それで今回ね、私の育ちのことシリーズが意外と長くなっちゃったので、最初の回から間が空いちゃったんですけど、
私自身ももう一回ちょっと過去回を振り返ってみたんですね。ちょっとだけ。
そしたら私、うちの両親の私に対する子育てについて、こう言ってましたね。
これをね、もう一度言いますね。
私に何も言わなかった。
これね、父も母も口を出さず、詮索せず、押し付けず、こういうスタンスで私の子育てをしていたなというふうに思うんですね。
今考えれば、私に対して、私の選択に対してですね、両親は基本的には何も言わなかったんですよね。
これは大人になって改めて気づいていまして、ありがたかったなと思います。
今回、母のことは改めて話していないんですけど、私の母は2022年に亡くなりました。
その後、2023年の8月に、初本に母を思うというエピソードを配信したんですね。
その時に母の話をしましたので、今回思い出しまして。
なので、よかったら概要欄にリンクを貼っておきますので、そちらも聞いていただけましたら嬉しいです。
今回はそこで何を話したかというのをあえて振り返っていないんですけど、重なるところもあったりなかったりすると思いますけど、ご容赦ください。
最近、結構メディア、ネットとか本とかポッドキャストもそうなんですけど、いろんなところでポツポツと目にしたり耳にしたりするのが、
自分が小さい頃もしくは若い頃に、その方の親がした行動とか発言が、その方が大人になってから考えると、
それが自分の人生の中でトラウマになっていたとか、それが大きく影響をして縛りになっているとか、
どちらかというと、マイナス、恨み節と言ったらあれですけど、ちょっとそれによって自分がマイナスの影響を受けてしまったみたいな、そういうことを見聞きしたんですよね。
だいたいは、親の鑑賞の仕方が良くないんですよね。子供を自分と同一視して、一生懸命良かれと思ってあれこれやらせるっていうこともあるし、
こういう道が良いんだっていうことをずっと言い続けたりとか、でもそれがこうそうして大人になった後で子供が親に感謝するっていう、
そういうパターンもメディアで見たりもするので、一概に良くないっていうことでもないのかもしれないんですけど、導き方の良し悪しっていうのもありますかね。
でもともかく鑑賞をするっていうことが、トラウマと神人へのところもあるなというのをね、一番ひどいというかつらいパターンだとニュースで事件になることもいっぱいありますよね。
そういう記事を見たりしても思うんですよね。後は結局親も形的には親になってるんだけど、ずっと中身は子供と言いますかね。
私自身もね、20代前半の頃から全然成長してないような気もして、自分自身もそうなんですけど、親も自分のことで精一杯になっちゃうと子供にやつ当たりをしたりとか、
うさばらしの対象にしてしまったりとかね。つい子供の心の傷になるような発言をしてたりとかね、するのかなってちょっといろいろ見たりして思うんですけど、
それを子供の側が大人になってやっと、あの時親もこういう気持ちでああいうふうに言ってたんだなと気づくパターンもそういうふうに聞いたりする中にあって、親も大人じゃなかった子供だったというか、それを自分が大人になって気づくっていう。
でもそれってもう手遅れとまではいかないくてもね、だいぶ子供の方はそれにその間の人生引きずられて苦しい時間を過ごしましたよね。
そういう話に触れると、自分は私は子供たちにそれをしていないだろうかというのをね、いつもヒヤヒヤしますよね。大丈夫かなってそういうニュースとかを見たりすると振り返っていますね。
うちの子たちはね、両親を見て、私と夫ですね、あえて夫も私と同じだと言い切らせてもらいますけれども、私たち夫婦を見て、この大人たちはいつになっても成熟していないなっていうふうにね、多分思ってると思うんですよね。
多分それをよく知っていると思います。だからこそ私たちも子供と対等に接するようにはしていますし、だけどそれでも子供が理解してくれてるっていうことに甘えないで、ちゃんと子供を尊重しないといけないなっていうことはね、
思いますよね。ついね、子供の将来についてとか、子供がした選択をジャッジするようなことを言っちゃっていないか。これは気をつけてはいるんですけど、心配になりますよね。
プラスの方はまだしも、マイナスの方ですよね。特に気をつけなきゃっていうのはね。
ここまで前置きが長くなってしまったんですけど、うちの両親ね、私の父と母はこういう干渉っていうのはなかったように思うんですね。
選択ということで言うと、私の場合、地元の中学に行く以外の選択肢は実質なかったんですね。地理的にもそうだし、知識もないし、お金もかかりますしね。
もちろん塾にも行ってないし、当時インターネットもないし、口コミしかないから情報もないですね。だからそれ以外の選択肢は中学に関してはなくて。
ということで進路の選択って言うと、高校受験からなんですけど、高校は通学に1時間半もかかる学校を希望して、情報すごい調べたっていうよりかは直感みたいな一種の憧れと言いますかね。
地乗りもありましたけど、その高校が実はうちの中学から行った前例が50年前に1人みたいな話をもちろんと聞いて、だから学校の先生もちょっと前例がなくてみたいな話だったんですけど。
でもうちの親はそれに何かしら懸念を示すことなく、反対せず受け止めてくれましたよね。
でも思えば父はそうでもないんですけど、母はこれ謙虚といえば謙虚なんですけど、割とそんなの無理じゃないみたいな、そういう方向の発言をしがちというのはあったかもしれないですね。
なんかすごい高みを高みをみたいな、そういう系を言わない代わりに、ちょっと無理じゃないみたいな、そういう感じで言われたことはあったかもしれないですよね。
この高校の話をした時も、この学校が割と新学校だったっていうこともあって、最初は冗談かと思ったらしくて、だから笑ってましたよね。その時の光景を今でも覚えてるんですけど。
うちの母は父もそうですけど、距離がより近かった母の方で、これをよく思って振り返ると、私が学校で何か絵のコンクールとか作文のなんちゃらとかで表彰をされた。
何かしらの表彰をされて、賞状とかトロフィーとかをもらったなんていうことがあっても、それをわーすごいじゃないみたいに過度に褒められた記憶っていうのはないかもしれないなと思いますね。
当時も、おおすごいね、くらいはあったかもしれないし、昔のことを喋っている時に大人になってから、ああまあ、Tちゃんはああいうことは上手だったよねとかね、そういう感じくらいはあったけど、何かほんと淡々と肯定してくれるという感じでしたね。
そういえばね、父からは全然何もないんですけど、母からは2回だけ進路のことで、こうしたらっていう、別に干渉とかではないんだけど、そういうちょっと方向性を示すみたいなことを言われたことがあって、これ多分少ないから余計に印象に残ってるんだと思うんですけど。
まず一つ目が、大学受験の時に、降参の時に私部屋にいて、うちの母が部屋を開けて、ピューちゃん、医学部っていう選択肢もあるよって突然言ってきたんですよね。
女性が手に職をつけるという文脈で進めてくれたのか、背景は全然聞いてないんですけど、突然それを言われて、私はすぐにそれを無儀にしたと言いますか。
家に見るの怖いから、それはいいやっていうふうにね、速攻で拒否をしたっていうことがありましてね。これ意外と私も母も、このこと大人になってから覚えてって話になったことがありますね。
という記憶と、二つ目は就職の時ですね。就職試験を受ける大学の3年生ぐらいから動き出すわけですけど、うちが自営業で不安定っていうこともあって、ピューちゃん公務員いいじゃないっていうこともね、勧められたことはありましたね。
どっちも気軽な感じの話にちょっと軽く出ただけっていう雰囲気はあったんですけど、これもね、私結局就職も公務員は一切受けなかったんですよね。
せっかくね、そうやって勧めてもらって、ちょっとぐらい調べてもよかったのに、マスコミっていうね、公務員からかけ離れた職場を選びましたよね。だからね、結局何を言われたところで、私自身が言うことは聞かなかったわけなんですけどね。
でも全体的に言って、就職のこともあれこれ言ってこないし、就職評価期ではあったんですけど、厳しい状況だからどうこうとか、それはやめろとか、ああしろとか、そういうこともなかったし、受ける会社をああだこうだということもなかったし、行く会社を決めましたっていう時も、それも自分で決めたんですよね。
それもその結果をジャッジするようなことは言いませんでしたね。
コネがないのによく受かったぐらいのことはね、それは言ったような気もしますけど、これはチチだったかもしれないですね。
でもこの時もめちゃくちゃ褒めたりとか喜んだりするっていうこともしなければ、けなすこと、マイナスのことを言うっていうこともなくですね、淡々としていましたね。