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こんばんは、今夜もまた、おやすみ歴史ラジオの時間がやってきました。 ベッドに入って、一番リラックスできる姿勢で聞いてね。
今夜お届けするのは、新しい走者の物語、第5走者石田三成の生涯を書く物語の第1話です。 前回までは第4走者である徳川家康のお話でしたね。
最強の敵である武田信玄に大敗した悔しさを馬鹿にせず、自分の成長の糧にして、長かった我慢の末に、ついに江戸幕府という大きな平和の意思示を築いた家康の姿をお届けしました。
家康が開いた江戸の平和、ですが、その平和が完成するすぐ手前で、歴史の時間軸を大きく動かした、もう一人のとても気まじめな武将がいました。
それが今回の主役である石田三成です。 学校の教科書などでは、徳川家康の最大のライバルとして、あるいは日本を二つに分けた大決戦、関ヶ原の戦いで、家康に負けてしまった西軍のリーダーとして名前が出てくる人物です。
そのため、どこか家康の平和な国づくりを邪魔した、冷たい人、というイメージを持たれがちですが、実は全く違いました。
三成は、誰よりも優しく、そして一度お世話になった人の大きな恩を、自分の命を懸けて守ろうとした、不器用なほど真っ直ぐな心の持ち主だったのです。
では、なぜ三成が、後に天下の徳川家康を相手に、国を揺るがすような大勝負を挑むことになったのでしょうか。
そのすべての始まりは、三成がまだ佐吉と呼ばれていた少年時代の、ある御茶の出会いにありました。
これが、後の歴史を大きく変える、運命のタイムラインへと繋がっていきます。
三成がまだ少年だった頃、彼は近江の国、今の滋賀県にある、ある静かで緑豊かなお寺でお坊さんのお手伝いをして暮らしていました。
美和子の近くにあるそのお寺は、夏になると美しい青空が広がり、心地よい風が吹き抜ける、とても穏やかな場所でした。
少年の三成は、幼い頃から周りの大人の様子をじっと見て、この人は今、何を求めているのだろう、と相手の気持ちを察するのが、とても得意な子供でした。
お寺にやってくる参拝客が、言葉に出さなくても、足が疲れていればそっと座布団を差し出し、汗をかいていれば冷たい水を運ぶ、そんな、おもてなしの天才だったのです。
ある夏の森の、大変暑い日のことです。
そのお寺の周りの山や森で、鷹狩りを楽しんでいた一人の武将がいました。
朝から強い日差しの中を歩き回り、汗をびっしょりとかいて、喉がカラカラに渇いたその武将は、寮を求めて、三成のいるお寺にふらりとやってきました。
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その武将こそ、まだ天下を取る前の若き日の豊臣秀吉でした。
当時の秀吉は、織田信長の家来として日本中を駆け回っており、エネルギーに満ちあふれた勢いのあるお侍でした。
秀吉は、余りの暑さと喉の渇きに肩を激しく揺らしながら、お寺の涼しい廊下にどさりと腰掛けました。
額からは大粒の汗が流れ落ち、息も絶え絶えです。
すまない、誰かいないか、喉が渇いて死にそうだ、何か冷たい飲み物を大急ぎで持ってきてくれないか、秀吉のそのただ事ではない様子を見た少年三成は、直ちに台所へと走りました。
三成は、秀吉の激しい息遣いを聞きながら、頭の中で瞬時に考えをめぐらせました。
あの様子では、本当に喉がカラカラだ。今、熱くて上質なお茶を少しだけ出しても、熱くてすぐには飲めないし、量も足りないだろう。
まずは、とにかく一気にたくさんの水分を飲んでもらい、喉の渇きを止めて差し上げよう。
そう考えた三成は、大きな大きな茶碗を用意し、そこに、なみなみとぬるめのお茶を入れて持ってきました。
秀吉は、差し出されたその大きな茶碗を見るなり、待ってましたとばかりに両手で抱え、一気にごくごくと、ものすごい勢いよく飲み干しました。
ぷはー、生き返った親、お茶をすべて飲み干した秀吉は、ふと、あることに気づしました。そのお茶は少しも熱くなく、むしろぬるめのお茶だったのです。
秀吉は三成の顔をじっと見つめました。
喉が本当に渇いている時に、熱いお茶を出されても、熱くてすぐには飲めませんよね。
三成は一番早く秀吉を楽にしてあげるために、わざと一気に飲み干せるぬるいお茶をたっぷり用意したのです。
秀吉は感心しながら、空になったお茶碗を返しました。
いやー、本当に助かった。だが、まだ少し喉が渇いている。
すまないが、もう一杯おくれ、三成は秀吉の顔色が少しよくなり、呼吸が落ち着いてきたことを見逃しませんでした。
喉の渇きは収まったな。ならば、次はお腹を冷やさないように少し温かいお茶にしよう。
そう考えた三成は、今度はさっきよりも少し小さめのお茶碗に、今度は少しだけ温かいお茶を入れて持ってきました。
秀吉はそのお茶を、今度はふうふうと優しく息を吹きかけながら、ゆっくりと味わうように飲みました。
さっきのぬるいお茶で一番の渇きが落ち着いたので、今度は少し温かいもので、お腹の中をじんわりと落ち着かせようという三成の素晴らしい知恵でした。
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秀吉はこの少年のただものではない気配りに、ますます面白くなり、最後にもう一度頼みました。
見事な気配りだ。お前の入れるお茶は本当に心地が良い。最後にもう一杯。
おくれ。すると三成は、今度は小さくてとても高級な美しいお茶碗を両手で大切に持ってきました。
そこに入れられていたのは、白い湯気がふわりと優しく立ち上がる、熱くてとても濃い、最高に美味しいお茶でした。
喉が激しく渇いているときは、一気に飲めるぬるいお茶。少し落ち着いてきたら、体をじんわり温める少し温かいお茶。
喉が完全に潤ったら、お茶そのものの香りと深い味をじっくり楽しむための、熱くて濃いお茶。
相手の様子を最初から最後までじっと観察し、相手が言葉にして命令する前に、その瞬間の相手にとっての一番のベストを尽くす。
この三成の、どこまでも丁寧で心のこもった、おもてなしの知恵に、秀吉は深く、心から感動しました。
お前はただの子供ではないな。これほど人の心がわかり、先回りして知恵を使えるものは見たことがない。
どうだ、私の家来になって、一緒に広い世界へ飛び出してみないか。
お前のその知恵を、私のために使ってほしい。
こうして三成は、秀吉にその才能を認められてスカウトされ、ここから豊臣秀吉のために、その人生のすべてを捧げることになるのです。
この三倍のお茶、の出会いは、歴史のタイムラインにおいて、とても大きな意味を持っています。
三成にとって、自分の才能をいち早く見出してくれた秀吉は、まるでお父さんのようであり、恩人のようであり、何よりも大切な存在になりました。
この秀吉様のためなら、どんなに苦しい仕事でも、我慢してやり遂げてみせる。
この受け取った恩義のバトンを、生涯かけて守りぬくんだ、この時の強い感謝の気持ちが、三成の人生の太い幹となり、
やがて秀吉様の亡き後、豊臣家を守るために、天下の徳川家康と戦うという、未来の関ヶ原の戦いへと、まっすぐにつながっていくことになるのです。
さあ、秀吉の家来になった三成は、この後大人になり、どんな知恵を使って秀吉の天下統一を支えていくのでしょうか。
夜も深くなってきました。三成が入れてくれた優しいお茶の温かさを思い浮かべながら、心地よい布団の中でゆっくりと頭を休めてくださいね。
明日は、大きくなった三成のルールを守る真面目なお仕事と彼を支えた最高の親友のお話です。
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それでは、ゆっくりとおやすみなさい。