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2022-12-05 52:26

第百二十七回 情報と体験

「さいきん目がね……」からはじまる雑談。読書やアニメの話が多い。

00:06
はい、こんにちは、ポイエティークRADIOです。お相手は、私柿内正午と奥さんです。どうぞよろしくお願いします。
目がね、悪くなったんですよ。本を読みすぎてるわけでもないのに。
あまり読めない日々っていうさ、日記を出したじゃないですか。
そうこう以上に読めてないからさ、このまま行くとさっぱり読めない日々とか、そういう感じになってくるんじゃないかって思うんですけど。
え、でも冊数的にどうなの?
冊数はね、関係ないの。
そうだね。
冊数は関係ないとか、冊数で言ったらめちゃくちゃ読んでるよ。なぜなら、実話会談本をめっちゃ読んでる。
あれはね、漫画の単行本ぐらいの気持ちでね、一冊読めちゃうから。
もう冊数だけで言ったら読書記録すごいことになってるからね。
もうなんか貝とか、恩とか、そういう字が戻ってるよ。僕の読書を読む。
そうだね、冊数は関係ないね。
やっぱりね、冊数関係ないんだけど関係ある感じはあって、何かって言うとね、何かね、無謀に重めの本にどんどん手を出して、疲れると息抜きに別の重めの本読み出すみたいなことを今してて、
ちっとも読み終わんないんだよね。1時間かけて20ページとかしか読めないような本ばっかり読んでるから、だからなんか、なんか読んでない気がするって思うけど。
定期的に言ってんね。
そう、でも読んでるんだよ。毎回こういう風になってきたら、一回サクサク読める小説とかを読んで、わーってなって本当に素敵っていう気持ちを取り戻したりとか、別に今も素敵とは思ってるけど、
なんかその、こんなに読めちゃうんだっていうのを自分の中に手応えとして持つべきなんだけど、なんか今ね、難しい顔したい時期みたいで、すごい難しい本を読んでる。
そして怪談本はそういう、こう、ドライブをかけてくれるわけじゃない、読めすぎて。
怪談本はしかもショートショートだからさ、ショートショートだとどうしてもツイッターの小話を、3めっちゃ読んじゃうのと同じような気持ちがちょっとあるから。
小説とはちょっとね。
あと電子で読んでるのも大きいね。怪談本でも何冊か紙でいただいたり買ったりしたものは結構満足感があるんだけど、やっぱり電子で読むとどうしてもなんか。
いやもうそれこそなんかツイッターみたいな感じだよね。
そうそうそう、になっちゃうみたいなのもあって、だからまあそういうのもあるんですけど。
だからね、そう、あのね、小説をもうちょっとね。
あのね、この前ふずくえにね、行った時は、それこそ小説を読まなきゃいけないみたいなことを2、3ヶ月前から僕ずっと言ってたって言ってて、
03:06
ツイッターで、なんかそこでいいの教えてみたいなことを言った時に教えてもらった本の1冊が、このディディの傘っていうね。
ファンジョンウンチョの秋消防から出ているやつなんですけど、これは中編が2本入っていて、
Dっていうのと何も言う必要がないっていうのが入ってるんですけど、
これの1冊、この1個目をあの、ふずくえで頭から最後まで全部読むっていうことをやったんよ。
大変いい小説だったんですけど、やっぱり小説っていいなって思ったんだけど、
これもやっぱり半分で、残りの半分もできれば一気に読みたいと思うと、
なんか大事にしとっておいちゃってる感じがあって、読めばいいのにね。
読めばいいのになんかそういう感じになっちゃってるところがあんねんな。
でもやっぱり小説からしか取れない栄養分って絶対にあるし、小説は読んだほうがいいと思うよね。
すごいね、このね、小説ってさ、いいよね、書き出しからもうすでにさ、いいじゃん。
このディディの母さんのね、1冊目のDっていうのはね、こう始まるんですよ。
5時の儀式が始まる直前、Dは稲妻を見た。
同級生がみんな下校した教室でのことだ。
白くて細い腕のようなものが、埃の積もった黒い窓枠を越えて教室の床に達した。
焦げるような匂いがした。
行ってみると焼け跡が少し小さく残っていた。
Dがしゃがんでそれを覗き込んでいるとき、
ディディが教室のドアの前に立っていった。
っていうところが痛い一段落なんですけど、もうこの時点でさ、もうさ、すごいさ、小説だーってならない?
言ってる意味分かるか分からないけど、もうさ、なんかさ、評論とか批評とかっていうのもさ、
ぶっちゃけさ、批評家たちの独自の観世界の中での言葉なんだけどさ、
とはいえ、やっぱり何かしらの地の共同体というかさ、伝達可能性を感じている、
その複数のコミュニティみたいなものを意識した、
なんていうのかな、語彙なんだよね。
要するに例えば今読んでいるさ、一つのこの露出せよと現代文明が言うっていうこの本とかさ、
これラカンの人なのかな、書いてる人が。
要するにそういう人だからさ、この語彙の使い方は明らかにフロイトなんだなみたいなところを前提とした上でさ、
読むでいく必要があったりするみたいなので言うと、だからもうその語彙が何由来なのかって、
例えばこの本の中に出てくるものっていう言葉にはハイデガーの文脈を一応読み取らなきゃいけないみたいなさ、
06:03
そういうようなことがあるわけじゃん。
だけどさ、このさ、リリーのお母さんのさ、
五次の儀式が始まる直前っていうこの書き出しからして、そもそもこの五次の儀式についてはさ、
もう読み終えて最初は誰もわからないわけじゃん、みたいなところから始まるのとかね、
あとその窓枠からさ、外から細い稲妻が床にまで落ちてくるみたいな映像の鮮やかさとかさ、
もう完結しているわけじゃないですか。
なんかそれがいいよね、やっぱりね。
なんかちょっと自閉してる感じというかさ、作品一個の中で完結しているのが小説のいいところ。
いやよなっていうふうに思って。
一応この作品自体は韓国のセボル号沈没事故からのキャンダル革命っていう、
割とこの韓国社会における大きな異種の応答と書かれている部分があるから、
そういうふうに政治的な文脈に寄せていくような読み方っていくらでもできる作品なんだが、
小説って実はいいところってそういう大きな語彙に回収されないところよねっていうか、
その一個自閉していくようなあり方っていうのが一番ね、
なんか魅力なんだよなっていうことを感じる作品でもあって非常に良いなって思いました。
あとやっぱりいい小説っていうのはだいたい恋人や妻が死んだり出てったりするんだよね。
このDを読んだときになんとなく思い出したのは、
盆栽っていう、これまたいい小説なんですけど、それをすごいなんとなく思い出して、
ちょっとね文体とか時系列の操作の仕方とか、
最終的になんか心の支えにしてた女の人が出て行ってしまったり去って行ったりすることによって、
こうしんみりする感じとか、
なんかね、すごいちょっと似ている部分があるというか、
あとその何ていうのかな、
無機物だったり盆栽みたいなものにその次のね、
自分の心の拠り所を見出していこうとする様とかも含めて、
なんとなく自分の中で似たような気持ちがあるんですけど、
やっぱりなんかそういうのを読むとすごいなんかしんみりするなって思います。
いやこれは結構大真面目な話でさ、
なんか現代思想とかさ、
こう評論とかにさ、寄っていくとさ、
なんかどんどんこう、
自分の中で似たような気持ちがあるんですけど、
やっぱりそういうのを読むとすごいなんかしみじみとね、
なんか、もっとあなたとの時間を大切に慈しむように過ごしたいなって気持ちになるのもいい効果だなって思うんですよ。
なんていうのかな、
09:00
こう、
語彙が仕事の道具というか職人の道具になっていくんだよね。
だから人とのコミュニケーションの道具というよりは、
なんかより研ぎ澄まされたさ、何か作品を作るための言葉になっていくんだよ。
嘘じゃなくて、
なんかね、
なんていうの、
そういう世に何か鋭く通っていくような言葉じゃなくてさ、
日々生きていくための言葉って、
実はあんまりそういう、
なんか、始めから社会というものだったり、
事物そのものを対象としたような論考を読むよりさ、
明らかにその、
あえて悪い言葉を使うならば、
独りよがりなさ、自閉した世界、作品世界っていう、
フィクショナルな作品世界っていうのを通した方が、
実は結構こう、見えてくるものがあったりするんだよなっていうのをね、
改めて感じるから、
小説をもっと読んだ方がいいなって思うんですよ。
最近ね、
最近ですかもずっとね、
今年は小説を読んだ方がいいなって思いながら、なぜか小説を読まないっていう1年だったなっていう。
私なんか1ヶ月くらい前の録音で、
あなたにそういう時は小説読むんだって言ってたよって、
言った気がするよ。
そうなんだよ。
でもなんかやっぱりね、1回小説読まないとさ、
結構小説読まないのかなっていう。
読まないね。
面白いよね、これもね。
なんで読まないんだろうね。
読めばいいのに。
でもね、もしかするとね、小説の代わりにアニメ見てるのかもしれないと思う。
すっごい見てるもんね。
死ぬほど見てるからね、アニメを。
ね。
だからなんかそれなのかってちょっと思ってる。
オーディオブックとしてのアニメ。
いや、てかやっぱりね、小説もアニメもさ、
てかなんかアニメを数見て分かってきたことがあるんですけど、
小説もさ、ぶっちゃけさっきも言ったようにさ、
なんか誰か出てって寂しいとかさ、
そんなんばっかじゃん。
なんか今ダメだな。
なんていうのかな、あらすじだけ通ってったらさ、
ぶっちゃけさ、大体の話一緒じゃん。
人と人が出会ったりする。
そうそう。
人と人が出会ってさ、
トラブったりトラブんなかったりしてさ、
愚かな人間の行いを書かれてる。
そうそうそうそう。
なんかさ、ぶつかって破裂を起こすみたいなさ、
話ばっかりなわけじゃん。
もしくは別にぶつかって破裂を起こさないまま、
なんかいろんな人たちの関係がさ、
あって終わるみたいなさ。
うんうん。
それだけなんか人と人がいて、
みたいな話が多いわけじゃん、大体は。
グレッグ映画とかじゃない限り。
で、グレッグ映画も結局数式が人間みたいになって
関係を結んでいく話だからさ、
要するに何かしらの、
何かしらの要素と何かしらの要素が
関係を結ぶのが小説なわけじゃん。
うん。
それの意味では全部一緒なんだけどさ。
うん。
だからアニメは正直一緒なんだよ。
12:01
で、その後何が楽しくなってくるかっていうと、
やっぱり描写なんだよね。
うん。
だからその書かれ方、
だから書いてあることなんかぶっちゃけ、
そういうのもよくて、
その書かれっぷりっていうものが
に惹かれるわけですよ。
で、小説っていうのはやっぱりそういうさ、
さっきの冒頭の書き出しとかもそうだし、
ブルーストのやたら、
特に井上九一郎役の
やたら長くのたくった一文とかっていうのでさ、
やっぱり読んでると気持ちいいわけだよね。
言われてる内容が本当に何か
ママがお休みのキスしてくれなくてつらいとかさ。
うん。
何か電話越しに聞くおばあちゃんの声がすごいこう、
あの、
ゆたくんの表情から切り取ってくる。
切り取られた声だけだから、
すごいなんか弱っていることが分かっちゃって
つらいとかさ。
まあだからそういうこう、
ありみたいもない書感をね、
すごいこう、ものすごい量で書いていく。
でもやっぱりそれは、
それはそこで書かれてる内容の
要約したときの面白さよりも、
やっぱりそれを
こんだけの長さで書くっていうところにこそ
面白みがあるわけじゃないですか。
うん。
それでやっぱりアニメも、
あんまり別になんか数字って関係なかったんだな。
それはそう思う。
そう、この前のゆるキャン会のさ、
朝日のね、上ってくるところとかもそうだけど、
やっぱりだからその、
語り方、描き方っていうものを
楽しむジャンルよなっていうのはすごい思って、
そういう意味で本当にね、
今だと、
どういうと言えばセルフは、
まさに話としてはマジで
一割何も進まないんだけれども、
なんかすごいね、
いいのよね。
うん。
あれのいいところはね、
それこそだからDIYの話なんだけど、
最初だから見るまでは
工具とかメカニックな動きにね、
フェッチを感じるアイテムなのかと思って
見始めたんだけど、
案外そこに対しては、
アニメーションとしてね。
アニメーションとしてめっちゃその、
だから真北のさ、
ドライバーの、
にをめっちゃ書き込むみたいなところに、
最初は力点を置くのかなって思ったけど、
そうではなかったというか、
むしろ本当になんか、
表情とか、
移動のブレとか、
なんかそういう、
もう人間の動きの方に
すごいこだわりを感じる作品。
で、
ああ、そっちなんだっていうのもあって、
最初のチューニングが結構難しかったんだけど、
だんだん見てるうちに、
ああ、これは楽しむものだなって。
結構なんかね、
すごいなんかね、
しかもなんかどや感がないけど、
すごいカットが多くて。
いや、そうだよね。
そう、なんかね、
なんかさらっと見ようと思ったら
全然さらっと見えるんだけど、
おおーって、
なんか動きが結構随所にあるみたいなのが、
やっぱりこう、
面白いところ。
てか工具の動きがさ、
当然こう、
なんていうの、
15:01
ループじゃない?
だから人間の動きの向き動作とかさ、
物理演算のさ、
めちゃくちゃそうだからさ、
際立つっていう。
ところが力点みたいなアニメだよね。
どちらかというと、
工具のシーンっていうのは止めなんだよね。
そこが見せ場なんではなくって、
むしろそのこう、
普段の人間の体は全然それぞれ全然使い方が違うけど、
その工具を使うときには
ある程度正しいフォームっていうのがあるみたいなところの、
こう、
環境の付け方っていうのが、
おおー、なるほどなって思って。
あれとかもだから動きが正しいわけじゃない?
そう、みたいなのとか。
だからそれはその工具を適切に運用できる先輩のさ、
体の使い方とさ、
どんだけさ、
これをこうやってやって、
こうやってやるんだって覚えて、
なお工具に振り回される
セルフちゃんの体のブレブレさ、
みたいな。
工具に使われる人間の体の運動を見るみたいな。
そうそう。
だからそれこそさっきの、
結局小説とか、
何でもさ、要素と要素の関係でしかないじゃんみたいなところで言うと、
踊りと言うセルフは、
人間と人間の関係だけじゃなくて、
人間と工具の関係の中で、
こう体の固有性っていうのが浮かび上がってくるって、
作りになってるわけよね。
だからそこは本当にね、
なるほどなーと思って。
なんか今ふと思ったのはさ、
学生演劇をやっていってさ、
やっぱダメなやつっていうのはさ、
演出がやりたいことと脚本がやりたいことがさ、
絞れなくて、
整理もできなくて、
まとまらないっていうのがまあありがちな、
まあ最初起こるやつじゃん。
だからなんか演劇として、
演出として面白くしたかったら、
もう本当に脚本の意思を一つに絞らなきゃいけないっていうのはさ、
なんか何本か見るとさ、
思うところでさ、
なんか別にそれって演劇だけじゃなくて、
アニメとか小説とかも同じ話だよなーって。
そうなんだよね。
もし、その話がね、話を摂取したくて見るんだったら、
同じ芝居何回も見に行かないんですよ。
そうなんだよ、そうなんだよ。
別にストーリーを楽しみに行ってるわけじゃないよねっていうのは、
演劇を複数回見る人はなんか思う。
そうそうそう。
だから逆にさ、
大多数の人は劇場に行かないよっていうのはさ、
とき、一回見りゃいいじゃんっていう。
ライブもね。
なんで何回も行くのっていう。
なんで何回も行くのって言われることあるけど、
18:03
なんでとは?みたいな。
そうなんだよね。
それはもうなんかさ、受け取り方が違うわけじゃん。
同じ内容であれば、
それは一回見ればいいものな人ももちろんいて、
だから私は映画はさ、大体は一回しか見ないから、
なんか、これは劇場にかかってるうちに見ときたいみたいなのは、
3回とか4回とか行くことあるけど、トランスフォーマーとか。
でもあれもさ、それってさ、ストーリーがどうじゃないからじゃん。
そうだね。
トランスフォームをめっちゃ大きい画面で大きいスピーカーで見たいっていう。
今度のトランスフォームは見たい。
あれはね、楽しみ。
ウィストウォーズとね。
ウィストウォーズ世代だから。
イブンコとコンボイがね。
そう、出会っちゃう。
出会っちゃう。
オプティマスプライムだけどね。
オプティマスプライムだ。
だからコンボイじゃなかったんだろうって思って。
そうだね。
とかさ、だからそれは体験をしに行くわけじゃん。
だからライブもお芝居も私にとっては体験、感激体験であって、
そのストーリーをインプットしに行く場所じゃないからっていうのとさ、
似たような話だろうが小説は何本読んでもいいじゃんみたいなのってさ、
同じわけじゃん。
そうなんですよ。
書かれ方が違うのであれば。
そうなんです。
来てることは人が出会って分かれるだけでも。
そうなんだよ。
違うから。
でもだからそれでね、言うとさ、ちょっとまた違う話になっちゃうかもしれないけど。
僕はね、小説読む動機って批評が読みたいから。
てかさ、なんていうのかな。
その作品を出しに何かを語ってる人の語りが好きだからなんですよね。
プルストーの失った時を求めてもさ、最終的にドゥルーズのプルストーとシーンを読みたいみたいな動機があったりするわけですよ。
あとやっぱり今はね、このドストエフスキーをね、読みたいなって思って。
なんて読むの。山城夢次か。
山城夢次のドストエフスキーを読みたいからドストエフスキーの小説を全部読まないといけないかなとかさ。
なんかそういう動機で読みたがるわけですけど。
でも割とさ、これさ、難しくて。
ちょっと一回悪口入るとね、この露出せよと現代文明は言うっていう本を今大変面白く読んでるんだけど、
この本の中にさっき僕がね、ちょろっと話した、失われた時を求めてのおばあちゃんの電話の話が出てくるんだよ。
21:03
それは、この本の話をちょっとするとどういう話をしてるかっていうと、
さっき言ったようにプルストの中に、療養のために普段の街を離れて少し海辺の街にね、主人公の語り手が休みに行くっていう時に、
1900年代の初めて電話が普及しだした頃に、おばあちゃんと電話するっていうシーンがあるわけ。
で、そこでそのおばあちゃんが普段は口やむかましくいろいろ言ってくるんだけれども、
その顔だったり他の身体線が剥奪された声だけで聞いた時に全く私はおばあちゃんの声、ちゃんと聞いたことがなかった。
そしてこのおばあちゃんの声っていうのはこんな耳元で聞こえているのに、
本来その本人に会いに行こうとすると、もう何時間もかけて列車の旅をしない限りもう会えないんだっていうことが、
この声の近さによってむしろその肉体的な隔たりっていうのがすごい痛感する。
で、この決定的なこの近しいのに遠いというこの隔たりっていうのは、
もうこの祖母っていうのはもう年老いていて、すぐに本当に決定的な別離が来てしまうんだっていうところにまで話が飛躍していく。
で、それでもすごい打ちのめされていくっていうシーンの話をしていて、
これはだから現代文明におけるあらゆるメディアによってね、
全く知らない人がため口で話しかけられたりするみたいな近さがあるからこそ、
そんな風に話しかけられたくないから、なるべく全ての世界に自意識っていうものをまんべんなく敷き詰めることで、
全部自分の世界にしてそこの外にいる人たちのことを拒絶するみたいな、
要するにものすごい情報だけでの距離っていうのはすごい近づいてきてるけれども、
その分だから身体的な距離、もしくは心理的な距離っていうのはどんどん隔たっていく。
で、この近さと遠さの奇妙な同居みたいなあり方っていうのを、
この電話というテクノロジーに対してプルーストが示したこの反応っていうものを
遠くから重ね合わせながら語っていくっていう一節があるんですけど、
僕これはね、あんまり面白くないなって思っていて、
なんかね、難しくて小説だったりを語るときに重要なのって、
僕ね、好きな批評と嫌いな批評がわりと明確に分かれてて、
情報を分析するような批評はあんまり好きじゃないんで、
体験を分析するというか、体験と格闘するような批評が好きなわけです。
本質が結構でかい。
今のプルーストの電話の話っていうのは、
非常にそこに書かれている内容の情報の抽出と、
それを自分の論の中に利用することなわけじゃん。
これはだから要するに一回読んだらいいじゃん、の態度じゃん。
何が書かれているかにしかついていないから。
24:01
でもあなたが言っているライブとか演劇を何度も見るっていうのは、
そこの状況、そうではなくて、体験の方での語りなわけじゃん。
体験の方の語りってどういうことかっていうと、
プルーストの今の電話の話っていうのは何が一番本当はすごいところかっていうと、
その段落でなかなかと祖母のことない話で、
電話というのは恐ろしい機会だなあぐらいのことを考えて、
いろんなことを考えて、
翌日また電話かけるの。
翌日電話かける時にはその電話に関して感じていた魔術をすっかり忘れてしまって、
慣れ切ってしまっているから、
電話交換所が3秒モタモタするだけでイライラしてきて、
早く繋げよみたいになるみたいな話がその後に続いてくる。
プルーストのウシナルト・トキオンが出てくるときに、
電話交換所の電話が無くなって、
電話をかけるときに電話をかけて、
電話をかけるときに電話をかけて、
そういう話がその後に続いてくる。
プルーストのウシナルト・トキオンが出てくるというのは、
そういう持ち主がめちゃくちゃ多いのね。
初めて見た景色にものすごい胸を打たれて、
私にはこの景色さえあればずっと優しい気持ちでいる気がするみたいな感じで、
すごい感動する。
明日からもずっとこの景色が見れるんだみたいな。
ここにずっと投入している間、この景色をずっと見ることができるんだ。
嬉しいなあって思って、
次の日起きて、
あとはある女の子に夢中になって、
本当に目の前にこの子しかいないって、
すごい喋ってるんだけど、
その子といざいい仲になりそうってなると、
あの子の連れのこっちの子の方が僕に
秘めたメッセージを送ってきてくれてる気がする。
とにかく人の考えとか心情っていうものが
絶対に人のところに入れない。
そして何かがそれが習慣になってしまったりとか、
自分が手に入れてしまった瞬間に、
遠くにあるからこそ妄想してたものっていうのが
どんどん厳密に変わっていくんだと。
だからすごい憧れて、
この人のパーティーにお祝いしたいなあって、
ずっとさあ夢見てたところに、
実際行ってワクワクしていくと、
全然盛り上がってなくて、
多分これから盛り上がるんだ。
多分これから盛り上がるんだ。
僕がいるから盛り上がってないのかもしれないとかって考えたら、
みんながどんどん追い止まを告げていって、
今日は素晴らしいパーティーだったわ、
みたいなことを言いながら帰っていくのを見て、
すごいこんなパーティーのために、
皆さんおめかしして、
みたいなことを言うみたいなところとかさ、
とにかくそういう移ろいの残酷さみたいなもの。
というか、
一つの自分の中でのピークだったり、
極点みたいなものがあったとしても、
それはずっとは続かないんだ。
それは、いいことも悪いことも、
いつの間にか、
いつの間にかというよりも、
明確にあっという間にチンプ化してしまうんだっていう、
そのこうさ、
しつこいくらいの繰り返しの中に、
こう、面白みがあるわけじゃないですか。
そのうちの中にある意味、
振り落ちの世界があるのに、
振りのとこだけ、
ことさんにシリアスに捉えて、
それについて語っていくっていうのは、
27:01
プルースは多いんだけど、
なぜなら多分原本読んでる人はそんなに多くないから、
プルースを出しとけばはぐがつくし、
そしてそのプルースって、
そしてそのプルースとの、
そういうところだけ書いておくと、
なんかめっちゃこうなんか、
すごい洞察っぽいから、
書きたくなっちゃう気持ちはわかるんだけど、
なんかちょっとね、
僕そのプルースの使い方はあんまり好きじゃないなっていうのを、
自分が読んだから、
わかるようになってきて、
だからこそ、
ドゥルズのプルースとの話とか、
まさにそういうその、
流れの中での、
なんか一個に決めれなさというか、
それについて、
一つに結論を出すみたいなことができなさというか、
捉えづらさみたいなところについての本だから、
非常にやっぱ面白いなって思ったりもするんですけど、
やっぱりなんかそういうのね、
違いっていうのがありますわよねっていう。
うーん、
まああの、振り落ちそのさ、
なんだろうね、
希少点決の一部だけを切り取って、
自分の論考に利用するっていうのは、
あのー、
本当になんだろう、
批評とか感想ではなくて、
レポートの書き方だよね。
そうだね。
自分が都合悪いところは、
マスキングして、
その自分の論の補強として、
あの素材を集めてくるみたいな、
やり口は、
その使われた作品を好きな人間からすると、
割と、
ふーん、
そういうことする。
だから、
ふーん、そういうことする。
なんて、
なっちゃうよね。
そうね。
一応ね、ちゃんとね、
とはいえあっという間に、
プルストは電話に慣れてみたいな話もしてるんだよ。
してるんだけど、
それをプルストがなんていうのかな、
それをプルストの他の話にも
いくらでも提供できる話なんだけど、
あのね、
それだけテクノロジーっていうのはすぐに、
あっという間に背景になってしまうんだって話に
きていくわけ。
何でも含めてってことだよね。
そうじゃないじゃん、
普通にだから風景とか、
人間がそうっていう話じゃん。
風景とか対人関係とかも含めて、
全てのものを陳腐化すぐにしてしまうんだってことを
プルストが書いてるのに、
それをことさらにテクノロジーだけにできておくのは、
なんかちょっとフェアじゃねえなみたいな気持ちは
ちょっとあったりするんですけど、
まあね、割といいんだけど、
面白い本だから。
っていうのとかね。
でもこういうのもさ、
やっぱり読んでるから言えるわけじゃん。
そもそもこの人が得意分野としてるさ、
ラカンとかそういうところで話されるとさ、
そういうもんかってきっと思っちゃうわけじゃん。
だからなんか、
僕はだからそこでなるべく元ネタ読みたいのは、
別にそれから自分が、
大体のものは歯が立たないというかさ、
手に負えないものが多いんだけど、
でもなんとなくちょっと読んでおくだけで、
なんかここはこの人の情報だけで書いてるなっていうのがさ、
体験含めて書いてるなみたいなのを
ちょっとだけでも把握ができるようになるっていうのは、
結構大きな違いよねっていうのは思う。
30:02
ですよね。
それだからずっと言ってるし、
でもだからこそ評論とか評ばっかり読んでると、
情報だけになっちゃうというか、
内容だけになっちゃうんだよね。
やっぱりどうしてもね。
だからやっぱりこう、
体験に重視するモードを培うためには、
ある程度小説であったりとかね、
音楽であったりを。
見ておくべきだなと思うし、
もう一回しつこいけどアニメに戻ると、
アニメって面白いなって思うのは、
そこのバランスが結構特化してるよね。
そこっていうの?
あのね、情報と体験みたいな対比があるとすると、
アニメって、
情報だけのアニメと、
体験だけのアニメとか、
すごい二極化してる感じがある。
だってウィットユアセルフを大真面目に考察するみたいな、
余地あんまりないじゃん。
ゆるキャンとかもそうだけど。
だけどなんかもう、
絵は割と適当に細かく描きかけて、
そこに情報だけ詰め込むみたいなアニメもあるわけじゃん。
マイリマスター・イルマくんとかだけど。
あれとかアニメーションとしての面白さ、
あんまりないわけじゃん。
動きの面白さ何もないけど、
そこにこういう要素が掛け合わせたら、
みんな好きなキャラになるでしょみたいなキャラクターを
どんどん投入していく。
あとは声のテンポで作っていくみたいな感じで。
絵で語ることがほぼない、
みたいなものもあったりするわけじゃない。
今僕はイルマくんとウィットユアセルフの対比で語ってるけど、
なるほど。
そういうのが面白いなって思って、
面白い現場だなって思いますよ。
でも実は小説もそうなのか。
あまり僕は内容の小説を読まないだけで、
どうなんだろうね。
内容で読ませるものもきっとあるでしょ。
そういうのがね、
どうなんだろうね。
内容で読ませるものもきっとあるでしょうからね。
うん。
っていう感じですよ。
うん。
はい。ということで、
はい。
ここまでは、
前振りというか、
これが本編みたいになっちゃったけど、
じゃあこれが本編でいいか。
それの話する?
僕が最初にね、これそういえばね、
録音始めて最初に僕が話し始めたのって、
あれなんだよ、
本を読みすぎてるせいで目が悪くなってきたっていう話を
しようと思ってたんだよ。
うん。
なんだけど、本を読みすぎてっていうところで、
リアクションを読んでないけどで、
脱線してここまで来たね。
脱線してここまで来ちゃったから、
一応、僕の中でまだオープニングトーク終わってないから、
一回締めると、
はい。
なんかね、別に本読みすぎてるわけじゃないんだけど、
本読みすぎてるのか、読みすぎてるのか、
なんか目が悪くなってきてね。
うん。
すごいなんか、全然見えなくてさ、
ああ、もうダメだなって。
ああ、もう、
こうやって衰えていくんだなみたいな。
うん。
今このさ、ここ何センチくらいだっけ、
1メートルもないよね。
1メートルくらいじゃない。
33:01
1メートル先のさ、このポスターのね、
ゴミ出しのね。
ゴミ出しのポスターが読めなかったんで、
でも、本当に目が悪くなってきちゃったって思って、
すぐ落ち込んでたんだけどさ、
今ね、なんか主力にしてた目がね、
悪かったんだけど、
その眼鏡やめなよって言われたからさ、
言いました。
そんなことでって思いながらさ、
全部ドア一緒なのにってね。
そう、眼鏡変えてきたの。
超見えんの。
やっぱあれ、急に入っちゃったよね。
そう、だからね、眼鏡っていうのは、
実はあれ、自分の視力どうこう以前に、
やっぱ傷がね、つくと、
その分見えづらくなるよなっていう、
何この当然のような話をこんなにしてるんだって話ですけど、
目がね、
前振り長かったなーって思ったっていう、
この前振りの方が充実した結果、
別にこの話しなくてよかったんじゃないかっていうくらい
内容がない話ですが、
一応終わらせておきます。
プルスト的なやつだな。
そうね。
何の話してたんだっけ、
あー、その話だっけーってね。
そうそう。
もう誰も覚えてないから、
急に何の話してるんだろうって思ったら、
一応前振りがあったみたいなやつですね。
ですけど、
外側のお耳、
何を言えるのかって思って、
今ちょっと感激しているところ。
本数いっぱい持ってるけどね、
ちょっとね、
それぞれメンテしてあげたほうがいいよね。
そうなんだよね。
主役のメンバーだから、
度数上げる上げない関係なしにさ、
ちょっと変えてあげたいけど、
あれって金沢出っ張ったやつ?
そうそう。
でもフレームがね、
もともとデッドストックのやつだから、
もう変えれないかもって言われちゃった。
いや、
でもなんかさ、
あんまり卵子とか塩子とかよく分かってないんだけどさ、
人によっては結構難しかったりするじゃん。
単純に度を上げればいいわけじゃないみたいなさ、
なんか、
耳と目は、
歯も、
なるべくさ、
健康寿命を伸ばしたいじゃん。
そうだね。
ちゃんとしたメガネ技師の人と出会えると、
すごい世界が変わるらしいよね。
そうだね。
でもあなたのメガネとかすごいなんか、
でもあの人は多分、
どんな、
度数運の見栄じゃなくて、
見栄だからな。
ファッションとしてのメガネを顔面に合わせるみたいなところに対して、
なんかすごい特化した。
確かにね。
だってあれらしいよ、プロフェッショナル出てたらしいよ。
あ、そうなんだ。
いい店だよね。
なんか変な店で買ったって言ったら親が知ってた。
この間プロフェッショナル出てたって言ってた。
そうなんだ、プロフェッショナルじゃん、やっぱりじゃあ。
プロフェッショナル。
コギートエルゴスム東京産です。
大観音ね。
あそこ何がいいって、音響がいいよね。
いや、変な店。
床が透明アクリルで、下は水が流れているっていう。
36:04
だからBGMが全部チョロチョロチョロチョロっていう水の音っていう。
あれ最高だなって思いますね。
変なメガネばっかり置いてる。
そうそう。
なんか個性的なメガネばっかりですね、みたいに言っても。
でも合わせたら合うんで、どれでも好きなの選んでくださいみたいな感じで言われる。
いや、あそこはすごい。僕もあそこで1本買いたいな、次買うなら。
最近ロメロ買ったね。
ロメロ買いましたね。
ロメロのあのメガネ取り扱いがあるのが埼玉のどこかだったから、そのために行きましたからね、そこまで。
メガネのためだけに往復何時間かかって。
さっき話した金沢で買ったメガネっていうのもね、
金沢はあなたがあのメガネを買ったのと、すごい美味しい海鮮丼を食べた以外はあなたがずっと具合悪くて私はずっと気を揉んでって。
でもあなたは可愛いメガネ買えたからすごい金沢楽しかったって言ってて。
そうじゃ良かったけどさって思い出。
思い出だね。
でもやっぱり具合悪い側ってさ、具合悪いことはしょうがないことだからさ、それをいかに楽しむかって考えるじゃん。
具合悪い側は具合悪いの以外考えられないからさ、終わった具合悪さは一言だからさ、楽しかったことしか覚えてないじゃん。
だってそうじゃなかったら毎月毎月新鮮に生理が辛いとか言わないわけだから。
確かにね。
毎年毎年この季節は辛いって。
そうだね。
分かってんだから。記録で言うんだったらね。体験じゃなくて情報で言うんだったら。
だってあの分厚いさ、プルースと泳ぐ生活という日記本がありますけど、あの中でこいつは毎月具合が悪いって言ってるってことはさ、もう残ってるわけだから。
でもさ、あれを書いたあなたはさ、毎年新鮮にここがこの季節が辛いって。
さ、季節ごとに言ってるわけじゃないですか。
そういうことね。
今年の辛さは今年しか味わえないしね。
そう、だから実は辛い辛い言ってる人よりも辛い辛い聞かされてる人の方が辛いよね。
うーん、季節性のやつはもうお互い乗りこなしていくしかないけど。
固有性の強いものは何か分かってあげられないから、私が何かなんとかしなきゃいけない、できない、都内説中みたいな。
さあ、感じかな。
なるほどね。
まあ金沢とはお互い相性悪かったけどね。ずっと曇ってるし寒いし。
そう、ずっと曇ってるし寒いし冷たい雨降ってるしさ。
ちょっと次行くときはね、ちゃんといろいろ準備して。
39:02
うん、でもなんかすごい美味しかった記憶あるよ。
いちごのパフェとかさ。
ああ、食べたね。
あとやっぱりあれは何だっけ、揚げ葉だっけ。
揚げ葉、海鮮丼。
海鮮のほうがすごく美味しかった。海鮮の隣のメガネ屋がすごかった。
すごかったね。
そのまますぐね、徒歩で21世紀美術館に行けてね。
いやでも次はね、カニ食べたいんだよ。
カニ食べたいよ。カニ食べてフワーって走馬灯みたいになりたい。
タルバだけどあれは。
走馬灯みたいになりたいですね。
なんかさ、旅行というものにさ、港、海が近い町という、海梨県の育ちなんでさ、海が近いところっていうのはさ、
海梨県民の魚だよーって。
なんか、なんだろうね、溢れてると思ってるところがあるの。海産物が。
あの、海でくっぴ散る人ね。
いや、そういうことじゃないけど。
だからなんか別にフラッと言ったら、この公園とか食べれるのかと思ってたところがあるよね。
ちゃんと予約とかお店とか取らなきゃいけないんだねって。
なんかスペインがすごかったじゃん。
あれもビチビチしてた。
ビチビチしてた。
ほっといて打ち上がってる街あったね。
だからやっぱすごいなーって。海のあるところはって思ってたけど。
ちょっとそれと食べれるかどうかは別に。
そうだね。
またなんか旅行に行きたいね。
次は愛媛行きたい。
愛媛行きたいね。
タイとみかん。
あれ愛媛?
ホンダレオの地元。
僕が行ったのは?
えっと香川。
香川も行きたいな。
でも愛媛と香川ってなんか。
全然交通よくない。
あれは鈴木直さんが行ってた。
あれ広島?
フェリーで兵庫とさ。
あ、兵庫と愛媛が行けるんじゃない?
フェリーで行けるんじゃない?
この間神戸行ったときフェリー出てたもん。
あ、そうそう。
船乗れたよ。
なんか好きなんだよね、船。
船好き。でも私フェリーは乗ったことない。
フェリーね、楽しかった。
大学の卒業旅行でさ、一人でさ、大阪から韓国まで、釜山までのフェリーに乗ってたんだけど。
あれすごい楽しかったんだよ。
マジックショーとかあった、食堂で。
でも明らかに韓国の人の服に多分使われてるフェリーで、日本人の乗車率が多分10%くらいだったんだよ。
だからアナウンスとかマジックショーとか全部韓国語なの。
だから何言ってるかよくわからないのもよかった。
だからそこから旅行、大阪の港出た瞬間に。
42:04
ただ日本なんだけど、もうここは異国っていうね。
それはすごい面白かった。
でもそこですごい同室になったドミトリーからの男の人が、
すごいなんか長年日本で先生かなんかやってるみたいな人だったからすごい日本語で喋れたんだけど、
それから今度会う時は韓国語勉強してきてねって言われて、
そうだよなって思って勉強しようって思って、もう何年経ったんだろうって。
積極的に言ってるよね。
やっぱり無責任な約束ってさ、実は深刻な約束よりも人を緩く動機づけるようになると思って。
縛らないからこそ自発的に行くわけでしょ。
自発的にずっとあの時そんな約束したしって思うんだけど、
だから韓国行きたいなっていうのも。
あと韓国でね、向こうについてたからずっと言葉分かんないしね、演技ばっかり見てた。
芝居ばっかり見てたから。
名前今出てこないけど、てへんろかな。
あるね。
ところでずっと見てたから。
あれもすごい面白かった。
結構だから向こうはもう観光客に当て込んでというか、当日見前提なんだよ作りが。
だから横のこのサイドのところにプロジェクトで字幕を打つみたいなことをしてたりして、
してる劇団があって、それはそれで面白いし、そういうのもない小劇場もやっぱりなんかおもろいから。
なんかね、良かったんだよね。
でもまたやりたいなっていう感じがありますが。
旅行したいな。
あと普通に寄生して七五所店に行かないとね。
ねー。
ねー。
ダメだ、ちょっと本当になんかね。
メスメスしちゃうね。
行きたいな。
声ちっちゃいよ。
本屋さんに行きたいよ。
愛媛にあるかな。愛媛の本屋さん知らないけど。
愛媛を。
あ、でもなんか一個ね、プロジェクト読む生活、最初直後半はリスト化してたじゃん。
一個あったよ愛媛に。
名前見れば分かるんだけど。
あったよ。
じゃああそこに行かないと。
やっぱりね、本屋さんに行くな。
小説読むのと本屋さんに行くのはね、大事だなって思う。
本屋さんに行くのも大事だと思う。
健康に。
より良い読書生活のためにいいっていう話。
うん、健康に。
あ、健康にいいよね。
やっぱり本屋さんに行くのはね、大事ですから。
最近結構ネットで買ってるもんね。
45:00
そう、あんまり行けてないんだよねお店に。
それがよくないわよ。
本屋には行ってないのに本は増えていくから。
本屋に行ってどうすんのってなっちゃうじゃん。
どうすんのとは思わないけどさ。
いや、分かるよ。言いたいことはすぐ分かるよ。
なんかどうせ同じ量の本が増えるならより楽しい消費行動であり、
そこから読書が始まっているみたいな体験にはなりにくいわけじゃん。
ネットで買ってる。
ネットで買うというか、やっぱり情報として本買っちゃうんだよね。
もちろんその店舗ごとのレコメンド部がね、
一番最初のその本に関する入り口になるってさ、
やっぱりいいレコメンド文を書かれる店主さんっていうのは
いっぱいいるわけじゃないですか。
だから別に本屋に、店舗にね、行かなければ
どこで買っても同じだとは思わないけど、
やっぱ本屋で隅から隅まで見てる。
そう。
のが健康にいいわけじゃん。
健康にいいわけですよ。
やっぱりそれ本当にネットで買うっていうのは自分の意思だけで本買うわけですよ。
やっぱり情報なんだよね。
この本はきっと欲しいって明確な意思があってさ、
それに指名買いするわけじゃん。
本屋に行った時にさ、
もともと自分が買いたいと思ってた岡山のメモってさ、
なんか2割ぐらいしか役に立たないんだよね。
だいたいその場で買う。
その場のノリで買うわけじゃん。
これじゃあ全然違うことなんで。
あれじゃないのさ、
ブンフリーのカタログ全部読むんだったらさ、
本屋のウェブサイトの端から端まで見ればいいんじゃない?
それはね、やったことあるよ。
やったことあるけど、やっぱりね、ちょい違うんだよね。
違うね。
てか別に本はある意味で置いてあるところどこも一緒だしさ、
ウェブショップだと結構似てるんだよみんな。
全部を全部出してるわけじゃないしね。
やっぱりね、ウェブショップに出してないけど、
たぶんそんなに回転が良くないけど置いてない期間がポイントなんですよね。
そう考えてやっぱり行かんといかん。
本屋行きたいな。
本屋行けばいいんだって話なんですけどね。
行けばいいじゃん。
行くなとは誰も言ってないから。
そうなんですよね。
っていうところですよ。
ただしまうところのない本を連れて帰ってこないで。
連れて帰ってこないで。
拾ったなら最後まで面倒見るのよってやつですよ。
そうだね。また今溢れてきてるからどうしようかって感じですけど。
いやでもちょっとね、あれだな。
七五所店で2万円くらい使いたいから、四五所店貯金だな今。
っていう気持ちで。
あれ一末?
一末。ちょっとまじでどういうタイミング?
って思ってるよ。
48:01
年始だと空いてるか分かんないしな。
早めに来た方がいいですね。
そうですね。
私は今週行くんですけど。
そうだね。でもそれについていく?
ついていくか?
ついていくっていうかそれに合わせちゃうか?
みたいなこともちょっと真剣に今検討しだしてるところで。
分かりません。
そんなところかな。
あと何かある?
今日、万回ステージ3オータム2022の大戦集落なので。
今日っていうの?これの配信日?
配信日に。
どうぞDMMかストリーミングプラスで買ってみてください。
秋田面白かったな。
これまで秋組一番ピンときてなかったんだけどS戦の中で。
今回秋組は。
秋組は6人になってやっとスタートラインに。
やっぱり他の組はさ、冬は別にあれだな。
春と夏はさ、どちらも最初から組としての強度が強かったからこそさ、
新キャラが入ることでどうなっちゃうのかしらというか。
安定感を脅かされちゃうんじゃないかみたいなところの不安からの始まりだったけど。
秋組に関しては最初から割と安定だから。
むしろ新しい一人が入ることによって安定していくっていう安心感があって。
そこも含めて良かったですね。
秋から見てどうかは分かんないんじゃない?
まあ、別に演出的な完成度で言うと秋たんはかなり高かった。
ストーリー、キャラクターの面白さとかもあるけど。
普通に演出が良かったと思うから。
日替わりのアドリブがどれだけ落ち着いているかっていうところ。
そこでワシャワシャしすぎると一気に全体が崩れるっていうところ。
今回思ったのはね。
秋たんは演出が緊密に決まっていて、理想のテンポが決まっているからこそ
下手にアドリブを入れるとめっちゃそこのせいでグズグズ全体に響くんだよなっていうのはちょっと思いますけど。
だから往楽はちょっと心配だなっていう感じがしますが。
往楽は真面目にやるんじゃない?
秋組が真面目にやってくれれば別に夏が何をやろうか。
それはいいんじゃない?
文学会の無駄を生きるっていう特集がありまして。
それにちょっと無駄と読書というテーマでエッセイを書いてみました。
そこでね。
そこでね。
そこでね。
そこでね。
そこでね。
そこでね。
そこでね。
そこでね。
そこでね。
51:01
その無駄と読書というテーマでエッセイを書いていますので。
もしよろしければね。文学会の1月号をチェックしてみてほしいな。
12月7日発売かな?だったはずなので。
あと多磐ブックスから失われた雑談を求めていて。
藤本さんの本が、もともと生活分娘、生活考察の特集だったものを大幅に加筆して
100人ぐらいと雑談したという本が、それもそろそろ出るのかな、だったはずなので
それにもね、雑談のお相手としてちょろっと顔をなぞかせておりますので
よろしければね、書店でお見かけした際には、ご引きにどうぞというところでございます
最初にこれすぐ言われると、この最後まで聞いている人どんな気分だろうというところですけど
どうしたらいいか雑談を求めて、両方ともどうぞよろしくというところで
ポイエティックラジオ、お相手は私が記念賞と奥さんでした
どうもありがとうございました
52:26

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