1. 小島ちひりのプリズム劇場
  2. #042 いつか忘れられる人
2025-05-03 10:43

#042 いつか忘れられる人

あなたが私を忘れる時、それはきっと、あなたが自分で歩けるようになった時。

脚本・出演:小島ちひり
収録・編集:三木大樹(有限会社ブリーズ)

noteに本文を掲載中。
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◇小島ちひり
7歳より詩を書き始める。
大学・大学院で現代詩を中心に近現代文学を学ぶ。
2013年 戯曲を書き始める。
2016年 つきかげ座を旗揚げ。3公演全ての作・演出を手がける。
2023年 プリズム劇場を配信開始。
日常の中の感情の動きを繊細に表現することを得意とする。
現在は表現の幅を広げるべく社会に潜伏中。

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#ラジオドラマ #朗読 #物語 #シナリオ #脚本 #小説 #モノエフ朗読 #教師 #小学生
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サマリー

このエピソードでは、教育者としての苦悩と成長が描かれ、児童虐待の可能性とその対応について深く考察されます。主人公は生徒のユアさんに対する責任を感じながら、彼女の未来を守るための選択をしています。

教育現場での気づき
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、様々な人がいることをテーマにお送りいたします。
春休みの始まった小学校は、静かだった。
校庭の桜の木はちらほらと咲き始め、来週には見ごろを迎えるかもしれない。
私は教室の明け渡しの準備のため、1年間使った4年1組へ向かった。
先生、おはようございます。
教室へ行くと、えびさわゆあさんが席に座っていた。
ゆあさん、今日はもう春休みよ。
私がそう言うと、ゆあさんは、
わかっています。でも、お母さんが学校へ行けって言うから。
どういうこと?
私はゆあさんから事情を聞いた。
バスの中で本を読んでいたこと。
その本は、弟の病気を治すため、竜の鱗を探しに行く女の子の話であること。
バスの中でよく見かけるどこかの保育園の教頭先生が、大きな花束を持っていたこと。
毎晩夜の8時に、ドアをガチャガチャする男がいること。
お母さんは、毎日早くても夜の9時まで帰ってこないこと。
昨日、お母さんは帰ってこなくて、ご飯を食べていなくて、お腹が空いていること。
全部、正直に話してくれた。
どうして、どうして2年間も担任をしていたのに、今日まで気づかなかったのだろう。
ユアさん、お母さんのこと好き?
ユアさんはゆっくりうなずいた。
そっか、もしかしたら先生はお母さんにとってひどいことをするかもしれない。
それでもどうか許して。
私はお母さんにとってひどいことをするかもしれない。
でも、ユアさんのことは守る。絶対守る。
あの、北峰先生。
私がユアさんの手を引いて職員室へ行くと、出勤していた先生方は不思議そうな顔で私たちを見た。
私は学年主任の北峰先生に声をかけた。
虐待の疑いと葛藤
どうしました?朝倉先生、それに恵比沢さん。
ちょっとお話があるのですが、よろしいでしょうか。
話ですか?
恵比沢さん、あっちで先生と本を読んでいましょうか。
恵比沢さん、本好きだったわよね。
空気を読んだ瀬川先生が、ユアさんに向かって会議室の方を指差した。
ユアさんは静かにうなずくと、瀬川先生と一緒に会議室へ向かった。
それぐらいじゃ虐待の疑いなんてかけられないよ。
恵比沢さんちった片親だろ。仕事がんばってたらそれぐらい起きるよ。
でも近隣に危険人物がいる可能性がありますし、
半日以上食事を与えないなんて虐待の疑いありと言って過言ではありません。
別に汚れた服を着ているわけでもないし、体に傷があるわけでもないんだろ。
下手なことしてクレームとかなったらどうするの。
先生は児童を守ろうという気持ちがないんですか。
児童より学校の方が大切に決まってるだろ。
北見根先生がそう叫んだとき、応接室の扉が開いた。
失礼。聞き捨てならない言葉が聞こえたもので。
た、武田教頭。
私があっけに取られていると、武田教頭は北見根先生に詰め寄った。
北見根先生、先ほど何ておっしゃいました。
た、武田教頭、何のことでしょうか。
私が扉を開ける前、大きな声で何ておっしゃいましたか。
が、学校は大切だと言いました。
正確ではありませんね。
そんなことはありません。
あなた、児童より学校の方が大切に決まってるとおっしゃいましたね。
そ、そうでしたかな。
馬鹿にしないでいただきたい。
創設以来我が校は、教育者の名誉のための教育なんて行っておりません。
考えを改めていただきたい。
申し訳ありません。
朝倉先生。
はい。
武田教頭の勢いに押されていた私は、急に呼ばれて驚いてしまった。
事情はざっくりと瀬川先生から聞きました。
詳しくお聞かせいただけますか。
はい。
私は武田教頭に岩さんから聞いたことを話した。
そうですか。
恵比沢さんはずいぶん怖い思いをしたでしょうね。
今日は一旦お帰りいただいて、お母様に連絡を取りましょう。
それからしかるべ機体を押します。
返すんですか。
そういう決まりですから。
そうだ、北美音先生。
は、は、はい。
部屋の中ですっかり空気になっていた北美音先生が急に話しかけられ、存在感を取り戻した。
夜の8時にやってくる不審者、ちょっと見てきていただいていいですか。
お、俺がですか。
先ほど、学校が大切とおっしゃっていたじゃないですか。
不審者が恵比沢さんを追って学校までやってこないとも言えません。
学校を守るチャンスですよ。
う、うーん。
まあ、退勤時間後になりますからね。
ユアの未来と祈り
強制はできませんけど。
行きます。
行きますよ。
いいんですか。
私は驚いて、つい聞いてしまった。
俺にだって、教師であることの教示ってもんがありますから。
私は経験が足りないということで、次の学年では担任をすることができなかった。
岩さんのお母さんの対応は、ベテランの瀬川先生と武田教頭で行ったらしい。
結果、岩さんはこの学校を去り、児童養護施設へ行くことになった。
朝倉先生、お手紙が届いていますよ。
夏休みが始まってしばらく経った頃、武田教頭から手紙を差し出された。
表書きは大人の字で、「朝倉青葉先生」と書かれていた。
裏書きは、「朝倉青葉先生」と書かれていた。
裏面を見ると、子供の字で、「エビサワユア」と書かれていた。
朝倉先生、お元気ですか?
私はとっても元気です。
毎日たくさんのお友達と暮らしています。
ここに来て、すごく驚いたことがありました。
バスにいたどこかの保育園の教頭先生がいたのです。
アラヤ先生というお名前でした。
私が図書館に行きたいときは、アラヤ先生が一緒に行ってくれます。
今は、前にお話しした5本の続きを読んでいます。
竜の鱗を探している女の子は、レジスタンスの男の子と出会って、戦闘に巻き込まれそうになっています。
そんなことをしている場合じゃないのに、大変です。
自分のことよりも、読んだ本のことばかり書かれているのが、ユアさんらしいと思った。
封筒の中には、ユアさんのとは違う便箋が入っていた。
それは、大人の字で書かれた手紙だった。
養護施設でボランティアをしていたのです。
突然のお手紙、失礼いたします。
ユアちゃんが、ぜひ朝倉先生にお手紙を書きたいと言いますので、一緒に書きました。
ユアちゃんは元気に過ごしておりますので、ご安心ください。
ユアちゃんはいつかあなたのことを忘れてしまうかもしれませんが、教育者とはそういうものです。
子供の未来を守るとは、そういうことです。
あなたは立派な先生です。
私はどこかで不安だった。私のしたことは正しかったのかと。
でも、忘れられてしまうくらいでいいのかもしれない。
彼女の人生には今後、たくさんの悲惨なことがあるかもしれない。
でも、忘れられてしまうくらいでいいのかもしれない。
彼女の人生には今後、きっともっと素晴らしいことがたくさん待っているのだから。
どうか彼女が大人になるまで、周りの大人たちが彼女を守ってくれますように。
私はただ、祈るしかできなかった。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。
小島千尋でした。
10:43

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