戸崎かなの訪問
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、さまざまな人がいることをテーマにお送りいたします。
戸崎さーん、戸崎総一郎さーん、いらっしゃいませんか?
戸崎さーん、管理会社の者です。
耳を澄ませてみるが、物音ひとつしない。
どうやらイルスではないようだ。
大きなため息をひとつつき、ポストに封筒を入れた。
この戸崎さんちは、最初は自称婚約者の女性が一緒だった。
恋人だったのは本当だろう。しかし、結婚する気があったかどうかはわからない。
半年前に突然、同居していた女性から、自分だけ退居する、という連絡が来た。
その時点で嫌な予感はした。
これで何とか借りられた部屋だ。一人で払えるわけがない。
あー、お疲れ様です。ババです。えー、戸崎さんダメでした。
留守みたいで、えー、物音ひとつせず。
お知らせを入れてきました。戻ったら朝日菜先生に連絡します。
はい、はい、昼飯食ったら戻ります。お疲れ様です。
やっぱり戸崎さんダメだったか。
そうなんですよ。
連帯保証人はお母さんだっけ?
みたいですね。
了解。じゃあ契約書の図書送っておいて。あとやっとくから。
朝日菜先生も忙しいでしょうにすみませんね。
いいのいいの。これが仕事だからさ。
朝日菜先生との電話を切ると、早速契約書を探す。
連帯保証人の欄に戸崎かなと書いてある。
この人は息子の体能を知って、どんな気持ちになるのだろうか。
はい、ナルサコーポレーション。ババが受けたまわります。
お忙しいところ申し訳ありません。私、戸崎かなと申しまして。
あの、戸崎総一郎の母でございます。
ああ、戸崎さんの。
この度は息子が大変ご迷惑をおかけいたしまして。
いえいえ、ご連絡ありがとうございます。
それで、体能分の家賃のお支払いにそちらに伺いたいのですが。
え、戸崎さん確かお住まい福岡ですよね。
お支払いただけるなら振込で大丈夫ですよ。
でも、一度息子に会わないと、今回体能した分お支払いしても、また体能したら意味がありませんでしょう。
まあ、確かに。
お詫びもしたいですし、一度お伺いさせていただければと。
今まで家賃を体能したような人の家族は、まあ何というか、似た者同士というか、話が通じない人も多かったため、あまりに丁寧な対応に少し戸惑ってしまった。
親と息子の対話
じゃあ、体能分の返済は完祭ということで。
ご迷惑おかけいたしました。
次の週、戸崎さんのお母様は本当に東京に現れた。
一度うちの事務所に来てもらった後、今は朝日菜先生の事務所に来ている。
まあ何というか、お母様も大変ですね。
私の教育不足です。本当に申し訳ありません。
いえいえ、もうとっくの昔に立派な大人ですからね。お母様のせいではありません。
ねえ、ババくん。
俺は急に朝日菜先生に話を振られたじろいだ。
そ、そうですよ、と言いながら、我々はお母様にお支払いいただいているんですけどね。
あの、朝日菜先生、お願いがあるんです。
戸崎さんのお母様は意を決したように切り出した。
息子を訴えたいんです。
息子さんを?訴える?
正直、私ももう息子に払ってあげられるお金はありません。
死んだ夫は付き合いや浮気ばかりで、家にろくにお金を入れてくれなかったので、貯金ももうあまりありませんし、これ以上息子に渡せるお金はありません。
だから損害賠償請求したいんです。
息子さんに損害賠償請求ですか?正直それは難しいかと。
できないんですか?
できないんですか?
旧証券の行使と言って、今回お母様が代わりにお支払いされた金額を息子さんに請求することはできます。
それでいいです。それでお願いします。
でも、息子さんは支払い能力がないので、弁護料がかかるだけで、おそらく一円も返ってきませんよ。
いいんです。私はただ息子に、もう支援はしないって宣言したいだけなので。
口で宣言すればよろしいのでは?
そんなことで伝わるような息子ではありません。
それに、私も自分がそこまでしないと、息子に泣き疲れたときまた助けてしまいそうなので。
よく見ると、戸崎さんのお母様の手は震えていた。
夫にも恵まれず、息子にも報われず、この人は今、たった一人で自分の家族の責任と戦おうとしている。
わかりました。私がお母様の弁護をするのはちょっと具合が悪いので、腕のいい他の弁護士を紹介します。
ありがとうございます。
あと、あの、はい?
私の名前は戸崎かなです。
朝日菜先生は一回俺の顔を見た後、はっとした表情をした。
失礼いたしました、戸崎さん。
ありがとうございます。
家に着いたのは11時を過ぎた頃だった。
今日も大変だったね。
戸崎や戸崎は?
もう寝たよ。
そっか、今日も会えなかったな。
綾野は冷蔵庫から缶ビールを取り出すとテーブルに置いた。
お父さん帰ってくるまで起きてるって言ってたんだけど、何時になるかわからないから寝ろって言って寝かせちゃった。
そっか、悪いな。
戸崎家がさ、数学のテストで98点取ったからお父さんに自慢したかったんだって。
すごいじゃないか。
一体誰に似たんだか。
綾野だろ、どう考えても。
何言ってんの?私別に数学なんて得意じゃないんだけど。
コツコツ努力するところが似たんだろ。
そんなこと言ったらあなたもそうでしょ。
よくも、まあ毎日毎日こんな時間まで働けること。
悪いな。
帰ってきてくれるだけマシよ。
期待値低くないか?
気がついた?
家賃滞納していた人がいてさ、
今日その人の保証人になっていたお母さんがさ、代わりに支払いに来てくれたんだよ。
へえ。
亡くなった旦那さんはほとんど家に寄りつかなくて、
息子さんも家賃滞納するようなチャランポランになっちゃって。
でも本人はわざわざ福岡から謝罪に来るような人でさ、
立派な人じゃん。
そう、お母さんは立派でも息子はダメになるんだなーって。
そりゃそうでしょ。お父さんがダメダメなんだもん。
お父さんみたいにダメダメな人間になっても、
お母さんみたいな人が何とかしてくれるって学んじゃったってことでしょ。
そっか。
俺もさ、家に全然いないけど、
としあとまさきに何か影響を与えちゃってるのかな?
本人たちに聞いてみたら?
そんな正直に答えてくれるか?
だからこそ、意味がある気がするけど、
俺はビールをぐびりと飲んだ後、
息子たちと最後にちゃんと話したのはいつだったかと思った。
いかがでしたでしょうか。
感想はぜひ、
それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。
小島千尋でした。