うん。
だいたいね、これ人によってちょっと変わってくるんだけど、5年から14年ぐらいの幅、結構幅多いんだけども、一気に前払いでその分だけ上げますよっていうまず感じにしたの。その代わり今後一切も払いませんっていう。
あー、はいはい。
だから例えば5年で計算しちゃうけれども、年間120万で5年だったら600万一気にこうもらえるわけ。
うん。
ただもう今後一切あなたには出力は上げませんよ。もう毎月毎月払ってたものはなくしますよっていうのがまずこの出力処分の第一段階って言えばいいのかな。
あー、そうなんだ。
うんだよね。で、これだけだったら、あーまあしょうがないのかなっていう気はするじゃん。
うん。
ただ、あのこれちょっとね、なかなか明治政府鬼畜で。
うん。
現金で渡さなかったのよ。
へー。
何で渡したかっていうと、公債で渡したんだよね。
公債。
公の債券ってことね。
うん。
まあ要は簡単に言うと、明治政府があなたのこの出力、まあじゃあさっきの例で言うと600万円が600万円の証券を発行して、私はこの600万円をあなたから借りてますよ。なので利息をお支払いしますよっていうような仕組みにしたわけよ。
うん。
で、これだけ聞くと利息もらえるからいいじゃんって思うかもしれないけど。
はい。
利息っていうのはもうたくが知れてる利息だから、まあほんと数パーセントぐらいしかもらえないわけよ。
うん。
で、今までさ、年間は120万ぐらいもらえてたわけじゃん。
うん。
でもさ、例えば600万の5パーだったとして、えーと5、6、30万か。
うん。
年間30万になっちゃうわけよ。
はい。
もらえるお金が。で、この公債しかも、これも鬼畜なんだけど、あの召喚?
最終的に返さなくちゃいけない期限っていうのが最大で30年ってなってたのよ。
あーはい。
つまり30年後じゃないと返ってこないんだよね、600万は。
あーそうなんだ。
要するに、もともとすごいお金持ちだった人は全然いいじゃん。
うん。
でもさ、そんなにそもそも私族ってお金持ちなわけじゃないから、もともと。
給料が、だって600万もらえてた人が30万ぐらいになっちゃうわけだよ、イメージとしては。年収がね。恐ろしい減り方じゃん。
で、かつ120万だった人が30万になっちゃって、年間もらってたのが。
うん。
で、600万でもあるじゃんって言うけど、その600万は30年後じゃないと返ってこないんだよ。
うわー、それは大変だ。
そう。なかなか鬼畜なことをやって、とりあえず財源を確保したっていう。
まあそれが実力処分なんだけれども。
へー。
で、これ相当不満出るじゃん、私族。
そうだね、出るよね。
で、明治政府もちろん見越してたのよ。これ絶対不満出る、やべーなって。
うん。
はい、じゃあ配当令もセットですって言って、刀奪うのよね。
あー、そうなんだ。
もう実力処分と配当令はもうセットだと思っちゃっていいぐらいなんだよね。
うん。
要は、もう絶対不満出るじゃんって。こんな反乱起こされるわっていうのが分かってたから、はい刀も募集って言って、武器取り上げちゃうのよ。
あー、はいはい。
なんか五鶴屋の刀狩りだよね、もう本当に。
もうとりあえず武器さえ持たなきゃなんもできないでしょっていうような考えで、配当令もセットでやるから。
で、刀を取り上げるってさ、結構簡単に武器を取り上げるっていうイメージで言ってるかもしれないけど、武士からしたらさ、刀ってプライドだからさ。
あー、特別なものなんだよね。
そう。だからやっぱりそれを取り上げられる?ただでさえさ、もう特権階級だったのを取り上げられてるわけじゃん、すでに。
はいはい。
出力まで取り上げられーの、最後プライドまで取られちゃうんだよ。
俺らの誇りまで取っていくのかみたいな。
うん。
そう。それで、あの、士族の不満っていうのがもうめちゃめちゃ高まってたわけ。
はい。
まあそんなまず、士族の反乱っていうのはいつ起きてもおかしくなかった状態だったわけよ。
うんうん。
で、明治政府ももちろんそれは分かってたけど、でもやっぱり今ここで士族をどうにかしないと、ずーっとこの先、財源もそうだし、
やっぱり日本ってさ、なんで明治維新でさ、こうガラリといろいろ変えたかって言うとさ、
やっぱり欧米列強に追いつくため、まあもっと言うと占領されたりとかさ、こう侵略を受けないようにするために、
自分らの日本が強くなんなきゃいけないっていうのが大前提にあるわけじゃん。
うん。
だから、あの、別に士族だけをこう優遇してどうこうっていうのはやっぱりできなかったわけよ。
うん。
っていうまあ事情はあったけれども、まあやっぱり士族の不満というのはすごい高まってしまったっていう、まず背景があって。
はい。
で、そんな時に、ここで西郷さんが登場するんだけど、
うん。
明治政府でもこう結構いい役職にいたわけじゃん。
うんうん。
その維新の三傑って呼ばれるぐらいだし、でもこの人、明治6年の製片っていう事件で辞めちゃうんだよね。
辞めて、あの田舎帰ってきちゃう、鹿児島に。
あー、はいはい。
明治6年の製片っていうのは簡単に言うと、要は内部派閥で争って、
で、半分ぐらいじゃあもうその政策が認められないなら辞めますって辞めちゃったっていう、
今国会議員が半分辞めたらやばいじゃん。なんかやばいっていうかさ、えーってなるじゃん。
あー、はいはい。
ほんとそういう感じの事件だったんだけど、それで西郷さんも敗れた側にいて帰っちゃうんだよね。
うん。
西郷さんはもちろん帰ってきてさ、反乱を起こそうと思って帰ってきてるわけじゃないんだよ。
ただ、やっぱり私族が不満をすごい持ってるっていうのは分かってたから、
私族のために何かできないかっていうのをもう常にこう考えて、
はい。
それで、学校を作ったんだよね。
うんうん。
まあ、私族のための学校、教育を受けたりとかさ、そういうところを作って、
少しでもこう、私族のためになればっていう思いで作ったんだけれども、
うん。
明治政府からはこれはね、あんまりいいように思われなかったの。
あー、はいはい。
だって、普通に考えたらさ、明治政府、私族が不満を持ってる、やべえなってなっててさ、
あ、西郷が眺めてくれてんだ、よかったよかったってなりそうじゃん。
うん。
でもね、違うんだよ。明治政府はやっぱり西郷さんが怖かったんだよ、単純に。
あいつが本気出したら、私族束ねて反乱するじゃんっていう。もうほんとに要するにそれだよね。
だからさ、やっぱり学校とかでさ、そうやって、西郷さん、もうあなたについてきますみたいな人ばっかなわけよ。
うん。
だからさ、組織的にちょっとこう軍隊みたいになってきちゃってたわけよ。
あー、はいはい。
武士の集まりなわけじゃん、武士っていうか私族が。
うん。
だからちょっと怖いな危ないなって、明治政府は。ちょっとじゃないね、だいぶ危ないな怖いなって思ってて、
まあその鹿児島にあった政府の武器弾薬庫があったんだけれども、
うん。
ちょっとあそこに置いとくと反乱されたときに使われちゃうから、大阪に引き上げようぜって言って、もう何の許可もなくこっそり持って行っちゃおうとしたんだよ。
そしたらまあまずそれがバレるんだよね。
うん。
バレて、なんて奴らだみたいな、勝手に持っていくなんてみたいな感じで、
そこにいた私族たちがもう不満も爆発寸前になったわけよ。
はい。
でもまだギリギリなんとかなってたの。
でもとどめを刺したのが大久保通し道とかが、まあその政府高官たちがね、スパイを送ってたんだよね、鹿児島に。
で、あるときそのスパイが捕まるのよ。
はい。
で、捕まって自白させられるんだけれども、お前らなんでここにいたんだみたいな感じで。
うん。
で、そのスパイが言ったのが、私の目的は最後暗殺ですみたいなことを言ったらしいのよ。
うん。
で、それがもう完全に引き金になっちゃって、西郷さんってとにかくすごい、もう私族の人望、人望というかもう辛抱って言った方がいいよね。
が、すごい熱い人だったから、
はい。
その西郷さんを殺すだってふざけんなみたいな感じになって、これでもう私族が止まらなくなっちゃったわけ。
うん。
で、西郷さんももう抑えることができなくて、
あ、ちなみにだよ、西郷さんは多分西南戦争を通して全部立場としては反乱なんか起こしたくなかったんだと思うんだよ。
あー、はいはい。
理由は簡単、勝てないから絶対。
うん。
そう、あの、だって陸軍大臣とかやってたわけじゃん、西郷さんって。
だからさ、明治政府の兵がどんだけ強いかっていうの、あ、その、私族たちと比べてだよ。
普通のその侍階級でさ刀振ってる武士と比べてさ、どっちが強いかなんていうのは分かってたわけ。
うん。
だからずっと終始ね、あの戦争には反対だったわけ。
はい。
ただもう、私族たちのその思いっていうかな、もう勢いも止まらないし、思いがやっぱり伝わったというのかな。
だから西郷さんが残したっていうか、まあ言葉の中にもう自分にできることは一緒に死んでやることぐらいだみたいな感じになったらしいんだよ最終的に。
はい。
だからもうできるところまでやって、もう一緒に死のうみたいな感じで西郷さんも自分も先頭に立って戦うようになるわけ。
うん。
まあそれが西南戦争っていうわけ。
うんうん。
で、まあ今のが起きるまでの経緯だわけじゃん。
はい。
で、西南戦争ってそんなに長い戦いではなかったんだよ。まあ実際1年も続かなかった戦いだから。
うん。
まず九州を平定するにあたって、まあ鹿児島にいるじゃん、西郷さんって。
はい。
で、鹿児島から北上していくとまず南諸って呼ばれるところが熊本城なんだよ。
うん。
熊本城にぶつかってここをまず占領しようと考えたわけ。で、熊本城には4000人の政府軍がいて。
はい。
で、西郷さんの兵隊っていうのがだいたい14000ぐらいで数では圧倒してたわけ。
はいはい。
ただ熊本城は軟骨不楽の要塞って言われてるぐらいこうやっぱ攻めづらいところだったから、包囲はしたんだけどなかなか落とせなかった。
へー、はい。
で、走行してるうちにさ、やっぱり明治政府から援軍が来ちゃうわけ。
はい。
で、援軍がまあ福岡方面から来るわけ。要はもっと北から来るわけよ。
うん。
で、そうするとさ、熊本城を包囲しててもさ、北から北軍と熊本城の軍で挟み撃ちにされちゃうじゃん。
うん。
だから北から来るその軍を止めようと、田原坂っていう場所でこう北から来る軍を止めようとする戦いがあるの。
うん。
まあこれが一番西南戦争で激しかった戦いって言われるんだけど、田原坂の戦いっていうのが。
あー、はいはい。
これだいたい1ヶ月ぐらい続いて、結構いい戦いだったのほんとに。どっちもこう政府軍もすぐ頑張るし、西郷軍もすぐ頑張るしみたいな感じで。
そうすると一進一退の戦いだったの。
うん。
で、なんで一進一退だったかっていうと、もう政府軍も火薬とかが尽きてきてたわけ。武器弾薬が。
あー、そうなんだ。
そう。で、そうなるとやっぱりさ、刀ってなったらさ、西郷軍の方が有利なわけよ。
あー、私族だからね。
そうそう、元武士だからやっぱり。
うん。
だからなかなかこう、なんていうんだろう、均衡してたわけ、ずっと。
うん。
ただその均衡を破ったのが、政府軍の警察がね、抜刀隊っていうのを組織してきたわけよ。
で、この抜刀隊っていうのがちょっと運命的なんだけど、
うん。
抜刀隊の出身っていうのがね、ほとんど藍津藩の武士だったわけよ。
あー、そうなんだ。
藍津藩つったらさ、もう薩摩にね、とてつもない恨みがあるわけよ。
はいはい。
だからもう、式が違うわけ、とにかく。
あの時の、まあほんとあれだよ、母親戦争の時の話ね。
うん。
母親戦争の恨み晴らされおくべきかぐらいな感じでもうみんな、
まあだってそもそも藍津藩だってさ、それなりにこう強い藩だったわけだから、
うん。
まあそんなところでさ、武士やってた人たちのさ、軍なわけじゃん。
で、それとちょっと疲弊してる薩摩藩、元薩摩藩の軍なわけよ。
うん。
で、これがぶつかって、まあいい戦いするんだけど、やっぱりもう貴族兵たちがこう押されちゃうわけ。
うん。
で、田原坂の戦いっていうのはそこで、あの政府軍が勝利するわ。
はい。
で、もうここからはどんどんどんどん敗戦ね、西郷軍っていうのは。どんどんどんどん撤退してって。
うん。
最後、あの城山路上戦っていうのがあって、まあ城山っていうのが場所ね。
はい。
ここに372名で立てこもるの。
うん。
1万何千人とかいたのがさ、300人ぐらいになっちゃうんだよね、西郷ってやっぱ。
へー。
そこで、政府軍には攻撃されてて、もう勝ち目はないんだけど最後まで戦うっていうことで、戦ってる中で西郷さん撃たれちゃうんだよね。
で、負傷するわけ。
はい。
確かお腹だったかな、おお撃たれちゃうんだけど、もうそれで西郷さんがそこで諦めるわけ。
うん。
もういいでしょって。
で、あの西郷、部下に解釈頼んで切腹して西郷さんは死んで、それで西南戦争っていうのは終わる。
うん。
まあだから西南戦争っていうのはさ、本当にこう、氏族の反乱ではあったけれども。
はい。
やっぱり旧時代の体制と新時代の体制のぶつかりとも言えるんだと思うんだよね。
まあ母親戦争のあれだよね、ちょっとこう延長戦みたいな感じのところもあるし、ある意味。
はいはい。
っていうのがまあこの西南戦争っていう部分の話で、で、この西南戦争がじゃあその後どんな影響を与えたかっていう部分なんだけれども。
うん。
まずさっき言っちゃったけど、結局さ、旧体制と新体制のこう最後の切り替わりなんだよね、ここが。
あーはいはい。
なんでかっていうと、日本ってさ、この西南戦争が終わってから、もう今の現代の今に至るまでさ、内乱がないのよ。
うん。
要は日本人同士で戦争するっていうことがなかったわけ。
うんうん。
要はそれってさ、もう国として一個まとまったってことでしょ、ある意味。
あーはい。
だからやっぱり一個の時代が終わったんだよね、その中で争ってるっていう時代が終わって、日本っていう一つの国として、
まあ外と戦ってこうっつったら変だけどさ、まあやっぱりそういう考え方に変わったんだよね。
うん。
ある種、日本国っていうそのアイデンティティって言えばいいのかな、が一個形成、まあ民族主義的なものがここでちょっとこう形成された。
はい。
っていうのがまず一個変わったところ、変わったっていうか影響したところ。で、次がさ、これは単純にさ、西郷さんが率いてたっていうのはさ、武士なわけじゃん。
うん。
みんなもう武士、剣術こう習ってますっていうような人たち。
はい。
で、対する政府軍っていうのは長編戦始まってるから、平民が兵隊になってるわけよ。
うん。
もちろんその中には元武士もいるんだろうけど、ただ基本的にはさ、農民だった人とか商人だった人とかさ、そういう人たちが兵隊になってるわけじゃん。
うん。
でも勝ったじゃん。
あーはい。
そこなんだよね。民間の兵でも武士には勝てるんだっていうところを植え付けた。まあもうちょっと深く言えば、武士じゃなくてもしっかり武器とか揃えて訓練すれば勝てるんだっていうのがわかったのよ。
軍隊として強い軍隊ができるんだっていうのがわかった。
はい。
これによって明治政府ってやっぱりやり方間違ってなかったな。ある意味さ、この後日清戦争とか日露戦争とか何十年後になるとやるじゃん。
うん。
だからその時に向けての予行演習みたいなのができたようなイメージで。
あーはいはい。
っていうのがまあ二つ目の影響。もう一つが、これ一個目の部分とちょっと重なってくるんだけれども、武力じゃ政府には勝てないなっていうのがもうわかったのよみんな。
西南戦争でさ、もう他の種族って反乱しないじゃん。
うん。
こぜり合いはあったろうけど、あんな大々的にさ、もう全国の種族がなんかどっかで反抗ってきてっていうのはないわけじゃん。
うん。
それはもう勝てないって思ったんだよね、やっぱり。
うん。
で、武力で勝てないから言論とちょっとこう流れに変わっていくのよ、日本っていうのが。
あーはいはい。
で、この言論っていうのがさ、結局のところ、まあ例えば有名なので言うとさ、自由民権運動っていうのがあるじゃん。
うん。
ああいったところだよね。結局、もう力じゃ勝てないから、言論?まあ言論っていうかまああれだよね、要はもっと頭使って勝たなくちゃいけないんだなっていうところにこうどんどんどんどんシフトしていくわけ。
うん。
これがさ、例えば今日本でさ、何かこう、その政策は違うなってなってもさ、いきなりテロ起きないじゃん。
うん。
武力でどうにかしようっていう人は、まあほんとごく少数なわけでさ、基本的にはそれに立ち向かうのは言葉なんだよね、言葉とか言論の部分で立ち向かおうっていう。
まあ、ある種野蛮的な部分がなくなって、まあそれこそ本当に近代的っていうのかな、にこうなったっていうのがやっぱり与えた影響なんじゃないかなっていう。
あーはいはい。
ところかなって思う。
うん。
まあ、こんな感じで今日の西南戦争に関しては終わろうかなと思うんだけれども。
うん。
尾形、どうかな?西南戦争ってさ、やっぱりはじめ、西郷さんっていう印象って言ってたけど、今のこう聞いて、ちょっとどういう印象を持ってくれたかな。
西南戦争?
うん。
そうだね、なんか、氏族ってさ、母親戦争ではさ、武士中心だったわけじゃん、戦いが。
うん。
で、薩摩か鹿児島の氏族たちが主に反乱したわけじゃん。
うん。
この人たちってさ、母親戦争では、明治政府を作る上でかなり重要な役割した人たちだよね。
そうそうそう。
でも、結果自分たちがその、夢見た明治政府が自分たちを苦しめるっていうね。
そうそうそう。
なんかさ、そこが、あーなんか、ちょっとあれだなと思って、やっぱ不満溜まるよね、なんか、そういう意味でも。
そうなんだよね。それね、まさに俺が最後言おうかなと思ってたことなんだけど。
あ、そうなんだ。
だって、武士からしたらやってらんないんだよ。だって幕末のさ、この国を変えてやろうって思ってた、まああれだよ、尊王上尉とかさ、もう何でもいいよ、あの人たちってさ、武士じゃん。