社会人。
これ、あの2025年の年始の抱負で僕が、社会人になるのかどうかそろそろ決めようと思うみたいな話してたんですよ。
言ってた、言ってた。
で、結構この1年ずっとそれ考えてたんですよね、なんだかんだ。
素晴らしいですね。抱負をちゃんと胸に。
珍しいですよね。初めてです、僕も。抱負をちゃんと1年覚えてたの。
素晴らしい。
で、なんかちょっとその話したいなって思って。
まぁちょっと1年の振り返りと2026年の抱負みたいな話に多分なるんですけど。
はいはい。
ちょっと長くなるかもしれないですけど、社会人の話聞いていいですか?
いや全然、普段あんまり意味のない話しかしないから意味のある話。
たまにはね、たまには意味のある話をしようかなと思うんですけど。
その30代、この2025年でつい40代突入したわけなんですけど。
30代の10年って割とこう、自分の生きやすい環境みたいなのを作るのにすごいフォーカスしてた10年だったなって思ってて。
はい。
仕事もプライベートも、なんて言うんですかね。
自分にとってのベルビーングな環境みたいなものが、まぁ割とできていて。
なんか憂いもなく、すごく落ち着いた感じになってたなと。
それはそれでいいんですけど、40年、人生80年とした時の40歳って折り返し戦だと思った時に、
後半戦もずっとこれでいくのかなみたいなことはちょっと考え始めてたのが去年ぐらい。
この1、2年あって。
でまぁ30代ラストイヤーだし、ちょっとちゃんと考えてみようかなって思ってたみたいなのがちょうど1年前ぐらいだったんですよね。
でその話をこのめいめいでして、なんだかんだこの1年ずっとそれについて考えたっていうのがあって。
で、社会人って何?みたいな話を結構考えてたんですよね。
で、そもそも社会って何?みたいなことを考えてみた時に、やっぱこう会社って結構特殊な空間だなって思ったんですよね。
ですごいやっぱり、例えば合理的であることとか、例えば利益を増やすこと、稼ぐことみたいなのに、
まぁあんまり疑う必要もないし、それを相対化する必要がなくって、
なんか一生、それに一生懸命になれるみたいなのって結構特殊な環境じゃないですか。
で、それが自分の特性に結構あっていて、合理的に考えるとか、論理的に考えるとか、
なんか生産性を追求するみたいなことっていうのに割と自分がフィットしてるから、
なんていうんですか、それによって居心地が良かったりとか、生きやすかったりするみたいなところがあったんで、
なんかこの10年結構そこにすごいフォーカスしてきたなって思ったんですよね。
はい。
で、ただそのPTAとか、あとはティーチャー・ティーチャーのコミュニティとかと関わっていく中で、
なんかそういう資本主義の論理となんか別の論理で駆動しているコミュニティじゃないですか。
はい。
なんかそういうのに触れてみて、多分20年前だったらなんかすげえ嫌だなって思ってた気がするんですよ、そういうの。
はいはいはい。
割と距離を置きたかったなって思って、この距離を置き続けてきたんで、でもなんかあんまり嫌じゃないっていうのが結構自分の中で発見としてあって、
そしたらなんか割と今ならちゃんと向き合えそうな気がするなと思って、この1,2年結構どっぷりそっちに時間を使ってみたっていうのがあって、
はい。
なんかそれが、なんていうんですかね、きっかけというか考え始めたきっかけでもあり、
なんかなんていうんですかね、じゃあそこで自分がどういうポジションを取るんだろうみたいなことを最近よく考えてますと。
うん。
で、あとその去年の年始に、なんていうんですかね、実家に帰るとこう、ジェンダーとか、なんでしたっけ、リベラルみたいなものが何にもない世界みたいな話が名題としてあって、
なんか海外旅行みたいな名前つけたじゃないですか。
はい。
で、あの時に僕と恵水さんでなんか暴力性みたいな話してたの覚えてます?
はいはいはい。
で、なんかそういう、ある種のリベラルみたいな観点から見た時の正しくないことに対して、なんかそれを指摘するとか、そこに対して、
まあなんかみんながそれでいいと思っている中で、一人なんかそれに対してそれ違うんじゃないとかダメなんじゃないとかっていうのをまた暴力性だよねみたいな話をちょっとしてたじゃないですか。
はい。
で、なんかその話をした時のなんかフィードバックである人から、
まあなんかそういうので苦しんでいるとか、なんか弱い立場に置かれて、構造的に弱い立場に置かれて苦しんでるとか人がいるみたいな時に、
そういうなんですか、社会的にもパワーがある人がそれを理解してくれているんだったら、そのパワーをそういう人たちのために使ってほしいと思うっていう話をされて、
で、まあなんかそれは確かに、なんていうんですかね、こう、暴力性みたいなものを避けるみたいなことの一方で、
パワーがあってどこに向いても暴力性みたいなもの、現象として起きるんだったら、どこに向けるのかちゃんと考えたほうがいいなって思ったみたいなのもあって、
なんかなんか社会と自分がどう関わるのかみたいなことをちゃんと考えようかなっていうふうに思っているみたいなのが背景みたいな話ですね。
で、社会人って何?っていうのを考えてて、で、社会って何?っていうのを考えてたんですけど、
はい。
ここの、なんか贈与の応集とか貸し借りの応集にちゃんとコミットするみたいなことが、社会人なんだなっていうのを最近思ってるっていうのが、
うんうん。
まあ、今ちょっと考えてる社会人なんですけど。
はい。違和感ないですね。
うん。
で、なんかその時に、そういう観点で、例えばPTAとかそういうコミュニティ振り返ってみると、なんかすごいそれに対して実は合理的にデザインされてるなって思っていて、
はい。
例えばその地域のお祭りみたいなやつも、なんか普通に生活してると、やっぱそんなに貸し借りって発生しないじゃないですか。
うんうん。
でもやっぱこう、プロジェクトをやるとめっちゃ発生するんですよね。
うんうん。
誰かが手伝いに出るみたいな貸しだったりとか、
うん。
例えばテント立てるときに、その自分たちだけ立てれないから隣の人たちが手伝ってくれるとかも借りだったりとか、
もう計画立てる、何か調達する、調整するっていうときに、やっぱそこやり取りが発生して、そのやり取りの中で貸し借りがもう必然的に発生するみたいなやっぱ装置として、
めちゃくちゃうまく機能してるなって思うし。
うんうん。
なんか日々の、なんていうんですかね、学校の運営を手伝うみたいなことでも、やっぱ学校と保護者の中で貸し借りがちゃんと発生することによって関係が構築されるみたいなことがすごいあって。
うんうん。
だからやっぱりこう、資本主義の感覚で何でも合理化したりとか、論理的に整理して合理的に振る舞おうとすると、やっぱ貸し借りがどんどん減っていくんですよ。
うんうんうん。
で、それってもう社会としてあんまり良くないんだなーっていうのを最近思ってて。
うん。
だから例えばお金で解決しましょうっていうと、お金を払ってそこで貸し借りの関係が生産されるじゃないですか。
で、そうするとこのトランザクションが積み上がっていかないから、結局この関係性が構築できないっていう副作用が起きてるなーみたいなこととかを観察してすごい思っていて。
うんうん。
なんかそれが良いか悪いかっていうと別に良い面も悪い面もあるなって思うんですけど。
はい。
一つは自分の生存戦略みたいなことで考えたときに、これからお金で解決できない問題増えていくなって思っていて。
うんうんうん。
人口も減ってるし、今までお金を払えば受けれていたサービスみたいのが受けれなくなるとか、お金を払えば調達できてたものは調達できなくなるってことは結構起きていくんだろうなって思ったときに、
ちゃんとこう社会と接続されてるって結構重要だなと思っていて。
自分とか自分の家族が困ったときに、ちゃんと地域社会と接続されていると、そのかしかりの中で助けてもらえるとか、
誰かを助けてあげられるみたいなことも含めて、割とそういう生存戦略として必要だなっていうふうに思っているのと、
あとなんかこう、自分が持っているパワー、それがお金みたいな意味合いでも、能力みたいな意味合いでも、あとこう社会的なステータスっていう意味合いでも、
何かしら特に中年男性で生きていくとパワーを帯びちゃうみたいなシーンって結構あるじゃないですか。
それの使いどころとしても、社会のかしかりの中でちゃんと参与して、自分がそこで何か価値貢献するみたいなことはやってったほうがいいなって今思ってるみたいな意味で、
ちゃんと社会人やろうかなって最近思ってるっていう感じです。
じゃあ1年考えた結果、社会人ちゃんとやろうかなっていう。
ちゃんとやろうかなって思っているけど、どう関わるのかみたいなときに、結局じゃあその社会の中で自分がどういう役を引き受けると、
その社会にとって良くって、自分にとっても良くって、自分の家族にとってもいいのかみたいなことはまだあんまりイメージができてなくって、
とりあえず2025年はもう全部引き受けるみたいなことやってみたんですよね。
はいはい、引き受けてましたね。
PTAの集まりあればちゃんと全部出るとか、その後飲み行きますかって言ったら全部行きますって言って行くみたいな。
会社とかでも仕事でそういう機会があれば全部社交するとか、カンファレンスに出て喋るとか、機会があるものをとりあえず全部受け取ってみたんですけど、
それはそれで色々学び、さっきみたいな観察していく中で学びがたくさんあって良かったなって思う一方で、
奥さんにすごい負担かけたんで、それはそれでやっぱりバランス感覚大事だなとは思うんで、
バランス調整をしていく中では、やっぱり何を引き受けて何をやらないのかは決めなきゃいけないなって思っていて、
そうするとやっぱり自分の得意なことで、何て言うんですか、価値になる領域は引き受けた方が良いなと思うし、
それによって、例えば僕が合理的にとか構造的に考えて何かやるみたいなことが、そういう社会の中ではむしろネガティブに作用することもあったりするんで、
その副作用みたいなものを考えた時に、どこでそのパワーを発揮したらいいのかなみたいなことは、まだ見極めきれてないみたいな感じですね。
なるほど。けど大きな前進ですよね。去年の話だと、社会人としてというか、これから本当に変わるべきなのかどうなのかすら検討したいぐらいのところからな感じでおっしゃってたから、
1年かけて社会人としてやっていくんだってところが定まってきたみたいな大きな変化ですよね。
だいぶ進捗しましたね。
多分、昔に比べて今みたいに何がそこで起きてるのかが感覚的には分からないけど、
自分の中である種の合理性みたいなものを見出せたから、あんまり嫌じゃないっていうのが大きいなって思いましたね。
なるほど。理解不能だったものが何となく分かれるようになってきたみたいな。
そうそうそうそう。ランダムなものに見えたのに、ちゃんとパターンとか構造があるみたいに見えてきたみたいな。
ありますよね。
でも結局世間話できない問題は解決してないんですけどね。
そういうやっぱり能力的な欠陥によりうまくそこで振る舞えないとかあるから、どう関わるのかちゃんと考えないとなって思ってるって感じですね。
うみつさんどうですか?この1年、講演みたいなテーマの中で変化とかありました?
結構心境というか感覚の変化はありましたね。
僕はその1年の時に、講演活動を去年?一昨年か。一昨年からやってて、既に1年ぐらい続けてるから、これをますます頑張りますみたいな感じで、あんまり変化はないですみたいな感じでお話ししたかなと思うんですけど、1年前は。
この1年なんだかんだね、まさか東京に出てくるとは思ってなかったし。
あ、そっか。1年前の段階ではそうですね。計画をしなかったですね。
1年前のタイミングでは、東京は出張ベースで行くもんだと思ったけど、そういう変化も起こったのは多分手前に大きな心境の変化があったなと思っていますと。
話したタイミングでは既に、この講演活動を寄付モデルみたいな形で募ってですね、寄付してくださる方お願いしますので、応援してくださったサブスクリプションのお金がたくさん貯まっていけば、より講演活動に従事できる時間が増えて仕事を減らせるみたいな感じでやっていこうと思ってますみたいな感じで、
確かね、あれから数ヶ月後、春ぐらいにそれを始めて、数十名の方に今応援していただいてるんですけど、で、そうするとやっぱり何段も重たくなるというか、気持ち的には。やっぱり人の期待を具体的に金銭として預かっているみたいなのは、
皆さんがね、一生懸命働いたりとかして稼いだお金をこう、かけてくださっているってことだと思うので、期待かけてくださっているってことだと思うので、なんかね、ちゃんとしなきゃなという気持ちがすぐね。悪い意味じゃなくて。
そうそう、ちゃんと講演しなきゃっていう気持ちと、あとはその、何ですかね、矢沢はどう考えるかなみたいなやつになってくる。講演はどう考えるかなみたいな感じになってくるんですよ。
ただね、一昨年とか去年のその年始ぐらいのタイミングっていうのは、自分と講演を分離できてなかったんですけど、なんかその分離がこの1年かけてすごく進んできたっていうか、上水はこうだけど、講演は何て言うかなっていう感覚がすごい醸成されていったなっていうのと、もう一つ、まあいくつかあるんですけど、一つは福岡で結構講演活動を説明するときに、
全く僕のこと知らない人に何されてる方なんですかって言われて、こんなことやってるんですよっていう話をしても、ポカーンってなったんですよ。本当に何言ってるかわかんないし、何やってるかわかんないって感じで、もう頭がおかしい人なんですね、以上みたいになっちゃうから、なんか一生懸命説明する気もせるなっていう気持ちだったんですけど、
東京に出てきて、僕のこと何してるかわかんない人に説明すると、その手前のところは伝わってる感じがするっていうか、結構面白いことしてますねとか、大事なことされてますねっていう感じで、僕がやってることっていうのはすごい抽象的な言い方をすると、講演っていう物理的な場所はやらないけども、講演のような場を僕自身が作っていくんだっていう、すごく抽象的ではあるんですけども、
僕自身がそのシンボルとなることで、いろんな講演っぽい、いろんな人が包摂されるような場作りをしていくんだっていうのが僕の活動なんですが、なんかそこがすごくいいですねっていう感じで、そこは理解してもらえるような感覚を得られたので、人にもっと説明というか、ちゃんと説明しようという意欲が湧いてきたっていうのが出てきたし、伝えたいという気持ちが湧いてきた。
ゲイチャーのゲスト回の収録後にゲイチャーの皆さんと、桃山翔司の森田さんとちょっと食事させてもらったじゃないですか。
あの時もすごい説明して、すごい盛り上がってましたよね。
ね、なんか皆さんいいことされてますねとか面白いことしてますねみたいな。ただ講演にレジャーシート敷いてるの意味わかんないですけどね。アクションのところはわけわかんないっていうのは、カンテさんもおっしゃってましたけど、説明はわかるんだが最後急にわけわかんなくなるみたいなのが結構あって、そこは僕の問題でもあって、
レジャーシート敷いてるってのが何なのかみたいなことはまだ僕もちゃんと誰でもわかるように言語化できてるかできてないなと思うので、課題として持ち帰れるし、でもその手前のところは伝わる人には伝わるんだなみたいな感覚が得られたので、
ちょっと拗ねてた部分ってあったと思うんですよ、僕自身も。なんかわかる人しかわからんやろうみたいな感じで。それは絶対的にはそうなんだが、でも伝える努力をなんかもっとしようという気持ちになってきたっていうのは結構この1年の変化として大きかった。
し、最後、いいのか悪いのかわかんないけど、現実が見え始めたなって思ってるのは、やっぱりその、今社会にないものをやろうとしてるわけじゃないですか。だからそれは仕事じゃないものを仕事にしようとしてるっていう意味では、しようとしてるって未来の話であって、今仕事じゃないから、
マジでやっぱりわけわかんないことをしてるとか、社会の外でやってる、仕事をしろって言われるというか、本当にカテゴリーが名前がつかないことで、ないものとされるっていう苦しみは感じていて、
一生懸命これを仕事にしようと、まあ足りない部分はたくさんあるから、もちろん課題として認識してますけど、ただ、何もしてない無職の人みたいな感じを受けるのは結構辛いものがあるなと思ってます。
確かにね。何でお金を得ているかの話はほとんど外でしないから、本当に公演活動をしている無職の人みたいになってますよね、見栄えとしては。
そうなんです。で、一方で去年ぐらいまでは、コンサルやったりとかなんとかっていう収入源の話とかもしてたんですけど、生活を何で成り立たせてるかっていう話はしてたんですけど、そういうのもだんだんしない方にシフトしてきていて、
もう公演でやっていくんですっていう方のコミットメントが自分の中でも高まっていってるんで、社会生活にちょっと支障が出始めているっていう感じはありますね。
確かに確かに。公演というコンセプトに対しては、何で生活を成り立たせてるかって情報ノイズですもんね。
そうなんですよ。だから、それでやっていくんですって、やっぱり一本で説明しないといけないなっていうのが強くなっちゃった時に、本業はこれなんですけど副業でやりたいことやっててっていうのとはちょっと違うから、僕の中で。
収入のバランスで見たらどう考えてもそうなんだけど、そうではなくて活動としては公演が主で、生きるために他の仕事を仕方なくしているという順序がそうだから、あんまり演劇やっててっていう人が、いやあのハンバーガー屋でバイトしててっていうのは別に情報として言わないじゃないですか。
みたいな感じでそこを出さないので、どんどんどんどんその社会の外に、やっぱり社会の外にいるんだな自分はっていう現状という孤独感というか孤立感みたいなのをすごいダイレクトに受け始めている今日この頃って感じですね。
僕あれですよ、全く逆のシチュエーションで同じことを感じてて。
例えばそのPTA会長とか知事コミュニティとか、最近だから今の文脈の中ですごい一生懸命ちゃんと真面目にやってるんですけど、別に好きなわけじゃないんですよ。
し、なんかなんていうんですか、そういう社会のつながりっていいよね気持ちいいよねって思ってあんまりやってなくて、そういうやっぱ必要性とか自分の使い方とか、
あとなんだろう、ある種その地域コミュニティにちゃんとコミットするって、なんか保険料払ってるみたいな感覚があって、
例えばなんか大きな震災がありましたみたいな時に、スムーズに協力関係を築けるかっていう時に、結構そこの普段の関係性があるかって大事だなと思ったりとか、
あと例えばその子供たちが通学路で楽しくおしゃべりしながら騒ぎながら帰っている時に、可愛いねって思ってくれるか、うるせえガキだなって思われるかみたいな時に、
やっぱり地域の子って感覚がみんなの中にあれば、より寛容になってもらえるし、なんか非寛容な人がいた時に、なんかその人に対してお前もっと寛容になるよっていうモードになるじゃないですか、
コミュニティ全体がそういうちゃんと機能していれば。そこに対して僕が、例えばPTA会長として会議に参加するとか、なんかの実行委員会にちゃんと出るとか、
そういうお祭りがあったらそこでちゃんと手伝いするとかっていうことは、そこをするための保険料みたいな感覚が自分の中であるんですよね。
でも周りから見ると、なんかすごいそういう活動に熱心で意欲的で、なんていうんですか、好きな人みたいに見えるわけですよ。
なんか全然違うロジックでそこにいるけど、なんかその、そういうことをやる人みたいなの、なんかみんなのカテゴリーに対するイメージがあるから、
なんかそういう人仲間みたいな感じですごいくくられるけど、全然共感できてないからすごい孤独感があるみたいな。
社会の僕が逆にど真ん中にいて、全然溶け込めてないっていう異物感みたいなのがあるっていうので、
なんかその外側か真ん中かみたいなの、なんか対極にいるけど同じ感覚あるなって思いました。
僕もなんか、赤からさまに外側にはいるけど、でも社会とちゃんと接続するためにそれをやられてるみたいなところが全く理解されずに、社会に参加したくない人みたいに思われてるみたいなのは、
いやそういうことじゃないんだけど、なんか社会に最も自分が参加するのに、あの価値が出せるんじゃないかと思っていることを提案しているんだけども、みたいな感じはあって、
まあそこは僕のね、まだ力不足なところがあるんで、これからそれが伝わるように頑張っていかないとなと思ってますけど。
なんか上水さんに最初になんていうか、公演の話聞いた時に、なんかすごいなんか社会っていうものにコミットしてる感覚があったんですよ。
なんかすごいなーって思ったんですね。その時、僕本当になんか全然今みたいなこと考えてなくて、自分の生存戦略みたいな話と自分と家族とか身の回りの人は、
まあウェルビングな状態だったらそれでいいよねっていう感覚で、そういう環境づくりをして、なんかそれに対しては一定の自分の中で手応えがあるみたいな状態だったんで、
なんかその自分の外とか自分の、なんていうんですか、本当に目に見える範囲の外側に目を向けて、なんか自分の人生の時間を結構そこに投下しようって、
すごい志が高いなーみたいなことをちょっと思ってたんですけど、でも外側にいるとアウトローなわけですよね。
反射だと思われてますよ。
そういうことありますよね。
ある。
めっちゃ社会人だなって思ってたけど。
そう僕の中のやっぱその思想的なものでもあるけど、やっぱりこう社会の大きなことを綺麗に語ってしまうと、やっぱりその、
何でしょう個別具体の事例っていうのは、なんかこう合わないというか、そんな綺麗じゃないじゃないですか。
なのでやっぱり一人一人が自分の手の届く範囲で、顔の見える範囲でできることをやるしか社会が良くなる方法はないんじゃないかっていうのが僕の考えなので、
それをやっぱ体現する、最も強烈にそれを自分の手の届く範囲でやるんだっていうその活動なんですよね。
だから発信ってやっぱセットでっていう、その物理的に影響できる範囲はすごく狭いと思ってるけど、ということにフルコミットしてる人間の言う言葉としてやっぱ届けたいみたいなのがあって、
この両軸でやっぱ社会に参加していきたいなっていうのは思ってやってるんですけどね。
伝わらないって。
そう、受け取られない。
面白い。
面白いっすね。なんかアウトプットというか、外から見えるポジショニングって結構対極的な感じに見えると思うんですけど、僕とウェビティさんが。
結局なんか同じことずっと言ってるなっていうのが面白いかな。
そう、ほんと面白いですよね。全然別のフィールドにいるけどみたいな。考えていることとか感じていることはちょっとね、共感できて。
見てるのが面白いっすね。
そうなんで、この2026年の抱負みたいな話をすると、結局どんな社会人になるかをもうちょっと解像度上げたいなと思っていて、
自分の能力みたいなものが一番活かせる形での社会との接続の仕方って何みたいなこと。
家族も社会だし、会社も社会だと思うんで、それがなんか今まで自分が所属していたコミュニティみたいなものとのバランス感覚みたいなものも含めて、
なんかどんな社会人になるのか、もう1年かけて探求したいなって思ってるテーマですね。
シーズン2ですね。
シーズン2、そうですね。
うみさんは、2026年は。
僕はね、自分に打ち勝たねばならんなっていう話ですね。
どういうことですか。
さっき言った事情で、社会の外側に位置してるみたいなのがより明確になってきている。
多分職業として成り立っているというところまで、少なくともいかないことには、
いやいや、あなたそれは遊びですよねって言われ続けるんだと思うので、
風当たりもないというか、無風で虚無みたいな中で、
ブレずにやっていかないといけないっていうフェーズだと思っているので、
本当にある種の恐怖みたいなもの、社会から遠ざかっていってるんじゃないかと感じる恐怖みたいなものに打ち勝って、
ブレずに発信し続けるというか活動し続けるっていうのがやっぱりテーマなのかなと思ってます。
だから発展というよりは、ブラさずにちゃんと貫けるかっていう一年がかかるんですね。
なんかあれですよね、砂漠で真っ直ぐ歩くみたいな感じですね。
そう、そんな感じ。そんな感じ。そんな感じ。本当に。
方向を見失わないようにしないといけないし、やっぱ昼と夜の気温差やばいしみたいな、
誰もいないし水ないしみたいな状況なので、
普通死にますみたいなやつなんですけど、そこを死なずに一年間真っ直ぐ歩けるかみたいな一年と思ってますね。
なんかちょっと新年らしい話ができたんじゃないですか?
なかなかね。
珍しく。
そう、社会人の話しましょうっていうのをグループのラインで回ってきたときに、
そういえば僕、ポッドキャスト番組いっぱいやってるけど、こういう話する番組一個もないんだよ。
自分の個人のはギリギリいけるけど、誰かとこういう話する番組は今なくて、
いい機会だなと思って、なんか思いの丈をね。
一人で話すとなんかちょっと違うじゃないですか。淡々となっちゃうけど、
かんたさんに向かって喋るって思うと熱量を持って話せたんで、それはすごい良かったなと思ってます。
たまにはいいですね、こういうのもね。
僕もなんかあんまり自分の話をするの得意じゃないっていうか、
誰もそんな話し調味ないだろうなと思ってあんまりしないがちなんですけど、たまにはいいです。
たまにはね、星目星目でこういう話しますよね。
1年ぐらい意味のない話をして、時々意味のあることを言うみたいな。
そうですね、まあめいめいとしては引き続き意味がないことをやりたいですね。
うんうん、あんまり意識高い感じでやりたくないですね。
意味とか意義とかないことをやりたい。
社会をこう変えたいとかね、何にもないですからね。
全部うちに秘めてやっていきたいですね。
あったとしてもね、ずっとふざけてるっていう感じでいきたいですね。
ずっと遊びとしてちゃんと真面目にやりたいですね。
あとなんかね、なんか2025年思わぬ形でゲストの幅も広がって、
すごい、なんか2人とそうわさんの3人でやってるみたいな、なんかものから少し活動としても広がった感じはあるじゃないですか。
そうですね。
それがあんまり予想とか想像してない方に転がったの結構面白かったなって思ってるんで、
2026年はやっぱり方向性を定めず、遊び倒す中でなんか全然想像してなかったとこに行けたらいいなみたいな感じに思ってます。
そうですね。僕もめいめいに関しては去年ね、別にそんな最初から計画してたわけじゃないけど、すごく多様ないろんなゲストの方に来ていただいて、
で、このめいめいの形式だと、それぞれのやっぱり良さが引き立つ中でもめいめいであるみたいな、
なんかほんとすごいフォーマットだなっていうことをなんか感じているので、どんどんね、いろんな方と交流して、
なんかこの3人の番組、かんなさんと僕とそうわさんの番組なんだけども、なんか3人で閉じずに、
ちょっと開かれた、いろんな人たちと交流できる、なんかコミュニケーションツールとしてのめいめいみたいなことがね、起こってくると。
でも実際、そのゲストの方だけじゃなくて、リスナーさんが野良命題で参加してくださったりとかっていう、
ほんとコミュニケーションが発生しているっていうのはすごく理想的だなと思っているので、コミュニケーションできる番組でやりたいなっていうのは思いました。
綺麗に収まったんじゃないですか。
まあこんな感じでね、今年も1年頑張っていきますんで、何卒よろしくお願いいたします。
はい、よろしくお願いします。
めいめいではリスナーさんからの命題をお待ちしております。概要欄の応募フォームから、
送っていただくか、Xでハッシュタグめいめいしますをつけてポストしてください。
今年もみんなでめいめいしていきましょう。
それでは本日もありがとうございました。
ありがとうございました。