1. 超実践的ヒモ理論〜宇宙叡智からの創造〜
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2025-03-18 41:39

#10 「私はここにいるよ?」青山テルマとヒモの関係性

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▼今回のテーマ:

紐向き / 環境の影響 / 流れに乗る / 紐アファメーション / 神社参り / 当たり前の感覚 / 自己紹介の難しさ / 防御の必要性 / 青山テルマ / ここにいるよ


▼前編エピソード

https://open.spotify.com/episode/7pQyu4ALcyh22wLvkyEbYJ?si=qwpnrXSVTg2WXNdmkFTagg


▼概要

カガヤキマンはミュウミュウの「流れを待つ」生き方に共感し、自身の経験を重ねます。かつて「紐アファメーション」を唱えていた時期から、今は「当たり前すぎて言う必要もない」状態へと進化した体験を語ります。日常の中で自然に紐を体現し、神社での祈りや日々の習慣を通して紐という存在を感じていると明かします。ミュウミュウは自分が「紐向き」かもしれないと気づき、環境の影響を受けやすい特性が紐の流れに乗りやすさにつながっていると推測するが....?


▼番組概要:

宇宙と人類をこよなく愛する「コズミック対話」のクリエイター2人がお届けする、人類の意識を拡張するチャンネル。「なぜクリエイターに宇宙的視点が必要なのか」「意識の本質」など、従来のビジネス書や自己啓発本では知覚できない宇宙的叡智と創造の真理を、起業家、クリエイター、アーティストのリアルな深層体験を通じて紐解いていきます。気づけば細胞レベルで意識がアップデートされちゃう、新感覚・宇宙的クリエイションプログラム!毎週火曜夜配信。


▼番組ハッシュタグ:#超実践的ヒモ理論


▼体験談、質問、MCへのメッセージはこちらまで

⁠https://forms.gle/AzkJAE8XhUiFw1Jx6⁠


▼パーソナリティ

須藤美幸(ソーシャルシャーマン/宇宙人):次元を超えた対話を通じて、見えない世界の真理を遊び心たっぷりに解き明かすナビゲーター。時に笑い、時に深く静まりながら、リスナーの意識を新たな領域へ誘う。実態はただのヒモ。

⁠⁠https://chikyuyuei-from.space/⁠⁠


河畠輝(空クリエイター/宇宙人):抽象と具体の行き来でメタ認知を促す思想家芸人カガヤキマン。経営、スタートアップ、エンジェル投資の経験と深い瞑想実践から得た洞察を活かし、論理と直感の調和を体現する。実態はただのヒモ。

⁠⁠https://x.com/kagayakimann⁠

サマリー

このエピソードでは、青山テルマの存在感や彼女の人生におけるヒモとの関係性が探求されます。特に、自己認識やエネルギーの流れ、また観察力の重要性が強調されています。青山テルマとの対話を通じて、自然体でいることの大切さやヒモ的な生き方の魅力が考察されています。彼女の存在が人々に与える影響や、現在の社会的な変化における生き方の選択肢についても触れられています。また、彼女の音楽的キャリアに関する考察が行われ、存在感や成長について語られています。さらに、ひも理論やシンクロニシティについても触れられ、個人の内的世界を探求するテーマが深まっています。

自己認識と流れの感覚
このエピソードは、前回からの続きです。
思ったこと、今一瞬で全部忘れたんだけど。
いや、いいですね。いいですね。
すごい、一瞬で全部忘れた、今。
いいですね。
すごいその感覚が、分かるなっていうのと、
何もしないに留まりながら、大きな流れを待ちながら、
そのタイミングが来たら、ちゃんと流されるような状態に自分はあるみたいな感じ?
その流れの感覚に留まるのがね、やっぱ難しいよね。
難しい。
ヒモの質がないと。
そうそう、難しい。
そのパラダイムをね、行き始めると、全然違う質感で物事が進んでいくんだけど、
一回その質感をつかんで、波に乗るところまで経験しないと、
これでいいのかな?みたいな感じになるよね。
その感覚をね、その感覚を一度、体感含めて知覚したら、
やっぱそれはその人にとって強烈にあるっていう当たり前の感覚になるから、
信じられるけれども、それを経験していないと、
人から聞いた話だけだったら、やっぱ絵に描いた餅みたいな感じで、
どうやらそういうのがあるらしいけれども、
なんか知識としては知っているけれども、
自分の実体験として、
それこそエネルギーを伴って語ることはできない。
確かに。なるほどな。
みみはそれを体験待ちなんだな、なんか。
待ちだな。
で、待ちだな。
そう、これ、ちょっと待ってみようかな。
今の状態って長く続くわけじゃないもんなって、
ヒモアファの変化
で、ちょっと後押しになっている感覚が別にもありまして、
なんかね、なんだっけな、いくつかあるんだけど、
みんなに見つかったらどうしようとか思ってる自分とか、
あとはスポットライト当てられたくないとか、
なんか時折思っている自分がいて、
これ前からたぶんいるんだけど、
でもそれって見方を変えると、
いつか私はみんなから注目をされて、
スポットライトを浴びる人間ですって言っていることだとも思うんですよ。
ってことは、自分がどうこうしなくても、
なんか抗えない流れで、いつかそれがやってくるっていうことも、
今は分かっていて、それが何かは分からないけれど、
なんかそういうのがどうやらあるから、スポットライト浴びたくないとか、
悪あがき抵抗している自分がいる。
って思うと、そんなん頭で考えても、
いつどうやって、どんな感じでやってくるのか、まるで分からないことだから、
じゃあ、どうせそういう時が来るんだったら、逆に今の、
ひきこもりにとひまじん楽しんでおきます、みたいな感じ?
この辺もそうじて、何が何だか分からんけれども、
どうやら自分が全部答えを知っているらしいです、みたいな感覚かも。
いいじゃないですか。
そのまま、そのまま行きましょうよ。
急に軽くなりましたね。
急に。
さては急に軽くなりましたね。
でも、何だろう、風もその感じあったなって聞いてて、ちょっと思ったんだよね。
ひもしょだん?ひもしょだんにもあります。
ひもしょだんに見習いの時に。
花みたいな。
その状態にとどまっているのと、流れに乗るみたいなところの感じを待ってる感じみたいな。
でも、それは時はそうなんだよね。
まだ身についてないんだよね、その質感が、感覚的に。
ちょっと無理してる感じが。
頑張ってひもしようとしてる質感。
ひもがひもしようとしてたわけですね。
ひもがひもしようとするために、ひもというアファメーションを自分で言ってる。
わかるわ。
イメージつく。
っていうところがあったんだけど、最近もうひもレスとか言わなくなったもんね。
当たり前すぎて。
当たり前すぎて言う必要もない、ひもとか。
そうなんだよな、当たり前の人って、あえて言葉で言わずエネルギーで出ちゃってますよね。
そうね、そうかも。
口にする必要がなくなってくるんだよね、ひもとか。
だからもう忘れちゃうもんね、ひものということを。
ひもであることをね。
だからこのひも理論のこの番組も、ひもの話される、聞いてる方がひもの話されても、
あ、そういえばひもだったみたいな。
ひもの話してたみたいな。
っていうぐらい、もう忘れちゃってる。ひもすぎ。
ひも、もうあの、ひもになろうとか、今ひもひもじゃないとかじゃなくて、
日常の中にひもが常にあるわけですよね。
そう、エブリデイ、エブリナイト。
エブリデイ、エブリナイト。
ずっとひもが、どうかしてるからひもが。
ね、え、その、今やひも諸談の、それでもひも諸談なのか感はあるんですけども、
ひも見習いから諸談になった、なんか転換期とか、それこそ今話してたような、
気づいたら、ひも当たり前になってるやんみたいな感じで、
思い返したら、そういう感じだとは思うんですけど、
なんか、何が、どういう時に、ひもであろうとか、ひもアファメーションとかから抜けてったんですかね。
えー、ひもアファから抜けたのは、
ハッシュタグひもアファでぜひ皆さんシェアお願いします。
ひもアファはね、いつだっけな。
でもね、言わなくなってたんだよね。
でもまぁ最初、やっぱピパッサな瞑想を行って、
そっから本当の意味でのワンネスみたいなものを感じて、
そっからはそれを維持するために、
なんかね、頑張ってる自分もいたんだよね。維持を頑張るみたいな。
ワンネス、悟り、バイブス維持するために毎日、毎朝瞑想するみたいな。
その瞑想するという行為が、ちょっと頑張ってる質感があったんだよね。
そのしばらく、1年ぐらい。
最近はね、もう瞑想してもしなくてもいいみたいな感じになってて、
なぜかというと別に、しなくても同じ状態保てるなみたいな感じとか、
日常の中で紐を体現すればいいだけだから、
なんかね、紐にならなくても、紐になろうとしなくても、
小さな習慣で紐になれるな。
僕の場合は、毎朝散歩して、1時間ぐらい散歩してんだけど、
散歩してる中で神社行って、神社でお参りして、
そのお参りの最中に、もう紐を感じてると思うんだよね。
日常におけるヒモの存在
散歩とお参りで。
それはそれで紐を感じつつ、日々の生活の中でも、
さっきのみゅみゅのスポンジの話とか、いろいろあったけど、
何も気にしなくなってった自分がいたね。
紐ですって言うってことは、紐アファかけるってことは、
そこに何かから守ってる自分がいると思うんだよね。
それをワンクッション置くことで、
僕は紐だからこういう在り方なんです、みたいな。
紐アファという装備で自分を守ってるみたいな。
でもそれすらもいらなくなると、無防備な状態で別にもう紐みたい。
いちいち言葉のバリアつけなくても、何もダメージ食らわない。
吸収すらもしない。空洞みたいな感じ。
スポンジで吸収するというよりも、何だろうな。
何かブラックホールみたいなのが、
質感としては吸収はしてないんだよね。
言われてそのまま循環してるような感じ。
何かね、そんな、そういう質感に変わってったかな。
で、気がついたらもう紐とか言わなくなってた。
そうなんだよね。
でも人に自分を紹介するとき難しいんだよね、逆に。
この3次元世界で肉体を紹介するとき、紐ですとか、芸人やってますみたいな。
そういう言葉を使ってるけど、何かそれすらも本当はいらないよなって最近思うようになって。
自己紹介ここにいますみたいな、そういう。
それぐらいの感じでいたいんだけど、でもやっぱこう会社とかにいるとどうし、
ちょっとした仕事とかしてると名乗んないといけないし、
名前とセットで肩書きも必要だしみたいな。
でも気持ちとしてはもうここにいるよっていう、
青山テルマなわけですよ、気持ちとして。
青山テルマ?
でもていう感じかな、質感としては。
うん、うん、うん。
そう、だから神社でもね、神社でもいつもこう唱えてる言葉があるんだけど。
うんうん。
覇気清め導き給えっていつも言ってんだよね、自分の中で。
うん。
自分を、そのまま全部クリーンな、透明な感じなんだけど、
どっかに導いてって、みたいな、導いてってというか、
何かにこう、何だろうね、
能動的でも、受動的でも、主体的でもない、すごいニュートラルな、
ニュートラルな言葉の一文としてその言葉をね、
神社ではいつも言ってますね、僕は。
うーん。
うん、そう。
でもそんなことしてたら、ひもって言ってなかったね、もう。
うんうん。
青山テルマになってたら、気がついたら。
青山テルマ部部長ですか?もしかして。
そうです。
ここにいるよ。
でもなんかね、今聞いてて、いろんなこと感じたんですけど、
まず、ここにいる予感はすごいわかります。
なんかもう、何やってる人ですか?とか、肩書き何ですか?とかってあると思うんですけど、
もうそれが、私だったら、え、須藤美雪ですけど、何か、みたいな、
多分そういう感じなんだろうなと思って、
すごいわかる、なんかもう、ここにいるよ、みたいな感じだったら、
1日一緒にいてもらったら、何なのかわかりますよ、みたいな、
そういう感じなんだろうなって思ったのが1個と、
もう1つは、ひもアファ時代と、アファもしません時代は、
ひもアファ時代は、やっぱ前提が、ひもじゃないっていうのが多分あるから、
ひもアファとか、ちょっと頑張って瞑想を続けるとか、
それによって、初めて維持できるみたいな質感だったんだろうなって思ってて、
でも、アファいらんよ、みたいな時は、
もう日常のいろんな、一見些細な行動とか、習慣とか、ルーティンが、
すべて、大半は、ひもですっていうことを思い出す、
アンカリングみたいな感じになってんだろうなって思ってて、
ないっていう前提だと思い出すにならないじゃないですか。
ないわけだから。でも、もともとひもっていう素地があるから、
それを繰り返していくたびに、当たり前に、ひもだなーみたいなものを思い出していくっていうのは、
なんか、やっぱこう、私最近思う、最強のアファメーションって、
やっぱ言葉じゃなくて、非言語とか、環境とか、ルーティンの中にあるなーって、
言葉ってやっぱり、5次元以上から、4次元の時間を通過して落ちてくるのが、
言語っていう3次元だと思うんだけど、
言語にすらしなくていいっていうのって、やっぱり4とか5次元以上だから、
もっとなんか早いっていうか、同時の領域に、
このひもという概念が、輝き場の場合はやっぱもうある感じだから、
思い出すですらもうないのかも。
常にシュンって、もうひもっていうのが当たり前にビューって入りすぎて、
そうね、ひもが、そう、そうね、ちょっとこう、引っ張るといる感じ。
うんうんうん、なんか普段からここにひもくっついてるけれど、当たり前すぎて、
忘れてて、たまに違うコード取って、あ、ひもやった、みたいな。
うん。
自然体でいることの重要性
そう、そうかも、だからなんかそうなるとね、無理しなくなるんだよね、全く。
うんうん。
例えば、なんだろう、例えば昔の僕だったら、いっぱい人がいるイベントとかあるじゃない?
なんかそういった時に、行った時に、
もう本当めんどくさいんだけど、頑張って話しかけないとなって。
そんな輝きマンがいる?
仕事だからね、仕事で行くから。
仕事だからね。
仕事で頑張って話さなきゃ、あの感じ。
でも最近はもう、こんないっぱい人いるけど、もう必要な人とはつながるから、みたいな。
話しかけずに、ただ歩いてるみたいな。
ああ、わかるわ。
ただぐるぐる回ってる人みたいな。
いや、わかるわ。
みたいな感じ?だから、無理しない。
でもなんかそうして、自分が無理してる感じで参加してるわけでもなく、
すごい自然体でそこに青山テルマ状態でいるだけで、
なんかこう、ご縁ができる。勝手に。
はいはいはい。
自然体の流れと宇宙の流れを感じながら、そこに青山テルマしてると、
勝手に何か宇宙が連れてくる感じ?
フィートソルジャーするわけですね。
フィートソルジャーして、そんなことよりって、元気か?ちゃんと飯食ってるか?
今度送るよ、実家の米って言うわけです。
ちゃんとね、ぴったりのタイミングで入ってくるわけですね。
実家の米じゃない。
実家の米じゃないと思う。
どっからそれ出てきたんだろうと思ったけど、実家の米じゃないと思う。
そうだよね。歌詞違うよね、たぶん。
なんか耳なじみのないセリフだったな。
でも、米最近大変だからさ。
大変ですからね。
っていう感じなんですよ。
ヒモ的な生き方の探求
なるほどね。
なんか、今話聞いてて、
私の過去、私もかつて働いていた時期があるわけなんですけれども、
働いていた時期の同僚が、私の生活、それこそ給食してた時とか、
社員から業務委託に切り替えて、働き方自体を変えて、
住まいも自然に近いところに変えた時とか、
その節目節目で、その人と話した時に、めっちゃ羨ましがられるんですよ。
うわ、いいなーみたいな。
でも、その生活したら元に戻れなさそうだなーみたいなこともよく言ってて。
よく聞くわ、そのセリフ。
でも、元に戻れなさそうだなって、
これもう、その人自身が、無意識にでも、
今のスタイルが自然ではないっていうことを、分かってて言ってますよね。
元に戻れ、別のスタイルをとったら元に戻れないようなものって、結構不自然じゃないですか。
確かに、不自然なことを告げてるってことですよね。
そうそう、ある意味パワーを使ったりとかしてたりして、
その辺も結構、本当はやっぱりひも的な生き方というか、
宇宙に委ねる生き方が、命とかにとって自然だなって、
その人自身が理解してるかどうかはさておきだけれども、
無意識で分かっちゃってるんだろうなみたいなところとかで、
結局みんな、やっぱ分かっとるやん、自分のことみたいな。
なんか、よく思ってたんですよね、それ。
で、別に私から、
じゃあ、そんなったら、自然に近い生活とかしたらいいじゃないですかとか、
多分言ってたこともあるけど、
今の生活、じゃあもう明けるまでやりきってみたら?みたいな方が、
いつか、もう元に戻れなそうみたいなことを言ってる人は、
しかもこの時代の変わり目なんで、
生きているうちのどこかで、強制的にポーンって、
もう戻らない前提で、そっちに一気に振り切っちゃうとかあるかもなって。
なんか感じたんですよ。
その時に、肝見習い、肝諸談、それ以上が、
さまざまな形で、きっと、眼差しを差し伸べるんでしょうね。
そうですね。
なんかね、手を差し伸べるイメージじゃないんだよな。
なんかね、見守ってるっていうイメージを受けました。
そうかもね。
そういう意味で、テルマ、ここにいるよって。
いるだけって。
テルマいるよ。
いるだけでいいだろうって。
そう、そういうことなのよ。
いるだけでいいのよ、ほんとに。
なんかまあ、紐が当たり前になってる人たちが、
自分たちはもういるだけでいいのよって思ってたら、
人にもそういう在り方を許してるじゃないですか、前提。
あなたはいるだけでいいよ。
そうなったら、もうマジでラブ&ピースな感じしますよね。
ほんとそう。
なんかね、このパラダイムで、この三次元でも、
圧倒的な三次元的な何かを見せると、
みんな紐に憧れると思うんですよ。
そういう紐の在り方を体現してる三次元の覇者みたいな人って、
あんま今いなくないみたいな。
わかんない。
いなーい。
ギャルになっちゃったけどね。
いなーい。
ギャルになってきちゃった。
おもてにいなくない?
いないよね。
いなーい。
あたちっちいらない。
知らないよね。
知らない。
ログモデルがみんなさ、紐じゃない人がやってるからさ、いろいろ。
そうよね。
なんか、本人はちょっと紐っぽい感じだと思ってそうだな。
でも、なんか見てると違うなみたいな、やっぱマッチョ感が残ってるなみたいなものとかもあって、
たぶん、紐としてのログモデルがあんまりいないっていうことは、
結構定義付けが難しいし、されてないし、できてないのかなって。
たしかに。
なんか気がする。
定義付けね。マッチョ感。
マッチョ感。
なんかそれこそ、紐が自らサーフボード持ってきて、
すっごい高い波を自ら探しに行って乗ってるみたいな。
勝手にね。
そうそうそうそう。
いるだけで。
そうそうそうそう。
なんかね、ありますね。
まあ、なんかこれは、私もちょっとまだわかんないけど、
結構最近、時代の変わり目みたいなことを、いろんな文脈とか立場とかから言われてたりする印象があるんですよ。
生き方とか、スタンダードがそもそも大きく変わっていくみたいな。
めっちゃ努力して、ピラミッド階層上がっていって、みたいなとか、
そういう遊び方から、もうスルッと簡単にかなっちゃうみたいな。
軽くていいんだよーみたいな。
はいはいはいはい。
あって、そこが、まずイメージがあんまり湧いてないから、
なんか、ロールモデルとして選びづらいのは、
なんか、自分との親近感が持ちづらい。
だからその、変わった後の結果の姿だけだったら、
はてなだと思うんですよね。
なんかただ、こう、ちょっとあれですよ、
なんか一時期、YouTuberとかが、
好きなことを仕事にしようみたいな広告とか飾られてたけど、
あれはみんなができるわけじゃないよねって言われてたのと、
たぶん近いイメージ。
なんか、特別な人だからでしょう、みたいな風になりやすいのかなと思ってて、
で、これがおそらくだんだん、
なんかめっちゃこう、努力するとか、
そういう生き方をしていた人が、
なんか徐々に徐々に変わっていくプロセスが開示されていくことが増える。
結果だけじゃなくて。
いろんなことをこう、試行錯誤しながら変わっていったみたいな、
なんかナラティブに人は引きつけられていって、
それで私も、できるのかもいけるのかも、
ちょっと一歩踏み出してみようかなみたいな感じで、
みんなでノアの箱舟乗り出すみたいな。
で、さらにその先、私の考えですけど、
なんか軽やかにサクッと叶えようも全然いいと思うけど、
私はなんか、もともとのめっちゃこう、
努力して頑張って叶えると、
どっちも選べるっていうのが一番自由かなって思ってて、
なんか軽やかがいい、
これまでのやつは重たくて古いみたいな感じも、
ある意味ちょっとこう、分断を生む気がするから、
どっちものやり方が選べるようになってるっていう人が、
これからの時代のリーダーだったりとか、
ある意味ロールモデルになれるような気がした。
なんで私が急にこんなことを言ったのか、
私もよくわからないんですけど、
急になんか降りてきたから、そう思うらしいです。
社会の変化と選択肢
どっちも選べる、どっちも選んじゃう。
そう、そうそう。
紐であり、紐じゃない方も選んじゃうっていう。
そうそうそうそう。
両方を使い分けながら。
そうです、そうです。
なんかね、紐でありたいとかが、
今度は執着とかになっていく可能性もあるじゃないですか。
私は絶対紐じゃないと嫌だみたいな。
それは、なんか私からの視点だと、
GUとはちょっと違うかなって気がした。
なんかそうね、それ聞いて感じたのは、
紐の概念。
ちょっとパソコンの充電が。
そんな気がしました。
紐は僕の中でわりと包括してる感じなんだよね。
全てを包括してる紐が動く動かないを選んでる。
紐はもう僕の中でも陰陽のマークなんですよ。
白と黒とあのマークが紐で、
という青山テルマで。
青山テルマね。
そういう在り方の人がどっちも、
ちょっとマッチョなところを見せちゃったりみたいなこともすれば、
女性性も見せちゃったりみたいな、
っていうイメージなんですよ、僕の紐は。
紐ってもはや人間であるみたいな、そういう概念と近いですか?
うん、紐とは宇宙であるみたいな、そんな。
そういうことですよね。
っていう質感かも。
なるほどね。
なんか、よくこう、地球人、宇宙人みたいな表現をするけれども、
宇宙から見たら地球人だって宇宙人だ、みたいな表現があるけど、
それともなんか近いイメージを私は感じて、
地球人もみんなこの宇宙の構成員だから宇宙人だよねっていう理論になるんだとしたら、
じゃあみんな宇宙の紐やんけって、そういう感覚になったな。
そういう感じかもしれない。
みんな青山テルマってことですよね?
みんなそう、要は宇宙人も地球人もこの死んだ場所全て青山テルマ。
青山テルマすごすぎん?
あの時代にあれ歌ってんのすごすぎません?としたら。
ここにいるからね、でも彼女は。
確かに彼女はいつでもここにいる。
ほんまにいる。
だってこのラジオにも確かにいるってことですもんね。
こうやって語られてるってことは。
そう、いる。ここにいる。
青山テルマのここにいるよだけで多分1回分のラジオ話せますよ。
いるという概念について。
いるもん、テルマは。
いるもん、テルマは。
テルマちょっと呼びたくなっちゃったな。
テルマは僕の幼馴染の親友なんですよ。
そうなんだ。
どうぞ。
そういう友達やん。
もうワンチャン来てくれるかもしれない。
青山テルマの音楽と存在
なんかあんま私詳しくないけど、
なんか最近でもないのかな、
なんかその曲が売れてブレイクした数年後とかに、
結構メディアとか出てたりしてたじゃないですか。
あの時のバイブスとか見てると、
結構この宇宙に委ねるひもみたいなところと、
フィーリング近そうな印象を受けましたよ、私。
なんか雰囲気みたいなもの。
わかんないけど、なんかいても違和感ない、ここに。
売れた瞬間?
そう、売れた瞬間から数年たって、
なんかまたバラエティとかメディアに出始めたりした時に、
当時の曲が売れたみたいな感じよりかは、
結構キャラクターでバラエティとか確か出始めてた。
なんかあの感じ見てると、
なんか宇宙ギャルみたいな。
宇宙ギャルね。
宇宙ギャルみたいな感じする。
なんか売れた瞬間はね、
自分の方向性と違う音楽だったらしいよ。
へー、そうなんだ。
バラエティとか出始めてからが自分らしくなれたのかな、たぶん。
売れた瞬間清掃系だったはず、確か。
本当はそんな清掃じゃないのに。
キャラクターがなんかその数年後バラエティに結構出るようになった時は、
結構はっちゃけてるとか、
エネルギッシュ明るい元気みたいな感じだったから、
ここにいるよももしかしたらね、
当時曲がブレイクしてみんなが受け取ったものと実は違う、
あれがあったのかもしれない。
確かに。
テルマの話からテルマの話になっちゃった。
本当だよ。
本人の話になっちゃった。
本人の話になっちゃった。
こうやって語られてることによって、
確かに青山テルマはいるっていうことが証明されてるわけですからね。
漁師力学的にも。
そうですね、ここに存在してる今。
ちゃんとこのひも理論に回帰させていくっていう話がね。
ひも理論とシンクロニシティ
そうね。
みゅみゅは今、脱皮しようとしてるのかな?
うーん、そうかも。
ひもとして。
そうだと思います。
なんか、今の状態を、
なんか、いい感じだね、順調だね、みたいなふうに言われると、
本当に大丈夫なのかな?みたいな、これまでのパラダイムの感覚があるし、
だから、逆に何か言われたほうが、むしろこれまでのスタンダードだったから、
見慣れた感じ?言い心地がいい?
むしろ言い心地がいいとすら、たぶん感じていたから、
いろんな人の意見とかをね、たぶん吸収してたんだと思うけれど、
でもなんかもう、人からのアドバイスが当てはまってない、
当てはまらない状況というか、今現在地になってきた気がするから、
これはもう、自分が自分の答えとタイミングを知っているっていうことを信じて、
確かに脱皮、ヘビ年ですしね、今年。
うーん、そうだった。
ヘビ年ですし、脱皮のタイミングなんだろうなーって、
思うですよ。
そうですな。
流れに乗ると、シンクロニシティが起こりまくると思うんだよね。
それもね、今日ね、聞きたかったんですよね。
今日のトピックには採用されなかったテーマ案に、
シンクロニシティ同時多発現象爆発で、
ワンネスバイブ数上げ上げ?びっくりっていうね、テーマがあって、
これ、こういうことにつながるってことですよね。
こういうことでね、僕のね、まだ全然非猛暑談に入ったかどうかわからないですけど、
そんな感じなんで。
これを一回経験し切ると、初段いけるかも。
あー、なんか、シンクロニシティ盛り盛り爆発を一回経験すると、
また新しい、考えてもみなかったことが出てきた時に、
それこそサレンダーの本みたいな感じだと思うんですけど、
頭の声では、こんなことをやってもしゃあないだろうみたいなことを言いつつ、
口からはやりますって言ってるみたいな。
また、またそのパターン化みたいな、こう、
パターン化は一回されそうですよね。
されそう。
あ、じゃあもうされますね。されそうって言ってるから。
されそう。なんかね、そう、なんか流れ、流れ入っちゃってんなーみたいな。
流れ入っちゃってんなー。
そう。
へー。
そうね。でも一回これを体験し切るとなんか、
そうね、今みみが言ったように、再現性を持てるんだろうね。
うん。
紐の流れを。
うん。
自分の中で再現性が持てるようになったら、
こうやってラジオっていう電波を通じて、
人類に対しても英知として転換できますよ。
うん。確かに。
うん。
そういう番組だしね。
そうそう。実はね、実はそういう番組でやらせてもらってますから。
そうです。超実践的なんでね。
超実践的。
ね、あの、着々とね、このラジオのファンの方が増えていただいてまして、
はい。
ありがたいことに。
ありがたいことに、あの、ますますね、我々も実践の日々でございますので、
アップデートしていきつつ、
皆さんのね、実践とかもね、もしどこかで伺えたりとかできると、
より英知は英知として磨き上げられていくと思うので、
そういうのもちょっと今後あるといいですね。
ね。そういうお便りもお待ちしてます。
はい。すごいね、あの、このラジオ面白いのが、
ファンの方が個別でお便りをくださるっていう特典があって、
そうなんです。
実は聞いてますってね。
そうそうそう。ありがとうございます。
ありがとうございます。
じゃあ、そろそろ締めていきますか。
はい。
超実践的ひも理論では、
宇宙、真相心理、内的世界といった意識の本質に関するテーマを配信しております。
このチャンネルのプロフィール欄からお便りを募集しているので、
感想や取り扱ってほしいテーマなど、ぜひ投稿してみてください。
コメントも全部読んでいます。
チャンネルのフォローもぜひよろしくお願いいたします。
それでは皆さん、またお会いしましょう。
レッツヒモー!
レッツヒモー!
41:39

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