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2026-01-19 55:22

アイデアを価値にするまでが普通になっていくのかも

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サマリー

今回のエピソードでは、AIを活用してアイデアをプロトタイプに変える方法について議論されています。特に、顧客からのフィードバックの重要性や、価値を可視化するプロセスに焦点が当てられ、クリエイターの成長が促されています。アイデアを価値に変える過程では、創造性や判断力が重要であり、AIのサポートが求められています。プロトタイプ作成の意義が再評価され、価値を検証する行動が必要とされています。アイデアの価値を高めるためには、経験やコミュニケーション能力が重視されており、それによって新しいアイデアが具体化するプロセスが必要とされています。また、AIの進化により、アウトプットのハードルが下がる中で、創作側の意識や取り組みがますます重要視されています。アイデアを具体的な形にすることが重要視されており、ニッチな市場を狙うことや、人の考え方の多様性についても語られています。発信者やクリエイターの意識と挑戦について掘り下げられ、個人の価値観や興味が大きな影響を与えていることが示されています。アイデアを価値に変える過程について論じられ、具体性と興味を持続させることの重要性が指摘されています。

アイデアをプロトタイプに
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。このシゴクリラジオは、パーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事作りに関して話をしていく番組です。よろしくお願いします。
今回は、AIですね。話題をしていこうかなと。
テーマは、これまで最近考えたことではあるので、何度もアウトプットしていたり、こすり気味ではあるんですが、まずアイデアがありますと。
リスナーのあなたがやりたいことがあったとします。それをAIを使うことでプロトタイプにできます。
だから、いろいろ反論と言いますか、AIはそのままアイデアを使う場合にできない。例えば、イベントをやりたいときに、AIがイベントをやってくるわけではないんだけど、イベントの概要を投げて整理したりとかはできますよね。
そういうことでもいい。特にデジタルでアプリとかゲームとかツールといったもの、どっちかというとバイブコーディングというふうにプログラミング寄りになっているんですけど、ができます。
ウェブサイトとかでもいいですよね。だからデジタルでのIT表現みたいな部分が、ほぼほぼプロトタイプという意味ではできてしまう。
プロタイプというのはカタカナで横文字で分かりづらいかもしれませんが、模型品というんですかね。サンプルみたいなイメージです。
試作品がいいかな。試作品だから動かないとかそういうのじゃなくて、ほぼほぼアイディアのレベルを思いついたものを実現しているというイメージでいてください。
アイディアがプロトタイプになります、AIによって。今度はそのプロトタイプをクラウドワークスとかクラウドソーシングでもいいし、別に友人とか知人に聞いてもいいんですが、聞きますと。
聞いて、そのアプリやゲームを体験してもらうと。その場合、今までのインタビューと言いますか、ヒアリングというのはこういうのがあります。
それとGoogleスライドみたいなものでもいいし、YouTube動画みたいなの作ってもいいですし、画像だけ見せて、もしくは説明して、こういうのがありますというふうにしていくと。
顧客の課題を聞いてみたいなふうに相手がしっかりと答えるよねという演出というと怒られますが、そういう状況を作ってもいいと思います。
それは細かい話を置いておいて、実際にプロトタイプが動くので、それを使ってほぼほぼアイディアレベルのものが実現しているということはイコール、
その体験もほぼほぼユーザーが想像するのではなく、既にあるものをやった、プレイした、ツールを動かしてみた、便利だったとかがわかるわけです。
当然アイディアに盛り込まれていなかったらできないんだけど、検証というか感想はもらえないんだけど、一部でもいいので、それを検証するために十分。
つまりアイディアがプロタイプになり、それをユーザーヒアリングもしくは体験という感じに言ってますが、体験することまではできました。
体験してもらったからいいよねというわけじゃなくて、そこで言われたことなり改善点とか、もしくは良かった点というのが出てくるじゃないですか。
そういうふうにアンケートは聞いてくださいということですけど。
だけどそこで従来であれば、慣れてない方はこう聞くと思うんですけど、こういうのがあったらお金払いますかとか。
ものすごくわかるんですよ。でもイフ文じゃないですか。何々だったらっていう。便利だったらお金払いますかって言われて、僕が便利だったらそれお金払いますみたいな。
でもこれ便利じゃないですよねみたいな。だったら意味がないんで。
そのプロタイプのレベルで、そもそも触ってもらうもので便利を提供しなきゃいけないわけですよ。
僕なりに言えば表現という言葉になるんですが、僕が便利だと思うという価値をそのプロトタイプで表現してくださいというのが自分でのオーダーになります。
リスターのあなたがもしそういうのを作ろうとしてたらそこを表現してくださいと。
それが表現できてないのであれば、あえて聞く必要はないかもしれないですよね。
その人にね。自分で作ってみて違うなってことで流されるかもしれないし。
ちょっとここがめんどくさいというかわかりづらいかもしれませんが、作ったものが自分はそこまでいいと思ってないけどっていうのはありますよね。
自分は大した評価はしないんだけど、他人から見たらいいよねっていうのは割とある。
そこの折り合いをどうしていくかは割と精神的なものですし、自分の軸みたいなこともあったりするし。
それを本当に判断すればいいので、それを体験してもらうかはご判断にお任せというかですね。
その結果が得られた、そのフィードバックが得られたものを今度は、それは自分の思い込みじゃなくて使ってもらったわけなんで。
価値っていうのが明確になるかはわかりませんが、少なくともアイデアを出した、プロトタイプを作った、自分で触ったっていうよりも人に触ってもらった。
それを知らない人だったり、別にそれに一元さんとかユーザー想定もありますが、どういう人に使ってもらうかもありますが、
他人に触ってもらってその価値っていうのはおもろげながら見えてくるはずなんですよね。
アイデアの価値を問う
それが仮説検証ってやつですけど、そうするとじゃあこのアプリとかゲームとか、要は自分が作ったアイデアの価値ってなんだろうなっていうのを
一発目で自分がアイデアを出したときに、それがこういう価値だよねっていうのはわからないわけですよ。そんなのはほとんどわからない。
だけどそれを何回も回したり何回も検証していくとわかるよねっていう。
1回目でわかることはないかもしれないし、それでわかんなかったら諦めるっていうのもありですから、そこは判断次第です。
だけどこの今のサイクルですね。アイデア、プロトタイプ、ヒアリング結果っていったときに価値までいくから、
これ何が言いたいかというと、アイデアを出した瞬間に価値は何かまでを問われるってことなんですね。
これも何度も言っているかはわからないですけど、AIによってそのプロトタイプっていうものを形にできてしまうっていう状況がある。
もしくは難易度が別に高いわけではないと僕は思ってますし、多分できるんですよっていうときに、
やっぱりアイデア、プロトタイプで終わらずに、そういう意味では反省としてですね、
ちょっと後で述べるかわからないですけど、それができてなかったのかもしれないなと思ってました。
要はアイデア、プロトタイプで終わってて、その価値が何か。さらにそれを回すってことですね。
つまり一回ではできないって僕も言ってるんで、それを何度も回したいかってこともありますし、
何度も回すことに耐えられるかっていうのもありますよね。飽きないかもあるし、そこまで思い入れがあるかっていうのもあるし、
やっていく中の常時リストにプロトタイプを使うとかっていうのが出てくるかってことですよね。
っていうのがあるということで、プロトタイプをするAIっていうのはスキルなりやれば身につきますよと。
ヒアリングもコミュニケーションしていって、最初は行動や事実を聞くっていうことに関してが言われてもよくわからないんで、
練習するしかないですよ、それもね。別に偉そうに言ってるわけじゃなくて、練習していくしかないです。
価値は何が価値なんだろうなっていう、ユーザーとか、もしくは結果とか、自分の感覚とか判断して試行していくってことですから、
それも多分身がやっていけば上手くなると思います。下手になることはないんじゃないかなっていう世界ですよね。
そうなると、アイディアを出せる人っていうのは、この価値まで検証できるっていうことになるっていう話になるんですよね、僕の今の主張は。
そうなると、これも今回の結論になりますが、すみません、ちょっと長くなりましたけど、アイディアっていうものがあるかないか。
アイディアの有無っていうのは、この四国ラジオフリークの人ならご存知か、覚えてるかもわかりませんが、
日常にあるんですね。日常での気づきとか、日常での感じたこととか、日常に自分が面白かった、違和感でもいいですし、
そういうのをいっぱい見てて、これはどうなっているんだろうとか、こういう人は何をするんだろうとか、
自分はこれ面白いからもっとやってみようとか、そういった小さな気づきというかですね、
リトルCというかミニCというかわかりませんが、どちらもいいですが、創造先生の研究というのが気になれば調べてみてください。
そういうところに出てくるんですよ。つまり日常に何やってて、何を体験して、何を感じててという、ある種のインプットになります。
インプットというと、誤解される方がいるんですけど、本をいっぱい読めばいいとか、そういう意味じゃなくて、読んで気づいて学ぶ。
読んで気づいて学ぶ。だからアウトプットもしなきゃいけないんですけどね。
聞いてたら全部頭の中でもわかってるみたいな。自転車乗ったことない。自転車の教科書、自転車の教本というんですか、車の教本でもいいですけど、
読みまくって覚えてるけど実際に運転したことがないみたいなのは、まさにそれってAIなんですけど、AIがそういうの近いですよね。
じゃなくて人間はそれで運転をしようとするしできるから、そういうマニュアルとか教本とかいうのがあるし、学校がありますね、教習所がありますよね。
っていうのと同様で、自分で学んでいく人があるんですね。で、学ばないと多分アイディアっていうのは増えない。気づかないと増えないっていうところまで来ているような気がします。
だから日常、すごいフワッと自己啓発っぽく言えば、日常の豊かさが価値に繋がるみたいな感じです。吹っ飛ばすと。
で、価値までいったらあとは、あとはどうしたいかなんですよね。で、その仕組み的には価値があるなら、別にお金にしたいならお金にするように、いわゆるビジネスとか商売にすればいいわけです。
で、今僕が考えているゲームだったら無料で広告つけてやるかってことを思っているというか考えているんですけど、それが簡単にできるとは思わないので、
調べていって、ちょっと仕組みつつやってみたいかなと思います。どこまでいけるかわかりません。またリリースしたら報告したいと思います。
別にそうじゃなくてもいいですよ。イベントをするでもいいし、記事を書くでもいいし、アウトプットの仕方はいろいろあっていいんですけど、
価値っていうものを感じてもらえるのであれば、そこには多分人が来る。興味を持ってもらえるから人が来る。もしくはその人が時間を使ってくれる。会話をするでもいいし対話をするでもいいですけど。
そういうことになってくるんじゃないかなと感じました。で、結論的にはそういう意味ではやっぱりアイデアが大事だよなって。
AIだからアイデアがいらなくなるとかないから、創造性って大事だよな、人間がやることだよな。
そして価値のところに来ましたけど、判断ですよね。これはどうしたいかっていう自分の意思で、AIに補助してもらってもいいけど、
選択肢を提示することはAIもしかしたらできるかもしれないし、リスナーのあなたがAIを使って選択肢を出してもらうことはできるんですが、
何しますかっていうね。それを商売にしたいですか。それとも別に趣味ベースで、自分がいろんなサードプレスというかわかりませんが、
コミュニティみたいな感じでいろんな人につながっていくとかいうことで価値であれば、別にマネタイズという収益化という意味ではお金をつく必要はないんですよね。
だからそこは人によるんじゃないかなと思ったりします。だから全部を全部お金にしなくてもいいし、
全部を全部お金にしなきゃいけないわけじゃないから、それは手数というか数の問題かなというふうには僕は思ってます。
つまりアイデアが1個しかなければ、それを収益化するといったら終わりじゃないですか。
でも2つあればアイデアを収益化する、もしくは収益化しないものできるし、3つ目があればどちらでもないものも作ったり、
あといわゆるEVというポケモンになりますが、肉じゃがみたいなジャガイモと人参と豚肉を炒めておいて、
それをカレーにしますかシチューにしますか、肉じゃがにしますかみたいなEV的なものを作っておいて、
それを最後に仕上げてアプリにしようとか、子供向けにしようとか、
カルピスの現役みたいな感じでそこからいじることもできるかと思いますが、
これは多分創作とか企画するとかというよりの概念なので、別にそれを知らなくてもいいかなというふうに思ったりします。
別に聴いてる方がクリエイターだったり、出していくって人だったら全然それもアリだと思うんですが、
そういうふうに考えない人もいると思いますから掛け算ですよね。
人によっていろいろ違うんじゃないかなと思いました。
アイデアと創造性の重要性
というわけでアイディアが大事になるし、AIはサポートだよね、あと人は判断しなきゃいけないよねということで、
人にとっては創造性と判断がいるよねということですね。
あともう一個ほとんど創造性と一緒なんですけど、僕だったら検証してよかった満足したで終えることはできるんですけど、
欲っていうとちょっと違うんですけど、自分が何やりたいの?みたいな問いかけ?耐性みたいなのがあったときに、
やっぱり改めて感じたのが、僕は別に自分に興味があるっていう自己耐性みたいなのをして、
こうだよねって言ってどやかるじゃないんですけど、別に考えたら偉いとかもないんですよね。
考えたって考えてないっていう、考えるの苦手っていう人を別に攻撃してるわけじゃなくて、
考えてる人じゃないとあんまり話が合わないんですよ。話が合わないというか、なんか深いねーで終わっちゃう。
わかります?だからその深いねーっていう人って深さについてこれなくて、
モグルみたいなイメージ、ダイバーですよね。海とかプールとかモグルイメージで、
5m潜ったらもう深いねーで10m行くよーとか言ったら、いやもう無理だよーってなるわけですよ。
それはものすごくわからないです。なぜなら普段考えてて、何かやってこないとついていこうとも思わないし、
そんな深いところに興味なかったりするわけですよ。だから深ければいいとかね。深さ勝負をしてるわけじゃないですよ。
そういうのがあると。っていう時に、深いからいいでしょっていうことも全く思わないし、
自分が深いからいいっていうこともないんですよね。僕の方向性は、自分が深く考えたからいいよねみたいなことはほとんどなくて、
僕がポジティブというか、やっていきたいのは、例えばそこで深く考えたいっていう人がいたら、
その人のサポートをするみたいな。で、それがAIでできたらいいけど、多分無理なんじゃない?っていう読みがありますね。
でもね、きつそうなんですね。たぶんね。きついような気がします。
で、じゃあその、まあ抽象特大じゃないけど、深く考える、本質を考えるとか、今月もいろいろ言ってますけど、今年もね、言ってるんだけど、
それについても結構シンプルで、考えてそれを役に立たないというか、楽しみたいというか、
例えばですけど、抽象的に考えるとか具体的に考えると、ロジカル進撃とかなんでもいいんですけど、思考自体が特殊とは言わないですよ。
特殊とは言わないんだけど、訓練する場がないんですよ、きっと。トレーニングする場がない。
シンプルに自分の意見を聞いてくれる人がいないっていう。
で、これなんか、ごめんなさい。僕からすると、自分の意見を聞いてくれないって何だろうなって思ってるんですよ。
もちろん職場で自分の意見を主張してどうとかっていうことの状況ってそこまでないかもしれないけど、
でも、おかしくないですか。冷静に考えると。つまり、その人がいるのにその人のアイディアとか考えとか意見とかが、
何も思わせられないようにしてたらダメだし、思っても反映されなかったら言わなくないですか。
あと、やり損とか気づき損っていうことは僕は知ってるんですけど、仕事の量が増えるだけで何も改善…
ごめんなさい。その人にとって何もやることが増えるだけで、サボる方がいいじゃんっていう現場になるんですよ、そういう時って職場というか。
それは僕は嫌だなと思ってるわけです。でも、職場とか組織ってそうなりやすいじゃないですか、硬直すると。
というのはありますよね、根本的に。ものすごく些細な話をしているかもしれないですけど、
自分が考えたことが無限にされたりとか、ありがとうもすらないとかって嫌じゃないですか。
っていうのが僕の世界観というか世界線で、世界観じゃないですね。そういう社会の方がいいなって思ってるんですよ、本当に。
だから、そういう人を、くすぶってるというより言い方が良くないですけど、うまくハマってない時に話を聞くとか、別に愚痴を聞きたいわけじゃないですよ。
その考え方を一旦受け入れるよね。受け入れる人はいるよ、みたいな。
かつ、別に僕みたいな人が特殊で一人しか存在しないというわけではなく、
状況が良くないから、さっき言った、自分が考えたアイディアとか意見とかを提案するとかやっていきましょうという風な現場じゃなかったら死ないじゃないですか。
でも、その人ができない人ではないわけですよ、そういうことは多分ね。
私もそういうのを思っていろいろ言ったんだけど、ダメだったね、だからもうそういうのやめてよ、アハハみたいなのが、美談ではないですけど、
なんかそういうのが、よわたりがうまいとか、諸星術みたいな風に語られるじゃないですか。下手するとライフハックみたいなね。
それライフハックじゃないと僕は思いますけど、まあまあいいでしょう。
そういうのもあるので、いやだからそれ違いませんか、みたいな。
わかりますよ、理想論を言うっていう理想ですよね、大笠さんそれ理想ですよねとかもわかるんだけど、
いやなんかね、そこで理想だから違いますよねとか言っていると、なんかもう終わっていくんじゃないかなっていう話でした、本当に。
本当にそうです。だからAIにはできないことはいっぱいあるよねってことで、アイディアを出す部分、想像性の部分ですね、判断をする部分、
どういう方向にしていきたいかみたいな、去年にも言ってました、対極観ですよね。
大きな流れで見ていくとどうなんだ、みたいな。大きな流れで見ていくと、そうですね。
人類なんてちっぽけなものですよね。人もね、なりますね。
まあちょっと長くなりましたけど、ちょっと区切りということで、これぐらいで区切りたいと思います。
価値を検証する行動
後半というか、補足としてですね、今回はこれで終わりにするんですが、気づきですね。
気づきの補足として、今言った話が伝わらないよなとか、そういうツッコミを入れつつ補足で話してみたいと思います。
若干脱線気味になると思うので、興味がある方、今回の趣向について興味がある方はぜひちょっとだけ聞いてみてください。
5分、10分で終わると思いますが、今回は一旦以上となります。
続きが気になる方は補足も聞いてみてください。
ここまでありがとうございました。四国理ラジオ大橋でした。
四国理ラジオ大橋です。
今回は補足ですね。本編と言いますか、前編ではだいたい話してしまったので、そのあたりで少しだけ補足をさせてください。
まずですね、アイディアプロタイピングみたいなことは、実はYouTubeとかで配信というか、スライド型で話しててやってたんですよ。
そのプロジェクトというか、やってみて1年くらいやってましたね。
4年の11月とか、1年にやりました。
おかげさまに週に1本みたいな感じで50本くらいやって、これはノートとかでも書いたし、以前話した気がしますね。
振り返りなんであまり面白くないと思いますが、気になる方は見てみてください。
ノートでやってます。
そこから得た知見というところでいくと、制作とか創作とかプログラミングもそうですけど、マイナーなんですよ。
マイナーというとちょっと良くないんだけど、10人に1人くらいじゃないかなっていうのがその感覚です。
最近ノートとかのユーザー数が1000万人超えたみたいなところで、一方でクリエイターというかアウトプットする投稿を1回でもしたことがあるという基準だと思いますけど、
160万人くらいだったんですね。7人か8人で1人みたいな。そんなもんなんだろうなって言ってること分かりますか。
つまりユーザーとしてコンテンツを楽しむ人が多くて、それをアウトプットする人の方が数として少ないという理屈です。
もちろん、そのノートというプラットフォームとかYouTubeというプラットフォームで見たらそうなるだけであって、
YouTubeを見ている人が見てYouTubeで発信する。もしくはYouTubeを見てノートで発信するとか、ノートを見てYouTubeで発信するとか。
その累計は分からないんで。累計をとっていったらもうちょっと増えるかもしれないし、その基準ですよね。
何を持ってアウトプットする発信するということになるかだけなんで、継続なんじゃないですか。
月に1回ぐらいとかを出すぐらいが平均値としてありなのかな。週1は多分きついんだろうなと思ってて。
月に1回ぐらい何かアウトプットする。動画でも記事でも何でもいいんですけど出すみたいな。が、
割と平均値とか中央値ぐらいなんじゃないかなっていうふうに思ってます。3ヶ月に1本だとちょっと弱いかなとか思いますが、別にそれがダメでもない。
年に1回でもいいし、それを別に否定してるわけじゃないです。週に1回ずつぐらいYouTubeをやっていったときに、
刺さらないというか、僕自身が思ってたんですけど、アイデアをプロタイプにするみたいな話。
それで仕事にできるか?みたいなことを、仕事クリエイターっていうこともずっと言ってますけどね。
考えて試してたんです。でも、すこぼるというか、全くかすらなかったっていう感じはもちろんあるんだけど、
アイデアをプロタイプにするっていうのは、もうできてしまうわけですよね。
チャットGPTでもキャンバスがあるし、ジェミニもアプリ化するみたいな。
クロードでもアーキテクとかありますし、違うバイブコーディングのツールもありますから、
別に特殊なことではないですよね。ツールが一般の汎用的な生成アイのほうが使いやすいんだろうなっていうところですね。
だけど、生成アイのチャットGPTとかそういうのも、共有すれば見える部分はあるかもしれませんが、
あくまでもチャットとかアプリ上であって、一般に公開するって感じじゃないんですよね、きっとね。
あんまり見たことないですね。チャットGPTだとGPT図とかありますけど、
チャットGPTユーザー向けみたいなね。そうすると一番良さそうなのは、
ChromeとかGoogleから使えるやつとかもありそうなんですけど、ちょっとプログラミング要素が強いかなっていうのはありますね。
そういうのは置いといて、要は一般の人でも使えるようになってきたってことなんです。
だからそれは喜ばしいことだし、逆に言えば僕からすると検証しようとしてた、
持っているアイデアを形にできますよっていうのはほとんど価値がないと。
だから前編というか本編で言いましたけど、アイデアをプロタイプにしてっていうのはもうできてしまうんですよね。
それをできないとか知らないっていう人は、そういうものできるんですよってくらいでおくて、できてしまう。
で、さらに体験やヒアリングをしていって、価値ってなんだみたいなところまでいかないと、
そんなに大きな価値にはならない、その行為自体が価値にならない。
つまりプロタイプを作りますとかヒアリングしましたとか、価値はこうだと思いますではなくて、
ユーザーから聞いたらこういうことが言えてるよねとか、実際にプロタイプを作って試して検証しますっていうより、
実際に動かしてアクションしていってるかっていうことを作るっていう意味でいくとね、
しごくり作りみたいなことを言うと、それは価値になると思います。
よくここでも言ってますけど、アイディアと行動だったらアイディアだけでは価値がないっていうのは、
アイディアプロタイプみたいなところがあまり価値がないってことなんですよ、相対的に言うとね。
で、ここで行動っていうのは価値を検証する、価値はこれだっていうのを特定していくような一連の過程のことを言ってますね、全部ね。
アイディア、プロタイプ、ヒアリング、価値は何かっていうところの今4段階が一気に凝縮されてると思ってください。
その過程ですね。で、その時にコモディと言いますか、アイディアからプロタイプを作れますっていうのが価値になるなと思ってたんですよね、素朴に。
だけど一瞬で無力というか、無力まではないんだけど、そこまで得意なことではないよね、特殊なことではないよねってなってたわけですね。
なんでこれからそこで、そういう意味ではYouTubeで配信してるのっていうのが、もうプロタイプで仕事作るぞっていうのはほとんどなくて、
そこにヒアリングする価値を入れるってことをやっていかないと価値になり得ないですね、と僕は思いました。
AIのサポートの限界
で、じゃあそれって何って言ったら、いわゆる個人開発とかサービス開発とか、別に個人じゃなくてもいいんですけど、
何か新規事業でもいいし、仕事経営でもいいし、何か商売をしたい、何かプロジェクトしたい、副業でもいいんですけど、
っていう自分でやることになるかなと思いました。本当に一緒だなと思ってます。
なんで、その規模は置いといて、それをやっていけるかどうかみたいになってて、
残るのは、さっきも言ったようにアイディアを出す部分、アイディアの部分にいい人間がね。
それを個別のスキルがあると思いますよ。プロタイプにするとか、しやすい、すぐできるとかね。
あと、そのAIの使い込み方もあるし、ヒアリングの仕方もあるコミュニケーションですね、そっちはね。
するし、価値自体を考えていく、具体的に中小企業のこととか、自分で経験してきたものとか、
体験してきたものがあればあるほど、こういうイメージでできるぞっていうのをひも付きやすいですし、
新しいぞっていう感覚も分かると思いますから、それは経験してたり、体験してる人のほうが有利ではあるんだけど、
でも、その部分はどんどんコモディティと言いますか、平準化されていって、
誰でもできるようになるんじゃないかっていうところなんですね。
だからアイディアの部分が価値がある、あと判断ですね。
価値とは何なんでしょうかっていうようなものをくくえて、人間の価値が出てくるっていう話でした。
創作におけるAIの影響
という意味で言いたかったのは、プロトタイプにできますとか、今もそうじゃないですか、
AIでツールで何かできますっていうのを、それが価値だって思う人もいるかもしれないけど、あんまり価値はないですよね。
できるっていう情報としての、AIを触りたい人向けの情報やノウハウとしては価値があるけど、
あくまでもそこまでなんですね。
じゃあAIでできるから、さっきも最後に申し上げた気がするんですけど、
作る人とか発信する人が増えてるかっていうと、ここが怪しいんですよね。
むしろ人口的に減っていくから、減るんじゃないっていうのと、
当然考えて、僕も含めて年齢が高い人たちですよね。
40代以降とか20代30代が作るんじゃなくて、40代以降とか、本当にシネアで80代90代でも作るっていうことが、
求められるって言うとちょっと違うんですけど、やってもいいっていうか、やれるんだよっていう感じなんです。
わかります?じゃないと、作る欲求もしくはそれが欲しがる欲求に対して答えられないんじゃないかっていう話ですね。
もっと平たく言えば、社会の何か消費したい、何か見て楽しみたい、便利なもの欲しいみたいな欲求って減らないと思うんですよ。
多分。なのに作り手側は減る、もしくは増えてないっていうのがどうなんだって話ですね。
AIによってそういうのが素朴に増えていくよねって思いたいんだけど、何かそうならなくないですかっていう。
それはAIとかそうじゃないですか。そんなに別に魔法でも全然なく、ちゃんと考えて、ちゃんと出して判断してやらないと何も使えないわけですよ。
それがあるんだろうなと思います。だから僕が使えてて何かやれてるっていう意味ではないですよ。
だけど少なくとも何かやりたい。ここでも何度も言ってますね。何かやりたいことがないとあんまり使わないですよね。
AIを創作とか何かを作っていくところのサポートにはならないだけですね。それだけです。
あとはそうですね。創作とか制作側の話ってさっき言ったように1対7ぐらいだから、作る人は1に対して7人が使う側なんで、
創作論ですよね。これは手応えとしてわかるんですけど、ポッドキャストの時代の配信の話とか、作ってる側の意識とか、ブログとかもそうですし、
しごくり自体もそうですよね。そういう何か作ろうとかその企画というか、企画戦略とかですね。そういうのって1対7で考えたら刺さらないんですよ。
分かります?だから仮に面白いねって思う人は、これはほぼ予言でも何でもなく、何か作ってる人か作ろうとしている、そこに興味がある人なんです。
だけど、この創作論しかり、しごくり論的なやつ、企業論とか何たらノウハウとかも全然何でもいいんですよ。別にそれ自体は否定しないんですけど、何でもいいんですけど、
それをノウハウを学んだ、読んだとか言ってもあんまり意味ないんですよ。本当に。それを見て、じゃああなたが得たことは何ですか?解釈は何ですか?
何か違っていると思ったら違っているっていいし、何でもいいですよ。ビジネスとかもそうじゃない。ビジネスも一緒です。
自分がこれだよねっていうふうに行動とかアクションに結びつけないと、あんまり意味ないです。意味ないというか、もともとは何かそれをやろうとしているんじゃないの?って話なんです。
やろうとしているなら、そのやろうとしているものに近づくように何かやっていく方が良くて、ノウハウを集めたり、事前学習で学ぶことではないですよね。分かります?
学ぶっていうのはアクションも入ります。考えるってことだと思えば入るんで、僕からすると。ノウハウを読むことじゃないですよね。
創作論で文章の書き方とかを学ぶなとは言わないし、別に興味があれば学べばいいんですよ。
だけど、ということはそれを踏まえて出してみるとか、それを踏まえてやってみてやってみる。どうだったかを感じてみる。振り返ってみる。
それをやらないとダメじゃないですか。ダメじゃないですかっていうか、意味ないんですよね。
だから、そこがギャップがありますよね。だから出したところで、あんまり意味ないんだろうなっていう。
別に出すなってことじゃないですよ。僕も出しますから。
だけど、一般の人とか、創作とか制作とか授業とか、大きなわけで作るってことに関して興味がない。もしくは、作ろうとはしていない人の方がやっぱり多いんですよ。
そんなことわからなかったのかって話かもしれませんが、どうなんでしょうね。
別にそこはあんまり見ないようにしています。正直。だけど、あえてそれをやる必要性はないわけですよね。
一般の人向けに。というか、一般の人向けって良くないですね。ユーザーにとって面白いなって思えることを追求するなら、
多分それはそこまで求められていないっていうくらいですか。話として。
仮に、概念やノウハウや、僕はそれ好きなんだけど、行ったところで、やったところで、
創作のためにヒントになるし、その人のためにはなるけど、ためになったからといってアウトプットが飛躍的に改善するとか、
そんな魔法ではないから、地味にそういうのがあったなってことで学んで気づいて創作する。
コミュニティと価値のニッチ
実際に出すってことがないと、あんまり意味ないですよね。っていう話になっていくかなと思います。
だから、創作なり、作り方とかノウハウとか、そういうのが意味ないってことも思わないし、
それが欲しいっていう人もいるかもしれないけど、原理的には意味ないですよね。原理的にはね。本質的にはね。
本質的には、それをいくら詰め込んでも意味がなく、それをもって解釈したものがあって、
ボトルネックというか、すごい小さくなるんですよ。首。フィルターじゃないけど、すごく狭くなるんですよね。
自分が体験して感じて再現性がある何かっていう、新規で何か取り組めってこともいいんですけど、
そこの一部しかまずできないはずなんです。学習ってね。だから難しいんだと思います。
学習とか学びっていうのが時間がかかるんですよね。で、それをやってどうかっていうぐらいだから、
何かから学ぼうとするのは悪くない。でも学ぶってことは、試すってことにしかひも付かないかなっていう感じですね。
はい、まあそれぐらいですかね。補足としてはそれぐらいになるかなと思います。
で、あとはちょっとぐだっていくのではないかもしれないんですけど、
その創作の話になってるかもしれないですけど、
本編で言ったアイディアからプロタイプヒアリング結果を踏まえて、価値はこれだみたいな風とか、
スピードが上がったりできるようになってきたら、それは量産ができるってことですね。
量産っていうとすごい同じものをポコポコ見出すような感じを受けるかもしれないですけど、
あくまで僕のイメージは抽象的な箱みたいな、もしくはブラックボックスじゃないな。
一応ホワイトボックスなんだけど、箱、もしくは何がいいんだろうな。
カルピスの原液っていうのが一番分かりやすいんですが、あって、それを絶やさぬようにすると。
あとはそこにどういう風に出していくか、カルピスウォーターにするのか、カルピスのアイスにするのか、
カルピスウォーターでもいいですし、そうやって出していくだけなんですよね。
これ言っていることはだいぶおかわりの方がいらっしゃるかもしれないですけど、
あえてもう一回説明しておくと、僕自身はアウトプット自体にそこまで興味がないんですよ。
意外に思われるかもしれませんが、本当にないです。
ないっていうのは、形になっていくっていうところが面白いので、
記事のアウトプットとかBotcastの話と、あと時間もかかる具合も違うし、
話して終わりとかもあれば、SNSで出して終わりとか、ブログで出して終わりとかもあれば、
もっとそれを詰めていくプロジェクトだとか、時間がかかる用とか、学びの時間がかかるとか、
それはもう全然違うのはわかるんですけど、
基本的にアウトプットするというところで何か作る。
プログラミングでもいいし、アプリを作るでもいいし、企画をするでもいいし、
授業計画の資料を作るみたいなことでもいいんですけど、リサーチをするとかも。
でも全部、自分が考えて何か出したっていうアウトプットっていう感覚に変わりはないんですよ。
だからあとはアウトプットの技術みたいなのがあるんでしょうけど、
そのアウトプットの技術みたいなものがだんだんAIによってハードルが低くなっていってるんでしょうねっていう感覚があると。
自分にとっての幸せというか、最後の本編でも言いましたけど、
豊かさとか何かみたいなことを考えていったら、
アウトプットってこうやって出せますっていう創作論みたいな話って正直どうでもいいんだろうなって思うんですよ。
生み出し方の話なんで。
その人がそんなやり方してんだっていう驚くようなやり方だったら面白いんだけど、
でもそれはそれでその人のやり方だから別に真似する必要もないし、真似しなくてもいいんですよね。
ってなると僕が言っている箱に入れてポンポン生み出していくってやり方も別に正直どうでもいいかなと思ってて、
あんまり思ってなかったんですよ。
だからさっきの1対7、1対8っていう作る人と消費するとか見るとか、
消費って言う方が良くないかもしれないけど楽しんでもらうユーザーみたいな閲覧者みたいな人からすると、
その1の方ですね。
だから少ない人の向けにそういうのってこういうの面白いだよねって僕は思ってたんですよ。
実際にそれはこういう話面白がる人もいると思うし、全然それはありがたいんだけど、
でもそういう人がマジで少ないんですよ。
だから少ないから価値がないとは思えないんだけど、
なんていうんだろうな。
ニッチと言いますか。
単にそれだけです。
ニッチがダメとかね。数が少ないからダメってことじゃないですよ。
ニッチとかそっちの方向になりますよね。
しごくりっていうのもメタニッチというか、もうちょっと引いてみればニッチでいいんだっていうのがあったわけです。
実際それは変わらないんだけど、
でもそれでいいならもう分かる人だけ集ってやればいいってなりますね。
何かっていうと同じような思考というか考え方の人たちだけで集まって、
そこでクローズドでやればいいってなるんですよ。
それが悪いわけじゃないと思うんだけど、
僕の感覚だとそれあんまり好きじゃないんですよね。
なんか閉鎖的というか数通し悪いなみたいなね。
僕が作るバーとかコミュニティはそういうのはあんまり興味なくて、
それ自分じゃなくてもできるし、
あと自分がつまんないよねってなるんで。
僕は要は自分がつまんないもので相手に喜んでもらうっていうのは、
あんまり好きじゃないというわけでやりたくないし、やる意味ないなって思ったんですよ。
これ本当本音ですよ。
これが理想ではないわけで、
要は、
じゃあ世の中で全部自分がつまらないです、やりたくないです、
でも人にとっては価値がありますってだけなのかって言ったら、
アイデアの価値
そうじゃないじゃないですか。
それは若い人だったら分かんないかもしれないですけど、
そうじゃないよね。
自分がいいなと思うものでも、
思うものでもって言い方しますねあえてね。
人は喜んでくれたりするっていうね。
そのギャップがあるんですよね。
もしくは、
だから今のシンプルに自分がいい、他の人もいいっていうのもあるんですよね。
っていうののポートフォーリーと言いますか、バランスなんじゃないか説なんですよ。
ってなると、ちょっと長く言われましたけど、
要はしごくりだとか、つくり手だとかいう、
ここではニッチと言いますが、そういう人たちは少ない、
そういう人たち向けにやればいいっていう感覚があったんですよね。
あったし、別にそれは消えてないです。
マスって言ったら変ですけど、
大勢の人向けって言うと違う。
それはすぐ。
すなわちそんなに、
1対7っていうか、割合7、8、
多くの7割ぐらいの、
7割じゃん、8割か。
85%ぐらいかな。
16%だから74か。
まあいいや、84か。
そういう多くの人たちっていう人に届けようとした時に、
広げるイメージあるじゃないですか。
すごい間口を広げて。
でもそれはさすがにやりすぎで、
それはないわけじゃないですか。
もう万人のためのアプリですよとか、
万人のためのゲームですよってなくないですか。
ないんですよそれは。
だからそれはやりすぎなんです。
そこで出てきたものを絞って、
こういう人には受けるんじゃないかっていうのを絞った時に、
あくまでゲームとかはわかりやすいんだけど、
つくり手とつくる人向けのゲームなんてないわけで、
それを楽しんで、
シンプルにそれを楽しめるかということですね。
ユーティリティと言いますか、ツールとかサービスも、
シンプルにそういうニーズと言いますか、
需要と言いますか、
それを検証していかなきゃいけないんですけど、
それを試してやっていくと。
それが結果的にニッチよりだったらニッチよりでいいし、
発信とクリエイターの挑戦
より広がりそうだったら広がりそうでいいということなんですよね。
この時の、ごちゃごちゃしてますけど、
僕の感覚としては、
ニッチとかそっちに寄せてOKっていうのを、
分かる人には分かればいいなみたいなのってあるんですよ。
あります。
だけど、そうでもないかなというのも芽生えてるんです。
芽生えてるというか、あってもいいなと。
つまり、複産物思考でいくと、
僕がポコポコ思い出すものっていうのか、
全部無価値だったらそれはいいんだけど、
僕がそこまで価値は重きに置いてないような、
だから主産物じゃない複産物でも喜んでいただける方がいれば、
それはどんどん量産できるわけじゃないですか。
主産物もどんどん出せるわけですね。
箱があり、僕の健康と精神と、
さまざまなものが正常というか、
アラートが出てなかったらいけるわけですよね。
あとは、僕がどう考えるかどう出すか、
どう考えるかっていうのは、
本質的にはどうでもいいって感じなんですね。
僕の中では大事だと思うし、
僕に興味がある人にとっては、
僕の考え方とか興味があるかもしれないけど、
それはそういう人にとっては、
そうじゃない人の方が圧倒的に多いわけじゃないですか。
これ興味持って聞いていただいている方じゃなかったら、
なんか言ってんなぐらいじゃないですか。
それはものすごく分かる。
そういった時に、
何が持っていかないといけないかといったら、
具体的なものです。
さっき言った、ポコポコ出した具体的なアウトプットで示して、
この人はこういう風に考えてこういうことをしたんだなっていうね。
ノウハウがいいとは分からないですけど、
エッセイでもいいでしょう。
何でもいいですよ、体験機でもね。
だったらこの人には興味があるなって言って、
具体が入って抽象の自分の方に持っていく感じですね。
つまり僕自身が概念や考え方が抽象であったら、
具体でそこから導かれた体験や、
作ったものでもいいわけです。
作ったものってことになるんですけど、アウトプットになるんですけど、
それを見ると。
だから僕自身は具体を抽象から出している。
だけどユーザー、人は具体を見て抽象にくる。
もしくは具体から見て抽象にくる人が8割とか9割かもしれない。
1割の人は抽象の僕のその制作とか考え方からきて、
抽象から抽象を変えるかもしれないし、
抽象を見てその人の具体的なアウトプットを見るかもしれない。
だから僕がよくあるなあと思うのは、
この人の考え方が面白いなあっていう具体論みたいな、
想像論を見たときに、
だけどその制作物、アウトプットが別に面白いかっていうと、
確かにそういう世界になるよねっていう理解になるだけで、
別にその具体なもののファンにはならなかったりするってことは、
まあまああるわけです。
それはリスナーのあなたはあるかもしれないんだけど、
その人が考えているものとその人が出しているものは違うよね。
でも実際にその他から出てるんだけど、
僕からすると、
1ファンとか1ユーザーとしては、
その具体がいいかどうかだけじゃないですか。
これもまあまあ難しいところでありますよ。
具体がめちゃくちゃいいんだけど、
その人の考え方がすごい、
イーヴィルというかジャックというか横島な人だったら、
なんか嫌だなとかなるじゃないですか。
で、わかりますよ。
例えば漫画家でもいいし、
すごい素晴らしい作品を作って自分を感動してくれた人は、
すごくいい人に違いないって思うじゃないですか。
じゃないこともありますよね。
それは別に全てのクリエイターの人っていうにも、
言えるかもしれないですよね。
あと変化するし、
すごく経験してないことをしたから、
歪んでしまったが家に出せるとかもあるじゃないですか。
怖いっちゃ怖いところですよね。
精神性とか考えとか出ちゃうから。
まあわかんないです。
だから別に優れてるものを出してるから、
その人が性格が悪いとか歪んでるとかって意味じゃないですよ。
芸能人しかり有名人しかりでもそうじゃないですか。
この人は自分と共感できる考え方を持ってるから、
いい人に違いないって思いたいのはわかるんですよね。
ものすごくわかります。
だけど、そうでもないじゃないですか。
だから考え方が相性が合ってるけど、
一緒に何かやらない人もいるし、
考えが違うんだけど一緒にやりたい、動きたい人もいるじゃないですか。
わかります?このニュアンスというか。
そこが面白いなと思いました。
純粋に僕も。
自分の再発見ということで。
なんでアウトプットを楽しんでもらう。
具体を楽しんでもらうとか、具体的にしてどうするかっていうのを
もっと精度を僕が上げていったら、今の話でね。
もっとさらに次の展開というか話ができると思います。
だからそれをやっていくだけかなと思います。
それがアクションしてなくて、
頭で考えちゃって何かできてないと、
ちょっと確かに動かないなって感じは確かにするなと思います。
ここで難しいなと思うのが、
じゃあそれって一人でできるんかなっていうことですよね。
別に所属リスペースを使ってくれっていう話はもちろんないんですが、
興味があればぜひって感じです。
だけど、人ってタイミングがあるじゃないですか。
今じゃないとかね。今だみたいな。
タイミングって何でしょうねっていうね。
僕もよくわかんないです。
感覚の話なんで。
そうなってた時に、自分がやっていきたい方向性というのがなければ
今のやつをやったり、そこで学んでいくしかないよねっていうのは正直あると思います。
だけどあるならば、そっちを貫くというかやっていって形にしていくっていうのが
いいんじゃないかなっていうような気づきになります。
ちょっと補足としてはだいぶ長くなりましたけど、
まとめると、政策とか抽象的な本質的な考え方とかって
多くの人は多分そこまで興味がない。
多様な価値観の理解
なぜなら、それは簡単で、創作とか発信とか考えとか
作品を作るとか、プログラミングでもいいし、何でもいいですけど、
ゲームでもいいし、文章、本でもいいし、何でもいいですよ。
っていう側じゃないからなんですよね。
でもプロシューマーと言われて、一億クリエイターではないですけど、
ノートってそんな感じしますけど、そこでユーザーが1000万人で
別にみんなが使ってるわけじゃない。
しかも発信者が160万人でっていうのは意外に少ないなと思ってて、
160万人ですよ。しかもそれずっとやってるわけじゃないですよ。
YouTubeとかも一緒なんじゃないですか。
このスタンドFなり、ポッドキャストも一緒なんじゃないですか。
それを続けていくってことができないっていうのは、
別にその人の意思が弱いとかいうことじゃなくて、価値観だと思いました。
だからフォロワー数が伸びないから辞めましたとか、
いいねがもらえないから辞めましたとか、お金にならないからね。
スタンドFMとかもそうですけど、別に収益化できてる話で
皆無だと思いますよね。もちろんできている人はいないわけじゃない。
1人以上はいるからね。だからできているんだろうけど、
異次元の世界ですよ、そのレベルまでいくとね。
それで成形とかだったら異次元だし、
仕組みを作ったらフォートボールを作っていかないとできないですよね。
だからやるなって話じゃないんだけど、そこをだけ見てやれる人は、
収益化している人でさえ難しいんじゃないかなと思いました。
見てないはずです、続けられる人ってのは。だから僕は見てないわけですよね。
なんか増えていったらありがたいなと思うんですけど、でも
最近僕思っているのは、こういうふうに本当に思ってますよとか
心からとか言ってるじゃないですか。本音でっていうか、
本当にそう思っているから言ってるんですけど、偽っていいふうに
言おうとしては言ってないはずです。っていうことを言うと、
結局聞いてくれる人って増えるんですよ。
で、それって何でかって言ったら、別に他にも
自分が思ったことを言って、喋ってますとか考えてますっていう人がいると思います。
だけど、これは僕のその仕事クリエイターがおかしいっていう人がいて、
僕がAIで喋ってないし、僕が喋ってるから、僕の考え方とか
僕のその見方がなんかいいよねぐらいで良くて、
なんかいいよねっていう人がいらっしゃるから、
なんかこう、支持されるというか恩恵さですけど、聞いていただけるんだろうな
っていう、それだけです。じゃあ別の人が今回のような
同じ意見や考え方を別にしているでしょうし、もしくは
している人がいても、それはその人の考え方じゃないですか。似ててもね。
具体が違ってくるって感じです。それが面白くないですか。
僕もそうやって聞いてて、この人面白いなって思ったら、その人の世界観や
見方があって、それが面白いんだと思うんですよね。そういう意味では
見方、考え方っていうのは、理解されると
言語化されるとそうなるんだけど、別に言語化しなくても
なんかいいよねっていう風に聞いてくださってる方が
多いんじゃないかっていう風に、良い風に捉えてます。
だから別に一切考え方とか
本質、抽象論とか、創作、もしくは授業の作り方とか
しないとか、そんなことは全然なくて
それって全体で見たときには
刺さりづらいんだろうなっていうところですね。
アイデアと興味の維持
聴いてくださる方だと、そういう話でも聞いてもらえるのかなっていう感じがします。
一般よりもね。一般の
あんまり接しない人たちに話した時にポカーンってなっちゃうような
感じがします。なんか作ったこととかないから
この人何言ってるのか分かんないみたいなね。
なりそうですよね。分かります。なんか学生さんで
食べたことあるんですけど、なんかそんな感じだよなっていうね。
それそうだなっていう。
具体で示すことが大事なんでしょうね。それで興味を持ってもらう
みたいな。だけどそれは伝える講師側の熱量もいるし
興味を持ってもらうってことが必要なんですよね。
しかもですよ、ここが残酷ですけど
こうやって具体を示して体験して面白いでしょっていうことをやったとしても
ゲーム専攻学校に行った人が別に
ゲームクリエイターになるわけじゃないよって話と一緒で
そこにいた人がみんな別に興味持ってもらうわけじゃないんですよね。
興味っていうか、それをずっと維持するかはまた別じゃないですか。
だからそれはすごくこちらのね
わがままだと思うんです。そんなに興味は持ってくれないと思います。
興味を持つようにそれが楽しそうにしてても、面白いね
っていうところで終わるってことがほとんどじゃないですか。絵でもいいしね。
別に学校の国語、算数、理科、社会とか何でもいいですよ。
学問でもいいし、勉強することでもいいし。
それで一発でやってすぐ変わった方が逆に怖くないですか。
だから具体で体験していくのはすごく大事なんだけど
結局、体験して落とし込む抽象的なところですよね。
本質的なところとか学びとか共通点とかっていうのは
僕が何か言ってもそうかもしれないなぐらいの助力でしかない。
サポートでしかないんですよね。だからレスラーのあなたで気づいていただいて
こういうことかもしれないなっていうのはご自身で気づいていただくしかないじゃないですか。
だからサポートなんですよねって僕は思ったりしました。
ちょっとまとまり良かったんでこれぐらいにしたいと思います。
補足もお聞きいただいた方ありがとうございました。
今回はこれで終了したいと思います。全部聞いてくださった方もありがとうございました。
というわけで今回は以上となります。四国にラジオ大橋でした。
以上失礼いたします。
55:22

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