親の脳力と子育ての関係
ようこそ、親も育つ子育て。野田徳子です。
今日も、子育てをもう少し楽にするヒントをお届けします。
徳子さん、今日もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
前回は、子供の実行機能、脳力というテーマでお話をしましたが、今回は私たち、親自身の脳力について深掘りしていきたいと思います。
早速ですが徳子さん、子育てというと、どうしても子供の行動とか発達に目が行きがちですよね。
ええ、そうですね。
でも今回は、親自身の脳の特性、脳力に目を向けようということですね。
はい。
これ、なぜ子供の問題に取り組む上で、親自身の脳の特性を知ることがそれほどに重要なのでしょうか。
子育ては、子供の問題と捉えるのが普通だと思うのですが。
はい。それはですね、子育てという営みが結局、親と子の相互作用、つまり関係性そのものだからなんです。
子育ての難しさの根っこには、実は親自身の脳の個性が隠れていることも多いのです。
子育ては関係性ですか。
ええ、多くの場合、親御さんが、うちの子のここが心配でって相談に来られても、お話をこう深く聞いていくとですね、その悩みの背景に親御さん自身の脳の特性が複雑に絡み合っているケースが本当に多いんですよ。
そうなんですか。
例えば、親自身がすごく混乱しやすい状態とか、感情制御が難しい状態だと、子供の本当に些細な行動にも、つい過剰に反応してしまいがちじゃないですか。
はいはい、わかります。
その結果、親子関係が悪化して、それがまた子供の行動に影響を与えてしまうっていう悪循環が生まれる。
この連鎖を断ち切るには、まず親御さん自身が自分の状態に気づくっていうことが最も効果的で、根本的なアプローチになるわけです。
なるほど。その悪循環の出発点にまず気づきましょうということですね。
はい。卵が先か鶏が先かという感じで、子供の感情制御が難しいと親にも影響し、親の感情制御は子供に影響を与えるのですが、以前のエピソードでお話ししたように、親自身がコントロールできるのは親だけですね。
実行機能と大人の課題
そうなんです。だからこそ親が自分自身を知ることが大切なのです。
多分、多くの方は子供の頃の苦手なこと、例えば忘れ物が多いとか片付けが苦手とかって、大人になれば自然に解決されるって思いがちですよね。
ええ。
でも、のりこさんの臨床経験から見ると、この実行機能に関してはどういった現実が見られますか?
大人になれば自然に治るっていうのは、残念ながら違うようです。
あ、そうなんですか。もちろん成長とともにいろんなスキルとか対処法は身につけるんですけど、脳の基本的な特性っていうのは大人になっても色濃く残るんです。
そうなんですか。
実際私の外来にも、昔から時間管理だけは苦手で、遅れないように思ってもいつも診療時間に遅れてくるとか、大したことじゃないと思いながらも感情が爆発してしまい、後で自分に自己嫌悪するとか。
はい。お酒を止めようとか、もっと運動しなきゃとか、計画は立てるのだけれども全く長続きしないとか、不安すぎてクリニックに来れないみたいな悩みを抱えた大人の患者さんがかなりいらっしゃるんです。
それはついだらしないとか、意思が弱いみたいな、性格の問題として片付けられそうですよね。
まさに、そしてそこが一番の悲劇の抜締まりなんですよね。
ご本人も、そして周りも、ずっとそれを性格とか努力不足のせいだって信じ込んできた。
でもこれが脳の実行機能っていう情報処理システムの個性なんだって理解することが全てのスタート地点になります。
はい。
ここで重要になるのがニューロダイバーシティという考え方なんです。
ニューロダイバーシティ、脳の多様性ですね。
最近よく耳にする言葉ですけど、中にはニューロダイバーシティって結局苦手なことへの言い訳じゃないの?とか、何でもかんでも発達障害でラベルを張るのはどうなのかっていう声もまだ根強くあるように感じます。
ええ、そのご意見はよく聞きます。ニューロダイバーシティは免罪符のような、でもそうではないんですね。
はい。脳の多様性を認識することは、人々の感じたた考え方や行動を客観的に捉えるためのレンズみたいなものだと考えるといいと思います。
レンズですか?
はい。例えばADHDとか自閉症スペクトラムの特性があるということを認識するのは、言い訳じゃなくて自分の脳の取扱説明書を手に入れるという感覚に近いですね。
ああ、取扱説明書。なるほど。
取扱説明書があれば、自分が何で特定の状況でつまずきやすいのかとか、どうすればもっとスムーズに機能できるのかが分かって、具体的な対策が立てられるようになるんです。
なるほど。
はい。特に今の親世代、30代、40代の方って、ご自身が子供の頃には社会にまだこういうニューロダイバーシティに対する理解があまりなかったじゃないですか。
そうですよね。
だから君は躊躇力がないとか、どうして何度言ってもできないんだって叱られて、自分はダメな人間なんだっていう自己否定感を内面に持ち続けたまま大人になった方が本当に大勢いらっしゃるんです。
うーん。
その長年の自己不信が今まさにご自身の子育てに影を落としているというケースは少なくないですね。
その影というのは具体的にどう現れるんでしょうか。のりこさんが実際の診療で、大人のニューロダイバーシティの特性に気づかれるのってどんな場面なんでしょうか。
そうですね。例えばこんなケースがありました。仮にAさんとしますけど、30代の女性でいつも診療予約の時間に遅れてきたり連絡もせず来なかったり、
いらっしゃった時も話があちこちに飛んで結局何が一番困っているのかが分かりにくかったりとか、そこでちょっと踏み込んで幼少期からの生活について聞いてみたら明らかにニューロダイバーシティの特性が子供の頃からあったのです。
夏休みの宿題は最終日にやるのが常だったとか、部屋はいつも足の踏み場もなかったとか、ご本人はそれを全部自分の性格のせいって語るんですけど、
私にはそれが診断されていないADHDの特性が引き起こしてきた一連の困難の歴史と見えました。
親やスコールの先生からもダメな子だとかやる気がない子だって言われて育ってきたそうです。これが自分の脳の特性から来てるなんて夢にも思っていなかったんですね。
ご本人は努力不足だと思い込んで、医療側もその視点がなければ見逃してしまうってことですね。
そうなんです。自分の能力に対する理解がないと自分はできない人間だと思い込み、世の中はなんて生きにくいんだと感じ続ける。
またすべての医師がニューロダイバーシティの知見があるわけではないので、だらしない患者さんと捉えてしまう医師も多分いるでしょうね。
親子の特性とその影響
確かにそれは人間そのもののアイデンティティの認識に関わってきますね。
ではAさんのような親御さんの家庭では、具体的にどんなことが起こり得ますか。
例えば家庭内は常に混乱状態で、洗濯物は乾いたものと汚いものが混ざった山がいくつもできていて、
こんだてを考え買い物をするのが苦痛で、結局夕食はテイクアウトになることが多い。
公共料金の支払いを忘れて電気が灯りかけたことも一度や二度じゃないとか。
それは大変ですね。
もちろんこういうことは直接子育てにも影響してきます。
お子さんの予防接種の予約を忘れる、学校の提出物は頻繁に期限に遅れるとか。
そして一番深刻なのが感情のコントロールです。
感情のコントロール。
はい。些細なことでカッと頭に血がのもってお子さんに激しい言葉をぶつけてしまう。
そしてその後激しく自己嫌悪に陥る。その繰り返しという話はよく聞きます。
それはお子さんにとってもすごく不安定な環境ですよね。
おっしゃる通りです。
親の気分とか家のルールが一貫してないと子どもは安心できる環境、つまり安全基地を持てません。
すると常に親の顔色を伺うようになったり、逆に問題行動を起こしたりします。
また親が家事をうまく回せないので、
まだ小学生のお子さんがまるでお母さんみたいに親のケアをするような親子逆転の現象も起きます。
聞いているだけで胸が苦しくなります。
ニューロダイバーシティは遺伝性が高いですから、親子共にニューロダイバーシティの特性がある場合、二重の難しさということはよくあります。
遺伝性が高いんですね。
はい。最近は子どもの方が先にニューロダイバーシティの診断を得る機会が多いので、
そういう場合、両親の少なくともどちらかにニューロダイバーシティの特性があるのではないかと見ていくと、そこから大人の診断につながることも多いです。
つまり、お子さんに行動面とか学習面で課題が見られるとき、その親子さんのどちらかあるいは両方に同じような特性があることは決して珍しくないんです。
そうなんですね。では、親子で同じ特性を共有しているそれがなぜ二重の難しさにつながるんでしょうか。
それはですね、子どもの特性をサポートするためには、親側により高度な実行機能、つまりマネジメントや感情制御能力が求められるからなんです。
マネジメントや感情制御の能力。
はい。例えば、感情の切り替えが苦手でパニックになりやすいお子さんを落ち着かせるには、親自身がまず冷静でいなければなりません。
嵐の海で溺れている子どもを助けるには、救助する側がしっかりした船に乗っている必要があるのと同じです。
確かに、親が一緒にパニックになっていては状況は悪化する一方ですよね。
その通りです。でも、もし親の感情の波が激しくて頭の中が混乱しやすい、つまり親自身が小さなゴムボートに乗って荒波に揺られているような状態だったらどうでしょう。
子どもを助けるどころか一緒に沈んでしまう危険性すらある。これが二重の難しさの正体なんです。
親子のニューロダイバーシティ
子どもを支えるために必要なスキルを親自身が持ち合わせていない。
この構造に気づかないと、親はなぜ私はこの子をうまく育てられないんだと自分を責め、子どもは僕のせいでママはいつもイライラしていると自分を責める。親子で友倒れになってしまうんです。
それは本当に絶望的な状況に聞こえます。親が冷静になるべきだったと頭ではわかっていても、自分の脳がそれを許してくれないっていうそのどうしようもなさというのはどこかに出口はあるんでしょうか。
だからこそ自分の実行機能の特性を知り、自分を責めることなく必要な対策を立てる。そこが希望の光なんですよ。
ニューロダイバーシティは欠陥ではなくてあくまで脳のバリエーションに過ぎません。
困難が生じているのは今の社会の仕組みとか学校のシステムが定型発達の脳を基準に作られているからです。
いわば右利き用に作られた道具ばかりの世界で左利きの人が苦労しているのと似ています。
そしてこの状況から抜け出す最もパワフルな鍵が何よりもまず親が自覚することなんです。
自分の脳の特性を自覚する、それがあのカオスな状況をどう変えるっていうんでしょうか。
朝のバタバタは変わらないし山積みの洗濯物が消えるわけでもない。自覚したところで何が具体的に変わるんですか。
変わるのはまずうちなる物語です。
うちなる物語、ちこさだでを劇的に楽にする最大のシフトはタスク管理術を学ぶことでも子供への声がけを変えることでもないんです。
親が自分自身に対して語りかけるうちなる声の質を変えること。
はい、これまでは何か失敗する度にまたやった本当に私はダメな母親だっていう自己批判の物語が自動再生されていた。
うーんありますね。
それが自覚することで、ああまた私の脳のワーキングのメモリーがパンクしたな、これは私のせいじゃなく脳の特性だ。
さてどうやってこの脳と一緒にこの状況を乗り切ろうかなっていう自己理解と問題解決の物語に書き換わるんです。
ああ、この個人的な失敗から認知的な違いへの視点の転換こそが全てを変えるんです。
うちなる物語を書き換える、自己批判から自分という脳の相棒との作戦借りに変わるようなそんなイメージでしょうか。
まさにその通りです。その物語の書き換えが3つの具体的な変化を生み出します。
はい、第一にさっき言ったように無益な自己攻撃が止まります。これが親子関係における最大のエネルギー漏れを防ぎます。
第二に自分への見方が変わると不思議と子供への見方も変わるんです。
へえ、自分の脳のままならなさを受け入れられると子供のままならなさにも寛容になれる。
この子は私を困らせようとしてるんじゃない。この子もこの子の脳と一生懸命付き合ってるんだって心から思えるようになるんです。
なるほど。
すると親の表情とか声のトーンが自然に和らいで、それが子供の安心感につながります。
親の心の安全基地ができて初めて子供の安全基地になれると。3つ目は何でしょう。
1つ目は親が自分の脳の特性をよく理解したら具体的な対策が立てやすくなる。
はい。
物語が自己批判のままだとどんな便利なツールを使ってもこんなものに頼らないとできないなんてと感じたり、一つのやり方がうまくいかないとやっぱり無理だと諦めたりする。
あーわかります。
でも自分の脳の取扱説明書という物語に立てば自分に助けが必要な部分をお客観的に見られて、それを助けるための戦略も立てやすくなるんです。
はい。
その戦略には周りの誰かの助けが含まれるかもしれません。そういう時、自分の脳の特性が自分だけでなく、自分の周りの大人にも理解されていると役に立ちます。
私は診断自体にはあまりかだわらないですが、正式にニューロダイバーシティの診断がついていると、周りの大人もこの人は甘えているんじゃないんだと理解しやすくなることもありますよね。
なるほど。自分の脳の特性の理解が行き渡ると、自分が自分に優しくなるだけでなく、周りからの理解と協力も受けやすくなる可能性があるのですね。
ええ、その通りです。
今日のお話をまとめると、親にもニューロダイバーシティの特性があり得る、特に子供に特性がある場合は可能性が高い。
親子共にニューロダイバーシティがあると子育てが大変になる場合もあるが、親が自分の能力を理解することで落ち着いた効果的な子育てをすることが容易になる。
内的家族システムについて
そうですね。
今日は大変勉強になりました。さて、次回は?
次回は、親も育つ子育ての大切な要素である内的家族システム、インターナルファミリーシステム、IFSについて簡単に説明し、これをどうやって子育てに使っていくかについても少し触れたいと思います。
IFSですか。興味深いですね。
楽しみにしています。本日はありがとうございました。
ありがとうございました。
ではまた次回お会いしましょう。