食事と本能の関係
前回最後に話したことの話なんですけど、芸術って結局ここだよねって話ですね。芸術だったり、まず食事について話していきたいんですけど、
倉木も10年以上、人間は何を楽しんでいるのか考えてきましたね。
でもあれですね、今回話したいのはね、人間、食べ物を食べて快感不快感って感じてるけど、
これ一体何なんだっていうことなんだけど、そもそもがね、結局、エネルギーを蓄えればいいわけじゃないですか。
もう少し言うと、栄養分を取れればいいわけですよ。
一応本能的なことで言うと、糖質、塩分、脂質に対して快感物質ができてるから、
だからエネルギーとあとは塩分っていうのは、なんだろうな、体の中の水分を保つっていうことだと思うんだけど、
あとは塩分だからなんだろうな、なんか体を維持していくなんかあるんだろうね。
脂質もカロリー取るための、だから体を作る何かなのかわからないけど、
本能的には別に野菜なんか必要ないんですよね。面白いもので。野菜が一番取るべきだと言われるけど、
小学生の時からよく保健の先生がね、プリント出してよく言ってたじゃないですか。野菜をたくさん食べましょうって。
この動物はどうなのかっていうと、アザラシなんか魚食べるときに餌物があって、
多分っていうかあれは、一瞬で飲み込んでるんですよ。味わってなんかないんですよ。
だから人間ぐらいですね、こんな食事を楽しんでるのはね。
人間の特徴と言えば特徴なんだけど、でもやっぱり他の動物と同じように、
これ、動物にとっての、てかもう生物にとっての本質ですから、栄養をとれるっていうのは。
だからその本質ができてればいいわけですよね。
こうやって生きることができてるってことは、ちゃんとそれができてるってことですから。
だから人間は何をそんな食事で楽しんでるかっていうことですよね。
まずこれの手がかりなのが、音楽なんかそうなんだけど。
音楽とかアニメなんかどうなんだろうな。
ドラマとか。
ある程度美術的なセンスがある人は、この絵がいいとか色がいいとか、色絵がいいとか、書き方がいいとかなんだろうけど。
そうでなければ、格闘シーンだとスリルがあったり、ドラマはそうですよね。
あとは新たな展開の期待感。
でもそんなのは表面的なことであって、もっと単純に考えられると思うんですよ。
アニメなんかだと主人公が大きな声出したとか。
手から弾を出して相手に攻撃したとか。
たくさん弾飛んでていいなとか、そういう感じのことだと思うんですよ。
ドラマだと美人だなとか。
音楽だと売れるために大抵の王道な行動進行を使って。
でも多少の違いはあるわけだけど、メロディーの。
それなんでかって言うと飽きさせないためだよ。
結局同じ王道の行動進行を使っておけば世間の人はいい曲だなと思ってしまうんですよ。
なぜかというと慣れ親しんでるから。
あとリズムもそんな不規則なものだったり、不協和音があったり。
そういったものは基本世間の人はわかんないですから。
そういうことをしなければ、しない限りまあいいと思うわけですよ。
芸術と快感の考察
ちゃんとリズムがあって。
だから別にお坊さんのポンポンポンってお経唱える時の音でも別にいいわけですよ。
だからクラケはお経聴いてるのとか割と好きなんだけど。
別に鉄道の線路の音でもいいわけですよ。
さすがに時計の音じゃあれだろうけど。
こういうふうに考えてくると、食べ物の本能的なところで快感を感じてるだけなんですよ。
表面的なところはどうでもよくて。
さっき言ったように糖質、脂質、塩分に対して人間は快感物質が出るんで生きてるんだけど。
これは他の動物も同じことですね。
100年前の人類もそうだったと思います。
だから本当にこんなに食事を楽しめるようになったのって5000年前とかそれくらいなんだろうな、きっと。
1万年前に言語を獲得してるわけだから。
5000年前ですらどうだろうな。
食べるので必死だったかもしれないし。
ある程度料理は作ったり複雑なことはしてたかもしれないけど。
だとすれば食事っていうのはちゃんと栄養をとれる。
大抵の人は何をとるかなんて考えてないだろうから。
栄養をとってっていうよりは目の前のあるものを口の中に入れて飲み込んで。
できれば素早くもちゃんとして。
あとはもう本能的なことだよね。
電風室のものは快感に感じるし、油の多いものは快感に感じるし、味わおうとしなくても。舌がある限り。
それでいいんですよね、だからね。別に何も考えなくても。
でもそれだと人間らしさがないわけでしょ。
だから現代人っていうのは長い間
それぞれの国であるいは混ざり合っていろんな料理がここまでできてきたわけですよ。
でも結局人間がやってるってことはそうやって
他の動物と同じように栄養を取り入れて
で舌でね、これは食べれるかどうかっていうのはまあ
人間はあまり考えてないんだけどでも本能的には
それとあとこれはカロリーがあるかどうかっていうことはね
生きていくために大事ですからそこを察知してるだけなんですよね。
だから無駄なことをやってるとは言わないまでも
まあ味わうってそういうことなんだと思うんですよね。風味を感じたり。
こんなことを話しときながらあれだけど学生時代全然料理のね細かい味とかわかんないし
分かってなかったんでもうちょっとねちゃんと料理と向き合った方がいいなと思って
別にそんな高級レストランで食べてるわけでもないけど
大事に味わうように食べるようになったんですよ。
そしたらまあ今回話してるような問いが出てきましたね。
味わおうとすればするほどいや人間って別に
食べれるような生きていけるのがそれでいいんだよなと
それが一番の目的であって
かといって味わうことが不通する目的かというと
別になくてもいいって意味ではそれを目的と言っていいのかなっていう風に思い始めて
今やってるこうやって味わおうとする声って何なんだろうって思いになってきたんですよ。
音楽だったらあれはほぼ娯楽みたいなもんだからね
そういう目的で聞いてるんだから
やらなくていいことを結局やってるわけだからその自覚があるからいいんだけど
なんか食べ物を食べてる時ってなんか不思議な気分になるんですよだから
娯楽でもないし
生物にとって大事なことだし
とっても楽しく美味しく味わおうとする
でもそれってなんか不自然なことなんじゃないかという問いが出てきたんですね
味わいの本質
本来食べ物を口の中に入れて飲み込めばいいだけなんですから動物にとって
もちろんね美味しく味わえたらいいっていうのももちろんわかるんだけど
こんな鳥がでもないように
必要以上にしっかり味わおうとするわけですよ味に集中しようとするわけですよ
ここでもう一つ話しておきたいのが
味わうとしてもね
風味と味覚ってこれ全く別ですよね
風味は鼻のどっかで感じてるのかな
もちろん最終的には脳で感じるわけですけど
甘味 塩味 苦味 酸味 旨味っていうのは舌で感じますよね
でもこれはあんまり細かいことっていうよりは
単に甘いかどうかさっき言ったことですよだから本能的なこと
塩味もそうでしょ
旨味は違うかもしれないけど酸味だって
酸っぱいかどうか
で苦味も
そうですね
それもなんか変な気分なんですよ
結局鼻で感じてるのかと舌で感じるもんじゃないのかと
でこれは別の場所で
より細かく食事の風味を感じようとしたら
甘味とか感じてるのかっていう気になるし
逆に甘いもののね醍醐味って結局
スイーツだって何だって甘さじゃないですか
だからこれの説明も甘いねとか言うわけですよ
でも甘さに集中したら
そのものの風味を感じれない
そのもののただ甘いというだけ感じてしまうわけですよね
あともっと大きく見てみると
真っ暗な視点で見てみると
それの本能的なとこですよね
だから甘味と塩味と
甘味っていうか糖質ですね糖質と
塩分と脂質
脂ですね
この3つは本能的に感じてるんだけど
人間が美味しいって感じるのはこの3つなんですよ
3つが含まれてるとき
美味しさを味わおうとしたら
結局この3つだけの単純な話になるし
かといってしっかりその料理のね
細かいところまで見ようとしたら
快感なんて出ないしただただ
人参の味だと認識するようになるんですよ
クラッキーくらい集中してしまうと
そうなってしまうんですね
これは何の調味料かなとか
ただ考えるだけになっちゃうんですよ
これはいつもとどういう味かとか
分析するだけになってしまうんですね
だからクラッキーの装ではね
世間の人は大抵はまあ
とりあえず醤油をガバッとかけて
しょっぽくすればいいし
すごい甘い味付けにして
砂糖入れまくって
日本人の場合は煮かけるけど
甘かったら飽きなきゃいい
多少味変でも別にいいんだし
逆に専門家っていうのは楽しく味わえてないんですよ
ただただその具材の味に集中してるだけなんですね
それでは仕上げ