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中村泉の三味線民謡ラジオ、こんにちは。
玉村町在住の三味線木付講師の中村泉です。
この番組は、かごめかごめ、そうらんぶしなど、
知っていた曲が実は民謡だった。
そんな身近にある民謡や三味線についてご紹介します。
今回ご紹介するのは、三味線歌に登場する「笠森お仙」です。
江戸時代後期、明和年間1751年から1827年、
当時を代表する絶世の美女と言われた実大した人物で、
江戸・谷中にあった笠森稲荷門前の水茶屋「鍵屋」鍵屋の看板娘です。
ようじ屋「柳屋のお富士」と水茶屋「蔦屋およし」とともに、
明和の三美人と呼ばれていました。
「お仙」さんの美しさは、生まれながらの美貌で、
その上、気立ても良かったため、その評判は、
当時人気浮世絵師・鈴木春信の耳にも届き、
「お仙」さんをモデルに多くの美人画を描きました。
そして、「お仙」さん見たさに笠森稲荷の参拝客が増えたといいます。
鍵屋では美人画のほか、「手ぬぐい」や「絵草紙」、
「すごろく」といった「お仙」グッズを販売していました。
やがて「お仙」さんは幸せな結婚をし、
九人の子宝に恵まれ、77歳という生涯を全うしました。
と、「お仙」さんの説明をさせていただきましたが、
実は、「お仙」さんの美貌が江戸中の評判になったことで、
わらべ歌や端唄、小歌に歌舞伎も作られました。
この中で、わらべ歌と端唄をご紹介します。
江戸時代のわらべ歌に、
向こう横丁のという手前歌があります。
歌詞の中に登場する五線は、まさに鍵屋の「お仙」さんのことです。
では、わらべ歌を聴いてみましょう。
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(歌)向こう横丁のお稲荷さんへ一線あげて
星をかけたら渋茶を出して
渋茶横横横目で見たらば
米の団子か土の団子か
この団子を犬にやろう
向こう横丁のお稲荷さんへ一線あげて
五線の茶屋へ
星をかけたら渋茶を出して
渋茶横横横目で見たらば
米の団子か土の団子か
この団子を犬にやろうか
猫にやろうか(終)
歌詞の中に米の団子か土の団子かとありますが、
願い事をする際「土の団子」を備え、
願いが叶えば「米の団子」を備えかえるといった風習が
笠森稲荷にありました。
江戸中期に活躍した落語家、初代「三遊亭圓遊」は、
このわらべ歌に、
捨ててこてこてこと林言葉を付けて
寄せで捨ててこ踊りを披露しました。
着物の裾をまくって半股を見せて踊っていたことから、
膝下丈まであるズボン下が、
”すててこ”と呼ばれるようになったといいます。
この”すててこ”踊りの歌詞は、
わらべ歌の歌とは少し異なるところがあります。
真打になれないからしっかりおやりとか、
お酒の席で芸者さんと端唄やカッポレで
にぎやかな様子を歌っています。
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このような歌を「端唄」といいます。
「端唄」は江戸時代に江戸で流行した流行歌です。
それでは「寄席」で活躍されている続曲詩、
檜山 うめ吉さんの歌う端唄「すててこ」をお聴きください。
(歌)向こう横丁のお稲荷さんへ
一線上げてざっと拝んでおせんだ茶屋へ
腰をかけたら渋茶を出して
渋茶よこよこ横目でみたらば
米の団子か土の団子かお団子団子
まだまだそんなこっちゃ姫路ななれねえ
あんよをたたいてしっかりおやりよ
おまはんの足だと思っちゃいけねえ
人の足だと思っておたたき
風の出席の大市座
小粋な男の振り音や
端唄に大津江神浜離堂ドイツ人風にかっこれにぎやかで
電車にうかれてみなさまごゆかえ
団子をたたいてしゃみせん枕でごろりゃん(終)
ゆかいな歌ですね。リズム感のある。楽しく踊りだしたくなるような歌です。
江戸時代この歌をお酒の席で歌えばさぞ盛り上がったことでしょうね。
今でいうアイドルのような「お仙」さん、どれほどの美人だったのでしょうか。
「お仙」さんのお墓は東京中野区の正見寺にあり、
墓石は1994年に中野区登録有形文化財に登録されています。
「笠森お仙」にまつわる場所が東京台東区谷中界隈に3カ所あります。
この3カ所を谷中散策して「お仙」さんを探してみてはいかがでしょうか。
中村泉の三味線・民謡ラジオ、今回は「笠森お仙」のわらべ歌と端唄をご紹介しました。
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なおこの番組はラジオななみ、ポッドキャストでもお聞きいただけます。
また私の所属する三味線を楽しむ会では、一緒に演奏してくれる仲間を募集しています。
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たくさんのメッセージお待ちしています。
また次回お会いしましょう。中村泉でした。