家庭の問題と責任
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、さまざまな人がいることをテーマにお送りいたします。
え、吉田さんと太田さんが?
そう、二人とも出勤停止ですって。吉田さんはわからなくないけど、あの真面目な太田さんがね。
ねえ、南野さん、あの二人と割と仲良かったでしょ?何も知らないの?
何も、知らないです。
そうなの?なんだ、つまらない。
南野さんは、太田さんと仲が良かったから、てっきり何か知っているかと思ったのに、表紙抜けだった。
だけどまあ確かに、南野さんはすごく素直な性格で、思っていること全部顔に出るタイプだから、不倫なんて事実、教えてもらえるはずもないか。
ねえねえ、未来、聞いてよ。お母さんの職場でさ、施設長が部下と不倫してたのよ。それがバレてね、今日から出勤停止だって。
家に帰ると、未来がちょうどリビングでゲームをしていたので、お茶を入れながら、今日あったことを話してしまった。
お母さんさ、そういうの喜ぶのやめなよ。人として最低だよ。
だって、不倫した人たちが悪いんじゃない。何でお母さんが怒られなきゃいけないの?
確かに不倫する人は悪いけど、そんなの家庭の問題であって、周りがああだこうだ言うことじゃないでしょ。
そんなわけいかないわよ。だって施設長が急に来れなくなっちゃったから、現場は大混乱よ。利用者さんにも何であの二人はいないんだってしつこく聞かれるし、こっちだって迷惑してるんだから。
そっか、不倫って家庭だけの問題じゃないんだ。
職場でバレた場合はね、特に今回は職場ない不倫だったし、単純に大人としてやってはいけないことはいけないってだけの話よ。
未来の夢と選択
ふーん、職場で不倫するなんてバカだよね。仕事が好きじゃないのかな。
女性の方は特に仕事は真面目だったし、そんな簡単に割り切れるものじゃないのよ、きっと。
私はそんなことで自分のキャリア潰したくない。まあ言っても人手不足の業界だし、移動するなりして続けるでしょう。
そんなものか。あんたは?行きたい業界とか決まってるの?
うん、テレビの制作会社に入りたいの。
みんなを元気づけられるような楽しい番組を作りたいの。
いやいやいや、そんなの女の子が続けられる仕事じゃないでしょ。
どうして?だってこの先結婚したり出産したりしたら続けられない仕事でしょ。
そうとは限らないよ。今は働き方改革もいろいろあるみたいだし。
だってお父さんみたいに転勤のある職業の人と結婚することになったらどうするの?
そんな職業の人とは結婚しない。
えっ、じゃあ子供の体が弱かったり、どうしても仕事を続けられないってなったらどうするの?
そんな未来のことわからないよ。
だからお母さんみたいにどこでも働ける仕事が一番なのよ。
看護師なんてどんな地域に行っても絶対仕事はあるし、
実際あんたが中学上がるまでブランクあったけどすぐ復職できたし、
パートとか正職で働いてたり、
お給料も普通のパートよりいい。
あんたせっかく経済学部入ったんだから、なんかこうあるでしょ?
税理士とか司法書士とか社労士とか。
なんでお母さんに人生決められなくちゃいけないの?
私はやりたいことがあってそれにチャレンジしたいだけなの。
だってどうせ結婚したり子供ができたら、女の子は家庭が優先になるんだから。
だったら私、一生結婚しない。
そういうことじゃなくて、
お兄ちゃんには何でも好きなようにさせたのに、
なんで私にはそんなに口出してくるの?
そういうの時代遅れだよ。
ミライはそう言うと、怒って部屋に引きこもってしまった。
夕飯にも出てこず、次の日の朝、仕事に出る前に声をかけたけど、
返事はなかった。
失敗したわ。
それは確かに大失敗でしたね。
南野さんもそう思う?
娘さんからしたら、
お母さんがまるで自分の人生が正解みたいな言い方したら腹立つと思いますよ。
そんなつもりじゃなかったのに。
いいじゃないですか。娘さんまだ若いんだから。
やりたいことをやらせてあげれば。
でもテレビ業界なんて悪い噂しか聞かないじゃない。
表に出るほうじゃないんですよね。
じゃあ大丈夫じゃないですか。
そういう問題なの?
私は羨ましいですけどね。
やりたいことをやりたいって当たり前に思える環境が。
そこはね、親としては最低限って思うんですよ。
うちは本当に貧乏で、そもそも大学に行くなんて選択肢ありませんでしたからね。
そうなの?
とにかく家を出たくて、でもバカだから母親産給も取れなくて、
社宅があって体力があればOKって言われて介護士になりました。
そんな理由で?
資格も働きながら取れるし、私には家族がいなくても、
そんな理由で?
資格も働きながら取れるし、私にはありがたい環境でしたね。
みなみのさん、偉いわね。
全然。私は運が良かったほうです。
地元の友達とかだと、いまだに実家を出られないでお給料全部家に入れてる子とかいるし。
うそー。
だからね、私からすると娘さんの環境ってすごく恵まれていると思うんです。
なんか、ごめんね。
あー、違うんです。
責めているわけじゃなくて、二宮さんの話を聞いているとね、私とかは思うんです。
私もこのまま頑張って働けば、自分の子供には二宮さんの娘さんみたいにしてあげられるのかなって。
うちみたいに?
もちろん、地元の友達とかだと、二宮さんの娘さんみたいな人のことを目の敵にする人もいるんですけど、
私はどちらかというと、長いマラソンの戦闘集団みたいなイメージなんですよ。
このまま走っていけば、いつか追いつけるんじゃないかって。
私自身は追いつけなくても、私の子供は追いつけるんじゃないかって。
南野さん、そんなふうに?
ま、そんなこと言っても彼氏いないんで。子供なんて夢の又夢なんですけど。
まだ若いのに何言ってんのよ。
私もね、ラッキーな方ですよ。マラソンコースに入れているんですもん。
世の中にはマラソンコースに出られないまま、世を恨んでいる人もたくさんいるのに。
なんか、申し訳ない気持ちになってきちゃった。
私もね、仕事があって、自由に暮らせる環境にいることに罪悪感を感じることがあって。
でもね、そんなこと言ってる場合じゃないんですよ。
親としての支援
どういうこと?
自分の人生は誰も責任取ってくれないんですから。
それはそうね。
二宮さんも娘さんを心配する気持ちはわかりますけど、娘さんの人生の責任は取れないんですよ。
たとえ親御さんであっても。
なんか、ありがとうね、南野さん。
その日、未来はバイトがあって、二宮さんと一緒に仕事を始めたんですよ。
未来はバイトがあって、二十二時過ぎに帰ってきた。
ただいまー。
未来、お帰りなさい。
未来はゲッという顔をして、私の横を通り過ぎようとした。
未来、昨日は言いすぎてごめんね。もっと未来の考えを尊重するべきだった。
未来は立ち止まって、ちらりとこちらを見た。
お母さんはね、未来のすべてを私がなんとかしなきゃって思ってたの。
うん。
でもね、今日職場の若い子に、私は未来の人生の責任は取れないって言われた。
そっか。
悲しいけど、確かに私はずっと未来と一緒にはいてあげられない。
ずっといられても困るんだけど。
だから、口を出しすぎたかもって思ったの。
そっか。
だから、やりたいことあるなら、それを頑張ればいい。
うまくいってもいかなくても、お母さんはあんたの味方だから。
悪いことしたらもちろん怒るけど、それ以外のことは全部応援するから。
ありがとう。
ねえ。
お腹すいたんだけど。
未来がそう言うと、廊下にグーッという音が響いた。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。
小島千尋でした。