1. 小島ちひりのプリズム劇場
  2. #040 好きじゃなくてもできる人
2025-04-05 09:08

#040 好きじゃなくてもできる人

みんながやりたいことばかりやったら大変なことになります。

脚本・出演:小島ちひり
収録・編集:三木大樹(有限会社ブリーズ)

noteに本文を掲載中。
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◇小島ちひり
7歳より詩を書き始める。
大学・大学院で現代詩を中心に近現代文学を学ぶ。
2013年 戯曲を書き始める。
2016年 つきかげ座を旗揚げ。3公演全ての作・演出を手がける。
2023年 プリズム劇場を配信開始。
日常の中の感情の動きを繊細に表現することを得意とする。
現在は表現の幅を広げるべく社会に潜伏中。

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#ラジオドラマ #朗読 #物語 #シナリオ #脚本 #小説 #モノエフ朗読
#牛丼屋 #パート #やりたいこと
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サマリー

このエピソードでは、仕事に対する姿勢や「好きではない仕事」についての考えが深まっています。特に、主人公たちの会話を通じて、やりたいことを持つことやそれを持たないことの葛藤が描かれています。

仕事の悩み
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、さまざまな人がいることをテーマにお送りいたします。
あれ?
エラー音に振り返ると、男性が食券機の前で困っていた。
どうなってるんだ?
どうなさいました?お客様。
お客様。
放っておくわけにもいかないので、声をかける。
会計ができなくて。
クレジットカードですか?
はい。
何か、時期が強いものに近づけたりとかしましたか?
いや、いつも通り財布に入れてただけですけど。
じゃあ、失礼ですけど、支払い忘れとか。
私がそう言うと、客はハッとした顔をした。
お客様?す、すいません。出直します。
客は逃げていくように店を出ていった。
私もうっかりクレジットカードの引き落としの前に入金を忘れて、引き落とされなかったことがある。
しかし、カードを止められたことはさすがにない。
あの人、何ヶ月分滞納しているのだろうか。
佐藤さん、もう就業時間ですよ。
時計を見ると、もう16時だった。
本当だ。ありがとうございます。
お疲れ様でした。
事務所の端っこのカーテンの中で、制服から着替える。
この牛丼屋でのパートも、気がつけば10年が経った。
最初は家から近くて、シフトに融通が利くということだったので始めたものだった。
店長もかれこれ5、6人は後退したと思うが、どの人も程よくゆるくて働きやすかった。
今の店長など、まだ30代前半だという。
こんなベテランのおばさんの扱い方なんて困るだろうに、親切にしてくれてありがたかった。
スマホが鳴ったので見てみると、藤川さんからのメッセージだった。
久しぶり。今度お茶食いに来てください。
藤川さんはいわゆるママ友で、息子同士が保育園の同級生だった。
私と違い、学歴も高く、バリバリ働いているタイプだ。
全然違うタイプなのに、なぜか私たちは息子たちが大学生になった今でも時々会っていた。
ぜひぜひ、いつか会いに来てください。
私たちは息子たちが大学生になった今でも時々会っていた。
ぜひぜひ、いつか会いに来てください。
次の木曜日、久しぶりにお茶することになった。
高子ちゃん、こっちこっち。
待ち合わせしたカフェに入ると、藤川さんはもう席についていた。
先に頼んじゃった。高子ちゃん、何にする?
藤川さんはいつだってマイペースだ。絶対に自分のペースを乱さない。
そういうところに憧れている気持ちもあった。
高子ちゃん、最近どう?息子たちも大学生だし、だいぶ楽になったんじゃない?
うちの子は藤川さん家と違ってボンクラだもの。
今でも毎日叩き起こさないと大学もまともに行かないんだから。
子供は手がかかるのが可愛いんじゃない。どうせあと数年で出て行っちゃう可能性が高いわけだし、今だけよ。
確かにね、ちゃんと就職して出て行ってくれればいいんだけど。
私ね、独立することにしたの。
独立?
話の急な展開に、私は一瞬ポカンとした。
そう、私ずっとウェブデザインの仕事してきたじゃない。
息子も手が離れたし、そろそろいいかなと思って会社辞めたの。
やりたいことの不在
え、大丈夫なの?
大丈夫、大丈夫。あとは自分たちの老後のお金をちょちょっと稼げばいいだけだし。
うちはさ、旦那も私もずっと会社員だったでしょ。だからこれからはやりたい分だけ、やりたい仕事だけやろうと思って。
へえ、すごいね。
私は派遣社員として一般事務しかしたことがないし、結婚してからはパートタイムしかしたことがなかったので、あまりピンときていなかった。
人生もとっくに後半戦でしょ。あとはやりたいことだけやろうと思って。
たかこちゃんはさ、何かやりたいこととかないの?
やりたいこと?
あ、そうだ、ずっと給丼屋さんで働いてるんだしさ、オシャルな定食屋さんとかどう?
小さいお店借りてさ、客席も少なめで。
そんなお金ないよ。それに、給丼屋なんて決められたことやってるだけで、自分でお店をやるような知識もないしさ。
そうなの?じゃあ、なんでずっと給丼屋さんで働いてたの?
なんで?って言われても、家から近かったし、シフトとか都合がよかったから。
てっきり、給丼が好きなのかと思ってた。
そんなわけないでしょ。誰もが富士川に住んでるから。
そんなわけないでしょ。誰もが富士川さんみたいに好きで働いてるわけじゃないんだから。
好きじゃないのに、なんでやるの?
え?好きじゃないんだったら、やる意味ないじゃない。
私はびっくりして何も言い返せなかった。
仕事なんて、お金を稼ぐ手段でしかないと思っていた。
好きだからやる仕事なんて、ごく一部の特権階級の人にしか許されないお遊戯みたいなものだと思っていた。
そうか。富士川さんは特権階級の人か。
はぁー。どうしたの、たかこ。そんなため息ついちゃって。
家で盛大にため息をついたら、夫に心配されてしまった。
富士川さんと喋ってたら疲れちゃった。
富士川さんか。まあそうだろう。エネルギーの塊みたいな人だし。
好きじゃない仕事をなんでやってるの?って言われちゃった。
好きじゃない?牛丼屋が?
そうよ。好きじゃないよ。俺はでっきり好きなのかと思ってた。
あなたまで。実際もう何年も続いているじゃないか。
別に牛丼が好きだとかそういうことじゃなくてさ、
お店の雰囲気とか、業務内容とか、お客さんとのやりとりとか、そういうのが好きなのかと思ってた。
勝手なことばっかり言って。
まあバリバリ正社員やってきた富士川さんからしたら、パートタイムの仕事なんて理解できないだろうさ。
富士川さん、独立するんですって。
へえ、すごいな。
子供の手が離れるから、やりたいことだけやるんですって。
なるほどね。高子はやりたいことないの?
ない。
ない?本当に?
毎日家族のことばかり考えてきたから。
自分のやりたいことなんてない。
いいんだよ別に。やりたいことがあったらやっても。
クルーズ船で世界一周とか、お金がかかりすぎることは困るけど。
ない。何にもない。
そっか。私は涙がポロポロこぼれてきた。
私の人生空っぽ。やりたいことなんて何にもない。
ただ毎日のご飯何にするかだけの人生。
夫は、ポロポロ涙をこぼす私の背中を、ただ静かにさすっていた。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。
小島千尋でした。
09:08

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