1. 口は背中よりモノを言う。
  2. #115 部屋と夢とは距離が近い。
#115 部屋と夢とは距離が近い。
2026-08-28 28:40

#115 部屋と夢とは距離が近い。

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なんだかんだで、彼は自分の部屋で寝ようとしません。生まれてこのかた我々と一緒に寝ていたので、さすがにさびしいのでしょう。そりゃそう。
とはいえ、だいぶ現状の寝室が限界です。セミダブルとシングルのマットレスを繋げて使って4人で寝ているのですが、僕は毎晩彼に蹴落とされています。僕の睡眠の改善はいつの日か。

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サマリー

今回のエピソードでは、小学2年生の息子に個室を与えた父親の体験談が語られます。部屋作りを通して、子供の自立やプライバシーの尊重、そして自身のインナーチャイルドとの向き合いについて深く考察します。また、子供の頃に我慢していたお菓子やジュースを息子に与えることで、自身の過去の経験を癒し、子供には豊かな経験をさせてあげたいという親心が描かれています。最後に、番組の総再生回数が11111回を突破したことへの感謝が述べられ、今後の更新頻度向上への意欲が示されます。

夏休みの部屋作りと子供の成長
こんにちは、こんばんは、おはようございます。カフェインよわおです。 この番組は、夫婦とのお働きで日々の小沢手に立ち向かう父親カフェインよわおが、小沢手のある生活の中でぶち当たる立ちゆかなさを、背中で語らず言葉にしていくポッドキャストです。
よろしくお願いします。
ご無沙汰しております。毎度のことながら。 1ヶ月ぐらい
空きましたかね、間がね。ちょうどあのうちの上野子小学2年生の夏休みが始まって、夏休みがあともう片手で数えられるぐらいの日数残っているぐらいのタイミングと本日はなっております。
ねえ、長かったですね。夏休みね。大変ですね。
いろいろいろいろあるんですけど、夏休みに関しては。
いろいろあるんですけど。 我が家はですね、この夏休みに上野子8歳小学2年生の部屋を作ったんですね。
今までは特段、個別の部屋というのは設けていなくてですね。
リビングがあって寝室があって、我々夫婦の私物が置いてある部屋があって、子供たちの洋服とかがまとめて置いてある部屋があって、みたいなそんな感じだったんですけど。
我々の私物が置いてあった部屋を別の倉庫的なポジションになってた部屋に移動して、上野子個人の部屋を作ったというような感じなんですね。
結構大掛かりなことになりましてですね。
もともとあった本棚とかをガサッと移動して、一応フロアマット的なものを敷いて、ロフトベッドを置いて、机を置いて、彼の分の洋服とか彼が大事にしているぬいぐるみとか漫画とかをその部屋に向かって移動させて、みたいなことを結構かかりましたね。
トータルで2ヶ月3ヶ月ぐらい、物品の移動をしながら作ったんです。
だいたい夏休みが始まるか始まらないかぐらいのタイミングで、確かその部屋が完成したんですよね。
君はこれからこの部屋で寝ても良いし、この部屋で勉強をしたりしても良いし、ただバカグータラ過ごしても良いし、この部屋は好きに使って良い。
ただし、ゲームとかスイッチとかそういうものを持ち込むのであれば、できれば親に一声かけるようにして欲しい。
ゴミがしっちゃかめっちゃかになると困るから、定期的に声をかけた上で、ちょっと中は覗きに来るよ、みたいな感じでね。
ある程度の部屋を使うルールみたいなのを説明して与えたんですよ。
まあ喜んで、まあ喜んでくれてですね、その上の八歳児がですね。
もう意味もなくその部屋に行くんですね。別に何をするでもなくて、行くだけ行ってすぐ戻ってくることもあるんです。
中で何をしているかもはや知らないんだけど、別に何かを持っていくとか何かを持って帰るとかではなくて、
ただ行くだけ行って、まあいわゆるこうカームダウンスペースみたいなちょっと一人になる時間とかを自ら作りに行ってるのかなとも思うんですけど、
普通にこう家でみんなで過ごしていても出たり戻ったり、まあ時によっては断りを入れた上でスイッチをその部屋に持ち込んでそのベッドの上でゴロゴロしながらゲームをするみたいなこともある程度は許容をしているわけですね。
これまではずっとそのリビングにへばりつく格好だったんですよ、子供たちは、当然その子供たちのものが基本的にはリビングに集まっているから、まあ自然そうなるんですけど。
リビングにずっといた子供が瞬間我々の目を離れて自分一人での時間を過ごしているっていうのはね、それこそ子育て、子供がいる生活っていうのが始まってもう8年間になりますけど、
初めてだったんじゃないか、たぶん。同じ家の中にはいるけど違う空間にいてで預かり知らないことをしているっていうのは、そういえば今までなかったなというふうに思ってですね。
なんかね、感慨深いものがあるなというふうに思いますね。
僕としてはですね、かねてより彼がゲームに没頭するようになってから、彼の運動不足問題であったりとか、ゲームをする時間が延びていることによっての手の関節可動域の若干の低下とかを感じていたので、
僕の職業からそういうものが、部屋とイビングを行き来するっていうふうな行為がそこに生まれたことによって勝手に運動量が上がってくれることになるから、そういう意味でも部屋を作るメリットってあるんだなっていうふうなのを感じたりしている日々でございます。
もちろん我々が関与できる場所でないところで、彼が時間を過ごすことが増えることによってのトラブルみたいなものね、今後当然のように起こり得るとは思うんですけど、もうそれは何ていうかね、必要経費っていうか、そういうもんでしょっていうふうな感じですよね。
インナーチャイルドとの向き合い
なので上の子は体操、部屋を気に入ってくれておりまして、下の6歳児も喜んでるんですね。
そういう空間ができたことから、大体上の子が部屋に行くときには、下の子もひょこひょこ後ろをついていって、一緒にベッドの上でグータラしたりだとか、漫画読んだりだとか、それなりに楽しんでいるようなんですね。
僕も早く部屋が欲しいよって言ったりとかしてるんですけど、そうやって子供が喜んでくれたのはとても良かったなぁと思うのと同時に、よく子育ては自らのインナーチャイルドと向き合う行為であるとか、インナーチャイルドを刺激してくる行為であるとか、
あるいは子育てによってインナーチャイルドを癒されるみたいな、そういう論があると思うんですけどね。
そもそもインナーチャイルドとはっていう話だなぁ、多分なぁ。
インナーチャイルドとは、私たちの心の中に今も生き続けている子供の頃の自分のことです。
特に幼い頃に十分に愛されなかった部分、理解されなかった気持ち、我慢を強いられた思いが大人になった今でもあなたの心の奥で静かに影響を与え続けています。
インナーチャイルドには健全な側面と傷ついた側面があります。
健全なインナーチャイルドは、好奇心や創造性、素直な感情表現など、大人になっても私たちの生活を豊かにしてくれる特性です。
一方、傷ついたインナーチャイルドは幼少期の否定的な体験によって形成され、現在の生きづらさや子育ての困難に関係しています。
子供学びラボというサイトにある子育てがうまくいかない、それ小さなあなた、インナーチャイルドが原因かも、タイプ1症状と癒し方を臨床心理士が解説。
うさんくせー!
うさんくせーが、それなりに学問というか体系だったものとして臨床心理士さんも取り組んでくださる問題ということですかね。
僕にとっては子供に部屋を与えることが結構自らのインナーチャイルドを癒す行為になったなっていうふうに感じたんですよね。
この子がこの部屋を与えられたことによってこんなに喜んでくれるってことは、当時の自分も部屋をもらえていたとするならばこれぐらい同じぐらいに喜んでいたのだろうか。
その部屋があるっていうことによって何か人生難しかったところがうまくいくように転じていたのだろうかどうなんだろうなーっていうことを考えたわけです。
喜んでいる我が子をよそにね。ちゃんと接しているけれど子供たちとはちゃんと接しているけれどそんなに部屋もらうって嬉しいことだったんだなーってことはっていうことをねなんかとても考えてしまったんですよね。
これもなかなかこう贅沢な話というか、普通に実家を出るまで自分の部屋がなかった人とかも世の中にはそう少なくないとは思うんですけれど、
僕は自分がその実家にいた時には中3か高1かぐらいのタイミングでその自分の部屋を得たんですよね。
それまでは僕はリビングに学習机があって、リビングに布団を敷いて寝る生活をしていたんです。
なので明確なプライバシーが確保される空間っていうのが家の中にはなくて、リビングはかなりごちゃついていて主に父親側の荷物であふれていたので、
リビングの中でもさらに固みが狭く、ギリギリ自分の机の上だけは自分だけの空間としてなんとか確保している。
ただまあみんなが通る動線上にその机もあるので、何か置いておいたら絶対に人に見られるからさ、
なかなか何も気にせずそこに物を置いたりとか、ちょっと散らかった状態にしておいたりとかっていう風なこともなかなかしづらい環境だったんですよね。
それで姉が一人実家から出るよっていうタイミングになって、姉がいた部屋が空いたので、じゃあそこに入ればっていうふうなことになって、僕は部屋を得ることになったんですね。
ただその得た部屋は部屋で、姉の荷物がそこそこ残っている状態だったので、100%自分だけの空間っていうふうな感じはなかったんだよな。
ずっと借り物の家っていうか賃貸に住んでる感じっていうのかな。
完全にこの部屋は安心できる空間ですよ、自分だけの空間ですよっていう風な感じにはなっておらず、
何かのきっかけに姉が帰ってきたらまた自分はこの部屋を分け渡さなきゃいけないんだろうなと思ったりとか、
うちの特に母親の方がノックせずに部屋に入ってくるだ、いない間に勝手に入ってガサガサされてる形跡があるだっていうふうな感じだったので、
あんまりね、部屋を得たとてプライバシーが確保されたかっていうと、なんかちょっと怪しい感じだったような気がするんですよね。
っていう風な感じのね、僕がちゃんと子供に今後そのプライバシーのあり方というか、
どこまで掃除周りとかを彼に託していいのかみたいな話にもなってくるので、
どのラインまで彼個人の空間として守っていくかっていうのは本当に難しい問題で、
これからいっぱい彼と相談していかなきゃいけないかなというふうには思うんですけれど、
当時の自分が欲しくても手に入らなかったものを彼に与えてあげられた喜びみたいな、
なんかそういうものをね、確かに感じたんだよな。
どうだったんだろうな?
もっと早くに部屋を得ていたりとか、部屋に勝手に入ってこられなかったりとかしたら、
なんか当時の僕の心持ちはちょっと変わったりしていたのかな?
わかんないですね、こればっかりはね。
今、この部屋の中で明確なプライバシーが守られている空間を持っているのって、
子供時代の経験と現在の価値観
逆に上の子だけなんですよね、今って。
我々夫婦のものが置いてあるスペースは、もうかなりごっちゃごちゃになっているので、
ここまでが僕で、ここからは妻でみたいな、そういう区分けもあんまり明確にされてないんですよ。
2人のものっていうふうな感じで、まとまりがいい感じで置いてあるっていうふうな格好なんで、
僕個人のものみたいなものを分離して置いてあるわけではないんですよね。
当然、それぞれがそこには出入りするので、
ここの扉を閉めれば、ここは自分だけの空間っていうのは、今、うちの上の子しか持っていないんですよね。
だからそれが今後、多分来年か再来年かぐらいには、
もう一部屋、その下の子に与えるようになるから、
本当に一人の空間作りみたいなのは、
多分子供たちが家を出るまでは、この家の中では起き得ないと思うんだよな。
すごいことじゃない?そう思うと。
家のサイズっていうか、部屋の数の問題っちゃそれまでなんですけど、
僕これからだから、ざっくり最短で考えても、
10年から15年ぐらいは、個人の空間がこの家には存在しないっていうふうなことになるよね。
すごいことじゃないですか、それって。地味に。
なかなか大変だな、そうやって口にすると。
なんか本当、そういうことばっかなんだよな。
子育てしてると、今、我が家には子供たち向けにジュースがあるんですね。
薄めるタイプのカルピスがだいたい常に冷蔵庫に入ってるようになってるんです。
上の子が学校終わって、学童、キッズクラブに行って帰ってきて、
ちょっと家で一人の時間が生まれるリズムになってるので、
その間にちょっと何かしらつまめるように、
個包装のお菓子みたいなものが常に一定数ストックされていて、
季節によっては冷凍庫にアイスが入ってて、みたいな感じなんですね。
僕は当時そういうのがあんまりなかったんですよ。
冷蔵庫には麦茶か牛乳が入っていたけど、
ジュースの類っていうのは、家の外でしか飲んだ記憶がなくて、
長らく、僕実家出てからしばらくするまでは、
自分の家で水以外の液体を飲むっていう習慣が全然なくて、
コーヒーを飲むとかジュースを飲むとか、贅沢じゃない?飲んで大丈夫?
みたいな気持ちにずっとなったんですね。
お菓子も同じように。
お菓子とかアイスとかも同じように、
基本的には買ってはならないもので、
買う時には相当の、いわゆる自分へのご褒美みたいなやつですよね。
それぐらいのそこそこ良いことがあった時でなければ、
お菓子、アイスの類は買ってはならないっていう風に長らく思ってたんですよね。
僕の子供の頃の生活とお菓子、ジュースなどは全然接点がなかったんです。
それが今では当たり前に、
1日1杯ぐらいは彼らはジュースを飲み、
1日1袋ぐらいはそのご包装のお菓子を食べたりしてるわけですよね。
すごいここの感覚は言葉にしづらいんですけど、
僕はそれを彼らに与えられていて、
部屋を与えた時の喜びと同じように、
良かったって思ってるんですね。
僕みたいに水以外のものは贅沢品であるとか、
お菓子は贅沢品であるとか、
そういうようわからない基準ではなくて、
当たり前に世の中にはお菓子であったりジュースであったり、
美味しいものが世の中にはたくさんあるよっていう風なのを、
ちゃんと彼らに学ばせてあげられているのは、
とても良いことだなっていう風に思うんです。
それはそういう風なものが当たり前に、
ある環境で育ってきている妻が隣にいてくれるからで、
仮に僕一人で子育てしていたとしたら、
どうしたって僕基準で育てることになっていただろうと思うんですよね。
基本は水で、お菓子はなくて、
テストで100点取ったんだ、
じゃあ今日はご褒美にアイスを買おうとか、
それくらいのタイミングでしか、
甘いものを摂取できるタイミングがないみたいなね、
そういう感じになった可能性が多いなと思うんです。
そこは本当に普通の感覚を持ってくれている妻に、
非常に感謝しているところなんですが、
そういう世間とのズレを僕が認識して、
別に好きなものを食べていいし、
好きなものを飲んだっていいんだよっていう風なことを、
僕が認識して、
僕のかつての僕のインナーチャイルドと、
そこのズレを照らし合わせて、
じゃあ実際子供たちにはどっちになってほしいかしら?
っていう風なのを判断した上で、
ジュースなりお菓子なり、ある程度は与えていいんじゃない?
っていう風な方に、今は僕は触れているんですね。
それで良いんだろうと思っているのですが、
子育てにおけるインナーチャイルドの影響
油断するとそこに引っ張られそうになるんだよな。
過去の僕が子供時代に体験した当たり前を無意識に、
それが第一選択として浮かび上がりやすくなっているような感じは、
すごく何事においてもそういう風な感覚はあってですね。
多分それを素直に踏襲していると、
上手くいかないんでしょうね。
上手くいかないからこそ、僕の心の根っこに、
子供の頃に嫌だった経験みたいなもので、
記憶にすごい根深く残っているんでしょうし、
記憶に根深く残っているからこそ、
それをそのまま踏襲して出力されやすいんでしょうし、
それをそのまま出すことによって、
受け取った子供は嫌な気持ちになるから上手くいかないし、
っていうことなんでしょうね。
インナーチャイルドが原因で子育てが上手くいかない、
みたいなそういう話っていうのは、
理屈は確かに理解はできるなっていう感じですね。
そういうものが気になるようになったのは、
明らかに子供が小学生に上がってからだなという気がすごくします。
やっぱり保育園時代、入児時代、幼児時代っていうのは、
こういうプラスアルファー与える与えないとかじゃなくて、
そもそも奴らが死なないように上手く立ち回らなければならない、
その死なないことが最優先で、
死なせないためにやらなきゃいけないことっていうのが、
ある程度固定化されているので、
優先順位が違うんだよな。
例えば保育園児に飲み物、ジュースを与えなければ死ぬわけじゃないし、
お菓子を与えなければ死ぬわけじゃないですか。
水と適度な食事を与えていれば、
死なせない目的は達成されるわけですよね。
だからそれぐらいの時代っていうのは、そこまで実感としてなかったんですけど、
彼が小学生になって、一人で動き回る時間が増えて、
その一人で動き回る時間に当たり前に、
お菓子だ、ジュースだっていう風なものが近くにある環境の方が、
絶対豊かじゃないですか。100%。
なんとかプラスアルファの豊かさを、
彼らに感じてもらいながら、
そういう風に暮らしていいんだよ、という風なことを、
今後もこの家での生活の中で感じ取っていってくれたらいいな、
っていう風に日々思っております。
子供部屋の完成と今後の展望
っていう毎度のことながら、ただ意思表明をする回。
この前、上の子にね、
そういう風な格好で部屋をある程度完成させて与えてからですね、
ちょっとしてから子供たちを連れてニトリに行くことがあったんですよ。
そのニトリの中でね、
もし部屋にこういうもの置きたいなっていう風に思うものがあったら、
値段にもよるけど、なるべく置いてあげたいなって思ってるから、
行ってね、つったらさ、
いや、何にもいらない。
もう僕の部屋はあれで完璧だから、
あれで完成だから、
何にもあれ以上欲しいものはないっていうわけ。
あ、そうですか。
そんなに完璧に気に入っていただいてるんだったら、
それはもうやめもりに尽きるなという風に思うんだけど、
実際、それこそ我々個人の部屋みたいなものがこの家の中にないから、
部屋って何があったら便利なんだろうとか、
部屋って何があるものなんだろうみたいなものは、
多分まだあんまりわかってないんだと思うんですよね。
だから、今後ね、
インテリア系の雑誌を見たりだとか、
YouTubeでそういうものを目にしたりだとかっていう風な時に、
あ、これ僕の部屋にも欲しいなって思うものが増えていってくれたらいいなって思っています。
今のところはすごく綺麗なんですね。
そのロフトベッドだ、机だ、庭。
今のところはシールがベタベタ張られたりとかもしてないし、
いい意味では綺麗なんだけど、
悪く言えばちょっと無機質寄りというか、
あまり人が暮らしてそうな気配がまだそんなにない部屋なので、
どんどん彼の色に部屋を変えていって、
どうなっていくのかなっていう風なのがこれからとても楽しみですね。
という子供の部屋を作ったことによってのあれやこれやみたいな話でした。
本日はこんなところでありがとうございました。
番組再生回数と今後の抱負
番組への質問意見感想などなど何かございましたら、
ハッシュタグ口物でXにポストいただきますか、
番組概要欄の対応フォームにお寄せいただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします。
急に思い出したんですけど、
先日ね、このポッドキャストを口は背中より物を言う、
全期間の再生数とダウンロード数が11111回を突破いたしました。
で、これそろそろ行くなって気づいたのが、
11108回とかの時だったの。
昔のホームページとかに切り版文化みたいなものがありましたけど、
ちょうどその11111回をちょっと記念としてスクリーンショットに収めておきたいなって思って、
ずっとそこから僕、そわそわしてたんです。
ちょくちょくその再生数のところを気にしたりとかして、ずっとなんかそわそわしてたんですけど、
見事に取り逃しましてですね。何回だったかな。
11112回のスクリーンショットが今僕の手元には残っております。
悔やまれるなちょっと。
誰なんだろう。
ずっとね、その11110回まで行ってから、
なんか残りの1回なかなか進まないけど、
ポッドキャスト更新してるわけでもないし、
なんかこうじれったいなーって思って、
ちょっとこう長めに目を離した期間があったら、
あっという間にぽんって112回になって、
なったのを今でも覚えております。
ありがとうございます。
これが多い少ないみたいなのはよくわからないけど、
多分一人喋りとしてはちょっと多い方なんだと思うんですよね。
この回数って。ありがとうございます皆様。
夏休みが終わったことによって、
ちょっと僕が精神的なゆとりをおそらく取り戻すんじゃないかなっていう風に思っておりますので、
ここからちょっと更新ヒントをあげたりできるといいなと漠然と思っております。
ということで、またよろしくお願いします。
ありがとうございました。
バイバイ。
28:40

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