人間関係の難しさ
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、さまざまな人がいることをテーマにお送りいたします。
覚えてろよ!
すごい、アニメの悪党みたいだ。
結局あのおじさんは何がしたかったんだろう。
りょうこさんがスナックで働いていたことをしつこく言っていたけど、だからなんだっていうのだろう。
スナックで働いていた女性は、見下してもいいと思っているということだろうか。
それでさ、急におじさんがお店の中で大声出し始めてさ、店長のことを指差して、
こいつはスナックで働いてたんだ。汚い金で店を開いた恥ずかしい女なんだっていうわけよ。
私どうしても意味がわかんなくってさ、スナックで稼いだお金が汚いお金ってことは、
あなたがスナックで払ったお金が汚いってことですか?って聞いたの。
だってそうでしょ?その人はお客さんとしてスナックに行っているんだもん。
遠回しに自分が汚いって言ってるようなもんだよね。
ちょっと待って、それでどうなったの?
そのおじさんにしつこく、そのお金はいつから汚れるの?って聞いたら、
たじたじになっちゃって、最終的にお客さんが警察に通報しているのを聞いて、
覚えてろよって言って逃げちゃった。
コミュニケーションの重要性
あんたまさか、それをブユーデンみたいに思ってるんじゃないでしょうね。
母に指摘されて気がつく。確かに私はちょっとヒーロー気取りだったかもしれない。
そんなんじゃないよ。
最近、男の人が女の人を刺しちゃう事件が多いんだから、
あんたも気をつけなさいよ。
大丈夫だよ。ちょっと言い換えされたぐらいで逃げちゃうような人だよ。
だから怖いんじゃない。後日包丁を持って現れるかもよ。
え?
しかもその人、バイト先の店長のことが好きっぽいんでしょ。
小意地を邪魔されたって逆恨みされるかもよ。
うそー。
とにかく危なそうな人には近づかない。反論しない。
あんたは昔から本当に空気が読めないんだから。
え?私空気読めないの?読めないでしょ。
そんなことないよ。友達多いし。
それはみんなが目をつぶってくれているからでしょ。
目をつぶってくれてるってどういうこと?
とにかく思ったことをすぐ口に出さない。
特に男の人には気をつけること。いいわね。
私は全く納得がいっていなかった。
ねえ、私って空気読めないの?
今気づいたの?
休み時間の教室、うららが見ていたスマホから顔を上げた。
うっそー。今まで読めてるって思ってたの?
読めてるよ。私別に困ったことないもん。
うん。本人は気づいてないから困ってないだけだよ。
うっそー。
その時、よしえが嬉しそうにやってきた。
ねえねえ、アンバータイドのライブのチケット当たったの。
え?すごい。
うららが驚く。
よしえ、アンバータイド好きだったの?
大好き。私も好き。ギターのリフも本当に素敵だしさ。
歌詞の比喩もロマンチックだよね。
そうそう。
私は特にグラスホリゾンが好きだな。
落ち込んでる時とかに聞くと、
ああ、辛い思いしてるのは私だけじゃないんだな。
頑張ろうって思えるの。本当にいいよね。
うん。うん。
活動を休止した時はびっくりしたし、
このままもう一生新曲聴けないかもって落ち込んだけど、
再結成って発表された時は本当に嬉しかったな。
またあの世界観に会えるんだーって。
最近はフェスとかも出てるみたいだし、
ショート動画でもよく使われてるよね。
ああ、私、レポート書かなきゃいけないんだった。
ごめん、もう行くねー。
うん。
よしえはそう言うと、行ってしまった。
いいなー、ライブ。
あんたさ、今、空気読めてたつもりなの?
え?完璧だったでしょ?
むしろよしえはライブ行くくらいなのに、
全然アンバートイドのこと詳しくないんだね。
そうじゃないでしょ。
どうしたの?
え?
え?
え?
え?
どういうこと?
あんたがうるさいから、もういいやってなっちゃったんだよ。
うそー!
よしえは私たちに話を聞いてほしかったのに、
あんたが一方的に喋っちゃうから、
適当なこと言って言っちゃったんだよ。
え?じゃあレポートは嘘ってこと?
まあ、レポートは本当かもしれないけど。
どういうこと?分かんない!
レポートは本当は今すぐやる必要はないんだけど、
せっかく喋りたくて来たのに、
あやかがギャーギャーうるさいから、
レポート言い訳にしてもう行こうって思われたかもしれないってこと。
よしえは本当にレポートを書きに行ったってことだよね?
知らないよ。私の想像だもん。
待って待って!今何の話してるの?
あやかが空気が読めないって話。
よしえがレポートを書きに行った話じゃなくて?
違う。今、私はよしえの気持ちを想像してるの。
よしえの気持ち?
思いやりの気持ち
あやか、普段誰かの気持ちを考えたりしないでしょう。
誰かの気持ち?
今、目の前にいる人の気持ち。
例えば、今、私がどんな気持ちか分かる?
分かんない。
そうだろうね。
え?うららは分かるの?私の気持ち。
分からないけど考えるよ。
今、あやかは訳の分からないことを言われててんぱってるんだろうなーみたいな。
そんなことを考えてどうするの?何の意味があるの?
優しくできる。
優しく?
今、この人はどうして欲しいのかな?
話を聞いて欲しいのかな?
それとも話を聞きたいのかな?
嬉しい気持ちなのかな?
悲しい気持ちなのかな?
そうやって、一緒にいる人のことを考えていると優しくできる。
どうして優しくしなくちゃいけないの?
優しくしなくちゃいけないわけじゃない。
ただ、私がそうしたいだけ。
何のために?
自分がそういう人間でありたいと願っているから。
よく分かんない!
私はね、別の人間になりたい。
分かんない!
私はね、別に空気なんて読めなくてもいいと思う。
コミュニケーションってどれだけお互いに前提を理解しているのかが案外大事で、
この前提がなければ、普段空気読めている人でも急に読めなくなることはいくらでもある。
そうなの?
それに、みんなが空気を読めると一番助かるのは立場が強い方、権力を持っている方なのよ。
権力?
自分で選択して気持ちよくしてくれたら嬉しいでしょ?
うん、それそうでしょ。
他人に対して空気が読めないって怒る人って、
大抵前提をちゃんと共有していない人か、権力を持っている側の人間なのよ。
どうして自分を気持ちよくしてくれないんだって怒ってるだけ。
自分勝手なだけじゃん!
だから、私は結構、綾香みたいな人が場をかき乱しているところを見るのが好きだったりする。
ん?どういうこと?
まあ、いろいろ言ったけど、私は案外あんたのことが好きってこと。
よくわかんないけど、私もうらら好き。
ふふ、それでよし。
うららは春の風のようにふわりと笑った。
私は結局空気が読めないままだから、この風がどこへ向かっているのかさっぱりわからなかった。
空気が読めたらよかったのに。
そうしたら、本当の意味で、うららを喜ばせてあげられたかもしれない。
いかがでしたでしょうか?
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。
小島千尋でした。