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2026-01-20 43:18

フリートークでは重すぎる、表層と本質のコミュニケーションとら

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サマリー

ポッドキャストでは、人間関係における期待とコミュニケーションの重要性が語られています。表層的な関わり合いではなく、本質的な心配りや愛情が必要であることが強調され、状況に応じた適切なコミュニケーションの方法が模索されています。このエピソードでは、表層的なコミュニケーションが本質に到達することの難しさについて議論されています。コミュニケーションの本質を理解するためには、相手への理解や共感が不可欠であり、期待感を持つことが重要であるとされています。このエピソードでは、表層的なコミュニケーションと本質的なやり取りの違いが掘り下げられています。特に、コミュニケーションにおける心の動きや、他者との関係性を重視した視点が強調されています。このエピソードでは、表層的なコミュニケーションとその本質についての考察が行われており、リスナーは考え方や思考の深さがコミュニケーションにおいて重要であることを理解し、より良い関係構築を目指すべきであると伝えられています。

期待とコミュニケーション
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。このシゴクリラジオは、パーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組です。
よろしくお願いします。今回は、若干、先回とか先々回からの続き的な感じです。今回のテーマは、表層と本質という、具体と抽象と何も変わらないんですけど、
概念自体で遊んでいるわけではなく、僕自身の気づきを得たことなんですけど、期待をしているなということなんですよ。
例えば、リスナーのあなたが、他人に対して何を期待していますか。期待というのは、植物的といいますか、孫徳みたいなものがある方もいらっしゃると思いますし、一緒に仕事をしたいから打ち解けるというのも変ですけど、仲良くなるというものね。
別に飲みに行くとか、どこか遊びに行くというのは、仕事をやっている人とそうしなきゃいけないことはないですしね。さまざまあると思います。仕事をちゃんとやってほしいでもいいし、勉強とかだったら、例えば先生には知識といいますか、考え方というか、何か学びたいのを教えてほしい。
逆であれば、生徒側には、学生側には、先生はちゃんと学んでほしい。ちゃんとか何かが活躍します。そんな感情もしくは感覚を覚えている。
あとは、僕は、先生のあなたがどういう考えかわかりませんが、僕自身はすごく人に期待しているんだなと思ったんですよ。
期待が裏切られるというか、期待値を高めて、毎回一つ一つに念を込めて、どうですかと。
やっているかというと、正直そうではないですよね。とはいえ、捨ててもいいやみたいな、適当ではないというか。
これっていうのもあると思いますけど、毎回節字を伸ばしてやるのもまた、ちょっと堅苦しいといいますか。
で、そういうのも全部、いろいろ言えるんだけど、全部取っ払って、じゃあみたいな、真っさらになりました、はいみたいなときに、
シンプルにですね、僕はその人のことを知りたいなと思っているんですよ。
気持ち悪い人もいるかもしれないですけどね。
気持ち悪いとか思う人もいるかもしれないけど、別にいいんですよ。別に気持ち悪いことをやりたいわけでもなく。
あと、ごめんなさい、相手が不快だと思ったら別にやらないですからね。
それは気をつけたい。
し、それがわからないこともあるじゃないですか。
こっちが、ハラス弁当とかって今そうじゃないですか。
これが何でいけばダメなの?みたいな。
というのが、もうわからなくなってますね、本当に。
それで、言えば勝ちみたいなのもおかしいじゃないですか。
あと、ハラス弁当すれば勝ちもおかしいじゃないですか。
いったん勝ちとかも変だし、言われたら負けとかも変だし、なんかおかしいですよね。
勝ち負けがね。
そんな勝ち負けとかどうでもよくて、僕自身がどう思っているかというと、
基本的に前提として関わる人には気持ちよくなってもらいたいというか、
楽しく過ごしていただきたい。
別に接客業とかやりたいわけじゃないですけどね。
感情のコントロール
なんですよ。
心から。
なんだけど、その期待があるから、そうならなかった時に、
端的に言えば、イラつくわけですよ。
年齢も経て、10代、20代だったら若い人だから、感情をコントロールできずに、
ムキーみたいになって暴れだすとかは、若気の痛みみたいなのもあるじゃないですか。
暴力とかはダメですよ。
そういうのもあるわけじゃないですか。
若いとね。
でも、流石に若い。
60代から70代の人がいたら、僕今44か。
だいぶ年を重ねてきましたけど、
そういう人で何か起こるんかと、そう思う人もいると思うんですよね。
若い20代くらいの人もしかして聞いてるかもしれないですけど、
もしくは同年代くらいの人も聞いてるかもしれないですけど、
その40代くらいの人って、怒るの?みたいな。
もしくは僕、怒るの?みたいなことなんですけど、めちゃくちゃ怒りますよ。
で、ポッドキャストで別に怒り散らしてたらおかしいから、そんなの嫌じゃないですか。
だけど、今回は別に怒っているというよりも、怒るわけですよ。
要は前提として楽しくしてもらいたいというところがあるから、
その前提が覆されたり、
あ、違うんですねっていう、なんていうんだろうな。
例がないって言ったらいいんですか。
で、別にね、路上でキャッチセールスとかしてとか、
いろんな人に声かけて、物売ってます!みたいなのじゃないですからね。
それだとさすがに嫌な顔されますよね、そりゃね。
こっちだって警戒しますしね。
じゃないよねっていう。
要は状況として、なんていうんだろうな。
例えばよくないんですけど、
例えば飲み会みたいなのがあったりするとか、
趣味のサークル、写真でも絵を描くでも、
ダンスでもいいんですけど、
そういうところに来るってことは、
ダンスなり、興味があるわけじゃないですか。
そういうところに入って、
例えば僕がそこにいて、しばらくやっていて、
ベテランではないんだけど、
新しい人が来たから声をかけるわけです。
例えばね。
どんな感じで来られたんですか?とか、
別に主催の人ではないですよ、僕の立場に。
聞いて、そうなんですね、みたいな感じを撮ろうとしたときに、
これはリスナーのあなたはどう思われるかわからないんだけど、
簡単なやり取りっていうのは発生したいじゃないですか。
要はやり取りするから、そこで声をかけて、
例えばどこから来たか聞くかわからないけど、
根本的に、
根掘り葉掘り聞くというよりも、
簡単な挨拶。
どういう興味で来られたんですか?とか、
何かお知らせがいるんですか?とか、
その他愛もない会話っていうのは、
僕はしてもいいと思ってるんですよ。
この辺りまだいいですよね、多分ね。
多分いいと思う。
だけど、当然あんまり人慣れしてないとか、
初めての人と話すとか慣れてなかったらね、
それは対応がシドローモデルになるといいますか、
負けできないというのもあると思いますよね、
本質的なコミュニケーション
その人によってはね。
分かります、分かります。
でも、対応がうまくないのと例がないというのは別なんですよ。
全然別。
例えば黙ってしまったとか、
そういうのがあって、
それこそ発達障害とかね、
発達障害とか言ったら全部それにしてしまうとかもありますから、
それはよくないんですけど、
少なくともコミュニケーションが取りづらいとか、
何を言っているのか、
その人からすると分かりづらいとかね、
あると思うんですよ。
いろんな人います、本当に。
めちゃくちゃいろんな人いる。
だから、そこで決めつけずにってことですよね。
で、その時にまさに、
なんていうんだろうな、
その人の対応が、
何か霊を失するというか、
例えば無視されるとかね。
分かります?とかだと、
嫌じゃないですか。
こちら何もしないのに、
とりあえず話しかけたら無視されたとかね。
聞こえなかったとかもあるかもしれないけど、
明らかに聞こえているという状況があったとかね。
で、
そんな状況だと思ってください。
そうすると、
もう話しかけなくなるんですか、
そういうのって。
みたいな。
人間関係でそうなったとかいう話は全然ないんですが、
霊がないということに対して、
前ですね、
今月ですか、
今月だったかな、
先月か、分かりませんけど、
あ、先月か。
かなり起こったわけですよね。
起こったっていう話があって。
で、
それが若い人がやっているとかだったら、
ギリギリ20代前半くらいまでですか、
とかだったら、
あり得るかなと思うんですけど、
ところがですね、これ年齢関係ないですよね、マジでね。
全然関係ない。
年齢を経ていても全然な方もいらっしゃいますし、
別に年齢が若いから、それこそ小学生くらいの方でもね、
すごく霊がある方もある。
教育が、
その子がというのはもちろんありますが、
教育がしっかりされているという感じがしますよね。
ごめんなさい、それ挨拶ができるとか、
そういう意味じゃないですよね。
そんな表層的な話じゃなくて。
はい。
ごめんなさい、ちょっと長くなったんですけど、
そういう時に、
その霊というのは、
僕はその表層というものではなく、
霊というのは形式的なものだったらね、
表層なんですけど、
本質としてその相手に対する、
道徳の時間みたいでね、
恐縮なんですけど、
本当にそうで、
相手に対する心配りとか、
すごくさ、愛ですよ。
なんでポッドキャストで愛を語っているのか分かりませんが、
愛になるんだと思います。
はい。
で、
あと叱るとかもそうですよね。
怒るというのは叱る。
その要は相手のためをもってやるという行為ですね。
はい。
そうですそうです。
だから何してもいいわけじゃないですよ。
というのがあると。
で、なるべくなら、
なんていうんだろうな、
全然偽りでもなくですよ。
心から力になりたいとか、
出しているんだけど、
なんていうんですか、
テンプレみたいなお断りがされると。
はい。
で、これって当たり前ですけど、
別に断る側で僕がね、
提案する側じゃなくて、
発注する側でも、
そのテンプレみたいなのって、
ほとんど使わないんですよ。
うん。
で、まあ仮に使うとしても、
あの、
なんていうんだろうな、
申し上げないなって気分になるんですよ。
うん。
で、
でですよ。
で、まあその辺りを考えていくと、
その結局、
テンプレート的なものの
そういうので対応するって、
あの、
よくないんですよね、きっと。
で、
それを一個一個メッセージを出すのが、
非効率だから、
効率化するためのテンプレートがありますよね、
みたいな話があるじゃないですか。
で、まあAIと一緒です。
で、テンプレート同士で会話しても、
何も伝わってこなくないですか。
で、たまにここで取り上げたかな、
みたいな話があるんですね。
あの、笑えるんですけど、
え、なんだろう、
そのテンプレーサイトみたいなのがあって、
そこを見つけたんですけど、
神話性があるって書きましょう、
みたいな。
で、笑えるんですけど、
神話性って何だと思います?
例えば、
営業する自社と、
もしくは営業先ですよ、提案先の、
そこだとSEOが何だかっていう、
総合リンクのね、
謎のメールをね、
英語メールがあるんですけど、
あの、
要は例えば僕のサイトだったら、
仕事作りなんで、
企業だとか、
その仕事作るとかね、
ビジネスとかね、
そういう話題なわけですよ。
でもですね、
全然違う業界とか、
例えば建設業界とかね、
例えば美容とかね、
金融とかね、
何が関係あるやねんと、
突っ込むわけですよ、
で、
それに気づいててやるのが、
かなり悪質だと思いますし、
テンプレートですよね。
で、それに気づかなかったら、
悪質というよりも、
その人はそれが分からないんだなってことで、
今回のテーマであるいは、
表装と本質で言ったら、
表装なんですよね。
表層と本質の壁
伝わりますかね。
だから表装でやってたら、
テンプレート同士になるし、
テンプレートのやり合いになるから、
本質と言うのはいつまで経っても
テンプレートでやってる人が、
本質にいつたどり着くのかっていうと、
別に僕が偉そうに言いたいわけでもなく、
どこかで、
あ、これは潜れてないなとか、
これではダメだなって思うことがなければ、
いかないっすよねっていう。
本当に。
そうなんですよ。
っていうふうに思いました。
なんで、
何だろうな、
なんでやり取りに対して、
そんなコミュニケーションに対して、
コミュニケーションデータですよね。
これも大橋さんっていうか、
僕がそんなふうに言うかっていうと、
多分期待してない人は、
要はテンプレでいいよね、
表装でいいよね、
別に本音とかじゃないよねとか、
別に上っ面でもいいって言わないですよね。
進めばいいよねみたいな感じですよね、
仕事が。
でも仕事が進むってことは、
何か成し遂げたり、
何かやっていくってことは、
相手のことを理解するとか、
相手先もしくは、
自分のこともそうですし、
理解度が深まっていかないと、
やっぱり表装で終わるんですよね、
って思いました。
期待とコミュニケーション
で、
標準というか、
前提としてですよ、
僕の前提として、
なるべく、
さっき言ったように楽しませたいとか、
面白がってもらいたいとか、
その、
楽しませたいとか、
面白がってもらいたいとか、
その人に良い時間を与えたい、
みたいなのがあるんですよ、
本当に。
だから、
1円みたいなのは、
僕は好きなんですけど、
なるべく、
いい分に、
終わりたいというか、
5円があればですけど、
5円が発生しないっていうのも、
多々あるわけじゃないですか、
そういう話で、
でですね、
その時に、
なしのつぶてという感じで連絡が来ないのも、
もちろんそうですし、
来たとはいえ、
これ何か検討してないでしょう、
みたいな、
テンプレートみたいな感じで来て、
で、それを、
ビジネスメールみたいな感じで、
特に、
ドライと言いますか、
テンプレートで返すのが、
何だろう、
仕事、
儀式的な、
いわゆる就活とかね、
であればお祈りメールってね、
お祈りを申し上げております、
みたいなね、
思ってないですよね、
それってね、
思ったなら、
そこにその人の言葉が欲しい、
みたいなね、
そんな感覚です、
僕からすると。
でも、これは理想論ではあると思うんですよ。
じゃあそれが100人から応募が来て、
100人からテンプレートで断るっていうのも、
ありだと思います。
だから、
お互い様なんだろうね、
っていうところもあるんですけど、
ここで理想を追求すると、
そんなテンプレートでいいんですかね、
っていうことになるんですよ、
結局、
詰めていくと。
これは前言いました、
前言ったように、
人AI、AI人と一緒で、
AIいらなくね、みたいな、
マッチポンプみたいなやつですね、
そう。
で、テンプレを通すことで、
効率化できてると、
もしかして思ってるかもしれないんだけど、
効率化できてるっていう風に、
言う人いるかもしれないですけど、
本当なの?っていう、
一回通うよね、
みたいなのが、
あるわけですよ。
そうそうそう。
じゃあ、
効率化っていうのを、
美化するというか、
効率化できたらいいよね、
みたいなのが、
はびこってるわけですよ。
そう。
で、なると、
効率が良ければ全部いい、
みたいになってて、
免罪符ではないんだけど、
効率が良いことをやってれば、
罪を何を犯してもいいんです、
とかね。
だから、
例えば、
極論ですけど、
テンプレートでメッセージを出して、
で、
効率の代わりにね、
そう。
だから、ごめんなさい、
じゃあ、お母さんはテンプレート使わないんですか?
とか、AI使わないんですか?
って言ったら、AI使うし、
テンプレートも使うんですが、
なるべく使わない方がいいんじゃないかな、
っていう感じです。
で、一個一個メッセージを、
手書きしようが、
同じテンプレートのものを映そうが、
変わらないだけですよ。
多分ね。
気持ちがどうとか。
でも、一言入れるっていうのが、
大事だと思ってて、
その一言って何だろうな、
みたいな、
テンプレートの中に一言、
その人の言葉が欲しい、
それが多分、分かりますよ。
それは、業務というか、
いちいちコミュニケーションで、
そこまでやらないよっていうのも、
分かるんですよ。
そう思われる方もいらっしゃると思うし、
立場とか状況によりますよね。
テンプレート使って、
別にバンバンやってるし、
例えば言い分として、
そのろくな応募が来ないとか、
提案もないよねって思ったら、
それでもいいわけですよ。
分かります。
ものすごく分かります。
それを分かった上での話です。
だからその話でいけば、
これは僕の話なの、
僕の考え方なんですけど、
その上で期待をしてるんだなって思ってます。
で、期待をしたい。
その期待をせずに、
何だろうな。
適当だよねとか、
表装だけだよねとか、
またなんか表装だけだよねみたいな。
寂しくないですか。
僕はそれがめちゃくちゃつまらなくて、
嫌だなと思ったんですよ。
これはもう、
去年年末ぐらいからずっと言ってますけど、
そういうふうに期待しない社会って、
つまんなくないですか。
少なくとも、
つまんないなと思いました。
期待って別に相手に無理な要求をしてたり、
もしくは自分が僕に対して
すごいことが起きるみたいなね。
そういう話をしてるわけじゃなくて、
自分としては最低限の例だったっていうような、
気持ちの部分が、
全然ないよねみたいな。
かすりすらしないというか、
その気持ちすらないかなみたいな。
これは本質だと僕は思ってますけど、
気づいた人が何かやると、
その人がただ仕事が増えて、
組織ですよね。
会社組織とかの中では、
ただ損をして、
いろんなことをやり始める人みたいなね。
言われたことだけをやるのがいい人みたいなね。
評価軸の会社も、
わんさかあるんじゃないですか。
なぜならそれは、
言われたことでないことをやる評価がないからなんですね。
悪循環です。
価値観の違い
まさに悪循環。
そういう制度がどうとか、
そういう仕組みが良くないっていうのは、
いろいろ言うじゃないですか。
よく言いますよね。
日本という国でもいいし、
社会でもいいし、
組織でもいいし、
コミュニティでもいいし、
どんなことでもいいんですけど、
仕事作りでも仕事繰りでもいいんですけど、
そんなこと言っても、
僕は矛盾してるかもしれないですけど、
分かるんですよ。
それを言い出してもあまり意味なくて、
最終的にどこに着地するのかっていう、
例とか、
真心とか、
何か言ってますけど、
最終的に着地するのは、
具体的に示して、
相手を動かせるかどうかぐらいじゃないですか。
ごめんなさい。
だから僕は具体っていう意味のシーン、
要は特定の人との会話とか、
初対面だったり、
その人のことを知りたいと思うし、
なるべくこちらのことも伝えたいって思うんですよ。
って思ってるんだけど、
って話です。
だけど、
みんながみんなと意思疎通できるわけでもないし、
違いますよねっていうね。
そういったときに、
これ何のズレなんだろうなっていうのが今回の論点ですね。
僕が仮に仮説として言ってるのは、
本質もしくは表層なのかなと思います。
で、表層同士っていうのは、
本当にわっつらなわけですよ。
で、そのわっつらって何で僕がそんな偉そうに聞こえるかもしれないけど、
言えるかっていうと、
自分が何か考えてるよねとか、
こういうことはどうだろうねとか、
その視点をいろんなところに見たときに、
応じてくれたり、
もしくはそれがいいですねっていう人とは、
ものすごくいい関係を築けてる。
と思っている。
でもそれができなかった場合、もしくは、
なんかそのわっつらだなとか表層だなみたいな、
っていう風になってしまうと、
やっぱりですね、
厳しい。
で、
じゃあ本質って何って言ったら、
本質って何って言ったら、
じゃあ考え方みたいなものですよ。
で、考え方みたいなのが本質だったら、
表層は、
言葉とか言動みたいなものじゃないですか。
そう。
で、
その表層と本質みたいな部分が、
どうリンクしてるかは、
一旦置いといて、
で、もちろん考え方って言いましたけど、
僕のような考え方に、
僕から関わる人がみんな慣れとかね、
違う、
一緒だっていう風にしないと、
ダメってことじゃ全然ないですよ。
だけど、
例えばですよ。
お金を得られれば何してもいいよね、
みたいな人とは、
やっぱり付き合えないわけですよ。
付き合う必要性がないと言ってもいいんですかね。
そうそうそう。
例えばですよ。
で、それは考え方というよりも価値観、
みたいな話ですよね。
なんかそういう風に、
だから、ごめんなさい。
その本質っていうのを示すかどうかもあるじゃないですか。
例えば、
おっさんはやっぱりお金を稼げれば何でもいいんですよね、
みたいな風に来て、
そうなんですか、みたいな。
じゃあ、みたいな。
こちらから去っていくし、
断るし、
近づけないようにしますよね、
そういう場合に。
なので、
リサーバーの方もぜひ、
特に若い方であれば、
気を付けられた方がいいんじゃないかなとは思ったりします。
難しいんですけどね、
その距離感とか。
そうそうそう。
で、
そういうところで、
なんて言うんだろうな。
価値観の違いみたいなところに、
逆にそれは知り得たからいいと思うんですよね。
それを隠してたりとか、
もしくは考えてないからないみたいなところだと、
ちょっと話ができんぞみたいになると。
そうそうそう。
だと思うんですよ。
そう。
だから僕のコミュニケーションとしては、
表層と本質の違い
その人はなるべく本音というか、
考えていることを見ていますよねっていう話で、
見ていますよねっていうか、
見てたんですよ。
それはよく思います。
で、それが癖と言いますか、
普通なので、
物足りないわけですよ。
その表層みたいなところ。
分かります?
心のあたり。
だからごめんなさいね、
これ何度も言いますけど、
誰とでも本音本質で、
考え方をぶつけ合っていくっていうのを、
できるとは、
そこまで終わってないですよ。
で、なんかその怖さあるじゃないですか、いきなり。
本音は何?とか言って、
怖いじゃないですか。
だからその開示の仕方も徐々に良くて、
いきなり全開するとかも危ないし、
むしろ開示しなくてもいいから、
その人はね、相手は。
こちらは別に開示を聞くだけでもいいかもしれないですよね。
同じスロットルで、
本質スロットルみたいなやつのドリルみたいな、
ガーッと掘っていくやつが、
同じレベルとか同じ高さというのを、
期待しているわけじゃないですよ。
だがしかし、
そのなんていうんだろう、
その人に対する礼みたいなやつとか、
その人に向かう彼には何かしようっていう。
伝わってます?
なんかそういうのが、
めちゃくちゃ大事なんじゃないかなと思いました。
また、改めて。
だけど、着地は具体、
僕は具体化して、
相手に動いてもらうか、
動かせるかって、
要は心が、
感動というか動かせられるかだけだから、
別に相手がどうってことはないですよ。
相手を攻めてもしょうがなくて、
なんかしょぼいなとかは思いますけど、
それは別に悪戯ついてもしょうがないから、
なんか変な奴いたなぐらいで、
それで終わりですよ。
そうそう、会わなかったなぐらいで終わりですよ。
本当にそう終わってきます。
だけど、さすがにそれどうなのっていう人だったら、
でもそういうのも本人に言わないから、
どうなのって感じになりますけどね。
そういう中で、
生きていって、
本質みたいなのを、
前回、前々回かな、分かりませんけど、
過度に期待していたわけじゃないと思ってたんですよね。
僕の反省というか、
気づきですよ。
内省して、
もし振り返って気づいたっていうか、
もしかして、
もしかしてですよ。
そんな本質とか言ってる人って、
研究者とか、
それこそ学者、教授みたいな人とか、
心理を学ぶとか、人とのコミュニケーションをね、
より知りたいとか、
そういう人しか興味がないみたいな、
っていうレベルなんですよ、本当に。
っていうのに、あんまり気づいてなかったです。
コミュニケーションの理解
もう一回言うと、
要は僕は、
人とコミュニケーションを取るときに、
なるべく、
仲がいい人でも、
別に知らない人でも、
なるべく楽しいというか、
気持ちよく、仕事だったら仕事ができる、
もしくは、
その考え方を聞きたいと思っている。
なるべくならね。
じゃない人ももちろんいらっしゃいますし、
この人は別にそこまでっていう人もいるだろうし、
あと考え方がなかったりすると、
別にそこまでじゃないですよね。
その人なりの考え方っていうのは、
これも友人と話したことがありますけど、
面白いわけですよ。
やっぱり考え方っていうのがあると面白い。
なんでそういう行動を取るんだろうっていうのは、
面白いわけですよ、単純に。
僕にはなかったりするものがあれば、
あればあるほど。
または、
同じものがあっても面白いと思います。
だから基本的に人は違うものだと思ってるんですよね。
本当に。
そう。
だからそういうこと考えて、
いやマジで一緒だわっていう人に会えると、
本当に感動します。
そういう人に会いたいために生きてるわけじゃないですけどね。
心が動いたからっていうことはいいんだけど、
いいし、
それはすごく素敵なことだし豊かだなと思うんですけど、
別に同じような人に出会いたいみたいなのは、
そこまで正直ないですよ。
違う人に出会いたいっていうのもちょっと違うんですけど、
その辺りはちょっと置いておいて、
そういう時に、
ズレが生じてるって話ですね。
あれみたいな。
お聞きのリスナーのあなたがですね、
どういうふうにコミュニケーション取られてるかはもちろん、
最初期待って言いましたけど、
わかんないんですけど、
なんか、
もっと、
なんて言うのかな、
人が好きっていうのもちょっと違うんですけど、
その人を知りたいみたいなのが、
ないんだなっていう感じです。
これは別に上から見せるのも全然なくて、
僕は知りたいと思ってて、
そういうコミュニケーション取ってきたんですよ。
今もね。
じゃないとこのポッドキャストやってないですよねって思いません?
で、
なんて言うのかな、
分析ともまた違うんですけど、
なんかこういう人っているよねみたいな、
いい経験も、
良くない経験も、
それを振り返り、
考えていった時に、
いくと何が起きるかわかります?
どんどんその人が面白いし、
人を知るようになっていくわけですよ。
そういうパターンもあるんだ、みたいな。
わかりますね。
そうそうそう。
それがめちゃくちゃ面白い。
そうなんですよ。
っていう風に、
なんて言うのかな、
人付き合いもしてるんで、
なんか、
存在みたいな風になると、
良くないっていうか、
存在みたいな風になると、
良くないんですよ。
本当に。
本当に良くない。
当然だから、
僕が別に成人でもなんでもないし、
霊がどうのこうの言った時に、
霊を失してないみたいな。
要は失礼なことを普通にしてないかっていうと、
しているかもしれません。
そしてこういう話をすると、
ものすごくですね、
大失敗と言いますか、
話したような気がするから、
いいんですけどね。
もちろん名前出しませんし、
だいぶね、
若いと言っても、
ギリギリでも20代後半ぐらいですけど、
やっちまったなってことはありますしね。
そういうのもね、
リサのあなたもいくつかあるかもしれませんが、
そういう失敗も踏まえて、
いろんな経験をするじゃないですか。
人にとって。
そうした時にやっぱり、
残るのは、
僕が残ったのは、
やっぱ本質いいなみたいな。
また本質が良いと思うかもしれないですけど、
いいかなという話になります。
本当に。
です。
だから、
これもまたね、
またおまけにさ、
ずっとこすってますけど、
決意とかいらないんです。
変えようとかも良くて、
時間の、
要は時間の使い方です。
誰と、
それで時間の使い方を変えます。
その中で、
引っ越しは大変だからやめましょう。
ってなると、
あと最後の、
誰と付き合うかなんです。
だから、
変えたいっていうか、
変えていこうっていうか、
もしくは状態の話で、
誰と付き合うか。
だから時間を付き合いたい人とか、
関わりたい人と、
関わっていくっていう風に、
していけばいいですよね。
本当それだけの話になります。
そうやって、
自分が、
だから感性でもありますけど、
今回の知見というか学びが、
ちょっと薄かったかもしれませんけど、
やっぱりその感覚を踏まえると、
自分がいいなと思う所に行くべきだし、
そういう所に行くと、
心を買い合わせやすいと思うんです。
本質の話ができると思うんです。
そうしたら、
本質である場とか人とかは、
もしかしたら、
具体的な行動と意義
たくさんいないかもしれないですよね。
別に僕もそういう人が、
たくさんいるべきだとかも思わないし、
少なかったらダメとか、
別に比較するもんじゃないじゃないですか。
そういった時に、
いわゆる自分の、
本質と言いますか、
本質っておかしくなってきましたけど、
本音だとか、
自分が考えていることを話して、
上っ面の話じゃなくて、
これってどういうことなんですか?
なんでそういうことをやっているんですか?
という考え方を、
伝え合うと言いますか。
そうなっていくと、
ここの四国にラジオでも言っているように、
何かやっていこうと思ったり、
志もしくは創造性、クリエイティビティですね。
判断ですよ。
表層を追って判断していなくて、
言われたことをやるだけになるから、
自分でその本質のところを考えて、
これってこうじゃないか。
ある種の予想みたいな動きでもいいし、
人は間違っていると思うかもしれない。
例えば大笠さんは、
それは間違っていると思うかもしれないけど、
僕はこれはいけるんだっていうのが、
欲しいですね。
そんな人材募集しているとか、
そんな立場じゃないんですけど、
それ欲しいんですよ、僕は。
じゃないと、全然面白くない。
全然ですよ、本当に。
びっくりしました。
つまらなさに。
そうですか、みたいな。
じゃあ、借りまして。
だから、前も話しましたけど、
とはいえ、
じゃあその本質ですよ、
これは本質なんですとか言っても、
うさんくさいじゃないですか、めちゃくちゃね。
抽象的って言っても、
抽象ですごいぞって言っても意味ないから、
具体で示せないとやっぱり人は動かないから、
具体で示していくしかないですよ。
だから今回の話はだいぶ抽象的なんでしょうね。
具体で示していって、
それで相手の心を動かせるかどうか。
動かなかったらしょうがないかなっていうのは、
諦めるしかないです。
だけど、一応その本質の考えのところでは、
心を込めたり、
相手がね、
それは心がこもってないって言うかもしれないんだけど、
こちらを込めてるよっていう、
そこは手に来たくないなっていう感じですよね。
あと期待ですよ、相手に対して。
この人言ってもしょうがないんだろうなっていうような、
そういうのはまあまあやめてって、
もしかしたら通じるかもしれないぐらいの予知、
余白は残したい。
そうじゃないと、
僕はそう考えてないとやってられないっていうのも、
正直ありますよね。
そういうふうに考えてやりとりをやっていく中で、
少しでもですね、
だから具体を示すってことは、
いきなり具体がポンって出てくるわけないじゃないですか、
抽象というものは発語って言ってますけど、
本質という考え方がなければ、
元がなければ、前提や土台がなければ、
表層的なコミュニケーションの問題
そんなエダハだと思うんだけど、
具体的なものっていうのはやっぱり出せないんです。
なんでエダハっていうのは全然意味がないわけじゃなくて、
それを出すには、
本質や抽象みたいな考え方必須なんですよね。
それがなければやりようがない。
それをですね、
マインドセットとか言うとちょっと違ってくるんだけど、
でもまあそれに近いものがあるかもしれないです。
前提とか土台みたいなやつ。
基盤とかね、土台ですか。
があれば、
いかにもエダハはできるから、
あんまりエダハとか具体に、
だけっていうのは良くないですね。
考え方、前提やそういうのがあった上で、
エダハ具体化にこだわるなら、
めちゃくちゃ良いんですよ。
でもないなら、
ただ表層的なやつをいじってるだけだから、
やってる人が、
なんかこれいじってるだけだなっていうのは、
多分一番わかるんだと思うんですよね。
これなんかいじってるだけだなみたいな。
でも根っこのところにあれば、
それは、
これはこういうことですよねって言えるから、
多分ブレはないんじゃないかなと思いますね。
ブレってしまうような感じを覚える方は、
本当にそのエダハ根っこみたいなところがないところで、
その表層的なやつをやってることになるんじゃないですかね。
きっとね。
真剣ゼミじゃないですけど、
これなんか前あったやつだみたいな時に、
関係ないよねっていう風に目をつぶったり、
台湾に話しましたけど、
心の鎧みたいなやつで、
本当は自分のことはこういう風に考えてるんだけど、
それをバリアするみたいな、
守るみたいな行動に出ると。
そうすると、
なんていうんだろうな。
守られますよね。
心はね。
自分の。
だけど、その守っている心って何なんですかねみたいな。
そう。
なんかその自分だけが存在して心があるっていうよりも、
考え方みたいなもんですけど、
やっぱり他者とか社会とかの相互作用において、
影響を受けてしまうっていうのがあるから、
誰とでも自己開示して、
ワーってやろうみたいなのでは全然なくてですね、
なるべくですが、
シンプルに言えば語り合えたり、
いいよねってお互いを認め合うような、
切磋琢磨ってやつですね。
いう関係をもっとたくさん築いていくというとこです。
やっぱり僕がすごく感じているのは、
こういうコミュニケーションが普通じゃないってことなんですよ。
普通じゃないってわかります?
つまり、
表装で真意は言わないとか、
その表装だけでいいのだみたいな。
それはコーヒーショップの店員さんに、
自分の考え方はなんでこれなんで、
コーヒーはこれですとか、
ちょっと面倒くさいとか危ないじゃないですか。
って僕は思うんですけど、
会話とは違うかもしれないけど、
開示を誰とでもやるとか、
知らない人でもやれってことじゃなくて、
別に話していいよとか、
考え方をやる場だよねっていうのは多分あるんです。
もしくは、
僕は仕事なりに何かアドプトする、
何か創造する、
クリエイティブしていくってことは、
その考え方じゃないかなと思ってるんですよ。
だからいきなり考え方を示しても意味なくて、
具体的なやつを示さないとダメなんだよねっていうのも、
すごくわかってきてるかなっていう予感です。
予感としときます。
何かあんまり面白くなかったかもしれませんが、
今回は、
補足も何もなくこのまま終わりたいと思います。
というわけで、
テーマとしては表層と本質でした。
本質に近づいたりするっていうのは、
やっぱり考え方だから、
これは身も蓋もない言い方なんですけど、
考え方を鍛えるには考えるしかないってことですね。
考えてやっていきましょうってことになります。
考え方の重要性
考えて、
考えるのが好きと考えただけ、
別に使えないから損ですよねみたいな人が、
もしかしたらいるかもしれないですけど、
損得じゃないんだよなみたいな。
わかります?
すでに損得で物差しで、
効率化だとかいうわけじゃないですか。
効率的に考えるにはとか、
そんなのないんですよ。
一旦ですね、
そういうのを病とは言いませんが、
効率化とか、お金もそれに近いんじゃないかな、
というところに蝕まれるという、
自覚がなければしょうがないんですけど、
そんなことばっか考えていたら、
考えはできないし、
目の前のことを楽しむっていうことも忘れちゃったり、
あと感覚ですよ。
僕が言っている違和感っていうのもそこら辺に聞いてくるんですけど、
なんか感じたことないの?っていう。
それを多分感じていても、
なんとも言ってますけど、
殺しちゃってるんですよ自分ね。
消すというか。
僕はそれはアイデアだと思っていて、
自分の中で出てくるアイデアを即死させているっていう、
自分でね。
なのにそれに気づかないみたいなのは、
僕からするとすごい滑稽だけど、
別になんかそれを滑稽ですねっていうものをね、
特定の症で笑うとかはなくて、
それって単に、
さっき言った、
そういう環境がない、機会がない、
時間がそれに使ってないっていうだけなんですよ。
で、使うからには、
ごめんなさい、今までの、
いきなり1日平日使っている時間をガラッと全部変えろってことはなく、
ちょっとだけやってみる?
考えてみる?
違和感見つけてみる?
なんかよく分からんこと言っとったな、
表層と本質とかみたいな。
中傷と具体とか。
なんやねんみたいなね。
で、もちろんそれが、
よく分かんないです、興味ないですって人だったら無理しなくていいけど、
引っかかったら考えてみてくださいぐらい。
ですね。
ちょっとダラッとしましたけど、
今回も以上となります。
四国にラジオ大橋でした。
ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。
以上失礼いたします。
43:18

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