1. 「大人の近代史」今だからわかる日本の歴史
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2022-05-31 29:20

第69回「漫画家 水木しげると戦争」片腕を失ったラバウル玉砕

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ゲゲゲの鬼太郎の作者で有名な水木しげるだが、
彼は、大東亜戦争時に南方のラバウルの最前線に送られ、
所属していた隊が自分以外、全員戦死をしている。
しかもその後、空襲にあい左腕を無くす壮絶な戦争体験をしてきた人物。
そんな彼のリアルな戦争について話しています。
00:04
なんじら、気づかないうちにこの世を去るのか。
始まりました。大人の近代史、よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
自分に言われたみたいな感じがしたよ。
そう、この言葉はね、イスラム教の創始者のムハンマドが言ってた言葉。
で、この言葉に対して、ある人がね、こう言ったの。
人は何もわからないまま、この世を去るのだろうって。
このある人っていうのが今日のテーマなんです。
誰?
漫画家の水木しげるさんです。
あー、水木しげる?
そう。
いいじゃん。
だから今日のテーマは、漫画家水木しげると戦争っていうのをやりたいなって思います。
あ、ゲゲゲの鬼太郎じゃないんだ。
あ、ゲゲゲの鬼太郎もやりたいんだけどね。
いいじゃん。なんか、戦争だけど、水木しげるってさ、やっぱその戦争体験者じゃん。
あ、やっぱ知ってる?
うん、だってこれ手ないじゃん。
あ、そうそうそうそう。
なんでまあ、この人って言ったらさ、ゲゲゲの鬼太郎でももちろん有名だし、
悪魔くんとか、河童の三兵とか、まあいろいろ出してるけど、
彼のさ、描く漫画の主人公って、誰からも愛されるヒーローでも悪役でもないような。
なんか、ゲゲゲの鬼太郎でもそうじゃん。
まあ、そうだね。
うん、なんかどこか歪んだ、こう個性的なキャラクターが出てくるようなのが特徴かなと思って。
うん。
で、この水木しげるさんって、ほぼ同世代の哲学者の梅原武さんっていう人と対談したことがあって、
うん。
このね、梅原さんが言ってたのが、水木さんの漫画には死の影が見えるって。
あー。
で、水木さんその自身も、昔から死のことを考えてるって話してた時があって、
うん。
で、そう考えるようになったその昔っていうのは、一体何があったのかっていうのを今日は話したいなって思います。
はい。
なんで今日は、水木しげるというよりは本名、村しげるについてになるかと思います。
あー、もう漫画家としてっていうよりはその人自体っていうことね。
そうそうそうそう。
まあ、ただその彼がそれを経験したことによって、今残ってる漫画があるっていう感じだけど、
うん。
まあ、ただわかりやすくするために村しげるとは言わないっす。
ちょっとピンとこないね。
そう、水木しげるでいこうと思います。
はい。
彼はね、現在の大阪市住吉区に生まれて、
うん。
2歳上の兄と2歳下の弟の3兄弟なんだよね。
うん。
で、大東亜戦争時に南方のラバウルっていうところに送られてるんだよね。
うん。
で、所属していた隊が自分以外全員戦死した中、たった一人生き残った。
うん。
03:00
しかもその後、戦地でマラリアにかかって、
うん。
療養中に空襲にあって左腕を亡くしてるっていう、まあ壮絶な体験をしてきた人物なんだよね。
うんうん。
で、あのちょっと幼少期から遡るけど、
うん。
学校の勉強はね、苦手で絵を描くことと運動っていうのが得意の少年だった。
うん。
特に絵が抜群に小さい頃から上手くて、
うん。
13歳の時に恩師の協力もあって古典を開いたりとか、
毎日新聞に少年天才画家が現るって掲載されたりもしてたんだよね。
おー。
で、その後現在の東京芸術大学の入学を夢見て、
入学資格を得るために夜間中学へ通って、
昼間はアルバイトと美術教室へ通うような生活をしてた。
うん。
で、そんな時に戦争へ行かなければいけない年齢が近づいてきたんだよね。
うん。
これがね、1942年20歳の時に聴閉検査っていうのを受けてんだよね。
うん。
この聴閉検査っていうのは、戦争に行くためにその青年男子が事前に体や健康状態を検査する。
で、聴閉検査では甲種、乙種、兵種とかいろいろあるんだけど、
甲種が身体的にも健康状態も優れてるっていう状態で、水木しげるは乙種なんだよね。
あー。
乙種の中にも第一種と第二種があるんだけど、
うん。
その差は健康の度合いなんだけど、
うん。
例えば、菌死がひどい人の場合は乙第二種とか。
うん。
そう。で、乙種第二種だったら補充兵としてふるさとに残って時々訓練のために呼ばれるっていう時代もあった。
ちょっと戦争末期になってくると第二種でも結局借り出されてるんだけど、
うん。
この水木しげるが受けた時はそうだったんだよね。
うん。
だからあれだね、うちら菌死だったから乙種第二種だね。
そういうことになるよね。
かもしれない。ただレイシックしてるからどうなんだろう。
だから結局裸眼視力が良くなっちゃってるからダメだろうな、ダメだろうねっていうか普通に合格しちゃうよね。
確かに。
まあ目だけで言ったらね。
目だけで言ったらね。
でね、水木しげるの場合は定かじゃないんだけど、
うん。
経度の菌死があったので、
うん。
おそらく乙第一種の合格って言われてる。
うん。
で、この時代さ、こうやって事前の検査があって兵役を行きたくないとかって考える人多かったんだよね。
で、あの聴兵検査でさ、例えば健康状態を悪く見せるために、
わざと病気や障害を患うっていう実際にあったんだよね。
例えば、タバコを1日3、4箱吸って急激に体重を落としたりとか、
醤油を一気飲みして血圧を上昇させたりとか。
これは当時の人の必死の自己防衛って言われてるんだけど、
06:03
水木しげる自身は普通に聴兵検査を受けて、
うん。
軍に徴収されるまでひたすら読書をしたんだよね。
うん。
読書って言っても、仏教経典とかニーチェとか西洋哲学、聖書とかね、
特に好きだったのが、エッカーマンのゲーテとの対話っていうのが好きで、
うん。
ゲーテの思想とかが書かれてるものなんだけど、
うん。
この本はね、軍隊にも3冊持ってったりとか、
うん。
だからあれだよ。妖怪ばっか調べてたわけじゃないのよ。
まあなんかゲゲゲの鬼太郎のイメージでそうなっちゃうかもしれないけどね。
そうそう。でさ、これ全部さっき言ったのって哲学とか思想系の本なんだよね。
うん。
で、今の人だったらなかなか読まなそうな難しい本じゃん。
うん。
これってさ、この水木しげるだけが特別じゃなくて、
うん。
この当時多くの若者はこういう書物を読んでたの。
うん。
特に哲学書っていうのは人気だったって言われてて、
うん。
なんで哲学なのかっていうと、
うん。
ある日突然さ、軍にこう徴収されるわけじゃん。
うん。
そうするとさ、心の準備ができないし、
その状態をどう対処したらよいかとか、
うん。
戦争に行けばさ、死を覚悟しなければいけないし、
うん。
どう自分の死をこう容認したらいいかとか、
うん。
死とは何かとか生きるとは何かっていうのを、
多くの若者がこの本から学んで、
自分を納得させたいっていうのがあったって言われてるんだよね。
うん。
なんでその葛藤がわかる、
水木しげるがね、この徴兵検査を終えて、
軍隊に入隊するまでの日記があるんで、
ちょっと自分が気になったとこだけ抜粋して、
少し読みたいなって思います。
はい。
まずね、これ出だしがこう始まるんだよね。
静かな夜、書き取りのペンの音が響く。
その背後には静かな夜のように、
死が横発っているって始まる。
うん。
そう。
で、6日目の日記なんだけど、
うん。
毎日5万も10万も戦死する時代だ。
芸術がなんだ。
哲学がなんだ。
今は考えることすら許されない時代だ。
人を一塊の土くれにする時代だ。
将来は語れない。
考えられない。
後は後のことだ。
過去も未来もない。
現在をただ戦う時代だ。
って言ってんの。
うん。
でね、16日目になると、
うん。
時代に準ずるものが幸福だ。
現実を見よ。
個人の理想なんていうものは、
入れられるものではない。
恐ろしい時代だ。
四方八方に死が活躍する。
っていうような。
うん。
なかなかすごい日記だよね。
まあ、なんかもう死が本当に隣にいるって感じの日記だね。
そうそうそう。
でさ、ここのさ、
時代に準ずるものが幸福だっていうような考えが出てくるんだけど、
うん。
後々これ水木しげる自身も言ってるんだけど、
09:03
うん。
個人的に死んでしまうことが一番手っ取り早いって言ってんの。
うん。
これはさ、
国やさ、軍の圧力だったり、
戦争によってさ、個人の主張なんてさ、
通らない時代っていうのがすごい伝わってくるなと思って。
うん。
だからさ、
自分が何も考えないとかさ、
何も批判しないっていうような、
ただ時代に逆らわずにこう生きるだけっていう心境にならざるを得ないんじゃないかなっていう。
ああ。
これってね、
あの自分を守るための心理作用って言われてんの。
うん。
何も考えない状態になるっていうこと。
うん。
そう、多重人格になる現象も一つのこう、
自己防衛機能で、
ちょっと割と似てるんだよね。
うん。
彼の日記や回想録一通り見たんだけど、
うん。
天皇のためにとか、
国のために死ぬとか、
そういう言葉はね、
なかったんだよね。
うんうん。
前にさ、
うちらがさ、
あの靖国神社のさ、
優秀館行った時にさ、
うん。
特攻隊とかの衣装がこうずらーっと並んでたじゃん。
うん。
そこにはさ、
あの天皇のためにとか、
国のためにって文言がさ、
必ずと言っているほど入ってたんだけど、
うん。
なんかすごく違和感感じたんだけど、
このね、
水木茂の日記にはね、
それがね、
全くないんだよね。
うん。
今見ても、
なんか納得できるような価値観があったりするんだよね。
うん。
で、
このね、
調平検査をして、
7、8ヶ月後に、
召集霊状が来たの。
うん。
これがね、
いわゆる赤髪って言われるやつ。
うん。
赤髪はさ、
あの赤色の上に、
黒のインクで印刷されたから、
赤髪って呼ばれるんだけど、
うん。
実際はね、
これね、
郵送されてなくて、
役場のね、
平時係っていうのが、
本人もしくは家族に、
直接手渡してたんだって。
うん。
だからこんなさ、
紙切れ一枚が来てさ、
命の保証もない戦場へとさ、
無条件で借り出されるわけよ。
うん。
いや、恐ろしいよね。
まあね、
今だったら、
そんなことできないんだろうけどさ。
確かに。
いや、
怖いなあ、
これ。
で、
あの、
彼はさ、
この赤髪が来て、
父はにさ、
言われてさ、
眼鏡をね、
余分に2つ作ってんだよね。
うん。
あと虫歯をね、
直してから軍に行くようにって言われてんの。
うん。
これはさ、
眼鏡は視力が悪いから、
壊れてしまったときの予備として、
作ったんだけど、
うん。
歯はさ、
虫歯を直したのはさ、
あの、
軍に行くとさ、
殴られることが多いからって言って、
うん。
その時に歯を食いしばれるようにって言って、
歯を直してるんだよね。
ああ。
これさ、
あの、
家を旅立つ日に、
家族とか親族とか、
近所の人がさ、
総出てさ、
この時代って送り出すんだよね。
うん。
旗だったりとかさ、
鯉のぼりなんかを持ってくる人もいて、
近所の人が大きな声で、
こう盛大に軍歌を歌ったりとか、
異様に元気よく送り出すのよ。
うん。
いや、これね、
すごいちょっと違和感あるけど、
で、水木しげるの場合はね、
橋の上で、
みかん箱を二つ並べた上にね、
12:00
立たされて、
うん。
たすきを掛けられて、
そこにね、
祝入英って書かれた、
たすきをして、
うん。
彼がね、
後で改装してるんだけど、
もうその時はね、
墓場に行くような気持ちでいたから、
うん。
みかん箱の上に立った時は、
魔女裁判の魔女に指名されたようだって、
後で改装してるの。
いい例えだね。
確かに。
まさにさ、
なんかほんとそんな感じするよね。
まあほんとにそうじゃん。
だって実際、
まあ要は先陣に行け以降死ねみたいなことなんだからさ、
魔女裁判だよね。
本人にとってたまったもんじゃないよね。
うん。
しかも汽車に乗ってからさ、
みんなでさ、
万歳を参照して、
とにかく盛大に送り出すのよ。
うん。
これがさ、
なんか当時の式たりというかさ、
同じような光景がさ、
どの地域でも見られたんだよね。
うん。
なんかすごい時代だなと思って。
そうだよね。
うん。
で、
彼はね、
1943年5月に鳥取連隊っていうところに入隊するの。
うん。
で、そこでね、
ラッパ卒っていうのを任せられるの。
うん。
これはあの軍隊でさ、
式を挙げるために、
こう勇ましくラッパを吹く役割の人なんだけど、
うん。
ただね、
ラッパがね、
彼はうまく吹けなかったのよ。
うん。
で、毎回その懲罰で、
炎天下の中走らされたりとか、
うん。
殴られる毎日にこう嫌気がさしたわけ。
うん。
なんでそこでね、
ラッパ卒をやめさせてくれって事態を申し出るんだよね。
うん。
するとね、
上官が、
じゃあ南に行くか、
北に行くか、
どっちがいいっていうふうに聞かれた。
うん。
水木は暖かい方がいいと考えて、
こう南って答えるんだよね。
それが大間違いだったって感じだろうけどね。
そうそうそう。
今考えればそうだよね。
まあわかんないけどね。
北だって結局ね、
最終的にはやられちゃうわけだからさ。
うん。
だから結局は、
ラッパ卒やってた方が絶対いいと思うんでね。
まあそうだね。
多分鳥取だったら、
きっと空襲そんななかったでしょ。
そうそうそうそう。
これによって、
彼はね、
ラバウルの最前線に行かされることになるんだけど、
うん。
要するに死ねってことですって、
後で回想してるの。
うん。
そう、このラバウルっていうのは、
パプアニューギニアのニューブリテン島っていうところの東に位置するとこなんだけど、
世界地図で言ったらオーストラリアの少し上あたりのところなんだけど、
当時の状況っていうのは、
このニューブリテン島と近くのブーゲンビル島っていうところにも敵が上陸してて、
戦場が激化してるような状況なんだよね。
で、そこに行くには日本からパラを経由していくんだけど、
日本から船で旅立って5、6日かけてパラをに着いて、
そこからラバウルにまた船に乗っていくんだけど、
このラバウルに行った船っていうのは、
無事に到着した船っていうのはほとんどないって言われてるぐらい、
連合国側にその当時も攻撃によって沈没させられてるんだよね。
うん。
この水木茂を乗せた船っていうのは、
15:00
日露戦争に使われたシナノマルっていうものすごい船がやってきたの。
うん。
これさ、日露戦争で使われたっていうのは、
俺なんか計算したらこれ40年ぐらい経ってるよね。
40年だね。1904年日露戦争だから。
すごいよね。
で、そんな船が来てもうボロボロなのを見て、
相当驚いてるような日記が残ってたけど、
速さもさ、進んでるのか止まってるのかもわからないぐらいの低速度で走ったんだって。
えー。
そう。
で、途中ね、敵からの魚雷攻撃もあって実際に。
うん。
ただ何とかかわしたりとかして。
うん。
で、あと上空からのこの敵の戦闘機からの攻撃もあって。
うん。
味方の戦闘機の援護もこれはあってね、助かってはいるんだよね。
うん。
で、何とかこの水木茂の船っていうのはラバウルに到着することができた。
うん。
ただ、その船の前後に出発した船はいずれも沈没してるから。
うん。
まさにこう奇跡的に到着することができた。
あー。
これがね、実はね、ラバウルに送られた最後の軍の部隊なんだよね。
うん。
だからね、あの水木茂って戦争だと2年ぐらいいたんだけど。
うん。
自分よりね、新米の兵士が後から来ないから、現地ではさ、常に最下級の二等兵の待遇で。
うん。
食事だったりとか洗濯とかあらゆるこう雑用をやらされた。
うん。
で、またあの敵がさ、こう攻めてきた際に戦うようにひたすら穴を掘らされて。
うん。
こう準備をさせられるっていうのもやらされて。
うん。
何かと上官にいじめられて、ビンタをもらうような毎日だっていうふうに言ってるの。
うん。
で、当時のさ、兵隊、特にさ、こういったあの最下級のような兵士の人って。
うん。
明日どこへ移動するかって行き先も知らされずに、とにかく指示に従っていくだけなんだよね。
うん。
で、食事もさ、わずかな米と塩の汁だけって言ってたから、すごい過酷な状況で。
うん。
で、彼がね、上陸してから約1ヶ月半後に、この島の西側部分は連合軍の手に既に落ちてたんだよね。
うん。
で、ある日ね、この水木しげるっていうのは、明日完全武装して最前線のココボに行けっていうふうに言われたの。
うん。
このココボっていうのは、だいぶその敵のもう隣接するところにあって。
うん。
この最前線に行けって言われたのは、この所属してた部隊で約20人ぐらいで。
うん。
ほとんどがね、初年兵というか、新米の兵士だったんだよね。
うん。
で、ココボに着くと、衣装をね、かけっていうふうに言われて。
うん。
それとね、髪の毛もしくは爪を袋に入れて持ってこいっていうふうに言われてんの。
うん。
あとね、認識表って言って、首にぶら下げる名札を渡されたの。
うん。
これはね、死んで誰の死体かわからなくなってしまわないように、この名札っていうのは金属でできてて。
うん。
体が腐っても、この認識表は残るっていうことなんだよね。
うん。
ま、玉砕覚悟のようなところなんだよね。
18:02
うん。
で、しばらくしてこの島の中で、さらにね、最も危険な最前線のバイエンっていうところに送られるの。
うん。
で、バイエンにはね、海軍陸軍の部隊がいて、いつ敵が来てもおかしくないような状態で、常に緊張感が走ってたようなところ。
うん。
そこでね、あの、食料集めだったり掃除など雑用係として、原住民をね、ここで20人ほど雇ってたんだよね。
うん。
そんなね、彼らが突如ね、全員消えていなくなったんだよね。
うん。
実はね、これ後々わかったんだけど、敵側のスパイだったんじゃないかって言われてる。
うん。
そんな中、あの、夜さ、こう寝るときっていうのは、いつ敵が来るかわからないから。
うん。
保障って言って、監視役を時間ごとに1人立てて監視してたんだよね。
で、水木がその日の明け方前に保障してて、望遠鏡でね、監視をしてたんだけど、
うん。
ジャングルの木々にね、綺麗なオウムがね、2、30羽止まってたんだって。
うん。
で、思わずそれに見とれてたら、その間に敵が宿舎を襲撃して、
うん。
この部隊っていうのは、水木、しげるを除く全員が戦死してるんだよね。
うん。
彼のね、後の回想で、もしこの時敵の襲撃に気づいて、仲間に連絡して、宿舎へ行っていたら、
自分も含めて結局死んでただけだって言ってるんだよね。
うん。
で、この時ね、襲撃してる中に、現地の原住民の人も数人混じって自動手銃で撃ってきてたりしてたから、
うん。
敵側っていうのは、その原住民をうまく利用してたっていうのがわかるんだよね。
うん。
これでね、要は一人だけ別の、ちょっと離れたところで監視をしてたから、この襲撃で必死に逃げたんだよね。
うん。
で、海岸の断崖絶壁のところに行き着いて、逃げ場がなくなって、海の中に、ただその海も渦を巻いてるようなうねりの激しいところで、
うん。
だけど、もう助かるために飛び込んで、で、なんとか命からがら、必死に逃げたんだよね。
うん。
で、なぜかその後、その原住民に追われるっていうね。
で、おそらく敵側についてる人たちなんじゃないかって言ってて、
うん。
で、数日間必死にジャングルの中を逃げて、ようやく日本の陸軍がいる駐隊に戻ることができたんでね。
あー。
ここでね、海港一番に言われたのは、
うん。
なんで逃げ帰ったんだ。みんなが死んだんだから、お前も死ねって言われたの。
うん。
これすごいよね。
あー、そうだよね。
上官がね、これ言うには、本部には全員戦死したって伝えたからっていう風に言ってんの。
うん。
要はさ、最前線にいたこの梅苑の部隊っていうのは、
うん。
合計ね、約3、400人ほどいたって言われてて、
うん。
この遺書とかさ、認識表っていうの事前に配布されてたことからも、
うん。
そもそも玉砕するために生かされてたって言われてて、
21:01
うん。
これさ、玉砕ってさ、まあ、辞書にだとさ、玉のように美しく砕け散ることっていうんだけど、
うん。
この人の死をこう美化してるような言い方は、なんだろうな、個人的にあんま好きじゃないんだけど、
うん。
当時はこの玉砕っていうのが、他の部隊の士気を高めるためにも多く使われた言葉なんでね。
うん。
この玉砕をした部隊で生き残りがいると、他の部隊の規律が乱れるっていう考えがあったの。
だから、一度玉砕命令が出た部隊で生き残りがいたとしても、それは存在しなかったことにされたケースがあって、
うん。
で、戦争末期の時だからさ、これ、
うん。
日本軍っていうのはさ、烈戦の中さ、玉砕した例がいくつかあるんだけど、
うん。
このバイエンの近くのペリリュー島でも玉砕があって、
うん。
これを模範としてペリリュー島に続けっていう風潮がラバウルの方でもあったんだよね。
うん。
以前さ、長丸もアッツ島の玉砕でやってたよね。
うん、そうだね。アッツ島もやっぱり玉砕っていうところでは有名だしね。
そうそうそう。たださ、この水木しげるがいたニューブリテン島っていうのは、
うん。
後方部隊にさ、10万ぐらいの日本兵が戦闘せずにいたんだよね。
うん。
で、その前線部隊3、400人だけ玉砕しろっていうすごい話なんだよね。
うん。
で、このさ玉砕については彼は漫画でも総員玉砕せよっていうのを書いていて、
うん。
これが90%は真実を書いてるっていう、すごいリアルに書いてるんだよね。
うん。
で、この水木しげるは敵を前にして逃亡した罪として、
次の戦闘では最前線で戦うようにって命じられるの。
うん。
ただ、その後マラリアにかかったんだよね、彼は。
うん。
で、42度の高熱になって、寝込んでた時に空襲にあって大量の出血が出て、
負傷した左腕を切断しなければならなかった。
うん。
その時にね、輸血しようと軍医に血液型聞かれたんだけど、
うん。
自分の血液型をね、忘れてて、
うん。
輸血ができなかったんだよね。
それもすごい話だなって思うんだけど、
まあ、そうだよね。
ちょっと彼らしいなっていうのはあるんだけど、
それでもね、奇跡的にその自己治癒力というか、特に治療はなかったんだけども、奇跡的に助かったんだよね。
うん。
で、その後、ココボの野戦病院に損されて、
うん。
終戦を迎えた。
うんうん。
で、それから1年8ヶ月ぐらい、ラバル近郊の施設を転々として、
うん。
その期間でまたね、マラリアの再発にも悩まされながら、
うん。
ようやく日本へ帰国するっていうのが、彼の戦争の体験なんでね。
うん。
でさ、あの、だから、彼はさ、こう、戦争に対する苛立ちっていうものが根底にあって、
24:00
うん。
それをさ、漫画だったりとか文章として、結構な数ね、残ってんだよね。
うん。
なんでまあ、今日は水木しげるの漫画家でありながら、
その戦争というものについて体験したことを話しました。
うん。
いかがでしょうか。
水木しげるって言えば、やっぱちょっと戦争っていうイメージはさ、まあついて回ると思う。
多分俺だけじゃなくて、まあゲゲゲの北郎が多分一番印象強いけど、
多分その次ぐらいにやっぱり、戦争体験っていうのはさ、こうついて回るイメージだと思っててさ。
で、水木しげるのその戦争体験ってやっぱりさ、戦争をこう美化してないというかさ、
すごい生々しいさ、もう小片郎の話でもさ、ずっと出てたことだけどさ、
とにかく戦争は悲惨なんだっていうようなのをこうすごい後世に伝えてる話だと思うんだよね。
ああ、そうだよね。
うん。実際のその戦闘自体の話っていうよりはさ、
軍隊でのこう酷い出来事とかさ、
よくさ、映画とかになるさ、要は戦争のシーンだけじゃなくてさ、その裏側って言えばいいの。
そういうところもしっかりさ、こう記録に残してるようなところがあってさ、
なんかすごい、まあもう死んじゃってるけどさ、意気承認だなとは思うんだよね。
ああ、確かに。
うん。なんかね、ちょっと俺も全然さ、その作品全部名当してるわけでもないしさ、
ちょっとかじってる程度でさ、今しったかで喋ってるんだけどさ。
いやでも結構長丸も見てたんだ。
見てたっていうか、だからほんとさっき言った通り、しったかで喋ってるからさ。
その小片郎みたいにさ、そんな資料をこう文献見てとかっていうレベルではない少なくとも。
でもやっぱりそのイメージはあるじゃん、戦争だっていう。
ああ、確かに。自分はね、逆に水木しげるってそこまでなかったのよ、戦争のイメージ。
あ、嘘?そうなんだ。
もうゲゲゲゲの鬼太郎って。
それはそうだけどさ、だってさ、手がないじゃん。片手ないからさ、やっぱ気になるんだよね。
気になってさ、なんでないんだろうってこう見たら、あ、戦争で、そっか、あの、なくしちゃったんだみたいな。
ああ、いや俺もそれもね、実はあんま知らなかったの。
でもなんか写真とか見たら手ないじゃん。
まあね、言われればね。
でも漫画家だからさ、そんな作者登場ってあんまないじゃん。
いやまあね、でもほら有名な人だったから、なんとなく写真、俺もちっちゃい頃だっけな、写真とかね、見たことあってさ、
なんかこの人手ないぞとかっていうのはなんか知ってた。
自分今までこういろんな戦争のこう本とかを読んだんだけど、
水木しげるの本がすごく、今までにない視点とか、本当にね、長丸が言うようにすごいリアルだったんだよね。
うん。
うん、なんかこれはすごい資料だなって。
なんかさ、やっぱ漫画としてもそういう芯を残してくれたりしてさ、
やっぱり地面だとさ、どうしても読みづらいなって思うほど、漫画でこうイメージをわき起こしてくれるっていうかさ、
わかりやすくやっぱ伝えてくれてるんだよね。
うんうん。
で、なんかさ、どうしても戦争、大日本帝国戦争とかって言うとさ、もうお国のためにみたいなさ、
やっぱりそのイメージが付きまとっちゃうけどさ、
本当に水木しげるっていうのはさ、なんかそういう意味で、現代人みたいな感じのさ、ちょっと感覚って言えばいいの?
27:00
うわ、戦争やだなーみたいなさ。
うん。
なんかそういうのをさ、こう、あけっぴろげにさ、伝えてくれてるから、本当、
だから作られた話じゃなくてさ、本当の話なんだなってすごいさ、リアリティも増すというかさ。
ああ、あれよね。
うん。
でね、彼がね、ある対談で、水木さんはどうして戦争の中、生き残ることができたのかっていうふうに質問されたのがあって、
うん。
そこでね、彼は、私は人一倍生きることが好きだったんですって答えてる。
うん。
いや、なんかこの言葉についてなんか印象的だったんだよね。
うん。だから本当に現代人の感覚だよね。それこそ。
その当時のさ、何だろう、多分そういうことを言えない環境ではあっただろうけど、
多分その気持ちをグッと言わずに抑えてさ、
うん。
まあ本音としてやっぱ思ってたっていう感じなんだろうね。
ああ、確かに。
まあ分かんないけどね、他の人もそうなんかもしんないけどさ、もしかしたら。
ただ、そのなんつーの、停載で、だからほらさっき冒頭にさ、優秀感の衣装の話とか言ったけどさ、
あれも停載でそういう衣装を残すことになっちゃっただけなんかもしんないけどさ。
まあね、あれは完全にその、軍に提出するやつだからね。1回目を通されるからね。
うん。検閲されちゃうからあれなんだろうけど。
うん。まあそんな感じで。
実はね、そのこの水木しげるの、この後っていうのがその漫画家として活躍するわけじゃん。
うん。
だからなんか、別の回でちょっとそういうのも、その後の彼の人生っていうのもかなり興味深いんで。
うん。
そう。で、北郎っていうものが、実はどういうものから描かれてるのかとか、そういう話もね、別の回でできたらいいなってちょっと思ってます。
これはもうみなさん楽しみですね。
いやいや、ちょっとうまく、今現在できるかわからないけれども。
もう言葉の魔術師小片郎がね、リスナーを楽しませる回になると思いますね。
いや、ハードル上げてんじゃん。
ということで、今回は水木しげると戦争についてでした。
はい。
よかったらフォローだったりとか評価をポチポチとしていただくと嬉しいです。
はい、よろしくお願いします。
最後まで聞いていただいてありがとうございました。
ありがとうございました。
29:20

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