今回は父の話です。
母が病気になってからは介護をしつつ、イチから家事を覚えた父。現在の父との関わりについてもお話ししました。
【今回の内容】
おたより紹介/祖父母としたかった戦争の話/自営業の両親の仕事のこと/人は学歴ではない/闘病と余命宣告と介護/家事ができなくなった母とイチから学ぶ父/離れて暮らして行き来する/100名城と旅行/父の服選び
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サマリー
今回のエピソードでは、パーソナリティのPIUさんが自身の育ちについて、特に父親との関わりを中心に語ります。母親の闘病と介護を支え、家事を一から学んだ父親の姿や、学歴にとらわれず知識や経験を積んできた父親の生き方について触れます。また、日本百名城スタンプラリーを達成した父親のエピソードや、服選びに付き添った話など、父親への深い愛情と尊敬が感じられる内容となっています。
00:08
迫真のイドバタ番組、職業、主婦です。
主婦の目線で世間を見る、イドバタ会議的な番組です。
縁の下から社会を支えている、けど意外と知られていない主婦の世界を、都内で子育て中の私、PIUがご案内します。
この番組は、有料メンバーシップサービス、ルームのメンバーの皆様のご協力で配信しています。
今回のテーマは、私の育ちのこと、特に父のこと。
もうすぐね、新年度ですよね。
はい、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
今日のね、配信の前に、2回、記事は後日を挟んで、その前かな?に、私の育ちのことのソフボ編をお送りしました。
お便りの紹介と戦争の記憶
まずはね、今回、それに対していただいたお便りからご紹介します。
40代女性のヒロさんからです。
育った環境のお話、同年代でもあり、大変興味深く拝聴しました。続きも楽しみです。
現在のお父様との関わり方なども教えていただけると参考になります。
私の祖父母、全員他界してしまいましたが、もう少し戦争のお話を聞いておけばよかったと後悔しています。
はい、というメッセージでした。ヒロさんどうもありがとうございます。
いや、戦争のお話のことね、私も思います。
もっとね、いろいろ、今思えばあれ聞いておけばよかったな、あれ聞いてみたかったなってね、そういうのありますよね。
少し前にホタルの墓を見たんですよね。少し前って言っても夏かな?夏に見ましてね。
で、また思いましたよね。当時、田舎とはいえ、食料がどんな感じだったのかとかね。
あと疎開の人が来たのかとか、黙後のこととかね。
いや、そういう話はね、知ったことがあったかもしれないんですけど、ちょっと記憶になくてね。
そういうことも聞いてみたかったなと、残念に思いますよね。
やっぱり戦争のことって、祖父母としては聞かれたら答えてはいたと思うんですけど、
でも積極的に思い出したい話でもないですよね。
だから、自分から話すみたいなことはほとんどなかったような気がするんですね。
前回の育ちのことでね、祖母が英語について複雑な心境があったかもっていう、そういうエピソードをお話ししたんですけど、
そういえば祖父は、私が大学時代にアメリカカリフォルニア州のYMCAに1ヶ月滞在していたことがあったんですけど、
その時アメリカのいろんなNPOを見て回ったりとか、後半は自分でいくつかボランティアに参加したりして、
祖父との思い出と習い事の訂正
毎日それぞれこの曜日はボランティアみたいな感じで過ごしていたんですね。
それを返ってから、祖父が私にその言ったことに対してすごく褒めてくれたんですよね。
なんかね、それをすごく覚えているんですね。
普段あんまりそういうふうに強い感情で孫に接するタイプではなかったし、すごく積極的にコミュニケーションを取るっていう感じでもなかったんですよ。
だけどその時は私が一人でアメリカに行って過ごしてきたっていうことを、
多分自分の時代、人生では考えられなかったっていう意味も込めてだったのかなと思うんですけど、
ピューちゃんそれはすごいことだぞっていうことを祖父が何回か私に言ってくれたんですよね。
なんかね、それがすごい印象に残っていますね。
あとね、これ前回言い忘れたなっていうところで、私ね、そういえばね、習い事、習字とピアノ以外に、
ちょっとね、これどこかでも話をしたような気がするんですけど、
当時小学校4年生くらいだったかな。何ヶ月かだけ、本当に短い期間、苦問もやっていたんですよね。
それをちょっと思い出して、私習字とピアノだけって言っちゃった、訂正しなきゃと思いましたので、今回お話をしました。
ちょっと苦問ね、私。ああいう計算を繰り返すっていうのが、ちょっと無味感想じゃないけど。
私としては、つまらなくてやめちゃったっていう言い方って感じですけど。
それでちょっと思ったんですけど、前回のエピソードで、父が私が中1の時に塾をすぐやめてくるかもしれないから、
年間の支払いはやめたほうがいいみたいなね、そういう話をしたと思うんですけど。
これ、父としてはね、私、苦問の善かと言いますかね、苦問をそんなんでやめちゃってるから、また塾もやめるかもしれないと。
その発想で言ったかもしれないですね。
父親の人物像と自営業の両親
それで今回は、ひろさんにもリクエストをいただいた、父のことから始めますね。
はい、それで祖父の息子が私の父というわけなんですけれども、お酒に強くて、お酒が好きっていうところは、父も祖父もどちらも共通していますよね。
もう祖父からはね、一生瓶を開けてもシラフみたいな、確かそんな話だったと思うんですけど。
そういうのを、無優伝的に聞いたことがありますしね。
まあね、父はね、今も毎日お酒を飲んでおりましてね、離れて暮らす私からしましたら、飲みすぎには注意をしてほしいと思いつつですね。
夜だけ一定量、一定量って私からしたら多いんですけど、一定量を決めて飲んでいるようなので、
今のところを見守っております。
あとね、これもこの間言い忘れたんですけど、私は一人っ子なんですね。
だから私が結婚して家を正式に出るということになって、その後は両親は基本的にはずっと二人暮らしをしているんですね。
ちょっと祖父母の状況で多少一時期同居したり、施設に入ったりとかね、いろいろあるんですけど、基本的には二人で暮らしていますよね。
我が家、自営業でして、一応二人で営むっていう形でね。
母も仕事、電費を作ったりとか経理やったりとか、そういうことはしていたんですけど、基本的にはね、仕事は父がやっていました。
父は技術職でして、前に少し話をしたかな、家を継ぐ形で電気関係のお仕事をしてまして、
そこから派生して、エアコンとか家電とか幅を広げて仕事をしていました。
いずれにせよお客さんの家に行って修理をしたり取り付けをしたりっていう、そういう感じのお仕事ですね。
私自身、家に修理の業者さんが来てくださることって、これまでにも何度も何度もありますけど、本当に直接的に誰かの役に立つお仕事だなと思いますね。
学歴より大切なことと母親の闘病
うちの父は大学には行ってないから、学歴っていうことで言えば高卒ってことになるんですけど、でも断然大卒の私よりも社会常識もありますし、
あえて言うとね、うちの母親は大卒ですけど、父の方がいろんな知識があるんじゃないかと思いますし、もちろん理系の知識は段違いですよね。
もうね、小さい頃から家で何か壊れたりするとすぐに、電気屋さん呼ばないとって言ってね。
父のことなんですけど、母がね、そうやってうちの父を呼んできて直してもらっていましたよね。
今もね、我が家離れて暮らしているのに、ありとあらゆるもの、電化製品に限らずですね、家の中のあらゆるものの修理を父に頼っておりまして。
私も夫もそういうのが苦手なんですよね。だから何か不具合が我が家にありますと、
戸田さんもね、「ちょっとおじいちゃん、次いつ来るんだっけ?おじいちゃんまだだっけ?」みたいなね。
2人でずっと頼りにしておりますね。
それこそね、父もすごく手先が器用でして。
昔ね、プラモデルを、すごい本格的なやつを子供が作りたいって言ってね、長男がやりたいって言って、
戸田さんが最初一緒にやろうとしたんですけど、ちょっとね、戸田さん途中でちょっとこれはギブアップみたいな感じでね、
とんざりしまして、もう無理だっていう風になりまして、
それをもってね、おじいちゃん家に行って、おじいちゃんに一緒に完成させてもらうっていうね、
そんなこともあったりしますね。
父ね、結構ニュースもよく知ってますし、生活の知恵もあるし、
ついでに言うとね、今はYouTubeの知識も私よりもね、よほど多くてね、
本当私だから、学歴はあったら助けてくれることは多いし、
それはそれで努力の証だと思うんですけどね。
でも、人は学歴じゃないとね、思っておりますね。
で、父ね、長く働いた後、体の不安なんかもありましてね、
65歳だったかな、で退職をしまして、
さあゆっくりしようという、その年に母のがんがわかったわけですね。
そこからは糖尿生活、でもなかなか母の治療がうまくいかなくて、
転移したりなんていうこともあって、
嫁い宣告もされましてね。
だから、だんだん私も何週間かおきに帰ってはいたんですけど、
何週間かおきに会うと、そのたびに母の体は段階が弱っていって進んでいましたよね。
どんどん介護も必要になるわけでしてね。
いろんな手続きなんかもありましたし、
病院連れて行ったりとか、家の中での介護とかね、
これを基本的には全て父がやっていましたね。
だから、本当に一番つらいのは父だったと思うんですね。
目の前で母がどんどん弱っていく。
その父がつらいっていうことを母もわかっていてね。
私も電話はよくしてました。毎日電話はしてたんですけど、
そのときに母が言ってましたよね。
一番つらいのは残される方だよねって父のことを言ってましたよね。
家事を一から学ぶ父親
そんな中ね、特にお風呂の解除、これは腰に負担もくるし、
結構その力の入れ方、コツもあるし、
もちろん父はそういうことを学んで、介護のことを学んでたわけでもないし、
そんな中ね、手探りで母が一番過ごしやすいように、
母の一番助けになるようにっていう形でお風呂も解除をしてましてね。
いろいろ大変だったと言ってもいましたけど、
でも私、本当に父は、私が言うのもあれですけど、
でも父はやり切ったんだなと思いますね。
もともと母はほぼほぼ専業主婦的な生活をしておりまして、
だから私が専業主婦だと思ってたくらいなので、娘の私が。
買い物に行って料理を作って片付けて、掃除をして、洗濯をしてっていうね。
家事は全部母がやっていたんですね。
これが本当に母はキレイ好きでして、
あちこちこまめに掃除しててね。
いつ誰が家に来たって同じっていう、それぐらいの状態をキープしてましたよね。
今の私の家はね、だいたい誰かを呼べないレベルっていうかね。
そんな実家の状況が信じられないんですけどね。
たまにすごいしっかり掃除をすると、むしろ誰か呼びたいみたいなね。
見に来てぐらいの気持ちなんですけどね。
母はね、そんな私とは違って料理も結構何品も用意してましたしね。
あれこれ常備菜的なものを作ってたりとかね。
得意でもあったし、好きでもあったんだと思いますね。
でもそんな母がですね、だんだんだんだん料理もできなくなったんですよ。
体的にっていうこともあるし、
頭というか記憶というか、そういうこともあって。
やっぱりそれまで完璧にしてきたことができなくなる?
逆に立たないみたいな言い方を本人がしたことがあって、
そんなことないよっていうことを言ったんですけど。
母も辛かったと思うんですけど、父も大変でしたよね。
特にね、それまで何も過剰してこなかったわけですよね。
で、突然全部やることになったわけですからね。
だから母の体調が崩れ始めてからは、
父が母から様々な家事を一から学ぶっていうね、
そういう時間でもあったんですよね。
離れて暮らす父との交流
例えばお風呂掃除を一つとっても、母には母のこだわりがありまして、
それをね、あれこれこれを使って、こうしてこの後はこれをやってっていうことを、
父は母から伝授されたわけですね。
で、今は父は一人暮らしをしているんですけど、
全ての家事を一人でこなしていてね。
料理も、もちろん母が作っていたものを作るっていうのはちょっと難しいとしても、
自分の食べるものはちゃんと栄養も考えながら、
自分で毎日朝昼晩用意をしているんですね。
多分掃除はね、私よりちゃんとやってるんじゃないかなと思いますね。
東京で一緒に住むっていう選択肢もあったと思うんですけど、
いろいろ考えてね、やっぱり慣れ親しんだ家だったりとか地域だったりの
くつろぎっていうのもあると思いますし、
父はね、車にも乗れるので、そういう意味で不便なくやっているっていうのもあってね、
今離れて暮らしてますね。
で、たまに一緒に温泉に出かけたりとか、
この間も行ったんですけど、実家の様子を見に行ったりとか、
突然荒れてたりとかしないかなとか思って行くんですけどね、
ちゃんと母がきれいにしていた、
そのところまではいかないにしても、そこに近づくような形で掃除もちゃんとしてたりとかね、
片付けもされてるし、ちゃんと生活してるなっていうのをたまに見に行ったりとか、
逆に東京に来てもらってしばらく滞在してもらったりね、
で、ちょっと東京でいろんなとこ散歩行ったりとかいう感じで、
ちょっと東京を楽しんでもらったり、
そういうこともしながら、そういう形で行き来しつつ、
お互いの生活を大切にしつつ過ごしておりますね。
たまにね、子供だけで新幹線に乗っておじいちゃん家に行って、
おじいちゃんと何日か暮らすみたいなこともあったりしてね、
そんな時は父自身も子供たちも楽しかったっていうことをね、
はい、言っておりましたね。
日本百名城スタンプラリー達成
そう、あとこれね、どこかで言ったかもしれないんですけど、
父はね、この間って言ってもね、もうだいぶしばらく前なんですけど、
日本百名城って皆さんご存知ですか?
お城のスタンプをお城に行って集める、
日本各地のお城に行ってスタンプを集めるっていう、
タンプ帳ですね。
これの百名城と新百名城っていうのがあってね、2冊。
合計200のお城に行ってスタンプを集めるっていうのをね、
うちの父はやり切ったんですよ。
集め切ったんですね。
もともと昔から富士山が好きで、
富士山の夜明けを見るために車中泊で、
山梨だったかな、山梨に一人で車で出かけるっていうね、
そういうことをするような人でして、
そもそも車が好きで運転が好きで、
だから全国各地に車で行くっていうのが全然苦ではない。
というかむしろ楽しいタイプなんですよね。
若い頃にはバイクで北海道一周したなんていうことを言ってたりもしたので、
その延長で車でも出かけるのを楽しめるタイプで、
お城に関してはね、母がまだ元気だったときに2人で行ったところももちろんありまして、
2人でどこかお城の近くのホテルに泊まって、
観光も楽しみつつみたいな形で出かけたっていうところもあるんですけど、
その後は自分一人でどこへ何日がかりで行くかっていうことを経路も考えて、
宿も取って、僕の宿もね本当にいかにお値打ちに取るかっていうことをね、
ネットでこの時にこういうふうに探すと安いとかね、ポイントがどうとか、
とにかくお値打ちに、しかし便利に清潔にみたいなね、
そういうことを経路を考えて宿も取って、
時には車中泊をしながら、なるべくお金をかけず、なるべく季節もいいときにみたいに、
日本全国各地を回りまして、合計200集め切ったわけですね。
これね、時には私たち一家と一緒に5人で旅行に出かけて、
こことここの城にも一緒に寄って、こっちの観光地行こうみたいなね、
ここの温泉泊まろうみたいな、そういうふうにしてスタンプ集めたところもありますしね。
そういうときに、例えば子どもたちがここに行きたい、ここで一日過ごしたいみたいなのがあるときは、
子どもたちと私たちは一緒にそこで過ごして、
父は別行動で車運転して城をいくつか巡って、夜に同じ宿に集合みたいなね、
そういう日もあったりしましたね。
特にね、沖縄と北海道は、沖縄はやっぱり飛行機で行こうってなるし、
北海道はね、根室の根室半島の一番先っぽのところに一つスタンプがあったですよね。
そういう事情もあったりして、一緒に5人、北海道と沖縄一緒に行って、
ついでにスタンプも集めたらどう?っていうことを提案しまして、一緒に旅行もしましたね。
やっぱり飛行機で行くから多少大掛かりになるんですよね。
旅行としても日数も長くなるし、やっぱり車で行ったりするのに比べると料金もかかりますしね。
そういうのもあって、私たちに対する感謝の気持ちみたいなことで、
父がスタンプを集めきった後でね、
PU一家の私たちのおかげで達成できたっていうことを言ってね、
父が私たちを温泉旅行に連れて行ってくれた、振る舞ってくれたっていう、
本当はこっちがお祝いをしないといけないんですけど、そういう逆に感謝してもらったなんていう時もありました。
服選びと今後の抱負
父はもうすぐ70歳の誕生日なので、これはもう私たちから温泉旅行をプレゼントしようということで、
一緒に旅行しようっていう計画が立っているところです。
そう、あとね、父は家事はいいんですけど、父が一人だとやらないことがありましてね、
もうね、服を全然新調しないんですよ。
何でもまだ着れるしっていう感じでね、結構長いこと着てるよね、それっていう感じのものをずっと着てるので、
東京に来た時に夫の戸田さんと3人で洋服を買いに出かけまして、戸田さんそういうのを選ぶの得意なんですよね。
家族全員のを選んでると言っても過言ではない。
そういう感じなので、洋服屋さんに行って、お父さんこれはどうですか、こっちもいいですねなんて言いまして、一緒に服を買いに行ったっていうこともありました。
というところでね、ちょっと今回はまたね、父や母の私に対する子育てみたいなところまで、
ちょっとたどり着かないまま長くなってしまったので、そちらはまた次に持ち越そうと思います。
最後まで聞いてくださってどうもありがとうございました。
最近の出来事と番組告知
最近の私はですね、長男の小学校の時のお友達でね、親子をともに仲良しの家族がいるんですけど、
そのお友達が呪術回線を貸してくれたんですね、漫画ですね。
それを、だからもう流行ってから結構経ってはいるんですけど、今読んでおります。
まだ読み途中なんですけどね。
でもこの途中まで読んでも、やっぱり人気のある漫画っていうのはね、面白いわけですよね。
私ね、そういう漫画とか映画とか本とかね、広く浅く派なのでね、人気のあるものを信じて摂取していますよね。
白心の糸端番組、職業主婦です。もしよかったら番組のフォローをお願いします。
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それではまた。
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