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こんばんは、今夜もまた、おやすみ歴史ラジオの時間がやってきました。 ベッドに入って、一番リラックスできる姿勢で聞いてね。
今夜お届けするのは、徳川家康の生涯を書く物語の、いよいよ最終回、第4話です。
前回は、天下人となった豊臣秀吉から、生まれ故郷の豊かな土地をすべて没収され、誰も住みたがらない泥だらけの荒れ地だった江戸へ大引っ越しを命じられた家康のお話をお届けしました。
家康はその理不尽な命令にじっと絶え、ピンチをチャンスに変えて、江戸を誰もが驚く巨大な最先端都市へと生まれ変わらせましたね。
そして、そんな家康をずっと警戒していた秀吉が、ついにこの世を去るところまでがお前かいの物語でした。
今夜は、秀吉が亡くなった後の大混乱の日本で、家康がこれまでに蓄えてきたすべての知恵と力を解き放ち、ついに天下統一を成し遂げる物語のクライマックスです。
秀吉という絶対的なリーダーを失った日本は、再び大きな不安に包まれていました。
秀吉には、まだ幼い秀頼という息子がいましたが、幼い子供に国を引っ張る力はありません。
豊臣家を裏から支えていた大名たちの間では、これからは自分たちがリーダーになるべきだ、という不満や激しい主導権争いが毎日のように繰り返されていました。
そんな中、誰もが次に国をまとめるリーダーとして期待を寄せたのが、他の誰よりも長く我慢を続け、圧倒的な実力と信頼を築き上げていたあの徳川家康でした。
しかし、そんな家康の前に、最後の大きな壁が立ちはだかります。
秀吉への強い忠誠心を誓い、豊臣家を何よりも大切に思っていた真面目な武将、石田三成です。
三成は、家康が豊臣家を乗っ取ろうとしているのではないかと激しく警戒し、家康の好き勝手にはさせない。
豊臣の天下を守るために、家康を倒さなければならないと、日本中の大名たちに呼びかけ、家康に戦いを挑む準備を始めました。
こうして、日本は再び二つの大きな勢力に分かれることになります。
家康をリーダーとする東軍と石田三成を中心とする西軍です。
この二つの軍勢が日本の運命を賭けて激突したのが、歴史上余りにも有名な関ヶ原の戦いです。
1600年9月、現在の岐阜県にある関ヶ原という盆地に、両軍合わせて15万人を超えるという途方もない数の兵士たちが集まりました。
辺り一面に深い霧が立ち込める中、戦いの火蓋が切って落とされます。
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実は、この戦いが始まる前、戦術の天才である石田三成は、家康の軍を囲い込むように完璧な陣形を敷いていました。
普通に戦えば、三成の率いる西軍が圧倒的に有利な状況だったのです。
実際、戦いが始まると、西軍の激しい攻撃によって家康の当軍は何度も押し戻され、戦況は非常に苦しいものとなっていました。
しかし、家康の本当の恐ろしさは、目の前の武力だけではありませんでした。
家康は戦いが始まる何ヶ月も前から、西軍に味方している大名たちに対して何百通もの手紙を送り、恐ろしいほどの心理戦を仕掛けていたのです。
三成の味方をして本当に未来があるのか、もしこちらの味方をしてくれるなら、戦った後に素晴らしいご褒美をあげようと、相手の心の隙間にじわじわと語りかけ、味方を裏切らせる約束を取り付けていたのです。
戦いが始まって数時間が経ち、当軍がピンチに陥っても家康は焦りませんでした。
じっと戦況を見つめながら、自分が仕掛けた心の罠が発動する最高のタイミングを待ち続けていたのです。
お昼が過ぎ、戦いが始まって数時間が経っても、勝負の行方は全く見えませんでした。
家康の仕掛けた裏切りの約束をしていたはずの大名たちが、戦場の様子を伺ったまま、どちらの味方をするべきか迷って一歩も動けずにいたのです。
ここで家康は一勝一敗の大勝負に出ます。迷っている大名たちのお城に向けて、何と味方であるはずの家康の傍から激しい大砲を打ち込ませたのです。
いつまで迷っているのだ、今すぐ裏切らなければ、お前たちから先に踏みつぶすぞこの家康の恐ろしいほどの迫力と脅しに震え上がった大名たちは、ついに西軍を裏切り、石田三成の軍勢に向けて一斉に襲いかかりました。
完璧だった三成の陣形は、内側からの裏切りによって一瞬にして崩壊し、十五万人による日本最大の決戦は、わずか半日ほどで家康の圧倒的な勝利で幕を閉じたのです。
関ヶ原の戦いに勝利し、明日共に日本のトップに立った家康は、1603年、今の東京に江戸幕府を開きます。
十代の頃からどんなに理不尽な目にあっても、じっと耐えて力を蓄えてきた家康が、六十歳を過ぎてついに天下統一を成し遂げた瞬間でした。
天下人となった家康が何よりも願ったのは、自分が子供の頃に経験したような、大切な人が次々と命を落とす悲しい戦争を二度と繰り返さないことでした。
そのために家康は、大名たちが勝手にお城を修理したり、許可なく結婚したりすることを禁止する厳しい法律を作り、戦争の種を徹底的に摘み取っていったのです。
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家康が作ったこの江戸幕府は、その後、なんと二百六十年もの間、一度も大きな戦争が起きないという、世界でも奇跡と言われるほどの平和な時代を作り出すことになります。
1616年、七十三歳でその激動の生涯を閉じる時、家康は静かに微笑んでいたと言われています。
幼い頃の人質生活、三方原での大敗、江戸への理不尽な大引っ越し、人生のほとんどが苦しみと我慢の連続だった家康ですが、そのすべての経験が、日本から戦争をなくし、最高の平和な国を作るための大切な栄養になっていたのです。
泣かぬなら、泣くまで的を、ほととぎす、じっとチャンスを待ち続け、最後に大きな花を咲かせた徳川家康の物語は、これでおしまいです。
あなたが今夜、どんなにつらいことや悔しいことがあっても、それはいつか大きな幸せに変わるための大切なステップなのかもしれませんね。
それでは、四日間にわたってお届けしたおやすみ歴史ラジオ、家康の物語はここまで。
今夜は家康のように、すべての力を抜いて、深く心地よい眠りについてね。おやすみなさい。