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2026-03-02 46:22

第219回 溢れ出す言葉が、新たな境地に導く『トピーカ・スクール(前編)』ベン・ラーナー著

spotify

文学ラジオ第219回の紹介本

 

『トピーカ・スクール』

ベン・ラーナー著、河野太郎 訳、明庭社

https://www.meiteisha.com/aitemu-1/01


パーソナリティ二人で作品の魅力やあらすじ、印象に残った点など、読後の感想を話し合っています。ぜひお聴きください!

 

【今回の内容】

』の著者ベン・ラーナーの新訳/前後編にわけて紹介/一人出版社から刊行された経緯は「本チャンネル」で/半分もわからなかったが、おもしろい/言語小説、家族小説、アイデンティティ小説として、それぞれが際立っている/著者プロフィール/現在の政治や社会にも使われるディベートの技法スプレッド/成功体験を繰り返す危うさ/ディテールを描く文体と詩的な要素/浮遊する感覚/ベン・ラーナーの自伝的小説、オートフィクション/ざっくりあらすじ紹介/アダムの成長/ダレンの人生/両親の存在/次回予告

 

【参考情報】

文学ラジオ空飛び猫たちで紹介したベン・ラーナー作品。

第79回『

https://open.spotify.com/episode/3Y3SRPY4kfLnKq36uG4RY4?si=bff2cee80c2e4143

 

本チャンネル:対立ではなく、架け橋のための言葉を探る。現代アメリカ文学の重要作!——『トピーカ・スクール』訳者・川野太郎さん、明庭社・家田真也さん

https://www.youtube.com/watch?v=p0_9gGATffg&list=PLwHLZ0iV6oTelciEl0uC55Fof9yHrjSB3&index=2

 

ーーーーーーー

版元サイトより

ーーーーーーー

「さて、これから一枚の写真を見せるので、ひとつお話を作ってもらいたい(…)この写真に写る人たちはなにを考えて、感じていると思う? まずは、なぜこのような場面に至ったのかを話してみてくれないか」

 

1997年、中西部カンザス州トピーカ。高校生のアダム・ゴードンは、恋人のあとを追って入り込んだ湖畔の邸宅がじつは見知らぬ他人の家だったことに気づいた。つかのま世界が組み替わり、アダムはその湖畔に立ち並ぶすべての家に同時にいる感覚に襲われる。同一性と、確からしさの崩壊。彼はすべての家にいたが、その家々の上空を漂うこともできた。

 

競技ディベートの名手であるアダムが、自分のスピーチのなかにみた暴力性。ともに臨床心理士のアダムの両親が紐解きはじめた、自らの記憶。母ジェーンの葛藤と彼女が闘ったトピーカの「男性たち」。父ジョナサンが心の奥底に隠した弱さ。言葉の限界にそれぞれの形で向き合う家族の語りに、アダムの同級生ダレンの声が織りこまれる。クラスにとってよそものだった彼を待つ事件。それは避けられなかったのか? そして、アダムが最後に選び取ったスピーチとは。

 

複数の声が時代を行き来しながら、米国の現在を照射する。『10:04』の作者が、知性と繊細さをもって共同体を描きだす、小説の新しい可能性。

 

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サマリー

このエピソードでは、ベン・ラーナー著『トピーカ・スクール』の前編が紹介されています。パーソナリティの二人は、この作品が言語小説、家族小説、アイデンティティ小説といった複数の側面を持ち、それぞれが際立っている点を強調しています。特に、競技ディベートの技術である「スプレッド」が、現代社会におけるコミュニケーションや権力のあり方と深く結びついていることが指摘されています。また、主人公アダムの成長、両親(臨床心理士であるジェーンとジョナサン)の葛藤や過去、そしてクラスメイトのダレンのエピソードが織り交ぜられ、複数の声と時代を行き来しながら語られる構成が特徴です。作品の難解さにも触れつつ、全てを理解しようとせずとも面白さを感じられる点や、ディテールに富んだ文体、詩的な表現、そしてオートフィクションとしての側面も魅力として挙げられています。出版の経緯や、作品の背景にある社会的なテーマについても言及され、後編への期待が寄せられています。

00:00
競技ディベートの名手アダム、ともに臨床心理師である父と母、アダムの同級生ダレン、アメリカ中西部の都市トピーカで、複数の視点が混ざり合い、溢れ出す言葉が新たな境地に導く。
10時4分の著者、ベン・ラーナーの自伝的小説、トピーカ・スクールを紹介します。
番組紹介と『トピーカ・スクール』の概要
どうもみなさんこんにちは。文学ラジオ空飛び猫たちです。
この番組は、いろんな人に読んでもらいたい、いろんな人と語りたい文学作品を紹介しようコンセプトに、文学と猫が好きな2人が緩くトークするポッドキャストです。
パーソナリティは私大事と、ミエの2人でお送りします。
文学のプロではない2人ですが、お互いに好きな作品を時には熱く、時には愉快にそれぞれの視点で紹介していく番組です。
今回紹介するのはベン・ラーナーのトピーカ・スクールです。
河野太郎さん役で、明帝氏から2025年に出版された本になります。
はい、ようやくちょっとご紹介するタイミングになりました。
トピーカ・スクールですね。ベン・ラーナーの3作目の長編ということで、
2025年に翻訳され、第12回日本文学大賞二次選考大賞作品に今ノミュレートされていますね。
これ収録しているのは2月末、2026年2月末なので、ちょっとまだこれ結果がどうなっているかは分からないんですけれども、
この後絞られて発表になっていくわけですが、現代界ではノミュレートされているという段階でございます。
ベン・ラーナーといえばやっぱり10時4分ですね。ラジオでも紹介したことが過去にあるんですけども、
その時のインパクトがやっぱり結構強くてですね。
そうですね。私はあの年読んだ本では一番でしたね、10時4分。
そうやったんです。確かにね。
作品の難解さと面白さ、出版の背景
すごい。ベストワンに選んだ記憶とか何年だか忘れちゃったけど。
なんかもう詩人が書いた小説みたいな感じで、なんかもう一本長紙の物語ではなくて、
本当になんかその詩と詩が合体しているような、詩でもないようなよく分からない文章もあったりとか、
いろんなものからなんかはみ出たような作品で。
でも読んでいくとなんかすごい感情に具合ってくるようなところもあったりして。
なんかね、肌触りはすごくリアリなのに、なんか景色はすごい幻のような不思議な小説ですよね。
そうですね。そういったなかなかちょっと他では味わえないような、
こんな景色を見せてくれるんだっていうのが10時4分の時以来で感想だったんですけど、
それ以来やっぱベンラーナすごいなと思ってて、それで去年ついにベンラーナ作品2つ目の翻訳ですね、
トピーカスクールが来たっていうので、これは本当に発売された当初からやっぱり僕たちも注目してましたし、
ラジオで紹介しましょうっていうのは言ってたんですけど、
いかんすよね、ちょっと読むのがめっちゃ大変そうっていう。それでそうなんですよね。
そうですね。一回ちょっとね、本当は前週に紹介したかったんですけど、
ちょっといろいろな調整もありつつ、
そうですね、なんだろうな、私の仕事に忙しさもあったのかな。
ちょっと待って、ちょっと私の方が読み切れてなくて、
ちょっと1回飛ばさせてもらいつつみたいな感じで、ようやくって感じなんですけど、
いやーこれはすごかったな。これは本当にすごい商品ですね。
一言ではなかなか言えないし、ちょっとこういろんな角度から話すことができてしまうし、
話したいことも多いしっていう、すごい難しい。紹介するのがね、難しいですね。
シンプルに難しいですね。
そうですね。やっぱりちょっとベンダーな作品で実験的に書かれているところもあって、
それを解釈するというか、どういう話っていう、
すんなり知ることがなかなかできなくて、
これはこういう作品ですよ、こういう内容ですよって、なかなか言うのが難しいところはありますよね。
そうですね。今回ちょっと一応前後編にしてみます。
そうそうそうでしたね。
ちょっと打ち合わせして、1回だとなかなかと思ったんで、長くなっちゃいそうなんで2回に分けようかなと思ってます。
なんかこれもスプレッドみたいだね。量で勝負しているようなところがちょっとあるんですけど、
これからちゃんと話しますけど、これスプレッドっていうキーワードが出てくるんですけど、
ちょっとこの量で相手を圧倒するディベートの技術のことを言うんですけど、
ちょっと我々も量で圧倒していくかもしれないんですけど、
ちょっとボリューム出ちゃいそうだなと思ったので、2つに分けたいなと思ってます。
前編はこれから収録しながらちょっとね、どうしてもこういう実験的な写真なんで、
我々もちょっと実験的になっているのかどうかよくわからないですけど、
収録しながらちょっとスタイルは変えてしまう可能性はあるんですが、
現段階ではですね、今収録これからするぞっていうところではですね、
前編ではこの作品の特徴とか魅力とかをお伝えしつつ、
ざっくり登場人物ベースでざっくり大枠のこの話の要点をちょっとお伝えして、
最後ちょっと独語の感想というかを少しだけ触れさせていただいて、後編につなげていこうと思います。
後編はもう少し詳細なストーリーをお伝えしながら、ちょっと気になっている部分とか、
あと結構この小説は話せる角度がたくさんあるので、
この角度で見たらこうだよねとか、この角度についてこのテーマについてちょっと話したらこういうことだよねみたいな、
ところをちょっと深掘っていく感じにしたいなと思います。
なので我々がいつも前後編で分けるとちょっともうちょっと何だろうな、
ネタバレなしかい、ネタバレありかいみたいな感じにやることが多かった気がするんですけど、
これに関してはネタバレしてもあんまり関係ない小説なので、
この辺はあんまり気にせず話していきたいなと思って、前編後編もっと多いんですね、話していきたいなとはちょっと思っている、
という立て付けでいけるかどうかちょっとやってみたいなと思っています。
じゃあちょっといきたいなと思います。
私、前回の海外文学の本田の除くを編集して気づいてたんですけど、
このトピーカスクールのことを私トーピカスクールって呼んでましたね。
ちょっと訂正したいなと思います。
トピーカスクールですよね。トーピカスクールじゃないですよね。
トピーカですよね。脳内と言葉が違ってました。
あ、トピーカって言ってんなって編集で気づきまして、ちょっと訂正したいと思います。
トピーカスクールですね。前回は大変失礼いたしました。
というところでちょっと入っていきたいなと思います。
この本なんですけど、一応避けて通れないなと思っているのは、
これは名庭舎という会社さんから出てるんですけど、一人出版社さんなんですね。
海外文学がお好きな方だと思うんですけれども、がやってらっしゃるんですけど、
この本を勧められて読んだら面白かったっていうところから、
この本の翻訳を、翻訳出版をしようというところで動き出して、
翻訳者の河野太郎さんをお声掛けして、何人かでチームを作って、
この出版に至ってみたいなんですけど、結構この辺の話すごい面白くて、
この名庭舎の家田さんという方と、あと翻訳者の河野さんですね。
このお二人が内沼さんバリューブックスがやってる本チャンネルで出てますんで、
これちょっと私も見たらしい、みなさんも見てるんですけど、結構面白かったんで、
概要欄に貼っておきますんで、ちょっとこの出版の背景が、内容も結構入っててるんですけど、
出版の背景結構面白かったんで、ぜひ出版の背景や、
お二人出版された側の人たちから見たこの話とかも聞けるんで、
ここが面白かったみたいな話とかも聞けるんで、
ぜひ気になった方はこっちも見ていただけたらなと思います。
そうですよね。今回、この本の最後に解説が入っていて、
あの白岩秀樹さん。この解説でもやっぱり重要だっていうところがですね、
やっぱりこの本チャンネルの動画で言及されていて、
そういったところではやっぱこの本読む前に、なかなかちょっと難しかったので読むのが、
なんかこの最初に動画見ておいてから、この解説とか、
そういうのも先に読むのもありかなと思うので、
そうですね。
事前情報を入れていくと、より本が読みやすくなるなと思いましたね。
現代社会との接続と小説の多角性
そうですね。そんなところだと思います。
ベンラーナの小説、10時4分放送だったんですけど、冒頭からすげえ面白くて、
なんか引っ込まれちゃうんですけど、
10時4分もね、たぶんそうだったんですけど、
結構ね半分くらい私今回、トピーカスクールはわかんなかったなっていう感じは実はしてまして、
わかんないのに面白いんですよね。
なんかここが、10時4分の時もこういう部分はあったんですけど、
なんとなくまた10時4分の方が理解できた部分は結構ある気がするんですけど、
ちょっと今回のトピーカスクールは滝に渡ってるんで、
なんか全部が全部ストーンと入ってきてる感じは全然してないんですけど、
読み切った時にやっぱ面白かったなっていう、やっぱすごい読んでよかったなっていう感覚になるんですけど、
なんで、もしかしたらこの小説を読むにあたっては、
全部をわからうとしないっていうのは結構大切な姿勢なんじゃないかなってちょっと思ってまして、
他の海外文学もそうだったりするんですけど、結構難解なやつとか出てきた時に、
なんか全部が全部理解してやろうと思うと結構難しい気はしてるんで、
今回多分理解度で言うと半分いってない気はするんですけど、でもすごく面白かったなと思ってます。
現代社会に接続する、これ書かれたのが2019年だっけ、コロナ前だったと思うんですけど、
なんで結構この5,6年で世界は結構変わったと思うんですけど、
やっぱその変わる時のこの兆しの、今から見たら兆しだったんだろうなみたいな部分とかに結構触れられてる気がしていて、
トランプ政権のこととか、あと本当最後の方ですけど、アイスですね。
ちょっと最近話題ではある、また話題になりつつあるアイスっていうのが、
アメリカの方で割とこのトランプ政権下で力を持ちつつある、
本当なんかあれなんだけど、移民に対して管理する部署というか部隊なんですけど、
移民税関捜索局ですね。
そうなんですけど、10の傾向が許されちゃってるんですよね。
だから結構いろんなことが起きてはいる。
またこれからちょっと変わりそうなんであれなんですけど、という現在地、
2026年の2月ですけれども、という現在地にいる中で、それに接続するような話が結構出てくるんで、
この辺の妙なリアリティというか、自分たちの世界に接続してる感じっていうのはすごく感じるので、
この辺りも読んでるときに結構感じる醍醐味もあったなとはちょっと思いましたね。
やっぱり読んでてよくわからないところは本当に多かったですけども、
でもやっぱり読み直したりするとちょっとずつわかってくるところもあって、
本当すごいじっくりこれは読んで向き合った小説になりましたね。
今回ディベートが一つの重要なものとして、この小説の中であって。
主人公がディベートの名手なんですけども、日本だとあんまりディベートの大会とかって。
そうだよね。ありそうだけど下火だよね、きっと。
そうですね。日本だと弁論部とかそうなのかな。実際、弁論部ってどういうものかよくわかってるんですけど。
このアメリカでディベート大会みたいなものが結構活発なのかな。
高校生からやってて、主人公がそれの名手なんですけど、そういう意味ではすごい言葉を駆使して、
すごい言葉が溢れていて、言語に関するところもすごい追求していて、
そういったところでは言語小説として読めますし、一方で主人公の両親も出てきて、
両親それぞれの視点で語られる章もあって、そういった点では家族小説というところもあるし、
トピーカっていう地域の共同体とかも描かれていたりしますし、アイデンティティを巡る話でもあるかなと思うんで、
すごいいろんな角度から読める小説なんですけど、それぞれがでも際立ってるなっていうのが読んで思いましたね。
そうね。
言語小説としての面もそうだし、家族小説としてもそうだし、
それぞれの言い方あるかもしれないですけど、すごい究極の家族小説かなって最初読んでて思いましたね。
究極の家族小説か、確かにね。
そうなんですよ。やっぱこのお父さんとかお母さんの話を読んでいて、一方でまた読んでいるときに、
あれこれはもしかして究極の言語小説じゃないかってですね、ディベートの話を読んでいるとき思ったりしてですね。
というぐらいですね、これはすごいなって本当ね。
ワンテーマだけじゃなくていくつかの角度からすごいものが飛んできたっていうような、そんな感覚ありましたね。
これ本当にどうやって構想して書いたんでしょうね。すごすぎるよな。
これを束ねているのがすごい、一つの作品として。
そうですよね。
著者プロフィールと版元紹介文
というところでちょっといろいろですが、ベンラーナについてちょっとご紹介したいと思います。
1979年、カンザス州トピーカ生まれの詩人作家。詩集をいくつか発表していて、小説に自伝的3作がありまして、
翻訳されているのは2作ですね。10時4分と、今回のトピーカスクールですね。いろんな作品を作っているんですが、多数著作があるほか、複数のアーティストの共同制作も手掛けているというところですね。
現在はブルックリンカレッジで英文学の特別教授を務めていると。
本章は2020年プリター賞の最終候補に選出されていたとなっております。
じゃあここから前編の本編に入ってきます。
まず版元ホームページを読み上げたいと思います。
さて、これから1枚の写真を見せるので、一つお話を作ってもらいたい。
この写真に映る人たちは何を考えて感じていると思う。
まずはなぜこのような場面に至ったのかを話してみてくれないか。
1997年、中西部カンザ州トピーカ。
高校生のアダム・ゴードンは恋人の後を追って入り込んだ古藩の邸宅が実はミシェラの谷の家だったことに気づいた。
すかのま世界が組み替わり、アダムはその古藩に立ち並ぶ全ての家に同時にいる感覚に襲われる。
同一性と確からしさの崩壊。
彼は全ての家にいたが、その家々の上空を称うこともできた。
競技ディベートの名手であるアダムが自分のスピーチの中に見た暴力性、
共に臨床親日のアダムの両親がひも解き始めた自らの記憶。
母ジェーンの葛藤と彼女が戦ったトピーカの男性たち。
父ジョナサンが心の奥底に隠した弱さ。
言葉の限界にそれぞれの形で向き合う家族の語りにアダムの同級生ダレンの声が織り込まれる。
クラスにとってよそもだった彼を待つ事件、それは避けられなかったのか。
そしてアダムが最後に選び取ったスピーチとは、複数の声が時代を行き来しながら、
米国の現在を照射する十字音符の作者が知性と繊細さを持って共同体を描き出す小説の新しい可能性となっております。
この作品の概要というんですかね、内容紹介のところが今回重要だなと思っていてですね。
これ読んでるとやっぱどういう話やったっけっていうのが本当にわからなくなってくるんですけど、
その時にですね、ここに立ち返って、この本の裏表紙に書かれてるんですけども、
これを何度も見てアダムはこういうこうで、お母さんはトピーカの男たちと戦った。
で、父ジョノさんは心に弱さを隠したとかですね、
その辺はちょっと忘れずに読んでいくと、話が脱線していっても元に戻ることができる。
なるほどね、確かに。
すごく上手くまとまっているんですけども、これを小説読んでる時に何度も見返しましたね。
確かにそうですよね。
この小説、ディティール細かくなる瞬間結構多くて、本筋から外れることが結構多いので、
それも本筋なのかもしれないけど、確かにこの主軸をちょっと捉えておかないと混乱しがち、迷走しがち。
ですよね、確かに。さてさて、じゃあ行きましょうか。
作品の特徴:スプレッド、成功体験の危うさ、ディテールと文体
ちょっと作品の特徴を入っていきたいと思います。
もうね、先からスプレッドっていう言葉を使ったりしてきたんですけど、
スプレッドっていうかリベートの用語になるんですけども、とにかく言葉ですよね。
この作品の特徴としては、言葉っていうのが社会との繋がり、
社会をどう生み出しているのかっていうところまで繋がっていて、
この言葉と社会との繋がりを浮き彫りにしている、そのような小説であるかなと思っています。
スプレッドっていうのはディベートの戦法っていうんですかね。
そうですね、やり手段なんだろうな、戦術?
戦術的な、制限時間内にディベートってね、
一方が論理を言って、もう一方がそれに反論するみたいなやりとりになっていくんですけど、
この制限時間内に大量の情報を詰め込んだ、めっちゃスピード感のある、
マクシー立てるように、これはこうで、こうで、こうでっていう風に言って、
それに対して相手が時間内に反論できなかったり、反論が甘かったりしたら、それで勝ちっていうですね。
そういう拘束で相手を喋ってネジ伏せるみたいな、スプレッドっていう技法があるんですけど、
それがディベートの世界だけじゃなくて、今の世の中もそういうところがあるのかなと。
これは解説でもとかでも触れられていて、アメリカの作品の中でもね、
企業もこのスプレッドを使っているし、例えば広告とか商品掲示のところかな、
商品の表示のところで、めっちゃ小さい文字で最後の方に注意として、契約結んだらこうこうこうですよっていうですね。
普通は読まないところに落とし穴を入れていたりとかですね。それもスプレッドの一つだし。
内容ではなくてテクニックっていうのかな、そういったやり方で勝っていくっていう。
それは政治の世界でもそうで、選挙の世界でもやはり政治家同士のディベートであってですね、討論ですね。
そこも内容じゃなくて、アメリカの歴代大統領とかでもこのスプレッドのように、内容じゃないところで勝っていくっていうですね。
そういったところも解説で言われていたりして、今の日本もでもそうかなっていうところがあって、
なんかより大きな声の人が注目されたり、そうですよね、政治とかでも。
過激なことを言う方がとか、今だったらショート動画とかで受けた方が票が伸びるとかですね。
要はアテンション・エコノミーですよね。
そうですね。アテンション・エコノミーっていう言葉でよく言われてますけど、ショート動画とかで。
アテンションを集めると経済的に合理性が高まるというか、合理性があるので、
アテンションに向けて発信とかコンテンツとか広告とかもそうですけど、作っていくっていうところですけど。
そう、スプレッドって、これはこの小説の中でも出てくるんですけど、
価値があるのかみたいな話とかもちょっと出てくるんですけど、資本主義にやっぱりスプレッドっていうのは、
資本主義とか今の社会において、スプレッドっていうやり方の方がおそらくうまくいくわけですよね。
だからスプレッドっていうのを採用していくし、それに合わせるというか、
みんなそれを取り入れていくわけですよね。当たり前ですよね、そっちのほうがうまくいくんで。
でもこれって本当に今の資本主義の中で動いてるアテンションエコノミーもそうだし、
結構この社会の中でよく見る流れだなと思っていて、
これが力を持ってしまうっていうことの怖さみたいなものもちょっと描かれていますよね。
本当に潜む暴力性っていうところですね。
やっぱりうまくいくと、それってやっぱり生き生きになれるんですね、スプレッドって。
いろんな場面でやっぱりスプレッドっていうのはあって、作品の中ではそれがある事件につながっていって、
これもね、なかなか。
このスプレッドっていうのは、アダムがこれを習得しているというか、これを得意としているわけではあるんですけど、
アダムとしてはこのスプレッドで勝つことに慣れちゃってるところがある。
途中でこの暴力性とかに気づいていろんなことを思うこともあるんですけど、
基本的にアダムはスプレッドを使って勝つということに対して、もちろん修練をしてきたし、
そこに対してアイデンティティーまではいかないかもしれないですけど、自分の強みだと思ってるわけですね。
これがディベートじゃないところでも使っちゃうんですよね、彼はね。
この方法というか思考の仕方も含めて。
これが私は面白いなと思ったのは、アダムってこの小説の中でいろんな時間軸が描かれるんですけど、
アダムの指定の軸は基本的に高校生なんですね。
高校生の自分がいて、いろんなところで未熟だったりもするわけで、いろんな面が見えるわけなんですけど、
一方でジェーンっていう母親の視点もあるんですね、この小説の中では。
ジェーンは結構ね、ある意味成功してる、あることで成功してる方なんですよ。
それってちょっと攻撃を受けたりするわけですね。
成功してるからゆえに、そこに対して尖ってるところがあって、そこに対して叩きたい人たちがいるんで、
匿名で電話とかかかってきたりするんですけど、それをうまくいなすというか、やり過ごす、いなす方法を彼女は習得していて、
これもね、対そういう人たちだけじゃないってところでも使っちゃうんですよね、そのやり方を。
これは結構明治的に描かれるんですけど、
人って、やっぱこの習得した自分の成功する方法を、やっぱり繰り返し使ってしまう生き物だなっていうのをこれを読んで、
すごい感じて、当たり前ですけど、私も同じように何かしらの癖というか、
成功体験、結構根深いと思うんで、
分かんないですけどね、そういうこの順番で展開するとまあまあうまくいくみたいなのとか、
たぶん自分の中に染み付いてると思うんですよ。
これは別に全然悪いことでもないし、
なんだろうな、
人としてやっぱりこの再現性を持って成功させるっていうことに関しては、
めちゃくちゃ正当な、まっとうなものだと思うんですね。
でもなんかこの小説の中で、この挙動を取っている人たちを描いているところを見ると、
なんかちょっと警鐘を鳴らしている気はちょっとしましたね、なんていうのかな。
やっぱあやうさ、その一つの方法に頼ってしまう、あやうさみたいなのも、
これはちょっと、でもね、これたぶんいろんな読み取りの仕方ができる小説なんで、
別に私がこう感じたからって言って間違いではないと思うので、
だらっと今お話ししちゃいましたけど、そういうところもあったりして、
ちょっと今スプレッドの話からずれ始めてるけど、
なんかすごい面白かったなって思いましたね。
このスプレッドっていうのが結構個人的な問題から、
この社会全体の傾向っていうところまで引っかかってくるんで。
そうですよね。
全体として結構個人的な話を描いているんですが、
本当にそれが社会と接続するっていう、
社会の全体像も描くような構造になっているっていうのが、
この小説のすごいところだなとは思いますね。
そうですよね。
ここまで話すと壮大なスケールの話になるのかなと思うかもしれないですけど、
実際そうではあるんですけども、
この小説はまたすごいなって思うのが、やっぱりそのディテールのところかなと思うんですね。
とにかくそのディテールっていうところの言葉、情報が溢れていて、
それがやっぱりこの文体を作っているというか、
逆にこの文体がそういうディテールを作っているというかですね。
かつやっぱりベン・ラーナーさんって詩人であるので、
詩的な表現とかも出てきたりするっていう、
詩的に書かれているところもあったりするっていうので、
この本当に言葉が溢れていくのと、この文体ですよね。
この本当に細部まで描かれていく文体、そこがもう融合していて。
なので読んでいると本当にこれってスプレッドじゃないかって思うような情報量の多さがあるんですけども、
一方でやっぱりこの詩人であるので、この繊細な心の揺れ動きっていうのも描かれていてですね。
ここすごい面白いところだと思う。
し、やっぱりこの本を読んでいて面白いだけじゃないですけどね。
文章のこの魅力というか。
不思議だよね。
ディテールって言っちゃうと軽い感じが違うけど、
生々しさを作っているのはここなんだよな、絶対。
その感情もそうだし、その動き方というか、
その状況の描写もそうだし。
ちょっといい例があれだけど、例えばパーティーのシーンとかだとどんなお酒がどれぐらいの量あって、
誰が何を待っててみたいな。そういうディテールもあったし。
そうですね。だから本当、描写がすごい詳しいっていうところもそうだし、
あとそのちょっとしたエピソードっていうんですかね。
そういうのも入っているしっていう。
そんなところもありますし。
家族小説としての側面と視点の交錯
あとはこの小説で言うとやっぱり家族小説っていうところ。
あと共同体も描いているっていうですね。そこの一面っていうところですね。
このカピーカという共同体を描いていますし、
視点もアダムだけじゃなくて、両親のそれぞれの視点も描かれているので、
家族でもアダムという息子とお父さんお母さん、3者の視点で、
この家族の過去から現在とか、ちょっと未来も入ってくるんですけど、そこもあるっていう。
そうですね。この視点で言うと、ちょっとこの話がまた違う方向のところに行きますけど、
今回の章ですね、ベンラーナの10時4分って主人公の一人の視点だったんですけど、
これはね、メインが3人いるんですね。
なんかちょっと断章的に、断片的に差し込まれるダレンっていう章があるんですけど、
主人公アダム。一番最初に描かれるのは高校生のアダムなんですけど、
お母さんジェーンとお父さんジョナさんの3人の視点が描かれますね。
アダムの時は3人章なんですが、ジョナさんジェーンの時は1人章なんですよね。
描かれていて、この辺の使い分けもすごい面白くて。
アダムの章の時は割と高校生の時の話なんですけど、
ジョナさんジェーンはですね、結構時間軸が行ったり来たりするんですね。
アダムが幼い時とか、そもそも2人が出会った時の話とかもあるし、
その後いろんな時間軸、アダムが結構大きくなってきた時の話もあれば、
アダムが大学生になっている時の話とか。
ここは結構飛び飛びなんで、だいぶ混乱すると思います。最初。
今自分はどこを寄っているんだろうか、どの時制にいるんだろうか、みたいなのがよくわかんなくなるんですね。
混乱するんですけど、でもなんか結構心地よい感じというか、
冥帝感って言っちゃうとあれなんだけど、グラグラする感じはすごいあって。
でもなんか浮遊する感覚とか。
フラヌール。
フラヌールだね。10時4分の時にフラヌール小説と呼ばれてましたけど。
ここは10時4分の時もそうだったんですけど、海外文学好きな人ってこういう部分結構好きな印象が個人的にもあって、
だから結構多くのベンラーナファンはここにはまってるんじゃないかなってちょっと思ってはいますけれども。
そうですよね。やっぱりベンラーナの文章っていうか、そこかなっていうのは確かにありますよね。
あれでもね、ちょっとしたことで、今自分が読んでる場所がわかんないけど、なんかわかるような感じになる瞬間が結構好きなんだろうね、きっとね。
なんかここに今、アダムがこれくらいの年の話なんだなとか、
なんかこういろんなとこで、ちょっと前にあった話の具体がここなんだなみたいなとか、
そういう引っかかりがたくさん出来上がっていくのは結構心地いいだろうなってちょっと思ったりもしましたね。
そうですよね。僕はね、このお母さんの章でやっぱり、お母さんのお母さん、おばあちゃんかな?
オートフィクションとしての側面と著者の覚悟
のね、その話とか、あれ、こうやって今誰の話ってちょっと戸惑うときがあったんですけど、そのエピソードがね、すごい深くグッてくるところがあったりでしたって。
そんな視点の話もそうですし、あとこの特徴でちょっと最後、オートフィクションっていう点ですね。
やっぱりこのベンラーナ自身がモデルになっていて、この主人公アダムは。
あとお父さんお母さんもやっぱり、ベンラーナのお父さんお母さんが実際臨床心理師さんで、ご両親のことも描いていて、
今回ね、役者とか書かれてたりするんですけど、結構両親にその引き取りをして、それを小説にしているところもあって、
で、両親にNGって言われたら小説出すのやめるって言ってたけど、両親はね、すごい後押ししていて、
もうこれは小説として出した方がいいって、応援していたっていうところもあって、
結構そのやっぱり自分のことグッていうところで、やっぱ印象的なのがこの役者とか来て、ベンラーナがインタビューか、
インタビューで言っていたのが、自分がこの本について誇りに思っているのが、自分が何をやっているのか全くわからず過酷で心乱されていたということです。
自分がやっていることを把握できるような場所で書いた本ではないのですっていうふうに書いていて、
そういう意味では自分を隠してとかっていうとか、おそらくもせずに本当にさらけ出したりとか、
すごいいろんなところの覚悟を持って書いていたんだろうなっていうのを確かに読んでいるとね、
このアダムも本当に良いも悪いも本当に描かれていると思うので。
そうだよね。幼い時とかまだね、多感な時期の言動とかも描かれているよね。
そういうことを本当にそういうことをしてたんだろうなって思ったりしますね、確かに。
女性関係とか、両親の女性関係とかもそうだし、女性関係とかね。
オートフィクションなんでね、ノンフィクションではないんですよね。
実はベースから始まってフィクションと融合していくという、そういう話という。
ではここでですね、ちょっとざっくりこのトピーカスクールどういう話かっていうのを説明したいなと思います。
ざっくりあらすじ紹介:アダム、ジョナサン、ジェーン、ダレン
詳細の話はちょっと後編の方に続けるかなと思いますので。
まず舞台は1990年代後半ですね、アメリカのカンザス州中西部になります。
トピーカというところで、アダムは高校生、当時高校生で。
始まりはですね、この恋人と過ごす後半の住宅街ですね。
そこで恋人と過ごしているんですけども、ちょっと恋人が立ち去っていて気づいたら。
アダムがね、ちょっと後を追いかけてある家に、恋人の家に入ったと思ったら全然違う他人の家かっていうところから始まっていくんですけど。
そうしたアダムがね、あれこれはってなった時に、
自分が同時に他の全ての家にも存在しているかのようなですね、何とも言えないこの浮遊感というか、
そういうのを持つようになるっていうですね、かなり印象的なエピソードから始まっていって。
そんなアダムっていうのがディベートの名詞で、さっきからの話でスプレッドっていうですね、手法でめっちゃ強いんですね。
パートナーの人もスプレッドの名詞で、2人でね、めっちゃ試合に勝っていくっていう。
アダム個人でも強いんですけども。っていうですね、そんなディベートエピソードがあったりしてっていう。
そんなアダムの両親は臨床心理師をしていて、次はお父さんのジョナサンの章ですね。
ジョナサンも財団というですね、このトピーカの中で大きな病院になるんですかね。
そこの臨床心理師をしていて、ジョナサンもやっぱり言葉に関わるっていうかですね、
ペイチシャドーイングっていう、そういうちょっとテクニックを実験したりしていたんですけども。
そんなジョナサンの階層ですかね、学生時代から始まって、この財団の臨床心理師になっていって、
奥さんである、1回離婚はしてるんですけど、ジェーンと結婚して。
で、あとこの財団の重要人物であるクラウスっていうですね、年配の分析の人がいるんですけど、
そのクラウスとのエピソードもあったりしてっていうですね。
ジョナサンの財団の中での歴史というか、そんなのが描かれている。
次、お母さんジェーンですね。
お母さんジェーンも財団の臨床心理師していては、ジョナサンの同僚になるんですけど、
お母さんは、ジェーンはですね、本を書いて、それがベストセラーになるんですよね。
元々ですね、この財団って男社会っていうんですかね、男尊女卑な、そんなちょっと世界であって、
なんかこのお母さんはね、男たちっていうふうに形容してるんですけど、
特に女性に対してのレッテルを貼られやすいところがあって、
そこへの抵抗とかですね、そんなのちょっと持っていて。
で、本を書いてベストセラーになるんで、結構トピーカの有名人になるんですけど、
やっぱりそのトピーカの男たちですよね。
ああ、そうですね。さっきちょっと私のことですね。
なんか知らんところから電話かかってきたり、マッチ歩いてたらね、なんか言われたりとか。
シンプルにあれですよね、こう、中傷を受けてるっていう状態ですよね。
かなりひどい状態ですよね。
そうですね。という、そんなお母さんの戦いっていうんですかね、
本当活躍もあれば、そんなですね、ちょっと戦いもっていう、そんなところが描かれている。
あとは、同じ女性の同僚がいて、この財団の中で。
その同僚との友情とかですね。
ただちょっとね、友情も出るんですけど、亀裂が入ってくるところもあるっていうですね。
そんなところも描かれていると。
で、そんなアダムお父さんお母さんのショーの合間合間に、
ダレンっていうですね、アダムの同級生のエピソードが挟まれます。
このダレンの話っていうのは、短くて、ちょっとしたエピソードが挟まっていくんですけど、
このダレンっていうのがですね、ちょっとそののけ者にされている人で、
でもこの共同体、トピーカという共同体の中ではですね、やっぱり知られていて、
同級生のアダムとか、他の同級生たちとちょっと一緒につるんだりとかですね、
する場面もあったりしてっていうですね。
ただどっちかというと、いじられたりとかですね、悪ノリに突き合わされたりとかするんで、
結構、ちょっとかわいそうなエピソードとかね、あったりするんですけども。
そんなダレンの話が合間合間に挟まっていくんですけど、ちょっと後半ですね、
ちょっとある大きな事件が起きてしまうというですね、そんなことになってしまうと。
後半はあれですね、もうちょっとこのラジオの後編の方で触れていこうと思うんですけども、
じゃあそんなアダムがこのディベートの名手で、大きな大会、全国を一丁決めるようなところに向けて、
ディベートを磨いていったりとか、大学どうしようかとかですね、家族との関係どうなのかとかですね、
そんなのもあれば、お父さんもジョナさんもですね、より何というか階層、また別の階層をしていったり、
お母さんもアダムのディベートを見に行ったりとか、あとはダレンですね、
アダムとダレンって結構接点があって、ある時ね、このアダムとダレンが他の同級生たちと一緒にどういうことをしてたかとかですね、
そんなことも語られたり、あとはね、アダムの将来というか未来の話も入ってきたりっていうですね、そういうふうになっていくという話ですね。
そうですね。なんかこの、まあ主軸がありながらも、すごいいろんな話が展開するんで、
今の話の積み上げが最後を帰結する感じなんですけど、細かいエピソードがすごい多すぎるんで、
なんか私今、三枝さんの話聞いてて、あ、それあったって思い出したやつとかあるし、
なんかそんな感じで、なんか結構ね、いろんな話がたくさんある一冊なんですけど、
次週ちょっと細かく伝えられる、細かくててもまた大枠になると思うんですけど、もうちょっとね、詳細の部分伝えていきたいなと思います。
アダムの成長、家族の変化、そして後編への展望
また来週ちょっといろいろ話したいところなんですけど、この小説に埋まって思ったのは、まずですね、ちょっと今まであんまり触れてこなかったんですけど、
これまあアダムの、私の結構成長ストーリーだったなとは思ってるんですね。最終的にはこのアダムの成長ストーリーなんだろうなってちょっと思ってて、
その辺はね、どういう成長したのかっていうのは、ちょっと来週話せるとこに踏み込むかどうかわかんないですけど、そんなと思ってて、
でもその、なかなかこう、あれなんですけど、さっき出てきたこのジェーンがやっぱりこの、結構肝で、やっぱりこの男性性というか男性社会における状況の変化というか、
これもなんかすごいメタで見たら、ちょうど今、過渡期にあるのかなみたいな感じになる気はするんですけど、そこも描かれてるわけですね。
で、またアダムの、なんか自分の中の暴力性みたいな部分とかももちろんあるし、なんかそのに対して、彼の中で変化が生まれてくるんですけど、
なんかその変化がこう帰結していくのかみたいなところが、結構やっぱりこの小説のやっぱり一番、メインの一つではあるかなと思ってまして、
そこは結構、読んでていろいろ感じるんじゃないかなと思いますね。考えさせられる部分もあるんじゃないかなと思いますね。
結構ね、ラストやっぱ結構印象的なんで。
そうですね。僕はアダムの変化っていうところはすごい驚きましたし、なんかやっぱり読んだ後、そこの余韻ってすごい残っていて、
アダムはあれどうなったんだろうって、やっぱりそこがすごいグルグル頭の中に、なんか考えるようになりましたし。
で、あともう一つがこのダレンですね。このダレンのエピソードを追っていった時に、またダレンっていう人物の、なんかこの人生っていうのもどうだったんだろうっていうのもすごくこれも残りましたし、
なんかこの、まずはやっぱりダレンっていうのが頭から離れなかったっていうところがあって、
で、ジェーン・ジョナサンっていうお父さんお母さんも、やっぱりそう言葉っていうのを追求してきた人たちで、
やっぱりその2人がいたから、なんかアダムが変化できたのかなっていうところもあると思っていて、なんかそういったところを想像したりするとですね、
結構なんか、これ悪い意味じゃないんですけど、なんか切なさを感じるようなところもあったりして。
そうですね、確かに。
そういう意味では、なんか前半読んでた時のテンションはちょっと高かったんですけど、後半、ラスト読み終わった時は、なんかね、ちょっとこの切なさというかですね、
だいぶ、なんていうか、そうですよね、前半のあのテンションはどうしたんだろうって思ったくらい、
そう、この物語が方向に引っ張られていったっていうのがありましたね。
確かに、そうですよね。結構、今、いろいろちょっとお話ししてきましたけれども、
これで今、収録尺で1時間言ってるんで、ちょっと、やっぱりなかなか2つに分けざるを得なかったかなと思うんで。
この時点でも一体ね、カフィーカスクールどういう話だったんだろうって、なんか説明できてる気が全くしないですよね。
そうっすよね。確かに。説明してない気がするし。
でもこういう小説なんでしょうね。
まあ、こんな感じなんですが、ちょっとぜひですね、今回前編だけでいろいろお話はできてるんじゃないかなと思うので、
もうすごい読みたくなった方がいらっしゃったら、ぜひ読んでいただけたらなと思いますし、
読んだ後ですね、もしかしたらちょっと思うところがあると思うので、
我々の後編でいろいろ話したいなと思ってるところがあるんで、
もしかしたらちょっと読まれた感想と交互するところがあるかもしれないので、
読んでから次聞くのもいいし、読みながら聞くのもあるかもしれないですけども、
ぜひいろんな使い方を教えていただけたらなと思います。
じゃあ、いったん前編はここで閉じたいと思います。
じゃあ、次回はベンラーナーのトピーカスクールの後編をお届けしたいと思います。よろしくお願いします。
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ありがとうございました。
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