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こんなのでいいのかしらがシゴクリになる
2026-07-03 30:57

こんなのでいいのかしらがシゴクリになる

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00:18
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。 このシゴクリラジオは、パーソナリティーである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組となっています。
シゴクリラジオは、スポッティファイ、ユーチューブ、プラットフォーム等で聴けますので、お好きなプラットフォームで聴いてみてください。
メインはサンドFMというアプリで配信しておりますが、お好きなものでチェックしてみてください。
今回テーマはAIの話が続いたので、仕事クリエイター、もしくは仕事づくりについて、何か話していると思うんですけど、一応また改めて話してみたいと思います。
今回何度もこすりまくっていますが、「労せず感謝される」。「労せず」は苦労、運の労ですが、厭わないというか、厭わず感謝されるのが良いのかな?
自分がすごい頑張ったぞというよりも、そんなに頑張ってないかもなぐらいで評価されるのが良いんじゃないですかね。それが仕事づくりに向いているというか、そういうものにした方がいいんじゃないですかね。
という話をずっとしています。そういう主張をされる方もいらっしゃるんですけど、そこまでそうした方がいいよということはあまり聞かない。リスナーのあなたがもしかしたらそう思われてたり、そうじゃないよねって思ってるかもしれませんが、それも踏まえつつ、今回は労せず感謝される。
もしくは自分がそこまで頑張らず、片肘張らずに、やるぞみたいな風にしたものをやるんだってことじゃないんですよ。やるぞっていう風にするんじゃなくて、そこまで構えなくてできることですね。
それでいけない人しかできないんで、なんでも方だったりやってみなきゃいけないんですけど、そんな話を少しでもできればいいかなと思います。ちょっと軽めでいきたいと思いますが、今回もどうぞよろしくお願いいたします。
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。今回ですね、テーマとしては労せず感謝される。別の言い方をするならば、自分が頑張って、頑張ってやったよっていうことではなく、そこまで頑張ってないかもなとか、
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普通だよねってことですね。自分にとって普通だよねっていうことに対して、それを他人ですね。自分でなく他人か他社からそれいいねとか、ありがたいねっていうことを言われるケース。
それを仕事作り、もしくは仕事作りの種や原材料、分かりませんけど、ものにしていったほうがいいんじゃないですかねっていう話です。まず前提として、頑張って生きるとかそういう話でもないんですけど、
まず、物事の対象と言いますか、意気込みみたいなものに、例えばですよ、自分が好きでやりたいことと、どちらでもないことと、できればやりたくない、苦手とか嫌いとか、そんなふうに三つに分かれてるわけじゃないんですけど、そういうもので大体あるじゃないですか。
仕事でもいいですよ。仕事をやりたい、やりたくないとかね。その作業とかいろんなものがあるかもしれませんが、それを置いといて、そういうものがあらゆる対象にあるんじゃないかなっていう話なんですよね、まずね。
で、好きなこととかやりたいことって、別にリスナーのあなたが好きなことで考えていただければいいんですけど、別に放っておいてもやるじゃないですか。だから僕であればアイディアを出すとかは、別にこの人こういうこと言ってるんだけど、こういうふうにあること知らないのかなとかね。知らないから別に馬鹿じゃないですよ。
これを提案しようかなとかね。そういうことを思うわけですよ、僕は。勝手に。それは別におせっかいというか、それを全部全部言ってるわけじゃないですけど、なるべくそうしたいなと。だからそれは自然にやるというところです。
で、どちらでもないというのは別になんかよくわかんないし、そこまで興味がない。例えば歴史に興味がない方もいらっしゃるじゃないですか、別にね。だから別にいい、それはいいし、なんだろうな。例えば花火があったときに、別に花火そこまで見たくないよなっていう人もいれば、いや見たいよねっていう人もいたり。
それでもいいし、何がいいんだろうな。例えば学問とかで社会学っていうのは僕は好きですが、心理学とか物理とか数学とかいろいろ学問があったときに何がお好きですかみたいな。興味ないものもいっぱいあると。でもそもそもアクセスっていうかやったことないからどちらでもないものも多くないですか。
嫌いとか苦手というのはもうそれがあるだけでちょっともうげんなりというかやりたくない。食べ物の好き嫌いもありますしね。様々なものがあるんじゃないかなと思います。だけどここで僕の考え方ですけど、どちらでもないものが多く、好きなものと嫌いなものの方が、嫌いなものはどちらも限られる。
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要は好きっていうことはその体験があってその中でいいなと思っているようなことじゃないですか。そうじゃないですか。恋愛ではないんですけど、人と関わっててこの人好きだないいなって思う人っていうのは限られるわけじゃないですか。みんな好きだなっていう人もいるかもしれないですけど。逆もありますよね。この人も嫌だ苦手だっていう人は限られるような気がします。
けどどうですかね。実はあなたはどうですか。逆ですごい嫌いな人ばっかりで好きな人ほとんどいませんという人だったり、好きな人ばっかりで嫌いな人ほとんどいませんとか、どちらでもないような人ばっかりだとか、人で考えるとよくないんでどちらでもないようなこととか好きなものこと嫌いなことものっていうのがバランスはちょっとわかんないです。だけどまあそういうような分布があるんじゃないのかなって思ってます。
で、例えばリスナーのあなたがですね文章が書けると文章が書くのが得意。文章を書くのに苦になったことがない。言葉を述べることを発することが、発すると違いますね。書くことが苦にならない。むしろ好きですと。考えを述べることが好きですということだとしましょう。
その人にとって小説を書くとかがどうかを置いておいて、文章を組み立てたり論理的に述べること、自分の主張がどこが良くないっていうか伝わりづらいかを考えることが得意。文章を取材してそれを記事にするのが得意とか、まあわかりませんが、だとしましょう。
その人にとって、ではその文章にするっていうのは頑張ってやることなんですかって話なんですよ。で、もちろん頑張ってやってますっていう人もいらっしゃるかもしれませんが、たぶんここでおすすめの仕事作り、仕事クリエイトというのは頑張ってやることはやらない方がいいですっていう話なんですね。
で、なんでかっていう理屈はすごくシンプルで、頑張ってやるといつもの自分よりもさらに高めていくっていう感じだからですね。で、高めることとか成長とか学びを僕も否定したことはないし、別にそのままいいんじゃないかなと思います。頑張って何かやりますっていうのは全然悪くないです。成長するとかね。
だけど、頑張るってことは逆に言えば燃料を使っているわけですよ。すごく気力、精神力、体力を使ってしまっているっていう感じですか。しまっているっていうそういう官僚系の方が適切だと思うんですけど、進行系?わかりませんけど。
それだと力尽きるわけですよ。何か燃料を持ってきてやらなきゃいけない。そもそもここで、それは大橋さんの捉え方が違うんじゃないですか。そもそも頑張るっていうのは当たり前で、それをやらないと生きていけないんじゃないですかっていうね。
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っていう主張される方もちらほら、僕の友人でもそういう人が頑張らないとダメだよねみたいな。友人、このラジオは聞いてないと思うんでいいんですけど。そういう方いらっしゃるんですが、ちょっとよくわかんないなってね。別に友人だからわかってるわけじゃなくてね。
あるいは頑張るっていうのは何もしない、ぼーっとしてて仕事しないとかね。もしくは仕事じゃなくてもいいです。家事育児でもいいし、要はプライベートなことでもいいですけど、何もせずに無企業でぼーっとしてるとか、そういうことじゃないですよ。
頑張るとはやっぱり通常よりも張っている感じですよね。力んでいる感じがします。僕は。で、なんか頑張りが足りないみたいなのがあるわけじゃないですか。体育会系的なね。バスケットとかバレエとかサッカーとか野球とかもっと頑張れみたいな。
頑張れって応援を否定するわけじゃないですよ。だけど、うつ病とかそうですけど、これ以上頑張れないぐらい頑張った人がもう頑張れって言われて、もう無理すって。これ以上何やればいいんだってなるんですよ。
このうつ病とかもですね、流行ってると怒られますけど、やっぱり僕の周りでも頑張るというかね、真面目すぎる人ですね。真面目な人はなりやすい。
だから僕は真面目じゃないのかもしれないですけど、なんかちょっと抜くというか、やりすぎない。だから僕は今後将来うつ病にならないとかね、そういう話はもちろんないんですけど、やりすぎないっていう感じですよね。
で、張らないってことです。ここがですね、非常にお伝えしたいところなんですが、どこまでお伝えできてるかがわからないところですかね。
で、例えばですけど、友人を悪く言うつもりはないんですけど、頑張らないと仕事じゃないよとか生きてる意味ないよっていうのは、その人の心情ですよね。
信じる道じゃないけど、心情っていうね、教えじゃないけど自分の信じてるところだから、それを否定することはもちろんございませんし、それはダメだよって思わないですけど、頑張りすぎじゃないかって言われても、
いや、こういうふうにしないといけないかなみたいな思ってたら無理じゃないですか。そういうのは仕事作りとか仕事作りとしてはあんまり僕はお勧めしないですよ。
違う言い方するなら計画みたいな話で、何か達成したいことがあった時にそれをやるには150%でやってなんとかなるっていうのは、1日ぐらいだったら1.5倍で頑張れるかもしれないですよね。
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だけど持たないです。ってことは緩いと思われるかもしれないけど、設定の6割ぐらいでもう十分なんですよ。
マグロ合戦ですか?かは分かりませんけど、漁師とかで3つ行って1日に1つでもできたら褒めるみたいな。3つもちろんできることがある。1つでもできたらいいからできなくてもいいっていう。
3つ教えてるんですよ。だから3つって魚取り方のコツとかそういうのじゃないですか。例えばしけた時にはこうするとか。そういう3つの教えたことを守るっていう。
3つじゃなくてもいいですけど1つでもいいんで。できなくても言わない。1個でもできたら褒めるみたいな。でもそんなもんじゃないか。3つですよ。
3つが1個1個がどういったものによると思うのでわかんないですけど、それで3割じゃないですか。1個できて。33%ね。
頑張る人って全部やろうとして99%100%でやろうとするんじゃないですか。それは優秀だったりできる人はそれでいいかもしれないですけど、ちょっと疲れるのかなと。
それを常に頑張ってやってるならばね。だからそこは問いかけるしかなくて自分に。頑張ってる。いつもの自分よりすごい気を張ったりやってる。
それは数回だったらいいですけど、やっぱそれって持たないんですよね。マラソンみたいな感じで言うか、ペースが上げすぎて持たない。そんな印象です。
仕送り的にはそれはもうちょっと肩の力を抜いて緩くして、アドバイスじゃないんですけど、そんなんでいいのって。
それがまさに自分が、さっきの話に戻すと文章を書くのが得意な人が、あなたの書いたものを修正したりまとめ直したり、あなたが言ってることを書きましょうかって言って、書き始めたらそんな風になるんだってことで感謝されるわけですよ。
なんか伝わりますかね。それがある種の自分の得意なことと相手が得意なことを交換するようなイメージでもいいかもしれませんが、それでいい感じなんですね。
仕事になるんですか?仕事として作っていくんだけど、それが仕事になるかは正直わからないです。別に保証はないですから。
だけどそれはリスナーのあなたが、リスナーのあなたじゃなくてもいいんだけど、自分が気を張って頑張って文章について学びます、書いてますってことを信じてないのにできるということがまさに得意であり続けられるってことなんです。
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それを必要としている人がいたわけじゃないですか。いいね、ありがとう、書いてくれてありがとう。であればそれを続けていってどういう人に受けるんだろうかとか、どういう人に届けたら感謝されるんだろうか。
根付けをしてもいいし、付けなくてもいいですけど、そこでまず見つけていく、掘っていく、考えていくっていうのがポイントなんじゃないかなっていう話になります。
それを浪せず、自分がすごく苦労してやったからいいんだって。もちろん下積みとか頑張って苦労してやったからできましたみたいなのも、そういう考えも終わりだと思いますし、それを否定するわけじゃないんですけど、苦労しないとできないみたいなのは違うんじゃないか。
むしろ逆で、自分がそこまで苦労だと思わないこと。文章を書いてすごいやってるっていうのを人からすると、もしかしたらレスラーの中でそんなに文章が得意じゃない、文章を書くのが得意じゃないとか、言葉にするのが得意じゃない方がいらっしゃる可能性はありますよね。
そういった方がいて、その人からすると、文章にするのめっちゃ大変じゃん、苦労しなきゃいけないじゃん、自分もめちゃくちゃ大変だよって思ってたら、それをその人から見たら、文章を簡単に、魔法のように簡単に組み立てるから、そんななんでできるのみたいなことになるんですよね。
苦労っていうのがいろんな観点でポイントがあるとしたら、文章を書くことに関して苦労する人はなくて、文章を書いてます、それを人から見たら苦労されてるとかいろいろやられててありがたいな、そこはありがとうなんです、感謝なんですよね。
だって自分は苦手なことをやってくれるから感謝じゃないですか。それしか思えないですよね。その人が得意な人だったら別に普通ではねってなりますから、書くのが得意な人から何かをもらうってことはなかなか難しいわけです。原則としてですよね。
でも、よりレベルが高いものとかね、そういうのはあるかもしれないけど、一旦そこは置いておいて、相手が苦手だなって思っていることをやってあげるというとちょっとね、上から見せるかもしれませんが、一旦そういうふうに相手が苦手なことをやることで、苦労してもらって申し訳ないなっていうぐらいが多分安倍としてはちょうどいいんです。
こっちは提供する側は申し訳ないなと思うんだけど、別にそれは申し訳なく思ってもいいんだけど、苦労してないってね。でも別にそこは相手がいいっていうし、いいんだからいいんじゃないですかっていうふうに思っておけばいいかなと思います。
これはある種お金が絡んでくると、お金のメンタルブロックっていうんですか、そんなのでお金が取ってはいけないんだとかね、そういう心の声とか慣れてないとダメだダメだとかね、もっと頑張ってないとダメなんだとかね、思うかもしれませんが、それはめちゃくちゃ心理の話とか精神とか考え方価値観、今までの経験体験の、
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どのようにあなたが社会見てるか、人を見てるか、自分を見てるかっていうことになるので、なんともそれがね、捉え直しできないわ、もうダメ引きずるわっていう人は正直向いてないですよね。お金いただいて直接仕事を作ってくる方は向いてないですよね。
だから向いてないからその人はダメだとかね、生きてる人はダメだとかそんな主張じゃないですよ。向いてないっていうだけだから、でもそれをやりたい人はそういうのを磨いていく、練習していけばいいですよねっていう。だからその時の考え方として自分が苦手じゃないというか、別にそんな嫌いじゃないなっていうぐらいの感じのやつをいっぱい持ってたり、いろいろやっていって、そういうどちらでもないやつをなるべく好きなものとか気にならないようにしていく。
苦手なものがあってもいいんだけど、それは別にそんなめちゃくちゃ苦手なものばかりだったら逆に好きなものとかどちらでもないものが少なくなっていくから、それから選べるはずじゃないですかっていうね。そこはポジティブに見ていけばいいんじゃないかなっていう。そんな話です。それが老せず感謝されるということですね。
この状態の説明としてはそんなに違和感はないんですけど、自分が相手に対してはこんなのでお金いただいていいのかなっていうのと、相手からするとこんなことしてくれるんでありがたいねっていうのが合致する。もしくはそれでコミュニケーションできる。それで成り立つっていうのがポイントなわけですよね。
伝わってますか。自分は主観としては、もう一回言うと、自分提供する側の主観としてはリスナーのあなたが何か提供されてるんであれば、自分としてはそこまでやってないな、もっと頑張らなきゃいけないかもしれないな、いやなんかそんなにやってないかもしれないな、こんなんでいいのかなってやつですね。
っていうので提供している。でも相手はお客様でもいいし、他人からはこんなこともしてくれるんだ、こんなことも言ってくれるんだ、それすごいありがたいねって言って喜んでお金出してくれるみたいな状況っていうのはあるんですね。
これは僕は騙してるわけじゃなくて、こいつ嘘つきだと思われてはいけないんですけど、そのような感覚で仕事をしていたりとか、もしくはそのような感じでプロジェクトというか様々な取り組みをしている感じです。
ここも難しいんですけど、それをある種類の人は苦労してるねとか、取り組んでて偉いねみたいになるんですけど、別にそういう意識はないので、その人から見たら別に何かやってるねって思われるかもしれないんだけど、こっちからすると別にそこまでだよねっていう。
それがまさに解像度、いわゆる専門性とかそういう話になるわけですね。
例えばポードキャストでもいいですけど、そんな毎日ポードキャストなんか喋ることあるの?みたいな人はいらっしゃると思うんですよ。
喋ることはないというよりも、喋るネタがありまして、ネタがどこかから出てきたりどこかから探してきてるんで話すことができるってそれだけです。
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それを別に誰かに言われて喋りなさいって言われてやってるわけじゃなくて、勝手にね、勝手に自家発電ってやつでやってるので、どうこうないわけです。
だから別に苦労してやってないんですよ、一言で言えばね。
でも聞いてる方とかもしくは興味持ってるね、四国理とか四国理おかしい私にね、興味持っていただける方はなんかいいじゃん、そういうのってことで、賛同は知らないですけど、
参考にしていただく部分があればそれを使っていただいてね、もしくはそれをヒントに刺激にして考える方とかね、アイディアのヒントとかね、四国理のヒントになってもらえればいいかなっていうぐらいなんで、
こちらとしては全然苦労して、めっちゃ苦労して、すごい息切れして、はぁはぁ息切れしてやってるってことじゃなくて、何度も言ってますけど、話した方が調子がいいってことで話すってことをやっている感じです。
それをお裾分けっていうか、こんなことあったかなぐらいで、面白ければいいよねって。
お土産みたいな感じですか?どっか旅行とか行ったり、もしくはお土産話みたいなやつで、こんなのあったよっていう、そんな感覚です。
それをたまたま聞いてくださって、初めて聞いた方もいらっしゃったら嬉しいですけど、それを聞いた方が、なんかそういうのあるんだ、面白いねとか、そういう考え方あるんだ、面白いねとか、
それはそういう視点はなかったわね、なかったわとか、もしくは今言っているように、そんなことを、このPodcastではお金は取れないというか、取るような仕組みはないですけど、
言っていただいて、そういう視点ありがとうねとかね、そういう見方なかったよねとか、そういうニュースあるんだね、そういう見方があるんだね、そういうのは分かったよ、面白いね、
勝ちではないけど、それで成り立っているわけじゃないですか。つまり、僕自身は苦労してやってますよというわけではなく、自分がやりたい形を適切に、
この人何言っているのか分からないんだったらダメなんでしょうけど、話をしてます、それを聞いてくださる方がいて、その人に自分の時間で聞く、
はい、よかった、ということで話が終わるというか、パチパチパチという感じになるのかな、伝わりますでしょうか。
だから主観と客観ということで、もしかしたら世の中で、ユークスクールか分かりません?確かユークスクールであってますか?
客観という要は世の中の世界で決まっていて、ルールや見え方がすべてバシッと決まっているというのがあるかというと、そんなことはございませんという、そういうことです。
このポッドキャストもそうですけど、僕が話していることを、僕が理解してほしいように聞いている方がみんなご理解いただけるかは正直分かりません。
それは別にバカにしているとか、上から目線とか、この崇高な考えを聞けとかね、そんなことは全くなくて、それはこういうふうに言えるよねとか、
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それは何か違うんじゃないの?要は見え方が全く違うじゃないですか、立場によっては。調子良くない時に聞きたくないですとかね、調子良い時に聞きたいですとか、
調子悪い時こそ元気をもらいますとか、それは全然分からないです。だけど、ポッドキャストで話していることでさえそうなんですよね。
ということは、様々な考えや価値観や見方や生き方や仕事とか、全部そうなんですけど、全然見え方が違うんですよ。
よくフィッシュだったかな、自己啓発症っぽいビジネス症ですけど、フィッシュという魚を売る、魚の本がベストセラーになったのかな?
あったんですけど、昔。ご存知の方いたら。僕も、でも覚えてないんですけど、ほとんど。
それって、魚売り場とか行かれたことがある方は想像つけます。そんなに行かない方は分からないかもしれないですけど、魚市場ですよ。
すごい柿があって、「柿安いよー!」とかね、「3枚入ってよー!」みたいなのがあったら、
なんかちょっといいじゃん、面白そうだな、活気があるなって。買おうかなって。思ってなくてもいいなって。
それどうやって調理するの?聞いたりね。そういうことなんです。
つまり何言いたいかというと、その魚を取り扱っている魚市場の人は、めっちゃ楽しそうになってるんですよ。
これはトム・ソーヤの冒険というのでも、あれなんだっけ、名前忘れた。トム・ソーヤの冒険、名前忘れましたけど。
さっきの方ね。いいんですけど、そのトムっていう少年がいたずらをした罰で、壁のペンキネイルにする話があるんですけど、
それをトムはめっちゃ楽しそうにやるんですね。
めっちゃ楽しい、このペンキネイル。楽しいって言ってたら、友達が来て、なんか楽しそうなことやってるなって。
だけじゃなくて、宝物っていうのは、宝物ってガラクタみたいなやつですけど、
そういうのをあげるから、くれたら別に買っちゃってもいいぜ、こんな楽しいことをなって言って、
トムはペンキ塗りっていう、それはママ母だったから、本当のお母さんじゃないかもしれない。
それもちょっと置いておいて、親から罰としてトムが命じられたペンキ塗りを
友達に代わり、友達から宝物を手に入れ、友達はそれを代わって自分がペンキ塗りを楽しくできる。
それを詐欺とかって言っちゃダメです。詐欺ではないですね。
詐欺は騙してますからね。騙して、相手が損するとかね。
損してないですからね。やりたくてやってるから。話と違うじゃないかっていうのが詐欺ですからね。
っていうのが、いわゆるウィンウィンっていうですね、最近聞かないですけど、ウィンウィンウィンとか聞かなくなりましたけど、
みんなさん関わる人がいい感じになるよねっていうのは、そんなのないわけじゃなくてありますから、
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そういうのを目指していくと。だから今のトムソヤの冒険とか、よかったらチェックしてみてください。
そんな話があるはずです。とか、今何でしたっけ?
今忘れましたね。完全に忘れました。ごめんなさい。止めました。
まあいいでしょう。とりあえずそういうふうに、いくつくるか。
観世界。要は自分、客観っていう何か決まっている世界っていうのは固定されていて、それにみんな生きてるっていうよりも、
見方で変わりまくるってことです。だからリスナーの中で調子が悪い時って、
お腹が満たされて食べ過ぎた時ってもう食べ物を見たくないじゃないですか。
一方でお腹空いてたらめっちゃ食べ物を見てお腹空いて食べたくないじゃないですか。
そんなもんでめちゃくちゃ変わるんですよね。
毎日人は見方が変わっているし、下手したら、本当に視点の話で、
前から見ているんじゃなくて、左から心理学でも何かあるかわかりませんけど、感じたことあるかもしれないですけど、
どこか初めて行く場所に行く時はすごく遠かったり、時間がかかったなって思うんだけど、
帰りはすごくスムーズに帰れる。だってもう一度来た道だから。
だけど、左から来るのか右から来るのかわかりませんが、歩道とかね。
全く視界というかね、見方がだいぶ変わるわけですよ。
視界の入り方が違う。
そういう入り方はどちらでもいいんだけど、帰りは早く感じますよね。不思議じゃないですか。同じ道なのにね。
実際に迷ってなかったりするかもしれないんですけど、時間はそんなに変わらないはずなのに、帰りの方が早い。
あと自分が集中していたりするとあっという間に時間が過ぎる。
時間の話で言えば、クロノスとカイロスが時間的な数量的な意味ですね。
カイロスだったかな。主観的な時間と客観的な時間がある。
数量に過ぎるのはやりたいことをやっていて、集中していたら過ぎますよね。
でも例えばテストとかやりたくなくて、もう嫌だなとか、この授業早く終わらないかなみたいなね。
この仕事早く終わらないかなみたいな、もう嫌で嫌でたまらない時には時間が全然過ぎないわけですよ。
一生やってるんじゃないかって。さっき時計見たけどまた何も一分も進めないみたいなね。
そういうのが面白くないですか。
っていう世界なんで、主観で生きろっていうことは言いませんよ。
それだけで生きるってことはないですね。社会で生きていくんで。
いろんな人の見方があって行かなきゃいけない。それは確かなんですけど。
1つ決められた客観みたいな、1つの固定されたものがあるんじゃなくて、
見方で言うと全然違いますよねっていうことを言ってます。
自分はそんなに苦労してないかもしれないし、そんなに頑張ってなんかやってるわけじゃない。
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こんなんでいいのかなって思ってしまっているっていう人が提供したところで、
相手が苦労してないから全然ダメだねなんて思わずに、そんなことしてくれてありがとうっていうのが成立するわけですね。
不思議に思うかもしれませんが、それを一度でも体験していただいたり、
何事も頑張らないっていうことじゃないんですけど、なんかやってもいいんだけど、
かたとしたやり、そんな気にならない、苦にならないような状態になったら、
そういう風になる感じになるかなって思ってます。
もしそういうのを体験して、こんなことですかっていうのがあれば、
お気軽にお手紙いただければ嬉しいです。
ちょっと長くなりましたね。すみません。全然軽めじゃなかったです。すみませんでした。
ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。
中国理ラジオ大橋でした。
以上失礼いたします。
30:57

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