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#112 勇気が欲しい時に読みたい言葉 / 武者小路実篤「自分達に力がないと云うことを恥じよう」朗読解説
2026-06-27 20:49

#112 勇気が欲しい時に読みたい言葉 / 武者小路実篤「自分達に力がないと云うことを恥じよう」朗読解説

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今回は、武者小路実篤さんの「自分達に力がないと云うことを恥じよう」

短い文章ですが実に力強く勇気をもらう文章です。

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00:00
こんにちは。 今日はね、武者小路実篤さんの
人生論・愛についてっていう文庫本が出ていて、それを持ってきましたと。
いいですね。でね、武者小路実篤さんって1885年に生まれてるんですよね。
明治に生まれていて、大正昭和に活躍された作家ですね。
でね、今日この中から、この本がまずいいんですよ。この本ね、あの武者小路実篤さん、いろいろ本書いたけれども、
なんかいろんなものを書いてきたけれども、もうこの本だけ読めば、僕が人生について感じるっていうことをわかってもらえるように
書いてみたって言ってるんですよ。だからまあちょっと本当に集大成じゃないけど、まあでもそういう意気込みで書いた本ではあるんですよね。
その中でね、今日ちょっと一編だけ扱いたい作品があって、自分たちに力がないということを恥じようっていうタイトルの随筆があるんですよ。
これもう随筆なんですけどね、もうこれ詩ですね。ほぼね。
で、先月ちょっとこれをある友人に手紙で送ったんですけど、
まあちょっとあの、なんか改めてラジオでも扱っておこうかなと思いました。
はい、えーと、五部文庫本でね2ページしかないんで、読むと3分ぐらいで終わっちゃうんですけど、ちょっと読んでみますね。
はい、全部読んじゃいます。
自分たちに力がないということを恥じよう そんな言い訳をすることを恥じよう
そんな言い訳をするのは臆病者だ 自分たちには力はあるのだ
ただ出さないのだ 出すのが怖いのだ
出してまだ見ないのだ よし
自分たちの力が弱かったにしろ 真心の力は弱くはないはずだ
弱いというのは精神が足りないからだ 力はあるのだ
ただ出さないのだ 臆病で出さないのだ
本当に出せば力があるのだ ありながら出さないでいて力がないというのは恥じようじゃないか
自分たちはもっともっと力があるのだ ただ出さないのだ
十分には出してみないのだ 死ぬ覚悟ができていないのだ
03:03
生きる覚悟もできていないのだ まだ本当に目が覚めてはいないのだ
力はあるのだが まだ出し切らないのだ
臆病から そしてつまらぬ遠慮から
そして何より怠惰でことなかれ主義がいけないのだ 本気になれば力は出るのだ
恐ろしい力も出るのだ 世界も動くのだ
皆が一致するのだ そして力が燃え上がるのだ少なくも
それだけの力が 真心にあるということは信じよう
本気さが足りないくせに 力がない謎というのを恥じよう
力はあるのだ 自分たちに力はあるのだ
全国に渡る友達にも力があるのだ ありすぎるのだ
ただそれが一緒に燃え上がるには自分たちの誠意や本気や勇気や精進が足りないのだ
力はあるのだ力はあるのだ それが一緒に燃え上がれば人類も動かせるのだ
その力はあるのだ 埋もれてはいるが力はあるのだ
この埋もれている力を信用しようではないか そして一歩一歩
自分で進んでいこうではないか 自分たちが本気になれば本気になりきれれば
恐ろしい力それには誰も手向かえない 恐ろしい力が生まれることを
我らは信じようではないか 埋もれてはいるが力はあるのだ
それを生かしきれれば大したことができるのだ それを信じよう
そして力がない力がないというのは予想ではないか それは人間と人類と自然を侮辱しすぎている
っていう文章なんです
うん パワフル
いい文章ですね
いい文章ですね
じゅんさんどうしてこれをピックアップしようと思ったの?
いやー 前回の放送でちょっと話したけど
自分が今フェーズとしては不正を取り戻すっていうフェーズがあって
もっと本気で生きれるんじゃないかっていうか
そういう感覚が自分の中にあって
06:03
だから今の自分に刺さるんですよね こういうのがね
それが単に自分だけのことじゃなくて
人類の力にまで行くじゃないですか
それも希望の言葉になってきてて
いやーなんか力強い 本当に
自分の魂に語りかけられてる感じがして
いやーこれ憶深いよなぁ
臆病で出さないのだとか言うじゃないですか
別に俺ビビってないですけどみたいな感覚あるじゃないですか
だから本当は自分の中で何かに怯えているとか
力を出すのが怖いってことに気づいてないことが多いんだと思うんですよ
で例えばその友達とかはね
起業して本当は一回こういう取り組み
あるキャンペーンみたいなものをやってみたかったんだけども
それを発表するのに10日も尻ゴミしてしまったと
でそれは本当は事業のために早くやりたいはずなのに
10日もかかってしまったと
でそれをやっぱり出すことによって反応がない
つまり自分が考えているサービスにはニーズがないってことを
直面するのが怖かったから
自分は10日もかかってしまったのではないんだろうか
ってこととか言ってたわけ
まさに出すのが怖いから
気になれてないっていうことを感じてて
なんかそれをまず自分なりに感じてるのがすごいなと思って
それ聞いたときに
いっぱいあるそういうの
いっぱいありますよ
怖いビビる小さくまとまる小さく収まる
本当はこうしたいのに
なんだろう自分の中で決めた枠
自分はこういう人間で
例えばポンって出せるお金はこのぐらいでとか
自分の中の勝手な限界
思い込みの枠が実はあって
その中にそこを超えてることって
自分には無理かもしれない
出てみたい気持ちはあるんだけど
例えば鳥かごだとして
09:00
自分の想像というのかな
自分の固定観念みたいな
思い込んできた鳥かごの中に自分は鳥がいて
本当はその外にやってみたいこととか
見てみたい景色があるんだけど
自分には無理な気がするとか怖いとか
ピュイって出てみれば見れるかもしれないんだけど
その鳥かごから出ていくのがすごく怖い
でも私はある日
すごくやってみたいことがあったのに
自分には無理かもしれないって尻込みしていて
すごくそのことを考え続けて
一夜寝たんですよ
で、次の日の朝起きたときに
なんていうのかな
全然いろんなことを忘れてて
生まれ変わったかのような朝があったのね
で、そのときって
昨日無理かもしれないとか
すごい事例まではってなってたことも
全然起きた瞬間忘れてたの
今私はこの世界に初めて生まれた
すごい気持ちよくって
初めて今日生まれたみたいな気持ちになって
5分後ぐらいに
そうだったそうだった
私は今家にいて
この鳥籠の設定の中に入っている鳥で
そこから外を眺めている存在だったみたいな感じで
何を自由に羽ばたいて
うわーみたいな無限の可能性みたいな感じになっちゃってたけど
いかないかみたいな感じで
自ら鳥の中に入っていく小さな鳥みたいな感覚があったんですよ
それであれって思って
この鳥籠って自分の思い込みで決めてるものじゃないって
そこの鳥籠に対して
自分が思ってたときがあったんですよ
それで出てみようって思って
自分から出て
景色が見れたっていう体験が今年あったんですけど
なんかすごいその感覚が
さっきの文章を聞きながら呼び覚まされました
自分だけじゃないんだなと思った
これは自分の思い込みかもしれないっていう
その自覚ってどうやって生まれるんだろう
どうやって気づくんですかね
なんていうのかな
その設定
ある意味その前提を一回認識して
それを一回横に置こうみたいなこととか
という話もあるじゃないですか
ブレーキを踏んでることの
でもこのブレーキは本当だろうかみたいな
12:00
このブレーキから足を離したら本当に
じゃあすぐ死ぬのかとか
気づいていくよね
そのブレーキも必要な役割っていうか
現実に生きていく上で
大事な働きももちろんしてるんだけれども
もう片方で
もっとそこじゃないところに行きたいって思いがあって
その思いがだんだん強くなったり
時間をかければかけるほど
いや俺行きたいんだけどみたいなことになり
このブレーキって本当にいるんだっけってなっていきますよね
そうそう
大抵は頭でブレーキをかけて
実際出てみようとする動きも止めちゃうんだけど
出てみようって動き始めると
何かそこに
例えば私の場合はそのケースは
それをするにはちょっとお金が足りないみたいな感じがあったんだけど
でもそれを
このブレーキは私の思い込みかもしれないと思って
出ていき始めると
何かそれにちょうど足りるようなお金が入ってくるような
仕事が入ってきたりとか
何かそれで長尻が合っていくみたいな
そこが何の根拠はないんですけど
そういうことが実際に起こっていて
その時に
自分を信じることと
世界を信じる
神を信じるというか
何かそこって等しい時に
音は動くんだなって思う
何でしょう伝わるのか伝わってるのかちょっと分からないですけど
私は自分の感覚の中ではそれがある
でも自分が信じきれてない時
その鳥籠の中の存在って決めつけて
自分には無理って思ってる時って
ドアは開かないっていうか扉は開かない
自分ができるかもしれないとか
行ってみないと分からないっていう気持ちで動こうっていう風に
傾いた時
自分の力じゃないたりきも動いて
扉が開くっていうか
単に自分がやりたいだけじゃなくて
社会にとって求められてるっていう感覚もあるっていうこと?
どうなんでしょう
社会が求めてるとかそういう視点はちょっとあんまりないかも
なんかでもそういう風に
動く流れになっている
っていう感じもあるってことか
そうそうそう
なるほど
自力とたりきの歯車がカチッと合う時が来るっていうか
15:02
まず自分を信じるって燃料が必要で
そこと世界を信じるっていう燃料を
そこの推移が等しくなった時にパンって
道が開くみたいな
なるほど
なるほどな
分かる気がする
すごく抽象的な話で
なんかよくコンフォートゾーン抜けるみたいな話とかって言うじゃないですか
ちょっとそういう系の類の本を読んだことないんだけども
でもあれ系どちかしいんだが
ちょっとあれにも
次元がある感じがしていて
この文章の中でも
死ぬ覚悟ができていないのだ
生きる覚悟もできてはいないのだ
まだ本当に目が覚めてはいないのだ
ってあるじゃないですか
これすごい文章だなと思って
なんか今自分が
ちょっと今文章書いているのも
殉教者のように
自分の命を捨ててまで
それでも大事なものがあるっていう
なんかそういう生き方をしている人の
力強さみたいなものを
感じながら今文章書いていってるんですけども
そういうのってなんかね
コンフォートゾーンとかじゃ抜けるとかじゃないんだよな
みたいな感覚もあるんですよ
そうなんだよな
自分が今やろうとしていることが
どういうところから来ているのか
っていうことの差がある気がする
単に自分の承認欲求を満たすためっていう
そこから来てる
自分のやりたいことなんで
たかが知れてる話で
もっとなんか大いなるものから
委託された感覚だったり
自分の信念が貫いているものとか
があって初めてこのなんか覚悟が決まるというか
覚悟を決めるというか覚悟は決まるというか
全然うまい話せないんだが
なんかね承認欲求を満たすみたいなところのやつは
不足を埋めるみたいな
そういう原動力になっているとやっぱり
それはその場で終わるっていうか
不足を満たして終わるだけだけど
もっと大いなるものから与えられている
18:01
ものごとだと
なんていうのかな
それ以上の影響がなんか
なんて言うんでしょうね
自分では他への影響なんて
想像もつかないんだけれども
実はそのことによって
いろんなところに発球するっていうか
そういう結果が待っているみたいな
そうだよね
だからそこへのやりたさを与えられているっていうか
そうなんだよね
説明はできないんですけど
そういうことってありますよね
ある
だからエゴイズムから来ているものは
死ぬ覚悟も生きる覚悟もできてないんだよな
そういう感覚がある
本当はエゴとしてはやりたくないのに
やらないといけないっていう感じ
そうそうそうそう
それですよ
それをなんでって言われた時に
なんとなくでしか言えないし
無情にやりたいんだ
理由なんて
言葉じゃ説明がつかないんだっていうもの
そうだよね
ただそれが一緒に燃え上がるには
自分たちの誠意や本気や勇気や
精進が足りないのだって言うじゃない
この深さですよね
精進なんだな
これ精進しないと
ここまでいかないんだな
そういうものほど
それをやって何になるのって言われた時に
何も
いやーみたいな
答えは持ち合わせてないんだけれども
ただ
突き動かされて
痛いんだっていう
エゴはビビりまくるんだけど
そういうビビった時に
こういう言葉を読むといいですよね
そんなところですか
ありがとうございました
ありがとうございました
20:49

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