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雷鳴龍馬チャンネル ライブ
2025-12-22 08:01

雷鳴龍馬チャンネル ライブ


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00:06
みなさん、おはようございます。 雷鳴龍馬です。
今日は、東寺なんですね。
東寺殿というのが、いろんな方がおっしゃってますけれども、夜中の0時3分だったようです。
みなさんは、どうお過ごしになられたでしょうか。
東寺にあたって、最近ある方に教えていただいた、チベット仏教のある一説を、みなさんと分かち合いたいと思います。
以前、ちょっとお話したと思うんですが、仏教には、上座部仏教、いわゆる象徴仏教と、生きとし生ける者の救済を目指す大乗仏教の2種類があるのをご存知でしょうか。
事故の下脱を求めるという、象徴仏教、上座部仏教ですね。
実は、この仏教は、スリランカ、タイ、カンボジア、ミャンマーなどに伝わっている仏教のことです。
一方、大乗仏教というのは、中国、チベット、韓国、日本、ベトナムなどに伝わったもののようですね。
これを見ますと、日本に伝わってきた大乗仏教とチベット仏教には共通の教えがあるようです。
どこから伝わってきたかによって、その内容に変化があるようですけれども、
少なくとも、象徴と大乗の違いにおいては、チベット仏教と日本仏教は同じカテゴリーの中に入るのではないでしょうか。
その中の一節に、私が長い間信じております、人間としての利他の心を持って過ごすという下りがあります。
03:09
その利他についての一節なんですけれども、利他を成しても満身や凶端はない。
一心に利他を喚起するゆえに、遺熟の果を求めることはないという一節があります。
利他の実践自体が喜びで、その善行の果実を求めないということです。
もし利他自体が喜びであるのならば、利他の実践力が劣ることが苦しみとなるわけであり、
利他の行動、利他の実践をしたことを大折り高ぶるようなそういうことはないのですね。
私は以前、そういう気持ちを出さない、持たないために、まずは利子のための利他という意味で利子利他というお話をしました。
多分ステップがあるような気がします。
自分の自己犠牲をやることで、それを利他の実践と誤解してしまうと、
これだけ自分を犠牲にしたのだから見返りがあってもいいだろうとか、
回り回って自分に善がなされるとか、不満になるとか、そういった気持ちがもし芽生えているとしたら、それは真の利他の実践にはならないのでしょう。
06:04
先ほど申し上げた通り、その利他の実践自体が我々自身の喜びであるというようなところまで自分を持っていく、そういうことを目指す、それが重要ではないかと思うのです。
さあ皆さん、今日は当時です。これから日の時間がだんだん長くなっていきます。
1日1日のおテント様に感謝をして、そして自分の行動に移していける時間が少しずつ長くなっていくと思えば、これから下死に向かって展開していく、そういったウキウキ感もあるんじゃないでしょうか。
今日は皆さんと、チベット仏教の一説である利他についてわかっちゃいました。
身体根堅相妙利他根子一体雷鳴生光。
智相目中加速水田。
生きとし生けるものに平安を。
愛はの世を作る。
今日も1日、健やかにお過ごしください。
ありがとうございました。
08:01

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