ニヒリズムへの道
今回の話はちょっと難しい話になると思う…、あ、倉木自身がね。話自体は難しくないんだけど。
そういう話になるんですが、あの…、精神病を治すために、主にうつ病を治すために、
もう、体感的にわかったんでしょうね。ニヒルになる必要があると。宗教やめた方が…、もう宗教の考え方はやめた方がいいと。
で、全くね、世界観がどれくらい変わって、世界観が変わったというのか、なくなったというのか、
まあ価値観はなくなることはないんだけど、でも、まあニヒルに近い状態になって、
なったはいいものの、うつ病って見てもいいものの、意味の無いことをするってやっぱりね、人間できないんです。
少しはね、意味を感じなきゃ生きれないんですね、人間は。物事に意味を感じないと、それを遂行できないんですよ。
まあそんな話、まあそんな話ってどんな話だと思うかもしれないけど、まあ聞いていればね、わかると思うんですけど。
まあそんな話、させていただきたいと思います。では早速ですが、
倉木はニヒルになったのは、まあ引きこもりになり、
最初、当初からですね、そういう感じでした。
もう宗教に耐えられなくなって、ニヒルになって、
当初はね、そんな物事に意味を感じないのが辛いっていう感じではなかったんだけど、ただ、
当時は大学も諦めてたのかな、ラジオ聞いてて、NHKのラジオでそうだ、生物学者の話聞いたあたりだからそうですね。
まず一つ言えるのは、やっぱり勉強とかやるにはやっぱり、ある程度その俗世間の価値観が必要ですよ。
でもそれで立ってラジオ聞いてるだけだったからニヒルになっても大丈夫だったんですね。
物事にあまり意味を感じなくても立ってるだけだから大丈夫だったんですよ。
逆に巨学生障害もひどくならないし、不安障害もひどくならないし、まあいいなと思っていたんですよね、この状態で。
ただ倉木なりに色々気を配ることもありました。
ある程度バランスをとってたんですよ、ニヒルとはいえ。
完全にそれではちょっとあれだし、まあ人間ですからね。
別に修行僧になったわけでもないんですしね。
生きていく上で、まあ完全なニヒルではいけないってのはわかってたんで、バランスはとってました。
でも元々の話しなきゃいけないですね、倉木は。
成長の追求
とにかく自分を成長させることで精一杯で、それにばかり注視して、注力してて。
筋トレとか勉強とかですね、もうそれが自分の価値観のすべてだったんですよ。
まあだから宗教も含め、宗教は魂の成長と当時は思っていたんですが。
まあその3点ですね。
音楽聴くのもね、なんかその自分の感性を鍛えるだけなんていうんじゃないけども、なんか知ってるものを増やしたいなっていうところもあったし。
一番自己を成長させたいっていう思いがあって。
だからそもそも、もう大学も諦めた時点で、諦めたっていうか、一人でできる仕事っていう風に、その時点でプライドを手でね、切り替えたんですよ。
まあその時点で、まあだいぶ妥協してるわけだし。
とりあえず仕事をやるって感じだから。
ひたすら勉強して自分を成長させるっていう感じでもある時からあまりなくなって。
徐々にその考えはフェードアウトしていって。
でもね、やっぱり根本にはそういう思いがあるわけですよ。
今でもそうですよ。
今はもう学歴つけたって意味ないっていう考えなんだけど、それでもね、勉強なんていうのは意味ないと思ってるくらいですよ。
やっぱり今からでも、というか去年実際私学部受けようとしましたから。
だから無理やり、もうなんとか自分を納得させて。
まあ納得させてどころじゃないですね。
もう無理やり自分というものを押し込んで、押し殺して。
都合よく考えてるわけじゃないけども。
まあこれにしたってニヒリズムの考えがあるから、まあそういうものはなくなって。
まあプライドはなくなったとはいえ、基本的なクラキの価値観はそういうとこにあるわけですね。
だからそもそも大学を諦めた時点で、諦めたというか辞めた時点で、
もう勉強以外何してたって自分を成長させないっていう意味だよね。
やっぱりコロナどっかではね、やっぱり生活は意味ないわけですよ、何してたって。
ラジオ聞いた時もあるけど今は乃木坂の動画見たり、
ポッドキャストのために色々調べたり、食事のために色々調べたり、
全て自分にとっては意味がないんですよ。
だから学生時代、食事のことなんて疎かったし、
今調べてるようなことって全然調べないわけですよ。ニュースだって興味なかったしね。
好奇心なんてもんなかったです。
そんなことで調べてる時間があったり考えてる時間があったり、
勉強しないといけない。
だからね、推理ものを考察したり、今だと宗教の通りに旅行について考えるなんてそんなことありえなかったし、
こういうもの全部ね、そういう価値観の自分からしてみたら無駄なわけですよ。
そもそもそういう前提があるんですね。
そもそも無駄なことをしてるんだけど、何とか自分を納得させてるようなところはある。
無駄なんだけど無駄でないと。
ん?無駄なんだけど?
これがね、だからややこしいんですよ。冒頭で話しましたけど。
根本ではね、ニヒリズムだから、意味のあるものなんてないんだから。
っていう考えなんですよ。
で、受験に関しては、今無駄なことをしてるっていう感覚なんだけど、
それには満ちてるわけじゃないんだけど、納得させてるわけですね。
ちょっと整理つかないですね。整理つけて話しづらいですね。
自分の心の中で今どういう状態なのか分かりにくいですね、これだとね。
もう何層にもなってて。
最近意味の相当話しましたけど。
まあでもだから、乃木坂のラジオ聞いたり、それ自分にとっては無駄でしかないわけですよ。
で、その一方では、
引きこもりになり、ニヒリズムでいることが倉賀県にとっては大事なんですよ。
物事に意味を感じてはいけないんですね。
そういう観点でいくと、受験に関しては別にあんまり考える必要もないのかなと思うけど、
でもやっぱりさっき言ってるように悔しい思いもあるし、
勉強もしてるわけでもない、筋トレはしてるけど、
まあポッドキャストはまたちょっと例外でね。
いや、受験生の時と同じように少し意味は感じてるんだけど、
それ以外に関しては、
そういう根本的な価値観からいくという意味は感じてないわけですよ。
やっぱり長年宗教もやってたんでね。
使命観とは違うんだけど、自分を成長させたいという思いがあって。
そういう意味では無理やり自分を押し殺してね。
だから受験に関しては違うと思ったけど、
それも含めニヒリズムだからではなきゃいけないから、
押し殺してる感じなんですね。
でも自分を成長させたいなという思いはまだ残ってる。
0.1%くらい残ってる感じ。
無駄のジレンマ
でもね、小さいんだけど顔を出すときは全くゼロではないんですよ。
ゼロじゃないからこそ。
これが結構アダになるんですね。
去年は私学部行くと顔が開いちゃったし。
日常でもそうです。
アダとなることがあるんですね。
だからこそニヒリズムってことを大事にしてきたんですけど。
でもニヒルになりすぎて、
物事に意味を感じなさすぎると、
何かを成功するときに完全に意味を感じないと、
あとは目的意識が全くないと、
人間ってのは続かないようにできてるんですね。
だからあるもしないはずの意味を、
乃木坂の動画を見てるときとか感じていなきゃいけないんだけど、
でも自分を成長させる材料には絶対ならないですから。
意味を感じるために何をしてきたかというと、
変化しないということですね。
とにかく続けるしかないんですよ。
無理やり意味を持とうとしてもね。
それはそれでニヒリズムっていう観点から連れてしまうし。
また振り出しに戻ってしまうんですが、
やっぱりね、こんなことしてても時間の無駄なんだよなっていうことなんですよね。
でもクラケは生きてるということ自体もこういうことだというか、
これ以外の選択肢がないんですよね。
これで意味を持ってまた自分を成長させようとしたら、
うつ病がどうなるかわかんない。
登校市長賞にさえなるかもしれない。
そんなことをしたところで今から大学行けるわけでもない。
国家資格を取れるわけでもない。
就職できるわけでもないですから。
病気が治るわけでもないし。
社会生活遅れるわけでもないし。
だからね、でもね、自分を成長させて、
いた学生の頃と違って無駄な時間を過ごしてるなっていう気持ちになるんですね。
これは妥協すればいいって問題じゃなくて、
やっぱり考えてしまいますね。
考えてもわかんないっていう、
そういうこのエピソードが結論になってしまうんじゃないかってくらい
ちょっと難しい話で整理なかなかつかなくて、
うまく伝わったかわかんないんですが。
いずれまた整理ついたら話そうと思いますよ。
それでは明日。