですし、違和感ね、リスナーのあなたも違和感があるかもしれませんが、日日常ですよね、大事なプレゼン、商談、重要な会議、アイデアコンテスト、様々なアイデアが求められる機会があるかなと。
もしくはですね、アイデアと明示的に言ってなくても、このラジオでもですね、何度かアイデアってなんだって話はしてきたんですけども、例えばその小さな工夫とか、取り留めもないような遊びをですね、改善するとか、例えばなんだろうな、それこそスマートフォンがアプリが調子悪いときにどうするみたいなのも結構アイデアじゃないかなと思います。
そのあたりの感覚はかなり大事かなと思いますが、どうお考えでしょうか、あなたはどうお考えでしょうか。
例えばですが、手元にペンがないとメモできないみたいなときに、人から借りるのもありますよね。それが正解じゃないと。スマートフォンも一応取り出せるならメモアプリを立ち上げればいいと。
あと細かい話で、手元を両手が塞がっていて手を離せないなら音声入力ができますから、吹き込めばそれで記録できますよね。
一つの困ったとか、その状況でどうしたらいいかっていうことって日常の中でたくさんあるんですよ。たくさんあるんですが、意識せず通り過ぎてしまって、かつアイデアとは関係ないかなという認識であると、そのまま過ぎ去っていくかなと。
だからそれが認識としてダメでしょうとかそういう話ではないんですけど、多くの人はアイデアを出しているし使っているんですが、そこに関して自覚がないと。意識があまりないと。
それもそれでアリですし、皆意識的になろうよみたいな、そんな説教するテーマではないんですよ。どちらも大事だと。
日常と非日常の関係
今回切り口としては日常と非日常という切り口です。平場というか、日常は平場ですかね。平時ですね。
日常というのは、そのままで緊急時じゃない時ですよね。普段のリスナーのペースであり、生活のリズムであり、行きつけの店に行くとかでもいいし、好きなものを食べるとか、気に入った動画を見るとか、本を見るとか、漫画を読むとか、わからないですけど、そういう行動すべてを指します。
だから平常時の方が割合は常に高いんじゃないかなと思います。非日常というのはですね、時にはそれだけでストレスが溜まりますし、逆に刺激的になってチャレンジングになる。
例えば旅行というのは非日常だと思いますが、旅行先だとちょっと気持ちがフワフワして、普段やらないことをやってしまうとかね、そういうのはよくあるかなと思います。
相手を出すということにおいては、当たり前なんですが、スポーツとかね、例えばサッカーとかで立ててしまうんですけど、普段の練習でやっていることが本番で出るわけですよね。
基本的に理屈としては、本番の試合とかで本番が試合だとしたら、そういった本番のところで練習時にやっていないことがいきなりできるかというと、
一人でやるんだったら、私もチームプレーじゃないですか。なので、自分で一人だけで勝手にボールを回して持ち運んでドリブルしていって、シュートを打ってゴールを決めるということがいいかといったら、
多分できないし、やらないと思うし、いきなり練習でできなかったら本番でできるってありますか?ということなんですよね。これは熟達みたいな意味で学びを深めていって、たまたま練習時には深まらなかったんだけど、
本番の試合の時に高まっていって、それでできるというケースももしかしたらあるかもしれないです。もしかしたらあるぐらいなので、確率的にはほぼないんじゃないかなと。少なくともそれぐらいしっかり練習をやった人にのみ許される恵みみたいな感じですかね。
神様の恵みじゃないですけど。なので、普段の練習、つまり日常でどれだけできるか。それこそアイディアの話でいくと、アイディアも技能、もしくは習得できるスキルというふうに僕は思っているので、練習すればいいんですよね、基本的にね。
例えば、今日のこんだてご飯、朝昼夜何でもいいんですが、何にしますか?ってこんだてを考えるのもアイディアですよね。あと企画と言ってもいいですね。
未来に対して今ある材料や、もしくはできることを加味して考えて、それで作っていくってことになるんですが、それがまさにアイディア、企画をやっている、もしくは実現していることなんだと思います。
不思議なんですが、そういうこんだてを作れる人が、ビジネスアイディアでもいいし、企業をしようってなると、途端に仕事になると、みたいな話ですけど、できなくなることがよくあるんです。
これはなんでかというと、世界の味方みたいな話になるんですけど、世界の味方というのは抽象的な話ではなくて、例えばその人にとってはレシピこんだてを作るというのは日常なんだけど、仕事をするとか企業をするとか非日常なんじゃないかなと思うんですね。
そうなると日常と非日常という世界が全く別なので、普段作っているレシピを作るかのように、ビジネスアイディアを考えたり企業をするという事業を作るとか、仕事作りですが、やるっていうのはちょっと違うなということになるんです。
ここで違和感というか気づく方もいらっしゃるかもしれませんが、基本的に仕事作りもアイディアを出すのも習得できるという考え方なんですね。
アイデアの実現
僕がそういう風に考えているので、ある程度学んで練習したらできるようになるんじゃないですか。できるようになるんじゃないですかというと、できないかもしれないですねという事もあるんですけど、下手になることはないんじゃないですかねというぐらいの話です。
ただあとはどこまで行きたいかという話になるので、それをレベル分けしていて、競うというか比較する意義もないのかなと。
スポーツで言ったらサッカーでも、アマチュア勢もしくはエンジョイ勢で言うと、野球している感もあるかもしれませんが、競技として楽しむのであり、プロとしてお金を持って叩いてやるという、専業家ですよね、そこで言うとプロではないという道なので、どちらも技術的には非常に優れているわけですよね。
だからアマチュアがダメでプロが良いとか、プロがダメでアマチュアが良いとか言う二言論みたいな二択にしがちですが、そういう意味ではなく、どちらも良いんじゃないかなと思います。
主語繰り的に言うと、前回も話した通り、本業と他の本業じゃないもの、副業であり何でもいいんですけど、いろいろありますよね、複数の副からサイドビジネスのものから何でもありますが、そこもあまり意味がないと言っているのは、結局、ご自身ですよね、もしくは僕が目指すものが一緒ということはまずなく、
目指したものが似ていても、どのような状態でそれを成功というよりは良くないんですね、達成ですかね、叶えてね、やりたいことを叶えて、そしてそれを継続していくというところでいくと、変わりはないというか、人次第なわけですよね。
例えばラーメン屋さんをやりたいみたいな、ラーメン屋って個人の店が多いと思うんですが、やりたいならやればいいじゃないですかと、別に付け話す意味ではないんですよ、付け話す意味はないんだけど、やればいいじゃないですかってなったときに、どういうラーメン屋をやりたいかという話になりませんか。
もしくは、よくあるのが話を聞いていくと、ラーメン屋じゃなくてもよくて、たまたまラーメン屋という例で話しているだけなんですねというケースもありますが、少なくともラーメン屋は飲食店なのかな、とりあえずお店をやりたいくらいでいいですかというところに着地して、じゃあお店をやりたいんですね、やっていくにはどうしたいですかという話になりますよね。
そのときに、お店をやりたいという感覚って、お店をやっていた方、もしくはやっているところに近い、店長を任された方は何か経験があるからイメージできるかもしれませんが、ちなみに僕はないですよ、ないんですけど、そういうふうに想像できるレベルがまずあるじゃないですか。
もしくは想像できないなりにこういうふうにやりたい。その方が分かりませんが、これは別にそういった方がいたってわけじゃないんですけど、仮の話ですけど、ラーメン屋って言っているんだけど店をやりたい、飲食店をやりたいと。
でも飲食店をやりたいんだけど、あまり接客したくないと。どういうことだみたいな。例えばモバイルオーダーっていうか、名前忘れましたが、店舗の配達専門店ですね、テイクアウト専門店ってあって、テイクアウトじゃないのかな、モバイルオーダー専門店か、テイクアウトに店に来れないというか、来ても買えないくらいまであって、
いわゆるUber Eatsとかオーダーしてくれる方でしか頼めないみたいな店を作れば、確かに接客はやらないですよね。だからそこの味とかメニューとか価格とかね、そこでの見たものが全てになりますから、なかなかこれも難しいと思いますが、そういう形態があってもいいかもしれませんよね。
ラーメンでそれができるかわかりませんけど、今は伸びたい、伸びづらい麺とかもあるみたいですかね、わかりませんが。そういう形でですね、とりあえず店を接客したくないけどやりたいみたいな人がいたときに、そうなんですね。
お店の常識とかわかりませんが、接客業とか飲食店やりたいってまず聞くと、リスナーのあなたがどう考えるかわかりませんが、お客さんと接したいとか、話してみたいなところ思う方も多いんじゃないかなって僕も思うんですけど、そうじゃないよと。
自分の作ったものを美味しいと言って食べてもらえれば嬉しいんだっていう。その物気だぼうというかね、職人っぽいみたいな店もあるじゃないですかね、中にはね。だからいろんな店があっていいんですよね。
今話している中でも、その方は自分の作ったものを美味しく食べてもらうということに集中したいっていうのがあれば、ぶっちゃけですね、お店を作らなくても主婦としてね、自分が作れるような材料があればいいわけで。
じゃあ自分が作るって何やりませんか。中華でもいいですし、別に和食でもお寿司でもいいですし、わかりませんけど、自分が作ったものっていうのもどう定義するかで変わってくると思いませんか。
なので、会社でお勤めの人で雇用というところが悪いと言っているわけでもなく、そのポジションでしっかりと自分でやれることをやれていたらかなり満足するんじゃないかな、もしくは裁量があるんですよね。
だから自分が店長もしくは店主として作りたいものを作るということをしたいかもしれないですよね。
でもこれはですね、仕事的にも注意が必要なので、別に自分が作りたいものを作ってもいいんですよね、全然それをやめてくださいっていう人はいないんで。
ただ、それが仕事としてってなると、ここ順番を間違えたくないんですけど、提供するのはいいんだけど、それが受け入れられるかは別ですから、
たまにですね、これは今回の職業グループの方かもしれませんが、提供されるということをしないといけないということに関して、その心理状態や姿勢に対して、
コビヘツ選ぶというんですか、迎合するみたいなことを、もしくはデザインとかマーケティングっていうのを悪い意味で使う人は、
要はですね、いいものを作っていれば、自分が作りたいものを作っていればとかとはちょっと違うんですけどね、
アイデアとニーズの調整
かなり極端に乱暴に言うと、いいものを作っていたり自分が作りたいものを作っていればそれが売れていくという考え方もあるわけですよね。
ただですね、社会的な意味でいくと、もちろん自分がいいと思ったものを欲しがる人もいますから、それはそれで全然いいんですよ。
一方で、作ったものが受け入れられて、それがお客さんに対して届いてということになって、お客さんがいいと言わなければできないんですよね。
だからそこは調整が必要で、自分がいかにいい服だって言っても、お客さんがいいなって思わなかったら、商売にはならないですよね。
そこだけは原則として抑えたいというか、だから100%っていうのが難しいと思うんですよね。
完全一致ってやつで、要は自分が作りたいものではないけどお客さんが好んでくれるからやろうっていうのもあっていいし、逆もあっていいと思うんですね。
自分が作って受け入れられるみたいなのもあっていいから、そこをどうバランスを取っていくかみたいなのも結構ポイントなのかなと思ったりします。
要は穿った従来の意味じゃないね。変わったっていう意味で使うんですけど、今回は。
変な見方、偏見ですね。偏った見方をあんまりしない方がいいんだよなというのが思っているところですね。
話を戻していくと、そういうところでラーメン屋の話、ラーメン屋やりたいみたいな話をしましたけど、結局アイディアを出すのも美人です。
仕事づくりをするのも熟達というか、学習して学んでいけるということで下手になることはないんじゃないかっていう仮説ですかね。
仮説になりますが、それが誰かで証明しているわけじゃないとは思いますし、僕もサンプルNイコール1ということで一人でしかないので、
どうなのかなと思いながら生きているんですけど、難しく考えずに仕事づくり、ラーメン屋をやりたいのであれば、
そのために少しでも何かやってみるということになっていて、精神論的にはなってしまうんですけど、
自分の時間を、それこそ日常ですよね。日々の時間をどこまでそれに対して使えるか、もしくはやっていけるかになっていくのかなと思います。
まさにその練習、戻していくと練習ですよね。サッカーじゃなくてもスポーツの練習のときにできていないことが、
いきなり非日常で、起業ですよね。ときにいきなりできるかというとできないじゃないですか。
なんで練習していくしかないですよねということで、少しずつやっていけばいいし、考えて勉強してみたいなことを繰り返していくしかないのかなと。
これはもう正解とかないんですけど、僕はそう考えています。
なんでその話で、ラーメン屋をやりたいみたいな人の話をしましたけど、いきなりこんだけ作るとかレシピというのが日常にできる人が、
非日常の起業とか仕事づくりとかできないのは、それは非日常になっているからですよね。
つまり友達というか、普段のところにそういうものがない。
エコーチェンバー公開ですね。自分の言える考え方が正しいのであるみたいなふうに思い込むのはどうかなと思うんですけど、
常に疑ってみて、自分はこうしてみたいんだけどやってみようっていうのは、別にエコーチェンバーでもなんでもないと思うんで、
自信を持てというのも変ですが、やってみてどうなんですかねっていうくらいの、やってみるところまでやるといいんじゃないかなって話ですよね。
なんで起業をします。ラーメン屋やります、店やりますと言って、いきなりお金を貯めてドーンとやることもなく、
友達や知り合い、アイデアを褒めてくれる人に行ったほうがいいと思いますが、それはおせっかいかもしれませんけど、そうじゃない人だと否定されてしまうので、
そうじゃなくて聞いてくれる人に話をして、だったらこういうことをやってみたらいいんじゃない。
それこそ飲食店で見た記事では、イベントとしてホームパーティーなり、お店を借りてやってみる人を一人二人でやるのはいいんですけど、
4人とか毎日、毎日のように毎分ごとに人が来て注文して食べていくっていうのは、なかなか利用者ではありますが、やるのがなかなか大変だなって思うわけです。
しかも料金がなかなか上げれない。すごい泥臭いわけですよね。
それがある種のご飯とか食べ物、もしくは店を通して、そこの空間、世界、食べ物、味、何でもいいんですけど、それがサービスとして提供するっていうのはなかなか面白いなと、クリエイティブだなとも思いますね。
だから別に僕はやらないっていうか、やれる気はしないんで、全然やりたいと思ってないんですけど、やりたい人の気持ちをね、そういう意味では想像できるわけですよね。
だからもしですね、普通にラーメンやりたいとかそれを置いておいて、今の話で何かやりたいなとリスナーのあなたが思っていらっしゃるのであれば、何をやったらいいのかをまず考えていただいて、もしくは既にアイデアがあって実行していないのであれば、実行してみようと。
実行してみると、企業とかで店を作るとかだと大きすぎるわけですよね、アイデアが。塊が目標が大きすぎるので、細かくしていくしかないかなと思います。細かくするとできることってなんだかなと思ったら、それこそいいんですよね。
AIにですね、店の作り方聞いてもいいし、友達に話してもいいし、それこそ本やサインって企業の本とか買ってきてもいいですね。いろいろやり方があるので、それをやったらできますかみたいなことを聞く人は多分だいぶ初心者の方だと思いますが、やらそうには言えませんけど、そういうふうにどうすればできるかって考えるのを、
人に委ねてもね、アドバイスはもらえるかもしれないですけど、僕もできますが、その人に状況がよくわからないと、アドバイスなんてなかなかいい条件にならないんですよね。いいアドバイスにならないんですよね。非常に難しいとこでもあります。
というわけでですね、今回まとめますと、そういうアイディアはですね、仕事作りも普段から鍛えられるというか、学べるということですね。だから仕事作りしたいなと聞いている方、自分なりの企業なりやり方を探っている方がもしかしていらっしゃるかもしれませんが、
ぜひですね、時間を投じて勉強する、もしくはやってみるですよね。思いついたことをやってみる。反社会的とか法律に触れるようなことじゃないなら、ほとんどがそうだと思うんですけど、許認家がいるとか法律的に触れるものじゃないなら、ぜひぜひやってもらって、それでどうなるかを見る。そういうある種の癖ですよね。
練習をする時に新しいことを試してみるみたいな癖をつけていると、本番の試合で思えるようなことをやれたり、気づくことができると僕は考えています。絶対できるわけじゃないですよ。だからその確率を上げていくにはやっていかないと平常時にできないんじゃないかなと。そんな話でした。
今回は以上となります。四国にラジオ大橋でした。ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。