はい、打ち合わせキャスト第121回ということで、今回もゲストにたくさんお迎えしております。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、1ヶ月ぶりぐらいかな。3週間が1ヶ月ぶりぐらいですね。
えーと、忙しいときは忙しいということで。
えーと、ちょっとね、長い期間があったんで、何を言って何を言ってないか、ちょっと覚えていないんですけども、
インターネット界隈で注目すべきが、Twitterのゴタゴタ感がさらに強まっていることと、
それに伴ってTwitterの代替サービスみたいなものが盛り上がっていて、
一個がマソドウなんですけど、もう一個が、何だっけな、ノストラダムスを半分で割ったようなやつがあって、
それはなんか、新しいプロトコルのSNSだみたいな話で、一応僕も両方使っていて、
マソドウも結構ね、半Twitterぐらいの感じで使ってるんですけど、
新しいやつが、参加者があまりにも少なすぎて、
えーと、なんかこう、どう言ってんかな、
SNSというよりは、なんか、Facebookの知ってる人が集まってるグループでチャットしてるみたいな感じなので、
ちょっとこの盛り上がりでは厳しいんかなーっていうところが一個あったのと、
もう一個はもう圧倒的に、そのチャットGPTというものがトリガーとなって、
インターネットに新しい息吹が吹き込まれているっていう、そういってもいい変化が起きていると。
で、僕自身も、メールマガジンでよく書いてるんですけど、
プログラミングの質問をほぼ、質問というか、プログラミングで困ったことがあったときに、
ググらなくなってきたことが結構大きくて、
でも、例えばこう、困っていることに関するキーワードを3つぐらいに絞り込んでググるみたいなことをやってたんですね。
例えば、JavaScriptを円形へ移動みたいな感じでググるわけですね。
上の辺のページが自分がやりたいことを、なんかやってることを見つけてって言うんですけど、
今やったら、GPTを使えば、JavaScriptを使って、ページの中の要素を演習上に動かしたいです。
どのようなコードを書けばいいですかって書けば、おおむね正しいコードを書いてくれるわけですね。
で、やっぱり文章で聞くほうが楽なんですよね。
しかも正確な答えが、期待度が上がると。
で、キーワードを複数で区切って見つけ出すのと文章で聞くっていうのを比べるときに、
どちらが人間が使うインターフェースとして自然かっていうと、やっぱり文章なんですよね。
だから、今までGoogleがやってきたことは本当に素晴らしいことなんですけど、
GPTがトリガーを引く新しい変化は、もっと人間よりのコンピューターの使い方になっていくのではないかと、
個人的には思っている次第です。
これっぽいの使われたことあります?AIにチャット形式でデータ投げられるやつ。
昔はあるんですけど、このチャットGPTもこの3週間ぐらい急激に盛り上がったじゃないですか。
この3週間はバタバタして全く食べせてないので、
今の、現在のレベルのものは使ったことない。
マジでビビりますよ。
って言いますね。みんなそう言ってるからきっとそうなんでしょうね。
指示体名詞とか、こっちの質問の意図っていうか、その言葉の記号をちゃんと踏まえて返してくれるというか、
なんか質問、こっちが質問して、なんか答えを返してくれるんですね。
それについて詳しく教えてくださいとか、それを英語で言うとどうなりますかっていう、
それをちゃんと受けてくれるんですよね。
これはなみたいということではないわけで。
そうですね。
で、多少皮肉レーターが日本語を書いたとしても、大体カバーしてくれるし、
文章が長ければ長いほど文脈がきちんと成立すると対話ができるし、
やはりGoogleみたいなキーワードを投げるようなフレーズだけを書くようなものだと、
勝手に彼らが文脈を補完してトンチンカーのことを再補完してくれるんで、
質問する人の次第という点はやっぱりGoogleとは変わってはないんですけど、
でも僕らが他の人に質問するときって多分ナチュラルな自然な文章で出て、
質問が思い浮かぶことが多いと思うんで、
その意味で使いやすいのは、JATGPT型のほうかなと思います。
とりあえず、Googleがこんな形で崩れるんだなっていうことは、
2年前に想像してなかったので。
なかったですね。
ちょっと驚きですね。やっぱりテクノロジーっての面白いなっていうのが一番の印象です。
まあでも思ってたのと違う形できますよね。
全く思ってたのと違う。もっと賢いGoogleがやってくると思ってたんですけど、
そもそもGoogleじゃないみたいな形でやってくるという。
結局GoogleでやってもJATGPTでやっても、
答えの信憑性そのものの真偽をこっちがやっぱり判断せなあかんっていう人間の良分を絶対に残ってるというのは共通してますけどね。
そうですね。だからこれ、答えの信憑性を判断するっていうことのハードルが逆にGoogleより上がっちゃってるような感じがしますね。
しなければならないという感じは、よくJATGPTが嘘をつくみたいなことを言うわけですけど、
嘘をつくってのが本当に面白いわけで、嘘はついてないわけですね、彼らは。
嘘っていうのはつまり、それが事実でないことを理解したうえでそれと反することをいうことなんですね。
彼らは何が事実か何が事実でないかの判断基準を持ってないわけですから、
まあそうですね。
テレビとかでインタビューを受ける人みたいな感じですね。
内容は提供しますけど、編集とかデザインとかは勝手にやってくださいと。
いくばくかお金をいただければ嬉しいですという感じにしたら、
なんか、WinWinという言葉はあれですけど、なんか全員がハッピーになるんじゃないかなとは思ったんですよ。
間違いなくその人がこのぐちゃぐちゃ先ほど聞いて、面白いと思ったものをピックアップするわけじゃないですか。
テーマは何か本を読み方かもしれませんし、タスクのさばき方かもしれませんけど、
それぞれ好きな人が自分の好きなテーマでピックアップしたものを本にすると。
だからおそらくいろんなタイプの本ができると思うんですよね。
それはたぶん僕ら二人でやってたのは、まず生まれない角度ですし、生まれない量になると思うんですよ。
そうでしょうね。
そういうのは別にあるとして、でも僕らは僕らで自分のセレクションを作ってもいいじゃないですか。
いいです。
別に何も問題ないですよね。
だからそういうふうに、僕らが求めている原稿をまとめるプロジェクトと、それと並行して、
僕らのオープンソースじゃないですけど、その音源を使ってもらって、その人の本を本作りに使ってもらうっていうプロジェクト。
この二本柱ができるし、その方が面白いんじゃないかなというのをちょっと今考えているところです。
進め方とか諸々とかは色々あると思うんですけど、利益分配ですね。だから一番難しいところは。
難しいな、そこですね。
基本的には作業量と責任に応じて分配されるべきですよね。
そう思います。
公社の場合は僕らは素材提供者なわけですから、
インタビュー的な仕事で一緒で、一回原稿料もらったら終わりぐらいで、僕はいいかなと思ってるんですよ。
その人が他の人にインタビューして、本書くって出来上がりましたって言ってるのと変わらんわけですから、
コミットメントはそれぐらいでいいか。
ないしは、音源をくださいと言われて渡す時にいくばくかお金をいただく。
あとはもう知りませんっていう形にする。
2つが考えられるかなとは思うんですよ。
別に音源自体はPodcastで、RSSで配信してるんでいくらでもダウンロードはできるんですよ、その方法さえしている。
そうじゃなくて、寄付の代わりに買うみたいな。
だからどっかで買えるページみたいなの作っといて、もし作るんやったらここから買ってもらえるとあげられる素敵なことをする。
で、本にする際に原稿チェックとかを僕らに言ってくれたらちゃんとしますよみたいな感じの形にすると、
それはもちろん悪意のある使われ方をするって可能性はありますけど、そんなにみなさん暇じゃないでしょうから。
まあそういう意味では結構いろんなネタはたくさん埋まっているので。
そのものを使うのももちろんありだろうし、それこそさっき暮らした人もちらっと言われてた、
前半でこの石原さんのを使って、後半で「いや、俺はそうは思わない」みたいなことを。
いいわけですよね。
現状テキストのデータが全くないので、引用がすごいしにくいわけですね。
第何回誰々が何言ってたっていうのが。そこも含めて、何とかその形、利用してもらえるという形になっていったらいいなということを考えております。
今進めているプロジェクトとか諸々がどうなるかは全然わからないですけど、
僕はそういうある種のオープンマインドプラス、利益返ってきたらいいなマインドの絶望を持っているというだけここに表明しております。
これはYouTuberのネタで、次からが本題なんですけど、
最近のツールが結構変わってきているぞという話。自分らが使っているツールが変わってきているよという話なんですけど、
まず1個がシステム手帳を超久々に使い始めました。本当にびっくりするくらい久々で、2020年ぶりぐらいですかね。
そもそも最近は紙の手帳を使ってなかったんですけど、紙の手帳を使ってた頃はホモニチ手帳というトジ手帳を使ってて、
システム手帳ってこの界隈では憧れみたいなものがあったじゃないですか。
お高いですけど、お高さに見合う高級感みたいなのもありつつ、
かといって、7つの習慣的な、あそこまでガチガチのやつはちょっと違うなという、
いろいろ求める気持ちと、あんまり近づきたい気持ちっていうのが揺れてたんですけど、
本当にある日突然、今年はシステム手帳を使おうと思ったんですね。
理由は説明、おそらく言語ができないんですけど。
で、カレンダーとかは全く使わないんですよ。システム手帳と言いながら。
プランナー的なもの、オーガナイザー的なものは一切外して、すべて方眼のシートだけが入っているシステム手帳を持ってます。
だからメモ帳ですね、システムメモ帳を使うようになってます。
で、ハードカーブ、ケースは結構安い、千何本のやつなんですけど、リフィールが結構お高いやつで、
やっぱりいい紙を書き心地がいいですね。
ZSLIMのEdgeっていう0.28の細いペンで方眼に書いてるんですけど、それだけで心地よいですし、
当たり前なんですけど、iPhoneと違って気が散らない。
しかもトジノートじゃないんで入れ替えとかもできますし、いらんものはそのまま省いて捨てられます。
結局固定的な情報ってデジタル化してるんで、逆にその1個前の生にの情報って案外手書きの、しかも入れ替えが効くもので十分じゃないかな。
これまで結構トジノート進行みたいなのがあったんですよ。
なんかそういうイメージありますね。
ノートは閉じないといけない。そこの連続性固定性っていうのを重視してたんですけど、
昨今そこまで必要ないなという感じで、そこから解き離れてシステム手帳を使いだしたっていうのと、
もう一個その延長なんですけど、メモまで書いたんですけど、ノートとも呼べないんですけど、
A4用紙を半分に折ってパンチで穴開けたものをリングで繋いで使うっていうやつなんですけど、
これがね予想以上に便利ですね。
さっきのシステム手帳と違って、全体からチープさが現れてるんですけど、
要するに落書き帳を半分に折って持ち歩いてるっていう感じですね。
元々普通に使うときはA5サイズなんですけど、それ紙が折ってあるだけなんで、
必要に応じてA4サイズに開けて使うことができると。
コピー用紙なんで、もう本当に雑に使いますし、もうちぎって捨てるだけとか、
場合に応じてはスキャンするとか、スキャンはしてないかな。
とにかく雑短に思ったことを書くと。
これまでずっと大学ノートを使ってたんですけど、
結局大学ノートである意味がほぼなくなってきている上に、やっぱりページが動かせない、
モード化したのが強かったんで、それに、
そっち側、どちらもバラバラに移動できる、いわゆるカード型の運用ができるものに移行して、非常に使いやすい。
だから今最近ノートパソコンを開いたら横に、どっちか、お手製なんちゃってリングとか、
システムメモ帳が横に置いてあって、ペンがあるっていう。
今まではノートパソコン開いたらノートパソコンしかなかったんですけど、
なんか横に第二の領域を置きつつ作業をするということに、最近はなってますね。
なるほど。
なんか変わりました? 自分から出てくる…
書き…
この言葉を使うか、今悩んだんですけど、アウトプット。
アウトプットの式が下がったのと、より何も判断せずに書く度合いが増えたのと、
すげえハンズの前で悩んでたり、どのサイズにするかって。
例えば売り場で持ったとしてもわからないじゃないですか。
日常にどうフィットするかっていうのが売り場でわからないわけで。
しかも1回そういうの本格のやつを買ったら、ものすごく安くても5,000円からじゃないですか。
だからなかなか思い切れんなと思って、やっぱり僕はポケットに入るということを基準に選んだんですね。
メモ的に使いたかったからなんですけど。でもメモ的に使わないのであればバイブルもありだなと聞いてて思いましたね。
どうしてもノート的には使いづらいね、このサイズだと。やっぱりメモっていうところで止まってしまうんで。
面白いのはこれ以前はバイブルサイズってメモには大きすぎるし、ノートには小さすぎて中途半端なサイズだと思ってた時期があるんですよね。
でも逆にその中途半端な大きさが今はすごくよくなじむような気がしているので、
そういうのもそのときの気分によるんだなと思いますけど。
たぶんですけどメモはスマートフォンでよく、文章はパソコンでいいっていう、
メディアの位置が変わったから改めて役割が変わってきたってことですかね、きっと。
ですかね。
バイブルサイズも興味あります。とりあえず1年間システム手帳使い続けたらグレードハッピーだと考えますけども。
1年、ここ2ヶ月くらい使って、歩いてる時にポケットから出して書くことはそとんどなかったんですよね。
よくよく考えたら。だからバイブルでもいいかなという感じは今しているので、サイズ変更はありなんで。
リングノート、システム手帳が一番僕が課題と感じているのは、挟めるページ数の多さなんですね。
僕、国用の100ページノートが大好きなんですけど、100ページは無理じゃないですか。挟めないですよね、100ページは。
いけるんかな。
全然いけますよ。
いけます?
だから、ポケットに入れられるバインダーを選ぶと無理だっていう感じですね。
それはそうかも。
そういう中でページ数の多さから優先したんですけど、結局メモって処理するから分厚さがいらんなと思ったんですよ。
逆に、僕国用の100ページノートを使ってるんですけど、それってメモじゃなくて連続的なものをガッシリ書いていくによったらそっちでいいよなっていう使い分けが結構はっきりしてきて、
連続で残したいものは大学ノートで、それ以外は切り取れる、動かせる形のもので十分やなと。
結局そのままそこに置いといて使うわけではなくて、デジタルに移したり書き換えたりするわけですから。
だから手持ちのものって本当に50ページもあればもう十分かなし、50ページをフルで使うこともまずないですけど、
そういうふうにデジタルとか他のツールとの役割分担がはっきりしてきたことで、アナログツールがよりクリアに使えるようになったというか、
なるほど。
たぶんね、何かしらの違いが出てくると思う。
出てくるんですよね、きっとね。そう思います。
時間をかけざるを得ないとか、コピーペイができないっていうことを、
それがデメリットに思われたけどメリットになるっていうことと、
今、非常になんか、僕がさっき言ったのネガティブに聞こえるんですけど、
そうじゃないんですよね。書き写すときも結構楽しいんですね。
わかります。
面倒くさいことをしてるけど、こう、メリットがあるよって話じゃなくて、
デメリットそのものを楽しんでる感覚があるので、むしろ豊かさを広げることになってるでしょうね、これは。
そうでしょうね。
だからやっぱりその手間をコストとしてしか捉えない考え方だと、
たぶんそのメリット自体を享受できないと思いますし。
もちろんそんなことをしている暇がない場面っていうのはあるんですけど、
そんなことをしてる暇がない場面では別にそんなことする必要はないので。
だから速度を落として考え、打ちにくむって考えることができる。
特にある種の信頼感が起きてるっていうことがたぶん、
考えそのものにも影響を与えるでしょうね。
あとはこれ、文字でありありとその日の精神状態がわかったりすると。
わかりますね。
やっぱりね、知事困ってる日は知事困った文字を書いてるんですよね。
面白いですよね。
そうですね。
ドミニク・チェンさんの本で読んだんですけど、
タイピングの量数を全部残していくっていうロジックがありまして、
文字が売ってるものが、書き直したりとかバックスペースしたりするそのものが、
動画的に残っているっていう。
デジタル時代におけるヒッチの記録みたいな感じですけど、
逆に言うとそこまでしない限り、残らないんですよね。
規定の心の状況というのが。
僕は自分が書いた文字を目にしながら、自分自身についてのフィードバックを受けてるわけですから。
それがないんか。
逆に意識して元気な字を書くと少しちょっと気分が変わってきたりもする。
あると思います。
大きくてのびのびと書くことを意識したりすると多少気分が変わってきたりもするし。
逆に落ち着きたいときにゆっくりきれいな文字を書くという方法もありますからね。
そういうマインドセットの展示は、
アルファベットのAボタンを押したら「あ」が出てくるというのでは生まれないですからね。
でもあれですよね。キーボードでも体調とか精神状態が悪い人って、なぜか漢字の変換効率が落ちたりしますか?
調子が悪いときは、意図的に変換を見るようにはしますね。
だいぶ間違うんで。
普通やったらもう、おそらくこの予測だ、来るだろうみたいな感じでリターンを押していくんですけど、
わりとゆっくり見るようにはしますけど、確かに変換効率が悪いときはあるでしょうね。
そう、なぜかね。調子が悪いと正しい漢字が出てこない率が上がるような気がするんですよね。
気が馳せてるときって、先の文字をタイプしていることがあって、どういう点かな。
「AKS」って押したいのに、もう「A」の次に「S」を押してるときあるんですよね。
だから、出ることは出るんですけど、文字として残って出てこないから、
あんまりフィードバックとして感じにくいというのがありますね。
そうですね。この時代に手書きをあえてすることの意味を、
ノスタルジーじゃない視点で語られることは何も意味があることですね、これは。
そうですね。全然ノスタルジーじゃないですね、これは。
そうですね。むしろ、逆に人間よりのインターフェースになるってことは、
紙に書いたものをコンピューターがインプットとして受け取ってくれるようになれば最高なわけですけど。
それはさっき「効率化」に、その効率化に試合されすぎるから。
そうですね。それが欲しいときもあるし、逆にそういうオシアル的なことはしてくれなくてもいいから、
昔できたらいいなと思ってたのは、簡単にスキャンして、
画面に手書きの状態の紙を表示してくれたらいいなって思ってましたけど、今普通にそれできるんで。
そうですね。
それだとドトールの狭いテーブルでも、横に並べられるところでも書き写しができるなみたいなのは、
いつの間にかラクラクとできるようになってきたんで。
そうですね。わかります。
いい時代ですよ。
確かに。だからもう当たり前になってますけど、かなりデジタルの恩恵は受けちゃってるわけで。
だからアナログをあまりにも生やし立てるのも間違ってるわけで、デジタルがあって初めて整理するいろんなことがあるわけですから。
これからはまたアナログ出せっていう話では全然ない。
そうですね。アナログのスピード感、僕らをスピードに乗せてしまう感じをブレーキするものとしてのアナログっていう、
組み合わせのセットで考えた時に、人間のマインドをうまいことドライブできるっていう。
普段はデジタルで仕事してるけど落ち着きたい時は紙に書くっていうのは非常に合理的なんですね。科学科学団としても。
思います。
その合理性って、情報処理するのめんどくさいみたいな視野の狭い合理性で捉えると、そこが弾かれてしまうというか、なくなってしまうんで。
だから視野の広い合理性っていうのが欲しいですね。ここでは。
1階層上の。
上の階層の合理性。
合理性っていうところで、見れば、それに比べたらコピペできないことなんていうのは結構些細なことだったりするんですね。
あとね、もう一個アナログじゃないんですけど、テキストエディターなんですけど、これまたフル株のコットエディターというのをまた再び使うようになりました。
VSコードを使う前はずっとこれを使ってたんですよ。
そうですよね。
Macの初期は標準のメモ帳みたいなのを使ってて、耳かきエディットをちょっと使って、それ以降はずっとコットエディターを使ってたんですけど。
もちろんVSコードは普段使ってるんですよ。
ただ、VSコードは複数のファイルを扱うような作業をするときに使うんですね。
逆に、例えばブログの記事を1個書くよっていうときは、もうコットエディターで書いてしまう。
すごい良いんですね。
当然軽いんですね。
動画が軽いっていうのはあるんですけど、何が一番僕は良いなと思ったのは、独立ウィンドウなんですね。タブじゃない。
だから、ウィンドウが1個1個開いて、1個1個ドラッグできると。
書きかけの原稿というのがあったとして、ウィンドウを開きっぱなしになっちゃうわけですね。
あんまりよろしくはない作法なんですけど、開きっぱなしになろうと。
だいたいウィンドウの中心、ウィンドウは大きいデスクトップの中の中心ぐらいにバーって重なっておくわけです。
それがウィンドウシステムなわけですけどね。
クリックしたものが上にくると。
クリックしたものが上にくるって当たり前なんですけど、これ結構すごいことだなと思ったんですね。
なぜならば、押し出しファイリングなんですよ。
使ったものが重なって縦に並んでるんですね。
だからこれ、実は記憶の補助がほとんどいらなくて、上からポチポチで押していけば最近のものが見つかるっていう形になってるんです。
これは残念ながらタブ型では起こらないですね。タブ型はフォーカスするものが変わるけど順番が変わらないから。
このフォーカスするだけで順番が変わるのってすげーよなってちょっと感動してたんですけど。
臨機応変なオーガナイズがそこで行われてるんですね。
最近ずっとタブ型ばっかり使ってたんで忘れてたんですけど、
このウィンドウ独立型の良さ、これが結局さっきのカード型システムバインダーと一緒なんですけど、
個別に動かせるのってすげーいいよなっていうのを最近感じてます。
意味があるというか、そこから読み取れるものがあって、必ずしもノイズとは限らないっていうことなんですね。
その通りだと。
ウィンドウが散らかってしまったっていう感じを受けたくないからタブ型になってるかもしれないけど、散らかしておけるウィンドウは、僕は最近気に入ってますね。
そうなんですよ。
まずだから、今使ってないウィンドウを脇に寄せといて、あなた先に右の方寄せたなっていうふうにタブるみたいな感じが欲しいこともあるし。
あと逆に散らかってぐちゃぐちゃになっちゃってるっていうことは、自分の頭の中がそうなってるっていうことなんで、
「ちょっとここで休憩していらないウィンドウを閉じよう」みたいなことをすることによって、
とっちらかった状態を解消するみたいなこともありますし。
だからアナログですよね、その感覚も。
アナログの感覚ですね。配列に収まりきらない。
次元的に三次元というよりは、メタ情報がある配置というか。
そういう感じがあって。
VS Codeはワークスペースというので、フォルダーと開いているファイルの状態を常に管理してくれる。
だからウィンドウを閉じてもう一回開いたら、前回開いた状態そのまま開いてくれるんですよ。
これはむちゃくちゃ便利なんですけど、中違うんですね。
単独ウィンドウシステムだと使い終わったものは消しますよね、当然。
もう一回使いたくなったらそれを開くっていう繰り返しなんですけど。
思ったのは、開けっぱなしのワークスペースって、物を置いてある机の感じがするんですね。
そこに帰ってくるみたいな感じ。
それはね、何やろな、どう言ったんかな。
作業を始めるぞっていう感じになりにくいかな。
なんか、すごく昔のタスクリストみたいな感じがするんですよ。
確かに過去のこれはこれをしようとしていただろうけども、みたいな感じをすごく受けるんですね。
逆にファイルを一個一個開いていくときって、絶対自分が求めてるものしか開かないじゃないですか。
でもワークスペースの場合は、昨日の自分がただ使ってたものが何の優先順位もなく並んでるだけなんですね。
開発効率で言うと、コーディングの場合はそれで全然問題はないんですけど、
やっぱり執筆のプロジェクトでそれをやってたんですけど、
例えば、原稿ファイル、アウトラインファイル、ToDoファイルっていうのを開いている状態で、書いて閉じてっていうのをやってたんですけど、
なんかずっと違うなっていう思いがあって、しかも見ないんですね、そのToDoとかを。
新単位で動かすのは全然いけますけどね。もっと細かくなるともうちょっとあのUIでは難しいですね。
もう長年何とか使いこなしてやろうと思ってきたんですけど。
やっぱり一番シンプルなテキストエージだから初めて、これぐらいあったらいいのになお2,3個付与するぐらいのとこで多分僕は十分だと思いますね。
しかも最近ちょっと自分でコーディングできちゃってるんで、ちょっとね、そのような作りたい欲求が生まれてるんですけど。
そこまで構造なものじゃなくて、複数のファイルによって構成されるリニアな文章を、
リニアな文章というかリニアなドキュメント作成を支えてくれるエディターみたいなイメージをちょっと考えてて、なかなか難しいんですけどね。
僕のGodEditorだったら、MDファイルの見出しを抜き出す。出せるじゃないですか。
あの見出しで入れ替えができれば僕多分GodEditor使うと思いますね。
なるほど。だいぶ面倒臭いですけど。
あの見出しが簡易アウトライナーとして使えれば結構個人的には使えるのになぁと思いますけど。
あれはアウトラインでやってライナーじゃないから、そこを変えられれば、かなりそれっぽくなりますね。
GodEditorは普通のテキストエディターですけど、後ろでスクリプトを自分で走らせられるんで、かなりのことができますね。
そこは気に入って使ってたんですけどね。でもやっぱりVS Codeの圧倒的なプラグインプラットフォームの圧に負けてしまったのと、
コードを書くのはやっぱりVS Codeの方がいいんで。そこは問題ないですけど。
でももう少し汎用的なエディターというとこっちの方が汎用的かなという感じがします。
僕はWZEditorのMac版で、あれのお試し版を使ってみたんですけど、ちょっと前に。
Windows 5年くらいWZEditorをずっと使ってて、すごい好きだったんですよね。
見事なまでに再現してあって、機能的には本当に素晴らしいと思いますが、見た目がとても使う気にならないっていう。
使わないんですし、ものすごくお高いので。8000円ぐらいするんですよね、確か。
MacのUIとは全くそぐわない。Windowsをそのまんま持ってきたような。
なんですけど、機能はかなり理想に近いですね。もしまたWindowsを使うことがあれば多分使うだろうと思うんですけどね。
それは僕は名前しか知らないんで、ちょっと触ってみますね。欲しい機能がそこにあるのかもしれないです。