はい、シゴクリラジオの大橋です。今回ですね、具体的に示さないと伝わらない。もしくは具体的なことを示していこうという話です。
はい、5月は今回初ですか。これで4日明けということで、お仕事されている方もいらっしゃるかもしれませんが、痩せな方もいらっしゃると思いますが。
そんなところでですね、結構ですね、頭をフワフワさせて言ったりしてたんですけど、なんかですね、やっぱりここのポイントに戻ってきました。
友人とですね、久しぶりにリアルで話す機会があったんですが、単的にですね、反応速度が速くて、非常に頭を使うというかですね、楽しい頭の使い方っていうんですか。
えっとですね、ダイビングってあると思います。水中に潜るのがあると思いますが、一人で潜ってもいいですよね。
別に僕潜らないですけど実際に。潜って楽しむっていうやり方もあれば、仲間と潜るっていうのができるじゃないですか、2人とかね。
一人だと危ないですけど、2人だから安全ってわけじゃないですけど。そういう意味でですね、誰かと一緒にやるって、一緒に潜っていく感じがしました。
だから別のスポーツ、別の競技っていう感じですけど、一人でこうやって趣向をしてね、共有する。
これ一人じゃないですけどね、リスナーのあなた、聞いてるあなたにぶつけてみて、それを反応を探りながら、もしくは僕自身が制御してですね、伝えていくことで気づくようになる。
両方やってるわけなんですが、そんな感覚でした。
オンラインでももちろんZoom等通話でできますが、それだとですね、反応速度ってやっぱり遅いんですよね。
最近反応速度テストっていうアプリを作って可視化してるんですけど、フレームっていうのはわかりやすいですが、フレームってなかなか格闘ゲームとかやってないとわかりづらいんですよね。
1秒を60フレームにしてるんですよね。だから0.5秒だと30フレームとか、そんな感じです。
プロゲーマーっていう人たちは10フレームぐらいの反応速度があるっぽいみたいな、今年は変わりませんが、多分反応速度早いと思います。
それを鍛えられてるからもありますが、実際にキャラクターの動作から見ることができる。
一般の人はもっと遅くて、僕一般ですが、0.3秒ぐらいだったらいいかな、20フレームぐらいあればいいんじゃないかなと思います。
もっと速い人もいれば、もっと遅い人もいれば。だから別に遅いからダメとかそういうことはないんですけど、
これがですね、例えばZoomとかで、今話してるじゃないですか。話して、こうですよねって言って、やっぱりラグがあるわけですね。
でもそれは1秒は多いですよね。1秒って言えば長いんですよ。
オンラインゲームとかやってて、特にアクション系だと、何ミリセックなの?100ミリセックもあったらダメなんです。
100ミリセックっていうのは、1秒が1000ミリセックですね。1000ミリセカンドか、1000ミリセカンドが1000ミリセックとか言ってますが、
100ミリセックだと10分の1秒じゃないですか。でも多分遅いような気がします。遅延が全然ないやつって、もっと短いような気がしてて、
格闘ゲームはそこまで求められないと思いますが、だからZoomが、確かちょっと忘れたんですけど、
研究もあって、300、200、50とか分かんないですけど、500もないと思うんですけど、0.5秒、0.4秒ぐらいかな。
分かりませんけど、ぐらいだとしたら、リアルで話す、目の前の人と話すのってもっと早いわけですよ。
もしかしたら半分とかもしかあるんで、短く感じます。そんなのを数コンバー、何秒の世界かと思うかもしれませんが、
それがものすごく意味がある世界なんですよね。つまり行き地の話で、行き地がシビアに見積もれるかどうかってことになってきて、
だから少しだけ遅いだけが致命的ってことですね。少し早いがめちゃめちゃ快適ってことです。
車は別に僕は運転してないんですけど、高速道路で快適なのか渋滞なのかぐらい、非常に違ってくるところかなと思いますので、
ちょっとくどい部分かもしれませんけど、静かに少しその辺りも言ってみました。
例えばZoomが500msとか500msとかの0.5秒ぐらいだとしたら、リアルで話すの0.3とか0.2とかかなり早いんじゃないかな。
出てきた瞬間に反応できるって感じです、こちらとしては。
もちろん頭の回転とか、普段考えてないと話としては、何かそんな考えてないんだみたいな、
ってことで相手に動じて相手の頭をほぐすような感じで揉む感じですよね。
もちろん考えたり、こういうことをやってるんだよねっていうのを、あんまり好きじゃない方もいらっしゃるじゃないですか、人の話を聞く。
人の話っていうのは、説教を聞くとかそういう話じゃないです。
その人の出来事とかあったことを聞くっていうのが好きじゃない方もいらっしゃると思うんで。
それだとね、もしくは言うのが苦手な人もいますよね。
そういう方とちょっと揉まないといけないなっていうのはありますが、別に揉むって偉そうでもなく、スピードが入ってないとか考えてないとあります。
そうなんですけど、そういう話をしているとよく言われたなと思ったのが今更ですけど、
そんな考えてないですよっていう人が結構いらっしゃるんですよね、話でね。
別に結構仲のいいとか親しい人とかでも、そんな考えてないですよっていう人いるんですけど、
確かに考えてないと答えられなかったり、もしくは単純にそういう問いかけがなかったら言われないですよね。
もちろんですよ、考えるって言っても、なんであなた生きてるんですかと、そういう哲学的なことをいきなりぶっこんでくるわけじゃなくて、
例えばAIの話してたら、人の生きるってことはなんだろうねっていうふうには割と自然なことだと僕は思ってるんですよね。
それは自然でもなんでもないよっていう人はもちろんいらっしゃると思いますが、
その中で考えるとそうなるよねみたいなところを共有していくのが、友人という話の中で非常に面白くやっていました。
これが枕。枕ということでちょっと温めたって感じなんですけど、
この中でですね、リサーノーとついてこれてますか、大丈夫ですか。休み冒険してて。
具体例の話です。ごめんなさい、具体の話です。
具体っていうのは細かくわかるというか、相手に対して具体的なイメージが湧いて、言語化、歌詞化、なんでもいいんですが、
こういうことを言っているのかなということが伝わるようにしていく。
例えば人生の意味だったら、自分の人生の意味はこうですというふうに具体例を例えば有効なことを具体的と言いますよね。
ただ相対的な世界であるんで、もっと具体的にしてくださいっていうふうに、
具体的なものが見えている人にとってはそれが分かりづらいとかね、もっといけるって思ったりするし、
逆に抽象のありますよね。それを全然もっとまとめられるよっていうふうに言ったら、
全然まとまってなかったらそうってことですよね。そういうのは抽象的ではないってなりますよね。
もっと抽象的にしてくださいっていうことも言える。
そういう中でですね、今回のテーマが具体的に示さないとっていう話です。
これですね、一番最初に出てくるのがYouTuberなんですよね。
YouTuberって何かっていうと、YouTubeをやる人たち、YouTubeを通じて何か発信する人たちの俗称みたいなものかなと、
総称みたいなもので、別にそれで食べていけるとか収益あるとかは一旦置いておいて、
何か伝えてるなっていう人は多分絞り込んでるんですよね、これをやっていると。
これは主語をくり的に言うと、何か発信したいし、自分もこういうの興味あるんだけどやっていいかなっていう方がもしかしたらいらっしゃるかもしれない。
もしくはそういう方の、もしくはやってる人っていう方もいらっしゃるかなっていう前提でいくと、
例えば釣りの話多かったからコーヒーにしましょうか。コーヒーにこだわりがある人がいますと。
コーヒーの情報を発信するっていうときにぼやけてるじゃないですか、コーヒーの情報を発信。
ぼやけてるっていうのは具体的じゃないってことですね。
ぼやけてるからダメってことはなくて、ぼやけてると何が起きるかというと、ぼやけたまま伝わるわけです。
コーヒーの情報を発信してる何々ですって言っても、コーヒーの情報発信ってなんだってなりませんが。
で、具体的じゃないなっていうか分かりづらいなってことで、中で肩書きとかに載ったもん勝ちってことは全く思わないんですけど、
やっぱりここのシゴクリラジオでも申し上げているとは思うんで何度も言ってる部分ではあるんですが、
目の前の人に時間を仮にいただいて伝わらなかったらやっぱりそれは伝わらないんですよね。
例えば僕がコーヒーが情報発信してるよ、コーヒーが好きだ、コーヒーがどんどんやっていこうっていうような、
分かんないです、コーヒーをとりあえず活動っていうね、コーラとかね、お酒ではないっていうことね、一応ね。
で、コーヒーだっていう人がいて、その人と僕が挿しというか実際にリアルで話すときに、
コーヒーのことやってるんだよねっていうことは言えても、でも何か具体的にこういうことやってるって言えないよねっていうときに、
っていうふうに感じると思うんですよ、僕がね。
つまり伝え方が悪いというよりも、そもそもそこまで固まってないって言った方が正しい、正しいというか正確な気がします。
正しいってよくないですね、正解があるみたいですけど、僕にとっては伝わらなかったんでってことになります。
で、それが次のBさんに行きました、Cさんに行きました。
つまりお客さんである人、お客さん候補とか伝えたい人、読者とかリスナーとか、YouTuber、リスナー、
視聴者か、っていう人にどんどん変わっていったときに伝わりますかっていうと、
ハテナっていう、要は伝わりづらいよね、もしくは伝わらないよねっていうふうになるんじゃないかなと思います。
ちょっと視点が2点、3点するんですけど、ちょっと頑張ってついていただきたくてところがありまして、
次にコーヒーを伝えたいっていう、伝える側、クリエイター側、YouTuber側みたいな、提供者側の立場に出すと、
コーヒーって言っとけば、いろんな人がコーヒーは興味を持つ。
もう僕もコーヒー飲みますし好きなんですけど、興味持つからってことになるじゃないですか、コーヒーって言えばね。
コーラとか、コーラも結構興味ありますけど、クラフトコーラですけど、お酒はそこまで。
お酒っていうよりはコーヒーの方が興味があるから、そっちのコーヒーをそう、コーヒーをする人に届くんじゃないかな。
ものすごく分かるんですよ。ものすごく分かると一方で、もう一つはコーヒーそうって言ったときに、
その人が容易に、言葉を選ばずに言ってますが、容易に想像できるってことは、容易に他の人もやっている可能性が高いし、
他の人ももしかしたらやっているってことを前提にして、その人は不安だから、そうやって言っておけばいいんじゃないかって思ってるかもしれないです。
そこまで深読みはされていないかもしれないけど、実在の人でもないです。勝手に今想像ししゃべっているだけなので。
そのコーヒーを伝えたいという人にとっては、まさにコーヒーっていうことで、届けるような言葉を使うことで、要は狙わなくていいわけですね。
具体的に狙わなくていい。ってなると何が起きるかというと、他のライバルっていうよりも、他のすでにコーヒーの情報発信している人もいるし、
その人がコーヒーで何を言いたかったか、もしくはそれはコーヒーじゃないとダメなのか、それは別に正解も何もないんです。
でもその人が自分でこう思っている、こう感じている、こういう風だったら喜んでくれるんじゃないかとか、
要はその人の発信、その人の自分が気づきの発信でもいいし、こうしていいんじゃないですかっていう、
その人がやっぱりコーヒーを携わっているからこそ、入れるでも提供するでも飲むでもいいし、何でもいいんですけど、
そういう、要は絞ってやったものが何か情報、情報っていうのは価値として、価値というか意味かな、伝わることが面白いとは僕は思っています。
っていうのが、できないとコーヒーの情報発信していますみたいな分けた形になるわけですよね。
ここでちょっとぼやけていくから、もうちょっと細かく具体的にしていきましょうという風になると思うんですよね。
というか、していきましょうって多くの人が思うかもしれない。そういった時に不安って言ったじゃないですか。
提供者側はコーヒーっていう言葉とかコーヒー層みたいな、ある程度隠れされててある種の間違いないじゃないけど、安心できるようなことを選びたがるんですよね。
これはどういう不安の裏返しなんですけど、例えばコーヒーを飲むことに対して特化する。
要は入れるんじゃなくて、コーヒーを作る側でもなく生産者でもなく、輸入したり卸ししたりするとかECとかでもなく、
そのビジネスとかも一旦置いておいて、もしくは飲食店をやるってわけじゃなくて、一旦コーヒーを飲む、味わう方ですね。
テイスティングですよね。コーヒーはこういうのがありますっていうようなこととか、こういうのがおいしかったですみたいな。
っていうことにしましょう、一旦ね。これを飲むってことに特化した場合、さっきよりは具体的になりましたよね。
つまり情報発信よりもコーヒーを飲んでおいしかったものとか、分かりやすいというか、アイデアとして例えばコーヒーでこういうお得なコーヒー豆がありましたとか、
もしくはコーヒー豆をミルでひくか、ひくっていうのは何かってことですね。ゴリゴリゴリゴリ豆って粉にすることができるんですけど、その豆をひくのにもいろいろありますとかね。
これは知らない方は全然知らなくてもいいと思うんですが、知っていくとどんどんそれはいろいろ何があるのか、種類があるのか、コーヒー飲むだから入れ方も話も出てくると思いますが、
つまり飲むっていうところが入っていっても結局入れるとか提供するとか作るっていうようなことになっていくわけです。
ここはいわゆる食べ物とかだったら材料が加工されて、サプライチェーンってことで流通に乗っていくわけですよね。
それでECだったりお店で買うことができるわけですよね。ということで飲むってことは誰かが作ってるわけで当たり前ですけど、そこに戻っていってさらに磨いてもいいけど、
最初はやっぱり飲むから入るんじゃないかなとか、飲む前にギラギラ入れるってことはないかなと思いながらも、飲んで自分が美味しいと思わなかったら、
僕の感覚では自分で作ったりしないと思うので、その感覚はあなたの感覚次第なんですけど、自分がいいと思ったからそれやるっていう原則みたいなのがあるんじゃないかなと思ってるんですけど、
もしくは自分がいいなと思ったもの全てやらないけど、その中でもやってもいいよと思えるものを一つ選んでって言ったら例えばコーヒーが出てきたみたいなのがあるかもしれないです。
そういうコーヒーを今度は飲むって絞るじゃないですか。そうすると不安が生じるんですよ。不安っていうのは例えばコーヒーをさっきの話で入れるとか、
コーヒーの飲食系の話とか、さっき言ってたビジネスっていうのがちらつくのであれば、コーヒーでお金を取るっていうところの情報でお金を取りたいって時に、
飲むっていうことだと単に飲んでる人ってことになってお金取れないんじゃないか。つまり絞り込むってことで広がらない、もしくはそれがニッチすぎるみたいなところで伝わらない。
ニッチすぎるってことはちょっとおかしいんですけど、絞り込みすぎてると思うんですよ。でも大体9割ぐらいですが、ニッチすぎるってことってあんまりないんですよね。
確かにここで訂正、修正というか補足しておくとコーヒーを飲む人っていうのはコーヒーを飲まない人と比べて多いのか少ないのかっていったら正直分からないです。
でも実数とデータはあるんでしょうね。あった時に今度自分でコーヒーを飲む人が今度コーヒーを入れるってことになっていくとどんどん手間かかるじゃないですか。
これはちょっと乱暴ですけど、会社で働いたり組織で働く人と自ら事業を起こした企業をする人の数がご想像できるかもしれませんが、やっぱり企業をする人とかっていうのは少ないんですよね。
なんでかって言ったら、一言で言ったらめんどくさいんじゃないかなと思います。四国理とか言ってる人がどうかと思うんですけど、めんどくさいんだと思います。
これがいい答えかわかりませんけど。めんどくさいっていうのはもうちょっとだけ言うと、やってみたいっていう好奇心に勝てないってことです。
めんどくささがやってみたいっていう好奇心に対して勝ったってことです。つまりめんどくさいとやってみたいっていうのがバトルするわけですよね。
両方あるんですよ。企業をしてみたい、もしくはしたっていう人もめんどくささあると思います。絶対全くめんどくさいなと思わない人は僕はいないと思います。
なんだけど両方めんどくさいし、両方やってみたいと思うんだけど、それは誰でも持ってるんだけど、そのやり取りをした時にですね。
一応ボーグラフみたいなものとかバトルしてる絵を描いてほしいんですけど、めんどくさいなーっていうのでやりたくないなー、でも企業をしてなんかやってみたいなーってやり取りするわけですよ。
天秤でもいいですね。天秤で思想ゲームみたいなのをやってる。そうした時にやってみたいっていうのが勝る人は多分企業をするんですよ。
でもめんどくさいっていうのが勝る人は企業をしてないんですよ。それだけです。その率がたまたま企業をするめんどくさいっていう人の方が多い気がするんですよね。
なので誰でもそのポテンシャルは持ってるんだけど、そのめんどくささを減らすことで、例えばAIとかもそうですけど減らすことで実はやってみたい興味レベルみたいなのがもしあるとしたらそのレベルでいけるってことですね。
めんどくささが減るからね。例えばですね。理屈で言えば。そんな風に世の中なってないかもしれませんが、僕はそんな風に思ってたりします。
ちょっと脱線したんで戻していくと、そういう風にコーヒーで情報発信したいっていう人がぼやけてるから、対象者がぼやけてるから飲むってことにするとニッチになる。
ニッチになるって言うんだけど、コーヒーを飲む人はかなりの数いるんじゃないかってことで、その数を推測するのもいいんだけど、どこまでそれもやるかかなと思います。
明らかに自分の感覚が間違っていることはもちろんありますが、全くよくわからない謎のアートじゃない限り、
しかもそのアートもいいだろうっていう風に思って出しても、売れる売れないというか、受ける受けないってやっぱりわかるわけですね。自分がね。
あとそのアーティスト自体本人が一番推してるんじゃないかなと思ってて、よく誰かがこんなのなんとかって言えるわけですよ。他人がね。僕もね。言えるんだけど、多分やってる人が一番わかってるんじゃないかなっていう仮説、もしくは視点は入れておいてはいいかもしれないですね。
そういう不安があるんで絞り込みはしづらい。だけど実際には絞り込まないと届かないです。それはなんでかっていうと具体的じゃないから。
つまりコーヒー情報を届けますっていう風に一生言ってても多分コーヒー情報を届けるって言ってもよくわからないな。もしくはコーヒー情報っていうのは実際にそのコンテンツを見たとしても色々ありすぎてわからないな。
つまり多すぎてわからないとか、結局残らなかったとか、多分こういうこと言いたいんだろうけどっていうところでつかみがなかったみたいな話になっていくんじゃないのかなと思ってます。
これは結局ケースバイケースになるしその人それぞれとか状況によって変わるんですけどので、想定例として話してるんですけどそんな感じじゃないかなということで100%絶対こうなるわけじゃないです。
って思ってます。そこから対象者っていうのを絞り込めず、これも自分に対して自解も込めてて、別に対象者を絞ってるから偉いとか素晴らしいというわけじゃないんですけど、
対象者に絞ったらその人に届けていくようにしなきゃいけないわけですね。それが具体ってことですね。
つまりコーヒー情報のなんちゃらユーチューバーですというふうに言うよりもコーヒーを飲むことに特化したユーチューバーですとか、コーヒー飲むってことに対してなんちゃら種類とかやってますとか、
日本が多分届くんですよ。それをフックにしてまず見てもらってっていうことが可能です。この最初に見てもらってとか見てもらえればとか聞いてもらえれば、よくあるのが食べてもらえれば、使ってみてもらえればという
何かをやったことがある、何か自分で届けたことがある人にはものすごく言ってしまいがちな言葉ですよね。特に初心者とかそういう人には言ってしまいがちです。
ですが、やったことがある人にとってはそれこそまさに品はいいんだけど、食べてもらえないかわからないみたいな。
ある種、これも言葉を選ばずに言えば言い訳になってしまうわけですね。言い訳っていうのはいつでも使えるから言い訳ってことですね。
本当にものすごくいい品であっても食べてもらえなかったらわかりませんという状況が続いていて、それでもお客さんがついてビジネスとか授業としてやりたくて回っているなら全然いいんですけど、そうじゃないのであればやはりそこは変えていく必要があると。
この時に変えると楽しいを振ったのかとか、何かにこびるんじゃないかとか、あとデザインの間違った捉え方として見た目を変えればいいっていう、浮っ面のデザインって僕は言ってますが、それはデザインじゃないですよね。
失敗するのでそれを前提でやっていって、僕も何度も言いますが、時間を込めてですし、僕も失敗しますし、
その中でやっていく。9割失敗するくらいの前提で全然OKです。1割1個でもうまくいったらいい。
つまりコーヒーの情報を発信しますというふうにYouTuberが出て、これだったらコーヒーの興味ある人全員来るでしょうと思ったけど、ほとんど誰も来ない。
もしくは誰も再生されないという世界です。それが厳しいというよりも、そういうもんじゃないですか。
何かYouTubeというプラットフォームが目新しくみんな知らないとか、コーヒーに関して発信している人とか、誰もいない。
誰もいないんだけどみんな熱望しているとか、そういう状況じゃないのはわかりますかね。そういう状況ではないです。
状況ではないので、そんなもんです。充足してたりするし、あえてコーヒーユーチューバーの人を見る。
あなたじゃないです。そういうコーヒーユーチューバーという人を見る人はない。
でもコーヒーユーチューバーがこれはダメだなって、コーヒーじゃ弱いなってことでコーヒーを飲むことに特化したとしましょう。
コーヒーを飲むでも別にコーヒーユーチューバーで変わらんじゃんってレスラーのあなたも思われるかもしれませんが、
その人にとってコーヒーユーチューバーよりコーヒーを飲むのに特化したユーチューバーといった方が、
具体度が高まったとするじゃないですか。仮にね。ちょっといいアイデアじゃないですけど。
でも飲む方が僕はより一般的になったかなと僕は個人的には思います。
そういう風に飲むってことを特化したところで伝えるとすると、飲み方ってそんな風にあるんですねって反応があったり、
もしくは前よりは見やすくなる。もしくは情報として伝えたり。コーヒーだとちょっとぼんやりしてるんだけど、
飲むことに特化してるんですね。面白いですね。っていうのがあるかもしれないし、
飲むだけでももっといろんなやり方がありますから、そこにどのように飲むか、いわゆるペアリングっていうのもありますね。
コーヒー自体は味わうんじゃなくて、何かと食べておいしい。チョコとコーヒーって合うって話があると思うし、
そういうことを経験則で知っている方もいらっしゃるかもしれませんが、コーヒーに合うものを探す。
これは周辞を逆転する可能性がありますが、コーヒーを楽しみたいがためにいろんなものを食べて、それでコーヒーと合わせる。
それを取るのもいいし、実際に料理として作るのもいいでしょうし、そこがまさにだいぶ細かくなってきましたけど、
具体です。
ここで1個よく言っている釣りの例があるので、釣りにしちゃうと、例えば釣りをしに行きますと、
その時に飲むコーヒーがうまいんだよということで、コーヒーをそこで入れて飲むみたいなことを仮にするとするじゃないですか。
家を持って行ったり、火を使うと危ないということで、家を持って行ってインスタント的なものとか、
もしくはそこで温かいコーヒーを持って行って、コーヒーを入れるくらいだったらいいですもんね。
火も使わないしね。
そこで使わなくてもできるんですよね。熱湯を持って行けばいいだけなんで。
その時に釣りに合うコーヒーを飲むということであれば、これは割と独自なんじゃないかな。
要はアウトドアでコーヒーを飲んでいる方はいらっしゃいますけど、そこを釣りに特化して、
釣りかけるコーヒーを飲むというユーチューバーだったら、他のところにはいないわけです。
ここで1個だけ冷静になっていただきたいのは、それが必ずニッチで掛け算していったら、
どこにもいない人ができますし、全然知らない人、そんな人見たことないという人はできます。
ただそれが、そのコーヒーユーチューバーじゃない人から見て、
要はお客さんとかお客さん候補から、社会とか他人から見て、それを価値として認めるかはまた別ですね。
そこだけは押さえておいてください。
それやったら売れるか売れないかみたいな話をよくされる方がいると思います。
ビジネス的な見方でね。そんなやっても売れないよ。
でもそこは一旦乱暴な部分もあるんだけど、そうじゃない部分もあると思ってまして、
つまり他の人が見たときにそれいいよねって思えれば、価値というかいいなと思えるかどうかなんです。
他の人がね。
自分がいいと思ってても他の人がいいねと思ってくれなかったら、
残念ながらそれは仕事としては成立しづらいので、いわゆる趣味、自分が楽しいよねっていうことを持ってくる。
趣味とその仕事もしくは活動との微妙な違いというのは、
その精算して伝えられるかというところになっていくので、
もっと言えばですね、他者の目みたいな、他人の目みたいなのがそこにあるかどうかなんですよね。
そこを伝わりますか。それが非常に難しかったりするかもしれませんが、
そのコーヒーユーチューバーで釣りコーヒーユーチューバーみたいなのみ飲むことに特化したっていう人が、
仮に頑張って最初のコーヒー情報発信からどんどん磨いていって、そこにたどり着いたりするじゃないですか。
それをやったところで、そんなの知らないよっていう人もいれば、
ピンポイントで釣りをしたときにもっと味わいたいなってときに、コーヒー味わうのっていいですねっていう人が出てくるかもしれないです。
その人にとっては価値じゃないですか。
そういうのを知りたかったんだよね。
で、釣りをしながらコーヒーを飲むことに対して、いいか悪いかどうかを置いておいて、
そのユーチューバーにとってはプラスだし、いいよってことを伝えていくと。
この時の価値になるんですけど、それで一旦キャッチーなものを作ったところで、
もしかしたらそれがバズったところで、それは普段その人が何をやっているかってことになっていくわけなんですよ。
そうなると結局、そこではフックが釣りとコーヒーだけであって飲むってことであって、
コーヒーを飲むってことをずっとやっていって伝えなきゃいけないってことになっていくわけですよね。
ここでコーヒーを飲むことを伝えるって何だってことになっていくわけです。
お客さんに対して見ている人に対して一体何を求めたいのか。
例えばですよ、コーヒーを飲む世界を色々あるから、自分も知らなかったんだけど、知らなかったときにもっと広げたい。
これはありそうですね。
そういうありそうとかコンセプトみたいなのがどんどん抽象化されていくんですけど、
コンセプトとかそういうコンセプトアイディアとか抽象化されたものは、
ビジョン、ミッションとか言ってもいいんですけど、それはもう何でもいいんですけど、
どういうものをやりたいかみたいな方向性ふわっとしたもので何でもいいんですけど、
それが出てくるような気がします。そういうことをやっている人は。
つまりこのコーヒーユーチューバーさんっていう人がいて、
この人が最初にどんどんコーヒーユーチューバーだって言って、
やらなかったらこれは明確になっていかないんですよ。
めちゃくちゃ地味ですけど、それをやらなきゃいけない。
いけないって言うとべきかもしれないですけど、
べきというよりもやらずにそれができる方法を術ですね。
僕は知らないというだけです。
これをそんなことをやらなくても自分で学習しなくてもできますよっていうのは、
来た瞬間にもう疑ってくださいってことですね。
それがまさに仕送り免疫じゃないけど、仕事とかビジネスとか怪しいものめちゃくちゃありますから、
自分で見聞きして判断していくしかないんですが、
自分のないところの自分の経験とか体験とか、
具体的にやって学びというものを飛ばして、
飛ばして何かやるっていうのは怪しいですよね。
だいたいそこにまとまるような気がします。
そうやって地道にやっていったところでやっていって、
じゃあ何が出てくるか。
さっきの釣りをする時にコーヒーを飲むっていうことを
価値として感じる人もいるんだなみたいな発見が大きな価値です。
それがもちろんですよ。
実際のあなたも想像つくかもしれませんが、
釣りやってコーヒー飲んでそれを見ている人に何を売るのとか、
何を提供するのというのは、
もちろんビジネスとかお金を取るという意味では弱いかなとは思ったりします。
でも一つここで明確になっているのは、
コーヒーユーチューバーというもので
ふわっと情報を発信していた時には全然届かなかった人で、
でも釣りとコーヒーを飲むということに特化した時に
やっぱり届く人はいたというわけですよね。
そこですぐ売るとか買ってもらうみたいなことを考えると
やはりちょっと焦りみたいになったりしますよね。
そんなにすぐに面白そうにならないぐらい。
要はエンタメとか面白いぐらいからしか入らない人に対して
買って何かやりたいというふうになっていくと
その世界観とかそれが心というか
自分で感動した心が動いていいなって思えなきゃいけなくなっていくわけですよね。
だからそれはちょっと早い気がします。
一方で、その釣りコーヒーユーチューバーみたいなのを
いつまでやるのかとかも決まってないです。
いつまでやってもいいし、いつ辞めてもいい。
だからそこのいつ辞めるかを決めるのもその人次第だし、
リスナーのあなたがもしそういうのをやるのであれば
リスナーのあなた次第になる。
それは僕次第ということでもありますが。
だいぶ長くなりましたけど、結局25分ぐらいでした。
結論というかそれは言ったと思うんですけど、
自分がやって、この具体で言わなきゃいけないっていうのは
釣りとかコーヒーユーチューバーって別に例はどうでもいいんですよ。
例えば話をしているだけで。
そうやって言い切ってやってますっていうことで
自分が見える世界や観点視点を変えなきゃいけないし
もしくは人に見られるっていうことを体験して訓練しなきゃいけないし
その人により伝えるようにしないといけなくなっていくっていう話ですね。
対象者がそこで全くいないことをやってもしょうがないですが
とはいえたくさん人が居すぎてもあんまりぼやけてしまうっていうところで
どうなるかっていうと結局まず自分が継続できるような興味、関心。
さっき言った釣りとかコーヒーは興味があるし
やれているので多分なんかできます。
だけど自分が趣味として満足してリラックスできるなっていうのを
人に見せたり人に語ったり人に言語化したりもしくは人に伝えていくっていうこと。
動画とかそれが僕は表現とか活動だって思ってますけど
その表現とか活動っていうフィルターを通して人に伝えるってことをやらないと
価値には転じづらいってことですね。
それは別にYouTuberっていうけど動画じゃなくて
別にイラストでも文章でも何でもいいんですよ。
だけどそれはやっぱり伝えるっていうことをしないと趣味に終わってしまうし
その趣味でアウトプットするっていうレベルが高い人ももちろんいらっしゃると思うんですが
趣味でやろうがなんだろうが誰かに出していくってことをしないと
他者からのフィードバックとかもしくは他者に対してどうかっていうことが言えないので
経験値はやっぱり溜まっていかないわけですね。やっぱり出さなきゃいけなくなってくると思います。
出し方もそこで勉強というかレベルアップしていくというか成長していくと思っているんですが
具体的にやらなきゃいけないわけですね。
つまりコーヒー情報発信してますって何となくやっててもやはりですね
やはり何となく終わっていってしまうんですね。
なんでそこでコーヒー釣り飲むことっていうところを重ねてそれぐらいだったらいいかもしれないです。
全然その釣りコーヒーとかに需要というかなかったりするかもしれませんし
そこは変えていただく必要はあるんですけど
そこでそれをやって自分が継続できるんじゃなくて
さっき言ったなんかやっててもつまんないとか虚しいとか面白くなかったらやめたほうがいいです。
具体で言わなきゃいけないっていうのは何度かこの四国ラジオでも話してるんですけど
例えば自分が届けたいメッセージとか思いとかそういうのを語るのも全然ありだと思います。
そういうコーヒーユーチューバーその人の魅力ってことであれば。
でもその人の自分がなんでこれが大事かってことをずっと語られても
やっぱりそれは弱いわけです。
弱いっていうのはそれをずっと聞きたいわけじゃないってわかります?
その人の言い聞き方の話をずっと聞きたいわけじゃないっていう感覚わかります?
でも僕のラジオ、四国ラジオもそうだと思います。
僕の確かに考え方とかは面白いとかもしくはその考え面白いねっていう風に
ピックアップしてくれる人もしかしたらいるかもしれませんが
多分これをずっと聞いていたい人はいないんじゃないかなっていう風に
友人とかは別ですよ。
でも友人とかでも毎日のようにそんなこと言ってるわけじゃないですから
毎日の非日常じゃなくて日常はもっとライトというか
ポイントポイントって感じがしますよね。
ネタでもっと深掘りする。
もしくは情報とかネタとかは一定にあるんだけど
それをどう読み取るかっていうのが受け取る側に求められるみたいな感じがします。
っていう意味では重たいかもしれないですね。
この四国ラジオ的な内容はね。
だけどそこでちょっと僕の方に展示しますと
このラジオに展示しますと
多分ですけどアイディアの話ですよね。
アイディアをどうしていくかとか
あと企業の話ですね。四国ですね。
ビジネスの話みたいなところが
って言ってますけど
僕の中では大体全部アイディアとか企画みたいな風な観点で見えているんですよね。
で、こういう風に見て生きてます。
で、見てて
それをその社会との関係もしくは自分との関係の中で
どう加工するか
生成するかアイディアを生成して
それをどう伝えていくかってところが好きだし
それをもっと伝えていくことで
そういう風に見てやれるのかもしれないね。
勘違いとは言いませんけど
そういう視線で見ていくってことを提供したいです。
それを誰もがシゴクリーダー、仕事クリエイターだっていう風に
職業としてね、それに特化してやっていただくってことは
全然求めてないというか、想定していなくて
なんていうんだろう
例えば僕だったらそういう事例を集めるのが好きなわけですね。
仕事づくりみたいな事例を集めるのが好きです。
でも事例いらないじゃないですか。
その起業したい人って別に事例を集めたいじゃなくて
自分がやりたい企業というか事業をできればいいわけじゃないですか。
っていうのは理解しますよ。
理解してるんで
そういう人に対してアイディアを提供するってことが仕事になるわけですよね。
そこで特化していいんじゃないかっていう風に思ってますし
特化っていうとそれしかやらないっていう風に思われるかもしれないんだけど
そういう風にはメニューを提供してそれをやるのであれば
それをやればいいわけですよね。
別に他の仕事をやってもいいわけですね。
その他の仕事も相性が悪いものよりも重なって
シナジーというか創造効果が出るものがいいですよねっていう風になってくる。
でもここで外しちゃいけないっていうのは
僕は多分できないんですけど
まさに俺の考えを聞けみたいなジャイアン
ドラえもんで言うジャイアンみたいな話で
俺の歌を聞けみたいなことをやる気はないですし
やったとしてもそれは全然だと思います。
全然というか伝わらないです。
抽象的すぎるから。
それが僕が具体的に書いたり具体的にしても
まあまあ弱いんじゃないかなって思ったりします。
それを聞いて見て判断して
こういう風に言ってるよねっていう風に
言える方がどこまでいらっしゃるか
これは別に挑戦的に言ってるわけじゃなくて
そこまで面白くないんでしょうというところがあります。
そこはコンテンツとして冷静に見ると。
でも一方で
僕の中で譲れない部分みたいなのがありまして
譲れないっていうよりも
これは楽しいんじゃないっていうところが
例えばアイデアを出すとか言ってるじゃないですか
アイデアをパッと思い出せるだけでも
そのアイデアを誰かと話したり
もしくは自分で閃いて形にしていこうとする瞬間とか
そのアイデアが出た閃いた時とか
もしくは自分でこういうのどうですかっていうので
反応があった時とかですね
もしくはそれで売り上げになったですね
いくら1円以上だったら
0円じゃなかったら1円以上だったらなんでもいいですけど
その仕事になるとか
それで人が喜んでもらえる瞬間とか
それこそ参考になりましたみたいなところでいただける
反応とかですね
そういうのってめちゃくちゃ嬉しいわけですよね
それは変わらないですね
そうやって変わらないので
じゃあもっとアイデアの話をしましょうとか
具体的な話をしましょうとか
ここでは一つ特徴となっているのが
アイデアとか考えるってことが
僕の中では発想法っていうよりも
いわゆる思考法の方に近い
発想法って思考法なんですけどアイデアのね
アイデアの思考法みたいになっていって
それをどのレベルでも語ることができる
語るって言うとちょっとくどいですけど
だから少なくとも語るとか伝えるってことに関して
僕の人生論とか経験論なんて
ぶっちゃけどうでもいいし
もちろん友人と話す時とかね
そんなことばっか言ってるわけですけど
そうじゃなくて
別にそれもね自分の話ばっかりじゃなくて
友人の話も聞いてますよ
で言っておいて
でそれをさっき言った商品とかサービスとか
他の人に届けていくってことになると
もっとラッピングとか加工しなきゃいけなくて
家庭料理であれば別に心が置けない人たちですよね
自分と理解し合ってる人たちでやるから
それでいいやっていこう
いわゆる身内的とか関係性のフィルター
関係性で保護されるわけですね
だからいろいろあると思いますが
家族で作った料理がまずくても
まずいとは言うけど食べるとかあるじゃないですか
仮にまずくてね
本当に美味しかったらいいですけど
それは相手を傷つけないとかのもあるし
でもさすがにまずいのばっかりだったら
ちょっとしんどい
だからまずいなら自分で作るみたいな
それはまた別の話ですけど
そういうのもある世界ですよね
じゃあこのまずい料理をそのまま外に出した時に
ただのまずさじゃないです
関係性がないから
だからファンとかコミュニティみたいなところってのは
関係性が生まれるからそこまでギスギスしなかったり
激しくならない
だけど関係性があることで逆に
ぬるまいじゃないんだけど厳しくならなくなることもあるわけです
だからコミュニティや関係が全てですとも
僕は思わないですけど
ここで一つ関係性の中でやるんじゃなくて
最初って話すごく戻していくと
コーヒーユーチューバーですっていう風に言って届けても
いやそんなにいっぱいあるじゃんっていう風にしか見られないわけです
なぜならその人と関係性がないからですね
でもある人ともしくはいろんな関わりの中で
関係性を頑張って構築してきた人の中で
その人のコミュニティの中で
コーヒーユーチューバーで飲んでます
釣り合ってますって言ったら
それはある程度の見打ちというか関係性フィルターがかかるから
弱くなるんですね
そんな厳しいことは言われない
だけどそれでビジネスとして成り立つかは全く別で
もう一個そのコミュニティが閉ざさずに
ある程度の新規の人とか循環していくってことがあるのであれば
そのまさにコーヒーユーチューバーであり
僕はコーヒーユーチューバーじゃないですけど
僕が外の世界と接してないとダメなんですよね
ダメというか腐っていくって感じです
水の流れと一緒ですね
どんどん水蒸気雲雨山川海みたいな感じ浄発みたいな
浮かびますか海から浄発して水蒸気雲になって
それがまた降ってみたいな感じの
循環エコシステムみたいなのが必要で
要は回す必要があるわけですよね
でその回すのも同じ水じゃなくて違ってくるよねって
水と人を一緒にしたら怒られるかもしれませんが
そんな感じで変わって
コミュニティ自体が変わっていくってイメージがあります
細胞が変わるみたいなイメージでもいいかもしれないし
イメージしやすいもので捉えてみてください
人によっては本棚の本とかでもいいですけどね
どんどん回転が固定化されて
それはどちらかというと僕ですね
発信する側ユーチューバー側とか
提供者側に求められることですかね
もちろんそこに参加する人も
お互いが変えていこうっていう気持ちがあれば
より気持ちいいバリアになっていくと思うんですが
そういうところで外の世界に出していくと
なんだそれはコーヒーユーチューバーはみたいになるわけです
なんだまずい料理屋ってなるわけですよね
わかります
僕の言っているアイディアとかそういうのも
なんだそのアイディアは別にビジネスにならんわって
思っている方も多分いらっしゃると思うんですけど
それはコミュニティですね
わかるんですよ
結局アイディアも企画もそういった商品も
その人次第ですから
例えばチョコいらない人にチョコをね
チョコ苦手なんですっていう人に甘いものって言っても
全然響かないじゃないですか
でもだいたいそういうことが多いですよね
求めてない人に言っちゃって
もしくは求めてない人が見て
なんかコメントして生きてしまう社会ですからね
そこで僕なりのその外界もしくは社会
外の世界とのつなぎっていうのが
要は僕を知らない人関係性がない人に対しても
このアイディアとかこういう考え方っていうのはどうですか
分析っていうとちょっと違うんですけど
ありますよねっていうことを言っていかないと
これですね