ZINEフェアへの違和感の正体
こんにちは。今回は、送ってくださった方の資料をもとに、あるモヤモヤの正体を深掘りしていきたいと思います。
こんにちは。はい、よろしくお願いします。
えーと、今回のテーマはですね、ズバリZINE、アルファベットのZ-I-NのZINEについてです。
そうですね。資料によりますと、大手出版流通の当販と藤原印刷が企画したクラフトプレス大集合、藤原印刷から生まれたZINEフェア、
というイベントが取り上げられています。
はい。この資料を送ってくださった方がですね、ワクワクしながら地元のいわせ書店、福山店に見に行ったそうなんですが、
えー、どうでしたか?
なんか思ってたのと違うぞって強烈な違和感を抱えて帰ってきたそうなんです。
私も資料を読んで、あーなるほどなーって思いました。
その違和感すごくよくわかります。というのも、本来ZINEって1970年代のパンクとかDIY文化と一緒に広まったものなんですよ。
あーそうですよね。コピー機でガーッと吸って、ホッチキスでパチンと止めるみたいな。
そうそう、まさにそれです。誰に頼まれなくても言いたいことがあるから勝手に作るっていう、いわば反骨精神の文化なんですよね。
はいはいはい。
だから金になるからじゃなくて、言いたいから作るというのがまあ根底にあるわけです。
てことはですよ、流通に乗らないぞっていう精神の塊だったものを流通の王様みたいな大企業が綺麗に整備するのってすごく奇妙じゃないですか?
確かにそうですね。
なんか野良猫を全部綺麗に並べて首輪をつけて管理しますって言われてるような矛盾を感じるんです。私だけでしょうか?
いやまさにその野良猫の比喩ピッタリだと思いますよ。
その摩擦というか矛盾こそが送ってくださった方が感じたモヤモヤの正体なんです。
ああ、やっぱりそうですよね。
ZINEという言葉の商業的利用
ええ。ここでもう一つ注目したいのが、藤原印刷から生まれたジンという表現とその価格設定ですね。
確か一番安くでも1200円とかで、印刷会社の小冊子でさえ500円って書いてありました。
そうなんです。これってジンというよりも実質的には。
ジンじゃなくてもはやただの高級な自出版じゃないですか?
はい、その通りです。今の時代、自費出版って言うとちょっと古臭かったり魅力に欠けるイメージをもたれがちですよね。
ああ、なるほど。だから反骨精神とかサブカルチャーのクールな響きがあるジンという言葉をマーケティングのパッケージとして拝借したわけですか?
ええ。自費出版をかっこよく言い換えただけなので、クリエイターじゃなくて印刷会社が主役のように見えてしまう現象が起きているんです。
なるほどな。だから思ってたのと違うぞってなったんですね。でもそれが地元の書店に並んだ時、書店側もただその企業パッケージに乗っかっているだけなんでしょうか?
現場の書店によるZINE文化の補完
いや、そこが言わせ書店福山店の面白いところでして。資料にもありましたが、ジンコーナーのすぐ近くに宝島社の初めてのジンというムック本とか。
はいはい。高校生がジンを作る漫画のライオットも一緒に並べてあったんですよね。
そうなんです。一見すると商業化を後押ししているように見えますが、実は違うんですよ。
違うんですか?
現場の書店はパッケージがされた高価な商品をただ売るんじゃなくて、ジンという文化そのものの背景とか歴史をお客さんに理解してもらおうと補完しているんです。
ああなるほど。これがジンですよって大企業に言われるがまま陳列するんじゃなくて、現場なりの誠実さで本当のジン文化とつなげようとしているんですね。
ええ。大企業が新しい流通モデルを開拓して素晴らしい技術で高品質な本を届けること自体には間違いなく大きな価値があります。
うんうん。そうですよね。
ただ、それをあえてジンという言葉で包むことへの違和感。送ってくださった方が現場で感じたモヤモヤは、言葉の歴史と商業的アプローチがぶつかる瞬間を捉えた非常に鋭い観察だったわけです。
ZINEという言葉の未来
いやーすごく納得しました。だからこそ最後に一つ考えてみたいんですが。
はい、何でしょう。
もし今後ジンという言葉がすっかり綺麗にパッケージされた商業用語として定着してしまったら。
ええ。
これからの反骨精神を持つ若きクリエイターたちは自分たちの衝動的な手作り小冊子を新たに何と呼ぶようになるんでしょうね。
それはすごく興味深い問いですね。これからの文化の行方が気になります。
次回の配信もお楽しみに。さようなら。