はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。このシゴクリラジオは、パーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組となっています。
今回のテーマは、2つ言おうかなと思ったんですけど、2つはちょっとお腹いっぱいになりますから、1つだけということで、今回は自己成長、
成長に関しての記事がありまして、これはなんだっけ、
アイティメディアか、アットマークアイティというメディアで書かれてた話です。筆者の方が面白いですが、
昨日、これ先生っていう、この先生き残るにはっていうと、この先生生き残るにはっていうね、あの方忘れちゃいましたけど、
言葉のね、言葉って面白いねみたいなね、雑な紹介でね、本があったんですが、そこでも紹介されてて、この先生き残るにはと、この先生生き残るにはっていうね、
転応とかね、区切り方間違えると違ってくるみたいなところを使っているのかはわかりませんが、その方が書かれて、これ記事URL貼っておきますね。
を読んで、これはですね、結論はないというか、前編みたいな感じだったんで、どうなのかなと思ったんですけど、簡単に言えば、令和ですよね。
7年?7年か。ちょっとわからないなって思いますが、令和始まってて、平成生まれの人ももういい年になってきているって感じですか。
平成がどうとかどうでもいいんですが、今って成長ってどうやってやるの?みたいな話をメインにしてます。
結論としては、ブラック企業はちょっとやりすぎだしたけど、ホワイト企業化すると、今度、ちらっとリスナーの皆さんも聞いたことがあるかもしれませんが、
言葉を選ばずに言うと、ヌルい。ホワイトすぎるんで、背伸びしたりとか、無茶っていうかね、たまにはちょっと頑張るみたいなのがない。そういうのも抑制されてしまう。
基本的に僕も同意なんですが、成長って自分がやれないこととかできなかったことをやってみるとか、知らなかったことを知るとか、そのようなチャレンジ要素があると思うんですね。
なので、このしごくりでは、何度も言ってるんですが、企業も学びも成長も、新しいことをやるのも、ほぼ同意ということで使ってたりします。
なので、あんまりごちゃごちゃ難しいこと言わずに、新しいことをやれてるのとか、成長というのは何が成長ですかってなりがちですけど、ただ同じことを繰り返してて、成長になるかというと、やっていることの質を高めるとかがありますよね。
サッカー選手だったらサッカーの個別の技術とか、戦略戦術とか、いろいろ分解してできると思いますが、仕事であればその仕事自体を社会とどう繋いでいくかとか、メタ的にどう捉えるか、キャリアアップということが最近聞かなくなりましたし、言えないですよね。
何がキャリアで何がアップなのか。多分それって出世するとか、役職つくとか管理職つくとか、給料上げるとか、もしくはアップが何を意味するかわかりませんが、その人がやりたい方向性と別の人がやりたい方向性が違っているとアップの概念もないわけなんですよね。
人にとってはそれがダウンだと思うと。そんな考え方も生まれてきたところで、結局ホワイト企業をホワイト化すると成長できないんじゃないかっていう。じゃあどうするのっていうのが、今回の記事が書かれてないんで別に無理して読まなくてもいいんですが、
その辺りをね。つまり成長って自分でやらなきゃいけない。自己責任って若干言葉が好きじゃないんですが、確かにでも別にそれって誰かがやってくるわけじゃないよねみたいな。ごくごく冷静に考えるとね。
自分で考えましょうってことになるから。その話は変わらないんですが、今の時代における成長ってどうしましょうねっていうところを今回考えていきたいと思います。ご興味あれば引き続き聞いてみてください。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
はい、しごくりラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。今回のテーマは成長ですね。この時代にどう成長していくかということで、ざっくりしているというか、バックリしているというか、ふわふわしている言葉だと思いますが、基本的に学ぶことでしょう。体験したり経験したりすること。日々リスナーのあなたもやっているし、僕もやっているとは思います。
だけど、まんねり化していたりとか、つまんないなみたいなのはないですか?そんなことないですか?日々充実していて楽しくてしょうがないみたいな人は、成長できていないとかっていうのはないと思うんですが、それこそ社会人、3年目5年目とかわかりませんが、ある程度何か同じことをやっていったら、毎日の繰り返しだよなって思ったりする。
この違和感は多分誰もが持っていると思いますし、そこに関して何も思わない、むしろ思っても、これはみんな思っているんだけど、この間の話ではないですけど、縦前、本音ではそう思っているけど、縦前として、そういうもんだよねみたいな人たちが周りに多いと、そういうもんだよねで通っていくので、
まんねり化を言ってはいけないというか、それに耐えるのが仕事ですみたいな解釈も可能じゃないですか。だから否定はできないですけど、批判的に捉えていくと、結局それだと同じことを繰り返しているだけでいいですよね、なんでそんなに無理するんですか、今が幸せですよみたいな。
なんかわからないでもないというか、それがね、いいじゃないですか。それは対立とは僕は思ってないんですけど、一方で成長しようよみたいな、いろいろやっていこうよっていう人にとってはとてもぬるく感じると。
世の中の中で、これは知らないですよ。何度も言ってますけど、10人いたときに、例えば起業をしようという人が10人いるかというと、どうも日本においてはそうでもない。むしろ思ってても言わなかったり、なんかこっそりやる、もしくはそもそも興味がないという調査というかデータがあるときに、
結局1人ぐらいしかやらないわけですよ。クラスに1人2人、もしくは3人ぐらいいた。もう今はね、学校のクラス自体の人数が減っているから、クラスってとてもどうなのかなと思いますけど、40人いたら3、4人というかね、いるかもしれないという感じですよね。
で、やりますっていう人がそもそもいない、いないというかいないなら、ブラック企業っていうのが昔はあったと。今もあるんでしょう。だけど、それによって無茶されて何かやっていったっていうのが、ごっそり消えるわけですよ。
ここで言うとブラック企業を推進しているとか推奨しているわけでは全くないんで、時代としてそういうのがどうしてもあったみたいな。いいなんて一言も言ってないですよ。それで、無理して挑戦するっていうのがあった。一方でこれは多くの人がボロボロになっているからダメだと思います。
推奨しているわけじゃなくて。でも、そのブラック企業も結局レアというか、おかしいよねと。もしくは、そこまで追い込まないけど、それが当たり前だよねと思っている自分も含めてですよ。おかしいよねと。
っていう人たちがメインであったら起こりはないわけですよね。だから、これ行動が難しいんですけど、ブラック企業がっていう風に完全に否定してもいいんだけど、一方でそれを完璧に撲滅するみたいな。撲滅はできないんだけど。
でも、ほぼ消えるぐらいのレベルで社会的に、政策、政治、国が、自治体が、企業が、それぞれが、そんなことはさせんぞと。そんな無理した残業なんかないよっていう風にしてたら、ないわけですよね。
そういう意味で、共犯って言ったら怒られるんですけど、そういうのを容認してきたっていうことは、大いに反省しなきゃいけないんだろうなっていうことは思います。だから、じゃあ今ホワイト化している。つまり、定時に変えれるし、何かやるときにはちゃんと説明して、どういうことが得られるのかとか。
もしくは、どういうことがこれにとってあなたに期待しているのかってことを説明していく。それは別にいいんじゃないかと思う。だけど、今度は何かをさせるっていう意味では、何かを考えてやるとか、何かを作るとか、わからないですけど、今までのやっていることをただやるだけであれば、もう作業員としてなりますから、ぶっちゃけAIになっちゃっていくわけですね。
そういう同じもの繰り返しとか、考えなくていいみたいなやつね。判断しなくていいみたいな。それはもう時間の問題だと思うんですね。要は、AIを会社が入れないとか、もしくは、なんか怖いみたいな、セキュリティー怖いみたいなやつで、もう排除してたら、別に使えませんよねってことで。
あと、デザイナーじゃないんだけど、アウトプットがよろしくないし、使いづらいみたいな。説明しづらいですから。アウトプットが向いていなかったら確かに遅れるか使えないし、やりづらいので、それは若干時間の問題だと思っても時間かかるわけですね。
そういう中で、人間が考えたりやるっていうところがどんどん求められると。これは今までずっと話してますが、結局AIによって効率化、精算性が上がったっていうのも、じゃあ何が浮いた時間に使えるかってなったときに、それはどうするんですかって。
そこで休んでしまって、よかったねってなると、多分ホワイトなんだと思うんですよ。休めるみたいな。でも多くはホワイトでも、その時間は働いてくださいみたいになると思うので、もしくは働く時間で定義しないなら、相応のアウトプットや成果を上げてくださいっていうふうに求められますよね。
だから営業じゃないんだけど、部合ですよね。成果に応じた成果給だけじゃなくて、固定給っていうのを用意しておいて、それをさらに超えたらやるというのは報酬が得られるみたいなのが、割と一般的だと思ってるんですけど、完全部合とか怖いですもんね。
だからそういう意味で、浮いた時間をいろんな仕事やいろんなことをやるみたいなのが、たぶんできてくると思うんですよ。知らないですよ、実際。これ理屈の話なんで。できてきてそれをやるなら、そこで初めてホワイト企業だろうが不可としてどこまでやるのかみたいな。
じゃあ他のとこに行くかとか、じゃあ付き合ってきたけどしばらく縁があってもういいかみたいなのってありますよね。最近なんか別にそれなんか思っちゃいますよね、その感覚って。
で、くしくもここで冒頭にもう一個テーマあったっていう話をこっそり入れてみるんですけど、別にそんな難しい話じゃなくて、自己成長と実は関係しているなと思ったのが、ちょっとだけ余談みたいになるんですけど、昔ですね。
社名は出さないんですが、家電量販店ってあるじゃないですか。ヨドバシカメラとかビッグカメラとかありますよね。そういうところの農地場とかありますよね。エディオンとかありますね。
そういったところの割とトップ10に入るような創業者の方が、かなりいい年齢になったんですけど、大前ですよ。10年とかになるかわかりませんが、セミナーみたいなのがありまして、話を聞く機会があって、是非出版したのかな?されたんですよね。
それも買ったのか僕は覚えてないんですけど、ちょっと読んだのか見ててみたいなところで、そういう方の話を聞けるのがいいなと思って話を聞いて、ほとんど覚えてないんですけど、その方が、もうちょっと聞いてくださいね。
その方が、当時海外旅行って珍しかった時代に、海外に行って、お金を食べて貧乏旅行だけでやってみたいなことを言って、自分が学生時代から割とチャレンジしてたみたいなことを言われてて。
60代じゃない?70代とかね。でも全然元気に話されてるし、すごいなと思って、素朴に聞いたんですよ。その若い時と今ってそんな感覚変わらないですか?みたいな、そういう話ですよね。
社会は変わってるけども、ご自身はどうですか?って言った時に、確か答えとしては変わってないみたいな話だったんですよ。
その状況を言うならば、今質問した状況を言うならば、他の人ってどうすればそういうことができますか?とか聞くじゃないですか。ないですか?そういうの。
その人にどうすれば何々失礼できるんですか?とか、自分はできないので?っていうことですよね。もしくは自分はできてないからどうすればあなたのようになれますか?みたいなことが多いんですけど。
僕の質問は別にその人になりたいとかどうでもいいから、その人の感覚を知りたかったんですよね。聞いたら変わらないんだなみたいな。
結局、もう一人別の方の話で、その方はですね、この方もまあまあと言っては怒られますけどね。寒暦とかに近いのかな。年齢は結構高い。寒暦じゃない。さすがにそれは怒られるかな。
まあでも年齢が上の方で、その方もいろいろやられてたんですよ。だけど、結局年齢を減っても変わらないよねっていう話をしてたんですよね。
僕は今43歳ですが、学生時代20代20頃と、感覚は変わらないんですよ。知識とか経験とか積んでるから、そこの部分は変わるんだけど、そのバックボーンというか考え方って変わらないなみたいなのがあって。
なんかその要は外観見た目とか、老いるとかね。そういう感覚っていうか、体力がなくなってくるとかね。そういう年っぽい話はできるんですが、そんなつまらないので置いておきましょう。で、そういうところで考え方変わらないよなって思ったんですよ。自分もね。
つまりこの今の話、脱線気味ですが、まとめると、若い時の感覚と、今年齢が20とか40とか60とか離れてもいいんですが、年経ってもそんな変わらないんじゃないか説を一応仮説として唱えてるわけです。
これって14歳とか中学生とか、このラジオたくさん聴いてないと思うんですけど、ぐらいで大人として認められて、考えて自分でどう判断するかってことになるから幼稚なわけですよね。子供のノリでやってしまうというか、子供のノリってよくないな。反社会的なこと。
幼稚と言ったらもう話が終わるんですが、実際に幼稚な人に失礼ですけどね。話が進まないので置いておいて、それで変わらないなと思ったんです。
で、この話をさっきの話に戻していくと、結局企業も変わらないんじゃないかなと思ったんです。つまり、ブラック企業がホワイトになるってあり得るのかって話で、それって世の中、生まれた時から決まってるっていう運命論とかそういうことを言いたいのでなく、企業だったら仕組みですか。
だけど、その創業者とかがずっといて、その考え方がどうっていうことを言ってたら、変わりようがないですよね。だから創業者が変わらないと変わらないんじゃないかみたいなぐらいの感じです。
ホワイト企業なところで、その挑戦できるか挑戦できないかとか、成長できるか成長できないかは個々の話になっちゃうんでわかんないんですけど、そんなに大きくいきなり劇的に変われるかって話なんです。
だから、ちょっと乱暴ですが、ブラック企業はもう捨てるというか、論外としておきましょう。
で、割とホワイトでやれるってところで、待っててやると。成長の機会がないという人は、待っててもしょうがないんで、そこの企業でやれることをやるしかないですよね。
そういう意味で占いだとか、コーチングみたいなのとかね。占いとコーチング一緒にされたら怒ってくる人いるかもしれないですけど、求めるところの心の拠り所っていう意味では、話をして、解答じゃないんだけど考えてもらったりとか、自分について考える時間とか考える機会とかそれに対して深めていくってことで、そういうジョブ理論みたいなね。
そういうジョブですね。ドリルじゃなくて、ドリルの穴が欲しいってみたいな意味でいくと、安心が欲しいって意味では一緒なわけですよ。その場合はね。違うと思いますけどやってることは。
そういうのを安心ということで売る。あなたがこういうことをやった方がいいですよっていうのは、たぶんビジネスというより何かわかりませんが、価値にはなってくるんじゃないかなと思ったりします。そういう人は多いってことですよ。きっと。自分は何をやっていいかわからないから教えてほしいと。
これは難しいなと思うのは、教えたところでそれをやるかどうかっていうのと、その人が納得してやれるかっていうのが常に付きまとうわけです。
例えば僕がですよ、別のあなたに、いやあなたは漫画家とかなんかそういう表現する人がいいんじゃないですかって言われて、あなたがですよ、聞いてる方全員に対して言ってるんですけど、漫画描きます?みたいな。描かなくないですか?違うなーとかで終わりじゃないですか。
あと、その時に心から思った、ビジネス人とかもそうですけど、これいいなすごいなって思っても忘れませんか?だからそんなもんなんですよ。だから悪いとかいいとかってことじゃないんですけど、人間ってそんなもんだから究極に変われないんですよね。
っていうことが今ので証明されません?そんなに聞いてはいやりましょうって言ってできる人って生まれたし、会ってもその人の中で30年生きてて30年に1回のチャンスだって言っても、そうは言ってもみたいな。ただの普通のチャンスにしか見えないわけです。
なんかセールがあったとか、最近のブラックフライデーがあったとか、そういうちょっとしたチャンスにしか思えないから、これを確実に何か物にするぞっていうのではないわけです。少なくともそう思ってないし、思うならばそれを漫画家になるために何かやるっていうことが1個でもやれるはずなんです。
漫画家をかなり年齢、後から志した人って誰がいるのかなみたいな程度の問いかけや疑問が出てくる程度に深めていっているはずなわけですよね。
たぶんね。でもそうならないですよね。僕もそう思います。逆に僕が逆で誰かに相談したりして、小橋さん漫画家になった方がいいよ、その漫画を書いたらいいよって言われた時にやります?やらないですよね。
やるんだったらそれを相当消化というか考えて、あの時言ってくれたなみたいな。だから数年後ですよ頑張って。気づく。もしくはそれにタグルというか寄せて考え直した時になる。難しいですよね、そう考えると。
成長というのもそうですし、自分で新しいことやるとか起業する学ぶとか仕事作りするもそうですけど、人っていうですね、何たる不確定な感情で動くし、嫌って言ったらやらないしね。
しば犬が拒否しばって言って、散歩中に動かないっていうのをめでるっていうことは僕は割とSNS上してるんですけど、それはどうでもいいと思うんですけど、拒否しばじゃないけど、拒否人間じゃないけど、いやいやって言ってね、やらないと。そんなもんじゃないですか。
なんで拒否してるかわかんないですよ。拒否してないかもしれない。それは冗談ですけど、自分が意思があってやろうっていうのが、少なくとも僕はですよ、弱いと思うわけです。意思が強くてやれる人っていうのは僕はいないと思ってて、それは勘違いで。
それは環境説5割じゃないかじゃないですか、8割くらいまで言っていいんじゃないですか。周りがやってたりするし、自分はその中に同調するからそこに乗れるっていうのはあると思うんですよ。プレッシャーみたいなのもあるし、それが普通だよねみたいな。
サッカーとかがいいかわかんないですけど、そこでパスして繋ぐの普通だよねって言うのに、パス繋いで1回繋いだらいいよねじゃなくて、繋いでシュートまで持っていくっていうのが普通だよねっていうところは、パス繋いでシュートまでが普通になりますよね。繋いだだけで満足しないですよね、パスをね。
みたいなのとか、よくありますよね、マラソンでもいいし、大会に入って優勝することが普通だったら、それを自分も優勝できるしできるよねって思う。この自信って結局思い込みなんじゃないかと思います。だから正直カウルトとかヤバイ奴とかも、そう思い込ませたら勝ちみたいなのがあって、思い込ませるわけですよね。金融商品とか怪しいのありますからね、気を付けてくださいね。
そういうところで自分で思い込んだらいいんですよ、きっとね。思い込めば勝ちっていうのは変ですけど。だけどそれって方向性は結構重要だと思って、だけど方向性もギラギラにうまくバシッとはまるわけじゃないから、自分はこれでいくんだっていうふうに思い込んだら、最後のアドバイスというわけじゃないんですけど、とことんやってみるっていうのはやっぱ大事かなと思います。
そういうふうにやってやり抜いたらと思ったと。でもそのやり抜いたとか、とことんやるとか、自信があって自分を信じるとか思い込むっていう行為は多分ホワイトではないような気がするんですよね。
でもブラックかホワイトっていうのがちょっと良くないと思いますが、それは自分が自ら化しているものだから、ブラックホワイトっていうようなそんな概念がなくて、むしろそのような目線で見ていること自体がおかしいとも言えるわけですよね。ひっくり返すとね。
自分が何かやって、記号して何かやってるから、これはホワイトかなブラックかなみたいなことを言っている人は多分あんまりやられてないですよね。後から振り返ってどうこう言うのはいいんですけど、カチューにある人が、カチューっていうのは真っ最中ってことですけど、これはブラックだからやめましょうとか、ホワイトだからいいよねっていうかっていうと、そういう評価って違いますよね。
必死さっていうのは多分新規授業じゃなくてもいいんですけど、仕事作りでもいいんですけど、お客さんを見つけるとか探すとかに届けるようにするっていうのは多分ガムシャンになると思うんですよ。必死になると思うんですよ。
必死さはいろいろあると思いますけど、それがこれをやっとけばいいよねみたいな行動を客観的に見すぎて何かやると熱っていうのは困らないから、少なくとも継続というかやり続けることは結構難しいんじゃないのかなって思ったり、僕はしてます。そうじゃない人もいるかもしれないですけどね。
でもそこを最後に出てきたのは結構話してて思ったんですけど大事かなと思いました。つまりホワイトブラックみたいな風な環境を評価する、別に評論家を育てたいわけでも、評論家にリスナーの中になってほしいわけでもなく、自分でやるときに別に評論関係ないじゃないですか。
自分が何だっけ、これは何度もこのしごくりラジオでも言ってるんですが、カナダさんっていうですね、出会い系のアプリかマッチングアプリかな。で、出会った人に選書してみたっていう本があったんですよね。で、その中に出てきた、確か遠藤さんという人がいましてね、たまたま覚えてるんですけど、なんかそのコンサルタントとかっていうと怪しいって言うけど、遠藤さんっていうその出会った人に、著者ですね。
カナダさんっていう人に対して心のこもったコンサルタントってやればいいじゃん。つまり世の中でコンサルタントって怪しいっていう風に思う人いるじゃないですか。で、それなんかもうどうでもいいなって思ってくださいってことですね。自分が想像する何かをやればいいわけです。それがしごくりですね、まさに。
肩書きを作れっていうのは本質じゃないですよね。肩書きを別に名乗ってもなんでもいいんですよ。料理研究家でもなんでもいいんですけど、すでに何やる、どういうことをやっていくかっていうことを自分で考えて、こういうことをやってみましたらどうですかっていうことをやって、信頼というか実績というとちょっと違うんですけど、その実績のために実績作れっていうのと違うんですけど、ただそこで自分が想定している心がこもっている、心がこもっていないコンサルタントっていうのは多いのだと思うんですね。
何が心がこもっていないと思っててどういう振る舞いだったらいいの?ってね。ニコニコしてたらいいコンサルタントなんて知らないですよね。詐欺師みたいなの怖いじゃないですか。だからその自分が思う職業だし自分が思う仕事だし自分が思う想像する想定しているこうあったらいいなっていうのをやったらいいじゃないですか。
っていうことを言い打っていくと、どんどん離脱していくというか、これリスナーのあなたにも伝わってますかね。どんどん解像度を上げると言いますか、どんどん実践して心のこもったコンサルタントっていうのがいいかどうか置いておいてよ。
その人にとってつまりリスナーのあなたにとってそれをやりたかったらそれをやればいいんですよ。じゃあそれって何?って定義しません?問いません?何心がこもったってね。心がこもった営業マンはいいけど心がこもっていない営業マンは嫌だって。
心こもってなかったら商品売れるのかなとかね。そっちになるんですよ。それも興味深いですけどね。自分は欲しくないけどお客さんのためにっていうのはどこまで通じるんですか。
その営業っていうところでいくとそこまでおかしくなさそうだけど、これは例えば結婚ってことで自分はそんなに好きじゃないんだけど相手が好きって言うから結婚しようってのもちょっと怖いじゃないですか。
怖いですよね。でもお見合いとかってどうなるんだろうなときに恋愛結婚とはまた違うというかその人の良さっていうのを見出すのもあるんでしょうけど
その人の良さよりもなんかこの人は悪くないかなとかいうふうに選んで結婚するって前提のことでその後に後付けとして良さを見出していく。
宿伝離婚っていう言葉が全然あるわけですけど、多くは男性じゃなく女性側が離婚したいわってなりますよね。
市内の人とか結婚されてたらなんだろうと思うかもしれませんが、その状況が違いますからね。
それは置いといて、そういう意味で自分の思い込んでやることっていう時にはブラックとかホワイト関係ないよね。評価じゃないよね。評論というか自分のことをどうこういうことないよね。
がむしゃらにやってどうかを試さないといけないよね。そうやってやる行為でやっていくことが改造度が上がるというふうに言ってますけど
実践して経験して体験して違うなここがいいなということをどんどん確認していくってことになるんですよね。
それをやっていくとどんどん周りに人が減っていくし、やってないんですよね。
心のこもったって言ったらシンプルにそこまで自分の思いを込めて漫画家になりたいとかね。心のこもったコンサルタント、心のこもった映画マンでもいいんですけど
コンセプトは置いておいて、そういうものになりたいんであればそれはどういうものかっていうのがやっぱり想像したり見えてないとなれなくないですか。
それは本当にその通りだと思ってます。だから心のこもったって言ってるけど、それは心のこもってないコンサルタント、経営コンサルタントでも何コンサルタントでもいいんですけどになってません。
それは何をもって心がこもってるって言うんですか。丁寧に教えてくれたらいいんですか。言葉遣いなんですか。振る舞いなんですか。直接的に言わずに間接的に言い続ける人が心がこもってるんです。
定義をせざるを得ないんですよね。定義をしなければできないとか、定義がなかったら何もできないっていうことではなく、最初のところで動きは多分無駄になるわけですよ。失敗するというか。
それ何も心こもってなくないってなったりするし、これ自分のイメージしてたものが違うなって言ったら出せますよね。
一発でそれができるわけはないので、それは何度も何度も繰り返していくしかないんですよね。
この行為がまさに僕は成長のための試行錯誤だと思うんで、基本的にその試行錯誤、間違えてるとか間違えたとか修正しようとか、そういう回数じゃないかなと思います。
というのが多ければ、基本的にその試行錯誤の中で面白さみたいなのがどっかにあるんですよ。きっとね。
それが全くないのであれば、本当に何か全然違う、何か外してるようなことなんでしょう。それはあり得るのかなって思うんですけどね。
心のこもったコンサルタントをやりたいとか言っときながら、全然コンサルタントとは関係ないような農業をやり始める。
別に農業をやることは否定してないんですけど、それは違うんじゃないですかって言ったら、確かに違いますねみたいな。
でも僕の中では合致してますみたいなのがあったら、別にそれを止めないけど、何だろうねってなりますよね。
それは別に説明しなくても、自分の中で感覚的にコンサルタントと農業は合致するし、共通点あるんですよっていうふうにあれば、説明する必要はないかもしれないですね。
人に動いてもらうことがなければ。ただ、いらんお世話として、そういうのを見た時に、何でそれを農業でコンサルタントするんですかっていうふうに突っ込まれがちになりますよね。
っていうのはあるかなぐらいですかね。それはもう誤差というか、ノイズみたいなもので、雑音みたいなもので無視してもいいし、それはもう生き方次第ですよね。
というわけで、今回、成長ですよね。特にブラック企業じゃなくホワイト企業で成長するには、自分で成長を見つけていかなきゃいけないんだよねみたいな、そういう記事があって。
そこにそのところの答えというか主張はあるんだけど、僕なりに成長ってどうしていったらいいみたいなところ。
結局試行錯誤していくしかないから、企業内でやるんだったら企業で何か提案していくしかないし、上司とかチームとかマネージャー会社か環境づくりでどうか。
それがしんどかったら他のところを求めていくしかないですよね。それがあまりにもしんどかったら転職したり、自分で企業を作りするのもいいし、やれることを本当にやっていくしかないっていうことがありますよね。
それは前も言いましたけど、何かゴール。要は自分でやりたいことっていうのは設定しておかないと関係ないなってスルーしません?これ関係ないなみたいな。
心こもった?みたいな話をしましたけど、心こもってるって何かって今、リツアーのあたり考えてたら、これは心がこもってるだろうなとか、これは心でこもってないなっていうのは分かるわけですよ、判断として。
っていう風に安定のあたりで気づくことができるわけですけど、それがなかったらやっぱり、世の中の物事というか認識できることが狭くなったりとか、自分の関係ないなみたいなのがどんどん多くなってきて、世の中関係ないことばっかりになるわけですよ。
自分にとって利益にならないことばっかり。それってものすごく僕はつまらないなと思いますし、それでどうするのって話ですよね。
自分だけ生きてていいですよっていう人はもちろんいらっしゃると思うんですけど、それでっていう感じが僕はするかなってところです。
そういう考えですよね。考えを別に誤解してどうこういう人はないと思いますけど、じゃあ誰かと話す、新しい人と出会うとか、いろんな考え方を持ってたときに、そういう考え方がなければ、
寄りどころみたいなのも一緒なのかなと思って、結局途中で冗談をめかして言ってますけど、本当にあなたにとってやりたいこととかやっていった方がいいことはこれですよみたいな診断みたいなものとか、
それが冗談とか確定根拠とかそういうのなくても、なんかそういうのもないとやってられないみたいなのがあったりするし、流行りすぎたりもありますよね。
地味なものというか、黙々とやるってものは見えないですから、水面下に見えて隠れてしまうので、そういう意味で目立たないっていうことがあって、
目立つもの、わかりやすいものっていう方に流れがちなんだろうなーみたいなことを思ってた時に、でも結局残るのは平易な、好きなみな、ありきたりなってことになるんですが、
地道に自分で考えたり、少しずつですよね、いきなり明日はい変わりましたみたいなものはないんで気持ち悪いですよね。
だから少しずつやって試行錯誤して考えて、どうかってことをやっていくしかないかなと思います。
それをやり通せるのは、僕は最近思ってるのが、これは何度も言ってますけど、自分で頑張っても5割、環境が5割。
だから環境と自分を作っていくしかないかなって、意思ではないかなと思ってます。
意思っていう部分でいくと、強い意思とかではなく、思い込むぐらいしかなくて、これでいくんだ、やってみるんだ、みたいなことをやってみて、それがどうなるかぐらいじゃないですか。
想定の成果を上げられなかったらダメっていうのもいいし、それでもまだ時間かかるんだと思えばやると。
ノーベル賞とか、20年30年かかりますよね。
ノーベル賞をあげなくてもよくて、自分がやりたいことがあったときに、それをどこまでやり続けたいか、もしくは飽きないかって感じですか、が大事なんじゃないかなと思ったりします。
僕にとってはアイデア出すとか、新しいことをやるとか、見たり企画したりとか、そういうことはもちろんですよ。