大河ドラマと和歌の紹介
今日も我が家の野菜たち、おいしいよ。
はい、始まりました。農家のごちそう。
この番組は、奥出雲に夫婦二人で開いた、自然栽培の栽園、ぴたごらファームの栽培担当、私、古川京介がお送りいたします。
ここ最近は、20世紀の移り変わりに合わせて収録していますので、
一年を24の区切り、ということは、一つの石器について、大体約2週間ぐらいの期間があるわけです。
なんとか滑り込みセーフで。
今年もあと2回ですね。今日は大雪と書いて大雪の放送でございます。
突然ですけども、皆さん、大河ドラマは見ておられますか?
NHKの大河ドラマですね。
今日のこの放送の収録現在、2024年12月の17日になるんかな。
この前の日曜日は、光る君への最終回がありましたね。
そのシリーズを通してですね、たくさんの劇中に和歌が読まれたんですよね。
平安時代の大河ドラマだったんでね。
なんせ意味がよくわからない和歌のですね。
自分なりにこれは古文みたいなもの、昔書かれたような言葉遣いで書かれているから、読まれているから、よく意味がわからないんだろうと思って、
ということはですね、短歌やったらいいんじゃないかと思って、
図書館で現代の歌人、本村ひろひさんが書かれた、短歌のガチャ本っていう本を借りてきたんですよ。
なかなか楽しく読み進めているんですけども、自分でもびっくりするぐらい意味がわからないですよ。
そこでですね、まず一つ目の学びとしてはですね、和歌はわからないものなんだということです。
ちなみに親父ギャグではないですよ。いたって真面目に話してますから。
でですね、ここで大河でも読まれていた道永の歌の一つをご紹介してみたいと思います。
このようば、わがよとぞ思う、もちづきのかけたることもなしと思えば。
はい、どうでしょうか。この歌はですね、通称もちづきの歌。
もちづきっていうのは希望の棒に月で満月のことみたいなんですけどね。
有名な歌らしいんですよ。もちづきの歌って言ってね。
でも劇中でですね、道永の歌はどういう意味なんだ?みたいな感じで仲間同士が集まって話し合うシーンがあったんですよ。
そこでそれぞれに自分の解釈を話すわけです。ああいう歌だったんじゃない、こういう意味だったんじゃないかみたいなことね。
そこで2つ目の私の学びとしてはですね、和歌は解釈でいかようにも受け取れるっていうことなんじゃないのかなと思ったんですよ。
その考え方によっては、和歌っていうのは正確に意味が伝わることが目的ではないのかもしれない。
読み手が解釈する余地が残されているっていうことかなと思ったんです。
自身の和歌への理解
続いてはですね、3つ目の学びも発表したいと思います。
私は和歌の楽しみ方を知らないということ。
私っていうのはもう私自身ですけども、先ほど挙げさせてもらいました本村さんの本も読んでてもですね、歌の方はそっちの系で、一生懸命解説を必死で読んでるみたいなね。
この自分がこういう傾向としては、美術館で絵とかを見てる時もそんな時があるような気がするんですよ。
これは何の絵なんやろうかとか、どういう意味の絵なんかとか、いい絵なの悪い絵なのみたいなことですね。
確かにそういうことも大切にしつつですけども、そんなそのああだこうだって考えている時間を楽しめるようになったらいいななんて、そんなことも思います。
勉強も兼ねてですけども、私も三問課尋、三問っていうのは取るに足らないという意味ですけども、発表できたらいいなと思って。
今月の初めにですね、その一年、私たちピタゴラファームの自分たちのですよ、頑張りをねぎらうっていう一泊二日の旅行で、鳥取にある岩井温泉にて竹音の打ちつく間の岩井湯のあまりにつらなるコーヒーカップ。
竹音の打ちつく間の岩井湯のあまりにつらなるコーヒーカップ。
私のその入ったお風呂はですね、ししおどしっていうんですかね、あの滝がカンカンってなるやつがあって、なかなか大きい音だったんですけども。
とか、その泊まらせていただいたそのお宿の館内にたくさんの民芸というか、民芸の陶器がすごく並べてあってすごく良かったんですよね。
そういう風景を頑張って歌にしてみました。どうでしょう。
次回は今年最後の当時の放送ですね。
今回はそのごちそうの話がほとんどなかったので、無理矢理に入れ込むとすると、和歌にね。
万葉集ありますよね、奈良時代の。いろんな食材が出てくるらしいです。
ハブ、大根、ウリ、里芋。
では、ごちそうさまでした。