はい、うちあわせCast第45回ということで、今回もゲストにたくさんお迎えしております。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
もしなのに10月ということで、もうあと3ヶ月で今年が終わってしまうわけですけども。
聞いてないですね。
全く聞いてないですね。全く原稿もそれほど進んでないんですけども。
6月29日に独夫小猿さんが独学大全という本を書かれまして、
知的生産クラスターにはこれ、たぶん月夜運で誘われる本だと思うんですけども。
何せ分厚いんですよね。
分厚いですよね。
何せ分厚い。ちょっとびっくりする。
たぶん1日2日で読み切れる本でもないんで、
読み切ったらまた紹介したいなと思いつつ、
お勧めながらまた記事とかツイートをしたんですけども。
それで思い出したんですが、
前回、44回に知的生産という言葉についていろいろ言い換え、パラフレーズを考えたんですけども。
その中で、自分たちだけで考えてもあれなんでということを言ったんですが、
その後に思いついて、ディスコードっていうチャットツールって言うんかな。
なんて言ったらいいのかわからないですけど。
開発者向けのスラックみたいなものをイメージすればいいんですかね。
あれはゲーム実況によく使われてるらしいんですけど。
あとはよく人間がチームを組んでゲームするオンラインゲームとかで、
あれで会話しながらとかいうような。
そういうので、僕は自分用のサーバーを一つ建てまして、プロジェクトを開きまして、
そこにチャンネルを作ったんですよね。知的生産の言葉って言い換えないですか。
たくさんの人数が集まったわけではないんですけど、試みとしてちょっと面白いなと思って。
例えばブログで書いたりとか、こうやってポッドキャストで一つ問題提起とか考えたりして、
それが終わった後にディスコードでそのテーマのチャンネルを立てて、
意見があったら書き込むみたいなやり取りする場を立てていけばちょっと面白いんだよ。
ツイッターだとちょっと議論的なものって書きにくい雰囲気がありますし、
メールのやり取りっていうのもちょっと心理的なハードルが高いんで、
それとは違う場所、ちょっと気楽に参加できるけどもSNSほどオープンではない場所みたいなところがあったらいいなと思ってたんで。
なので今後も面白そうなテーマがあれば、それ専用のチャンネルを作って、
ツイッターとかでURLを公開して、興味がある人が参加して書き込むっていうのをちょっとやってみたいなと。
スクリブナーをやめて、テキストファイルに戻ってきたのがつい最近なんですね。
つい最近。
つい最近なんですけど。
テキストファイルで管理するってなると、昔の癖というか、
そうするのが当たり前だろうと思って、章ごとにファイルを作ったんですよ。
1章とか2章とか。
最初はXというプロジェクトがあったとしたら、Xというフォルダーを作って、
そのXのフォルダーの直下に001、002、003みたいなテキストファイルを分けをしたんですよね。
それで書いてたと。
スムーズにいく時期もあり、スムーズにいかない時期もありっていうのを繰り返して、
先週言ったように、新しい方法にたどり着いたんですけども、
新しい方法について論じる前に、
スムーズにいくときといかないときって何が違うんだろうってずっと思ってたんですよ。
文章を書くっていうこと自体に僕が止まることはほとんどないですよね。
書き始めるまでに悩むことがあっても、
さあこれと決めて書き始めたらまあ早いほうなんですよ、僕は。
あんまり困ったり止まったりしないよね。
それはブログの更新とかメルマガとか見てもらったらわかりますけど、止まることがないですね。
連載、リビジョンとかの連載でも書けるんですよ、止まることなく書けると。
メルマガでも1記事が2000字のが5個セットになってるのもすぐ書けますし、
1記事1万字のやつも書けるんですよ。
でも本で止まることがある。
つまり本以外はだいたい書けるんですよ。
でも本だけ止まるんですね。
その本の中でも実は、
筆筆の波を自分で観察してみると、
うまく、すげえ勢いよく書けてるときと書けてないときがあると。
書けてるときは書き下ろしてるときなんですよ、常に。
書けてるときは書き下ろしてるとき。
ゼロベースから頭から書き下してるときはまず止まらないんです。
止まるときは、ざっと書いてあるものを少しずつ肉付けしていくような書き方をしてるときに止まるんです。
そこだけしか止まらない、逆に言うと。
そこで止まるんですか。
そこの段階で止まってしまうんですよ。
それはすごい面白いですね。面白いというか逆ですね。
これに気づいたときに、
新規ファイルを立てて書き下せばいいのではないかという仮説を思いついたんですよね。
続きを書くときに、ファイルの続きじゃなくて新しいファイルで書けばいいんじゃないかと。
管理は明らかに面倒くさくなりますけど、それで書けるかどうか試したら書けるんですよね、これ。
気づいたんですけど、一つの文章を書くときって、真っ白なエディターで書くときと、
おそらく僕の中の執筆という行為においてブログを書くのが一番多いんですよね。
書いてきた経験が一番多いんですよね。
ブログを書くっていうのは常に新しいものを立ち上げて、そこに書き下ろしていくっていう形なんですよね。
ブログって書いてあるものを肉付けすることはまずないじゃないですか。
そうですね。
パブリッシュしたものをっていうことはないじゃないですか。
ないですね。
だから僕の執筆っていうアウトプットのスタイルと、新しく書き下ろすっていうのがかなり密接に近づいてるんでしょうね、きっと。
そうですね。だから倉下さんにとって書くっていうのは書き下ろすこと。
っていうことなんですよ、きっと。少なくとも真ん中を埋めるようなものではないんですよ、きっと。
だからここの発見をベースにして、他の書けてる方法を執筆にも持ってこようと思ったわけですね、要するに。
よく執筆以外はみんなその方法で書いてるんですよ、執筆。ほんの執筆以外はみんなその方法で書いてる。
ほんの執筆だけ称号のファイルを立ててっていうやり方をしてたんですよね。
なぜそうするか、分割しないかっていうと、管理がどう考えてもめんどくさいからなんですよ。
続きが読めないですよね、普通に考えても。
それをどう解決したかっていうのが今回の話なんですけども。
一番最初にやったのは、書くファイルと読むファイルを分けたんですよ。
例えでいくと、例えば書くファイルはbody.txtかな。
MDなんですけど、実際はテキストっていうファイルを作るんですよね。
そこに2の1ぐらいは書いてもいいんですよ。別に書いてもいいしか書かなくてもいい。
そこに2の1を書いたとしますよね。
2の2は別ファイルにするんですよね。
2の2はそこに書くと。
この状況ではファイルは分かれてるんですけど、
そのbody.txtの下の方にimport2の2.txtって書くんですよ。
で、自分が作ったスクリプトをパシッと走らせると取り込まれて、
2章の読む用のテキストが別に作られるんですよ。
そこでは両方のテキストがきちんと並んでるんですよね。
で、続きを書いたらまたそのbodyに付け足しても良いし、
つまり2の2テキストって書いた下にimport2の3って書いたら、
この2の3のファイルが取り込まれたテキストができるんですよ。
で、その読み込みはどういう点かな。
最期的になってるんで。
例えばですけど、今bodyがあります、2の2がありますっていう形ですよね。
で、importはbodyの中に書いてあると。
で、実は2の2にimportを書いても良いんですよ。
2の2のimportを2の3って書いて2の3作っても、
最終的に出来上がるファイルには綺麗に1列に繋がったのができるんですよ。
だからどっちで制御もできるんですよね。
要するに書いてあるファイル名が常にそこに読み込まれてくるっていう感じですよね。
次に読み込みたいファイルを一番下にimport分として書いておけば、
読むファイルは1列にちゃんと繋がったファイルができるし、
書くときは断片的に書いていけばいいという体制を今整いつつあります。
整いつつあると。
はい。だからアウトライン上の操作は、
インポート分の場所を入れ替えるだけでいいんですよね。
じゃあそうすると、例えば2-1と2-2と2-3があったとして、
それがボディで繋がって読める状態になっていて、
2-2と2-3に何か書き加えなきゃいけないと思ったときには、
やっぱり新しいファイルを開いて、そこの中身を書いた後で、
ボディの方では2-2と2-3の間に、例えば2-2の1みたいなファイル名にしたとしたら、
それを書いてスクリプトを走らせると、
その前の2-2と2-3の間にそれが読み込まれるみたいな。
っていうこともできますし、別に直に書いてもいい。
それどっちでもいいですよね。
インポートを使わなければならないわけではないので。
最終的に例えばもう確定して動かしようがないってなったら、
その分岐している2-3のファイルを全部コピーして、
さっきのボディに貼り付けてもいいんですよ、別に。
ファイルにテキストで書いてもいいし、分割してもいいっていう形になっています。
なるほど。
こうすると、さっき言った下にうにゃうにゃ溜まってるやつを、
別のファイルに送っておけばいいと。
繋がりは失われないと。
でも自分が見えるファイルには、自分が今書いてるとこしか見えないと。
それらをすべてVSコードで開いておくと、
シフトコマンドかこうやったかな、タブが移動できるんですよ、左右に。
なので、ほぼ1枚のファイルを見ているのと変わらないんですよね。
全部同じウィンドウの中で見られるってことですね。
だから、UECsやと何とか上下かな、
スクリブナーでも何とか上下、ショートカットは覚えてないですけど、
上下でファイルが移動できるんですけど、上下に。
それと同じことが左右でできるんで、
実は分割してもほとんど困らないんですよね。
分割して困るのは結局通して読めないっていうことだけなんで。
メーラーで書くとより断片感出ますよね、きっと。
そうかもしれない。
構えないで書けるかもしれないですよね。
やっぱりそうです。構えっていうのがあって、
2章のファイルを開いたときに、
どうしてもあるんですよ、何か立ち上がってくるものが。
立ち上がってくるものね。
それはもちろんいいんですよ。
それがないと骨組みの通った文章にはならないからあっていいんですけど、
書き下ろす瞬間にとって僕には邪魔なんですよね。
それはだからリビジョンを今編集してて思ったんですけど、
それはね、整えるときで僕はいいなと今思ってるんですよ。
いいなっていうか、出ないと完成しないっていうかな。
僕が例えば2、3日挫折しただけで方法転換してるんであれば、
もうちょっといきなり過ぎるんじゃないかっていう話ですけど、
僕らの生存戦略っていう本をここ1年ぐらいずっと書いてて、
書けるときと書けないときのスパンがかなり長く続いてて、
どうしようかっていうことなんで、
これだから今までのやり方だと多分完成しないんですよね、きっと。
完成しないものは良いも悪いも言えないじゃないですか。
やっぱり文章の素材となるものを一応の流れに沿って書いたと。
後ろの話は受けて書いてると。
でももしかしたら真っ直ぐの筋は取ってなくて、
ところどころぐにゃぐにゃしてるところがあるかもしれないのは、
構成のところで直しましょうっていう感じのほうがいいなと思ったんですよ。
だからあれですよね。
要するに書き下ろすことと流れを作って、
要するに編集することをより明確に分離したっていうことですね。
だからやっぱり2000字の文章を書き慣れてるとどうなるかっていうと、
書くときに全体を制御しようとするんですよ、おそらく。
あれ書きながら2000字ぐらい制御できるんで、
ここにあれ持ってきてこうしようみたいなのが脳内でできるんですよね。
それと同じ作業を20000字の原稿に働かせてるから、
無理が来てるんじゃないかと思うんですけど。
それを有限化するために、あえてファイルを分割して、
自分にとって今書いてるのはここだけだよと。
他は気にしなくていいよっていうことを、
自分の体にフィードバックさせてるというか。
あれですよね。雑誌演載みたいなものっていうのは、
そういう意味ではそういう効果があるんでしょうね。
より強くあると思います。
書いちゃったことは直せないし、先はまだ書いてないし。
大きいと思いますね。
だからアナログの有限化、原稿用紙も一緒だと思いますね、あれも。
あれは書くのに慎重にはなりますけど、直しにくいから。
でも一回書いてしまったものはもうコンプリートな使いになってしまうんで。
しかも別にバインダーも別に、バインダー的なもの、VS構造で言うと左のExplorerって普段は閉じてるんで、文章を書くときは。
構造そのものが目に入らない。見たいときはさっき言ったように、見出し着を拾ってきてアウトラインを取るっていうようなスクリプトで全体を見るんで。
そうか。意図しないときに構造が見えるのが嫌なことですね。
多分嫌というか、それでまた脳の別のモードが発動してしまうのはあると思います。
面白いですね。こういう話をいろんな人に聞くと面白いかもしれないですね。
一応僕とたくさんいわゆるシェイク派じゃないですか。
だんだんと繰り返しながら求めていくっていう。
そうじゃない人たちはどうせめやろっていうのはもっと気になりますけど。
やっぱり人によっては、その日の文を書きました、次の文を書きました。
新しいファイルを作ってでもいいんですけど、次の文を書きました、次の日の文を書きましたってやって、
あ、文字数いった、終わりって言って編集者を出したりする人もいると思うんですよね、プロの書き手さんの中には。
だからすごいですよね、すごいっていうか。
で、お互いにお互いの書き方が信じられねえってこう言ってるわけですけど。
まあそうでしょうね。
たぶん空間認知力とかも関係してると思うんですね、こういうのは。
まあでもとりあえず現状、今年10月入ってそろそろ終わりそうですけど、僕大きな発見の一つですね。
この発見に至れたのはやっぱりテキストファイルで書いてるからですね。
ちなみにそのスクリプトは何を使って書いてるんですか。
パイソンで書いてます。
で、それを走らせるのはVSコードの中から?
はい、ターミナルに入るんで。
で、一応そのコマンド、別にそれ自身も短いんですけど、
ショートカットコマンドみたいなの登録しといて、二文字で発動するみたいな。
だから手間自体はないですね。
慣れてきたら本当にコマンドセーブみたいなものになってくるんで。
なんかターミナルでコマンドを走らせるっていうのは要するにその本体ファイルを作るってことじゃないですか。
まあ読むファイルを作るってことじゃないですか。
それがね、作業の区切りになるんですよね、あれっていうか。
そのテキストエディターだけでやってるとずっと同じなんですよ。
そうでしょうね。
その辺がだからね、ちょっと今までと違うなと。
たくさんの場合はそのアウトラインモードと普通のモードを一気にするようなことが、
テキストモードの場合はなかったんですけど、今の環境ではあるんですよね。
そっか、そしたら結城先生とかもやっぱりテキストファイル派ですよね、当然。
最初にTIFF使われるんで、基本的には。
数式の出力なので。
だから書くのはテキストファイルですね。
僕のこのあれもTIFFに追ってるところはありますよ。
僕はテキストからテキストファイルの出力してますけど、
これだからTIFFがPDFを吐くのとほぼ一緒の考え方なんで。
ああ、なるほどなるほど。
僕はテキストファイルの中にテキストファイルを埋め込んでテキストファイルを出力してるだけですけど、
データの移動的には似たようなことをしますね。
でもTIFFっていうかラテフの場合って結局あれって見出しの概念があるじゃないですか。
ありますね。
要するにあれってアウトラインとしては使えるんだよなって思うんですよね。
もちろんそれこそオーグモードなんか使ってる人だと、
そのオーグモードの中でアウトライン作ってそれをテキストで吐き出すみたいなことは多分できると思うんですけど。
できると思います。
それと同じで、例えばワードもアウトラインモードを使った場合、
ファイルはそういう構造を持ってるわけですよね。
出しと本文と出しと階層があって。
だからなんであれがワードファイルになっちゃうのかっていう。
なんかそれは、哲学的な質問ですね。
なぜワードファイルになるのかっていう。
なぜドキュメントファイルになるのかってことですね。
そうそう。
だからあれは、もちろんワードが読めるワードファイルでは保存するんだけれども、
それをテキストエディターで開いたときに、いろいろフォーマットのコードとかが入ってるのはしょうがないとして、
なんでテキストそのものが読めないんだろうなって思っちゃうんですよね。
いちいちエクスポートする必要がありますもんね。
そう、エクスポートしないとダメ。
逆に言えばエクスポートしちゃうと、もうそれはワードファイルじゃなくなるんで。
なくなってしまうっていうのは確かに。
そうするとアウトラインとしては扱えなくなっちゃうわけですよ。
確かに。
もちろんそのへんの問題を解決する方法っておそらくあると思うんですけど。
でもね、昔のMacのEasy Wordとかナイサスライターの前身のソロライターっていうワープロがあって、
あれはワープロのファイル形式で保存するんだけど、テキストエディターで開くとテキストファイル、テキストとして開く仕様だったんですよ。
だから逆に初期のEasy Wordとかはそうでしたよね。
だから逆にEasy Word、ワープロとしてフォーマットした書類を作ってそのまま保存するんだけど、