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2026-02-08 10:38

コテンラジオとか好きな人におすすめのポッドキャスト見つけた

生き方研究会(カウカウ哲学さん)
https://open.spotify.com/show/2MPi4g5sdfIF34BPxj39ig?si=bHKdCrj4QT2NXoMfSZwX5g
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https://stand.fm/channels/5f7e673ff04555115dc868ae

サマリー

このエピソードでは、カウカウ哲学というポッドキャストが紹介されており、近代哲学や仏教を取り入れた内容が魅力的であると語られています。また、社会的事故と本当の自分との対比を通じて、真の幸せを探求する重要性が述べられています。

カウカウ哲学の魅力
はい、地方×AIのペスハムです。今は長野県でAIの研修講師をやりながら、お手伝いという、地方の人材不足×旅をして、
地方に行きたい、地方で体験したい、そういう人をつなぐサービスの広げるお手伝いをしております。
ということで、今日は久しぶりにビビッときたポッドキャストですね。しかも全然有名人じゃない人、
ケンスーさんとかね、そういう定番の皆さん聞いているポッドキャストじゃない番組を見つけたので、ちょっとシェアしたいと思います。
行き方研究会というタイトルで、カウカウ哲学さんという方がやっていらっしゃる番組で、完全に一人喋りですね。
一部途中でゲスト会っぽいのもあるんですけど、ゲスト会だとだいたいゲストに喋らせるじゃないですか。
でもほとんどですね、このカウカウ哲学さんがゲストに対して教えを説いているみたいな感じで、面白いですね。
たぶんめちゃくちゃ喋る人なんだろうなって思うんですけど、喋りでは超上手いんですよね。
話している内容とかは、本当に近代哲学、歴史、そして仏教、さらには幸せとは何かみたいな感じかな。
一言でちょっと言えないんですけど、要は今の俗物的な資本主義、そしてドーパミンにまみれて本当の幸せを見失ったような現代人が、
例えば仏教であるとか哲学、あるいは近代以前の価値観、思考というところを一部取り入れた形の、もちろん現代における重要なことっていうね、
科学だとか資本主義だとかそういったところも捉えつつも、でもそれだけじゃないよねっていう思考とか前提っていうものを枠組みを外す、心の眼鏡を外すみたいなことをね、
おっしゃってましたけど、そういうことを通して自分の幸せっていうものは何なのかっていうことが見えてくるための何かきっかけを作るみたいな、
そういったようなポッドキャストになっています。古典ラジオとか好きな方はめちゃくちゃおすすめかなというふうに思います。
社会的事故と本当の自分
古典ラジオだと対談形式でお互いのキャラもはっきりしててすごくわかりやすいし、エンタメとして楽しいんですよね。
なんですけど、このカウカウ哲学さんはもう本当に一人喋りで、声も低くて落ち着いた声で、もうとにかくとうとうと語りかけてくる感じなので、
そういうのが好きな、そういうのが好きな人というかね、会わない人がちょっと違うかもしれないけど、一人で喋っている方がより、何て言うんでしょうね、
論理的にやっぱり話としては整合性が取れやすいというかね、ところがあります。本当に話が上手なので全然噛まないしね。
これ台本作っているのかちょっとわかんないですけど、めちゃくちゃね、悠長に喋ってらっしゃるんですよ。
編集しているようにもちょっと感じないんですけどね。一人喋りって編集するってほとんどないじゃないですか。
すごいなって思うんですけど、しかも多分若いんですよね、この方ね。なんか元々、全然ね、そのバックグラウンドわかんないんですけど、結構資本主義の世界で活躍されて、
AIが出てきたタイミング、その前に占いもね、かなり占いのアカウントでも発信もされていて、それはまだ継続されていらっしゃるんですけど、
どっかのタイミングというか、AIが来たタイミングで資本主義から完全に脱却して農業の世界に行ったっていう。
で今普通に農業のお手伝いみたいな感じで働きながら、なんか多分資本的には、お金的にはね、多分十分こう、
人生を謳歌できるような、多分卓愛を持ってらっしゃるんじゃないかなって勝手に想像してますけど、それで農家と土、自然を感じながら暮らしているみたいな感じらしいです。
はい、なんかそれはノートに書いてありました。すごく自分自身学びになったんですけど、なかなか難しい概念なのでシェアするのもちょっと難しいなと思うんですけど、
僕自身が感じたことをちょっと一つ言うとですね、そのとある回で、社会的事故と自分自身っていうね、その対比っていうのがあったんですよね。
社会的事故っていうのは、その社会に必要とされるだとか、社会が求めている姿としての自分ということで、例えば仕事においては役割を果たす、あるいは役割以上の成果を出すっていうことであるとか、
人間関係においては、例えば明るくてよく笑う、みんなのムードメーカーみたいな風に思われていたらそういう風に振る舞うであるとか、自分がこうしたいっていうその場その場の思いとかっていうわけではなくて、
ある意味こう、あなたってこういう人だよねっていうふうに思われているあなたであろうとする自分みたいなことを社会的事故ですね。
一方で自分、本当の自分っていうのは、その時々変わる感情だとか、体調だとかっていうところも踏まえて、今自分がどういう風にありたいのかっていう、すごくわがままなというかね、
本当にこう、うちなる自分がこうありたいっていう風に思っている姿みたいなところですね。
こことの対比っていうところで、結局その社会的事故っていうものは、生存していくために必要とされていることだったっていうところで、
結局その人類がこれまで生きていく、生き続けていくために必要なことっていうのは、その個人の自由とか個人の自分自身でありたいっていうことはあまり重要ではなくて、
やはりその生産性を担保して、より工業、農業、ありとあらゆる産業をどんどん育てていく、成熟させていくっていうことにおいてのコマの一つであったんですよね。
なのでコマが、こうしたいっていう風に言われては迷惑というか生産性落ちてしまうので、ちゃんと求めているものに合致するだけのコマがやっぱり重宝されるし、
それっていうのは別に雇われる側関係なく経営者でも一緒ですよね。その社会におけるコマっていうような存在っていう意味合いで、この社会的事故っていうものが重要視されていたと。
ただしその人類が生存していくっていう、そのために必要なフェーズっていうものはもう過ぎ去っていて、どちらかというとそれがもう飽和しつつある中で、それでもこの社会的事故を生きようとしすぎなければいけないというか、
もちろんそのゼロ百ではないんですけれども、その社会的事故を見つめすぎているというか、もうそれがスタンダードになりすぎてしまって、本当の自分は何がしたいのかだとか、欲しているものは何なのかみたいなことが分からなくなっているよねみたいな、そういったような話をされていたんですよね。
で、これを一つ解決するというか考えていく上で必要なのが、自分がいかにエネルギーを発揮できていると自分自身が感じられていることって何なんだろうみたいなこと、そこの問いに対してどんな答えが返ってくるかっていうことがすごい重要っていうふうに言われていて、
例えば、自分の気持ちがワーって何なっているっていう時とか、自分は心から楽しいと思えているような時だとかってやっぱりありますよね、その社会とか他人に規定されない自分自身のその喜びみたいなところ、人に褒められているから嬉しいっていうよりかは自分の内側から湧き上がるようなその嬉しさ、熱さ、感動みたいな、
そういった瞬間っていうものを少しでも多く、1秒でも多く感じれるような、そういったような人生設計をしていくってすごく大事なことだよなという話を感じたところですね。
人生設計の重要性
もちろんそういう話から自分自身が感じたっていうようなところです。
ちょっとその話していくとまた長くなっていっちゃうので、ちょっと今日はこんな感じで、このポッドキャスト面白いよっていうところだったので、興味ある人は聞いてみてください。
スポティファイだけかなと思うんで、ということで、今日もあなたの地域に何か一つでも変化がありますように、いってらっしゃい。
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