ところが、メルマガをノートでやってると、スキボタンを押してもらえるんで、
ああそう、今後はそんなに悪くなかったんだみたいなことを確かめられると。
そうですね。
これは結構悪くない。
逆にやりすぎていいねボタン稼ぎみたいになってしまったらダメですけど、
自分の方向性をちょっと確認する意味ではいいなと。
でも有料メルマガの場合は、巨大な嫌いボタンとしての解除ってやつがあるわけじゃないですか。
はい、ありますあります。
それをされてないということは、好きってことなんですよね。
人によっては、そんなに読んでないけど、この注釈好きやから、
こう読しておこうみたいな人っているわけじゃないですか。
つまり、高読されてるからイコール読まれてるとは言わないんですよね。
スキボタンは読まずに押す人もいるかもしれないですね。
そう、読まない。
この人好きだから読まないけど撮ってる人は、
たぶん読まないでスキボタンを押したりもする人ですよ。
そこは言い方ですけど、スキがついていると、
ああまあ読まれたんだな、よかったんだなというふうに、
よりちょっと解像度が高く、そういう情報が手に入るかなと思うんですけど。
まあでもそういう反応を欲する気持ちというのは確かにあるので、
どれだけそんなものはないよと振る舞っていても、それは間違いなくあるんで。
ありますし、やっぱり有料コンテンツを販売している以上、
さっきも言ったように、お別れは突然つながってくるんですよね。
あなたのウェルマンがこの点が気に入らないんで直してくれませんかっていうやりとりがあって、
解除されるわけじゃなくて、突然解除されるんですよね。
だからあまりにも反応がない記事をたくさん投下し続けてたら、
たぶんそれはさすがにまずいと思うんで、
途中途中でしっかり自分の方向が合ってるのか間違ってないのかを確認していきたいんですよね。
そういう意味ではノートっていうのは確かに確認がしやすい場ではありますよね、きっと。
必ずしもいいねがつかなかったから悪いとは言えないですけど、
いいねがある程度ついてるんであれば、
それをある程度の好ましさを与えられてるんであろうとは思いますよね。
その話の流れでいうと、このリビジョンの連載もそうで、
一回一回の記事をオープンにして、最終的には本にするんですけども、
一回一回の記事をオープンにして投下していると。
その一回一回の記事に対して好きなりはならないのリアクションがもらえると。
こういう進め方も非常に現代的ですよね。
最先端を走ってる感があるのかよくわからないですけど、現代的ですよね。
ザクさんが今まで書かれた本は、アウトライナー系の本が3冊と、
エッセイというか小説風なものが1冊と、
対談をまとめた本が何冊かっていう形だと思うんですよ。
対談の本は書き下ろしとは言いがたいので取り除くとして、
アウトライン系の本って、一応下敷きとしては、
ブログに書き溜めていたものがベースというか素材にはなってたと思うんですよ。
素材があったのでそれをまとめて本にしたという流れだと勝手に思ってるんですけど、
このリビジョンっていうのは一応この2人で企画を立てて、
ゼロから書き下ろそうという流れになってるわけじゃないですか。
もちろん過去の素材もあるんでしょうけども、
新たに書き下ろすことも多分出てくると思うんですよね。
この新たに書き下ろすことの難しさ、新しさとかって感じられてます?
そうですね。
一応最初のアウトラインプロセッシング入門のときは、素材があったんですね。
その素材をぐっちゃぐちゃにして最終的には原件を留めなくなったんですけど、
一応素材があったということなんですけども。
ライフは一応書き下ろしに近かったといえば近かったんですよね。
ただ長い時間かけて書いてたんで、途中でその一部をブログに記事として載せたりしてたんで。
本になった時点ではいくつか一目に触れてた部分もあったと思うんですけど。
だからいう感じとしては、書き下ろしの感覚は一応それで味わってる。
ただ、締め切りが決まっていない書き下ろしと、ガチッと締め切りが決まっている書き下ろしはまた違うと思うんですよ。
ガチッと締め切りが決まっている書き下ろしって、僕たぶんやったことないんですよ。
本というか、仕事の報告書みたいなのがありますけど、本としてはたぶんなくて。
そういう意味では本当の意味の書き下ろしってやったことがないんだと思うんですよね。
現時点で難しさみたいな、まあ2回しか更新してないんですけど、難しさみたいな。
現時点では先がまったく見えてないというか、どうすんだろうこれ。
今回の醍醐味ではあるんですけど、たぶんこんなやり方を許容してくれる相手はそんなにいないんですけど。
まあそうかな。
結局僕としては打ち合わせキャストと同じノリでやってるだけのことなんです。
それが文章という体裁をとっているだけで、テニスの打ち合いと一緒ですよね。
打たれた球を打ち返すってことを繰り返すだけなんで、まあ難しくはないし。
僕の場合だったら、例えば人のアウトラインを見たら、
僕だったらこう組み立てるやろりなっていうふうな考えがまず出ますよね。
はいはいはい。そうですね。わかります。
そこから文章の展開になるんで困ることはまずないし、
人の文章を読んだときは、その人の文章に同意か反論する形で文章が出てくるんで、
これも基本的に困ることがないんですよね。
僕は人のアウトラインを見ると、そのアウトラインにもろついて書こうとしちゃうんですよね。
それぐらいアウトラインを頼りにして文章を書いてるって、
アウトラインというかアウトライナーを頼りにしちゃうな、どうなんやろな。
ここはあんまり引きずられないと言いかけましたが、
スクリブナーで文章を書き下ろすのが難しいっていうのとそれは近い問題なのかな。
書いてるとき忘れるから気にならへんのかな。
見てたらやっぱり書きづらいところはあるかもしれませんね。
スクリブナーも、もう10回ぐらいスクリブナーで書こうと試みてはまた元に行こうと。
何度も試みてるんですよね。
でもやっぱりうまくいかないですね、スクリブナーも。
UECとかどうなるんですか。
ちょっとしかないです。
お金を払うところまで至ったことは一度もないです、UECとか。
まあ、でもそうか。
ワードがありますもんね。
だからワードの普通表示とアウトライン表示を2枚並べてやるのが一番、今の段階ではあってますね。
ただスクリブナーの機能を使いたい気持ちもしぞうにあって、UECはそんなに思わないんですよね。
UECはそんなに思わないですけど、スクリブナーとワードはある程度機能がかぶっているところがあって、
UECの場合はたとえば、たくさんの場合はダイナリストが役割を担ってるんですけども、
並行して走るプロジェクトの文章の欠片みたいなのを置いておくのにはピッタリなんですよね。
UECの良さはわかるつもりではあるんですけど、あんまりその良さは自分には必要じゃない感じですね。
1回目こういうことを書きたいよなっていうのをバーッと書いたものが元ですよね。
次の記事でそのアウトラインを見せるつもりなんですけど、
一応仮アウトラインみたいなものをフリーライティングした後作って、
要は普通の文章のアウトラインの話をして、
文章のアウトラインっていうのは作ってもあんまりうまくいかないんだけど、
アウトラインが上がるとうまくいくんだよっていう話をした後で、
でもそれって実は文章だけじゃなくて、
デイリー・ダスペリストでも同じことが起こるんだよっていう話を1回でするつもりで書いたんですけど、
それをどんどん膨らませているうちに5,000人になっちゃったっていう。
膨らませるのはワードでやりましたね。
膨らませるのがたぶん何日かにわたったと僕は思うんですけど、
その進めてる間に、例えばその作業を全然してないときに、
それにまつわることを何か思いついて、どこかに書き溜めて、
それをその原稿に反映させたっていうことが起こったかが気になる。
起こってないですね。
起こってないですよね、きっとね。
起こりますよ、そうやって。
それをどうするか問題に僕は悩んでるんです。
この現状のリビジョンでは別に起こってないんですけど、
もっと広く言うと、
思いつきのメモ、一行だけのメモ、僕最近は見出しメモって呼んでるんですけど、
見出しメモが一つ生まれたとしますよね。
その見出しメモの中身を書くと、それを僕は文章メモって呼んでるんですけど、
文章メモを書くと。
本っていうのはそういうものの合体として捉えられるわけじゃないですか。
問題は、そうしたメモが複数集まるにつれて大きくなっていくんですけど、
その後から出てきたちょっとしたメモもその中に入ったり入らなかったりするんですよね。
しかも文章を書いてる途中に思いついたりするんですよね。
途中っていうか、2回目の作業Aと間に思いついたりするんですよね。
これをどう扱うのかと。
どう扱えばよりスムーズなのかと。
いうことを最近ずっと考えてるんですよ。
でもリビジョンの今までのところではそれはないですけど、
やっぱりもっと長いやつを書いてるときには、
それに関して悩んでたところでこういうふうに言えばよかったんだ、
みたいなこととか、こういうことを書いておくべきだな、
そのときにたくさんアイディアを書き出してそれをボトムアップで組み立てていこうと考えた人はだいたいうまくいかない。
アイディアはいっぱいあるんだけど、最終的にそれがまとまらなくなる。
破綻するんですよね、ボトムアップだけでやろうとすると。
やっぱりそういう人がツイッターとかで見ていても散見されるというか。
自分がやろうとしてもたぶんそうなるんですよね。
だからやっぱりアウトライナーっていうのを、僕はいつもトップダウンでやろうとしてもダメだよってずっと言ってきたんですけど、
たぶんボトムアップだけでやろうとしてもたぶんダメ。
特に長くなるほど、規模が大きくなるほどボトムアップだけでやろうとするとたぶん無理になってくるっていうところで。
特にボトムアップでやるというのが、
ボトムアップってある瞬間で途切れるものじゃないんですよね。
つまり、今この時点で思いついてることはこうかもしれないけど、
明日の僕はまた別のことを思いつかないですよね。
つまり常に水が増えてる状態でのボトムアップになるんですよね。
そうで、自分がある規模を超えるとボトムアップだけだと絶対にまとまらなくなるっていうのは自分も感じていて、
そういう質問をもらったときに自分はどうしてるのかなと思うと、
ある時期まではたぶん苦し紛れにやってたんですけど、あるとこから意識的にやるようになったのが、
まとまらなくなったらそれを脇に置いといて、もう一回アウトラインだけ作り直すっていう。
ボトムアップで見出しをつけて組み立てようとするんじゃなくて、それを置いといて、
もう一回真っさらなアウトラインを作り直して、
作り直したアウトラインに、この元のボトムアップをしようとしていたのの中からその該当位置に移していく。
っていうのをたぶんやってるんですよね。
アウトラインっていうのは、トップダウンからの支援ってことですね。
一つのアウトラインを最後まで成長させようとするんじゃなくて、パンクしたら新しくアウトラインを作るっていう。
新しく作ったアウトラインに、その元の古いアウトラインの中から使えるパーツを移していくっていうことをやると、
その不思議なことに、あんなにいっぱいたくさん書いてあったやつの中でも、
その新しく作ったアウトラインでは足りてないところがあるっていうか、