模倣の難しさとその理由
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。このシゴクリラジオは、パーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組となっています。
よろしくお願いします。今回ですね、テーマとしては、アイデアだけではないんですが、世の中の成功事例とかもあるじゃないですか。成功事例といいますか、うまくいっているものとか。
そういうのを真似するのは、真似しようとする。真似してみた。いいかもしれないですけど、真似ってできないですよね。そんな話です。
なんでできないのかというと、当たり前なんですけど、ラッピングといいますか、表面上は真似ができるんですね。表面上を真似したところで、本質や実態は違う。
あと、さらに事実的にできたとしても、そこから継続的にアップデートが走ったり、1ヶ月とか、わかりませんが、期間を見ていくと、結局コピーし続けることが難しいわけですよね。
そんなのは当たり前かもしれませんが、そんなことを少し考えていければいいかなと思います。ご興味あれば引き続き聞いてみてください。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
模倣が成功しないケースと評価
はい、しごくりラジオ星です。よろしくお願いいたします。今回のテーマは、真似はし続けるのが難しい。
そういうわけで、結論的には、自分でオリジナルという言葉が難しいんですけども、やっていった方がいいんじゃないですかね、という話です。
まず冒頭でお話したとおりで、真似が難しいというのは、うまくいっている事例をコピーしますと、コピーキャットという風にIT業界で呼ばれているんですかね、
同じものを出して、競合に食らいついていく、わかりませんけど。それはですね、コピーしたところで品質が悪ければ結局使われないよね、という話になるんですが、
問題はですね、よくアプリとかのゲームですね、スマホのゲームとかで見かけたりするものが、うまく売れているものをそっくりコピーしましたと。
パズルゲームみたいなやつですよね。そういった時にオリジナル側が売れてなくて、コピーした側が売れてしまうみたいなケースがあるわけですよね。
これって結局どうなっているの?みたいな話は、僕もあまり追求はしていないんですが、よくない感じがしますよね。
一方で、それは象徴的な話ですが、自分の考えているアイデアが、もしくは自分が考えたようなものが、もしくはアイデアだけじゃなくて実際に出したもの。
漫画でもいいですし、本でもいいですし、わかりませんが、自分よりも同じアイデアなんだけど売れているみたいなものを見るわけです。
自分がオリジナルで作った人は、他の売れているものを見て、なぜ自分の方が売れていないのかというわけですよね。そういう方がありそうですよね。
これに関して別に結論も何もないんですけど、マーケティングといったら怒られるかもしれませんが、売れてしまったら勝ちとは言いませんし、
売れれば何してもいいとは全く思わないんですが、売れたものが売れてるよねってことで評価はしないといけないんじゃないですかね、みたいなのはありますよね。
模倣の判断基準と市場の現実
これが難しいんですけどね。難しいなと思うのは、売れているものがあったときに、もしくはそれを見るってことがある種のコストがかかるわけじゃないですか。
リスナーの方も普段生活してて、例えばハンバーガーチェーンを全部チェックしてるとかないじゃないですか。
何行ってるかっていうと、例えばマクドナルドとかモスバーガーとかロッテリアとか、今はロッテリアないんだ。
そういうハンバーガーチェーンの数を追っかけている人がもしかしたらいるかもしれないけど、そんなの分からないわけじゃないですか。
例えばハンバーガーに詳しい人もいればチェーンですね。そうじゃない人もいる中で、近隣に新しいハンバーガー屋さんができたときに、
それがチェーンのハンバーガーをまるっとコピーしてて、しかもそれがうまいと。
そういうときにそれがコピーできないと思うんですけどね。何をコピーするか分かりませんが、
仮にコピーしたとして、そのハンバーガーが美味しいというときに、それは何をもってオリジナルだとか、
判断するんですかって全部裁判に持ってって解決するんですかとか、最終的にはそうかもしれませんが、
そういう手前のところでどうなっているかというと、正直僕もよく分からないですね。
そういうときに、例えばお客さんという人がいたときに、その人がいいねって言って、
それが、これは言い方がよくないんですけど、そういう人をいっぱい集められたら勝ちみたいなある種のゲームがあるんじゃないですかね。
それで売れてしまったら、最初売れてしまって、何々っていうハンバーガーは何々っていうところがうまいんだよねってなってしまったら、
ある種の勝ちだと。それをキープし続ければいいと。キープし続けるのは難しいんですけど、やっていけるかどうかみたいなのはあるんでしょうね。
模倣に対する捉え方と解釈の重要性
マラソンみたいなものもありますけどね。こういう話って結論はないんですが、よくあるんじゃないのかなと思います。
コピーする側は、される側の気持ちを考えるかは知らないですし、コピーされる立場の人は嫌な気持ちになる可能性も高いですよね。
捉え方によっては競合みたいなものが増えて、その人が認知を増やしてくれるみたいなものもあったりしますよね。
この辺りはですね、前も言ったと思うんですけど、靴が履かない国があった時に靴が売れるっていうのか、そこは靴は売れないですっていうのか、
それに近いのが競合がいる、市場があるから売れるっていう風に見えるのか、もうそれ以上売れないっていうのか、そういうのに似てるかなと思います。
多分ね。要はその事象は同じなんですよ。事象としては同じ。だけどそれをどう捉えるか解釈が違ってくる。
解釈が違うんだけど、それで動き続けられるかみたいな話じゃないですかね、多分ね。
抽象的な話になって申し訳ないですけど、そういう風に事象としては一緒なんだけど、見る人が捉える人がどう解釈するかが違いますよねっていうのって結構あるんじゃないのかなと思います。
だから他で売れてるから売れますよねっていうのは、売れてるからやってみるはいいんだけど、そんな簡単に売れますかねっていうぐらいのカウンターと言いますか、
反対的な立場とか批判的、否定的な立場で見てみるっていうのも大事だとは思います。逆もありますけどね。
売れない売れないじゃなくて、売れるよねみたいな視点で見てみることも大事なんじゃないかなみたいな。そういう風に言えるかなと思います。
模倣のコストとオリジナリティへの転換
で、そのマネってしんどいなっていうのが、別に僕が何かどっかの事例を持ってきてそのマネについて話してるわけでは全然ないんですけど、
結局マラソンみたいな風に話をしていくと、それはしんどい戦いになるんじゃないのかなと思います。
で、結局マネする人はマネする対象を探し続け、それをマネし続けなきゃいけないみたいになるので、
マネする対象を探すことがコストにならないんですかねみたいなことも言えそうですよね。
それは思います。だったらそのコストという部分を探すコストですよね。探す時間、探すお金、わかりませんけど、
自分で作って出してみるという方向に切り替えた方が健全なんじゃないのかなと思います。
それを出したところで被ってたとか、同じものがあったらしょうがないかなと思ったりしますけど、
故意にコピーしてどうかっていうのはあんまり良い風にならないのかなみたいなことは思ったりしました。
固執からの解放と創造への転換
で、もう一個ある自分同じものが他の人は売れてるよねみたいなのって、どういうか決着とはつかないんですけど、
その人に連絡して自分の方が先に出したとかってやってもあんまり意味ないと思いますね。
僕もおかしいかなと思います。
それはもう解釈としてそこに追従するというか、固執するというんですか。
をやめた方がいいんじゃないですかねってそんな風に思ったりします。
多分ね。多分ですよ。
そんなことはないと自分はそれに一生懸けてるんだっていう風なところがあったら、まあまあまあと思うところではありますが、
もしですね、それがこだわりたいのであれば、多分いくらでもアイディアって出せると思うんですよね。
多分ね。これ無責任に言ってますよ。
だったらそのこだわってる部分を他のアイディアや形にしていく方に変えていった方がいいのかなみたいなことは思ったりしますね。
要はこだわる部分って人にとって違うじゃないですか。
生き方の話でもありますよね。大きくしてしまえば。
それこだわってもいいんだけど、他のことやった方がいいんじゃねみたいな話ですね。
結論的には。
隣の芝は青く見える現象と自己検証
アイディアの真似っていうのも真似してもいいんだけど、別に他のことやった方がいいんじゃないっていうね。
隣の芝は青く見えるじゃないけど、同じものでも他の人がやってると良さそうに見えるとかないですかそういうの。
楽しそうにしてると楽しくやるとかね。
例えばないと思うんですけど、あってもいいんですけど、僕がポッドキャストをこうやって喋って楽しそうにやってると、
ポッドキャスト楽しいんじゃないみたいな、ある種勘違いをしていただいて始めるんだけど、全然面白くないわっていうね。
それはコピーではないと思いますけど、チャレンジして自分でどうかっていうのを見極めるっていう意味では素晴らしいトライじゃないかなと僕は思いますので。
向き不向きありますからね。何でもいろいろやってみて、良い風な解釈して次につなげていくみたいなね。
ものすごいふわっとした話になりましたけど、そんな感じです。
結論:自己の解釈と視点の重要性
まとめますと、コピーはしてもいいんだけど、そのままっていうのはあんまり良くないんじゃないかなっていうか、そのままできないんじゃないかなって話ですね。
そのコピーをし続けるのも労力だから、自分で何度も言ってますけど、
僕のように同じようにアイディアを出す人がいても、僕と例えば同じような生活をしていても、その人と僕が出すアイディアはやっぱり違うんですよね。
全然違うから解釈が。
だからそれこそ自分に引き寄せて自分の解釈ですよね。視点とかこれ困ってんじゃないかなとか、そういうのをシンプルに自信持ってくださいみたいな。
持てないかもしれないですけど、要は自分が捉えた視点というのは他の人も持ってるかもしれないみたいな。
かもしれないですよ。絶対そう思ってるわけじゃない。
だけど自分が出してみてそれでどうかっていうのを、自分が気づいたことを考えて出していくってことがものすごく大事なんじゃないかなって話ですね。
AI時代の模倣と確率論的アプローチ
ここで言うコピーっていうのは、AIが出してきたアイディアそのままでもいいですよね。
何か使えないなって思うかもしれませんけど、使えないっていう感覚も、
それはそれでコピーした、参考にしてみたら分かることではあるかなと思ったりしますし、自分がめちゃくちゃいいなと思ったものが全然刺さらないこともあるじゃないですか。
分かります。だけど結局トータルで見たら、結局自分で出しつけていって確率を上げていった方が僕はいいんじゃないのかなっていう感じです。
しおくり的にもそんなビジネスアイディアや商売をやられてみて、何かどこから見たことがあるアイディアかなって思っても、僕も思ったりしますよ。
思うんですけど、その人のこだわりややり方があるからちょっと違うんじゃないですかねっていうぐらいの構えをしておいてやっていくのがいいんじゃないのかなと思いました。
ちょっとふわっとした話ですけど、今回はこれぐらいにしたいと思います。
ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。
しおくりラジオ大橋でした。以上、失礼いたします。