自分のスタイルの重要性
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。このシゴクリラジオは、パーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組となっています。
最近、友人がYouTubeの方を登録したよ、ということをいただきましてありがとうございます。
日常話をするのって、たまにはいいんじゃないでしょうか。してないですよね。今回のテーマとしては、ゆるく自分のスタイルでもやっていこうと、そんな話でいきたいと思います。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
はい、シゴクリラジオ大橋です。今回のテーマは、自分のスタイルでもやっていこうと、そのまんまですし、仕事クリってそういうことだよねってことですね。
そうですね。ある企業支援をしている方の記事を読んでいて、そこでコミュニティに慣れるアイデアがこういうのがあるよってことを書かれていたインタビュー記事みたいなものがね。
記事っていうのはバババと割って流し読みしちゃったんですけど、流し読みしますよね、ちょっと量が多いと。そういうアイデアを見てもありふれたと言いますか、その人が感じて問題だなと思うのがやるのが大事ですよね。
例えば別にオススメしてないですよ。オススメしてないんですけど、例えばSUO対策をやりますみたいな。やりたいですという人がいて、やりますという人がいたら、やればいいと思います。どうお客さんを持ってくるかとか、その仕組みは知らないですよ。
それだけですよね。結局その一人目のお客さんをどう捕まえるかみたいなのが割と大事というか。それが偶然とかね、偶然というかご縁でというのは全然いいと思うんですけど、それを再現性がある程度になっていかないと商売としては成り立ちづらいですよね。
そんな当たり前かもしれないですけど、それを一旦受け入れつつも、やれることをやってみるというのが大事だなというのをそういう記事を見てて思いました。一方でそれって個人ですよね。特に自分でやろうと。会社でもいいと思うんですけど、自分何かやるとき、担当者が何かやるときですけど、要はその自分の持ち味とかを生かさないと全然面白くないわけです。
面白くないというのは、僕が言う面白くないは続けられないということと同義ですね。なので、自分がやらないという前提でのアイデアみたいになるわけです。そうすると、自分がやらなくても他の人がやるでしょっていうふうに思い込んでたらダメで、誰か適切な人を見つけてその人にパスしないとダメですよね。
それはそれで結構能力としているような気がするんで、作りましたあとは任せましたっていうのも、それをやるかっていうとまた別なんだよなってよく思いますね。
自分のスタイルって何かっていうとやっぱり棚卸しですよね。自分の持ち味っていうのは何だろうかとか、自分はこういうことをあんまり意図せず気軽にできる。かつそれが相手が望んでる、もしくは望んでなくても提案して良しなりと言いますか、話が進んでいったり、それをもう一回お願いしますとか求められるものが一番いいんでしょうね。
この時にスタイルっていうのも、新しいものをやるっていうのが好きな人もいれば、そこまでっていう人もいらっしゃるじゃないですか。
授業をやるっていう時ってレベルは新しいことをやってるじゃないですか。もしくは新しいことをやるっていうのが既存にないものっていう意味じゃなくて既存にある何かを真似すたこ焼き屋をやった方がいい、知ってますよね、たこ焼き屋さん、屋台とかもありますね。
それをやるっていう時に、真似じゃないですか。真似してもいいんだけど、真似してやれますかって話ですよね、単純に。真似するんだけどリスナーのあなたがやったことなければ、それは初めてになるから新しいことじゃないですか。自分にとっては新しいことですよ。
やった場合にそれが、むくむかないものはちょっと分からなくて、やってみないと分からない部分があるし、客商売であるとか、ものづくりじゃないですね、食べ物を作るとか、大変だと思うんですけど誰かに食べさせた経験があるとか、いろんな経験があるので、そういうところから自分がピッタリとは言わなくていいんです。
ピッタリなものは多分ないけど、適したものはあるんじゃないかみたいなところで、そこで見つけられるかどうかっていう話ですよね。それが見つけられるなら、いいんじゃないかなって思ってます。
それが見つからない人が多いんですよね、多分。よく分からないみたいな。でもそれって何度も言ってますけど、やるしかなくて、試すしかなくて、小さな一歩からでもいいのでやるしかないかなっていう話になっていきます。ずっとそんなこと言ってますよね。
自分のスタイルっていうのが確立されててこれしかありませんっていうのも、ある種の格好良さはあるんですけど、前も話した通りで、それで枠を狭めすぎてしまうとまた適用ができなくなりますね。広げて適用型みたいな人は広げといてもいいような気がします。何でもできるから。
あんまり適用が得意じゃない人はある程度狭めといてもいいかもしれないですよね。だけどここで注意したいのは何でも屋さんみたいな意味で、便利屋さんというよりも何でも屋さんみたいな意味で、何でもやれますってやっぱり何もできませんっていうことになるんですよね。
実践と失敗からの学び
それをどこまで理解していただけるかってところで、何でも来たらやれるよっていうのはある種すごいけど、じゃあその何でもやれる人に、あの人何でもやれるからってことで振ります?多分違いますよね。
実際に何でもやれるから振れるっていう状況って、その人のことを知っている、要はリスナーのあなただったらそのリスナーのあなたを知っているからこういうことをお願いできますよねっていうのがあるんで、
多分その信頼関係とかその蓄積があると思うんですよね。その蓄積がなくして何でもやりますっていうのはちょっと甘いと言うで怒られるかもしれないですけど、ちょっと違うんじゃないかなって思ったりします。
で、人がですね、個人が、企業でもそうですよね。やれることって少なくないですか。クリーニング屋さんみたいなところにウェブサイトの作成お願いしますっていう依頼ってしないじゃないですか。
多分ね。やってるとこあったらすいませんね。ウェブ制作しながらクリーニング屋さんやってるとこあったらすいません。だけど基本的にはそうならないじゃないですか。
だけどその人がいろいろやれるよっていう自社のサイトを作ってるよとかね、いい感じだねってことだったらそこから自社ウェブ制作やりますよってことを言えるかもしれない。
それを実例としてあるので注文しやすいかもしれないですよね。
そのクリーニング屋さんなのかウェブ制作会社さんなのかわかりませんが、その会社がその人がやりたいかどうかはまた別としてやれるじゃないですか。
そういうふうに重ねていくのがいいかなって思いますし、僕はそういうのが向いてるというかね、合ってるのかなって思ったりしました。
会って話したりやり取りしてコミュニケーションしていって、課題というかこの人がこれに悩んでたりもしくはこれが困ってるんだったらこうしましょうってことを提案していく。
ひたすらこれをやるしかないと。
信頼を積み重ねてリピートするなり仕組みを作っていってやるしかないかなって。
結論がつまらないというか、ごく当たり前の話なんですけど、自分のスタイルにこだわりすぎてもどうかと思うし、こだわらないとなんでもないになるから、
バランスみたいなところって正解がもしかしたら答えが欲しい人がいるかもしれないですけど、ないですね。
それに対してこうするのが答えとか言ってる人はかなり怪しい。
なんかノウハウを売りたいからこう言っているとかね。
それはちょっとどうですかねっていうところがあります。
やり方もあるわけですよね。
自分がまず出してみて検証していくっていう行動タイプなのか、僕は2つに分かれると思ってます。
その行動タイプなのか、熟行というか考えて練り練ってやりたいみたいな人ですね。
成功への道
これ当然なんですけど、難しくて、相談とかでも、いろんな例を出すと混乱してしまう人もいるし、例を挙げないと具体的じゃないとかね。
あともう言いたい放題なんですよ、要は。
だから、良くも悪くも自分の感覚とか考えていることって、僕はですよ、信じたいというか自分の考え方がいいと思いたいじゃないですか。
アイデンティティじゃないけどね。
一生懸命考えたものとか、ずっと考えてきた、20年20年考えてきたものがいいと思いたいじゃないですか。
アイデアしかり、仕事しかり、ビジネスしかり、発想しかり、なんでもいいですけど。
でもですね、評価って別なわけですよ。
自分がいいなと思っていても、相手からすると全然ダメだよねっていうのが普通にあるっていう感覚を知っているだけでも、
なんか有利と言うとね、ちょっと比較してるみたいですけど、それを知っているだけでも強いなと思ったりします。
最近特にそう思います。
それは前にも言ったんですけど、失敗をしているってことはやったからですよね。
やってない人は失敗してないじゃないですか。
失敗してるってことはそこから、学んでない人もいるかもしれないけど、学ぶことができるじゃないですか。
もちろん失敗したことから次やらないようにしようとしても、なかなか上手くいかないことももちろんあるんで、
全部から全部学べない、失敗全部から学ぶとは言わないけど、そこから学ぶこともできるという可能性がある。
だから失敗した人、失敗してない人よりも失敗したのが部下評価できるし、失敗から学んでる人はさらに評価できるし、
そういう人って結局成功率が高くなっていくんですよね。確率が高くなっていく感覚です。
低くなる人はいないんじゃないですか。
自分のスタイルの重要性
低くなる人っていうのは、何かをちょっと中傷感なのか、どこかをわざとやずらしているのか、それでもあえて成功したくないのか、
成功っていうのはビジネスであればちゃんとビジネスが回るとか、それこそもっと細かくしてお客さんを見つけるとか、
知ってもらうとか、そういうところのプロセスをしないとかやらないとかって感じですか。
それはさすがにできなくないですか。
常識的な感覚と非常識的な感覚が混在というか入れこりになるというかぐっちゃぐちゃになるんですけど、
でも信じていくしかないなっていうのは、自分とそういう価値を誰か必要としてるんじゃないかっていうふわっとしたものでもいいんで、
そのふわっとしたものが届けられるんじゃないかとか、こうなったらいいなみたいなのが最終的にはすごく大事になるんじゃないかなと思います。
っていうことをイメージの中でやると。やったら課題が見つかるのでまた修正すると。
その繰り返しになっていくんじゃないかなと思っています。
こういう話はやってる人には刺さる気がしますが、何も本当にやってない人にとっては何を中傷的なこと言ってるんだろうなっていう話になる
類の話なんですよね。やってるから偉いっていう主張もなくて、やりたいタイミングとかやるときって人によって全然違うんで、
それはもう、なんていうんだろうな。
例えば記号したいですという相談があったとして、その人が記号するかって言えないじゃないですか。
何月何日まで記号してくださいって。
仮に1ヶ月後に記号してくださいって言っても、別に記号って何ですかって話になってくるし、会社設立するのは全然依頼すればできるわけで、
事業として成立するってなると時間がかかるわけですよね。
最初って投資と言いますかお金を出して持ち出しみたいになりますし、物販みたいなものだったら仕入れしなきゃいけないですし、
物販じゃないサービスでも、それをちゃんとコンサルティングだとか言っても、
その人とするお客さんを見つけてきてその人たちに提供するみたいな仕組みをやって、かつお金をいただくってことをやらないと始まらないわけですよね。
そんな感じなんですよね。
そうやって言うと不安はおってみたいに思うかもしれないですけど、全然そんなことなくて、それが楽しいというか、
わからないなりにやっていって、こういうことがわかるんじゃないかっていうのがわかっていくのが楽しいと思うので、
個人事業、フリーランス、経営者、企業家、何でもいいんですけど、状況は何でもいいんですけど、
規模とか何に関わらず楽しいんじゃないかなと思います。企画が好きとかね、商品開発とか。そうなんじゃないかなと思っています。
そういうのが結局わからないなりにやっていって、みんなが見えてきたり、こういうことなんじゃないかってことが当たってくる感じっていうんですか。
こうしたらいいんじゃないかっていうのが見えてきたりして、気づかなかったことを気づけたりっていうのがめちゃくちゃ楽しいみたいな。
それが楽しいからすぐ、すなわちお金になるとかね、そういうことではないんですけど、
だけどそれはどんどんやっていけばアイディア、ビジネスアイディアになるしかり、アイディア自体が育っていくので確率は高まりますよね。
だけどそれが僕の感覚では10%から60%くらいでしかなくてうまくいくとか、
その確率を上げていっても60%くらいしかないから、あとはその状況によって手を返してやっていくしかないからみたいなことを思いました。
ぜひ聞いている方で、今回自分のスタイルってやっていこうというと、スタイルがないとダメとか、スタイルに合わないものでやっちゃダメっていうふうに聞こえるかもしれないですけど、
あくまでもここで言うスタイルはかなり柔軟な話で、自分がやりたい仕組みとかやり方は大事にしたい。
だけどそれにこだわりすぎると結局いろいろ失ったりとか適応していないのもありますよね。
一番わからないのは、自分がやってないんだけどすごい重要なものを見過ごしたりするとかいう話ですよね。
例えばAIの流れを無視しているとか、無視はできるんですけど、結局それを使わずにおいても結局周りが使っていくから影響を受けたものを見ることになりますよね。
そんな話と一緒で、自分のスタイルっていうのを重視するのもいいんだけど、結局その場合は何かを失っている可能性もあるよねっていうことを認知しておく感じですか。
もしくは何でもやりますって言うと結局それは何もやれないことになるから、とはいえ柔軟に適応していくスタイルは重要ですよね。
バランスは正解も回答も全くないので、さすがにこれはできないなとか、これだったらできるかもっていうのを増やしておくことに越したことはないなと現場的にも思いました。
柔軟性と試行錯誤
なんでいろいろやっていろいろを見て考えて試行錯誤していくってことには全然変わりがないです。
その時にあまりかっこいいとか格好をつけることはするなとは言いませんが、したところでかっこいいが認知とか売り上げに繋がっていくっていうのを意図的にやるならありなんですけど、
芸能人みたいですね、インフルエンサーとかね、それ必要ないかなって思います。
だからといって格好悪いとか恥をかくとか全部出すとかね、それもまたちょっとやり過ぎだと思うので、それもバランスですけど、
上手いところを探していかないと結局それは見つからないみたいな話となるかなと思います。
今回は以上となります。四国にラジオ大橋でした。ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。
以上です。失礼いたします。