-
-
きんじょうひでき
だからソフトウェアプロジェクトを狼人間はイコールというか同じように怖い。
だからそいつを撃つ銀の弾が欲しいなっていう話。
これは受けるんじゃないですか、職場で明日まで。
げんえい
狼に銀の弾丸って何ですかって言われたらどうしようかね。
きんじょうひでき
それは君にググってくれたまえよ。
げんえい
まあでもそうですね。
きんじょうひでき
普段なんだろうな、最初から悪魔っていうか敵と思って接してるんじゃなくて、急に得体の知れない怖さで俺たちを噛み殺してくるみたいな話がソフトウェアプロジェクト。
げんえい
ソフトウェアプロジェクト、突然こっちに向けて牙を向けるのはよくありますね。
きんじょうひでき
きますからね。
げんえい
え、君そんなやつだったの?みたいな感じで不確実なところから突然びっくりするものが飛び出てきたりとかして。
え?っていっぱいありますね。
きんじょうひでき
そうですね。うんちく、うんちくじゃなくて普通に本の内容ではあるんですが述べたのである程度僕は満足していて。
この章の話でいうと、サブタイがソフトウェアエンジニアリングの本質と具有でき事項。
エッセンシャルな難しさとアクシデンタルな難しさがそういう困難とか、もしくは作業っていうのがあるよねって話をしている章で、
これ前提としてノーションにあった川島さんが前に発表されていた資料を読んでもらった方がいいんじゃないかって思うんで、
げんえいさんも読んでますもんね、ブルックスのユギンの弾丸とは何かのスライド。
げんえい
これは今読んでますね。実は読んだことなかった、このスライドは。
けど川島さんの別のスライドとかでもこの辺の話は何か出てきたなって、吉祥寺PMの時にもこの本質的複雑さの話は出てきたりとかもしましたね。
きんじょうひでき
そうですよね、これ2023年だっけって思ってめちゃくちゃビビってるんですけど、これだよな。
だから本質的な難しさ、具有的な難しさっていうのがあるよねっていうところで、
具有的なところが割と何だろうな、アジャイルのライトウィング的なものっていうと乱暴すぎるか、
結構技術課題的な難しさとかそっちかなっていう。
げんえい
そうですね、そうですね。
きんじょうひでき
本質的難しさってそもそも複雑なものを作ってるよねっていう問題領域的な難しさ、ビジネス的な難しさとか、
幼虫が何なのか分からんというか、幼虫が何なのか分かってる人がそもそもこの世にいない?
ちゃんと表現できる人がいないよね的な話が本質的なところっていう整理である程度間違ってないはず。
げんえい
そうだと思いますね、自分もそういうふうに読んでて、
その具有的っていうのは17章で、
具有的ってものが結構いろんな解釈をされて困ったねみたいな話も出てくるんですけど、
具有的には付随するとか副次的なものの困難さ難しさみたいな複雑さみたいなところで、
解きたい問題領域を解こうとした時に自ずと付き合わないといけないものぐらいな感じが書いてあって、
本質的な複雑さにどうやって対抗するんだか、その本質的な複雑さを一発で解決してくれるような、
そういうものは全然ないんだよっていうことなんだっていうふうに順番読んでましたね。
きんじょうひでき
改めてというか、銀の玉などないっていう話を知ってたりとか、
きんじょうひでき
僕で言うと河狭さんの発表の資料とかも、資料というか普通に配信を聞いてた記憶があるんですけど、
その上で原点というかオリジナル当たってみてちょっと面白かったなとか印象変わったなとかポイントはありますか?
げんえい
そうですね、やっぱりその本質的な複雑さみたいなところの、
じゃあこれは本当に解決できないのかどうかっていうのは、解決したとて、
いやほらでもここが残ってるじゃん、だからそれは銀の弾丸じゃないよって、
話の方法的に全部かわせそうだなみたいなことを読みながら思ったりはちょっとしましたね。
複雑性とかって、複雑だからこそシステム化したいものっていうのは多分いっぱいあるだろうし、
簡単な問題はあっという間に解決されてって複雑な問題だけは残るってトモデマラコも言ってましたけど、
結局その複雑なものって何ですかって言ったら複雑でないものでないものになって、
それは一生残り続けるからそれが本質的な複雑さなのかなとかっていうのはちょっと思いながら読んでて、
なんか煙に撒かれてる感はちょっとあるなって思ったりしました。
きんじょうひでき
でもそうですよね、ちょっとポジティブっぽい言い方に変えると、
げんえい
解くべき問題として価値を持ち続けるからこそやってるんだっていう話ですからね。
簡単に証明完了した命題であれば別にEORTだけして終わっちゃうので。
結局その問題を解いたら、問題っていうのは別の問題を基本的に生み出すんですよね。
げんえい
俺を倒しても必ず第2第3の問題がお前の前に現れるであろうって。
ワインバーグのライトついてますかでもそれは誰の問題であって、
結局その問題を解いたって言ってるけどその問題は別の問題を生み出すんだから、
だからこそ問題ってものに対してどう向き合うかってことが大事なんだっていう本だと思うんだけども、
結局完全に問題が解決されることって諦めるっていうか、
もうそれ以上やる価値がないみたいなことにならない以上はないわけで、
それってじゃあどういう状態よみたいな感じになるし、
じゃあ今AIが何でもかんでもやってくれるからAIでいいじゃんって言っても、
結局AIがまた別の問題を生み出すから、
結局そこに残る本質的な複雑さみたいなものはずっと残り続けるよなと思って、
それは想定義したんだから、銀の弾が出ないよねっていう気もしちゃったなって改めて思いましたね
きんじょうひでき
そうですよね、銀の弾などないって言ってるんだから、銀の弾などないじゃんっていうのは、
いやだから銀の弾などないって言ってるでしょっていう
げんえい
そうそうそう、トートロジーを働い続けるだけ
きんじょうひでき
確かにな、この本でいうと、本質的、偶遊的、混乱性みたいな話はもちろんたくさん載ってるんですけど、
同じ章の後半で、じゃあどうしていくか的な眼差しを向けてる話があるんですよね、銀の弾を対して、
ここら辺は意外となんて言うんですかね、あんまり知られてないのかもな、
そういう話までしてるんですよっていうのは、ちょっと面白いポイントかなっていう気もしてるのと、
完全に本質的な難しさっていうのを取り除くとか、倒し切るっていうのは、無理なんじゃねっていうのはそうだよねっていう同意をしつつ、
やっぱり問題のレベルを上げていくとか、問題のデカさを切り刻んでいくっていうのはあるという気はやっぱりしていて、
特にこのコンセプトの本質への有望な攻略っていう話がある中で、要件の洗練とプロトタイピングとか、
インクリメンタル開発とかっていう話をしていて、ここら辺は今まさに流行ってる、みんなが流行ってるというか取り入れてる話だよなっていう感じがしたりしますね。
げんえい
それが50年前に言ってるんだよって思うと、
きんじょうひでき
確かにそうだね。
げんえい
じゃあ50年間我々はこの当時に比べていっぱい問題が解けるはずなのに、まだ同じこと言ってるのか、
もうちょっと違うパラダイムになってないのかなみたいなことは読みながら思って。
きんじょうひでき
そうですね、それは同じところを振り子のように往復しているっていうよりかは、やっぱり螺旋状に上がっていってる話じゃないかなっていう気がする。
げんえい
確かに確かに。
きんじょうひでき
それこそインクリメンタルって言った時に、昔だったらじゃあ半年ごとにやりましょうって言ってたのが今だと、
1週間とか3日でやりましょうよっていうのを結構現実的にみんな思ってるとか、そういう話はあると思うので。
コンセプト、パラダイムのレベルで変わってないかもしれないけど、
どうなんすかね、今ブルックさんが生きてたらなんていうのやら、今生きてたらっていうか数年前まで生きてたからな。
げんえい
でもなんかそれちょっと見てみたいなって思ったんですよね。
この本を読んでた当時の人たち、当時出た頃に読んでた人たちが、
じゃあ今のソフトウェア開発の現場を見た時に、え、銀の玉あるじゃんって言うのかなってちょっと気になりましたね。
きんじょうひでき
確かに。
いやそれなんかそんな特別なものじゃなくて、そこに落ちてるどんぐりだけどぐらいの感じで、今の人は言うかもしれないけど。
そうそうそう。
げんえい
それぐらい圧倒的に技術的なところの生産性だったりとかできることって増えたはずなのに、
なのに未だに我々は銀の玉がないっていうのを、ある種寛容区的にクリシェットのように使ってるけど、
きんじょうひでき
お前は一生それでいろっていう感じは確かにしておりますもんね。
げんえい
次にそれを言う人がいたらちょっと問いかけてみようかなって思ったりしました。
きんじょうひでき
銀の音は悪いけどお前を殴る拳はあるぞみたいな感じで。
でもそうなんですよ、ペチペチと叩いていかないと結局倒せるものも倒せなくなっちゃうんで。
インクリメンタルなんちゃらとか本当にそうですもんね。
圧でドーンとできないからそれ分かった上で少しずつ少しずつ100発殴ろうぜみたいな。
げんえい
そうすれば狼を倒せますっていう。
あとは偉大なデザイナーみたいなところはちょっとこの中でも気になって。
この本だとデザインっていうのが多分アーキテクトのデザインと
もうちょっとコンセプトを考えるデザインみたいなところと両方あるのかなみたいなことを思ったりとかしながら読んでて。
偉大なデザイナーを育てるないしは銀の玉はないので偉大なデザイナーが大事ですっていう話を
人間の問題に集中しましょうみたいな話が出てきたりとかしていて。
この偉大なデザイナーっていうのはどういう人なんだろうなとか。
きんじょうひでき
完全にコンセプトを作る人かなっていうのを僕は捉えてますね。
完全なコンセプトっていうものがあるとすれば問題は解けるぐらいの感じで話してると思うので全体的に。
一冊のこの本の全体でいうと。
だからコンセプト、完璧な作戦っすねーの完璧な作戦の方を作れれば。
作戦より上かコンセプトなんですね。
それをどう生み出すかっていうのはまた難しくて。
なぜならそれができるんだったら銀の玉ここにありましたっていう話になってるので。
げんえい
現代のソフトウェア開発において今そこって。
この偉大なデザイナーとまでは行かないけども偉大なデザイナーになりかけているとかそこに向かっている人みたいなのは
どういうことをコンセプトとして。
ソフトウェアのアーキテクチャ的なコンセプトかもしれないし
サービスデザインのコンセプトかもしれないし
もしかしたらビジネスモデル的なコンセプトなのかもしれないけど
そういうようなことを上手に考えられる人っていう感じですかね。
きんじょうひでき
そこが計算なんでしょうね。
げんえい
どこがボトルネックになってるかとか
どこが最重要なのかによって変わるかもしれないっていうのはそうですね。
きんじょうひでき
さっき言った1個の問題で解いたら次の問題が出てくるはずなんで。
げんえい
そうですね。
きんじょうひでき
でも一応ゴールラインっていうものがあるっていう前提で話してない気がしていて
げんえい
少しずつ進化していくしかないし
きんじょうひでき
やったゴールにたどり着けました、頂上まで到達しましたって
言えることはもうずっとないかもしれないけど
ただ遠いちゃんと前に進んでいく
やっていくみたいな話になってきましたけど
っていう話もしてるかなっていうのも感じていて
それこそ第16章の最後締めくくりが
偉大なデザイナーはどう育てたらよいかっていう
ちょっと一人Q&Aみたいな感じになってるんですけど
そこを見るとやっぱり
弟子と師匠みたいな関係を結びましょうみたいなやつとか
育成中のデザイナーが互いに交流刺激し合う機会を与えるみたいなことが書いてあって
アプレンティシップとコミュニティっぽい話は感じるし
それって絶対にここの正解があって
グルみたいな人から教わって
メント会になったら終わりっていう世界観じゃ全くないじゃないですか
常にどうにかこうにかみんなで一緒に足掻いていこうぜっていう感じはするので
そういう話して偉大なデザイナー
そういう風にしたらもしかしたら生まれるかもしれない
生まれることはないだろうけど
少なくとも近づくこと
何かできることを増やしていくっていうことは成功できるんじゃないかっていう
雰囲気を感じましたね
げんえい
そうですね