倉木の原動力
今回は、こんなうつ病で、引きこもりの倉木ですけど、
何が原動力でこんな毎日、寝たきりにならないで生活できているか、その原動力となることをお話していきたいんですが、
学生時代からそうですけど、まず人と違うことをしたいっていうことが自分の大きな原動力になってますね。
なんかね、エネルギーになってる感じがするんですよ。
早速2つ目いきますが、ちょっと早いか。人と違うことっていうのはどういうことかっていうと、
芸術家、技術なんですかね。
日本人には珍しいと思うんだけど、月並みのことはしたくないんですよ。
それが原動力になるって結びつかないと思うんですけど、
それが起爆剤になったりするんで、だから芸術家と同じような理屈ですよね。
人はこうしてるから自分はこうしよう。
何かをするときの起爆剤になることはほとんどなんですよ。
では次。
それと矛盾するけど、理解してほしいっていう思いはやっぱり強いですね。原動力になってますね。
このpodcastで話すときもそうだし、人に話すときもそうだし、
何だろうな、理解してほしいっていう思いが原動力になっていることが多いと思うんですよ。
主に人に何かを論理的に説明して自分の考えを伝えたいとき。
これが一番の原動力になってますね。
だから人に話してるとこを想像したりする癖があったんですよ、podcastを撮る前からですね。
では次。
不安と承認欲求
やっぱり不安な思いがあるからですね。これは人間誰でもそうだと思います。
不安を消すために勉強してというのも受験生が落ちる不安があるから一生懸命勉強しようとするわけですよ。
それで無駄に多く勉強するケースがほとんどだと思うんだけど、不安を消す材料にはなるわけですね。
これをやっとけば問題が起きないだろうという眼かけみたいなところもあったり、クラッキーはそんなことはしないけど。
不安ってね、後悔もそうだけどその不快な感情ってエネルギーになるんですよ。
では次。
これは承認欲求ですね。人間の五大欲求の二つ目の欲求ですから。
ポッドキャストの話もそうだし、親戚と会うときとか、かといって何かするわけじゃないんだけど、
学生時代のときはいつもそうでしたよ。
自分を表現したいという思いとか少なからずあるんで、それも承認欲求だし、
SNSなんかは逆にやっちゃいけないです。承認欲求が強すぎるから、それくらい原動力になるということですね。
さっきの理解してほしいというのと同じことですね。
ポッドキャストの原動力として大いにあるというか、これだけだと言ってもいいかもしれない。
これが目的とかと言われたら違うけど、原動力にはなってますね。
親と接するときはそんなことないけども、一人っ子だからかな、わかんないけど。
親に対してはないんだけどね。近所の人に対しても先輩に対しても、クラスの女の子に対しても、教師に対してもやっぱり承認欲求はあるかな。
教師に対してはないかもしれないけど。
塾野先生も最初は承認欲求あってすごい勉強頑張ってましたね。より褒められたいから。
親友に対してもそんなないかな。なぜか近所の人とかね。
だから前焼肉花見の時ですね。堂々と部活に自転車乗って隣通っていきましたね。
変化しないことの意味
では次。
少しでも隙ができてしまうと終わりだという意識があるんですよ。
一瞬たりとも猶予感覚があってはいけない。だからね、こうやって頑張っていられる。隙があったらダメだっていう。
わかってるって言うのも原動力になってますね。隙って何なんだろうな。自分の中での油断だったり猶予感覚だったりそういう。
別に誰に見せるわけでもない。隙を見せるわけではないんだけど。自分にとってね、これ隙ができるっていうのは
いけない。だから一日突発っていうような状態ですよ。ここ10年は。
ちょっとリラックスしようかなっていう時ないですから。
本当にね、忙しくしてる人はある程度そうやってリラックスする時間も必要だろうけど。
ダメなんですね。隙ができると脅迫観念とか不安な思いは出てきますし。
次の話ですけど、脅迫観念が出るかもしれないっていう思いがあるからですね。
そっちに比べたら多少無理しても頑張って毎日生きた方がいいんですよ。
また脅迫観念出てくるってわかってるからね。そういうふうに前みたいな生活に戻ろうとは一切思わないですね。
あと楽を一回覚えてしまうという、誰でもあると思うんですよ、怠惰な人。楽を覚えたら悪い癖がついてしまうっていう人。
それもわかってるからですね。親見てたら絶対楽を一回でもしちゃズルズルいくなってわかるんですよ。
楽は覚えたくないですね。いくらでも人間楽をしようと思えばできてしまうから。
特に引きこもりになってから誰が注意してくれるわけでもないですから。自分で律しなきゃいけないわけですね。
あと0か100かのどちらかにしかないんですよ。寝たきりかちゃんと生活をするか。食事もとって。
しっかり同じ時間で食事をとって。健康帯でいられるか寝たきりになるかどっちかしかできない。
どっちかがお選んだ結果か今の結果とって。そういうことですね。単純なことですよね。
あとは寝たきりになるしかないんですよ、暗きは。
あと後悔したくないという思いもあるかもしれないです。
2年後振り返った時にどうなるかというのはなんとなく想像つくから。
今の以外の生きる選択肢なんかないんだけど。
でも後悔したくないというのも全くないわけじゃない。
とはいってもどんな生活をしたところで別に後悔するかどうかというと
今の時にもベストを尽くしていると自分では思うかもしれない。
あと暗きはね、続けることができるんですよ。
新しいことを始めてというのは無理なんだけど、今までやってきたことを続けることができる。
だから原動力というか感性の法則に従っていればできる。
でもエネルギーを集約させることができているというのかな、今では。
感性の法則だけでは成り立ちませんから。
あとはね、変化しないことに意味を感じているんですね。
暗きはだいたい意味を感じていることってそんなにないんだけど、その中でもその一つ。
だからこそ意味を感じなきゃいけない。
人生は意味のあることなんて暗きにとってそんなにないから。
その一つが変化をしないこと。
だから変化しないために今の生活を続けられるわけですね。
あとは努力遺伝子があるかないかという差もあると思いますね。
努力遺伝子があれば暗きはどうなのか分からないけど、相当無理して頑張っているという感じではないし、そもそも長い間続けているし。
あとはこの努力遺伝子が原動力って言うのかな。
あとは単純に癖。
これは毎日ストイックにある癖がついている。
これは昔からの、昔取った経年図鑑でしょうね。
では次。
楽をしたら後でその反動で辛い思いをすることが分かっているからですね。
ということで言ってもっと長いスパンで言うと、
年取った時苦労しないために今のうちに苦労しておこうっていう。
こんなのもたなる自己満足でしかなくて、意味のあることなのかどうか分からないけど、そういう思いでやってます。
そもそも人間いつまで生きるか分からないし、暗きなんて早死にしそうだし。
分かんないんですけど、今はそういう思いでやってますね。
あとは普通の引きこもりには負けたくない。
こんな比較する思いはそろそろないんだけど、もしかしたらそういうことが原動力になっているかもしれないです。
まあそんなね、だらだらだら過ごしている引きこもりと一緒にされたくないという思いはありますし、
絶対同じようにはなりたくないですね。
結構ね、世間の質問を当面教師にしているんですよ。
じゃあ次。
ニヒリズムなんだけど、逆に今は無理して何か意味を感じようとしなくても、一つ一つのものをたたんと。
前はね、感情の効果が激しかったんですよ。物事に意味を感じたり、完璧しすぎてダメだったり。
今はね、逆にニヒリズムになっても超越してしまってるんですよ。虚無的でもないしね。
逆に超越しますよ。だってクラッキーはゼロか100にしかならないから。
虚無的になったら何もできなくなるから。
こうならざるを得ないんですよ。それでは明日っけ。