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こんばんは、今夜もまた、おやすみ歴史ラジオの時間がやってきました。ベッドに入って、一番リラックスできる姿勢で聞いてね。
今夜お届けするのは、徳川家康の生涯を描く物語の第3話です。
前回は、戦国最強の敵である武田信玄に大敗した悔しさを馬鹿にせず、自分の情けない顔の絵を描かせて大人の武将へと成長し、最後には見事にリベンジを果たした家康のお話をお届けしました。
今夜は、信長が亡くなった後に天下人となった豊臣秀吉との一瞬も目が離せない高度な心理戦と、誰もが耳を疑った歴史上最大の大引っ越しのお話です。
本能寺の変という突然の事件で信長がこの世を去った後、一気に天下のリーダーへと駆け上がったのが、あの豊臣秀吉でした。
新しく天下人となった秀吉は、日本中の大名たちを次々と圧倒的な武力と巧みな交渉で自分の部下にしていきましたが、家康だけは簡単には秀吉の軍門に降りませんでした。
信長公の正当な相棒として、この国を支えてきたのは自分だという強いプライドもあり、家康は秀吉に対して堂々と正面から立ち向かったのです。
一度は狛き、長くての戦いという合戦で、秀吉の率いる大軍を相手に戦いました。
誰もが、いくら家康でも秀吉には勝てないだろうと思っていましたが、家康は得意の粘り強い戦術と、部下たちとの堅いチームワークで見事に秀吉の軍を打ち破り、その実力の高さを日本中に見せつけたのです。
秀吉のこれまでの華やかな人生の中で、戦いで完璧に負けた相手は、後にも先にも家康だけだったと言われています。
これには秀吉も大変驚き、冷や汗を流しました。家康を力だけでねじ伏せることは絶対にできない。
もし力づくで奪おうとすれば、こちらの命が危ないし、日本中がまたバラバラになってしまうと深く悟ったのです。
そこで秀吉は戦うのをきっぱりとやめて、驚くべき方法で家康に仲直りを求めてきます。
秀吉はまず、自分の最愛の妹である朝日を、それまでの旦那さんと無理やり別れさせてまで、家康の新しいお嫁さんとして送り込んできました。
私の大切な家族を差し上げますから、どうか味方になってくださいという、秀吉なりの必死のアピールでした。
それでも家康が、はい、そうですかと簡単には首を縦に振らないのを見ると、秀吉はさらに驚くべき行動に出ます。
なんと、自分の最愛のみのお母さんである傲慢どころまで、家康のもとへ人質として差し出してきたのです。
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天下のトップに立つ人物が、プライドを完全に捨てて、自分の家族を何人も差し出してまで頭を下げてくる。
その凄まじい姿を見て、家康は秀吉の天下への執念と、目的を果たすためなら何でもする器の大きさを認めました。
これほどされては、もう戦う大義名分がない。これ以上戦争を長引かせれば、日本中の良民たちが苦しむだけだ。
秀吉の熱意に応えようと決意し、家康はついに秀吉の部下となって、その天下を支える道を選んだのです。
しかし、秀吉の側は、家康が仲間になったからといって、完全に安心したわけではありませんでした。
むしろ、近くで見れば見るほど、家康の圧倒的な頭の良さと、家康のためなら命も惜しまないという徳川の部下たちの団結力の強さを、誰よりも恐れるようになっていったのです。
これほど強くて賢い家康を、自分の目の届く大阪や京都の近くに置いておいては、自分が死んだ後、豊臣家は一瞬で天下を奪い返されてしまうかもしれない。
今のうちに、家康を誰も知らない遠くへ追いやらなければならないと、秀吉は夜も眠れないほど不安に駆られていきました。
そして1590年、秀吉が日本全国を一つにまとめる天下統一を成し遂げた直後、小田原という場所でお城を眺めながら、家康に信じられない命令を下します。
家康伝、あなたが生まれ故郷の岡崎から、これまで命がけで守ってきた豊かな愛知県や静岡県の土地を、すべて豊臣家に没収する。
代わりに、誰も住みたがらない遥か遠く離れた東の果て、関東の土地へ、今すぐ引っ越ししなさいという、あまりにも理不尽で一方的な国害の命令でした。
当時の関東、特に今の東京にあたる江戸という場所は、きらびやかな大阪や京都、あるいは住みなれた豊かな静岡の土地とは全く違っていました。
見渡す限りの広大な湿地帯で、一面に背の高い雑草が生い茂り、大雨が降ればすぐに近くの大きな川から泥水があふれてしまう、荒れ果てた寂しい田舎町に過ぎなかったのです。
綺麗な水を飲むための井戸もなく、家を建てる土台すらドロドロにぬかるんでいるような、文字通りの不毛の地でした。
そこに何万人もの部下やその家族を連れて引っ越せというのですから、これは実質的な嫌がらせであり、お化け屋敷に閉じ込めるようなものでした。
徳川の部下たちはこれを聞いて、激しい怒りで我を忘れそうになりました。
秀吉め、我が心狩りをそんな地の果ての泥沼に追いやるつもりか。せっかく命懸けで取り戻し、大切に育ててきた故郷の土地を奪うとは何事だ。
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騙されてはなりません。こんな命令は無視して、今すぐ秀吉と一戦交えましょうと、怒りで肩を震わせ、今にも刀を抜いて大阪へ攻め込もうと行きまいたのです。
部下たちの言うことも最もでした。せっかく苦労して手に入れた豊かな土地を奪われ、誰も住めないような荒地に生かされるのですから、悔しくて涙を流す者もいました。
しかし、ここでも家康の、あの底知れない我慢の才能が発揮されます。家康は怒り狂う部下たちの前に立ち、静かに手を挙げてみんなをなだめん、こう言ったのです。
誰も住めないような荒地だからこそ素晴らしいではないか。前の主人が作った町をそのまま使うのではない。これはピンチではなく、新しい巨大な国を自分たちの手でゼロから作り上げることができる、歴史上最高のチャンスなのだ。
秀吉伝は、我々に新しい国をプレゼントしてくれたのだ。家康は秀吉に対して嫌な顔一つ見せず、それどころか満面の笑顔で、素晴らしい土地をありがたく頂戴致します、と言って、江戸への大引っ越しをあっさりと受け入れました。
そして家康と部下たちは、住みなれた美しい故郷に別れを告げ、泥だらけの未知の荒野へと一歩を踏み出したのです。ここから家康は、誰もが驚く想像を絶するリーダーシップを発揮していくことになるのです。江戸に入った家康は、ただ秀吉を恨んで過ごすのではなく、すぐさま驚くべき都市計画をスタートさせました。
まず最初に行ったのは、大きな川の流れを変える大工事でした。当時の江戸は、大雨が降るたびに泥水があふれてしまう湿地帯だったため、川のルートを大きく変えることで、地面をからりと乾いた住みやすい土地へと生まれ変わらせたのです。
さらに、人々が安心して暮らせるように、きれいな飲み水を町中に届けるための水道を、日本で初めてゼロから作り上げました。住みやすくなった江戸の町へ、家康は日本中から腕の良い職人や商人をたくさん呼び寄せ、誰もがワクワクしながら働ける、活気あふれる巨大な最先端都市を作り上げていったのです。
今の日本の首都である東京が、世界でもトップクラスの大都会になったのは、この時に家康が理不尽な命令にじっと絶え、知恵を絞って基礎を築いてくれたからに他なりません。
秀吉が大阪で金ピカのきらびやかな権力を自慢している間、家康は関東の広い土地でじっと頭を低くし、部下たちと共に力を蓄え、誰もが住みやすい理想の国を静かに育てていたのです。
そうして江戸の街が立派に完成へと近づいていた1598年、天下人であった豊臣秀吉が重い病に倒れてこの世を去りました。
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10代の頃から切ない人質生活に耐え、三方ヶ原での大敗に耐え、理不尽な大引っ越しにも文句一つ言わずに耐え続けてきた家康。
秀吉が亡くなったという知らせを聞いたとき、家康は静かに目を閉じ、これまでの長い我慢の日々を思い出していたのかもしれません。
ついに何十年もの間、じっと磨き続けてきた家康の知恵と力が日本中を動かす瞬間が近づいていました。歴史のバトンがいよいよ家康のその手に渡ろうとしていたのです。
それでは第3話のお話はここまで。ゆっくり目を閉じて最後の第4話を楽しみにしていてね。おやすみなさい。