みほこの離婚祝い
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、さまざまな人がいることをテーマにお送りいたします。
みほこ、離婚おめでとう!
みほことシャンパンのグラスを軽くぶつける。
みほこは嬉しそうにニコニコしている。
まさこ、ありがとう。ようやく自由だよ。
いやぁ、まさか10ヶ月で離婚するとは。ご主義返してよ。
もちろんもちろん、今日は私のおごり。
みほこのお祝いなのに、なんか悪いね。
離婚なんて何もめでたくないからね。気分は爽快だけど。
やっぱそういうもんなんだ。
まあね、子供もいないし、夫婦別財布だったから。届けを出して、はい、さようなら。
学生の頃からずっと付き合っていたのに、あっけないもんだね。
まあね、でもダセーでずっと一緒にいてさ、結婚したのもお互い親がうるさかったからって感じで、2人とも乗り気じゃなかったから。
そうだったの?
そうだよ。長男と長女だからさ、親が張り切っちゃって。
恋人と夫婦は違った?
そうね、思ったより違ったかも。
どんなふうに?
冷蔵庫を開けたとき、並んだ食材を見て、一生これが続くのかって思ったの。
それで、ダメだ、別れようって思った。
冷蔵庫の中を睨みながら、今日の夕飯を考える。
キャベツ、人参、ピーマン、エリンギ、ぶなしめじ、ミニトマト。
何でもできるようでいて、これといったものが思い浮かばない。
キャベツはひと玉100円に穂出されて丸々ひと玉買ってしまったが、2人暮らしだとなかなか減らない。
適当に炒めるか。
冷蔵庫から野菜を取り出し、冷凍庫から肉を取り出した。
キャベツを千切りながら、美穂子の言ったことがよみがえってくる。
一生これが続くのかって思ったの。
料理は案外嫌いではないが、かといって特別好きというわけではない。
同棲しようってなったとき、しんちゃんは何かを牽制するように、
俺、帰りが遅いからご飯は作れないよ、と言った。
もちろんそれは嘘ではない。
しんちゃんはそもそも現場仕事だから、提示なんてあるようでない。
私がやったほうが効率的だ。
実際休みの日は作ってくれることもある。
しかし、確かにこれが一生続くのかと思うと、果てしない重みのようなものを感じる。
これは立場の重みだろうか、それとも時間の重みだろうか。
料理を通じての思考
うっひょー、うまそう!
しんちゃんはコートを脱ぎながら嬉しそうに言った。
そして、大急ぎで洗面所から帰ってくると、待ちきれないとばかりに席についた。
いっただっきまーす!
しんちゃんは肉野菜炒めを口に入れて、
しばらくもぐもぐと咀嚼すると、突然立ち上がった。
どうしたの?
私が聞くと、コショウを持って戻ってきた。
そして、おもむろに肉野菜炒めにコショウをかける。
味、足りなかった?
全然おいしいけど、こうするともっとおいしいよ。
しんちゃんはもう一度コートを脱ぎながら席に立ち上がった。
こうするともっとおいしいよ。
しんちゃんはもう一度席につき、改めて肉野菜炒めを一口食べる。
すると、にっこり笑って、
うん、うまい!と言った。
つまり、私の作ったものは、おいしくなかったということだ。
今思えば、母は別段料理がうまいというわけではなかった。
いつもだいたい同じような料理が並んでいたが、
たまにテレビに触発されてオリジナル料理を作った。
これが何とも言えず、まずかった。
味がしないのはまだいいほうで、
やたら酸っぱかったり、味が混ざって何の味なのかがわからないものが出てきたりした。
しかし、作ってもらっている手前、まずいとも言えず、
おいしい?と聞かれれば、おいしい!というしかなかった。
その結果、そのオリジナル料理は母が飽きるまで一週間続いたりした。
だから、おいしくないものをおいしいというわけにはいかないというのもわかる。
しかし、それにしても家庭の食卓を預かる人間の責任が重すぎるのではないだろうか。
私たちは誰も、望んでそのポジションについたわけではない。
大抵の場合は、不本意ながらいた仕方なくだ。
誰かがやらなくてはならない。
我々は毎日外食をできるような富翁ではない。
そして、私たちは誰も料理を学んだわけではない。
まるで新入社員がわけのわからないまま、営業の現場に送り出されるような、
それくらいの無茶苦茶で、私たちの料理生活をしている。
それくらいの無茶苦茶で、私たちの料理生活を始まっている。
私の料理で何が好き?
料理に対する自己高濃感をズタズタにされたため、少しでも取り戻そうと聞いてみた。
えー、なんだろう、何でもおいしいよ。
それは、何も記憶に残っていないってこと?
そんなことはないよ。
じゃあ、記憶に残っている料理、言ってみて。
えー、なんだろう、えーっと、なぜ私は食卓を預からなくてはならないのだろう。
今日、ご飯何にしよう?
会社の休憩スペースで、永野さんがお弁当を広げながら言った。
永野さんも毎日大変ですね。お子さん3人でしたっけ?
そう、しかも全員男の子。肉しか食べない。何なのあいつら。
ご飯作るの嫌になりません?
まあ、なることもなくはないけど、あんまりないかな。
料理お好きなんですか?
料理が好きっていうか、嬉しいじゃん。
嬉しい?
家族においしくて体にいいもの食べさせてあげられたら、嬉しいじゃん。
永野さんはにかっと笑った。
その時、スマホに通知が出た。
しんちゃんからだった。
本日の現場、ばらしなり。夕飯は俺が作るなり。
どこかのロボットみたいなメッセージだった。
おかえり。
家に帰ると、チャーハンとエビチリができていた。
何これ。すごいっしょ。
栄養バランスは悪そうだけど。
うまけりゃいいでしょ。今日はご馳走だよ。さあ、座って座って。
しんちゃんはご機嫌に鼻歌を歌いながら、チャーハンをよそっている。
どうしてそんなに嬉しそうなの?
だって、家に帰ってご飯があったら嬉しいでしょ。
今日作ったのはしんちゃんでしょ。
そう。だから、まそこが帰ってくる前に、ご飯作ってあげられたことが嬉しいの。
私にご飯を?
あれ?嬉しくなかった?
ううん。嬉しい。
でしょでしょ。じゃあ一緒に。いただきます。
しんちゃんは私が食べるのを、今か今かと待っている。
うん。おいしい。
でしょでしょ。
しんちゃんは嬉しそうに言った。
明日は私も何かおいしいものを作ってあげたいと思った。
いかがでしたでしょうか?
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。
小島千尋でした。