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2021-04-12 1:10:24

第四十一回 「春ですが、ご自愛ください」

今週はお便りがきたので、うきうきお便りをご紹介しています。

00:03
ポイエティーク
ポイエティーク
こんにちは、ポイエティークRADIOです。お相手は、私、柿内正午と
奥さんです。
どうぞ、よろしくお願いします。
大丈夫?
大丈夫。
売却期?
うーん。
大丈夫?
大丈夫。
売却期っていまだにどういう漢字かよくわかってないんだけど。
えっと、あれ?梅の角に木分の木?
角って?
えっと、角芯の角。
あー、比較三元素の角。
角ビームモデルの角。
はいはいはいはい。
だから、梅の種が喉に詰まっているような気がする。
なるほど、仏様のやつだよね。
仏様?
あれ?梅干しの種って仏様って言うの?
天神様?
天神様の仏様じゃないの?
天神様は菅原道真ですね。
なんかさ、座っているお釈迦様のように見えるみたいな。
種を噛みつぶした時によく言う。
お年寄りが言わない?
なんかそういうやつあるよね。でもそれは梅じゃない?
あれ?梅じゃないか。
それは違う気がする。
まあ、というわけでね。
冒頭から注力三万なことがすごいわかるんですけど。
先週は僕的には割といい回だったなっていう手応えがあって、
後々いい回だった、いい回だったって言い続けてるんですけど。
要するにおしゃべりってすごいいいよねっていう話でね。
おしゃべりはいいぞ。
やっぱり人と話すってすごいいいですねって思ったよっていうのがあって。
よかったね。
今日ね、これ今金曜日の夜。12時5分前ぐらい。
ギリギリ金曜日。
いつもより遅い時間にやってるから、今日はサクッと撮って終わらせようとか言ってたんだけど、
もうすでにこの三万な感じからすると長くなるんだろうなって。
まだ始まって2分だけどね。
あ、まだ2分か。じゃあこれ意外と早く終わるかもしれないね。
わかんない。でもそんな感じで言ってたんだけれども。
今日ね、Twitterっていうウェブサービスがあるんですけど、
短い文章を書くと、
ほどほどのフォローフォロワーっていうのがあってね、
人の短い文章をこっそり見たりとかできるっていうサービスなんだけど、
03:05
見る人が多すぎると、ちょっとしたことを言うとすぐに戦争になるっていう。
戦争に?
そう、サービスで。だけどほどほどの人数に見られてると優しいことが起きたりもするっていうサービスでもあるんだよ。
バランスが難しいのね。
そうそう。で、そこでね、このサービスで僕は、
現行依頼が欲しいなというのと、
あとはこのPodcastにお便りが欲しいなっていうことをつぶやいたわけ。
そうすると僕は、見る人の人数が程よいアカウントだから、
優しいことがたくさん起こって、
早速現行依頼をいただいたりとかね、
まだちょっとどんなのっていうのはまだ言えないけれども、
現行依頼が来たりとか、
あとはお便りもね、来たりとかっていうところで、
この打てば響く感じってすごいいいなって。
優しい世界だね。
優しい世界だなって思って本当に皆さんありがとうございます。
これまでね、だからずっとお便りくださいって。
大げさでなく始まってからずっとだから、
これ何回言ってんだ?
40回?
40回だから10ヶ月くらい。
それは嘘か。
でもそんなもんか。
だから40週にわたってお便りをくださいと言い続けてきて。
だって40週って、あと10週で1年じゃん。
あれ?
52週じゃない?
あと12回やれば1年。
とんでもないことです。
え?
1年ずっと家の中で物臭いって。
回電波じゃん。
回電波で。
ここに回電波って書いてあるけど。
お便り募集フォームに書いてあるんだけど、
そういう感じで回電波も1年ですよ。
何の話してたんだっけ。
だからほぼ1年にわたってお便りが欲しいってツイッターっていう。
そんなに言ってなかったよ。
実はツイッター私もやってるんだけどさ。
そうなんだ。
言ってなかったっけそんなに。
そんなに言ってない。
でもなんていうの。
こいつ本当に欲しいのかなみたいな。
マジか。
僕は今この話のオチとして言い続けること、しつこく言い続けることってすごい大事だなって話をしたかったけど。
違うでしょ。
違うでしょ。
違うんだ。
なんか今まで欲しいとフォームを用意してますとは言うけど、
カッコつけてそんなに言わなかったら来なくて、
若翔さんの影響で欲しいって言おうってなったら来るようになったっていうことでしょ。
06:03
だから言わなかったから来なくて。
でもそれは違う。それは全然違う。
若翔文庫さんに関してはそんなに欲しいって言ってなかったのにたくさん来てるからすごいなって思って。
でもやっぱりコーナーを作るのが大事。
そうそう。
いやでもだから、あるよそういうカッコつけ部分は。
認めた。
だからハッシュタグとかも作ったけどあんまり使わなかったりさ、
便りフォームあんまりつぶやかなかったりするのはさ、やっぱりなんかさ、
かまってちゃうんみたいだなっていうさ、気持ちはさ。
勇気を出してかまってくださいって言ってかまわれなかったらどうしようって思うと、
だからかまってくれなくていいよっていうね。
そうそう。
あるじゃん、そういうね。
そういうね。
あるんだけど。
そうニシンもね。
あるんだけど、でも若翔文庫さんとシャーハン文庫っていうポッドキャストでお便りがどんどん来てるのを見てると、
もうなりふりかまってらんないなって。
うらやましいって。
そこでうらやましいって思った。
お便りなんか別に欲しくねえしっていうカッコつけであんまり言わないでストイックに生きてきたけれども。
それがストイックかどうかは微妙だけど。
人がお便りをもらってるのを見てると、え、いいなって思ったからここはもう欲しいってちゃんと言い続けないといけないって思った。
僕はお便りが欲しかったみたいだね。
そうそう。だから欲しい欲しい欲しい欲しいって言い続けて、
今日もお便りが来ててね。
嬉しいね。
嬉しいね。
前回もちょっと話してたけれどもね。
おしゃべりがしたいんだと。
おしゃべりがしたいんだっていうときに、
お便りってのは結局文字じゃんと。
だからあんまりおしゃべりしたい人はお便りはくれないよって言ってたけれども、
ちゃんとお便りが来ていて、
すごい嬉しいなと思いますし。
前も言いましたけど、先週も言いましたけど、
お便りじゃなくて本当におしゃべりがしたいんだっていう人は、
お便りのフリートークの欄には自由記入欄もありますから、
そこにおしゃべりがしたいんですと書いていただければ。
それ書いていただくだけだとあれなのか、連絡先わかんないから。
なんかここに連絡してねみたいなツイッターのアカウントでもいいし、
でもいいから送っていただければ。
いつもこれ回答した後はすぐに消すようにしているので、答えとかを。
そんなに個人情報を書いてあって心配だなっていう人も、
僕が読んだらすぐ捨てるので、
どうしどうし送ってもらえればいいかなっていうところで思っていますので、
おしゃべりしたいぞっていう方がいたら、
一回くれると。
いきなりそれで初めましてでしゃべると怖いから、
09:02
ツイッターのDMとかメールとかでちょっとやり取りして、
この人は大丈夫そうだなって思ったらしゃべるっていう形でちょっとハードル上がるかもしれないけど。
そこでちゃんとメールでのやり取りとかまでめんどくさがらずにできる人は大丈夫だよ。
そこでいけると思ったのにあなたにダメそうって思われたらさ。
僕がダメそうとなんないよ。
そこでのやり取りがちゃんとできれば大丈夫だと思うんだけど、
そこでそもそも僕がダメだと思われる可能性はあるよね。
みたいなところでちょっとやり取りしながら双方いけそうだなって思ったら、
ちょっとおしゃべりやりませんかっていうのをやれたらなっていう風に思っているので、
そういうのも含めて出会い系ポッドキャストとしてやっていければと思っております。
今日はね、なんと2通来ておりますので、
このお便りを紹介していきたいなと思いますが、
まずはラジオネームまめさんからのお便りです。
フリートークのコーナーに書いていただきました。
こんにちは。いつも楽しく拝聴しています。
第40回のおしまいにあった、
分からなくてもしょうがないもののインプットをして元気になるという話が面白かったです。
そういう実感を人に言葉にしてもらえると、
自分の感覚も確かなものになって嬉しいです。
これからもラジオを月曜日の心の支えにしていきたいと思います。
春ですがご自愛ください。
ということで、まめさんのお便りでした。
ありがとうございます。
月曜日の心の支えだって。
どうしよう、人の心の支えになるようなことがあるとは思いもしなかった。
嫁。生きていて。
うーん、そう?
さすがに言い過ぎ。
私たち支え合って生きてるわよ。
私たちはとかじゃなくてね。
それはもちろんお互い支え合って生きていますけれども、
具体的な目の前にいる他人に対しての支え合いと、
お会いしたこともない人に対しての支え合いっていうのは全然別のものじゃないですか。
でもやっぱり心の支えにしていきたいと思いますって
相手いただけるとさ、
なんていうのかな。
いや面白いのがさ、
12:00
人によってはこれすごいさ、支えなくちゃっていう使命感にさ、
燃えたりもするのかもしれないけど、
そうはなんないじゃん。
むしろなんかすごいこの言葉によって支えられた感があるというかさ、
もっとちゃんとやらなきゃとは思わないけど、
ちゃんとこれからも粛々と続けていこうっていう気持ちにはなるなって。
頑張らないように頑張ろうみたいな。
そうそうそうそう。
だから別に頑張りはしないんだけど、
なんで頑張りはしないかというと、
ちゃんと続けていくための工夫として頑張らないんだなっていう気持ちになるというかね。
今まで頑張ってこなかったから、頑張ってこないことが恩返しちゃってるかなっていうの。
求められてる。
変わらないクオリティを提供してる。
今日までのこの感じをさ、支えにしてくれてた人にさ、
支えになってますって言われてすごい張り切ってさ、
そっからさっきめちゃくちゃ空回りした結果さ、
全然支えにならなくなるみたいなことって往々にしてあるじゃないですか。
これに関係ない話なんだけどさ、
やっぱり僕も日記を毎日書いてるんですけど、
日記の書き出して、中盤ぐらいの日記がさ、
抜粋されてさ、
抜粋されてっていうか自分で抜粋してさ、
本にしてさ、
その本でいろんな人が読んでくれて楽しいなみたいになってくれたわけじゃん。
いまだにね、新しい今日の日記とかも書いてるとさ、
果たして日記本になったね、プルスト読みせっかつって本読んでくれた人が、
今この日記を読んで失望しないだろうかみたいなプレッシャーはさ、
なくはないわけじゃん。
そこでやっぱり本を出す前との何か差があるとすると、
そういうもうすでに知ってくれてる人たちが、
何かがっかりしないだろうかみたいなことを、
いかに考えないで済ますかっていうのが難しいっていう話でさ、
プルスト読みせっかつの時だから、
和歌書文庫さんとの話でもちょっと話してたけど、
どうせ誰も読んでないっていう前提があって書いてたから、
いかに、
だからある意味たかだか、
なんか400人とかそのぐらいでしょ、お前のツイッターのフォロワーぐらいのね、
こう自分に対してのプークス感というか、
誰もにもそんなに期待されてないよっていうことを、
いかに忘れないでいるかみたいなのっていうのが、
実は超難しいなというか。
だって400人って言ったら10クラス分だからさ。
10クラス分だね。
10クラス分って言うとだってだから学校デート廊下で言うとだって、
3階建ての3フロアぐらいは占めるわけじゃん。
15:00
うちの高校の1学年だね。
そうそうそうそう。
まあそんなもんか。
1学年ぐらいか。
今僕の中でなんとなく2学年ぐらい行くだろうって思ってたけど行かないか。
いやまあ学区とかにもよると思う。
学区とか世代にもよるけどね。
まあでも1学年ぐらいにさ、
知られてるっていうのは相当すごいことじゃん。
みたいな気持ちになっちゃうんだけど、
まあ分散してるからね各地に。
そんなに対して、
近所の誰家ですれ違ったりはそんなにしないんだよね。
でもこの前電車で、
たくなるがすれ違ってるかやっぱりすれ違うんじゃないかと思うけど、
何が話したかったんだっけ。
なんか多分、
今日大丈夫か。
今日結構ね。
大丈夫だよね。
春ですがご試合ください。
春ですがっていうのがいいよね。
春はそんなにいいもんじゃないっていう選定を共有できてる感じがしますけど。
あのね、やっぱりね、
大丈夫ってさ、
録音の最中に心配するのはあんまりよくないと思う。
もうそれ多分この40回の中で100回ぐらいやってるから。
お互いね、お互い僕とあなたが。
40回の中で100回はやってないだろ。
お互いね、僕とあなたが支え合っているのがすごいよく分かってるんだけど、
その支え合いの精神をね、
あんまりこう、
転がないでね、大丈夫転んでないってずっと心配されてると、
それは必ず転ぶじゃん。
だからまだ転んでないっていう気持ちで、
ちゃんとこの録音の間は痛いなっていう僕は気持ちがあるから。
結構足もつれてるよ。
今だいぶもつれてるの分かってる。
だいぶもつれてるの分かってるけど、
まだ転んでないっていうところをちょっと見守ってほしい気持ちはある。
だいぶお便りから離れちゃった。
ちょっとあのね、私がさっきから喋ろうとは思ってもね、
あ、僕が喋っちゃうの?
すごい喋るから。
ごめんごめん、わかった。
ちょっと一回黙る。
いやなんかさ、
うん。
やっぱ思春期ってさ、自意識がさ、ライジングするじゃん。
うん。
でもなんかライジングしても無駄じゃん。
うん。
だから、
で、自分自身がそんなに人に興味がない。
うんうん。
てか興味が持てないことに悩んでた、
うんうん。
方の人だから、
その、
なんていうの、
なんかフリートークというものにおいて、
こう、
お互いの興味関心を開示するとか、
相手に対して気になることを聞くみたいな、
気にならねえから分かんねえわみたいな、
うんうん。
感じで何も喋れないみたいなのがある上でさ、
うん。
なんかすごい自分がこう、
上手く振る舞えてるか、
不安みたいな、
うんうん。
気持ちがさ、両方あった中でさ、
いやそもそも自分がさ、他人のことに興味が持てないんだから、
相手だって興味あるわけないだろうっていう、
うんうんうん。
ことをね、
すごい自己暗示にかけることで乗り切ったところがある。
18:02
思春期よね。
うん。
だしその後も割とそうで、
うんうん。
ただなんかその身、
でもどこかで見られてるぞっていう、
手を抜いたらバレるぞっていうのはもう、
なんかそれは同時に言い聞かせてることなんだけど、
うん。
なんかそういうこと?
ああ、うん、そういうこと。
たかだか400人だぞ。
うん、なんかその何、
たかだか400人っていうのがすごい良いところって、
なんていうのかな、
誰も見てないっていうのがそのスタートだとすると、
今はたかだか400人はいるっていうことは認めてもいいやっていう気持ちにまでなってるっていうところが結構ポイントだと思っていて、
うん。
なんかそこに適正値はないというかさ、
どうやったって絶対上か下かには勘違いしてるから、
うん、そうやな。
そうそう。
フォローが400人だからといって400人全員が見てるわけないから、
本当はその中で実質見てるのはね、20人ぐらいだと思うんだけど、
うん。
まあみたいなところの、
そのこう、あれとかあるけど、
まあとはいえなんかある程度どっちかには勘違いしているしかないから、
その勘違いをこうなんていうのかな、
大ぶれしないようにこう自分をこう立していくみたいな塩梅を考えなきゃいけなくなってきたなというか、
極端に世界中のみんなが見てるってそれこそがこう、
みんなが見てるっていう自意識の塊になるでもなく、
誰も見てくれてないっていう方になるでもなく、
いなきゃいけないの結構大変だなっていう感じかな。
うん。
まあ私が面白ければいいや。
まあそうそうそう。
で結局録音も最初僕一人でやってたじゃん。
うん。
あれの一番難しかったのはやっぱりそこで自意識の塊になるわけ。
そうね。
で具体的にそれは僕が一人でブツブツ喋ってるところに、
奥さんがガラッて入ってきちゃったらどうしようみたいな。
うん。
ノックしろよってなるなって思って、
その時にだからすごいなんかそういう恥ずかしいことしてるみたいな気持ち。
うん。
一人でそんなことしてるみたいな気持ちもあるし、
うん。
なんかそれを聞く人がどう思うかみたいなのも二重であるわけじゃん。
うん。
みたいなところの恥ずかしさみたいなのが、
まあ奥さんがこうやってやるってことで、
うん。
なんかそんなわっかんなさはちょっとなくなったかな。
うん。
だからその適正にまずこの二人で喋ってるのが楽しければいいやっていうところに。
うん。
落ち着いてきて、
二人で楽しく喋れていればいいやっていうのを目標に据えるのであれば、
相手に大丈夫かって言われたりすると、
それはちょっと失敗しかけてるんだけど。
まあ大丈夫じゃない人の面白さもあるよね。
まあね。
毎回大丈夫じゃないから。
でもだからみたいなことをなんか今は思っていて。
うん。
このお便りに対してそんなにうまく答えられてる感じはしないけども、
でもあれ前回わからなくてもしょうがないもののインプットをして元気になるってなんだっけ。
21:04
私が言った。
あなたが言ったのか。
ああだからなんか自分がつまらない人間みたいな気持ちになったら、
うんうん。
絶対自分がどんなコンディションでも面白いと思えるものか、
わからなくても諦めがつくもののインプットをするって話を。
ああそうかそうか。
で、
してあなたが小説が足りないって話になったのか。
ああそうだ。
うん。
で僕はだから録音の後に小島信夫とビケットを飲み出して。
すごかったね。
やたらに元気になる。
にっこにこしながら小島信夫奥さんにほぼ全部のページ読み聞かせるっていうね。
うん。
あのことをしましたけど。
うん。
そうだね。
でもまあ。
適面だったね。
適面だった。
でもそれこそなんていうのかな。
その、
日記を毎日書いてても思うんだけれども、
だから謙虚なんだけど文字って割とわかるじゃん。
うん。
いやだから文字でわかんなくできる小島信夫やビケットはマジですごいっていう話でもあるんだけど、
その文字って結局その単線的に読んでいくしかできないじゃん。
えーとなんていうのかな。
どんなにオリジナリティ溢れる人でも、
例えば右端と左端から順番に読んでいくとか、
しても一文字ずつ読んでいくとかしても、
それそもそも間違えてるじゃん。
だから読めてないじゃん。
だからちゃんと文字で読むっていうのは、
はっきりと始まりと終わりが決まってて、
ある程度の一貫性みたいなものも、
本人がそんなに意識してなかったとしても読み手の側でつけれちゃうっていうところがあるじゃない。
でもおしゃべりって、
今日の僕のこのコンディションも相まってさ、
喋ってる本人からして何喋ってるかわかんなくなってくるじゃん。
すごい血取り足だよね今日。
でもなんかその血取り足性みたいなものって、
実は文字でやるのめちゃくちゃ難しいわけよ。
なんかやっぱおしゃべりでしかできないことでもあるとかね。
僕がおしゃべりして元気になる一つの理由として、
わかりやすいその短線的な道筋じゃなくて、
どんだけ迷子になっても何とかなっちゃう気がするっていうのを、
やりたいのかもしれないなっていう、
今すごいこじつけていこうとしてるんだけど、
あんまりピンとこないというか、
それは別にこじつけなくていいんじゃないかって顔してる。
いや、巻き込まれるほうの気持ちになってほしい。
僕が元気よく迷子になればなるほど奥さんはすごいこう。
なんか一緒に迷子になったらいいのか、
一生懸命手を引けばいいのかわかんないわ。
いいんじゃない?一緒に迷子になって。
いや、私は動きたくない。
あなたは自分の場所で言いたいのね。
そこでちゃんと転ぶりそうだよとか教えてくれる。
だからお便りの話するんだったらお便りの話したいけど、
フレフレフレーって言っちゃうから。
24:01
僕すごいね、毎回お便りの話をしようって戻っては離れ戻っては離れしてるね。
戻ってきたと思ったらシューって、
何だろう、ツバメの親みたいな。
なんかすごい寄せては返すみたいな。
大波小波。
大波小波みたいな。
奥さんに他にありますか?応答として。
ここで分投げるの?
僕は今、行ったり帰ったりするっていうことを一つの回答としたいなっていう気持ちでいるんだけど、
それに対して奥さんとしてフォローというかはあります。
フォローって大変ですよね。お互いご自愛しましょう。
そうですね。いい締めだと思います。
ちょっと今日はこんな感じですけど、
全然何かの感覚を確かなものにできた感じはしないけれども、
一つこういう。
今後ともよろしくお願いします。
月曜日ってさ、一番ちゃんとしなきゃいけない日じゃん。
その、なんていうのかな、
当日の後に来る日としてね。
一番ちゃんとしなきゃいけない日に、
例えば通勤電車とかでこれを聞いてもらえてるとするとさ、
それほど月曜日にそこは何も言えないよなって思うんだけど。
だから月曜日はさ、
なんか起きて初勤したらもう100点じゃん。
ああ、なるほどね。そういう感じかな。
生きてるだけで100点って、転んでも大丈夫。
ほぼ転んでても転んでないと言い張れるみたいなね。
生きしてるだけで100点みたいな人たちでいいんじゃないですか。
そうだね、やっぱりね。
いかに自分に対しての、自分のやることに対してのハードルを下げていくかって大事だよね。
生きてるだけで偉いぐらいのところにまで、
どれだけハードルを下げるか、ないしはくぐり抜けていくかって。
あの、あれだよ。
昨日ぐらいにツイッターでバズってた。
そんなのがあるの?
それじゃあ100点あげられないな、50点ぐらいだな、なんでだと思う?っていうやつ。
ああ、50点満点だからってやつね。
そうそう、50点、もう自分で満点決めちゃう。
そうなんだよね。だからもう月曜日は20点満点ぐらいで生きていけばいいんだよね。
そうそうそう。
まあそんな感じでね。春だし。
春だし。
聞くときはもしかしたら月曜日かもしれませんが。
何よりもご自愛ということで。
はい。
自分なりの満点を自分であげてくださいってところでね。
はい。
まめさんありがとうございました。
ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。
27:01
はい。
今回はね、何度も言いますけどね、2通来てるんですよ。
すごいよ。
すごいですね。
確かまめさんはちょっと前にくれたんだよね。
ああ、そうだね。
この次のラジオネームのウニマルフォイさんがおそらくお便りくださいって言ってすぐに答えてくださったんだと思うんだけど、
ラジオネームウニマルフォイさんからのお便りです。
ウニマルフォイさんはそれぞれのコーナーにちょっとずつ書いてくれているので、
まず、一回先にコーナーの説明をしよくと、
ユーティックラジオではお便りを募集しておりまして、
コーナーとして今週の不定収束というコーナー。
これは今週どんな風に具合が悪かったのかを教えてもらって、
僕たちが分かるとか大変みたいなことを言うっていうコーナーです。
もう一つのコーナーこんな本くださいっていうコーナーで、
これは何でもいいから何かを書いてくれたら、
それに対して僕が思いついた本を勝手に押し付けるというコーナーです。
これももしかしたら話したかもしれないしツイッターに書いてたりかもしれないけど、
それこそまた赤書文庫さんの話になっちゃうけど、
赤書文庫さんが人に本を勧めるってのは征服欲だというような話をしていて、
割とその通りだなって思うんですけど、
特に僕は征服欲がないとは言わないけれども、
どっちかというと単純に本の話がしたいというだけで、
そのきっかけをくださいというコーナーです。
なので別に読まなくてもいいし、読んでもいいというコーナーです。
あとはフリートークのコーナーがあったりとか、
日常的実践のポイエティックっていう、
このポイエティックラジオの名前のもとになった本の感想を言い合うみたいなコーナーがありますので、
お好きなところに投稿してもらえればと思うんですけれども、
その中でウニマルフォイさんは今週の不定周期のコーナー、
こんな本くださいのコーナー、そしてフリートークのコーナーに書いていただきましたので、
一個ずつ紹介をしていくと、
まず今週の不定周期のコーナーには、
天気による気圧、電車にて隣の人の舌打ちと貧乏ゆすりって形で書いております。
今週の気圧は…
ゲロい。
ゲロかったよね。
あまりゲロかったとか言ってもらえなくて。
でもね、
週の前半が寒かったの?
寒かった?
分かんなくなっちゃった。
暖かかったんだっけ?
今週寒かったんじゃない?
寒かったんだっけ?
分かんなくなっちゃったけど、
暑かったり寒かったりもするし、
一日中下がって一日中上がるみたいなのが続いてたじゃない?
30:03
雨も降ったし。
それはぐらい悪くなりますよ、というか。
桜が咲いた後に寒くなるの結構きついよね。
きつい。毎年そうだよね。
桜が咲いて、他の花々も咲き出してさ、
サチモスじゃないけどキギヨみたいな気持ちになっていくわけじゃん。
キギヨって気持ちになってたと思ったらさ、
急に冷え込んでさ、全部の花がしおれていくわけじゃん。
あの絶望感たるやって感じた。
桜が咲くと今年も生き延びたなって思うんだけど、
その後になぜ追い打ちをかけてくるんだって。
花咲いたんだから良くない?って思うんだけど、
そっから冷たい雨とか降るわけじゃん。
大体いつも冷たい雨で桜散るじゃん。
あれ何なの?
浮かれてんじゃねえよ。
あれすごい浮かれた直後に冷水浴びせる感じさ、
超性格悪いよねって思うんだけど。
まあというわけで本当にね、
あれだよね、大和田さんじゃないけど、
本当によくぞよくぞこの1週間生き延びましたっていう気持ちになるなというところで、
本当に海丸法位さんもこの1週間をやり過ごし、
お便りを書くところまで来てくれたなという気持ちでございます。
あともう一個のこのね、
電車に行って隣の人の下打ちと貧乏ゆすりっていう、
これね、いやもうだって電車というものの嫌い、
いかに電車というものが嫌いだったかっていうことにさ、
自宅での仕事とかも増えてきている中さ、
より一層痛感しているわけですけど、
もともと僕はすごい電車嫌いなんだけど、
何が嫌いってやっぱりこの、
下打ちや貧乏ゆすりもそうなんだけどさ、
基本的に電車乗っている人たちのさ、
電車に対するスタンスね。
スタンス?
いやそのなんていうのか、
電車というものを公共の場として通っている人が少なすぎるなって思うの。
あの、なんかトイレだと思ってない?みんな。
電車っていうものが。
あのなんていうのかな、
職場とかさ、
お店とかだとさ、
まだある程度の公共心みたいなのがさ、
大体の人は持っているじゃん。
電車に乗るとさ、
大体の人が公共心を持ってないんじゃないかって気持ちになるんだよね。
なんていうのかな。
下手したらみんな鼻くそを平気でほじれそうじゃない?電車の中って。
いやてかまあなんていうの、
下打ちとか貧乏ゆっすりと鼻くそをほじるのもさ、
間にさ、そんなに差ないじゃん。
だから、
自分の不敬をさ、
撒き散らす、
老廃物を撒き散らす行為なわけじゃない?
33:00
下打ちも貧乏ゆっすりもさ、
鼻くそをほじるのもさ、
唾を吐くのもうんちをするのもさ。
だから下打ちとか貧乏ゆっすりする人たちの、
そのなんていうのか、
電車というものにおいて、
隣に座った人は人格を持っていないことにする力、
高さみたいなものに、
割と駅役とするんだけど僕は。
下打ちとか貧乏ゆっすり、
下打ちはあれだけど、
貧乏ゆっすりしてる人はさ、
貧乏ゆっすりしたくてしてるのかさ、
結構曖昧なところがある。
うーん、
まあね。
でも出ちゃってるもんはさ。
だからなんていうの。
だってあなたは貧乏ゆっすりの癖だったじゃん。
うん、でも家でしかしないもん。
ああ、そうなった。
うん。
家ではしていいと思ってたんだ。
うん、てか一人暮らしだったしね、
ずっと貧乏ゆっすりがひどかった時代って。
ああ。
だからそうだ、
それも結構一つ問題でさ、
あなたと暮らしだしてからさ、
特に何も気を使わずに、
そういう精神や肉体の老廃物を巻き散らせる場所っていうのが、
ガチでトイレしかなくなったっていうのは、
一個大きな変化というか、
逆に言うと人間にそんなにトイレって必要ない、
トイレだけで十分なんじゃないかってことに気づけたっていうのは、
結構だから他人と暮らすことの一個の功能だったなって思うんだけど、
まあでもだから、
なんかね、
電車は怖いんだよね。
うん。
だからなんか、
なんだろう、
ただ移動したいだけなのに、
なんか公衆便所に我慢して乗ってなきゃいけないぐらいの苦痛が僕はあってね。
うん。
でも難しいんだと思ってた、
電車というものが。
なんかそのこう、
自分と関係ない、
ある意味関係ない人たちと一緒に乗ってるわけじゃない。
でこう、
移動のさ、
運搬の間だけのさ、
うん。
だからその時に自分も含めて、
そこに乗ってる人たちのこと、
荷物と捉えられる感性の人たちとさ、
ちゃんと人間として捉えられる人とかさ、
混在していることによって発生するしんどさってあるわけじゃん。
うん。
そのこうなんていうの、
無意識であれなんであり舌打ちとか貧乏ゆすりなりさ、
しちゃう人とさ、
そういう人たちに対して確実にダメージを食らう人とかさ、
うん。
すごい不幸なマッチングが起きているっていうところに僕は電車に対して、
マジかーっていう気持ちになるっていうのが、
非常に、
嫌い。
嫌いだね。
だったよ。
嫌いだったよ。
私も電車は嫌いだけど。
僕の電車の嫌いさすごいんだなって。
うん、でもなんか、
私は人間陰性の問題だなー。
36:00
うーんと、その揺れとかってこと?
うーん、なんか、
光に弱いから私、
ああ、うんうん。
明滅って気持ち悪くなっちゃうから、
地上の電車すごい苦手。
うん。
あなた地下の電車の方が苦手だけど。
うん、地下の方が公衆トイレの地下っぽい感じ。
うん、てか前住んでたところの地下鉄は、
マジでみんな電車乗るのにだったよね。
いや、本当に最悪だった。
みんなドアの前にいるしさ、
だからすごい、
だからそんなにこう、
古かったしね。
そう、だから他者と共に、
空間を共有してるって意識がみんななさすぎるって。
そうね。
すごい嫌だった。
なんかね、結構路線によっての違いもあるけど。
うん、いろいろあるけどね。
うん。
ていう。
ていう。
あ、でもだからね、
なんだろう、この、
この1年というかこの、だから去年の3月からのさ、
うーん。
感染症云々みたいな話が出てきてからさっきさ、
思うのは電車みたいな場所が増えたなって思ったの。
なるほど。
あと、というのは、
マスクってすごい分かりやすいアイテムによって、
その人がどんな信念を持って生きているかが、
可視化されやすくなっちゃった感じがして、
今でも電車にマスクしてこない人とかも、
ちょっとずつ増えてきちゃったりもしているから、
なんか結構なんだろうな、難しくなってきたなとも思うんだけど、
やっぱりそのこう、なんていうのかな、
マスクで実際に防げるかどうかっていうのはさ、
まあなんていうのかな、
防げる範囲がどの程度防げるのかとかっていうのは、
あるかもしれないけど、
なんか、今の状況になってくるともはや気遣いというかさ、
加害者、なるべく私は加害者にならないように、
振る舞いたいと思ってますっていう意思表明じゃないですか、
マスクって。
だからその、なんていうのかな、
言われもなく、あなたと私は全くの他人だったとしても、
急に殴りかかったりはしませんっていうような意思表明の一つとして、
マスクが今あるっていう状況だと思うわけね。
だからなんかマスクをしないっていうことが割とだから、
知らない人のことというか、
自分の生活に関係ない人のことは殴っても構わないっていう意思表明と、
割と近しいところにあるなっていう気が割としちゃって、
だからそのこう、でなんかそれをいろんなところで目にする。
こっちを、てかこう、目に見えて分かっちゃう。
殴ります表明が目に見えちゃう。
可視化されてるからね。
そうそう、っていうのが結構しんどくて、
電車に僕乗ってる時のしんどさってだから、
すごい大げさに言うと、その公共の場というか、なんていうのかな、
市民に対する不信感みたいなの。
信頼が揺らいでいく、具体的に揺らいでいく場所として、
39:02
すごいしんどかったみたいなところがあるの。
その人と生きていくっていうことは、どうしたって避けれない。
ものとした順天たる事実として、
人間っていうのは複数人のユニットでないと、
生存していけないっていう事実があるわけじゃん。
それの時に一番重要なので、
その他人たちが意味割れもなく殴りかかっては来ないだろうっていうさ、
仮の染めの、なんていうのかな、
信頼関係みたいなものが。
いわゆる常識というもの。
あるから、それがあるってことにできるからこそ成り立つわけじゃん。
そうだね。
電車に乗ると具体的にそのね、
あるっていうことが揺るがせになる感じがしたの。
僕はね。
それがすごいしんどかったんだけど、
この1年というか去年の3月からの状況の中でも、
一番しんどかったのは多分そこなんだなって僕は最近気づいて。
どこに行っても、
それこそ電車の中で舌打ちしたり貧乏ゆすりしたりする人たちが、
街歩いてればこれまでは分かんなかったんだけど、
今は具体的にそれと同じぐらいの圧をマスクをしてないとか、
何か何故か電話で喋る時だけマスクを外すとか、
何も分かってない振る舞いみたいなところに、
出てきちゃうっていうところに割とこう、
これはしんどいなって思ったんだなっていうのに、
最近気づいたなっていう。
全然ちょっと話がだせいしたけれど。
っていう感じでしたね。
自分たちの不定周期層の話はする?
まあでも今だいぶしたんじゃない?
僕の今の不定周期層、
そういう電車へのヘイトも結構溜まってきてるとか。
あとは今週のというよりこの1年の不定周期層の原因っていうのは
こういう感じだっていうのが言語化できてきたっていう。
でも他の人が持っている衛生関連レベルが分からないっていうことの不安。
だから私は消毒アルコールで指がボロボロになっちゃって、
だからこうちょっとしたくない。
したくないしそこのポンプが一番汚くないっていう気持ちがあったりするけど、
そういうところを見とがめられたらどうしようみたいな。
そっちで殴られることの怖さみたいなのが結構あったかな。
だからそれぞれがそういった衛生関連も体調も含めて
ある程度そこにブレがあるのは当たり前というか
ブレがないほうが怖いんだけど、
そのブレがここまで分かりやすく見えてるっていう事態って結構なかったことじゃない。
42:06
いや、すごいと思うよ。
すごいと思うんだよ。
だからテストの後にルネサンソーが来るのもそうだよねって思う。
だから本当に消毒液のポンプをちゃんと押すか押さないかがある意味なんていうのかな。
金髪かどうかぐらいのさ、学校に金髪で行くか行かないかぐらいのさ、
分かりやすさを持っちゃいかねない状況っていうのがすごいなって。
それが一番のストレス感かなって。
実は人の価値観なんてさ、分かんなくていいんだよ。
家から一歩出たらずっと不眠を試されているみたいな世界線に突然来てしまうワオっていう感じがありますよね。
今週の不定周素っていうスケールの話じゃないけど。
今週気づいたこの一年ぐらいの不定周素の正体。
すごい普通の話していい?
普通の話していいよ。
昨日から昨日起きてからずっとふくらはぎがなぜか痛くて、
全く心当たりがないんだけど運動もしてないし、運動してないからじゃねえと思うけど、
今日ハリー行ったら腰がこわばっているのがふくらはぎに出る人いますよって言われて。
腰かーって。
結局腰なんだね。
人間は一枚の皮だから。
まあね。
一枚の皮と一本の管だとか。
どっかの肌が突っ張ったらそりゃ他のところでしばゆーさん来てるわけだからね。
左の首と左のふくらはぎが今痛いんだけど、きっと左の腰が相当ダメなんで。
そうだね、腰がダメなんだね。そこから分散して痛むっていう。
っていう感じです。私は今日。
なるほど。具体的な今週ね。
うん。具体的な今週の不定周素。
ありがとうございます。
不定周素のところは無限に話せるからね。ある程度のところで切らないと。
そうだね。
今日はそんな感じかな。
最後にしたほうがいいかもね。不定周素。
そう、無限に話せちゃうからね。
でもちょっとウニマルフさんはね、こんな本くださいのコーナーに書いていただいてますから、読みますね。
マイノリティデザイン、癒しのエッセイ、創極性障害についての本をください。
ということで、3つもテーマをいただいて。
3つもテーマをいただいたんだけど、
僕の中であまり理解できてない言葉が2つ出てきて、
45:03
3つある中で僕がはっきりと理解できたのは癒しのエッセイだけなんですよ。
マイノリティデザインっていう言葉を初めて聞いた。
なんかググったら、そういう本があるから。
書面なのかな?
だからその拡張者の人が提唱している話。
書くこととしてはまだ概念としてあるわけではなさそうだったよね。
書面とか概要しか見てないからあまりよくわかってないけど、
要するにマイノリティとされている人たちの側から提起するデザインみたいなことなのかな。
ハンディキャップに対して、
なんていうの?
それは無資格障害?
なんとなく規格化しやすい健常とされているような人たちに対して。
私みたいな低身長に合う家具がないみたいな。
うん、みたいな話でしょ。
低身長の人だからの目線で作る低身長の人のためのデザインみたいな話でしょ。
そのデザインがそういう物理的な話だけじゃなくて、
多分制度設計の話になるんだろうけど。
っていうのが多分そういう話なんだろうな。
だからアメリカだと私は障害者でしょ?
150センチ以下だからね、障害者だから。スーパーとかで一番障害者でも近いと思う。
そもそもアメリカ生まれて車に乗れないと思うけどね。
そうね。足つかないな。
つかないと思う。
だからこそ障害者なんだけどね。
あとこの送局性障害。
僕ね、割と好きでさ、
キムラ・ビーン先生とか中石澤先生とかさ、
それこそ精神医療系の人の本って結構読むんだけどさ、
いまだに送局性障害。
あともともと中石澤先生とかキムラ・ビーン先生とかね、
ちょっと前の世代の人だから、それこそ分裂病とかね。
そういうことを使ってた頃のを読んでるから。
分裂病はわかる。
とかってなってくると、
なんかこの送局性障害に対しての僕の解答が逆に荒いというか、
逆にブレちゃってる感じがあって、そのこうなんていうのか、
いろんなものがごっちゃになった結果、だからなんていうのかな。
どの絵の話してるんですか。
わかるよ。わかるんだけど、
今自分が参照できる本ってどれなんだっけっていうのは結構わかんないかな。
48:04
同じ辞書で喋ってる世代の本があんまりないってことでしょ。
だから実はそんなに読んできてないのかもしれないし。
あの人はボードゲームの話してた人。
あの人はそうか、うつ病からの話だからね。
ちょっと署名忘れちゃったな。
知性は死なない。
あの人ね、名前は読めないんだよね。
沖縄…
そうそうそう、みたいな名前。
多分知性は死なないで調べれば出てくるんじゃないかな。
この録音しながら検索するって初めてやるな。
結構、瞬発力を求められるね。
あ、そうそう。知性は死なない。平成のうつを越えてっていう本がありまして。
ヨナハジュンさんっていう人が書いている知性は死なないっていう本が、
もともと歴史研究家だったのかな、の著者が、
総極性障害ってうつ病なの?
総うつ?
総とうつがあるから総極性なわけでしょ。
でもうつ病っていうのは総極じゃないわけ。
だって二つないわけでしょ。だからどっちかに極端なわけじゃん。
なんかあるのかな?単極性とかそういうのあるの?
まあいいや、あんまりこの辺ね、よくわかってないんだけど。
まあでもちょっとその、片方の極っていうことですけど、
平成のうつを越えてっていう副題がついている通り、
その歴史研究家のヨナハ?
ヨナハジュン先生です。
っていう人が、ある意味一つのアイデンティティの喪失というか、
研究というものに必要な集中力だったりとかがなくなってしまって、
いった後に何が残るのかっていうところで、
それでもやっぱり最終的に知性っていうものが残るんだっていうことを書いている。
非常に良い本で。良い本なので。
これが一つお勧めできるところかなっていうところで、
これが一番自信ないやつ。
自信ないやつとか今あなたに助け分を出してもらって思いついたやつ。
当事者であるというだけで、
創極性障害そのものに対してフォーカスを当てて書いている本ではないんだよね。
そうね。ではないからね。
創極性障害それだけに限ると、
あんまりドンピシャの本ってあったっけってなっちゃうんだけど、
そうじゃなくて、
51:01
そういう精神系の本でいうと、
やっぱり僕はキムラビンの本が一番手に取りやすいのは、
ちくま学芸文庫が出ているアイダっていう、
ひらがなのアイダって書いてある本が一番わかりやすいんだけれども、
要するにそこで書かれているのは基本的に分裂病の話なんだけれども、
精神疾患というものは、
個人的な病ではなくて、
人と人との間にある関係性というものが、
ボタンを掛け違っていく状態のことを言うんだ、
というようなことを書いている本で、
割とそれを読んだ時に、
改めて自他の区別って、
そんなにはっきりと自明なものではないんだな、
みたいなことに、
っていう発想を僕が初めて得たきっかけになった本。
10代の頃に読んでよかった本、ベスト3に入る本で、
それこそ最近だと、
国文小一郎先生の中道体の世界とかっていうのも、
一つのキムラビンアイダボサというか、
感主体性みたいな言葉がよく使われるけれども、
人と人との間に生きするものにこそ、
本来は主体みたいなものであるとか、
自我みたいなものっていうものはあるはずで、
完全に独立した閉じこもった子というもので、
本当にあるんだっけみたいなことを考える、
きっかけの一つとして、
僕はそういう心の病みたいなものっていうのは、
読んできたかなっていう感じがするから、
あんまり当時的なものが何かあるわけでは、
今のところそんなにないから、
逆に言うと簡単にわかったふうなこと言えそうになっちゃうんだけど、
そうでなくて、
これからもずっと何なんだろうなって考えていくんだろうなって思うときの、
スタート地点として割と僕にあるのは、
キム・ラビン・アイダっていう本かなっていう感じはするなっていう形で、
割とちゃんと知ってきたかもしれないけど、
そんな感じです。
マイノリティデザインの方も、
俺も全然自信がないけれども、
そもそも定義がふわふわしているのか、
その本を読まないとわからないのかわからないけど、
あんまり僕の中でどういうことなのかよくわかってないんだけど、
僕なりのこのマイノリティデザインということだから、
あなたなりのね。
一番危険なやつ。
素人が自分なりので解釈していくと、
すぐに怪しい民間療法とか陰謀論にいっちゃうからね。
もともとさっきのキム・ラビン・アイダもそうなんだけど、
基本的に自分というものっていうのは、
54:01
自分と他者との間の、
関係性の淡いに生成するものだから、
自分だけが何かを解釈できるとか、
自分だけで何かオリジナリティ溢れる発想みたいなものが出てくるとか、
そういうことを考え始めた瞬間に、
人間は誰でも例外なくつまんなくなるから、
独自解釈なんかろくでもないからやめとけって思うんだけど、
ちょっと時間なかったから。
マイノリティデザインっていう言葉を、
なんとなくこういう感じかなって僕なりに考えたんですけど、
さっきも言ったけどね、
低身長の人が低身長の人なりの洋服を作るよとか、
それが困ってる側の人から、
何か制度設計だったりっていうのを作っていくみたいなことなのかなっていうのが、
あるとしてね。
あるとして。
と仮定して。
仮定して。
バリアフリーとかはさ、
要するにマイノリティデザインじゃないわけじゃない?
要するにマジョリティの側から、
マイノリティの人たちはこういう風に困ってるんでしょ、
助けてやるよっていう、
一つの制度設計なんじゃないかっていう問題提起がここに含まれてるのか、
含まれてないのか知らないけど、
あんまりやると僕エースフォルカーやめるけど、
なんかあるんじゃないかなって思ったときに、
紹介するとするならばっていうところで言うと、
僕はこの2冊ですと。
この2冊って一緒に思うせいじゃ分かんないんだけど、
まず一つが山崎直子さんの
ブスの自信の持ち方っていう本で、
これはね、
ベラボにいい本なんですよ。
帯に書いてあるのが、
用紙によって生きづらさが生じるのは、
本人の問題ではなく社会の問題だっていう風に書いてあるんだけど、
なんか今日ずっとこの話をしてる気もするな。
要するにそのね、
本のタイトルとしてブスの自信の持ち方って、
なんかまるでそのこう、
ともすれば自己責任論にもなりかねなさそうな署名ではあるんだけど、
そうじゃなくって、そもそも用紙によって、
用紙を理由に待遇が変わっていくっていうのは歴史として一つの差別じゃないか。
そしてその差別っていうものは、
構造的に生まれていくものであって、
その個人の属性が、
だけによって、
一位にこうなんていうのかな、
価値が決まっていくなんてことは、
ありえないものなんだから、
そういった差別にはきちんと抗っていかないといけないと思うっていうことを、
ものすごい真摯に書いている本で、
なんだろうね、このね、
もう書き方としては非常に哲学書に近いというか、
57:03
ここまでは間違いないだろう、
ここまでは間違いないだろう、
ここまでは間違いないだろうっていうのをきちんときちんと書いていくっていう本で、
すごい誠実に一つ一つの、
ともすれば精神論というか、
根性論になりがちな自信の持ち方とか、
そのブスっていう言葉の、
強い呪いになりうる言葉に対しての向き合い方として、
ここまで一個一個静かに丁寧に歩みを進めながら、
考えを深めていける本があるんだっていうところで、
非常に良い本で、
だからある意味、本当にその、
なんていうのかな、
ある意味今の社会において、
マイノリティだったり弱いであったり、
劣っているとされてしまいがちな立場から、
それは全く間違っているっていうことを、
理論整然とここまで立ち上げていくっていう、
具体的にその社会というものを、
きちんと変えていこうっていう意図のもとに、
一冊の本にまでするっていう態度っていうものに、
僕はかなり感激をして、
かなり感化もされているんだけど、
一つの、ある意味小さいものの側からの、
デザインの書き直しみたいなところで言うと、
この本は割とそれをきちんと、
試行錯誤している本なのではないかと思うので、
山崎直幸さんの
「ブスの地震の持ち方」の本は、
べらぼうにおすすめですと言うと。
もう一つは、
僕の大好きな、
フズクエというお店があるんですけど、
そこの店主さんのアックスたかしさんが書いている、
「本の読める場所を求めて」と。
この本も、
共通する部分、
共鳴する部分がさっきの
「ブスの地震の持ち方」と同じように、
含まれていると思っていて、
これはフズクエっていう、
本の読めるお店を作っている人が、
いかにして、
本が読める場所というものはあるのかということを、
そもそもなぜ、
本が読めない場所があるのかというところが始まって、
本が読めるとはどういうことかと。
本が読めるということを、
状態ではなく、
場所というものの中に、
インストールしたとき、
何が起こるのかということとか、
徹底的に言語化をして、
ここ、これが、
こういう場所であれば間違いなく本が読めるっていう、
お店を実際に、
作っていくまでの、
考えの軌跡みたいなものを、
一冊のパッケージにまとめた本なんですけど、
1:00:03
僕たちもね、
よく言語化最高みたいなこと言うじゃないですか。
今月の不定周期の困難のときにも、
ちょっとこの前話してたけど、
やっぱり何か言葉にできるということは、
一つ外在化するというか、
自分の体から外に出す行為なわけじゃないですか。
そこで言語化したものを、
誰かと共有できるようなところにまで、
練り上げていったときに、
そこで共有して、
誰かと一緒に、
それを共有して試してみて、
実際なんとなくうまく動きそうだなっていうところも、
確かめるところまでがやっぱりデザインじゃないですか。
本を読みたいけど読めない人っていうのが、
マイノリティかどうかは分かんないけども、
でもなんかその自分の、
自分の、
自分にとって切実な問いっていうものを、
規模の大小関わらず、
徹底的に言語化をして、
実際にそれを社会に実装するところまでやり抜くっていう意味だと、
なんだろうな。
そのあり方も含めて、
僕はこの風俗屋というお店がとても好きだし、
だからこそそのお店の出来上がりまで至る過程、
いや、出来上がりというよりは、
その今の形ができる、
今の形ができるまでのプロセスっていうものをパッケージにしているこの本っていうのは、
なんか一つその、
自分たちのスケールの中から、
何かこう、
居心地のいい場所を増やしていこうみたいな、
ことを考える上で、
かなりヒントにもなるし、
励ましにもなる本なんじゃないかなという風に思っています。
ということでかなり経緯の違う本ですけれども、
この2冊を勝手にオススメしたいなという風に思います。
癒しのエッセイに関しては、
これはもう100%好みだけで、
何が癒しになるのか自体はね、
そうそうそう、やっぱり癒しっていうのは面白いってことだから、
これに関しては、
あなたの癒しは面白いってことなの?
このちくま文庫の森つよしさんのね、
頭オシャレにと、
このエッセイを単純に僕が好きなエッセイで、
多分一番読み返してるエッセイだからっていう理由だけで、
これをオススメします。
そもそも本が読めるってこと自体が結構僕にとっては癒しだから、
本が読めねえ、どうしようっていう時に、
困ったらとりあえずこの、
森一藤さん先生助けてくださいみたいな気持ちで、
この頭をオシャレにちょっと読むと、
なんか頭がオシャレになった気がするっていう、
オシャレっていうのは癒しですから、
いいなってなるっていう本です。
もうちょっと真面目に話すと、
そもそもこの森先生の話自体が、
全部ね、なんか、
なんていうのかな、
ちょうどよく力が抜けてる。
1:03:01
もともと数学の先生なんだけどね、
兄弟の先生で古き良き兄弟の先生って感じがするんだけど、
全部だから常識とされてることに対してすごいのらりくらりと、
なんかそうとも言えるしそうとも言えないみたいなことをずっとこう、
しかもそれをちゃんと数学的なリズムも込みで、
理屈を込みで言っていくから、
なんかこうだって思い込んでいるものに対して、
全てをそうだとも言えるしそうだとも言えないみたいな気持ちに、
させてくれるという意味だと、
非常に肩の力が抜けるんだよね。
やっぱりその癒されてない状態でどういうことかというと、
何かこうカチカチになっちゃってる状態じゃん。
私のふくらはぎのように。
あ、そうそう、あなたのふくらはぎやあなたの首のように、
なんかそのこうだって決まってカチカチになっちゃってる状態。
それをいかにフニャフニャにするかっていうときに一番大事なのは、
あらゆる一旦可能性を増やすこと。
そうだとも言えるしそうだとも言えない状態をなるべく作ること。
っていうので言うと、
知性って実はそういうことじゃないですか。
何か一つにじっとしているんじゃなくて、
むしろフワフワすること、フニャフニャすることってことこそが知的なんだ、
っていうところを思い出させてくれるっていう意味だと、
この本はかなりいい本かなと思うので、
それこそこう精神とは何か、心とは何かみたいなことを考えたりとか、
あとはそれこそ社会に対して、
居心地のいい社会でもデザインすることができるのかみたいなことを考えていくと、
それもすぐに原理主義的なというかね、
うっかりするとこういうふうにしなきゃいけないんだみたいなことを、
結構僕なんか考えちゃいがちなんですけど、
そういう時に一回あぶねあぶねって頭をお洒落にしなきゃって思って、
この本を読むと、
割と何かいろいろどっちとも言えるっていう気持ちになるから、
それはすごい大事なことなんだなっていうふうに思っています。
というところで、こんな本くださいについては、
今日紹介したのは、
知性は死なない、留守の時間の持ち方、
本の読める場所を求めて頭をお洒落に、の本作でした。
どうぞ、読んだり読まなかったりしてください。
というところで、
あと最後にね、
ウニマルフォイさんがフリートークの欄のところに、
初めて聞かせていただきます。
ネット組で出会えたことに感謝しております。
というふうに書いていただいて、いえいえこちらこそ感謝しております。
というところでね、
やっぱり面白いよね。
ただ口喋ってるだけで聞いてくれる人が、
しかも初めましてみたいな感じで聞いてくれる人もいるっていうか、
面白いなって。
1:06:00
事故が起きる。
誰だっけ、誰かが言ってたよね。
このポッドキャストを紹介してくれてた人だったっけ。
えっと、なんか交通事故性みたいな。
交通事故性がないみたいな。
今は少なくなってるんだみたいなこと。
すごいな。
何が一番事故かっていう。
この出典を覚えてないことなんだけど。
なんかオススメポッドキャストの男性みたいな。
ハスキーさんだったかな。
なんか去年のね、2020年のオススメのポッドキャストみたいなのの中に、
早々たるね、普通にめちゃくちゃゴリゴリに資本が入っているポッドキャストと並んで、
このポリエティブラジオのこともちょっと書いてくださっていてね。
それもすごい嬉しかったんだけど、
別のポッドキャストの話で、
そういう交通事故的なね、
なんかうっかり出会っちゃったみたいなものだったりっていうのが、
なかなかやりづらくなってるんじゃないかみたいなことを確か書いていて。
そこのワードがあまりにも良すぎてね、
全部の文脈を全然覚えてない。
そのね、交通事故性っていうワードだけが強烈に覚えてるんだけど。
なんかそんなね、話を。
いやでも交通事故性は、
まだネットの海にあるんだよ。
ネットの海から絶滅したと言われていたあの交通事故性が、
このポリエティブラジオにもあった。
そうあった。
なんかそれはすごい良いことだな。
あ、でもね、なんか、
今せっかく綺麗にまとまりそうだったんだけど、
もう一個思いついた。
何?
あのね、
交通事故性で言うと、やっぱりね、
喋りこそばっていうのは、
まだ事故が起こせるなって思った。
文字にすると、
読み返して遂行したりするじゃん。
そこで結構さ、
ぶつかっても痛くないように丸くするじゃん。
あと絶対打ち抜けるように尖ったりとかね。
あ、そうそう。どっちかじゃん。
だから確実に目的に合わせてカスタマイズできちゃうから文字って。
なんか、事故なくなりがち。
事故をなるべくなくすっていうことも一つの目標だったりするからね。
文章をきちんと書くっていうのはね。
なんだけど、
それこそ喋るのはさ、
今日とかも全部事故みたいなもんじゃん。
危険運転だよ。
文字に起こしたらもう、
あっちこっちぶつかって危ないったらあれしないと思う。
自分なりに言葉解釈しちゃったりとか。
最悪じゃん、そんなの。
みたいなことが起きてもなんか大丈夫な気がしちゃうっていうところが大事なのかなって。
事故に付き合ってくださって、聞いてくださってみなさん、奥さんに本当にありがとう。
1:09:01
突然。
っていう気持ちで。
定期的に思い出さなきゃいけない。
私はゲスト。
そうなんだよね。
なんならマイクスタンドの代わりぐらいの。
一人で喋るのはちょっと無理そうだから聞いててくれっていうところから始まった。
私は聞いてる。
でもだいたいジャニーズとかもそうじゃん。
どういうこと?
友達についてきただけっていう方が受かるんだよ。
だからマイクスタンド代わりでいいからって連れてこられた奥さんこそが、
実はセンターを取って。
もうそろそろ限界みたいだね。
ちょっともう切れ味がなくなってきたというか、元から切れ味はなかったんだけど、
どんどんグズグズになってきたから、今日はこの辺を開けてることで。
今週もお会いしては私、柿内聖子と奥さんでした。
どうもありがとうございました。
01:10:24

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