正義の弱点の探求
今回は正義の弱点って話をしていきたいんですが 前回の続きみたいな話になるんだけど
まず最初にですね これは正義だと思い込んでしまうわけですね人間は
これは正しいと それそうだと言われるかもしれないけど
正義ってそういうあやよさがあるんですよ
まずそこでしょうね 自分が正しいと思ったことは
疑えなくなる 次の話ですけど
どうですかね スポーツで負けたとしますよ
したら あいつのあのチームは挨拶もできてないし
家事ばっかり考えてスポーツマンシップもできてないし でもうちらはスポーツをやるものとしてスポーツマンシップもできてるしってこれ
その人の正義ですよねでもね
まあこれ道徳ってとも関わるんだけどこういう道徳とか正義って こうやって都合よく使われてしまうんですね
ちょっと一つ段階を飛ばしたけどまず人間って 誰かに負けていると感じた場合 劣等感が感じている場合
自分は正しいと主張した場合
自分は勝ってる
と思う基準を探すんですね 今の場合で言うと
スポーツ選手としての在り方 精神的なもの
実力自体は負けてるかもしれないけどそういった姿勢で という観点で言うと勝ってるっていう自分なりの基準を設けて
そこで勝とうとするわけですね その次に
それと道徳 正義感 正義をすり替えてしまうんですよ
だから スポーツマンシップは自分はあるとか
世間的に これが正義とされているもの
とすり替えてしまうんですね
ってことは 正義なんて
それだけのことなんですよ
よく正義
っていうのはどういう時に使われるかというか こういう人に
ある視点では勝っていたいと思う時に都合よく使われるものなんですよ という弱点はありますね
あと自分の正義を これ3つ目ですけど自分の正義を
曲げないために そこに執着してしまうんですよ だから
で曲げないために 別の正義をおろそかにしてたり
正義は守れているんだけど 他のことをなあざりにしていたり
正義は大事にしてるけど負けてしまったり あとで悔しい思いをしたり こういう弱点はあるでしょうね
あとは正義感を振りかざしていると 見なされることもあるだろうし 偽善者と言われることもあるだろうし
いかにも正義感が強い人って人に好まれませんよね
あとは何が正義かって変化するんで
やっぱり執着してしまうと 年のちの遅延になることがある
まあいろいろ弱点はありますよ正義って あと人とのずれがあった場合その人を攻めてしまうとか
いろいろあるでしょうね それはしたっけ