タスクリストを作った場合って、例えば、
頭から順にやっていくって決めていればいいんですけど、
気になったものから取り掛かるみたいな。
順番を特にいじらずに着手していくと、何となく作業が始まってしまうんですよね。
その点、作業ログを書いていると、
作業の開始の時に、今から○○始めますと書くんですよね。
それが自分に対する宣言効果となって、区切りがはっきりすると。
今までのデイリータスクリストって、それがなかったんですよ、僕が使っている形では。
今からこれに着手するみたいな感じがなかったんで、
結構ダラダラしてた。それがなくなったっていうのと、
あと作業を終わった、先の宣言は始めるんですけど、
終わった後に、こういう作業をしたって振り返るんですよね。
それも結構大きくて、やっぱりこのタスクリストの場合って、
結構すぐそのまま一つチェック入れたら、すぐ次のタスクに入ってしまうんですけど、
一回作業の振り返りをした上で、このプロジェクト、続きものプロジェクトであれば、
次これしようかなっていう軽いレビューが入ると。
これもだからやっぱり、継続的なプロジェクトの上では役立ってますね。
この2つが結構だから、今までのタスクリストの運用とは違う感覚がありますね。
それって例えば、作業ログを公開するという動機が仮になかったときにも、
そういう分割になる感じですか。
それとも、なければ逆、例えばワークフローを一本になるのか、
もしくはエバーノートを一本になるのか。
もしなければ、今やったらスクラップボックスにするアイディアはあるんですけど、
たぶんね、スクラップボックスをすると、
例えばですけど、デイリータスクリストを作って、プロジェクト名を書くじゃないですか。
プロジェクトの作業をデイリーの中で書くじゃないですか。
で、スクラップボックスの場合って、追記ができるんですけど、他のページへの。
ただその場合、それをしてしまうと、デイリーカラーは消えてなくなるんですよね。
消えてなくなる?
例えば、3月19日のページに僕らの生存戦略っていうタイトルを作るじゃないですか。
その同じプロジェクトに僕らの生存戦略っていうタイトルのページがあるわけですよね。
デイリーの中に作業記録を書くと。
で、その後テキストを選択して、ニューページっていう機能を選択すると、
そこがまるっと別ページに行くんですね。
アウトライナーのように隠すんじゃなくて、別ページにコピペされる。
ひょっとしてそういうことなのかな、その旅の話を思い出して。
もしかするとそれに近い話だろうかもしれないっていうことを思い始めて、
ちょっとその見方が変わったんじゃないか、タスクシュートに対する見方が。
まだ自らの仕事をやろうとは思ってないんですけど。
思ってないですけど。
ただタスクシュートの有効性をもう少し理解できるようになってきた気がします。
本当に理解できてるかどうかわからないけど。
もしかするとそういうことなのかなって思うようになってて。
だから確かに後から見るとそれはタスクシュートに近いことなのかもしれないですよね。
やろうとしてることにかなり近いですね。
タスクシュートの場合、まず1日のタスクが詰め込みすぎっていうことに気づくっていうのがまずありまして、
あれはだから行動を具体的に示すようにすると破綻するっていう発見と全く一緒なんですよね。
リピートタスクがタスクシュートのベースなんですけど、
あれを繰り返していくうちに見えてくる自分の傾向があるんですよね。
さっきみたいによくやってしまう失敗とかも如実に明らかになるんで、
そこから自然に自分の行動が変わっていくっていう多分ツールの力があって、
1日の最初に煌びやかな理想に溢れたリストではなく、
自分ならこうなるだろうっていうことを織り込んだリストを作るっていうのは大変有効ですよね。
たぶんこの辺で眠くなるとかまで書くこともある。
だからそこなんですよね。そこがタスクリストに普通出てこないんですよね。
それ好きなら書くかもしれないじゃないですか。
お昼を食べた後でこの原稿を書こうと思ったんだけれども眠くなって、
1時間寝てしまったっていう日記はあり得るわけじゃないですか。
それ誰でも書くんだけど、タスクリストにはしか書かないんですよね。
僕も業務日誌のほうには出てきますけど、タスクリストのほうには出てこないですかね。
お昼を今日は家で食べる予定だから眠くなるような気がするって書くんですよね、たぶん。
じゃあ眠くならないって書いたところで、
その前のタスクに一回戻ったときに、
分かった。布団が敷きっぱなしだからいけないんだみたいな。
そしたら布団を縛るみたいなタスクを。
もしくは食べ終わった後で、直ちに歯を磨いて出かける準備をするとか。
たぶんこうなることを防ぐためのタスクが1個その前に追加されたりするんですよね。
はいはいはい。分かります。
それってやっぱり文章を書くときによく似ていて。
そうですね、話聞いて思いましたね。
ネイリータスクの運用でいうと、最初に1日のタスクを作っておいて、
例えば急場何か新しい割り込みが発生したときに優先順位入れ替えて、
さっき誇りするものとあれを残すみたいなのがわかりやすいメリットですけど、
今の話でいうと、文章を執筆してるうちに出てきた新しい要素を踏まえて、
称号立てをどう取り替えるかみたいな話に近いですね。
伏線を遡って追加するみたいな。感覚としてはそれと同じですよね。
みたいな感じですよね。
だからタスクリストと文章のアウトラインが似ているっていうのは、
自分の中ではそういう感じですね。
なるほど。どっちもラインなんですよね。
タイムラインってだから流れがあるんですよね。
項目が独立してるわけではなくて、
一つの行動の前には別の行動があるみたいな話は絶対ある。
この辺は佐々木さんが得意な話だから別にここで誤解はしませんけど。
だから文章にも流れがあって、
単純に入れ替えたら済むみたいな問題でもなくて、
いろいろ追加の編集が出てくる必要があると。
それをアウトライナーでは比較的やりやすく実現できると。
なるほど。
タスクシュートの2分以内の行動は全部書くっていうのも、
行動の解像度を上げるってことなんですね。
タスクリストに書いてないことのほうがたくさん人がやってるんですよね。
実はそれを集積すると膨大な時間になっていて、
それが実際に書き出してあるタスクをやる時間を圧迫してるわけだから、
それも全部見えるようにしちゃえっていうのがタスクシュートじゃないですか。
シュートのそうですね。
だって昼ご飯っていうのは本来絶対書かなあかんはずなんですよね。
確かに理にかなってるなと思うようになってきました最近。
僕は理にかなえすぎててちょっとイライラするんですけど。
人間の行動とイマジネーションと意志力みたいなものの関連性を考えた場合に、
あのシミュレーションをベースにする考え方は非常にマットだと思いますし。
あとその旅とかあらかじめその日記を書くみたいなのって結構、
自分の傾向、記憶に基づいて書いてるわけだけど。
タスクシュートは多分記録に基づいてるわけですね。
はいはいはい。
より厳密に。
そうですね。
より厳密にね。そこが僕はいらないんですけど。
でも悪く、有効である点はもう否定しようがないですね、それは。
同線ありですよね。大きいスーパーならそうですよね。
結局対象の規模とか複雑さによる話なんですね。
ヨーグルトはいいですけど、例えばアイスクリームを買って帰るときにドライアイスをつけるみたいなことは書いたほうがいい場合もあるじゃないですか。
つまり行為の複雑性によっては詳細な記述があってもいいっていうことで。
逆に僕の場合はRスタイルを更新するふんぬんかんぬんって絶対書かないですね。
Rスタイルってだけ書くんですよね。これは脳内で半完結してるんですね。
その一文字がすべてを象徴してるんで。
でもちょっと複雑な作業になってくるともっと書くんですよね。
第1章の8の文章を組み立て直すみたいなレベルには書くんですよね。
その辺に合わせて行為の難しさに合わせて表現の流度を変えるっていうことは多分あるでしょうね。
買い物リストもあるですよね。
スーパーで買う食品のリストを作るだけならいいけれども、
スーパーで買うものを考えてる時には、アイスクリームを買おうと思った瞬間に、
買い物のルートの中で、そのアイスクリームを買うはずであるスーパーは一番最後にしなきゃなみたいな順番が首があったりするわけですよね。
ありますね。しかもそこで買おうと思ったらプリンやめようみたいなことも発生するわけで。
結局どんなリストでも、リストって最初作るときに基本的に未来志向のリストは全て未確定のものなので、
常に組み替えられる変化する可能性があるんですよね。あらゆるリストが。過去のリストでない限りは。
そこをどう運用していくかっていうのは、アウトラインにしてモデリーで作るリストについて、
両方必要ですよね。変化の可能性に耐えるっていうのを。
結構面白いな。両方的に文章的に記述するようになってるっていう共通点が面白いですね。
それはやっぱり、それはなんか苦になるよっていう人はもちろんいるでしょうね。
文章的に記述すること自体が苦痛だっていう人は当然いるはずなので。
まあそういう場合はバレット・ジャーナル的な感じになるんでしょうけど、もっと箇条書きでもいいんでしょうけど。
でもやっぱり、残しておく残しておかないで言うと、
考えたことを記しておくっていうことについては、メモだけに限らず作業に関わることでも、基本的には有用ですよね。
ちょっと練習してまでやったほうがいいぐらいのことかもしれないと思いますけど。
アウトライナーの有効性に疑いは一切自分は持ってないけど、
YouTubeの中にあるんでしょう、そういうのが。
逆に言えば、ただ今の時代にあったコンテキストっていうのはあるはずだよっていうことも言ってますね。
もちろんそうですね。そこを独自で開発してくださいっていうことはあるんですけどね。
ちょっとリストの魔法の話はしたかったんですが、若干時間が迫ってきましたよね。
一応軽く3つだけ触れておきますと、すごい大切なことを言っておられて、
一つはね、多分どこも指摘したことがないと思うんですけど、
デジタルとアナログのリストを使うことは全く異なる行為であるっていう指摘があって、
これはもうまさにその通りやなと。
アナログでリストを作ることと、デジタルツールでリストを使うことは全く違う。
それはだから原稿用紙とワープルを使うのが全く別の執筆行為やっていうのと、多分類似の指摘やと思うんですね。
もう一個、リストを書き直すことをよく言われてるんですよね。
ダメだと思ったリストを何回でも書き直しましょうって書いてあって、
これも非常に有用な。
使い古したリストを書き足したりするよりは、書き直したほうがいいんですよね、これ。
これはもう別にアウトラインでも同じことが言えるし、文章も同じことが言えるんですけど、
詰まってるとこは段落の頭から書き直したほうがいいんですよね、これね、基本的に。
だからさっきも言ったようにリストが変化するものやから、確定してないものなので、
ちょっとダメだったら頭から書き直す。時間が経ったら頭から書き直すっていう。
もう一個、そうやなと思ったのがリストに名前を付けましょうと。
これが非常に重要で、これ結局アウトライナーってことなんですけど、上の項目を設けろってことなんで、要するに。
リストを作るときに名前を付けない場合があるんですよね。
開門リストとかは特にもう自明なので、項目から内容が演算できてしまうので付けないんですけど、
リストに項目を付けるってすごく大事なことなんですよね。
リストのホニャララリストっていう名前を付けるってことで、
例えばいつかやることリストを作りましょう、サムデイメイビーかな、リストを付けましょうって言って、
その名前って本当にそれでいいのかなっていうのを考えなきゃならないんですよね。
GTTでそう書いてあるからそうするんじゃなくて、
そこに並んでる項目って自分にとって何だろうって考えるってことなんですよ、リストに名前を付けるってことは。
だからアウトライナーとかでもKJ法制でも結局トピックが複数集まったときに、
それをまとめる、生み出しを立てるわけじゃないですか。
その行為と一緒なんですよね、基本的にリストに名前を付けるっていうのは。
だからこの抽象化というか概念の要点を捉える視点というか。
これも案外過剰書きとかの本ではあまり出てこない指摘なんですけど、
ごく当たり前といえば当たり前ですけど、これ非常に重要な指摘ある。
この3つが、このリストのままでいいこと書いてあるなと思ってて。
割にこのエモーショナルっていう言葉が出てくるじゃないですか。
そこがすごく気になっているというか。
リストって実用本位というか、
あんまりエモーションを入り込む余地がないもののような印象を受ける人が多いと思うんですけど、
このリストに対してエモーショナルっていう言葉を使った人ってあんまりいないような気がするんですよね。
このエモーショナルっていうのはまさに、形は違っても、
さっきの項目を文章で書くっていうのはエモーショナルな要素をアウトラインに組み込む行為だし、
実際にその文章を書かなくても、リストっていうのはエモーショナルなものを組み込めるものだっていう。
直接的な指摘はしてないような気がするんですけど。
リスト自体はただの項目の裏列であっても、それに向き合う自分というのはエモーショナルな存在であるっていうこと。
それって結構大事なことなのかという印象を受けました。
確かにね。リストっていうと情報整理論のほうで理解されがちですけど、
人間工学的な要素ってあるんですよね。
やっぱりその項目を見たときにどんな感じを受けるかとか。
手書きのリストが好きな人って結構自分の字が好きっていう。
逆に嫌いな人は自分の字が嫌いみたいなこともありますし。
字下げとはどういうことかみたいなことも。
そこまで言うんだったらアウトラインの話にしろよ、みたいなことを若干思わなくもないんですけど。
アウトラインの話はそれでありますけどね。
リストの一部としてアウトライナーも入ってるよっていうようなこともあると思うんですけど。
多くの人にストレートに届く言葉っていうのを考えたときに、
そこはやっぱりアウトラインではないんですよね。
まあそうでしょうね、そりゃ。リストのほうが身近ですね。
リストが複数集まったものとして紹介したほうがアウトライナーっていうよりはゲイがやりやすいですよね。
リストを深く考えると深いんだなというのは当たり前のことですよね。